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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百五十五話 王都到着

 時間を少し遡る。

 陽が落ちて暫く立った頃、沢渡弘はタルシア王都の近くまで到達していた。その後は召喚具のバイクを消去し、徒歩移動に切り替えている。目指すは、まだ遠くに見える王都の……外壁門だ。


「ランタン持ってバックパック背負って、そして腰にはバスタードソードか……」


 身につけているのは黒い衣服。その上から黒染めの革鎧を着込み、焦げ茶と言ってイイ色合いのブーツを履いている。パッと見は、一人旅の戦士といったところだ。

 大きくレベルアップした今では、有り余るMPを使い、召喚具の防具を常時身につけることも可能。しかし、世の中は何が起こるかわからない。漫画や映画でも見かける展開だが、自分の特殊な能力が使用不能になることも想定しておくべきだ。だからこそ、こういった『実物』の装備は揃えておかなければならない。


(第一、召喚術を使ってないときは丸腰……とか、怖くて外歩けねーし?)


 気を落ち着かせるための『御守り』的な意味合いもあるわけだ。

 夜道をテクテク歩く弘は、ランタンの明かりが届く位置に目をやる。ランタン光は数メートル先までを明るく照らしていた。が、レベルアップによって強化された視力によって、その先までを見通せている。ランタン光がなければ、もっと先まで見えていることだろう。


「普段は普通の冒険者を装ってなけりゃいけないとか、面倒くせ~よな~」


 そもそも、人前で召喚術を使えば弘が召喚術士……少なくとも召喚魔法の使い手であることがバレてしまうだろう。そう考えると、あまり意味のない気遣いと言える。しかし、見る者が見れば弘が『異世界から来た召喚術士』だと解るのだ。こっちの世界では数少ない異世界人であること。これを宣伝しながら旅するつもりはないので、やはり普通の冒険者のフリは続けた方がいい。

 さて、つい先日、自身の能力……召喚術が、システム上の一方的な都合で改編となった。多くの召喚物の使い勝手が悪くなったものの、その代わりに数多の召喚物を追加されている。この『強制イベント』が自分にとって有利か不利か。弘本人に言わせれば『とんとん』だ。


(先のことはわかんねーけど。まあ、増えた召喚具をやりくりして何とかなる……よな?)


何にせよ、一連の修行期間で強くなった事実には変わりはない。ならば、カレン達と別れてレベルアップに励んだのは成功と評して良いだろう。


「カレン達に、胸張って顔を見せられるってもんだ」


 これだけ強くなったなら、カレンとグレースの2人だけではなく、シルビア達をも含めた女性6人だって楽に養っていける。バンバン冒険依頼をこなしてガンガン稼いで、夢多き……ではなく、嫁多き人生をまっとうできるはずなのだ。


(毅も言ってたけど、こういうのがハーレムだよな。……その状態を維持するのに、頑張って稼ぐ必要があるっつ~のは随分と生々しいけど……)


 暫く前に別れた、同じ日本人……それも自分と同様に異世界転移をして、召喚術士となった少年。犬飼毅のことを弘は思いしている。彼は単独行動をするようなことを言っていたが、今頃どうしているだろうか。そして、毅と行動を共にしていた、もう1人の日本人召喚術士……西園寺公太郎。あの人の良さそうな公務員のことも気にかかる。


(……ま、何とかしてるだろうさ。なにせ俺と同じ召喚術士だし、頑張ってレベルアップすりゃあ強くなれるんだからな)


 そういった事を考えながら歩いていると、いつの間にか弘は外壁門へと到達していた。城壁ではなく外壁としているのは、目の前の高い壁が城下町を囲っている壁だからだ。城壁は王都中央……王城を守る役目を担って別に存在している。


「確か、城を守るからこそ内側の壁を城壁ってことにして……。それと区別するってんで外壁って呼ぶことにした……んだっけ?」


 ここまでの道中、たまに遭遇する街道移動中の商人から聞いた話だ。商人は「要するに平民を差別してるのさ」と鼻で笑っていたが、弘の感想は「ふうん」というものでしかない。平民差別がどうこうについては興味なかったし、2つの防壁があるなら名前で区別するのは有りではないかと考えたのだ。


「それにしても王城と、それを囲む都市……ねぇ。これぞ王様の都! って感じがしてワクワクするぜ」


 そして、もう一つ……商人から聞かされていたことがある。


「おい。そこの貴様! 王都に入るのなら明日にしろ!」


 そう。陽が落ちると門は閉ざされ、王都に入れなくなるのだ。弘は大きな門を見上げると、指図してきた門兵に目を向けた。厚手の衣服に胸甲。腰には短剣を下げており、手に持つのは弘の身長ほどもある槍。


(ムチャクチャ長い槍ってわけじゃないが、日本刀なんかよりは確実にリーチがあるな。まあ召喚武具の中には槍もあるし。何だったら鉄砲で射殺……おっと)


 戦う前提で思考を進めていた弘は苦笑する。入都するのに門限があるなら、何処か街道外で野宿して朝を待てば良い。眼前の王都に入れないのは残念に思うが、言わば営業時間を過ぎた店舗に入ろうとしてる状態なので、ここは我慢するべきだろう。


「じゃあ、ちょっと戻って野営だな」


「おい、何か身分を示せる物を持ってるか?」


 門に背を向けかけたところ、門兵の1人が弘を呼び止めた。

 すわ、職質!

 暴走族時代の経験から、官憲に呼び止められると弘は身構えてしまう。だが、今の自分はカタギ。冒険者ギルドに登録している冒険者なのだ。


(落ち着け、俺。自分が異世界人だってこと以外、後ろ暗いところはないんだから! ……たぶん)


「身分を示せる物? って言ったら~……例えば?」


「あ~、商人登録証であるとか……お前の身なりなら、例えば冒険者証とかだな」


 そう言われて弘は冒険者証の存在を思い出す。アイテム欄に放り込みっぱなしだから、なくしてはいないはずだ。


「お~。それならあるよ。すぐに出すから……」


 言いつつバックパックを下ろし、中へ手を突っ込む。もちろん、バックパックの中に冒険者証は無い。弘は召喚術士にしか見えないステータス画面を展開すると、荷物を探る振りをしながらアイテム欄を検索し……冒険者証をバックパックの中に出現させた。


「あった! これで、どうっすか?」


「……ふむ。やはり冒険者だったか。どれどれ?」


 鼻を鳴らした門兵が、弘の差し出した冒険者証を覗き込む。


「登録地はクロニウス……。名前は……ヒロシ・サワタリ? 聞いた名だな……」


 門兵の独り言を聞いた弘は、ディオスク闘技場での武名が王都にまで伝わっているのか……と考えた。今日まで行く先々で、闘技場での10連勝を噂されたのだ。やはり王都でも……。


「お~い! 誰か、隊長を呼んできてくれるか?」


「ん?」


 目の前の門兵が、門近くに居た同僚らに声をかける。どうやら上司を呼ぶつもりのようだが、何となく様子がおかしい。


(俺の冒険者証に何かあったか? ひょっとしてパチモン? いやいや……)


 わけも解らぬまま、弘は棒立ちで待機した。このまま捕縛される展開を考えたが、そうなったとしても強引に逃げ出す自信はある。また、その手段に出ずとも、王都にはカレン達が来ているはずだ。留置所等に放り込まれたとしても、彼女らと連絡を取れれば自由の身になるのは難しくないだろう。


(せっかく来た王都なんだし? 観光とか満喫するまでは、できる限り穏便にね~。……ま、売られた喧嘩は買うんだけどな)


 そうして待っていると、黒々とした顎髭の男が駆けてくる。装備は先程から居る門兵と同じ……いや、ヘルメットに白いラインが描かれているようだ。


(隊長マークって奴か?)


 弘としては、赤いトサカや角なんかを付けた方が隊長っぽくていいと思う。

 弘の冒険者証を見た隊長らしき男は、足早に近づいてから確認してきた。


「貴さ……君は、ジュード・ロォという人物を知っているかね?」


「ジュード? ……ああ、あの爺さんか」


 冒険者ギルド王都本部の会計課長で、高齢ながらトップクラスの魔法使いである。彼とは以前、ひょんな事から行動を共にしたことがあった。


「ちょっとした冒険依頼……仕事で一緒になったことがあるんすけど。それが?」


「そうか。ふむ……。人相も聞いていたとおりだし……」


 何やら勝手に納得しながら弘の顔を注視してくる。弘の顔面には左こめかみから顎に至る向こう傷があるのだが、そこに注目しているらしい。弘にしてみれば若気の至りの証しみたいなものなので、あまり見られると良い気はしないのだが……。


「うむ。通して良し!」


「へっ!? い、いいのかっ?」


 隊長がサッと手を振って指示を出し、それを聞いた弘が目を丸くする。驚きを交えて確認する弘に対し、隊長が振り返った。


「ジュード・ロォ氏から要請があってな。ヒロシ・サワタリが来たら便宜を図って欲しいとのことだ。冒険者証にも問題は無いようだし、君はここを通って良いこととなる」


「はあ。そうなんすか。あの爺さんがねぇ……。……いい人だ。今度会ったら礼を言わなきゃな」


 今回の件では世話になったし、レクト村事件の際は大韓部であるにもかかわらず、現場まで来て助けてくれている。弘は久しく会っていない老魔法使いに対し、好感を抱いていた。


「じゃあ、通るぜ!」


 通用門を通り、弘は機嫌良く王都へ入って行った。まず目指すのは冒険者ギルド。その王都本部だ。日本人的感覚で言うなら、冒険者ギルドの登録冒険者となった弘にとって本社のようなものである。


(う~ん。地方支社の臨時雇いが本社社屋にコンニチワ。……やべ、なんか緊張してきた)


 通用門を振り返ると、屋根の無い狭い通路が見えた。敵軍に攻められた場合、あの通路へ石材や木材などを放り込み、完全に封鎖するのだろう。そうすることで破城槌の攻撃に耐えるのだ。実際には、通路幅に合わせて用意した大きな石材を運んだり、魔法を行使したり等、封鎖にかかる手順は多い。だが、弘は深く考えるのをやめて外壁の内側に目を向けた。

 夜。夜間に仕事のない者なら、そろそろ就寝しているであろう時間帯。にもかかわらず、真っ直ぐ奥に延びる大通りには人が多かった。各店舗の店先には篝火が用意され、その他にも通りの各所に篝火があるため、かなり明るい。


「なんつ~か、こう……縁日の夜店が並んでるみて~な? ん、実際に屋台もあるか……」


 通りのそこかしこに屋台があって、香ばしい焼き物の臭いが漂ってくる。別都市で以前に購入した食料は、今もアイテム欄に保管されており、取り出すと調理したときのままの状態で出てくるのだが……。


「せっかく店の前まで来てるんだから、買い食いしないとな! 観光の醍醐味だぜ!」


 舌なめずりして唇を湿らせた弘は、ウキウキしながら屋台の1つに近づいていく。

 カレンとの約束やグレースとの約束。それらを交わす以前、弘の目的は『王都観光』だった。それがようやく達成されつつあって、弘は非常に御機嫌である。


(欲を言うなら、早朝に到着して午前中の王都観光から始めたかったが……まあ、いいや)


 屋台を覗き込むと、既に焼き上がった串焼き肉が炭火に照らされ保温されていた。醤油だれ……とはいかないが、塗られたソースが炙られており何とも食欲をそそる匂いだ。お値段は3本で銅貨3枚。300円相当となるが、弘には妥当な値段に思えた。


「おっちゃん! 串焼き肉3つね!」


 そう言って銅貨を差し出し、木の皮に載せられた串焼きを受け取る。そして屋台を離れつつ串焼きの肉に齧り付くと……。


「うまっ! ソース(?)と塩味が効いてて……肉汁が……。んお~っ」


 ここに胡椒のような香辛料でもかかってたら、更に美味いことだろう。しかし、ファンタジーもののお約束なのかどうか、胡椒の類は高級品であるらしい。それに考えてみれば、屋台料理に色々求めすぎるのは野暮というものだ。今は、この串焼きが美味い。それで良いではないか。


「んが、はむ。もむもむもむ! ぷは~っ! 最高! 次は……おう、果実ジュースとかもあるのか!」


 瞬く間に串焼きを完食し、弘は次なる屋台に目を付け移動を開始した。

 かねてからの目的地であった王都。観光軍資金としては潤沢な持ち金。まずは1人で自由に食べ歩き。見るもの聞くもの、すべてが楽しい。今このとき、沢渡弘は一点の曇りもなく幸せであった。



◇◇◇◇



「行ったか?」


 弘を見送っていた門兵に、門兵隊長が声をかける。少し離れたところで立つ門兵は、後ろ手に手を挙げて弘が遠ざかったことを告げた。


「よし。ジュード・ロォ氏に連絡だ。もう夜も遅い? かまうもんか、サワタリが姿を見せたら直ちに報告……とは向こうさんの決めたことだからな」


 そう言うと1人の門兵を呼び、伝令として走らせる。駆けていく門兵の後ろ姿を見た隊長は軽く息を吐いた。


「まったく冒険者ギルドの連中ときたら、俺達を便利使いして……。おい、通用門の施錠を忘れるなよ?」


 残る門兵達に指示を出し、隊長自身は待機所へと戻っていく。

 冒険者ギルド王都本部のジュード・ロォ。彼からの要請内容は先程述べたとおりだ。

 冒険者ヒロシ・サワタリが姿を見せたら王都へ入れること。そして、その到着を報告すること。そのこと自体は大した手間ではない。

 門兵隊長が気に入らなかったのは、冒険者ギルドからの要請で自分達兵士が汗をかくこと。


「ふん。冒険者ギルド? ヤクザ者の集団だ」 


 門兵隊長は、個人的に冒険者ギルドという組織が嫌いだった。

 冒険者ギルドは支部長クラスを軍属化したり、それを王国軍の方でも受け入れたりと、双方の上層部では表面上とは言え協力態勢を取っている。だが、末端の兵士や冒険者には門兵隊長のように相手組織を毛嫌いしている者が存在するのだった。


「ふう……」


 待機所に戻った門兵隊長は、休憩室の椅子に腰を下ろすと、ヘルメットを脱いでテーブル上に置く。


「とにかく用件は果たした。後は俺の知ったことじゃあない」


 視線は壁を向いているが、特に何を見ているわけでもない。が、誰も居ないはずの壁を見据えた彼は、その目を細めると忌々しげに鼻を鳴らすのだった。

 


◇◇◇◇



「ふあああああ~あ。なんじゃい。こんな夜更けに……」


 冒険者ギルド王都本部の会計課長、ジュード・ロォ。彼は間着姿(ナイトキャップ着用)で目を擦っている。今居るのはギルド本部ではなく、王城の一角にある魔法研究棟。その自室兼研究室だ。陽が落ちてからの研究を切り上げ、すでに就寝中だったのだが……激しくドアをノックされたので、こうして起床することとなった。


「まったく。つまらん用件だったら、筋肉ムキムキの男衆にアレコレされる幻覚魔法をかけてやるぞい」


 寝間着の上にマントを羽織った彼は、ドア越しに用件を聞く。どうやら扉向こうの相手は兵士のようだが……。


「ふむ。ヒロシ・サワタリ? はて……うむ、そうじゃった。あの変わった召喚魔法を使う若者か! 王都に向かうと言うておったから、彼の到着がわかったら連絡するよう要請を……」


 そこまで言ってから、ジュードは首を傾げた。


「連絡するようにとは言ったが、なんでこんな夜更けなんじゃ? さすがに迷惑なのじゃが? なに? すぐに連絡するようになっておった?」


 兵士から指摘を受けたジュードは、自分が出した要請内容を思い出す。確かに、夜間に連絡しないよう言わなかったし、ヒロシ・サワタリを発見したら即座に報告するように言った。  


「要望どおり……ということで良いのじゃろうな。そうしておくか……」


 ジュードは兵士に礼を言って戻らせ、周囲を見る。今自分が居る場所は、ちょっとした応接室だ。とは言え、やたら豪華ではなく装飾品は最低限。テーブルや椅子も貧相ではないが高価すぎる物でもない。研究中、不意に訪れた客を暫く待たせるための部屋なのだ。そういう用途で考えれば、待合室と言った方が正しいのかも知れない。ちなみに、本来の応接室は別に存在するが、今では書類束や書籍、その他魔法具などの物置場と化していた。

 ジュードは壁際の酒棚まで行き、水差しと陶器のコップを取り出す。そして、それらを持ったまま応接室……もとい、実質は待合室の椅子に腰掛け、コップに水を注いだ。


「ふむ。サワタリを呼んでジックリ研究に付き合って貰いたいが……。さて、どうしたものかの?」


 ジュードとしては弘の召喚術に興味があるので、何が出来るのか、どういった力なのかを調べたいところである。


「それに近頃は、召喚魔法で名を聞く者がチラホラ出現しておるし……」


 この王都にあってはキオ・トヤマという冒険者が出現しており、氷を主体とした召喚魔法で活躍している。また、冒険者ギルドの情報では地方都市でも数人、召喚魔法を得意とする冒険者が居るとの報告をジュードは受け取っていた。


「1人ずつ会って、じっくり話を聞いてみたいものじゃ」


 さしあたっては顔見知りであるサワタリが良い。しかし、自身の魔法研究や会計課長としての業務が山積している現状では、すぐには会えないだろう。そのうち機会を作って会いに行ってみるか……と、そう考えたところでジュードは眠気を感じ、寝室の方を見た。


「しかしまあ、今は寝なおすとしようかの……」



◇◇◇◇



 一方、その頃の弘はと言うと、王都の南側大通りをジグザグに移動中である。屋台から屋台への移動を繰り返し、屋台料理を楽しんでいるのだ。


「はぁ~。ちょっと硬いけど、揚げパンうめ~。かかってる蜂蜜もいけるぜ~。むっ?」


 串に刺した揚げパンを囓っていたところ、前方に見慣れた看板を発見する。クロニウスやディオスクで見た冒険者ギルドの看板だ。よく見れば、王都本部と付記してある。


「あそこか。いよいよ、みんなと合流だな。……全員揃ってるんだろ~な?」


 皆、王都に行くと言っていたが、無事な姿を見られるよう弘は期待した。ひょっとしたら新たな厄介事を抱えているかも知れないが、荒事なら力になれるだろう。


(ただなぁ、頭使うってんなら俺向きじゃないよな。レベルアップして、知力とか賢さが上昇してるはずなんだけどな……)


 元々が知性派キャラではないため、頭脳労働に関しては今に到るも自信がないのであった。


「行くか……」


 弘は揚げパンを食べきると路地のゴミ箱に串を捨て、1階酒場へと入って行く。中には10組ほどの冒険者パーティーが居て、それぞれ木製の円テーブルを囲んでいた。クロニウスなどの地方都市のギルド酒場だと、夜間でも冒険者の姿は確認できたが……。


(人口が多いからか? パーティーの数が多い気がするな。それに……)


 冒険者達の装備が豪華……いや、質が良い。この世界に転移してからこっち、王都へ近づくにつれて冒険者の装備の質は上がっていった。しかし、例えばディオスクやクロニウスで見た冒険者達と比べても、王都の冒険者達が身につける装備は高品質だ。

 例えば戦士職らしき者は、ほぼすべてが板金鎧を装備している。盾だって意匠を凝らした物が多いし、ひょっとしたら見た目が派手な盾などは魔法具かもしれない。

 身軽さが身上の偵察士などは、さすがに革鎧着用。とはいえ、弘が身につけている革鎧よりは上等そうだった。そうなると僧職者や魔法職の冒険者達も、それなりに装備の質は良いと見ていいだろう。


(それに比べて俺は……)


 黒塗りの貧相な革鎧である。肩当てすらないが、革鎧着用のまま特攻服を召喚すると邪魔になるので、敢えて付けていないだけだ。


(金はあるから板金鎧を買ってもいいんだけど。これを着慣れちまったし……戦いやすいし。いざとなったら、装甲服の類を召喚するだけだしなぁ。ま、気にするこたないか……)


 弘は小さく苦笑し、酒場内のカウンターへ向かう。このとき、周囲からは「新参者か?」とか「あ~、ありゃ田舎から出てきたばかりってやつだな。装備が貧弱だ」とか「人相が悪いが……。問題を起こしたりしないだろうな」といった声が聞こえてる。それらはレベルアップにより強化された聴力で聞き取れているが、弘は聞こえないフリをしていた。


(気にするこたない。気にするこたぁないんだ。こいつはアレだ。流れ者が酒場に入ったときの……お約束って奴だ)


 漫画などで、新参者である主人公にチンピラが絡んでくる展開。それを今、弘は味わっているのだ。


(てゆうか、ジュディスと初めて会った時は、あの子から絡まれたんだっけ。そういや、他のギルド酒場でも絡まれて……あれ?)


 思い起こせば、入った酒場で絡まれるパターンが多い。またか……という思いもあるが、腹が立つことには変わりがない。今だって本当は「俺の面構えについて何か言った奴ぅ! 前に出て、もういっぺん言ってみろやぁあああ!」と怒鳴りつけたいのだ。しかし……しかしである。ここで暴れては、王都観光に支障が出るかもしれないではないか。


(あと、カレンやジュディスに迷惑がかかるかもしれないしぃ)


 そして重要な案件……グレースの仇討ちを前に騒ぎを起こすのはマズいだろう。


(王都で喧嘩騒ぎをやらかして、それが離れた場所にある森の……エルフ共に勘づかれることは無いんだろうが)


 気の回しすぎかもしれない。しかし、事が済むまで王都で行動しにくくなるのは、やはり良くないはずだ。


(な~に。テンプレくせぇ絡まれ方したって、俺さえ我慢すればいいんだ……)


「ふい~。エール酒。大ジョッキで頼むわ」


 カウンター席に着いた弘は、店員に注文する。これから複数女性と会うのに事前飲酒は如何なものか。弘自身そう思うのだが、一杯引っかけないことには気が落ち着かない。

 先程の冒険者達の声のこともある。そして、より重大なこと……カレンとグレース以外の女性達からの告白。これに対する返事をしなければならないことが、弘にプレッシャーを与えていたのだ。


「やれやれだ。現地まで来て緊張しちまうとか、ないわ~。レベルが400超えても、中身はチンピラのま……」


「よぉ」


 不意に背後から声がかかる。いや、無遠慮に近づく足音が聞こえていたので気づいてはいた。それに、荒くれ者が集う酒場に新顔が来たら絡まれる……というのは、先程も意識していたことで、弘にとっては想定内の出来事だ。

 弘はジョッキをカウンター上に置くと、椅子に腰掛けたまま振り返る。その先には1人、立派な板金鎧の戦士が居て、ニヤニヤしつつ弘を見下ろしていた。ちなみに頭髪は薄い。


(新顔歓迎会かどうか知らんが、俺みたいな人相悪い奴に絡むなってんだよな) 


 男から目を外して左右を見たところ、各テーブルからは興味深げな視線が飛んでくる。弘は溜息をつき、目の前に居る男を見上げた。


「俺に、何か用か?」


「いやあ、ほら。もう他のギルド酒場なんかで体験したかも知れんが。冒険者ギルドの酒場じゃあ、新顔に『挨拶』するのが決まりで……」


 挨拶というのは、腕試しのようなことを言っているのだろう。随分とストレートな用件である。ここまで来ると清々しいほどだ。


(だいたい、そんな決まりとかあったか? 前にも他の冒険者に担がれたことがあったが。あれはレベル上げの後ぐらいだったか? いや……)


 そんなことより、この状況をどう切り抜けるか。そこを気にしなければならない。まず、腕試し的なことをするつもりで居るなら、相手に怪我させないよう気を配る必要がある。現在の弘の身体能力は、常人を遙かに超越しているからだ。


(俺が思ってるよりも、この……オッサン? が強かったら話は別だけどな)


 見た目は30代のようだが、それでオッサン呼ばわりは失礼かもしれない。などと考えつつ、弘は口を開いた。


「で? どうすんの? 俺と殴りっこでもする?」


「いやいや。そんなことはしないさ。ただ、名前を聞きたかったんだ。俺はウィリス。この王都で冒険者をやってる。パーティーとしては序列27位だ」


「序列? 27位?」


 聞き慣れない言葉だ。弘はウィリスと名乗った戦士を見る。嘘を言っているようには見えないが……。


「そんな序列とかあったっけ? クロニウスやディオスクでは聞かなかったぜ」


「ん? ああ、そうか。知らないか……」


 フムと頷いたウィリスは、弘に一言断ってから隣の椅子に腰を下ろした。そして自分の分のエール酒を注文すると、親しげに笑いながら説明し始める。

 冒険者ギルド王都本部では、得た報酬の累計によって冒険者パーティーの序列を決めているらしい。第1位になったからと言って特典が付くことはないが、それだけ成功回数が多いという目安になるので一目置かれるのだ。また、そうやって名前が売れることにより名指しで依頼をされることもある。


「そんなわけで、序列は上な方がお得なんだ。この王都ギルドはナンバー制だが、他の大都市なんかじゃあ、貴金属の名で序列分けしてたりするな」


「へ~。ダイヤモンド級とか、そんな感じか。しかし、同じ国のギルドなのに、都市と都市で序列基準とか……単位が違うのな?」


 そこはそれ、都市ギルドによる営業努力のようなものであって、ギルド本部が通達した方針ではないらしい。


「序列分けは、この王都ギルドが始めたことなんだ。で、さっき言ったようなメリットがあるってんで、幾つかの都市ギルドが真似し始めたってわけさ」


「本店の上手いやり口を真似る……か」


 コンビニバイトなんかで、そんな感じのイベントがあったっけな……などと呟いてから、弘は自分がまだ名乗っていないことに気がついた。


「おっと悪ぃ、名前だっけな。俺はヒロシ・サワタリ。まあ戦士みたいなもんだ。よろしくな」


 弘が持っている冒険者証には自分で登録した『召喚戦士』の職名が記載されたままである。正直に名乗って詳細を聞かれ、それについて説明するは正直言って面倒くさい。なので、ボカして説明したのだ。


「ほう。戦士だったのか。革鎧装備だから俺はまた、偵察士かと思っていたが……。ふむ。腰にはバスタードソードを下げている。確かに戦士職のようだな」


 偵察士と言えば短刀か短剣が定番の装備である。身軽に動くためには重い武器は邪魔でしかないからだ。なので弘が短剣どころか、長剣よりも大ぶりなバスタードソードを所持しているのを見て、ウィリスは弘が戦士職であることを納得したらしい。


「ん? ヒロシ・サワタリと言えば……」


 何度か頷いていたウィリスは、弘の顔を覗き込む。弘側では、ディオスク闘技場の一件で噂される事に慣れていたので「あ、気づいたかな?」と思い、相手の反応を待った。

 だが、ウィリスは闘技場の件には触れず、カウンター席から尻を上げている。


「あんたの名前も聞けたし。挨拶としちゃあ、こんなものか。俺は仲間のところへ戻ることにするよ」


「なんだ。本当に喧嘩とかしないんだな」


 拍子抜けた弘は、去って行くウィリスの背に声をかけた。ウィリスは「言ったろ? 『俺は』そんなことしないって」と言い、肩越しに手を振って自パーティーが居るテーブルへ戻ってる。彼以外には男性僧侶1人、女性偵察士に女性魔法職が1人ずつといったパーティー編成らしい。


「ふぅん。ま、何も無いのが一番……ん?」


 いつの間にか背後……いや今はカウンターに背を向けているから、左側方に誰かが立っている。どうやらウィリスとの会話に夢中になるあまり、気配の探知が遅れたようだ。


(また挨拶ってやつか?)  


「まったく今度は……」


 どんな奴だ……と言いかけた瞬間。弘の頭部に液体が浴びせかけられた。その臭いはアルコール。さっきから自分が飲んでいたエール酒のものだ。


(酒ぶっかけられてる!)


 そう認識するや、席を立つ。頭の中は怒り一色で、暴走族時代のように『相手をブッ殺す』ことしか考えていなかった。とは言え、すぐに殴りかからなかったのは、相手が冒険者なら女の可能性もあるからだ。事実、クロニウスではジュディスに絡まれている。


(けど、もし男なら~)


 目を血走らせながら見た先で居たのは……ウィリスに負けず劣らず、立派な板金鎧を着込んだ戦士。そして男だ。


「油断したなぁ? こいつは俺の奢りだ、飲……」


 何やら言いだしたが、そんな言葉は弘の耳に入っていない。目にも止まらぬ速さで手を伸ばすと、弘は板金鎧の腹部隙間に指を差し込み……叫んだ。


「何してくれてんだゴラァ! 死んだぞテメーッ!」


 死んだぞテメェと言いつつ相手を放り投げる。そう、弘は相手を放り投げたつもりだった。だが、その強化された筋力により、相手戦士は放物線を描くことなく天井へと舞い上がっていく。そして……。


 ずがぁ!


 鈍い音と共に天井に突き刺さった。


「あっ……やべっ……」


 怒りのあまりに取った行動だが、生じた結果に弘は顔色を変える。今のケースだと、殴り飛ばして別なテーブルまで吹っ飛ばす……くらいなら、やって良い範囲内だ。少なくとも弘は、そう判断する。だが、いくら何でも、これはやり過ぎだろう。

 弘自身の言い訳としては、力加減のミス……あるいは手が滑ったと言ったところだが、周囲の冒険者はそうは見てくれない可能性が高い。


(やべぇぞ! 絡んできたのは奴の方なのに、このままだと俺が『関わらない方がいい奴』扱いされちまう!)


 相手戦士はと言うと、胸の中程までメリ込んでおり、足をダランとさせている様子。気を失っているのか死んでいるのか、それは今のところ判断ができない。


「うあ……と、とにかく下ろさないと」


 このギルド酒場の天井は割と高く、人1人が天井からぶら下がったとしても、その足に手を届かせるのは困難だ。しかし、弘の跳躍力なら一跳びで天井に到達、彼の躰に手が掛けられる。


「よっ……と! うわ、何か引っかかってる……」


 多少の抵抗感はあったが、天井の梁などに足を掛けながら相手戦士を引きずり出した。そのまま抱えて酒場の床に降り立つと、息があることを確認した上で、頬をペチペチ叩いてみる。


「お、おいいい? どうだ? 目ェ覚ましてくんないかな?」


 そうしている内に、相手戦士がパチッと目を開けた。彼は何度か瞬きをしていたが、やがて真上から見下ろす弘の顔を見て悲鳴をあげる。


「ひ、ひいいい! ばば、バケモンだ!」


「おい、待てよ!」


 ガサガサガサガサ!


 仰向けになったまま這いずり、弘から距離を取る姿は蜘蛛かゴキブリのようだ。実に滑稽だが、その戦士に注目する者はおらず、酒場内の視線は弘1人に向けられている。


(気まずい……。てか、これ……俺が悪いのか?)


 絡んできたのは今逃げた戦士の方だ。しかし、天井に開いた大穴は弘のやったことである。

 弁償。その二文字が弘の脳裏をよぎった。


(冗談じゃねぇ。アイツと俺で割り勘だ。いや、原因はアイツの方にあるんだから、俺が2でアイツが8って感じで……)


 おそらく弘の所持金だけで弁償可能だろうが、1人で背負い込むなど真っ平御免である。相手戦士の逃げた先……パーティーメンバーの居るテーブルを確認すると、そちらに向けて弘は歩き出した。

 と、ここで弘を呼ぶ者が居る。


「サワタリさん!」


 ……若い女の声。そして聞き覚えのある声。これは……カレンの声だ。それを聞いた弘は、自分が大いに喜んでいることを認識して驚く。


(うわ、なんて~の? 嬉しすぎる! やっべ、俺……こんなカレンに会いたかったのか)


 声が聞こえたのは2階宿への階段側からだったので、そちらを向くと、既に近くまで駆け寄っていたカレンが飛び込んできた。


 ガシィ!


 恋人同士の再会とは思えない抱擁音が発生する。これは弘が革鎧を、カレンが板金鎧を身につけていたためだ。そのため、弘はカレンの柔らかさを感じることができない。とは言え、その肩で切りそろえた金髪からは、花のような香りが漂っていた。


(うは~。いい匂いするぜ~)


 弘とカレンでは身長差があるため、しっかり胸で抱きしめるとカレンの足が宙に浮く。恋人を抱え上げてる状況に気づいた弘は、カレンをそっと下ろしたが、カレンは少し不満げだ。


「もう少し、あのままで良かったのに……」


「そうもいくまい。ここは人目が多いからな」


 カレンの後方で長身の金髪女性が立っている。エルフのグレース……に似た別人。そう弘が思ったのは、彼女の耳が尖ったエルフのものではなく、人間のそれだったからだ。表情が怪訝そうになっていたのか、弘の顔を見たグレースが耳を触りつつ笑う。


「これか? 少し細工を……な。そんなことより、会いたかったぞ。サワタリ……」


 エルフ氏族の長を務めたほどの女傑が瞳を潤ませていた。そして弘に歩み寄ると、寄り添ってくる。彼女の場合、カレンのように弘と抱き合うことはなかったが、それでも距離が近いためエルフ特有……と言って良いのかどうか、森のような香りが漂ってきた。


(芳香剤みたい……なんて言ったら怒られるか。けどグレースもいいなぁ……いやマジで)


 もう1人の恋人の香りを堪能した弘は、スッと身をひきカレンを、そしてグレースを見る。


「やっと合流できたな。元気だったか!」


 それに対し、返ってくる声は「はい! 元気です!」「うむ! 見てのとおりだ!」というもの。

 グレースの言うとおり、2人が元気なのは見て解ったが、それでも2人から口頭で告げられたとき。弘はようやく、恋人達と再会できた事を実感できたのである。


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