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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百六十一話 カレンの不安

「卑怯だぞ!」


「はっ?」


 突然の卑怯呼ばわり。弘は眉間にシワ寄せしつつ、首を傾げる。

 先程までの弘は、とりあえず闘技場の現地を確認。続いて雑貨類の買いだし。これらを尼僧ウルスラと共に行っていた。

 途中から行動をデートに変更し、公園へ移動したのだが……そこを謎の武装集団に襲撃されたのである。

 そして、ウルスラに危害を加えるとの発言に弘は激昂。斬りかかってきた男の足を召喚武具トカレフで銃撃した。その直後に投げかけられたのが、先の『卑怯』発言である。


「女連れを大勢で襲ったお前らが、何で俺を卑怯呼ばわりしてんだよ?」


「ぐぬっ!」


 リーダーらしき男が言葉に詰まる。彼は周囲の何人かと目配せをした後、剣を下ろして空いた方の手で弘を指差す。曰く、冒険者の戦士職だと聞いていたのに、魔法具を使うなんて話が違う……とのこと。

 これを聞き、弘とウルスラは呆れ顔となった。

 徒党を組んで襲撃しておいて、聞いた話が違うとは片腹痛い。と言うか、弘の知ったことではない。


「どう考えても本職の暗殺者とかじゃないな」


「雇われた底辺冒険者~、って感じ~?」


 弘達は感想を述べたが、ウルスラの発言に男達はイラッときたらしい。撃たれて呻く1人を放置し、包囲網を狭めようとするが……。


「何をしとるか、貴様らーっ!」


 遠くから聞こえる怒鳴り声に、その場に居た全員が身を固くした。

 見れば弘達の真正面……襲撃側リーダーの後方から、警備兵の集団が駆けてくる。公園に居た者のうち、誰かが呼んだのだろう。


「どうする!?」


「どうするって……逃げるしかないだろうが! 割に合わん!」


 言い合うなり襲撃グループは逃散を開始する。その際、幾人かが負傷した男に駆け寄ろうとした。だが、弘は両者の間……主に石畳目がけて発砲。


 ガン ガン ガゥン!


 足下で何か(弾丸だが)が弾け、男達の動きが止まった。


「悪いが、そいつは置いて行って貰うぜ?」


「くっ……」


 幾人かは改めて剣を抜こうとしたが、駆けてくる警備兵をチラ見するや、サッと散っていった。

 その後は、駆けてきた警備兵による事情聴取が始まったのだが、襲撃側の人員が残っていたため、弘とウルスラは被害者として扱われている。そして程なく、弘達は解放されることとなった。



◇◇◇◇



「やっと解放されたか……。面倒くさかった……」


 公園から離れ、ギルド本部へ向けて歩きながら文句を言う。

 せっかくの突発デートにケチが付いた形であり、弘は大いに気に入らなかった。更に言えば、ウルスラが危ない目に遭ったのも気に入らない。


「そんなに~気にしなくていいのに~」


「いや、冒険依頼でダンジョンに潜ってる時とかだったら、モンスターが襲ってくるのは……まあ、当たり前だろ? けど、さっきの奴らは……」


 人間が意図的に襲ってきたのだ。しかも王都で……である。


「そう言われると不穏……かしらねぇ。この王都に弘を狙ってる者が居て、貴方を周囲の人間ごと抹殺したい……と」


「む~……」


 大通りを進む弘は唸った。

 面と向かっての攻撃なら撃退するだけだが、相手の正体がわからないのでは常に後手後手に回ってしまう。やられ放題だ。


「ノーマが戻って来たら相談してみるかな……」


 彼女は偵察士なので情報収集に長けている。また、盗賊ギルド出身でもあるため、その方面での情報にも期待が持てそうだ。


「それは良いと思うわ~。でも、ヒロシぃ? さっきの警備兵達……気にならない~? 事情聴取が随分とアッサリしてたわよねぇ?」


「そうだったか? いや、そうかも……」 


 相手の方に非があったとは言え、王都で刃傷沙汰。それも夜の酒場ではなく、白昼の公園でである。もっとこう、ねちっこく取り調べを受けるところではないだろうか。


「ひょっとして~、あの警備兵達。襲ってきた連中と関係があったりして~」


「1人やられてすぐに逃げ出したもんだから、俺達に捕まえられないようフォローしに来たとか?」


 ……ピタ。


 2人の足が止まる。周囲を多くの通行人が擦れ違っていく。

 数秒後、2人は笑いながら顔を見合わせた。


「いやいやいや。考えすぎだって! もしそうなら、どんだけヤバい奴を向こうに回してんだよ。冒険者だかヤクザだかをけしかけて、危なくなったら警備兵にフォローとか……」


「そ、そ~よね~。私達の考えすぎよね~……」


 あはははははっ。


 乾いた笑い声を発するも、暫くして2人とも肩を落とす。そして再び歩きながら話し出した。


「ウルスラは、どう思う? さっき俺が言ったみたいなこと、実際にできる奴とか居るのか?」


 ディオスク闘技場における弘のエピソードは、ウルスラも知っている。人気闘技者を倒した結果、都市の有力者を怒らせてヒドイ目に遭ったというアレだ。では、この王都で似たようなことが出来る存在と言うと、その数が多すぎて見当もつかなかった。


「王都だけあって有力者が多いのよね~。ごめんなさいね~。わからなくて~……」


「あ、いや、いいんだ。単に心当たりがあればな~って思っただけで……」


 謝るウルスラにフォローをした弘だが、いよいよノーマに相談するべきだと考える。


「そう言えば……」


 弘はスッと手を伸ばしてウルスラと手を繋いだ。ウルスラがハッと見上げてくる気配がしたが、すぐに握り返してきたので、嫌ではないらしい。

 和風美人の尼僧と手を繋いで歩きながら、弘は続けて呟いた。


「ノーマや他の……カレン達とか、上手くやってるんかな?」



◇◇◇◇



 ドカカッ、ドカカッ。


 青空の下、街道を一頭の馬が駆けている。その背には2人の人物が乗っており、前で手綱を握っているのが偵察士のノーマ。後ろでノーマの腰にしがみついているのが、エルフのグレースであった。


「の、のの、ノーマ! もっと穏やかな感じでぇえええ!」


「え~~っ? なぁに~? 聞こえな~~~~い!」


 グレースは目をつむって叫び、ノーマは満面の笑みを浮かべて叫び返している。

 彼女らは王都を出て、グレースの仇敵たるエルフ氏族の森へ向かっているのだが、高速移動するために馬をレンタル。乗馬経験の無いグレースを後ろに乗せて、ノーマが手綱を握ることとなったのだ。

 当初は、人が小走りする程度の速さで駆けていたものの、野盗やモンスターに遭遇したため、今ではこの速さで移動している。ただ、それをすることで激しい揺れを生じ、グレースを大いに怯えさせていた。


「や、野盗程度ならば、我の精霊魔法で何とかするから! もう少し、ゆっくりぃいい!」


 悲鳴をあげつつ訴え、そしてノーマの腰に回した腕へ力を込める。日頃の年長者然とした、加えて上位者っぽい態度からは考えられない姿だ。


「いやあああん。グレースったら可愛いいいっ! あたし、変な趣味に目覚めちゃいそぉ!」


 ギャップ萌えと言うのだろうか。心の中で変なスイッチが入ったらしいノーマが、嬉しそうに口走る。それを聞いたグレースも「女相手の仕事もしたことあるから! 時間があるときに相手もするから! だから、馬の速度をぉおお!」と、これまたパニックゆえか、普段なら言わないようなことを口走っていた。

 結局、目的地たる森の外縁部にさしかかるまで、2人はこの調子で大騒ぎをすることとなる。そして到着したときには、グレースは息も絶え絶えの状態になっていた。


「の、ノーマ……覚えておれよ……」


「んん~。ちょっと、やり過ぎちゃった」


 悪戯っぽく笑うノーマも、それなりに消耗したのか肩で息をしている。偵察士としてで言えば、体力消耗した状態での現地到着は褒められたことではないのだが……。


(グレースが可愛かったから、まあいいわ)


 などと意味不明な言い訳を考え、ノーマは休憩を取ることにした。その後、グレースの体力が回復するのを待って、2人は森に入っている。

 しかし……。


 じいいいいい。


「あはは。ごめんなさいね~……」


 ノーマを見るグレースの視線は、暫しの間、キツいままだった。



◇◇◇◇



 カレンとシルビアの場合。

 2人は弘達と別れた後で、ジュディスの家へと向かっていた。家と言っても官舎であり、王都の一角に設けられた石造り2階建ての長屋である。造りは品の良いもので、下級~中級の騎士の住まいとしては上々だ。もっとも少し離れたところには、更に豪華な上級騎士の官舎が建ち、王城近くへ行くと貴族の屋敷が並んでいたりする。


「屋敷と言っても、王都に滞在する間の別荘みたいなものだけど……」


 そう呟くカレンは今……ジュディスの私室に居た。私室と言っても広くはなく、ジュディスがベッドに腰を下ろし、カレンとシルビアは用意された椅子に腰掛けている。


「それだって、こんな官舎よりは立派でいいわよ~」


 カレンの呟きを聞いたジュディスは、肩をすくめてカラカラ笑った。


「うちは貴族って言っても、中級……中位にやっと手が届いた騎士家だもの。男子の跡取りは居ないし……まあ、父様で終わり……かしらね」


 カレンのように騎士位を取得して家を継ぐ手もあるが、ジュディス自身は騎士という存在があまり好きではなかった。


「冒険者の……女戦士っていうのが性に合ってるのよね~」


 そしてジュディスは苦笑するのだが、この様子を見たカレンはと言うと、シルビアと顔を見交わせて溜息をつく。


「あのね、ジュディスちゃん。今は、色々と大変な時で……」


「……わかってるわよ。ヒロシが、私のために闘技試合に出るんでしょ? それにグレースの仇討ちもあるし……」


 カレンは部屋の天井を見上げた。


「わかってる。ヒロシや皆に面倒な思いをさせてるって。……いっそ……」


 いっそのこと、素直に貴族学院に戻り、素直に父の言うことを聞き、近い将来には何処かの貴族家に嫁入りでもすれば。そうすれば皆に迷惑を掛けなくて済むかもしれない。

 こういったことを口走りかけたが、ジュディスは口をつぐむ。それを言うと、今現在の弘やカレン達の尽力に対し、泥を塗る形になるからだ。


(でも、本当に駄目なときは……私が踏ん切りをつけなくちゃ……)


 自分のことで弘達の足を引っ張るわけにはいかない。

 密かに覚悟を決めたジュディスは、話題を変える意味も込めてカレンに話しかけた。


「それよりさ。今日は父様が普通に仕事に出てるから。中で話ができて良かったわ」


 明るい口調になるよう努めているのだが、そのことを察したカレン達も気持ちを切り替えて話題に乗る。


「そうね。……前に来たときは、たまたまオジ様がいらっしゃって、追い返されたのだけど……」


 今日は居ない……というわけだ。娘のことが心配だと言っても、ずっと官舎で居るわけにはいかないのである。


「それで、ジュディス様。サワタリ殿の試合観戦に、お父上をお誘いする件。あれは上手くいったのですか?」


「もちろんよ」


 シルビアの質問に、ジュディスは大きく頷いて見せた。グレースが行使する、風の精霊魔法と筆談。それにより、弘発案の作戦を知らされたジュディスは、さっそく仕事明けの父に対して試合観戦をねだったのだ。結果は、二つ返事での了承である。


「あたしに外出の同伴をねだられるのが、何だか新鮮だったみたい。凄く喜んでたわよ?」


 あるいは、反抗期の娘がデートしてくれる……という、そのシチュエーションが父の心の琴線に触れたのかもしれない。何にせよ、首尾良く父親を闘技場に連れ出せることになったので、弘の作戦は順調に進捗していると言えた。


「それで? 今ここに居ないメンバーの内、メルは旅の準備で、グレースとノーマは仇討ち場の事前調査……だっけ? ……ヒロシとウルスラは?」


 最後に弘とウルスラについて聞かれ、カレンとシルビアが硬直する。シルビアは硬い表情で黙してしまったが、カレンは誤魔化すようにジュディスから目を逸らす。


「え~とね。何と言うか、サワタリさんの買い物のお手伝いに、ウルスラが~……」


「……。要するに、ヒロシとデートしてるってわけね」


 ほんの少しの間。室内で会話が途切れた。が、ジュディスが軽く舌打ちしてから悪そうな笑みを浮かべる。


「ウルスラは上手くやったなぁ……って思うべきなのかしらねぇ。ここは」


 にししし……と笑ったジュディスは、ベッドをきしませて躰ごとカレンに向き直った。


「あたしは今の悪状況が解消できたら、適当にアタックして、ヒロシとデートとかするつもりだけど。カレンはどうなのよ?」


 この王都で、弘とデートする約束をしてたのではなかったか。順番から言えば、先約だったカレンが、ウルスラよりも先に弘とデートをするべきではないのか。


「ぶっちゃけ悔しくないの~? ん~?」


「悔しいとか思ってないわ」


 きっぱりと言い放つ。自分は既にデートをする約束を取り付けてある。そして弘は約束を破らない。だから……少し順番が遅れたぐらいは気にならないのだ。


「それに、グレースさんには悪い言い方かも知れないけど。今の『悪状況を解消』しないことには、伸び伸びとデートなんてできないもの」 


 言い終わりにウインクしつつ、軽く舌を出す。これを見たジュディスは、太股の上で片肘突くと、手の平に顎を乗せて苦笑した。


「グレースには……って、あたしの事情を『悪状況』呼ばわりするのは悪いと思わないって~の?」


「あら? さっき自分で『悪状況』って言ってたじゃない?」


 アハハハハハ……。


 2人の笑い声が重なったが、ここでシルビアが口を挟んだ。


「お二人とも、その辺で。それで今後の流れですが……」


 現状把握も合わせて予定を確認する。

 ジュディスの父が戻るのを待って、一応ながらジュディスの自宅謹慎を解くよう、説得するのかどうか。

 これは、しないものとした。直接に会って説得し、それでジュディスの父がヘソを曲げたら困るからだ。


「日数をかけて何度も家庭訪問をする……のであれば、その序盤として悪くない手なのでしょうが」


 会って話をして弘の試合から、少しばかり意識を逸らせる。それが本来の狙いであったが、一度会って話したことのあるカレン達からすると、自分達が『また来た』という事実だけ伝われば充分だと思えた。


「別に、ジュディスちゃんのお父様が怖いから~……っていうわけじゃないのよ?」


「はいはい。私も、カレンちゃん達が来たってことだけ言っておく。それでいいと思うわ」


 あとは、明後日の試合場にジュディスの父親を連れて行く。そして弘が試合で勝つところを見せた後、弘自身がこの官舎に家庭訪問をするのだ。


「設定としては、冒険者時代のジュディス様の知人……となりますか」


「それが無難かしらね。問題は……ヒロシが、どう父様を説得するか……だけど」


 この点について、カレン達は想像が及ばない。もっとも、ここで上手く言いくるめられる手が思いつくようであれば、何も回りくどい作戦を立てなくても良いのである。


「サワタリ殿の性格を考えれば、優れた話術で……というのは無理がある気がしますね」


「ヒロシだものね~……」


 真剣な表情のシルビアに、苦笑気味のジュディス。シルビアはともかく、ジュディスの口調は他人事のように聞こえる。しかし、内心では前述したとおり責任を感じているのだ。


「……ねえ? カレンにシルビア? やっぱりヒロシを闘技場で戦わせるの、無しにしない? 王都の闘技場って本当に危険なのよ?」


 ディオスク闘技場ほどに老舗でもなければ、歴史が長いわけでもない。だが、どういうわけか王都近辺に多く居る強力なモンスター。それを捕獲して運用しているのだ。しかも、聞けば弘は多対一で試合をするという。


「思うんだけど、あたしの為に危ない目に……」


 ついさっき、カレン達の尽力に泥を塗る……と口出ししないことを決めたばかりだが、考えているうちに我慢ができなくなったのだ。

 一方、カレンとシルビアは、聞き終えると同時に溜息をつく。


「えっ? あれ?」


「ジュディスちゃん。そういうの、私達だって考えるのよ?」


「でも、サワタリ殿があまりにも自信満々で……」


 彼に作戦中止を言い出すことが出来ないのだ。それに修行を終えた弘が、どれほど強くなったのか。そこを見てみたいという気持ちもある。


「そっか……でも、負けそうになったら降参すれば……。……相手がモンスターだと駄目かしらねぇ」


「いざとなったら私達で乱入する手が……。あ、ディオスク闘技場と同じで結界が張られてるから無理ですね……」


「……大丈夫よ」


 ボソリとカレンが呟くと、隣で座るシルビア、そしてベッドに腰掛けたジュディスが注目した。2人からの視線を交互に見返しつつ、カレンは一言一言、区切るようにして言う。


「サワタリさんは大丈夫。何とかなるって、言ってたもの……だから……」


 一度、言葉を切ったカレンは、唇をキュッと結んでから締めくくった。


「絶対にサワタリさんは……大丈夫」



◇◇◇◇



 試合開始の当日。

 自分が参加する闘技試合は夜の部なので、日中の弘はギルド酒場でダラッとしている。

 先日はウルスラと買いだし……から転じてデートとなったが、冒険者らしき集団から襲撃を受けたため、丸一日ギルドに引き籠もっていたのだ。弘としてはコソコソ隠れるなど性に合わなかったが、カレン達から、試合当日まで大人しくしているよう言われたのである。


「手加減を間違えて相手を殺したら……とか。殺すつもりで襲ってくる奴らに、そこまで気を遣わなくていいと思うんだけどなぁ……」


 脱力して酒場テーブルに突っ伏している弘は、顔だけ横にして隣のカレンを見上げた。今ここには、カレンだけが同席している。グレースとノーマは王都外から戻っていないし、ジュディスは自宅謹慎のまま。メルは魔法学院での引越作業が終わっていない様子だ。シルビアとウルスラはと言うと、それぞれ神殿と教会に用があるからと外出中。

 よって酒場内に他の冒険者の姿はあるが、パーティーメンバーに限定すれば、弘はカレンと2人きりの状態であった。


「サワタリさん~……」


 カレンは申し訳なさそうにしながらも、きっぱり言い聞かせようとする。


「駄目ですよ。今は他のことで忙しいんですから。1~2日ぐらいの外出は我慢してください」 


「へいへい。ジュディスの親父さんに会う前に、王都で何人も殺しました~……なんて事になったら印象悪いしな。それは解るんだけど~……」


 理屈はわかるが気に入らない。召喚タバコで一服やりたいが、わざわざ人目を避けなければならないのが面倒くさかった。タバコは貴族にだけ許された嗜好品で、それ以外の者にとっては御禁制の品。


(1人部屋でも借りて一服するか? いや……煙害ど~たらで五月蠅くない世界だってのに、何でコソコソしなくちゃいけね~んだ? おかし~じゃね~か)


 そうは言っても法律で禁じられているのだから我慢するしかない。


(たまに勢いで人目を気にせず吸っちまうが……本当はマズいんだよな~)


「仮に……仮にだ。……俺が王様になったとしたら、御禁制の指定なんか解除して……いつでも何処でも、煙草を吸えるようにしてやる……」


 ボソッと呟いてみたが、よくよく考えると、召喚タバコでない普通のタバコには、ニコチンが含まれる。副流煙等の煙害を考慮すると、今の発言は問題があるだろう。 


「じゃあ、俺だけ吸って良いようにするか。なにしろ王様だものな……。だが、貴族共は禁煙だぜ。ふへ、ふへへへへ」


 妄想にふけっているうちに変なスイッチが入ったらしい。と、その貴族の1人が隣りに居ることを思い出し、弘は小さく舌打ちした。


「あ~……今の愚痴は気にしないでくれ。ちょっとニコチン切れで……いや、召喚タバコはニコチン無しか。いやいや、そうじゃなくて……」


「サワタリさん?」


 不思議そうにカレンが見つめてくる。弘はガバッと上体を起こすと、座高差の関係で下に見える金髪美少女を見返した。そして言う。


「なんて~か暇なんだなぁ。何か話題でも振ってくれ」


「話題……ですか?」


 キョトンとしているカレンに、弘は大きく頷いて見せた。 


「そう話題だ。だって俺達、交際中じゃん。せっかく2人きりなんだし……何かこう面白可笑しく話をしてもいいんじゃね?」


「交際中……2人きり……。……っ!?」


 ブツブツ呟いたカレンは、不意に目を見開くと改めて弘を見る。


「そ、そうですよね! 今は2人きりでした! 誰にも気をつかわないで、色々なお話ができます!」


「いや、酒場ん中には他の冒険者も居るから。そこは気をつかっていこ~な?」


 冒険依頼絡みの話なら多少聞かれて大丈夫と思う。だが、恋人とのイチャラブ話を他人に聞かれるのは気恥ずかしい。


(いっそ、そういうのを気にしないバカップルなら良かったかもなぁ。けど、俺の性には合わないんだよな~)


 などと考えていると、何か思いついたらしいカレンが瞳をキラキラさせながら話しかけてきた。


「じゃあ、普段……シルビア達が居ると聞けないようなこと。聞いちゃってもいいですか?」


「……今酒場に居る連中に聞かれていい内容なら……な」


 何だか嫌な予感がしたので釘を刺してみたが、果たしてカレンは解ってくれているだろうか。幾分、ドキドキする弘。しかしながら、話題を振れと言ったのは自分だ。


(さて……)


「それでは……サワタリさんに質問です」


「お、おう……」


 弘が身構えると、カレンが人差し指を立てて話し出した。


「近々、私とデートすることになりますが。その予定について聞かせてください」


 弘は数度瞬きをすると、生唾を飲み下してから聞き返す。


「かまわね~けど。そう言うのって、事前に話し合うものなのか?」


 元の世界に居た頃は、まともにデートなどしたことがないのだ。夜の集会でレディースの娘達とカラオケボックスに行ったとか、喫茶店に入ったぐらいなら経験があるのだが……。


「そこは、人それぞれだと思います」


 カレンは言った。しかし、こうやって2人で話せる機会があるのだから、こういったデートの事前相談も面白いのではないか……と。


「そんなもんか。でもまあ、確かにグレース達が居たら話しにくいかもしれね~な」


 グレースは我関せずの態度だろうが、シルビアは渋い顔をしそうだし、ノーマとウルスラはノリノリで口を挟んできそうだ。ジュディスは……ジュディスについては良くわからない。


(何となくだけど、ジュディスの言動は読みづらい……。何でだろうな?)


 今度、ジュディスともジックリ話し合ってみるか……と心の中で締めくくり、弘は唇を一舐めして湿らせた。


「その話で良いってんなら、話題に乗るとしますかね。けど、前にも話したよな?」


 カレンの案内で王都見物をする。そういう事になっていたはずだ。


「ええ。ですから、細かいところを打ち合わせたいな~……って。何か御希望はありますか?」


「ふむ……」


 要するに、弘の要望を主としたデートコースの模索と言ったところか。そう考えると、弘も少し楽しくなってきた。


「面白そうじゃね~か」


「でしょう?」


 得意げに笑うカレンであるが、その様子もまた可愛い。美少女というのは、どんな仕草も絵になるものだと弘は感心する。


「俺の希望と言うか、提案だな。やっぱり散策だろう。カレンとブラブラ歩いてみたいし……」


「て、手を繋いで……ですか?」


 怖ず怖ずと聞いてくるカレン。そして、ニヤリと笑う弘。


「そうだ。いや~……早くも照れ臭くなってきたぜ」


 デートする相手と、デート内容について打ち合わせ。実際にやってみると、この上なく楽しいが、その一方で何とも気恥ずかしい。カレンも「私も、もう何だか舞い上がっちゃって……」と言い、両手の平を頬に当てていた。

 その後、あそこに美味しい店がある。どこそこの服屋はセンスが良い……といったカレンのアドバイスの下、弘はデートプランを組み上げていった。ちなみに、周囲に居た冒険者の何組かは「くそ、聞いてらんね~ぜ!」とばかりに酒場を出ていたりする。


「こんなところか……」


 打ち合わせた結果を大まかに説明すると、早朝にギルド本部を出発し、夜に戻ってくるというものだ。元の世界で言う女子高生。そんなカレンを、夜まで連れ回すのはどうかと思うし、シルビアも良い顔をしないだろうが……。


「ま、固いこと言うなってことだな。ん? どうかしたか?」


 先程まで大はしゃぎしながら話していたカレンが、少し伏し目がちになっている。何か気になることでもあるのだろうか。例えば、デートプランを振り返ったら思わぬミスがあったとか。


「いえ、そうではなくて……。あの、サワタリさん? 今日の試合……大丈夫ですよね?」


 聞けば先日、他の恋人達と弘の闘技試合について話し合い、カレンは「サワタリさんなら大丈夫!」的な主張をしたらしい。しかし、弘本人と2人で話しているうち、少し不安になってきたのだと言う。


「大丈夫か? って言われてもなぁ。前にも言ったけど、大丈夫だろ? 人の手で捕まる程度のモンスターばかりだろうし。あ、でも……」


 ディオスク闘技場で戦った、レッサードラゴンのクロム。彼は捕獲モンスターではなく、自分の意思で闘技場に籍を置く闘技者だった。


「クロムみたいな感じで強い奴が参加してると、どうなるかわかんね~……っな!?」


 どうなるかわからないと言った瞬間、カレンの瞳に涙が浮く。そして、プルプルと震えだした。


(えっ、なに? 子犬みたいで可愛い! じゃなくて、ヤベェ! 泣かれる!)


 弘はパニックになる。が、それを気合いと根性でねじ伏せると、カレンが何か言うよりも先に言葉を発し続けた。


「でも危なくなったら降参するし。降参させて貰えそうになかったら逃げるぜ? まだ、死にたくないしな」


 具体的な逃走方法としては、大砲やロケット弾で結界をぶち破り、観客席に飛び込んで場外へ……というもの。格好悪いことおびただしいが、死ぬよりはいいだろう。


(てか、そんなことする余力があるなら、デカい爆弾でも召喚して自爆攻撃するよな。俺には『自弾無効』の解放能力があるんだし)


 さて、カレンの反応はどうだろうか。

 弘が言い終わった時点で目の端に涙が溜まっていたが、それがこぼれる前にカレンは指で拭った。


「すみません。困らせるようなことを言って。ただ……サワタリさんが心配だったから……」


「あ、ああ……」


 言葉少なに応じながら、弘は内心で首を傾げている。

 自分は強くなった。強くなったはずだ。それなのにカレンは心配だと言う。


(さっぱりわからん。俺が大丈夫って言ったら、大丈夫だろ? 大丈夫じゃないときは、ちゃんと言うんだし……。つまり……俺の強さが信用されてない? いや、そんなはずは……。俺、カレンと決闘して勝ってるんだぜ? ん? ん~~~っ?)


 考えれば考えるほど、変な方向に思考が流れていく。先程のカレンではないが、弘は泣きたくなった。


(……どうしよう……)


 取りあえず、取りあえず試合を頑張ろう。豪快に勝てば、少しは自分の強さを理解……いや、信用して貰えるはず。そう心に決めた弘は、カレンと談笑を継続した。少しばかり心に不安を抱えた状態であったが、カレンの家の事情なども聞かせて貰うことができ、有意義だったと弘は思う。

 そして、夕食時にシルビアとウルスラが合流。完全に陽が落ちた頃になると、グレース達が戻って来た。乗馬が不慣れだというグレースは大いに消耗しており、シルビアとウルスラの2人がかりで法術治療を施す騒ぎになったが、何はともあれ全員集合。


「おいおい、私を忘れては困るな」


 そう、引越の準備を終えたメルも合流している。

 ここにジュディスが居ないのが残念だが、彼女は闘技場に父親を連れてくる手はずとなっていた。後は、弘が試合で勝てば良い。


「さて……そんじゃあ闘技場に行くとすっか!」


 そう言って弘が席を立つと、円テーブルを囲んでいたカレン達が一斉に立ち上がる。

 ジュディスを除いた総勢6名を引き連れ、弘は闘技場へと向かうのだった。


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