第百五十四話 王都の彼女たち3
冒険者ギルド王都本部。その2階にある貸し出し会議室。
そこで注文した料理を食べ終えたカレン達は、1階酒場の店員が食器類を片付けていくのを見送っていた。
「お値段高めだけど。さすがに王都ともなると、ギルド宿で出る料理も美味しいものよね」
ノーマが呟いた。皮肉な物言いが多い彼女であるが、今の言葉は素直に感心している風であり、それを感じ取れたカレン達は皆頷いている。
「ふふっ。確かに、美味しい夕食でした。……っと、それじゃあ話の続きという事で……」
カレンが姿勢を正し、今後の方針について語り出した。
現状、カレン達の前にある行動予定は、大きく分けて二つだ。
一つ目は、グレースの仇討ち。
二つ目は、実家に拉致……ではなく、連れ戻されたジュディスへの対応。
カレンには沢渡弘とのデートや、彼を実家……地方の領地へ連れて行くという予定もあったが、仲間の一大事よりも優先するわけにはいかない。
そこで前述した2件を先に解決することとなる。しかし、どちらを優先するべきか……。
「我の仇討ちに関しては、当初はサワタリと2人だけで対処するはずだったのだが……。カレン達の協力も得られて……本当に恩に着る」
そう言ってグレースが皆を見まわした。
彼女には、自身が長を務めるエルフ氏族を、対立するエルフ氏族に滅ぼされた過去がある。そして恋人たる沢渡弘に説得され、更には彼の協力を得た上で、仇討ちを成そうとしていたのだ。だが、今日までにカレンやシルビアに話す機会があり、今またこの会議室で皆に話して聞かせることとなったのである。
「確か……秋の頃の収穫祭……でしたか? エルフ氏族の祭事を狙って、氏族の主立った者のみ討ち果たす。そういうことでしたね?」
「うむ」
シルビアの確認に対し、グレースは頷いて見せた。と、彼女の眉間にシワが寄る。
「かつては諦めた仇討ちであるが……。我はサワタリによって目を覚まさせられた。やはり、彼の者達には報いあってしかるべきだ……とな」
エルフのグレースは、この場に居る女性達の中では最年長だ。積み重ねた歳月と一氏族を率いた経験が、彼女をグループの纏め役としている。しかし、その彼女をして憎悪一色に染め上げるのが、この仇討ちの件だった。
美貌のエルフの顔に浮かぶ凶相。これを見たカレン達は息を呑むが、グレースは場の空気を和らげるべく微笑んだ。
「とは言え、その時期までには余裕がある。サワタリの意見も聞かねばならんだろうが、我としてはジュディスの件よりも後回しで構わぬよ」
このグレースの言葉……優先順位の考え方には、様々な意味合いが込められている。まず、事の危険度で言えば、グレースの仇討ちの方が大で、ジュディスの件の方が小であること。そして、私事に皆を巻き込むことを、グレース自身が良く思っていないのも「後回しにして良い」と言った要因の一つだ。
(もっとも……。解決にあたっての難易度で言うなら、ジュディスの件の方が上かもしれんがな……)
このことに関して、グレースは声に出さず呟いている。
どちらの案件も弘の助力を得られるだろうが、力ずくで目的を遂げられるのはグレースの仇討ちであり、ジュディスの件に関しては誰々を倒して解決! とはいかないからだ。
「じゃ、じゃあ……ジュディスちゃんの件を先にどうにかする……ということで……」
カレンの提案にグレースが頷き、それを追うように皆が頷き……かけた、その時。会議室の扉がノックされた。
「……はい。どちら様でしょうか?」
外に向けて発言したのはシルビア。彼女の凛とした声に対し、外からは怖ず怖ずとした声が返ってくる。ただ、それは聞き覚えがある声だった。
「あ、あの~。私、ウルスラ……。入ってもいいかしら~?」
◇◇◇◇
「皆さん、お久しぶり~。お元気でしたかぁ~」
許可を得て入室してきたのは、商神の信徒。尼僧ウルスラである。
艶やかな黒髪と、清楚な面持ちが印象的であり、弘からは『和風美人だ』との第一印象を得ている。ただし、宗派の信徒が皆そうなのか、ウルスラが特別なのか、その言動は利益優先を地で行くことが多い。
普段の雰囲気としては、ゆるっとした空気を醸し出すことが多いのだが、皆に対して一声放った彼女の顔色は……どう見ても優れなかった。
「あの……ウルスラさんが、その……お元気ではないようで……」
「え? あ~……顔に出てたかしらぁ?」
カレンの真正面……グレースとノーマの間で腰を下ろしたウルスラは、苦笑しつつ頬を撫でる。染み1つない白い肌。そこを細い指がなぞる様は、同性のカレンが見ても綺麗だと思えた。ほんの一瞬、見とれていたカレンであるが、咳払いをしつつウルスラに問いかけている。
「ところで……ジュディスちゃんのことですけど……」
「事情は~、グレース達から聞いてるんですよね~?」
頷くことでカレンが回答すると、ウルスラは溜息をついた。やはり疲れている……少なくとも気疲れしている様子だが……。
「だったら話は早いわぁ。後は本人と話してもらえます~?」
「はっ?」
カレンの声が裏返るが、それをスルーする形でウルスラは腰元に手をやった。そこにはベルトで固定されたウェストポーチのような物があり、彼女はそこから何やら取りだした。
……パチン……。
会議テーブルの上に置かれたのは……1枚の銅貨である。数々の冒険を経て資金的に余裕ができた弘などが見れば、銅貨の1枚程度は端金に過ぎない。しかし、そこに皆の視線が集中するや、銅貨は黒いモヤのようなものを放出し始めたのである。いや、モヤと言うよりは影か闇と言ったほうが、見た目のイメージが伝わるだろう。
ガタタッ。
異様な現象を目の当たりにし、カレン達が腰を浮かせるが、それをウルスラが押しとどめる。
「ご、ごめんなさい~。すぐに終わるから~。ほら、あそこ~」
言われて視線を転じた先は、会議テーブルから少し離れた床。そこに人型の影が出現していた。見るからに怪しいが、その影はカレン達の視線が集まるや消失し、代わりに一人の女性が出現する。黒い甲冑に、羽根装飾のある黒い兜。腰のアーマーからは、丈の長い黒スカートがたなびいている。ゲームやアニメで見かける、戦乙女の姿だ。
これは、ジュディスが持つ魔法のアイテム……夜の戦乙女の指輪。その指輪に宿った夜の戦乙女ブリジット……と思いきや、どうやらブリジットと憑依変身したジュディスであるらしい。
「ふう……上手くいった……」
一言漏らすやジュディスがキュッと拳を握る。しかし、カレン達はワケがわからなくて言葉も出ない。かろうじて我に返ったカレンが「じゅ、ジュディスちゃん? これはいったい……」と声をかけたところ、ジュディスは兜ごしに後ろ頭を掻く仕草をして笑った。
「いや~、ここんところ練習してた魔法を使ってみたくって。ウルスラに協力して貰ったんだけどさ~」
「そ、そう……なんだ? ……え~と……」
カラカラ笑うジュディスからウルスラに視線を転じる。グレースとノーマの間で座るウルスラは、溜息をつきながら肩を落としていた。
「ここ暫く~、私がどれだけ苦労してたと思ってるの~。会いに行っても会わせて貰えないし~……なのに、いきなり呼び出されたかと思ったら」
練習した魔法を試したいとジュディスが言う。そうして運ばされたのが、会議テーブルに置かれた銅貨なのだが……。
「説明……して欲しいものだな。その銅貨と、そして憑依変身した姿で現れたことなどをな」
そう言ってジュディスを手招きしたのはグレースだ。いつも通りの口調……しかし、眼光が鋭い。わざわざギルド宿の会議室を借りて密談をしていたのに、ウルスラはともかく、魔法で乱入してきたジュディスに関しては少し思うところがあるらしい。
「取りあえずは……そうだ。カレンの隣で良い。座って話をしようか? ん?」
「……はい……」
練習した魔法とやらが上手くいき浮かれていたジュディスであるが、一転してシュンとなった。そして、グレースに言われるがままカレンの隣へ移動するのだった。
◇◇◇◇
冒険者の女戦士ジュディス。本名、ジュディス・ヘンダーソン。現在17歳。
この国……タルシア王国では軍人貴族の令嬢である。軍人貴族というのは俗称で、戦争等で功績を挙げた者が貴族階級を得たようなものだ。ちなみに王都の官舎住まいであり、固有の領地は持っていない。現当主であるジュディスの父は、戦時にあっては200名ほどの兵士を指揮する身分……弘が元居た世界で言うならば中隊長クラスであり、階級は大尉と言ったところ。上位過ぎず下位過ぎでもなく、平民上がりの騎士として、まずまずの地位を得ている方だろう。性格は厳格で自分の娘にも他家の娘にも容赦なく厳しい。領地持ちの貴族令嬢であるカレンが、ジュディスの父を思い出す度に微妙な表情となるのは、ジュディスに巻き込まれる形でよく叱られていたからだ。
と、父親の解説が先行したが、こういった家庭で生まれたジュディスは、貴族令嬢とは言ってもお転婆娘として育った。詩集や詩を読むことよりも剣の稽古が大好きで、他家の貴族少年を剣の稽古で打ち負かしては泣かせていたものだ。そして、それは父の命令で貴族学院に入学してからも変わることはなかった。
カレンと知り合ったのは、同じクラスで彼女から声を掛けられたのが始まりである。カレンとしては、少女ながら優れた剣腕を有するジュディスに憧れる形で声を掛けたのだ。ジュディス側は、自分とは違う貴族らしい貴族令嬢……しかし、人懐っこくて性格の良いカレンのことが気に入り、以後は親友として今日まで付き合っている。
冒険者となったのは、貴族学院での息が詰まる寮生活に飽き飽きしてきた頃、カレンが家督相続に掛かる試練を受けて学院を出たのが切っ掛けだ。すぐさま自由研究の課題と称して外出の手続きを取り、最低1人は同行者を付けるという条件が合ったので、この頃付き合いのあった僧侶、ウルスラを説得して同行させたのである。その後は、カレンを追いかける形で旅をし、クロニウスを拠点としてパーティを結成して活動を続けていた。
このような経歴を持つジュディスであるが、現在は沢渡弘の恋人候補であり、彼に先んじて実家のある王都へ戻ったところ、父親にバレて実家……官舎へ連れ戻されていた。
「で……父様が官舎から出してくれないから、暇な時間を見つけてはブリジットと訓練してたのよね~」
それは例えば、固有の魔法修得であったり、憑依変身の持続時間延長であったりなどだ。その中で身につけたのが、今回やった『設置した触媒の場所へ転移する』というもの。
「ちょっとした鉱石……銅貨とかの金属でもいいんだけど。それに『夜の力』を載せて……何処かへ持っていくの。で、そこ目がけて転移するって寸法よ」
ただ、距離としては都市内移動(この場合は王都基準)がせいぜいで、魔法の結界でもあったら簡単に弾かれるし、自分1人でしか移動できないという問題点がある。
「ふむ」
得意げに語るジュディスを見据え、グレースは鼻を鳴らした。
「事情はわかった。我としてもジュディスが『夜の戦乙女』の力を使いこなせるようになったのは喜ばしい。ただ……今度からは色々と注意して欲しいものだ」
「うっ……。ごめんなさい」
グレースが言わんとしていることは、相手の都合も考えずに転移してくるな……というものだ。今回の場合、事前に入室したウルスラが説明すれば良かったのだろうが、だったらジュディスが、ウルスラに転移することを伝えさせれば良いだけの話である。では何故それをしなかったとのかと言うと、呆れたことに『皆を驚かせたかったから』とジュディスは言う。
「我とて小うるさく説教などしたくはないが……。ま、この辺で良かろう」
グレースは説教を切り上げた。他者の目がある場で長々と叱るのも良くないと考えたからだ。そして、ジュディスを連れ出そうという相談をしていたところなので、本人が居るのなら話が進めやすいし、その議題を先に解決したいという思惑もある。
グレースは、カレンと話し出したジュディスを見ながらふと思った。
(面白そうだと感じたら後先考えず……か。まるでサワタリのようだ。……今ここに居る女の中で、最もサワタリと気質が似ているのは、このジュディスなのかも知れんな……)
ノーマも弘寄りの性格だが、彼女は計算高い面がある。悪乗りして大はしゃぎし、それで失敗するというイメージでは、やはり弘に近いのはジュディスの方だろう。
(聞いた話では、ジュディスとサワタリの出会いは、第一印象としては良くないものだったらしいが……。もしも……)
弘との初対面時、ジュディスが親切に接していたら。もっと早い時期に、ジュディスは弘の恋人になれていたかもしれない。
(……フッ)
グレースは小さく笑った。会議テーブルの向かい側では、カレンとジュディスが楽しげに話している。
(今は、我とカレンがサワタリの女だ。今後はジュディス達もサワタリの女になるかもしれん。いや、そうなるだろう。ならば、仮定の展開を考察するのは無駄か……。いや、良い暇潰しにはなるか……おっと)
考えている内に時間が経過したようだ。グレースは咳払いをし、カレンとジュディスに声をかける。
「2人とも、そのぐらいにして本題に入ったらどうだ?」
◇◇◇◇
カレンは、久しぶりで会った親友が元気そうで御満悦だ。
無理やり実家……と言っても官舎だが……へ連れ戻されたと聞いて心配していたものの、こうして見る限りジュディスは朗らかにしている。そんな彼女と話したいことはたくさんあるが、グレースに本題へ入るよう言われたので、カレンは『ジュディスのこれから』について話し出した。
「ジュディスちゃん? お家から出られそう? 学院に戻らなくて大丈夫なの? ……おじ様は……さっき、まだ怒ってるって言ってたわよね?」
「え? あ~……」
まくし立てるように質問を重ねたところ、ジュディスは天井を見上げながら軽く呻く。そして、漆黒の兜を取ると、それをテーブル上に置いた。
「官舎からは出られそうにないわねぇ。今夜だって、早めに就寝するってことでベッドに潜り込んで、ブリジットと憑依変身した上で転移して来たんだもの。そうそう、事前にウルスラへ銅貨を渡すのも緊張したっけ……って、あっ……ウルスラ。ここのところ迷惑かけっぱなしで御免ね? この埋め合わせはするから」
テーブルの向かい側で居るウルスラに言ったところ、ウルスラは疲れ気味の顔ながら微笑んで見せる。
「いいのよ、友達だし~。あ、でも~、埋め合わせをしてくれるって言うなら現き……ん、じゃなくて~。この次にギルド依頼を請けたとき、報酬の取り分を増し増しでお願いするわ~」
さすがにストレートに現金よこせ……では問題があると思ったのか、ウルスラは『埋め合わせ内容』を途中で変更した。それについてジュディスは、苦笑するだけで済ませている。ウルスラの性格に関しては、もはや慣れているのだ。
「で、学院の方だけど……」
ジュディスは、カレンに視線を戻すと質問に対する回答を再開する。
「一度、顔を出しておこうと思ってるわ。家を出る名目だったとは言え、冒険者生活のレポートを提出しなくちゃいけないもの。こう見えて、けっこうマメに書いてたのよ? でも、家から出られないんじゃ……それもできないし……。ああ、あと……父様は今でも怒ってる。すっごく怒ってる」
最後に父について触れたジュディスは、ブルルッと身震いした。それを見たカレンも一瞬遅れて身震いする。そしてジュディスの現状を考えつつ、意見を述べた。
いくら父親が怒って家から出さないとは言え、いつまでも復学しないのはマズい。下手をすれば、休学扱いから出席日数が足りなくて留年。あるいは自主退学となるのではないか。もっとも、そうなるとジュディスの父も世間体が良くないはずなので、暫くすれば復学は可能だろう。
「でも復学した後のジュディスちゃんが、今まで見たいに冒険者として活動できるかと言うと……」
「まず無理ですね」
「そ~よね~、無理よね~」
「我も無理だと思うな」
「あたし、良くわかんないからノーコメント」
ここまでカレンとジュディスの会話を聞いていたシルビア達が、一斉に口を開く。それに対しジュディスは束の間硬直していたが、やがて口をへの字に曲げた。
「あ、あんた達……。もうちょっと何か……こうアイデアとかをねぇ……」
「アイデアと言っても難しいですよ? ジュディス様が再び休学状態になって、更に家を出る……それを可能とする妙案だなんて。そうそう思い浮かぶわけがありません」
「ううっ……」
シルビアに言われてジュディスが呻く。傍目には光の信徒の尼僧に、闇属性の戦乙女が言い聞かせられてるようなので、何とも妙な光景だ。結局のところ、カレンとシルビアがジュディスの父に会って、復学だけでもさせて貰えるよう説得することとなった。
「さっきも言ったけれど、おじ様だってジュディスちゃんを休学させたままにしておく気は無いと思うの。だから私とシルビアで一言言えば、それが切っ掛けになって態度が軟化……すれば良いかな~……って」
「問題は、ジュディス様のお父様が私達に会ってくれるか……ですね」
シルビアが付け加えると、室内の空気は一気に重くなる。だが、他に手が無いのも確かだ。少なくとも現状では、これがベストだろう。弘が合流した際に、彼から別の案が出るかもしれないが、その時はその時で臨機応変に動くまでだ。
と、このようにジュディスの件については概ねの行動方針が決まったため、ここで議題がグレースの仇討ちに移る。とはいえ、実行の時期までは余裕があるのは先程話したとおりだ。ここで話し合うのは、グレースの仇討ちに関して誰が荷担……もとい、同行するか……である。
カレンとシルビア、それにノーマは同行することが決まっている。弘に関しては最初から仇討ちの手伝いをすることになっているので、残るはジュディスとウルスラの意思であるが……。
「あたしは触媒の……例えば、その銅貨なんかを持って行ってくれれば。夜限定で転移参加できるけど……」
夜の戦乙女なだけあり、その指輪の力は日中だと大きく制限されるのだ。
「触媒を持ってる人とは念話ができるから。それで、あたしに連絡を~……」
「ふむ。そうは言っても夜間に戦う予定はないぞ? 我としては祭事の下準備……そのタイミングで襲撃するつもりでいる。まあ昼間での戦闘になるだろうな。祭事の本番中を狙うなら、夕刻から夜の襲撃となるだろうが……。それだと、敵氏族の全員を相手にすることになる。サワタリが居れば何とかなるだろうが、無闇に死者を出すつもりはないのだ」
と、ここまで話してからグレースは首を傾げた。
「ジュディスよ。先程の話では憑依変身しての転移は、距離に制限があるのではなかったか? 敵氏族が今居る森は、王都からかなり離れているが……そこまで王都から転移できるのか?」
「そう言えばそうだった……。うう……転移して手助けすることもできないなんて……」
「気持ちだけ、ありがたく受け取っておくぞ」
嘆くジュディスにグレースが慰めの言葉をかける。それを見ながらカレンがウルスラに話しかけた。
「ウルスラはどうするの? 一緒に来る?」
「私は~……」
ウルスラが対面……カレンの隣で座るジュディスを見る。その視線を受けたジュディスは、ハアと溜息をついてからウルスラに笑いかけた。
「いいわよ。あたしのことは気にせず、グレースを手伝ってあげて。こっちは復学さえできれば、ある程度行動が自由になるし。王都で居る分には危ない事もないわ。それに……ブリジットも居るしね。ね? ブリジット?」
そうジュディスが言うと、彼女の手前……テーブル上に、身長十数センチほどの戦乙女が出現した。身につけた鎧はジュディスと全く同じだが、その黒髪は長い。夜の戦乙女、ブリジットである。現在はジュディスに憑依中だが、弘と共にある芙蓉のように、映像だけを外に出すことも可能なのだ。
「頼りにして頂いているようですが。私は日中、ほとんどお役に立てませんので。お忘れなきよう……」
短く言うとブリジットは姿を消し、何とも言えない空気が会議室内に漂う。その後は暫く話し合ったが、結局のところ、ウルスラはグレースに同行を申し出ている。
「これでグレースさんに同行するのは、サワタリさんを入れて5人。6人パーティーということね」
RPG風に言えば、召喚術士(弘)、戦士、偵察士、僧侶、僧侶、エルフの精霊使い(グレース)という編成だ。前衛が薄いように思えるが、戦闘力では弘とカレンが強大であるため、エルフ数人程度なら問題にはならないだろう。また、僧侶が2人居るため、多少の負傷はアッと言う間に治癒して戦線復帰が可能。更には偵察士とエルフが居るため、森の中でも行動に支障は出ないはずだ。強いて問題点を挙げるならば、魔法使いが居ないため、魔法攻撃のバリエーションが少なくなること。そして、魔法面での知識不足が不安要素と言える。
「そうだな、カレン。6人……パーティーか。ありがたいことだ」
グレースは皆に対して頭を下げた。氏族の仇討ちと言えば聞こえは良いが、要するに私怨を晴らすのが目的である。このようなことに恋人の弘だけでなく、他の者を巻き込むのは実に心苦しい。まさしく『ありがたい』ことなのだ。
しかし、グレースは感謝する一方で、皆の助力が弘あってのものだと正しく認識している。もちろん、友情や義侠心もあるだろうが、自分が『皆が恋する弘の恋人』であることは、今回の仇討ちに加わる大きな理由に違いないのだ。
(いずれ我も、皆に対して何らかの手助けをせねばならんだろうな)
借りは返す。その機会がどういった状況で発生するかは定かでないが、室内に居る女達が困ったとき。自分は出来る限りのことをしよう。そう胸の中で誓いを立てたグレースは、話を締めくくるべく皆を見まわした。
「我の仇討ちに関してはそんなところか……」
「話は一段落したかしら? だったら私、グレースに渡す物があるんだけど?」
ノーマが発言しつつ、床に置いたバックパックから何やら取り出す。それは磨き上げられた水晶球に、銀製のチェーンが取り付けられた……ネックレスだった。
「あら~? それ、な~に? 普通の装飾品……なのかしらぁ?」
隣で座るウルスラがネックレスを覗き込む。ノーマは事のついでにと、皆に聞こえるよう説明をし始めた。このネックレスは、装着者の姿を幻術で変貌させる魔法のアイテムだ。身につけた状態で念じて起動させると、事前に設定した姿に変貌する。ただし、あまり上等な品ではなく、効果は装着者の意識がある間のみ有効。つまり気絶したり寝たりすると元の姿に戻ってしまうのだ。また、ちょっとした印象や顔立ちを変えるだけの力しかないので、体格差のある人物に変身することはできない。当然と言うか、姿を変えている最中にネックレスを外すと元の姿に戻ってしまう。
「発動に必要な力は装着者の精神力よ。もっとも、長時間発動させっぱなしでも少し気疲れする程度だから、大きな負担にならないと思うわ」
「へ~え。じゃあ、あたしが装着しても男に変身! ってわけにはいかないんだ?」
「そういうこと。体格が変えられないんじゃ顔だけ男にしてもねぇ。はい、じゃあ約束の品よ?」
ノーマはジュディスに答え、ウルスラを挟んだ反対側で居るグレースにネックレスを手渡した。受け取ったグレースは、ネックレスを首にかけると、すぐさま能力発動。それにより、エルフ族の特徴的な長い耳が短くなった……ように見える。つまり、そこに出現したのはエルフではなく人間の美女であった。
「なるほど。王都ではエルフ族に対する差別が厳しいですからね。さすがにマントのフードを被っただけではでは危ない。そこで、その幻術のネックレスですか……」
シルビアが納得しているのを見てノーマは頷く。
「さっきカレンと合流したときは、いきなり危ないところだったけどね。でも手に入れるまで結構な手間だったのよ? 幻術系の品は規制が厳しいから、普通の店で売ってないし」
依頼を引き受けたからには、簡単に「調達できませんでした」と言うのも格好が悪い。そこで、かつて共に戦ったことがあるクロニウスのギルド長……アランに、今居る王都ギルドから精霊通信で連絡を取って相談したのだ。そして、彼から王都ギルドの会計課長、ジュード・ロォに話をつけて貰い、王都ギルド所有のアイテムを売って貰えることとなった。なお、前述したとおりの低性能品ではあるが、これでもお値段は驚きの金貨2枚。日本円にして200万円相当である。弘が聞いたら「金貨っつっても、たった2枚で200万ぐらい? 嘘だろ? この世界の銭金の感覚、やっぱおかしいって!」と言うこと間違いなしの高額品だった。
「滅多に入手できる物じゃないんだから。なくしたりしないようにね?」
「心得た。このネックレス、大事にすると約束しよう」
「……そこまで気張らなくていいわよ。だいたい私は立て替えただけで、お金を出したのはグレースなんだから……」
生真面目にグレースが答えるので、ノーマが口を尖らせている。その様が可笑しかったので皆が笑ったが、それが収まった頃にカレンがジュディスを見た。
「そう言えばジュディスちゃん。こっちへ転移して来て暫く立つけど、お家……官舎には戻らなくていいの?」
「えっ? いくら父様だって、就寝中の娘の部屋を覗いたりしない……と思うけど。……万が一のこともあるか……。憑依変身を解いてギルド宿で泊まろうと思ってたのに……」
「そう言えば、どうして憑依変身したままなのよ?」
ノーマの質問に対し、ジュディスは少しでも変身時間を長くするため、身体を慣らしているのだと説明する。女神の力とは言え、闇系の力に身体を慣らして大丈夫なのか……とシルビアが心配したが、今のところ体調を崩したりはしていない。
「ま、大丈夫でしょ? 別に呪いの魔道具ってわけじゃないんだし。それにしてもな~。どうしようかな~。触媒をウルスラに預けて……いったん戻ろうかな……」
兜を被り直しつつジュディスは残念そうに言う。久しぶりで会った友人達と別れるのが辛い……というのもあるが、できれば弘の到着を待ちたかったのだと彼女は言った。
「そんなこと言っても~。ヒロシが王都に到着するのって、まだ暫くかかるはずよ~? ひょっとしたら何日か先かも~。その間、ず~っとここに居る気~? って言うか~、このまま明日の朝まで居たら、おじ様にバレて酷いことになると思うの~」
「うぐっ……。ハア、やっぱり帰るしかないか。……ヒロシが到着したら連絡してね? ね?」
ジュディスは肩を落とすと、ウルスラだけにではなくカレン達全員に頼み込む。これには皆が一斉に頷いた。中でもノーマが、クスクス笑いつつジュディスを見ている。
「ヒロシが来たら、まずは待ち合わせ場所の王都ギルドに来るだろうし。すぐに知らせるわ……って、何? 外が騒がしいわ……」
笑いながら話していたノーマが急に真顔になり、扉に目を向けた。続いてグレースが長い耳を……今は幻術のネックレスにより人間型だが……ひくつかせながら耳を澄ませている。
「ふむ。喧嘩のようだな。1階酒場でやってるようだが……。王都でも地方ギルドと変わらんな……。……あれ?」
グレースがノーマを見た。ノーマもグレースを見ている。間で座るウルスラは眼前で視線を交わされて「なに~? 何があったの~?」と戸惑っていたが、それに構わずグレースとノーマは口を開く。
「ねえ? 今の聞いた?」
「ああ、間違いない。サワタリの声がするぞ!」
グレースの口から弘の名(姓の方だが)が出た瞬間。全員が席を立った。扉に近い方で居たグレース達が先に廊下に飛び出し、続けてカレン達も会議室から出てくる。そこで聞こえたのは……。
「何してくれてんだゴラァ! 死んだぞテメーッ!」
カレン達が互いの顔を見た。それぞれの顔には得心いった表情が浮かび、それが喜びによる笑顔へと変貌していく。
「サワタリさん!」
そう叫んでカレンが駆け出すと、皆が後に続いた。廊下には他の会議室から出てきた他の冒険者らが居たが、それらを擦り抜けつつカレン達は走り、階下を目指す。先頭を行くカレンは頬を紅潮させながら誰に言うでもなく小さく叫んだ。
「そうよ! サワタリさんが来てるんだわ! このすぐ下に!」