第百五十八話 チャンス到来
「我の仇討ちか……」
グレースが呟くのを聞き、弘は左隣で居る彼女に頷いた。
元高級娼婦のエルフ、グレース。彼女は、エルフ氏族の族長だったこともある女性だ。そんな彼女が娼婦をしていた理由。それは対立するエルフ氏族の罠にかかり、氏族を滅ぼされた事を発端とする。生きたまま敵氏族に捕らえられたグレースは、辱めを受けた末、隷属の首輪を装着。その状態で娼館へと叩き売られたのだ。
「氏族を守れなかった族長として、己を罰するため……。我は首輪の効果とは別に、娼館を脱することをしなかった……わけだが……。ある日、火災を生じた娼館から助け出された。そう、ここに居る……このサワタリによってな」
その後、弘が彼女を身請けして今に到る。
氏族の仇討ちに関しては半ば諦めていたが、そのことを聞いた弘に焚きつけ……もとい発破をかけられ、グレースは改めて仇討ちを志したのだった。
「敵氏族の全殺しは無しってことで。上層部の連中を始末するだけ……。そういうことで、いいんだっけな?」
弘が確認するとグレースは頷き、皆を見まわす。
「すでに話したが、秋の収穫祭……まあ、あの氏族内ではどう呼んでるかは知らぬが、エルフ氏族ならば何処でもやる祭の時期を狙う。より正確には、祭地へ事前の現地視察、そして下準備に来る者を狙うわけだ」
通常、その現地視察には族長が直接赴き、幹部クラスが何人か同行するとのこと。大まかな日程は族長経験者のグレースが読み、詳細な出発時期については偵察士であるノーマが監視する手はずだった。
「その監視は私とグレースが交代でして、監視番ではない時に、私が色々と準備をするわけ。襲撃した時、相手に逃げられないようにね」
ノーマが言うには、敵氏族長らの行動ルートを予測し、襲撃地を大まかに囲むよう罠を仕掛ける手はずらしい。
(こういう時、石の召喚術士……西園寺さんが居てくれたら便利だろうけど)
暫く前に別れた召喚術士、西園寺公太郎を弘は思い出していた。彼は召喚した石壁で一定エリアを囲むことができたはずだ。以前に見た時は、壁ではなく神社の玉垣状のものを召喚していたが……。
(今度の襲撃だと、アレでもう充分だよなぁ……)
最後に見た時、西園寺のレベルは自分よりも随分低かった。しかし、自分似できない事をできるというのは、少しばかり羨ましく思える。
「まあ、出来る範囲で頑張るしかねぇか……」
小さく呟いた弘は、ここまで話した段取りに変更がないか、グレースに聞いてみた。返答は「変わりなし」というもの。
「そっかそっか。それで……だ。元々は、俺とグレースだけで仇討ちするって話だったんだが……」
そこへ偵察士のノーマが加わり、カレン達も手助けすると言う。この協力態勢について、弘が王都へ来る前に話し合われたらしい。ということは……。
「……確認するぜ? 全員、グレースの仇討ちを手伝うって事でいいのか? 今ここに居ないジュディスも?」
グルリと視線を巡らせると、皆が頷いているのが見えた。
それを確認した弘は、まず「ありがたい!」と思う。が、同時に「あ~あ、巻き込んじまった……」とも思っていた。また、人数が増えたことは、利点とともに問題点が発生する。
今回の仇討ちで重要なのは、相手に悟られないこと。ノーマが設置する罠の中まで相手が来てくれればいいが、それ以前に察知されたら氏族の集落だかに逃げられてしまう。
(その場で応戦してくれるなら願ったりだけど。逃げられたら、敵さんの氏族を丸ごと相手にしなくちゃ……)
大勢を相手に戦う。それ自体は別に問題ではない。弘の召喚術であれば、数の差など覆せるからだ。
「って、待てよ? まだ肝心なことを聞いてなかったな」
襲撃する相手の人相風体。敵族長の強さ。加えて言えば、同行して居るであろう者の強さなどを、まだ聞いていなかった。
「ふむ。そう言えば話してなかったか。確かに肝心な部分だ」
そうしてグレースが語ったところによると、敵氏族長は金の長髪で器量が良い。強いて言えば、自信家な上に横柄な態度が目立つとのこと。
「人相は良くわからんが、そこはグレースに確認して貰うか。典型的なイケイケ型みて~だが。で、そいつは強いのか?」
「強い。精霊使いとしては我と同等か、あるいは上回るやもしれぬ。無論、剣や弓の腕も立つ」
その上、グレースの氏族のエルフを唆して、戦う前に有利な状況を整える。そういった知略の持ち主でもあるらしい。
(知略っつ~か。悪賢いっつ~か。……腰を据えて戦うとなったら、面倒くさい相手なのかもな)
幸いなことに、弘達は相手が小人数のところを襲撃するのだ。知略云々などは発揮する暇もないだろう。純粋に戦闘力の勝負となるはずで、そういった戦いであるなら弘は勝つ自信があった。
(自信って言うより、勝算だな……)
ファンタジーRPGの知識から考えれば、相手方のエルフが強大な精霊を召喚したりする……その前に倒せば良いのである。
(有無を言わさず自動小銃でズダダダダ……。……そういや、グレースが恨み言を言うんだったか。その最中で精霊王みたいなのを呼ばれると、ちょっと厄介かもしれね~)
「それに、氏族長以外の者……。つまりは随行メンバーだが」
弘が敵氏族長について考えている間も、グレースの説明は続いていた。
「現地視察へ赴く際、氏族の幹部数名と護衛を連れているはずだ。その者達も間違いなく強者であろう」
つまり、武器を持たせても強い精霊使いが数人。ひょっとしたら10人前後。そういった者達を相手にしなくてはならないのだ。
「後は、そいつらを逃がさないように倒すだけってか? もしも、そこで逃がしたら~……」
そのまま、自分の氏族に逃げ込まれ、高い確率で報復されることだろう。
(やれやれ……。全面対決って事になったら、上層部だけ始末するってわけにいかね~よな? そん時は……もう、やっちまうしかね~か)
暫し黙して考えた弘は、正面に居るシルビア……の向かって左で座るノーマに話しかけた。
「ノーマ? 俺達は、ジュディスを数に入れた場合で7人になるけど。襲撃地の近くで隠れるとか……そういうの、準備とか指図……指導なんかを頼めるか?」
「もちろんよ。事前には詳しく説明するけど……。相手がやってくる反対側で隠れて……そぉねぇ、グレースが直接に恨み言を聞かせるんだっけ? その間に回り込んで包囲すればいいのよ。物音が気になるなら、グレースに風の精霊魔法を使って貰うの。こっちも音は聞こえなくなるけど、相手の姿は見えてるわけだから……」
様子を見て動いても良いし、身振り手振り等の合図で回り込ませても良い。その後は、罠の類に注意しながら包囲するわけだ。
「だけど、日中にやるならジュディスは不参加よね? 戦士職がカレンだけになるけど。そこは大丈夫なのかしら?」
ノーマが気にしているのは、敵がカレン以外のメンバー目がけて逃走を図った場合のことだ。ある程度の罠は用意しておくが、それで止めきれるとは限らない。
「殺傷力の高い罠は見破られそうだし……。シルビアやウルスラだと、何人も相手にできないでしょ? 私だって厳しいわよ?」
「ん? ああ、そん時は……俺が散弾銃とかで足でも撃てばいいのかな……。地雷を召喚……は、カレン達が危ないから駄目か。まあ、何とかするわ。それにしても、ジュディスか……」
襲撃時間はノーマが言ったとおり、日中を予定している。どのみち、祭の下準備や現地視察などは夜にはできないだろうからだ。そして、日中襲撃の場合。夜の戦乙女の力がフル活用できず、ジュディスは転位して来られない。
(それでも人手は多い方がいい。てこたぁ、ジュディスの件を先に何とかした方がいいのか?)
何とかしようにも方法が思いつかないので、今はグレースの仇討ちの件に話題を移したのである。とは言え、このままいくと戦士職がカレン1人。後は僧職のシルビアとウルスラ。それに偵察士のノーマで包囲を完成しなければならないのだ。
(もう足止めとか言ってる場合じゃねぇな。事が始まって早々、俺が族長以外の奴を射殺する。これで何とかなるか?)
「とにかく、やるしかないな……。大まかに決めたら、あとは臨機応変だ」
腹をくくった弘は、グレースに襲撃をいつにするか聞いてみた。
「木の葉の色……風の匂いからすると、あと10日ぐらいか。その頃に現地視察や下準備に入るはずだ。ただし、日程は前後すると思う。数日内で出発したほうがいいな」
「数日内か……3~4日内って感じか。その間にジュディスを……いや、今はグレースの仇討ちを考えて……」
もごもご言う弘は、自分に視線が集中するのを感じる。見れば、カレン達が少し不安そうに弘を見ていた。
「……ん~? ああ、声に出てたか? ま、ジュディスのことは様子を見てからな。とにかく、今話した感じで方針決定とするぜ。いいよな?」
強引に締めにかかっているが、意識して自信たっぷりに言ったおかげか、皆が安心したように表情を和らげる。これを見て弘は安堵した。が、その一方で冷や汗もかいている。
(おいおい。俺が難しそうな顔してたら不安で、自信ある風に何か言ったら……それで安心かよ)
これがリーダー格の、そして『彼氏』の言動に対する反応というものだろうか。弘は咳払いしそうになるのを堪え、肌着の首元を指で伸ばした。
(おっかね~。迂闊に泣き言も言えね~ぞ?)
いや、カレンとジュディス以外は同い年か年上女性なのだから、少しは甘えたり相談相手になって貰っても良いはず。ただ、やり過ぎると『情けない男』として見限られるかもしれない。
(何事も、程々が一番ってこったな)
◇◇◇◇
その後、弘は昨夜見た月について話をしている。
それまで見えもしなかった、餅つきをするウサギ絵。突然、目についたかと思えば、どうやら他者は昔から見えていたという認識らしい。
このことについてカレン達の反応は……と言うと。
「月のウサギ模様ですか? さぁ……昔からあるものですから……」
「こっちの世界に来てから、弘が見落としてたって可能性もあるわよねぇ?」
こういった感じだ。
ただ、このような反応は想定内である。それに、道行く冒険者をつかまえて問いただした昨夜のように混乱しているわけではない。落ち着いて頷くと、弘は皆を見まわした。
「つまりだ。そういう異変を目の当たりにした。んで、周囲の奴に聞いても『昔からそうだった』と言われる……ってのが、今の俺の状況なわけだ」
このシチュエーションに自分が立ったとき、どうするのか。そこを改めて聞いてみたところ、カレン達は難しそうな顔をして唸った。
「なるほどな。事の真偽はともかく、今のサワタリのようになったら……か」
我が身に置き換えて考えてくれたらしいが、それでもこれと言った意見は出ない。
「こういう時は~、魔法使いが居ると色々と考えてくれそうなのにね~。あの人達、博識だし~。色々複雑に考えるのが好きっぽいし~」
そうウルスラが言うと、弘も含めて全員が頷いた。
「その魔法使い……魔法職の冒険者だけどな。やっぱし、1人は居てくれた方がいいと思うんだ」
弘は言う。その魔法による活躍も期待したいが、やはりパーティーの知恵袋として魔法職は必要だと。
(俺のステータス値の『賢さ』とか『知力』が、いまいちあてにできね~からな)
弘の意見に反対意見は出なかったが、では誰を誘うか……という話になる。最近まで行動を共にしていた魔法職はターニャだ。しかし、彼女は現在、別パーティーに加入しており、誘うことはできない。
「メルが王都に来てりゃいいんだがなぁ。ともかく、ギルド受付で聞いてみようぜ? 王都に戻っててフリーでいるなら、メルを誘おう」
駄目なときは他のフリーな魔法職を誘ってもいいだろう。それに、魔法職が居なければ立ちゆかない状況でもない。受付で聞いて駄目なら、魔法職の勧誘は保留としておいてもいいだろう。
「こんなとこか……」
月について話し、魔法職の勧誘についても話した。
この辺でお開きにして、ギルド受付にでも行こう。その後は、酒場で茶ないしジュースでも飲みながら、肩の力抜いた話でも……と弘が思ったところで、挙手する者が居る。
ウルスラとノーマだ。2人は示し合わせて手を挙げたのではなく、手を挙げてからお互いに気がついたようだ。
「あのね~、ヒロシ~? グレースの仇討ちって、冒険者仕事として請け負うのよね~?」
「お、おう? そのつもりだ。恋人の事情なんだから、ロハでいい気もするんだが……。今回は、皆に手伝って貰うから報酬も用意しなくちゃな。それに……」
ただ単に敵氏族の上層部を潰したとしよう。その場合、弘達にテロリスト的な悪評が立つかもしれない。だから、グレースがギルドに依頼して、それを弘が請け負うという形にするのだ。
「めんどくせぇが、こうしないとカレン達に迷惑がかかる……かもだ。ギルドを通しておいた方がいいだろうな」
ギルド依頼という事にしておけば、弘達の仇討ちは正式な冒険者仕事となる。何かあった場合は、ギルドを巻き込めるから安心できるというものだ。
「その辺の事情は良くわかったわ。でも、ヒロシ? 依頼料や報酬は、何処から出るのかしら?」
ああ、なるほど……と弘は思った。ウルスラとノーマは、報酬が誰持ちの依頼となるか気になるらしい。見ればカレンとグレースが苦笑し、シルビアは渋い顔をしている。
「報酬……依頼料か。こればかりは俺が出して……」
「我も出すぞ? 当然のことだ」
グレースが口を挟んでくる。一瞬、弘の脳裏に「割り勘か? いや、俺が1人で……」的な考えがよぎったが、今のグレースに金を出さないよう説得するのは難しいと判断した。また、金を出すことでグレースの気が楽になるなら、それもありだと弘は考えている。
「……あ~、報酬はグレースからも出るそうだ。だから期待していいぜ?」
特に反対するでもなく、グレースによる出資を組み込む。このとき、弘は隣で座るグレースの顔を見ていなかったが、何となく……そう、何となく彼女が微笑んだような気がした。
さて、ギルド依頼に関してだが、依頼申請時に、グレースが弘のパーティーを指名する。こうすることで、他パーティーに受注されることを避けるのだ。
「問題は、この国が亜人差別の国ってことか。エルフがする仇討依頼が、ギルドに受理されるかどうかだな~……」
依頼掲示板に貼られている依頼書で、仇討ち案件というのはたまに見かけられる。貧困層からの依頼は嫌われ、富裕層からの依頼は奪い合いとなるのが常だ。グレースの場合、依頼料に問題はないので普通なら受理されるとは思うが……。
「あの、サワタリ殿? グレース殿の仇討ち依頼は受理されると思いますよ?」
「シルビアか。言い切ったな? 理由とかあんの?」
真正面のシルビアに聞いたところ、仇討ち対象のエルフ氏族は好戦的であり、森に近づく他種族に危害を加えているらしい。
「結果として氏族の上層部を排除できるのなら、それで冒険者ギルドの評判が上がることでしょう。ですから、依頼申請が通る可能性は充分にあります。あと、亜人差別という事でしたら、ギルドでは心配無用です。冒険者には、エルフやドワーフも居ますから」
「それなら大丈夫かもな……。それに、そうか……実害のある迷惑集団扱いされてんのか」
これで心置きなく、エルフ氏族の上層部を始末できる。もちろん、油断や楽観は禁物だ。とは言っても、事が順調に運んでいるようであり、弘は少しだけホッとしている。
「よし、決まりだ。グレースは頃合いを見てギルドに依頼申請しておいてくれ。俺と連名でな。それと後で、依頼料についても相談しておこう」
これを聞いたグレースは「わかった」と短く返事をするのだった。
◇◇◇◇
暫くして、貸し会議室を出た弘達は、2階のギルド受付で魔法職の冒険者について調べている。その結果、魔法使いのメル・ギブスンは王都に居ることが判明した。
「普段は魔法使いのギルドで寝泊まりしてるのか。そういや、論文を提出するとか言ってたっけ。後で訪ねて、パーティーに勧誘しよう」
この弘の提案は皆に受け入れられ、その足で1階酒場に降りていく。外に出てメルを誘いに行く……のではなく、少し休憩することにしたのだ。空いているテーブルにつき、それぞれが飲み物を注文する。注文内容は果実ジュースが多い。シルビアに到っては水だ。
そうして軽い談笑の場となったわけだが、最初は主に弘の冒険譚で盛り上がっている。その後、途中からカレンの近況に話題が移り……。
「ところで~、カレン様ぁ~?」
「なぁに? ウルスラ?」
「王都に居るんですよね~? 婚約者って人~」
ブハッ!
オレンジジュースを飲んでいたカレンが吹き出した。
シルビアは気まずそうに目を逸らし、ノーマはニヤニヤしている。グレースに関しては「ふむ。そういう話もあったか」と呟くのみ。そして、弘は……。
(そういや居たんだっけな。婚約者)
と、自分でも不思議に思うほど冷静でいた。
カレンの婚約者に関しては、以前にチラッと聞いていたが、どうやら親同士の取り決めであったらしい。カレンは断ったと言うが、ジュディスの談によると相手方は諦めていないとのこと。
「ふうん。王都に戻ると厄介事が待ってたのは、何もジュディスだけじゃないってことか」
「なによ、ヒロシ。随分と呑気じゃない? 恋のライバルよ? どうするの?」
「あのなぁ……」
弘はノーマを軽く睨むと、頭をバリボリ掻いた。
「どうするも何も、カレンの恋人って言ったら俺じゃん? そのポジジョンに立てなかった奴なんか知ったこっちゃね~よ。それよりカレン?」
「は? ひゃ、ひゃい!」
固まっていたカレンが珍妙な返事をする。何やら考え込んでいたようだ。弘は小首を傾げたが、すぐに気を取り直して聞いてみた。
「カレンは、俺より先に王都へ来てたんだろ? その婚約者って奴から、何か言われなかったか?」
「えっ? あ~……」
実際、言われたらしい。
まず、王都到着の翌日、彼がギルドまで押しかけて来たとのこと。
「……随分と早くバレたな?」
「はい。何でも、私が王城へ来たら連絡が行くようになっていたとか……」
そして、家督相続のための試練……それを達成したと確認するや、親同士の取り決めどおり結婚しようと言ったのだとか。
ここまで聞き、弘は腕組みをしながら唸った。
「すげぇ行動力だ。こと女関係で、俺が真似できるかどうか……」
テーブルの真正面に座るシルビアが「そんなこと、真似する必要ありません」などと言っているが聞き流し、弘は考えた。その婚約者というのは、よほどカレンに惚れているのだろうか。
「そこまでするんだもんなぁ……」
「うう……。迷惑……なんですけどね……」
「家柄や領地目当てって事はないのかしら? その婚約者さんの家が、カレン様の家より格落ちだとして……だけど」
そうノーマが言うと、カレンは苦笑してみせる。
「その線は無いと思います。だって……」
カレンの実家、マクドガル家。その領地は、大昔の戦で手柄を上げた御先祖様が、小さな村1つを領地として与えられた事に始まる。
「本当に、ほんと~に小さな村なんです。お屋敷だって小さいし、領兵なんて居なくて……村の自警団がある程度だし」
正確に言えば、冒険者や従軍経験者を雇って警備兵のように運用しているが、それとて十数人程度。例えば魔王が侵略してきたとして、国からの招集を受けて領兵を出す……などは不可能事である。
「第一、その人は私よりも上位の貴族で……。持ってる領地も広いし、お屋敷も大きいし……」
だからこそ、家柄や領地目当てではないのだ。
「てこた、やっぱりカレンに惚れてるんだな。凄いじゃん、カレン」
本気で言ってるのではなく、無論冗談である。それが解るカレンは、笑み混じりの困り顔で弘に言う。
「もう、やめてくださいってば。でも……」
ここ数日、カレンは何者かの監視を受けているらしい。
「私に気づかれるぐらいですから、偵察士や盗賊の……本職の人じゃないと思うんですけど」
その姿を何度か目撃したとのことで、偵察士や盗賊には見えなかったとカレンは言う。
「ん~……すっきりしね~な。捕まえて、色々と聞き出してみるか?」
「それは……もう少し様子を見てみようか……と」
心当たりと言えば、やはり婚約者の手の者という事になるが、それならそれで迂闊に手出しはできない。家人に手を出した……などと言って優位に立たれる恐れがあるからだ。
「カレンが、そう言うなら……。しかし、面倒くさそうな展開だな。つか、こういう話をするなら、やっぱ会議室を借りりゃあ良かったか?」
肩をすくめて冗談口を叩くと、カレン以下、全員が微笑んだりクスクス笑ったりする。こうして重くなりかけた空気が消えたことで、弘は再び話をしようとした。
「じゃあ、カレンに関しちゃ俺達みんなで気をつけるとして。グレースの仇討ち申請や、ジュディスのことを……」
「あの……お話中、申し訳ありませんが……」
「あ?」
少し離れたところから声がかかり、弘が視線を向ける。そこには身なりの良い中年男性が立っていた。第一印象は執事風である。酒場で誰かに声を掛けられると、喧嘩を売られてる……的なイメージが固まりつつあった弘は、少し意表を突かれた気がした。
「え~と……俺になんか用っすか?」
「私、王都闘技場の者でして、ボルター・ブレナンと言います」
「ん? ああ、俺はヒロシ・サワタリだ。って、闘技場? 王都にもあるのか?」
着いてからのお楽しみという事で、王都への移動中は特に情報を集めたりしてない。到着自体は昨夜のことだったため、弘は王都の重要施設等について詳しくなかった。
「闘技場ならあるわよ? 造られたのは10年くらい前だけど。確か……ディオスクの闘技場が流行ってるから、王都で国営の闘技場を……って事だったかしら?」
ノーマが説明してくれるので、弘は頷いて見せる。
「なるほど。それで、その闘技場の職員さんが俺に何の用だって?」
言いつつ弘は席を立った。客が立ったままなのに、座った状態で話をするのはどうかと思ったからだ。これは元の世界でアルバイトをしていて居た頃、店長や先輩から教わったマナーである。これを見たブレナンは少しだけ目を見開くと、次の瞬間には元の表情に戻って話を続けた。
「ええ。何でもサワタリ様は、ディオスクの闘技場で10連勝を果たされたとか……」
ざわっ。
酒場内の空気が揺れる。
現在、カレン達と話している間に客が増え、テーブルに着く冒険者パーティーは10を超えていた。それらすべてが弘に注目している。
「あいつ……昨日の夜、トーマスを天井にブッ刺した奴だよな?」
「ディオスク闘技場、10連勝のサワタリって言ったら……ちょっと前に噂になってた奴だっけ? 王都に来てたのか」
「つ~か、あそこで10連勝とか本当だったんだな。話盛ってるのかと思ってたわ」
「傷があって厳ついけど、野性的よね~」
「うん。それでいて強いんでしょ? 素敵かも!」
「野性的で素敵か……」
これら噂話を優れた聴力で聞き取った弘は、好意的な評価のみ耳に残し、その頬を緩めている。もっとも、カレン以下女性陣の視線がキツくなったので、誤魔化す意味も込めてブレナンに注意を戻した。
「あ~……何だか騒がれてるみたいだけど。確かにディオスクで10連勝したよ? それが何か?」
「実は……我が国営闘技場では、有名な闘技者や冒険者をゲストに招いて、特別試合を催しておりまして……」
ここ最近では、闘技場の本場であるディオスクで有名になったヒロシ・サワタリ。つまり、弘をゲスト出場者として招きたいとのこと。勝敗にかかわらず出場料は用意するし、自分自身に賭けても構わないとのこと。
「自分自身に賭けても……か」
つまり、金が欲しければ自分で稼げと言っているに等しい。今の口振りでは、用意される参加料の額も大した額ではないと考えるべきだ。
(いや、端金ってこたないだろうが、試合内容に見合った額じゃあないだろうな。しかし……)
勝敗にかかわらず金をくれるというのは、ディスクでの闘技者経験からすれば好条件と言っていい。とは言え、それは試合後に自分が死んでいなければの話だが……。
(大怪我しても、今の俺なら回復できる召喚具がある。召喚タバコより強力な奴がな。それに金は必要だ。稼げるときに稼いでおいた方がいい)
自分は将来的に女6人を食わせていかなければならない。それに、さしあたってグレースの仇討ちの件で皆に払う報酬……これを用意する必要があった。現在の所持金から捻出するのは可能だが、それでは所持金が減ってしまう。
(ケチ臭い話だけどな。問題は、その特別試合ってのがいつになるかか……)
当分先なら予定も組めようが、仇討ち予定日と重なった場合は出場できない。
「出場するとして……そりゃ、いつの試合になるんすかね?」
「よろしければ、明後日……」
幾分、申し訳なさそうに言うブレナンの台詞を聞き、弘は目を剥いた。カレン達も驚いているし、何より酒場内の冒険者達もざわめいている。
「ブレナン……殿? それは、あまりにも急な話ではないでしょうか?」
椅子に座ったままのシルビアが口を挟んだ。確かにそうだ。周囲の冒険者達の会話を拾ってみても、「随分と急じゃね~か? 何考えてんだ?」とか「大物を呼んで集客するのはいいとして、そんな日程だと客を呼べないんじゃないか?」といった意見が多い。これには弘も同感だ。
一方、シルビアに指摘されたブレナンは、動揺する気配もなくニコニコしながら答えた。
「当闘技場では試合予定が詰まっておりまして。サワタリ様には、よろしければ……と、お誘いした次第です」
「じゃあ、俺が断ったら?」
「他の有力な冒険者の方を、お誘いします」
「ほ~う?」
挑発されてるな……と弘は思った。予定が詰まってるのは、こちらとて同じだ。
それに他を当たるなんて言われ方をすると、弘としてもカチンと来るものがある。
(気に入らね~よな~。……けど、どうしたもんかな?)
日程的には参加できそうだし、上手くいけば大金が手に入るだろう。弘の召喚術を使えば、闘技場でキープできる程度のモンスターは薙ぎ倒せるから、美味しい話には違いない。
注意すべきは、闘技場側が集客を無視してでも弘を呼ぼうとしていること。
(糞胡散臭ぇ。だいたい、ディオスクで10連勝したときだって、いきなり後半をバトルロイヤルにされて……しかも集団リンチみたいな目に遭ったからな)
「今度も何かあるんじゃないか?」
「は? 何か?」
思わず声に出してしまい、それを聞いたブレナンが首を傾げる。弘はジイッと相手の顔を見たが、ブレナンの表情から読み取れるものはなかった。
「……いや、なんでもない。それより、俺を名指しで誘うってことは、パーティー出場の話じゃないんだろ?」
「そのとおりです」
「……俺1人で試合に出るとして。相手は何になるんだ? ひょっとしてバトルロイヤルか?」
ディオスクで危ない目に遭った経験から、最後は冗談めかして聞いたのだが、これに関してブレナンは「そのとおりです。いえ、少し違います」と答えた。
「そのとおりだが少し違う? なんだそりゃ?」
「試合内容は『サワタリ様が、お一人で、多数のモンスターと戦う』というものとなっております」
酒場のざわめきが一層大きなものとなる。弘は単に「ま~た集団リンチかよ」と思っただけだが、この周囲の反応は気になった。見れば、グレース以外のパーティーメンバーが顔色を変えている。
「どうかしたか? カレン?」
「さ、サワタリさん? 闘技場というのは、所在地近辺のモンスターを集めていることが多いんです。これはディオスク闘技場なども同じですけど」
(そりゃそうだろうな。変わり種のモンスターは余所の都市から取り寄せたりするかもしれんが……って、あ……)
闘技場で使用するモンスターは、基本的に現地調達。王都近辺は、何故か強力なモンスターが多い。
「なるほど、ディオスクより強いモンスターが揃ってるわけか。でもって、そいつらと俺が戦うと……。ほうほう」
ディオスクはディオスクで経験豊富な闘技者が揃っていたから、地域モンスターの強さが、出場する闘技者の強さに直結しないはずだ。
(でも国営だろ? 税金注ぎ込んで、凄いのを用意してるかもな)
「……動じてないな、サワタリ? やけを起こしているようには見えぬが?」
後方からグレースが話しかけてきた。肩越しに振り返るとカレン達、皆が様子を窺うように弘を見ている。弘は笑った。努めて、おどけるように。
「だってほら。俺、強くなってるし。真正面から戦うなら、大抵は何とかなるんじゃね?」
そう言ってみたが、「実際は、どうだかな」と弘は考える。
確かに、真正面からの叩き合いにおいて、自分は異世界モノ小説の主人公のようにチートだ。ただ、幻術などを駆使されたときには苦戦すると思うし、周囲に味方が居ては出来ない戦い方もある。
(召喚術と言っても、現代火器モドキを召喚できるだけだし。それにぃ……正直言って、俺の能力が本当に召喚系なのか怪しいんだよな……)
MP次第で、ほぼ弾数制限なし。人員無しでも勝手に砲撃してくれる等々。そう言った、オリジナル品には有り得ない要素が多々あるのだ。
(自転車なんかは部品単位で増えて、一式揃ったら合体させてたって~のに。最近は、予め一式揃って追加されるんだもんな~)
「ま、とにかくだ。危なくなったら降参すれば……って。降参していいのか?」
「構いませんが、相手はモンスターですから。すぐに試合終了となるかは……」
ブレナンは皆まで言わない。だが、弘にはわかった。他の者達も理解した。降参したからと言って、助かるとは限らないのだ。
「相手の数や種類は?」
「そこは当日まで秘密……という事になっております。何しろ特別試合ですので」
こんなギルド酒場へ勧誘に来ておいて秘密もないものだ。が、あるいは少しなりとも情報を流して宣伝をしたいのかも知れない。
(こうやって大勢が居る前で勧誘してるんじゃな。……あと、大々的に宣伝できない事情でもあんのか? いや、それより相手の情報くれね~とか。マジ引くわ)
胡散臭さが激増である。
「……試合ルールは、ディオスクの闘技場と同じでいいのか? つまり、魔法や武器なんかは試合開始後なら自由に使えるとか。相手を殺してもいいとか」
「はい。ディオスクの闘技場と同じです」
ブレナンは、穏やかな表情のままで答えた。そこには何ら悪意は感じられない。
「……出場報酬は? あと、掛け金の上限とかも聞きたいな……」
そういった質問をしながら、この試合に出ることを弘は決めていた。やはり、所持金を増やすチャンスは逃すべきではない。これが冒険依頼であるなら、気をつけるべきはモンスターだけではないのだ。崖から落ちるかもしれないし、ダンジョンのトラップに掛かることもある。行動を共にする……例えばカレン達、パーティーメンバーが怪我することだってあるだろう。
しかし、これは闘技場の試合だ。参加するのは自分だけだし、危ない目に遭うのも自分だけ。目の前のモンスターを倒すだけで、大金が手に入る。
(日程がグレースの仇討ちより前ってのも、都合がいいよな。あ~……でも、ジュディスの件はどうしようか? そっちを解決するための時間が削られるんじゃ……。てか、何をしたら解決するんだ?)
現状、ジュディスに関しては手詰まりに近い。弘は勿論のこと、パーティーの誰が行っても門前払いだろう。
(せめて話ぐらいは聞いて欲しい。けど、会って貰えないんじゃな~……ん? んん?)
このとき、弘の脳裏に1つのアイデアが浮かんだ。それが成功すれば、ジュディスの父親は会って話ぐらい聞いてくれるだろう。
いや、上手くいくかはわからないが、何もしないよりはマシなはず。
(たぶんな……)
弘はカレン達に向き直ると、ブレナンをチラ見しながら宣言した。
「みんな。この特別試合ってやつな。参加することに決めたぞ」