第百五十六話 告げられる言葉
スゥッとグレースが胸元から離れる。彼女の視線が2階宿への階段を向くので、弘は釣られるように視線を向けた。そこには現在、3人の女性が居てこちらを見ている。
1人は、光の神の尼僧。ゆるふわ系やおっとり系に見えるが、実はきつめのお姉さん。シルビア・フラウス。
もう1人は、商神の尼僧。清楚な和風美人だが、こちらも一見したところからは想像も付かない銭亡じ……もとい、利益追求者。ウルスラ。
最後の1人は、偵察士。この中では最も長身で、少し褐色肌なのが特徴。性格は悪女ぶるのが趣味だが、男女関係については意外と普通人。ノーマ。
以上の3名が、かつて弘に告白を行い、その場で受け入れることも振ることも出来なかった弘から『返事保留』の扱いを受けた女性のすべてである。
(って、あれ? いやいや……ジュディスが居ないんじゃね?)
弘は小首を傾げた。『返事保留』の女性は、もう1人居る。女戦士のジュディス・ヘンダーソンだ。彼女の実家は、宿舎ではあるが王都にあると聞いていた。パーティーメンバーのウルスラが居るので、一緒に来ているとは思うが……。
(アレか……門限か。カレンと同じで貴族だって言うし。実家にへ戻ってるなら、この夜中に外を出歩けない……か?)
暴走族時代に交友のあった女性と言えば、レディースのメンバーが多い。彼女らの場合、門限なぞ無いも同然だったので、夜中に顔を見ることがあっても違和感は無かった。しかし、いいとこのお嬢様であるジュディスだと、やはり外出にも制限があることだろう。
そう考えた弘であったが、一応、カレンにジュディスのことを聞いてみた。これは念のためだ。家に居るなら、それで良い。だが、思いも寄らないトラブルに巻き込まれているなら、可能な範囲で手助けをするべきだろう。
(何しろ……これから恋人になる相手なんだからな)
そう、沢渡弘は今目の前に居るシルビア達や、この場に居ないジュディスを含めた4人からの告白を受け入れるつもりだった。すでに恋人になっているカレンとグレースを数に入れると、総勢6人の恋人ということになる。
恋愛対象を1人に絞れないあたり、男としてどうなんだ。という思いは勿論あった。しかし、悩んだ末に全員を受け入れることに決めたのである。この世界、国によって差はあるが複数婚がオーケーだったりするし、そもそも6人同時交際はカレン達から申し出たことだ。
(後は俺が頑張って稼げばいいんだ。みんな食わしていかね~とな。取りあえずは、それで何とか……なればいいけど)
異世界転移して得た召喚術が、現時点では400レベル超となっている。冒険者として身を立てていくには充分な強さだろう。それに女6人分、夜の相手をするのだって問題は無い。
(体力面でも超人の域に達してるし……。でへっ……)
カレン達を相手にエロゲーのような展開を想像し、つい鼻の下が伸びてしまった。ここで頭を振って煩悩を払う……ようなことはせず、弘は近い将来に訪れるであろうムフフな展開を楽しみにする。
とは言え、その前に解決すべき問題が幾つかあって、例えばグレースの仇討ちだ。
対立するエルフ氏族に自らの氏族を滅ぼされ、グレース自身は散々暴行を受けた末に磔の晒し者。挙げ句は奴隷商人に売り払われ、高級娼婦として暮らす羽目になった。そこで客として訪れた弘と出会い、幾つかの事件を経て現在に到る。今では弘のためなら命をも投げ出す覚悟……と聞くと弘的には『重い』のだが、それほどまでに彼女は弘を愛していた。
そのグレースの仇討ちを、弘は手伝うのである。
(敵対氏族の上層部だけ殺ればいいんだっけか)
大まかな襲撃タイミングや段取りについては事前に決めてあったが、こうして再会したのだから、更に話を詰めておきたいところだ。それに……。
(久しぶりにグレースとヤりたいし……)
恋人となる対象女性の中ではグレースのみ、弘とは肉体関係があった。元々がスタイル抜群の美人だし、高級娼婦として働いていただけあってテクニックも相当な物。
「でへ、へへへ……いだっ!」
手の甲に激痛が走ったことで、弘は我に返った。
見れば右手の甲をカレンがつねっている。彼女の筋力は魔法の鎧によって強化されているため、こうしてジックリつねられると弘であっても大いに痛むのだ。
「サ・ワ・タ・リさん? 鼻の下を伸ばしすぎです!」
弘の手の甲から手を離し、カレンはツンツンしながら言った。
「そういうの、全部駄目だなんて言いませんけど。もう少し自重して欲しいと思います。ここには他の冒険者達の目もあるんですから」
「ひぃぃ痛てて。わかってるよ……ったく。……んっ、そう言えば……」
手の甲をさすりながらカレンの膨れっ面を見ている弘は、可愛いなぁ……と思う一方で、1つ聞かねばならないことがあったのを思い出す。
「カレン? 試練って奴はどうなった? あの家督相続するのに、オーガーを単独討伐するってアレ」
ここにこうしてカレンが居る以上、上手くいったというのは解る。ただ、確認しておかなければ安心できない。
弘に質問されたカレンは一瞬キョトンとしていたが、やがて花が咲いたような笑顔で頷いた。
「はい! 達成しました!」
「そりゃあ良かった。って、本当なのか? 実は、まだだったりしねぇ?」
そう言って弘が聞いたのはカレンではなく、カレンとグースに遠慮する形で見守っているシルビア。シルビアは「えっ? 私?」と自分を指差していたが、やがて左脇のウルスラ、そして右隣のノーマを見て頷かれたことで唇をキュッと結んだ。
「はい。カレン様の仰るとおり。試練は達成しました。正確には達成の報告済みで、現時点では認可が下りるのを待っている状態です」
そう言ってシルビアはニッコリ笑う。それは、出会った頃からは想像も出来ないほど柔らかなもので、おっとりとした見た目によく似合う……見た者を癒す笑み。
「お、おお……。っとぉ!?」
シルビアの笑みに見とれた弘であったが、カレンの指先が手の甲に近づくのを感じて、右手を引っ込めている。
「また、つねろうとしたろっ!?」
「私じゃなくてシルビアに聞いたりするからです! あと、かわしたら駄目です!」
「かわさなきゃ痛いんだよ!」
「はい、そこまで~」
ぱんっ!
乾いた音が鳴った。音の発生源は……ノーマ。胸の前で手の平を打ち合わせたようだが、一緒に横並びしているウルスラやシルビアは驚きの表情でノーマを見ている。
「『先輩格』の2人に配慮して待ってたけれど、それ以上イチャつくんなら後にして欲しいものねぇ。私達だってヒロシには用があるんだから」
続きは、2階の貸し会議室でやるべし。
「と言っても~。イチャつくのを再開するんじゃなくて~。私達の話も~、聞いて欲しいの~」
後を継いでウルスラが言うと、固まっていた弘とカレンは顔を見合わせた。そう言えば周囲には、まだ他の冒険者達が居て……。
「って、あっ! そうだ! それに絡んできた奴! あいつは……」
騒ぎの切っ掛けを作った男性戦士を、弘は探す。いつの間にか、パーティーごと姿が消えている。カレン達が酒場に降りてきてからこっち、暫く彼女らと話していたが、その好きに逃げられたらしい。
「あ~あ~、どう済んだ? 天井の穴。俺が1人持ちで弁償すんのかよ」
相手方から目を離したのは弘の失態だが、喧嘩を売られた側としては腹が立つ。弘は「金なら有るんだけど」とブツブツ言っていたが、そんな彼に酒場のマスターが話しかけてきた。
「おい、若いの。壊した天井を弁償するって話なら、もういいぞ? さっきの連中が金を置いて行ったからな」
「へっ? そうなの?」
マスターが言うには、弘がカレン達と話してる間に手招きで呼ばれ、例の男性戦士から金の入った小袋を渡されたらしい。
「絡んですまんかった……とよ。まあ、アレも挨拶みたいなものだったし、根には持たんでやってくれ」
フォローを入れるところを見ると、マスターにとっては馴染みの客であるようだ。弘としても、やられたからやり返したのであって、特に根に持つ気はない。
「俺が金出さないでいいってことなら……なぁ」
本当なら、頭から酒をかけてくれた相手をマスターの元へ引きずって行き、壊した天井の弁償について話し合うつもりだった。なのに相手側で全額弁償……実にラッキーだ。とはいえ、上手く逃げられた形でもある。何となく釈然としないが……。
「まあ、いいや。2階の貸し会議室に行こーぜ?」
素早く気分を切り替えた弘は、カレン以下女性6人と共に1階酒場を後にした。
◇◇◇◇
「……トーマスの奴は貧乏くじを引いたな」
弘達が2階へ上がっていく。それを見送りながらウィリスは呟いた。今彼が居るのは酒場に配置された円テーブルの1つで、他に男性僧侶1人、女性偵察士に女性魔法職が1人ずつが同席している。
彼が言ったトーマスとは、ついさっき弘の頭に酒をかけた男のこと。冒険者ギルドの酒場では、新顔に対してちょっかいを出すのが定番となっており、これは王都であろうが地方都市であろうが変わらない。だいたいは場の空気と流れによって、誰かが新顔冒険者の元へ行くのだが……。
「ひょっとしたらウィリスが、さっきのトーマスみたく天井に刺さってたかもねぇ」
「ぬっ……」
女偵察士……メリルが悪戯っぽく笑うので、ウィリスは言葉に詰まった。確かに、先程見せつけられた弘の膂力からすると、同じ結果を迎えたことだろう。そうならなかったのは、ヒロシ・サワタリの名に聞き覚えがあり、警戒したウィリスが身を退いたからだ。
「で、じゃあ俺が~……と出て行ったトーマスが、ウィリスの代わりで痛い目に遭った……と。リーダーがあんな目に遭ったんじゃあ、金を置いて退散したくもなるわ。ああ、恥をかかなくて良かった。ウィリスの判断のおかげね」
「やめてくれないか、ゴールディ。それだと俺が悪いみたいじゃないか」
ウィリスは赤毛の女魔法使いを睨み、次いで一息つく。
「ヒロシ・サワタリ。あのディオスクの闘技場で、レッサードラゴンを1対1で倒した奴がいる……と、噂では聞いていた。しかし、あれ程とはな……」
王都の序列上位の冒険者には、レッサードラゴンどころか、飛龍を一騎打ちで倒せる戦士が存在する。地べたを這う戦士が空中の飛龍に攻撃するためには、弓矢等の飛び道具か魔法の力……例えば空を飛ぶ魔法具が必要となるが、一応、一騎打ちで勝利を収めた事例は存在するのだ。
だが、これまで名前を聞いたことが無い冒険者が、その名を聞くと同時に聞こえた戦績が対ドラゴン戦勝利。それが闘技場での試合だったとは言え、侮るべきではなかった。
「新人のレベルが上がってきた……ということですかな?」
それまで黙っていた男性僧侶が口を開く。短く刈り込んだ黒髪が印象的な彼は、ポラックという。今居るメンバーの中で、リーダーのウィリスとは一番付き合いが長い。その彼の言葉に、ウィリスは頷いて見せた。
「ああ。そう言えば、サワタリが倒したのと同じ個体……レッサードラゴンを倒した奴が居たな。奴も新顔だったっけ。ほら、召喚魔法が得意な魔法使いの……キオ・トヤマ」
ウィリスの視線がポラックから離れ、離れた位置にあるテーブルを向く。そこには数人の男女が居た。ウィリスの位置からでは斜めの角度から顔が見える男……黒髪の魔法使いが、そのキオ・トヤマであった。
暫く前にフラッと現れたキオは、高難易度の冒険依頼を幾つか達成。瞬く間に順位を上げてきていた。この王都ギルドでは依頼達成すると、ギルド帳簿にパーティーごとの報酬金額累計が記録され、上位100位までがギルド酒場の掲示板に張り出される。ウィリスのパーティーは序列27位であり、かなりの上位パーティーと言えた。
「トヤマのパーティーは今何位だったっけ?」
「46位よ。100組中のってことだから、まあまあ上位に入るんじゃない?」
ヘレンがウェーブのかかった赤髪をいじりながら言う。27位のウィリス達から見れば、まだまだ下位と言っていいが、問題はその上昇速度だ。聞けばキオ・トヤマは、ウィリス達では手を出せないような高難易度の依頼にも手を出している。このままでは追い抜かれるのも時間の問題と言えた。
「実力があるんだから上へ行ったり、私達を追い抜くってのも納得できる話だけど」
サラダをフォークで突きながらゴールディが不平を言う。その目は忌々しげであり、キオ・トヤマを睨みつけていた。
「でも、私は好かない。あいつ、討伐依頼はバンバン達成してるけど……。討伐系以外の依頼に手を出して失敗してるそうじゃない?」
キオ・トヤマは、確かに討伐系依頼が得意だ。だが、今ゴールディが言ったように討伐系以外……つまり、捜索や探索、商取引の指導といった依頼を請け負った場合、そのすべてが失敗に終わっていた。
問題なのは、自分向きでないと解っている類の依頼に、何度も手を出していること。そして失敗しているにもかかわらず、ほとんど反省や謝罪が無いこと。これらのことから、キオ・トヤマは王都に進出して早々、皆の嫌われ者となっていた。
「幾つか忠告してやったんだが、あの野郎……鼻で笑いやがった」
ウィリスとしては親切心から声をかけたのだが、その際のトヤマの態度から一気に彼のことが嫌いになっている。それは、この酒場での出来事であり、聞く耳持たないトヤマが去って行くのをウィリスが呆然と見送っていると、見知りの戦士が「まあ気にするな」と言って肩を叩いたものである。
「あんなクソ野郎でも、不思議と慕う奴が居るんだよな……。大方、大言壮語を真に受けて、ついて行く気になったんだろうが……」
そう呟くと、ウィリスはキオ・トヤマと同じテーブルに居る冒険者らを見た。したり顔で何か話すトヤマの言葉に、皆が一々頷いている。どれもこれも頭からトヤマを信じ切っている顔つきだ。この様子を見たウィリスは、道ばたの汚物から目を逸らすように階段のへ目を向けている。
「そういや……サワタリも召喚魔法を使うって話だったな……。あのトヤマと違って、まともな奴なんだろうか? 強いのは解るんだが……」
◇◇◇◇
「こうやって顔合わせるのって、マジで久しぶりだ。いやあ、いいもんだよな!」
ギルド本部2階。つい先程までカレン達が話し合っていた場に、沢渡弘は居た。扉反対側で席についているのだが、その右にカレンが座り、左側にはグレースが居る。残る4人は対面で並ぶように座っており、弘から見た場合、向かって右からウルスラ、シルビア、ジュディス、ノーマの順だ。もちろん、会議テーブルに付属する椅子は最初からこのように並んでいたのではない。入室するなり女性陣が動き回って、配席を変えたのだった。
「椅子足りねぇってんで、わざわざ他の部屋から持ってくるんだもんなぁ……。これ、なんか意味あんのか?」
「あるわよぅ~」
ウルスラが心外だと言わんばかりに口を尖らせ、そして胸を張る。その際に胸が大きく揺れたので、弘は「おお!」と視線を向けたが、ウルスラの隣りに居るシルビアがきつい視線を向けてきたので表情を引き締めた。
「これからぁ~、ヒロシには私達をどう扱うのか。そこをきちんと宣言して貰うんだからぁ~」
「ああ、やっぱしその話か……」
苦笑した弘が頭を掻くと、ノーマが薄く笑う。
「そりゃあそうよ。私達にとっては重大な案件ですもの。で、まあ……カレン様とグレースはそっち側よね」
カレンとグレースは現状、すでに弘の恋人となっている身だ。その点において、自分達とは違う……とノーマは言いたいのだろう。
(やれやれ。シルビアやジュディス達を恋人にするか。その返事をしなくちゃいけね~んだよな)
この3ヶ月ほど、それなりに悩んだものだが……答えはもう決まっている。だが、その前に弘には気になることがあった。
「会議室に入ったときから気になってたんだけどな? ジュディスは、なんで戦乙女の格好してるんだ? これから何かと戦うのか?」
そう言いつつジュディスを指差す……のは失礼かと思ったので、アゴでしゃくって示してみせる。その仕草により、他の者達の視線もジュディスに集まった。皆から見られたジュディスはオタオタしていたが、すぐに咳払いをすると、言いにくそうにしながら弘を見返す。
「え~と……。何から話そうかしら……」
まず、ウルスラに持ち込ませた通貨を媒介に、憑依変身状態で転移して来たことをジュディスは説明した。
「ほ~。凄いじゃん。で? なんで変身したままなんだ?」
「それが、その~」
就寝すると見せかけて転移したため、変身を解くと寝間着姿に戻ってしまうのだ。なるほど、それでは変身を解くわけにはいかない。
「それでね、この格好だから1階に降りていけなくて……いや、階段の上の方から覗いてはいたんだけど~」
弘が危ないようなら、注目を浴びることも厭わず飛び出す気でいた。だが、ほぼ一方的に相手をのしていたため、様子を見るだけに留めたとジュディスは説明する。
「ごめんね。助けに行けなくて」
「そこは気にしてないんだが……」
申し訳なさそうに身を縮めるジュディスに対し、弘はヒラヒラと手の平を振ってみせた。
「それより。転移するつもりだったなら、部屋に私服とか隠してさぁ。着替えてからやったら良かったんじゃね~の?」
「あ……」
ジュディスが一声発し、他の者達も一瞬であるが硬直する。この反応、実はジュディスを含めた皆が気づいていなかったのである。その様子を見た弘は「んっ?」と首を傾げたが、ジュディスが頬を紅潮させたので彼女に注目し直す。
「う~……なんて言うかね。深く考えてなかったの……」
そもそもジュディスにとって、今回の転移はカレン達に会って話すのが目的だった。用が済んだらすぐに帰る予定であり、寝間着姿からの憑依変身で問題ないと判断したのである。
「しかし、俺が居たもんで滞在が長引いてるわけか。そいつは……何と言うか、すまんかったな」
本来、弘が謝ることではないが、自分のために無理している風なので、一言言わねばと考えたのだ。これにより数秒間、会議室内に気まずい空気が流れたが、弘は話題を変える……いや、話を進めるべく、ジュディスに話しかけている。
「そういや、ずいぶんと夜の戦女神の力ってのを使いこなしてるみたいだけど……。それ、いつまで変身してられるんだ?」
時間が来て強制的に変身解除……となれば、後に残るのは寝間着姿の少女だ。それはそれで見物かも知れないが、その状態となったジュディスを視姦していたのでは、さすがにカレン達に叱られるだろう。
対するジュディスの返事は「もう暫く話していられると思う」というもの。限界が来そうになったら、いったん家(貴族用の宿舎みたいなものだが)に戻って着替えてくるそうだ。
「んん? 夜の戦乙女の転移って、連続でできるのか? それともアレか? 前の転移から時間がたってるから、またできるようになってるとかか?」
「察しがいいわね? 特に戦闘をしたわけでもないし、消耗が少なかったから。変身状態のままでも、次の転移までのインターバルが短くて済むのよ。とは言っても、変身時間の方に限界があるから……」
変身限界時間を超えると、強制的に変身が解除される。その後は、小一時間ほど待たなければ再度の憑依変身はできないとの事だ。
「あ~、やっぱし。そういう制約があるわけな。……マジでゲームみてぇだ……」
最後の言葉は小さく呟いたので、誰も気にしてはいない。もっとも、隣のグレースと斜向かいで座るノーマは聞き取ったようだが……。
(気にするこたないか。後で問いただされても、別に隠すようなことじゃない)
「そんじゃあ、ジュディスの残り時間が気になるところだし? 本題に入ろうか。……今、俺の目の前に居る4人と交際するかどうかってことだが……。改めて確認するぞ? ……俺が決めていいんだな?」
これこそ本題……いや、大問題の話題だ。弘の発言次第で、交際女性が2人から6人になる。弘自身は既に腹をくくっているし、答えも決まっていが……。ここで再確認したのは、居並ぶ4人の意思を確認したかったからだ。
(そもそも男1人に女6人とか。んな馬鹿みて~な話が、ラノベ以外の現実にあるかってんだよな。……いや、あるか)
暴走族時代を思い出せば、数人のレディースと同時交際している者が何人かいた。女同士で足の引っ張り合いや喧嘩も発生していたようだが、概ね上手くやっていたように思える。
(……2~3人同時に孕ませたとかで、女に刺された奴もいたけどな)
自分がそうならないか……と考えた場合。ならない……と気軽に言えないのが、今の弘の心情だ。
(だって俺、真面目に女と付き合ったことね~もん。それが、いきなり6人だぜ? 上手く回していけるのかね~……なんて、今更か。ハハ、ハハハ! はあ~……)
「今更な質問ですね」
「ん?」
シルビアが発言したので、弘は彼女に注意を向ける。シルビアは軽く睨んできていた。と言っても普段からキツい表情をしているので、怒っているかどうかはわからない。テーブル上で手指を組んでいるシルビアは、軽く溜息をついてから再び口を開いた。
「サワタリ殿。この際ですから言っておきます。私が信仰する光の神の教義では、一夫多妻は『獣の行い』とされています。ただ、禁忌とはされていません」
(伴侶を複数持つのは禁止しないけど、それをやったら畜生と同じだぞ……ってか? えらく回りくどいな)
舌打ちしたいところだが、今は我慢するべきだ。
「……実は私、先にサワタリ殿が修行の旅に出た後で色々と調べまして。ええ、婚姻に関係する法律などですが……」
結論から言えば、このタルシア王国でも重婚は可能であるらしい。ただし、国教宗派たる光の神の神殿から許可を貰えれば……の話であるが。
「許可条件に関しては、その時々によって内容が変わります。とは言え、大抵は強力なモンスターを倒すことによって神の戦士たることを示す……言ってみれば、カレン様の果たした試練と似た感じですね」
「神の戦士ったって、俺は別に光の神の信徒じゃないぞ?」
勝手に信徒にされては困る。そう思って言ったのだが、これが他の女性達の関心を引いたらしい。
「そう言えば、サワタリさんって信仰している宗派ってあるんですか?」
「あ? 俺の信仰? 信仰ったって……」
カレンが興味深そうに見つめてくるので、弘は腕組みをした。そして右手で下アゴを掴む。
「俺個人は入信したとかって意識は無いんだが、家が……確か仏教で、浄土真宗……だったっけ?」
ひょっとしたら真言宗だったかも知れないが……などと口中で呟いていると、女性陣……中でもシルビアとウルスラが顔を見合わせた。
「ブッ教? ジョードシンシュー? ウルスラは聞いたことがありますか?」
「し、知らないわ~。初めて聞いたもの~」
「そらそ~だろ~よ。俺が居た世界の宗教だし」
弘は、元居た世界の……自分の国では信仰は自由だったこと。法律さえ守っていれば、宗教差別も発生しなかったことを説明する。
「俺の国は割りと特別っぽかったからなぁ。余所の国なんかじゃあ、国の宗教とかあったりしたと思うけど……」
一連の説明を聞いて、カレン達が感心したように頷く。ウルスラなどは「宗派の壁とか~心配しなくていいのね~。後は私次第~」などと言ってるようだが、その辺は聞き流し、弘はシルビアを見た。
「話が脱線しちまったな。続けてくれ。この国じゃあ条件次第で重婚オーケーなんだってな。それで?」
「あ、はい。その……何と言いますか……」
シルビアの物言いが途切れがちになる。何か気になることでもあるのだろうか。皆が怪訝に思い、それが心配に移行しようとしたとき。シルビアの左隣で座るウルスラが挙手した。
「は~い~。私が代わって説明するわ~」
弘が頷くと、ウルスラは俯いてしまったシルビアに代わって話し出す。
つまり、弘がカレン達全員を恋人にし、将来的に全員と結婚するのは可能だ。条件付きであるから、困難かもしれないが……。
「条件……モンスター討伐系の試練だったとしたら~、ヒロシが居るから大丈夫だと思うのよね~」
「いい話じゃん。……だったら、なんでシルビアは言いにくそうにしてるんだ?」
「それは~……」
核心に触れる部分だったのか、ここでウルスラはシルビアの様子を窺った。そして横目で見てきていたシルビアと目が合う。
「……どうしようかしら~?」
「私が……説明します。ウルスラ……お手数をおかけしまして」
シルビアが謝っているが、ウルスラは「いいから、いいから~」と意に介していない。わけが解らない弘だったが、再びシルビアが話し出したので彼女に注意を向けた。
「つまり、この部屋に居る女性のほとんどは、サワタリ殿と結婚するにあたって法的に問題がありません。ですが、例えば私などは教義的に好ましからざる……という事情があります」
「それを言いだしたら、あたしも父様を説得するとか、そういう問題があるかなぁ……」
まだ変身の限界時間が来ていないジュディスが、戦乙女の姿のまま酢を飲んだような表情で呻く。
「我はエルフだからな。エルフを伴侶とした場合、蔑視されるという意味合いではサワタリに迷惑をかけるかもしれん」
「あら? 私なんて盗賊上がりの偵察士よ? 冒険者同士だから、同業者に五月蠅く言われることはないでしょうけど。世間体的には問題あるのかもね」
グレースとノーマが続いて『問題点』を挙げ、ウルスラが「私のところは~、そんなに教義で締めつけてないんだけど~。……世間体を言うのなら、やはり周囲が五月蠅いでしょうね~」と遠慮がちに言う。
最後に右隣で座るカレンが。弘を見上げて言った。
「私自身は気にしてはいませんが。そうですね。強いて言えば、冒険者のサワタリさんと結婚する場合、親戚が五月蠅いでしょうね。ああ、貴族院の承認も必要でしたっけ。この辺はジュディスちゃんも同じですけど」
ここに居る女性全員に、何かしらの障害や問題点がある。だが何故、それを今言うのだろうか。
「……様々な問題点や障害。それらを承知の上で、私達はサワタリ殿を慕っていると言うことです。そうですね……覚悟が出来ているとでも言いますか。……後はサワタリ殿の気持ち次第。ですから……サワタリ殿、貴方が決めて良いのです」
「そうか。うん、悪ぃ。マジで今更な話だったな」
カレン達の想いの深さ、そして気持ちの硬さを理解していなかった。心底申し訳ない。そう考えつつ弘は頭を掻いた。
なお、後日にシルビアから聞かされることとなるが、彼女が言いにくそうにしていたのは、多重婚することになるであろう弘との婚姻にあたり、自分だけが障害を抱えていると思い込んでいたから。そして、そのことについて最後に触れなかったのは、他の女性らが次々に自身の抱える問題点を述べたからだ。
(うう、ちょっと考えれば解ることじゃない。自分だけが悲劇のヒロインのように感じていただなんて……。恥ずかしい……。……たぶん、ウルスラには気づかれてる……。ひょっとしたらグレースやノーマにも!)
かろうじて表情を硬くしたままでいるが、シルビアの頬は赤い。彼女にとって幸いなことに、室内はランタン光等が光源となっているため、少し頬を染めた程度では解らなかった。
◇◇◇◇
「じゃあ……言うぜ?」
軽くと息を吸った弘が皆を見まわす。
カレン達側の気持ちや覚悟は確認できた。後は……自分が前に踏み出すだけだ。何しろ自分の気持ちは、3ヶ月前に皆と別れた時点で既に決まっていたのだから。
「俺の返事は……」
ググッ。
両脇のカレンとグレースが聞き漏らすまいと肩を寄せ、対面のシルビア達は前傾姿勢となる。
(……怖ぇええ。当たり前だけど目がマジだ)
ここでチャラい冗談口でも叩こうものなら、どんな目に遭わされるか……。口の端がヒクつきそうになるも、根性で耐えた弘は続く言葉を発した。
「シルビア、ウルスラ、ジュディス、ノーマ。全員を引き受けたいと思う。……いや、違うな。……全員好きだ。俺と付き合ってくれ」
結婚前提で! ……とまでは言わない。その件については以前からチラホラ口に出しているし、カレン達にも相談したりしている。だがやはり、ここで言うのは早いだろう。
(そりゃあ、俺も未成年じゃないんだ。交際する以上は先のことを考えなきゃいけね~よ? でも……ん?)
少し考え込んでしまったわけだが、弘は室内が静まりかえっていることに気づく。
(あれ? なんで反応とかねぇの? 俺、間違ったこと言ったか?)
慌てて対面側の女性陣に目を向けたところ……。
シルビアが……感極まって口元に手を当てていた。潤んだ瞳からは涙がこぼれ落ちている。自身を厳しく律している彼女が、こうも感情を表に出すとは……。
ジュディスに視線を転じると、いつの間にか席を立ったカレンが会議テーブルを回り込んでおり、座ったままの戦乙女……ジュディスを背後から抱きしめていた。
「ジュディスちゃん! 良かった! 良かったよぉおお! ふぇええええ!」
「ちょ! 何を泣いてるのよ! あたしが可愛らしいリアクションしづらいでしょ! ……もぉ」
焦りつつカレンに抗議するジュディス。しかし、その顔は笑顔であり、目尻には涙が浮かんでいる。
「ありがとう……カレンちゃん」
ジュディスは短く礼を述べ、自分を抱きしめるカレンの腕を軽く叩いた。
「……私の方はもうイイから、シルビアのとこにも行ってやって」
「そ、そうだったわ! シルビア~ッ! おめでとう~!」
パッと離れるや、カレンはシルビアの席に移動。こちらも背後ハグを開始する。シルビアは「か、カレン様!? 私は、その……」と焦っているようだ。普段の彼女を思えば、今のアタフタしている様は見てて微笑ましい。
(ギャップ萌えって言うんだったか……)
暴走族時代の構成員で、少しオタク趣味の者が言っていたような気がする。
さて、偵察士ノーマはどうしてるだろうか。視線を左に移動させると、満足気に……そして嬉しそうに笑っているノーマが見えた。
「んふふ。今まで男に言い寄られたことはあるけど、何て言うのかしらね……」
艶。そう言って良いのだろうか、あるいは情欲も交えているであろう視線が弘を見返す。
「好きな男から好きって言われるのって……ゾクゾクするわ。……濡れたかも……」
ノーマは黒髪短髪。肌も褐色寄りで、その長身を除けば偵察士向きの容姿だ。何より美人である。また、ここに居る女性の中では弘の居た世界で言う、黒社会の住人であり、グレースとは方向性の違う『大人の魅力』を感じさせていた。
(いいよな~。ノーマみたいな美人さんとアレしていいんだよな~)
交際開始たる告白の場で、早くも夜の営みのことを考える弘。自分でも度しがたいとは思うが、それが性分なのだから仕方がない。……などと自己弁護を図っていると、今度はウルスラの頃が聞こえてきた。
「……おかしいですね」
一番有名な教えは『利益優先』。弘に言わせると「どストレート」な教義である商神の信徒。ウルスラ。普段は冗談めかした間延びする口調が印象的な彼女だが、時折、キリッとした物言いをすることがある。
今聞こえた声も、そんな感じだった。
「おかしいって、何がよ?」
皆がウルスラに注目し、代表する形で弘が問いかける。ウルスラは俯き気味に自らの手の平を見ていたが、やがて顔を上げた。
「ヒロシに『好きだ』って言われたときから、凄く……胸がドキドキするんです。なんだか身体が火照ってる気もしますし……。手の平が汗ばんで……。これはいったい……」
数秒間、室内の空気が固まった。
そして、いち早く凍った時から解放されたカレンが、肩で突きながら弘に聞いてくる。
「サワタリさん。あの、ウルスラさんの反応……どう思いますか?」
「え? ……言っていいのか?」
「そりゃあ、今ここに居るのはサワタリさんと、その恋人だけなんですから。気にすることないです。是非! 聞かせてください」
気がつくと、考え込んでいる風のウルスラを除き、全員の視線が弘に集まっていた。皆の視線は言っている。「いいから言っちゃえ!」と。
「うっ……。ああ、なんて~のか……つまり……意外な反応だな。う、初々しくて可愛い……って感じ?」
その瞬間、ウルスラ以外の女性がテーブル上に身を乗り出し、語り合いだした。
「ふむ……。これはウルスラに1本取られたようだな」
「ウルスラって、あんな銭亡者なのに……意外や乙女だったのね……。と言うか、清らか~な感じ? こんな時だけ、見た目どおりに清楚とか……」
グレースとノーマの会話を聞き、カレンがジュディスを見る。
「ジュディスちゃん。これは油断ならないわよ? ウルスラさんの乙女力……凄いじゃない」
「くうう……。一足先に好印象とか……。あたし達も、ヒロシにアピールした方が良いのかもね。いや、するべきよ!」
「ちょっと~~~っ! みんなして何を言ってるの~~~っ!」
好き放題言われていたウルスラが、いつもの口調で抗議した。
「原因不明の体調不良で悩んでいるのに~っ!」
「体調不良……って」
同じパーティーメンバーだったジュディスが、半笑いで呆れている。
「他人の色恋にはアレコレ言うくせに。自分の事になると、てんで鈍いのねぇ。知らなかったわ、そういうとこ……。てゆうか、ひょっとしてテンパってる?」
「むっ~っ。よくわからない~……」
ウルスラがジュディスの発言に対して頬を膨らませている。この様子を会議テーブルの対側で見ている弘は、ウルスラが素で言っているのか演技をしているのか判断ができなかった。
(素ならメチャクチャ可愛いし、演技してるなら……いつものキャラっぽくて、それはそれでいいよな……)
ステータス値の『賢さ』が、もう少し機能していれば確かなことが解ったかもしれない。しかし、解らない方が面白いかもしれない。弘は、そう思うのだった。
「じゃあ、ちょっといいか?」
ガールズトークが盛り上がり、個々の会話が聞き取れないほどになったところで、弘は皆に呼びかけた。すると、カレン達はピタリと会話を止めて弘に注目する。その息の合った行動に、一瞬であるが弘は気圧された。
(何これ?)
しかし、話をするべく呼びかけ、皆が聞く態勢になってるのだから戸惑ってはいられない。軽く咳払いをした後で、弘は口を開いた。
「あ~……そんなわけで、皆と交際することになった。……いや、なんつ~か照れるな」
緊張と恥ずかしさから火照っている頬を手で撫でたところ、女性達の間からクスクスという笑いが漏れ聞こえる。それがまた弘の体温を上昇させるのだが、それを強引に無視して弘は話を進めた。
「それでいいのか。俺でいいのか。なんて今更な話は、もうしない。今言いたいのは……そうだな。全員まとめて好きだ……そう言った以上は、色々と頑張るつもりだ。そんなわけで……よろしくな?」
これに対し……。
「はい! 私も頑張ります!」
「あたしも頑張る! でも、まずは父様を何とかしなくちゃ……」
「我はサワタリと共に歩むのみ。今は恋人として、将来的に伴侶として……な」
「私は惚れたら尽くすタイプだから。安心していいわよ?」
「わ、私は……誠心誠意、サワタリ殿にお仕えします」
「シルビア~。それ、何かズレてる感じ~。私は~……」
最後にウルスラが何か言いかけたが、赤面して俯いてしまった。その様が可愛らしいので、他の女性らが「おお!」と感心している。
(雰囲気いいよな。普通一対多数な交際って、もっとこう……色々あるんじゃねぇの? ドロッとした感じとかギスギスした感じのアレが……)
そうならないでいてくれるなら嬉しいし、そうならないように気を配るべきだろう。
(なんて心配したところで、なるようにしかならね~よな……)
女性関係という意味合いでは、自分の立ち位置は難しくなった。高難易度……いや、出だしは悪くないので中難易度と言っていい。だが、それは弘だけに限ったことではなく、同じ男と交際する女が、自分の他に5人居る……というカレン達にも当てはまるだろう。
スウ……。
大きく鼻で息を吸った弘は、カレン達に言った。
「ま、なんだ。みんなで苦労して、上手くやっていくとしよ~ぜ?」
この言葉を聞いたカレン達は、実に嬉しそうな顔で頷き返すのだった。