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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百五十七話 この世界の月

 タルシア王国……にある冒険者ギルド王都本部。

 その2階の貸し会議室は、非常に良い雰囲気となっていた。

 それも当然で、沢渡弘に恋する女性4人が、誰1人として振られることなく恋人になれたのだ。すでに恋人だった2名を含むと、総勢6人の恋人達である。しかも、今のところは仲違いなどせず、彼女たちは和気藹々としていた。


「ん~……そう考えたら凄いな。この状況」


 弘は再び始まったガールズトークを見やりながら、小さく呟いている。

 今は中の良いカレン達であるが、この先どうなるかは解らない。そもそもが、男1人に対して女6人。今こうして、仲良く談笑しているのが奇跡的なのだ。


(ずっと、こんな感じでいてくれればなぁ)


 そう願わずにはいられない。もちろん、彼氏たる自分の努力が必要であることを忘れてはならないだろう。……と、ここでグレースが皆に話しかけた。


「皆、話は尽きぬところであるが、この辺で一度お開きにしてはどうか? 夜も遅いし、何よりサワタリは王都に到着して間もない身だ。疲れも溜まっていることだろう。そこで……」


 グレースは一度言葉を切ってから、弘を見る。


「……俺? 先に寝ろって?」


「うむ。この先、大仕事が控えているのだ。まずは休むことが重要だ」


 いや、全然疲れてないけど? と言いかけた弘であったが、グレースの瞳を見て口をつぐむ。


(何だってんだよ? 俺を追い出したいのか? 残った女達だけで何を話そうって……。ああ……)


 唐突に思い当たった。

 女だけで話したい事があるとしたら、それこそ男の弘は邪魔だろう。無理に居残って話を聞いたとして、それで居心地悪い思いをするのは御免被りたい。


「……グレースの言うとおりだ。ちょっとばかし疲れてるみて~だし。……このギルド宿で部屋を取って、寝るとするわ」


 そう弘が言うと、グレースや他の者が頷いたり、「おやすみなさい」を言ってくれた。若い女性。しかも恋人から言われる『おやすみなさい』。これだけで弘は舞い上がりそうな気分になった……が、ふとジュディスを見て小首を傾げた。


「そういや、ジュディスはどうすんだ? 家を抜け出してるんだろ? 今晩、ここで泊まるってのもマズいんじゃないか?」


「あたしは……」


 戦乙女の装備に身を包んだジュディスは、少し唸ってから笑って見せる。


「もう少しだけ、みんなとお話してる。明日の晩も抜け出してくるつもりだから、また……ね?」


「お、おう? それじゃカレン、グレース、シルビアにウルスラ。ノーマにジュディスも。みんな早く寝ろよ? 明日は、え~と……朝一、いや2番の鐘で朝飯にする。その頃には1階酒場に居るし、暫くノンビリしてるから。これからの話は、そこで……いや食ってから、またこの部屋でするか」


 それだけ言うと、弘は会議室から出た。最後の台詞を一気に喋りきっての退室である。何となくグレースだけでなくジュディスも、そして他の皆からも退室を期待されている……そんな気配を感じたのだ。


「気のせい……って事にしておくか」


 廊下を歩き、2階にあるギルド受付に向かいながら、弘は後ろ頭を掻く。そして肩越しに会議室を振り返ってみた。そこに見えるのは廊下と木製の扉だ。


(俺の今の聴力で、盗み聞きとかできるかな?)


 たぶん出来ると弘は思う。しかし、やめておくべきだろうと判断した。

 カレン達の会話内容に興味はあるが……。


「まあ、なんだ。やっぱ盗み聞きは良くね~わ。それに、知らない方がいいこともあるってか?」


 小さく呟き、進行方向に向き直る。この先にはギルド受付があるのだが、そこへ到着した弘は部屋を取ることなく階下へ降りた。少し外の空気を吸いたくなった……というのが理由である。時間的には深夜となっていたが、まだ数組の冒険者パーティーが酒場に居るようだ。それらのテーブル間を擦り抜け、弘は外へ出て行く。

 さすがに人通りは少なくなっているが、寂しさを感じるほどではない。弘は通りをブラブラと歩き、ふと路地裏に目をやった。両脇の建物には屋台があり、路地自体は人が通らないのか篝火もなく真っ暗だ。強化された視力で見れば、散乱したゴミが確認できる。普段であれば、好んで歩きたいとは思わないが……。


「ふむ……」


 一声唸ると、弘は路地裏へ向かった。通りを行く者達が目で追うが、それも一瞬のことで、特に興味を持つことなく通り過ぎていく。路地裏に数歩入った弘は表通りを振り向くと、そこでしゃがみ込んだ。解放能力の1つ『MP回復姿勢』だが、今はMP満タン状態なので特に効果はない。ただ単にウンコ座りをしたかっただけだ。

 その上でステータス画面を開くと、今度は召喚具を検索してみる。


「特攻服一式……。んで、ペイントはスロットの2番で」


 指定を終えた瞬間。弘の着用する衣服が様変わりした。黒い衣服、焦げ茶の革ブーツ。腰に下げたバスタードソードに羽織ったマント。更には背負っていたバックパックが消失する。代わりに装着されたのは、つなぎをベースにした黒色の特攻服だ。足には地下足袋を装着。腹部にはサラシ巻で、特攻服の上着……その背面には、金文字で喧嘩上等と大書きされている。他にも『どうせ散るなら地獄で華を……』といった文面が踊っているが、それは割愛するとして、最後に注目すべきは額を締めるハチマキ。

 純白の布地で、額の部分に旭日旗をペイント。その両側を『特攻』の二文字で挟んでいる。

 これこそ暴走族に所属していた頃の弘が、チームの特攻隊長として着用した特攻服一式である。


「あ~……十代の頃に戻った感じだなぁ。この格好で、路地裏なんかでウンコ座りしてるとよ~」


 表通りに目をやると、篝火に照らされた冒険者らが多数行き交っているのが見えた。暴走族時代、こうやって表通りを行く『普通の人々』をよく見ていたものだ。


「札付きのワルで、低学歴で。族の特攻隊長さんで、就活が上手く行かなくて……トラックに撥ねられたと思ったら異世界に飛ばされて。能力者になって冒険者になって……今じゃ6人の彼女持ちか……」


 はあ~……と溜息が出る。いや、状況には満足しているのだ。溜息の理由は、ここに到達するまでの過程を振り返り「よく死ななかったよな」と思った事による。

 弘は召喚タバコをくわえると、念動着火して一服した。大きく吸って吐き出した紫煙は、夜空へ上って消えていく。


「異世界転移したあと、ゴブリンに追い回されたアレで死んでたかもしれね~し? 逃げ延びても行き倒れたかもなぁ。実際は、ゴメスさんに拾われて山賊になったけど。ああそうだ……展開によっちゃあ討伐に来たカレンに殺されてたかもしれね~わけか」


 こうやって思い出したほかにも、死にそうになったことは何度かあった。本当に……よく死ななかったものだ。


「この異世界に来て……ああ……いや、今じゃあ日本の方が異世界だよな。俺にとっちゃ……」


 くわえたタバコを更に吸う。ジジジ……と音がしてタバコが短くなった。


「この世界で生きてくって決めたんだからよぉ……」


 フッと笑いながら空を見上げると、夜空には月が浮かんでいる。この世界へ転移する前よりも強化された視力は、クレーターなどが描くウサギの餅つき画をしっかり見ることができた。


「ふん。世界が違っても月のウサギは変わらね~なぁ。……って、んな訳あるか!」


 吐き捨てるように叫び、弘は立ち上がる。

 異世界転移後から今日まで、夜空の月は何度も見てきたが、このようにウサギの餅つき画を見たのは初めてだ。


(今日まで見落としてたってのか? いや、そんなはずはねぇ!)


 目を細めて見直したが、やはり月に『ウサギの餅つき画』はある。


「チッ……。ワケがわからねぇ! 誰かに聞か……クソがっ! 服替えねぇと!」


 特攻服一式の着用を解除し、元の革鎧姿(マント着用でバックパック装備)に戻した。そうして表通りに出た弘は、近くを歩いていた冒険者……戦士風の男に声をかける。


「なあ、すまね~んだが。あんた、あの月にウサギが見えてるか?」


「いきなりなんだよ、おい。月のウサギ模様だろ? それがどうした?」


 いきなり話しかけてきた弘を胡散臭そうに見ながら、それでも一応の返答はしてくれる。


「どうしたって言われると……。そ、そうだ、アレはいつから見えてた? つい最近か?」


「最近? 何言ってる? 月のウサギは、ずっと昔からあるだろ?」


「おい、もう行こうぜ?」


 パーティーメンバーの偵察士と思しき男が声をかけ、その冒険者パーティーは去って行った。何度か肩越しに振り返っていたが、そんなことは気にならない。弘は周囲を冒険者らが行き交う中、表通りで立ち尽くしていた。そして月を見上げる。日本でよく見た、まん丸お月様そのままだ。金色に輝く中に、杵と臼で餅をつくウサギの姿が見えている。


「どうなってんだ、あの月は? 日本に居た頃に見上げてた月と同じ月だってのか?」


 このとき弘は、今自分が居る世界が『数千年、あるいは遙か未来の地球』的な場所ではないかと考えた。そんな展開の映画や漫画を過去に見かけたからだ。


(それならそれで別に良いんだけど。何か違う気がするんだよな……。え~と、なんだ……方向性ってゆ~の? 俺の居た地球で、いったい何があったら『こんな世界』になるんだっつ~……)


「って、違ぁ~~~う! 今は目の前のことを考えなきゃ!」


 思わず声が出る。当然ながら、通行人の注目を浴びてしまうわけで、我に返った弘はそそくさと歩き出した。目的地は特にないが、とにかく歩く。歩きながら、もう一度考えてみた。


(この世界が元居た世界の、将来的な場所かも! ってのは、さておき。ちょっと前まで、月にウサギの絵なんて無かったはずだ。絶対に無かった! なのに俺以外の奴は、昔から絵……模様とか言ってたが、そういうのがあったって言う!)


 いつしか、弘は城下の何カ所かにある公園に到着し、空いているベンチに腰を下ろす。公園内には篝火や街灯のような設備があるものの、既に消されており、人影と言えば何組かの冒険者パーティーが居るのみだ。こうして見ると、やはり王都だけあって夜間に外出している冒険者の姿が多い。

 が、そういった事を気にしている場合ではなかった。


「この世界に来てドタバタ……ジタバタ忙しかったから、やっぱ俺が見落としてたのか?」


 弘は両膝を掴み、1人呟く。


「……いや~、見落としの線はね~よなぁ。さっきも考えたことだけどよ。この王都に着く前だって何度も、夜空見上げちゃあ月を見てるわけだし……」


 周囲に目をやると、公園内の冒険者達は中央の池付近でたむろしたり、ベンチにリーダーらしき者が座って皆と話したりしていた。


「けど、俺が聞いた奴は『月のウサギは、ずっと昔からある』って言ってた。1人にしか聞いちゃあいないが……まあ、そういう事なんだろうな。明日になったら、カレン達にも聞くつもりだが。ん、ん~……」


 唸りながら、弘は瞑目する。

 ここで1人ブツブツ呟き、頭を悩まして。自分はいったい、何が気になっているのだろう。確かに、月のウサギ絵のことは気になるが。


(もっとこう、なんつ~か……妙なことになってるんじゃないか? って、おいおい。こういう時こそ、ステータス値上がりまくりの『賢さ』が役立つ時じゃね~の? 早く何か思い当たって俺をすっきりさせてくれよ。このままじゃ、落ち着いて朝まで寝られね~ぞ? なんで、いきなりウサギ絵があったって事になってるか、それを……んっ?)


 閉じていた目を見開く。池付近やベンチで居る冒険者パーティーに目を配り、そして最後に、闇夜で浮かぶ月を見た。


「『いきなりウサギ絵があったことになってる』……だ?」


 夜空の月。そこに描かれたウサギは臼に杵を突き立てようとしているが、もちろん動くことはない。


「あのウサギの餅つき絵が、いきなり現れたってのか? それで、そのことを俺以外の奴が不思議に思ってない。昔からあったように記憶が書き換えられて……。え? そ~ゆことなのか?」


 確証はないが、そう考えるとしっくりくる。

 今自分が居る惑星の衛星……月。この世界でも月と呼ばれているそうだが、ここから見えるウサギの絵は、クレーターや地形によって、そう見えているだけのモノ。そのはずだ。それが突然現れて、その他の者達は疑問を感じないよう記憶改竄されている。


「そんな風に思えるんだよなぁ、この展開。これが、そのまま当たってるとしたら……なんかヤバいことになってるんじゃないか?」


 毎度思うことであるが、事あるごとに映画や漫画の知識を参考にするのはどうかと思う。だが、ここは剣と魔法の世界だ。


(トールキンや、水野某、秋津某先生ら風の世界だし? 参考にして悪いってこたないぜ。となると、予想できる展開は……)


 この先、世界全体に関わる何かが起こる前兆。

 大方そんなところだろう。この世界で生きて暮らしていくのに、支障が無いなら気にするところではないが……。


「支障があるなら大問題だよな……」


 弘はアイテム欄から果実ジュース入りの水筒を取り出すと、二口、三口と飲んでみた。酒の方が良かった気もするが、朝までの時間が短いとなれば寝酒は控えるべきだろう。


「……思うに、こういうのって……序盤で気づく点があっても、その時はどうしようもないことが多いんだよな。で、本筋の終盤になって『あの時、こうしておけば良かった!』……的な」


 何か有効な解決策があったとして、適切な時期に思い当たらなければ意味がない。出来れば、ここで1つ、突発的に名案が浮かべば良いのだが……。


(……無理か。何が起こるのか……って事すらわからないんじゃなぁ……)


 夜が明けたらカレン達に相談するのは決定事項として、恐らく先の冒険者と同じ反応しか返ってこないだろう。誰かが、毛色の違う反応を見せる可能性もあるが……期待はできない。


(み~んな、この世界の人だしな。一緒に考えたりはしてくれるんだろうが……)


 こういう時こそパーティーの頭脳労働者……魔法使いが居ればと、弘は思う。幸いなことに、ここは王都。冒険者ギルドも本部ギルドであり、その規模は大きい。探せばフリーの魔法使いも居るはずだ。


「そういや、メルは王都に来てるのかな。論文がどうとか言ってた気がするけど」


 以前に行動を共にしたことがある男性魔法使い、メル・ギブスン。あの学者肌の中年男性を思い出した弘は、日が昇って暫くしたら、冒険者ギルドに問い合わせてみようと考えた。


「居なかったら、他の魔法使いをつかまえて相談に乗って貰うとするぜ。そんなわけで……ギルド宿に行くか……」


 さすがに眠気を感じてきている。弘は、アクビをすると元来た道を戻り、本部ギルドの酒場へと入っていくのだった。

 


◇◇◇◇



 時間は、弘が会議室を出た直後まで遡る。

 貸し会議室に残ったカレン達は、まずグレースとノーマに注目していた。


「うむ。階下に降りたようだな」


「私も同じように聞こえたわ」


 グレース、そしてノーマの順番に宣言する。彼女らは種族特有、そして偵察士という職種特有の聴力でもって、弘の遠ざかる足音を聞き取っていたのだ。

 これで心置きなく、女同士の話をすることができる。が、いったい何を話すと言うのか。最初に弘に退室を促したのはグレースだから、彼女が何か話題……いや、ここは会議室だから議題があるのだろうが……。


「さて、女だけになったところで……我から提案。ん……違うな、宣言したいことがある」


 話し出したグレースに、カレン以下全員が注目した。


「現状、大事な案件は幾つかある。1つはジュディスの家庭内問題であるし、1つは我の仇討ちなどだ……」


 自身の仇討ち案件を2番目に持ち出すあたり、グレースが皆に遠慮しているのが理解できる。


「本来なら、そういう事を話し合うべきなのだろうが、サワタリが来る前にある程度話していたし、夜が明けたら彼を交えて再度話し合うべきだろう。だから今から話すことは、それとは別だ」


 ここまで話したグレースは、他の者から意見が出ないことを確認し、大きく息を吸った。胸が隆起する……深呼吸だ。そうまでしないと話せない内容とは何なのか。


「あ~……先程、めでたくジュディス以下4名がサワタリの恋人となったわけだが。そうなったことを踏まえ、我は今日より遠慮することをやめる……と宣言したい」


「え、遠慮?」


 思わず問いかけたカレンに、グレースは頷いて見せる。


「そう、遠慮だ。我はサワタリとの関係性が曖昧な者が居ることで、必要以上にサワタリと親しくするのを避けていたつもりだ。だが、もう遠慮はしない。皆、同じ恋人同士だからな」


「つまり……何が言いたいわけ?」


 今度はノーマが問いかけた。それはグレース以外、全員の聞きたいことでもある。ここで、グレースは一瞬だったが言葉を詰まらせた。彼女にしては珍しい。皆がそう思った……その時。


「今後、我は積極的にサワタリと床を共にする」


「えっ?」


「ちょっ!?」


 声をあげたのはカレンとジュディス。ちなみにジュディスは、夜の戦乙女としての憑依変身時間を過ぎており、今はカレンからマントを借りて身を包んでいた。一度、自宅に戻って着替えることも考えたが、そうやって時間を使うと夜が明けてしまう。なので、敢えて残留したのである。

 他の反応はと言うと、シルビアが驚きで固まっていた。少し頬を赤くしているが、先程の失言時とは違う意味合いの赤面である。ウルスラは苦笑気味に「あらら~……。でも、まあ恋人だものね~」などと、こちらも赤面しつつ言っており、ノーマに到っては「あ、そ~か。もう抱いて貰っていいんだ?」と、認識を新たにしていた。


「こうしてワザワザ宣言したのは、皆が我と同じ立ち位置で居る者……サワタリの恋人だからだ。そして更に言っておこう。今後、この場に居る我以外の者がサワタリに抱かれることがあっても、我は文句を言ったりはしないという事を」



◇◇◇◇



(ううう。グレースさんの言ってることは間違ってはいない。それはわかるのよ。でも、でも~……)


 すぐ隣で座るグレースを、カレンは横目で見上げる。同じように座っているのに見上げてしまうのは、背が高い分だけ座高もグレースの方が高いからだ。 

 カレンは思う。貴族として家門を守る立場の自分が、婚前交渉をして良いのか……と。例えば、自分以外に長女や長男が居て、家のことは彼らに任せられるとなれば。その場合は、気楽な次女の身であるから、弘に抱かれたことだろう。そして、そのまま弘に嫁げば良い。

 だが、自分はマクドガル家を背負って立つ身だ。勝手な行動は許されない。


(けど……あれ? 将来的にサワタリさんが旦那様になるのなら……良いのかしら?)


 旦那様。もう一歩踏み込んで、弘を婿として迎えるとしたらどうだろう。これなら貴族院も説得できるかもしれない。多少の箔付けは必要かも知れないが、そこは弘だ。彼ならば、多少の無理難題は解決できるはず。

 と、弘に苦労させるのが前提だが、それについて申し訳なく思う気持ちは勿論ある。しかし、グレースの宣言を受けて多少舞い上がっているカレンにとって、この案は名案だと思えてならなかった。

 一方、同じ貴族子女のジュディスも悩んでいる。彼女の場合、カレンよりも事態は深刻だ。家門や家名を背負う立場ではないが、自分には父親が居て健在なのである。彼を説得しないことには、好きな男に嫁ぐこともできない。そう、カレンとは違って貴族院の前に説得するべき相手が居るのだ。


(あの堅物の鉄面親父を説得か……。どうしたんもんかしらねぇ。……既成事実、作っちゃおうか?)


 さっさと弘とアレして、有無を言わさずに深い仲になってしまう。父親は怒って剣を抜くかも知れないが、そこは弘だ。今更、王国騎士の1人ぐらい問題ではないはず。

 と、このようにカレンとジュディスで、考えていることは実に似ていた。さすが親友同士と言うべきか。苦労をかける弘に対し悪く思っているのも同じであり、加えて言えば、彼と共に幸せになるためなら努力は惜しまないつもりでいるのも同じあった。

 そして、僧職者であるシルビアとウルスラの場合。

 重要なことは『婚前交渉をして良いかどうか』である。まずシルビアは、厳格なことで知られる光の神の信徒だ。重婚問題は何とかなるが、結婚前に男性に抱かれるのは実にまずい。どうするべきか……。


(……神に問いかけましたが、否の言葉は下りませんでした。つまり……サワタリ殿に身を任せても問題は無いということ!)


 信託が無いから問題ない……というのは拡大解釈も良いところだ。実際、結婚前に妊娠でもしたら神殿に呼び出され、懲罰動議となるだろう。下手をすれば破門である。


(そうなったとしても……私はサワタリ殿について行くだけです)


 シルビアの決意は固い。このことを弘が知ったら、責任の重さを感じることだろうが、シルビアとしては彼の負担を減らすべく最大限に努力をするつもりだった。


(うおおおん。シルビアの眉間にシワが寄ってる~……。凄く悩んでる感じ~。私の場合は~……そんなに気にしなくて良い……のかも~)


 と、このように、ウルスラはシルビアほど堅く考えていない。何故なら商神教会の信徒には、いわゆる『できちゃった婚』をする者が珍しくないからだ。だから、結婚前に腹が大きくなったところで、大きな問題にはならない。だから、頃合いを見て弘に抱かれるつもり……とまで考えて、全身がギシリと硬直した。


(え? あれ~? ヒロシに抱かれるの~? 2人とも裸で~?)


 引きつった頬を汗が流れ落ちていく。別に着衣のままで交わっても良いわけだが、『ヒロシと2人で裸』というシチュエーションを想像したウルスラは、その顔を赤くし俯いた。


(わ、私~……自分で思ってたよりも初心だったみたい~)


 つい先程、皆に知られたことだが、ここで再認識した形である。

 さて、最後の1人。ノーマに到っては、もうヤル気満々だ。


(さて……と。いつヒロシの部屋に行こうかしらね。待ってるのは性に合わないし……)


 こちらはカレン達のように背負う物がないし、シルビアのように信仰上の制約や縛りもなければ、ウルスラほど初心でもない。気に入った男に抱かれるにあたって、気にかけるのは自分の心1つだけなのだ。

 その後、他の重要なことは次の夜に話し合うこととし、カレン達は解散する。なお、ジュディスは、「自分が居ない間でも、ある程度話を進めてくれて構わない」と宣言していた。自分が夜間でしか弘に会えない事を考慮したのだ。それについて皆が了解、ほとんどの者は、ギルド宿でパーティー部屋を借りて共に就寝している。そして、ジュディスのみは再び憑依変身をし、転位して実家へ戻ったのだった。



◇◇◇◇



 夜が明けて、時報として使用される鐘が2回鳴らされた頃。弘は宿泊部屋から出ていた。


「う~……眠い。え~? なんだっけ? 季節が秋っぽいから、今は朝6時とか? そんな感じか?」


 元居た日本でも、夕方5時の頃や夜10時あたりで鐘が鳴ったりした。しかし、この王都では全域に響く鐘が早朝に鳴らされる。弘の感覚だと有り得ない話だった。


(朝早くから仕事する奴ばっかじゃねぇってのに、よくもまあ苦情とか出ないもんだ)


 地元要望で朝一番の鐘を遅らせろ……と言ったところで、それが聞き入られるかどうかは微妙。何故なら、ここは王制の国だからだ。


「けど、あんまり突っぱねてたら一揆とかあるんじゃね? その辺のさじ加減とか難しそうだよな~」


 ぎゅごごごご。


 呟き終わりに合わせて腹が鳴る。今日も胃袋様は快調のようだ。

 1階酒場へと降りた弘は、カウンターを見る。店員が居て待機しているが……さて、ギルドの王都本部では、酒場にどういった朝食メニューがあるだろうか。弘としては、何か軽いものが欲しいところだ。


「汁物……スープみたいなのあるかな? あとはパンで……。あ、果実ジュースとか飲みて~。無けりゃアイテム欄のを……おう?」


 カウンター向きに歩き出した弘は、手招きしている人影を目の端でとらえる。ブンブン手を振っているのはカレン。そして、グレースとシルビア。ウルスラにノーマらが揃っているようだ。


(あ~……やっぱし、ジュディスは無理か)


 恐らくは夜のうちに実家へ戻ったのだろう。聞いた話だと、ジュディスは自宅軟禁状態であるらしい。放っておけば復学するかも……とは、ジュディス自身の言だが、どうしたものだろうかと弘は考える。


「よそん家に首突っ込む気はないんだが。彼氏としちゃあイイ気はしね~んだよな」


 その後、5人の恋人らと朝食を楽しんだ弘は、再び2階の会議室を借りて今後の方針について話し合っていた。

 まず詳しく聞いたのはジュディスの現状だ。

 カレンとジュディスは同じ貴族学院の学生。2人して休学し、冒険者として活動をしていたが……。


「俺が聞いた話じゃあ、事情や経緯は全然違うんだっけ?」


 カレンの場合は、家督相続を認めて貰うための冒険者活動だ。高位貴族らのオモチャにされていたわけだが、一応、正式な手続きの下に休学している。

 一方、ジュディスはと言うと、カレンに触発される形で休学し、冒険者になっていた。名目としては、卒業論文等の課題を作成するため。ところが、そういったものを真面目に作成してないし、定められた休学期間を無視していたのだから……これは、ただでは済まない。度重なる学院側からの帰還命令が、いつしか父親からの帰還命令に変わり……。


「俺が王都に居くってんで、実家のある王都に来たら。早々と親父さんに見つかったってわけか……。それで、今は自宅軟禁……じゃなくて謹慎中」


 これ……どうすんだ? と弘は思った。

 自分が何かしたら、ジュディスを連れ出せるのだろうか。


「はい!」


 隣で座るカレンが挙手した。


「サワタリさんが、ジュディスちゃんのお父様と会って話せばいいと思います! あまりの格好良さに『娘をよろしく頼む!』……なんて……」


 白けた空気を読んだのか、カレンの声がか細くなっていく。


「そりゃ行ってもいいけどさ。俺なんかが行っても門前払いだろ? 顔に傷持ちの御面相だし……」


 左こめかみから顎にかけて走る傷。それを指で撫でてみた。この傷だけに限らず、育ちの悪さも問題となるだろう。


「元の世界じゃ極一般的な家庭育ちだけど、俺自身はチンピラだからな。王都で服を買って着飾ったとして、中身が変わるわけじゃあない」


 話に聞くジュディスの父は厳格な軍人らしい。弘は自分のような男は嫌われるだろうな……と思った。


「ま、とにかくだ。要は親父さんが、ジュディスを自由にしてくれればいいんだ。そうなる方法を考えようぜ?」


 そう弘が発言すると、カレン達は考え込む。


「シルビアとウルスラの僧職コンビが説得……。無理よね。ウルスラが行っても駄目だったそうだし。かと言って、盗賊あがりの私じゃあ相手にもされないか……」


「ウルスラ? 自宅から出られるようにしたところで、ジュディス様は復学することになるのでは?」


 ノーマの呟きに続き、シルビアがウルスラに問いかけた。ちなみに、弘の両側にはカレンとグレースが居るが、他の者は会議テーブルの対面に座っている。これは恋人としての先輩、カレンとグレースに配慮した……のではなく、クジ引きで決めた結果だ。弘としては『何やってんだか』と思うものの、カレン達が大真面目なので放置している。


「そ、そ~ね~。ジュディスのお父様も、外出までは許してくれるでしょうけど~」


 学院に戻るのは当たり前のこととして考えているはず。


「なるほどな。まあ、学生さんだものな。しかたね~のかもな。……ん? カレンは、どうなんだ? 学校に戻らなくてい~のか?」


 残念そうに呟いた弘であるが、ふと隣で座る恋人のことが気にかかった。カレンもジュディスと同じ学院の生徒だ。試練を達成したとなれば、休学明けとなって学院に戻るのではないだろうか。


「私は……おそらく中途退学すると思います。領地の運営がありますし。そういうのは特例ですけど、前例がありますから」


「そ、そうか……」


 学院生を続けろとも、辞めろとも弘は言えなかった。


(ひょっとしたら、カレンは俺が言ったら従うかも知んね~けど。彼氏が言ったから学校辞めますとか……ないわ~)


 これが自分なら、恋人女性の言うがまま気軽に退学しただろうが……。


(カレンの意思に任せるか。個人的には冒険者業を続けて欲しいが……あ、領地運営とかあるんだっけな)


 そう考えると、カレンとも一緒にいられなくなるだろう。弘自身は冒険者としての活動を続けるのだから、それに同行できないカレンとは会う機会が減るはずだ。


(そのあたりは前々から考えてたけど。そうなんだよな。何人かとは、パーティー組めなくなるのか……)


 シルビアとウルスラは、どうするのだろうか。それぞれカレンとジュディスに付き従うとすれば、やはり弘とは別行動になるだろう。

 せっかく恋人になれたのに……と弘はテーブルに視線を落としかけたが、すぐに思い止まった。


(……馬鹿くせぇ。落ち込んでどーすんだ、阿呆か俺は。そのうちに面倒くせぇこと諸々解決して、みんなでアチコチ冒険してやる。好きなことして、仕事もして。それで稼いだら、デートとかして……。あ~、くそ……凄ぇヤル気出てきた)


 ともかく、ジュディスに関しては現状、手の打ちようが無い気がする。この件については一先ず置いて、もう一つ……話し合うべき案件があった。


「なあ、ジュディスのことについては今は保留ってことで、どうだ? そのうち、いい知恵も浮かぶかもしれねぇし」


 こう提案したところ、会議室内は弘に同調する空気となる。もう少し話したい様子だったのはカレンとウルスラだが、さりとて妙案が有るわけではなく、別の話題へ移ることに反対はしなかった。


「そこでだ、次は……」


 弘の視線が、左隣のグレースに向けられる。


「グレースの仇討ちについて話しするとしよ~ぜ?」


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