第百五十三話 異変
青空の下、剣と魔法の世界に不似合いな銃声が轟いている。
ドパタタタタタ! ガガガッ! ドカカカカカ!
もはや愛用の銃と化した自動小銃……AK-47を、沢渡弘は乱射していた。
彼が居るのは、王都までバイク走行で数時間と言った地点の街道であり、戦っている相手は毛深い牛の群れだ。元の世界で言うバッファローに似ているが、そのサイズは二回りほど大きい。特徴的なのは、顔の大部分を1つの目が占有していること。
解放能力である対象物解析……現段階ではレベル5だかにバージョンアップしている……で事前解析したところ、次のように解析された。
名称:ゲイモス
肉食。突進攻撃。剛毛。高耐久力。好戦的。美味。
相変わらず内容表示の様式が安定していない。だが、少ない情報でも、何も知らないまま戦うことを思えばありがたいものだ。
ちなみに戦闘に到った経緯は、羊の群れの如く街道を横断していたゲイモスに、バイク走行中の弘が遭遇。
「お~。この世界でも、こういうのがあるんだな。牧歌的ってゆ~の? ほのぼのしてるぜ~」
などと言いつつ降車し、召喚タバコで一服しつつ見物していたのだが……突然、ゲイモスらが襲いかかってきたのだ。実のところ、この近辺ではゲイモスの群れを見たら、どれか1体と目が合う前に背中を向けて逃げろ……というのが、最良の対応とされている。肉は美味い部類だし、毛皮を売ると高値がつくが、それ目当で戦うには危険すぎるモンスターという位置づけだった。
「つっても、鉄砲で撃ってれば結構いけるんだよなぁ。AKでバリバリ撃って倒せるみたいだし」
そう。このゲイモスは自動小銃で撃って倒せる。弘の感覚では、王都に近づくにつれて強力なモンスターが増えていたのだが、大抵はAKで倒せてしまうのだ。王都に近づく前の弘は『うわ! 滅茶苦茶レベルアップしてるのにAKが効かねぇ! 相手、硬すぎんだろ!?』とか『さすがに湧き出すモンスターも強くなってるってか? じゃあ、次は機関銃の……M60でやってみっか?』といった展開を予想していたのだが、今のところ出現モンスターに苦戦するという事はない。それどころか、1対1で戦闘すると弘が相手を瞬殺してしまうほどである。やはり、498という高レベルが物を言っているのだろう。
(レベルが上がると召喚銃器の威力も上がるって話だしな~。けど、AKの威力って結構前から変わってないよ~な気がするぜ)
三頭が横並びで突撃してきたのを掃射で薙ぎ倒しながら、弘は考えた。
トカレフであるとか手榴弾であるとか、召喚武具はレベルアップするとたまに威力が上昇する。しかし、ある程度強化されると、その後は強化されなくなるのだ。
(それでも割り増しでMPを使ったら、威力とか弾速とかが上がるみたいだけど。召喚武具によっちゃ、それも限度があるみたいだし~……ん~)
……そういうものかもしれないな。と弘は思い、次のようにも考える。
AKばかり威力が上昇していたら、元の威力が更に高い、軽機関銃や重機関銃の立場が無いではないか……と。それは冗談半分だとしても、やはり性能の上昇限度はあるようだ。
(AKが駄目なら、もっと強い武器を出せばいいって話なんだろうが……。……チッ……)
戦いながら考え事をするという余裕を見せていた弘であるが、少しうんざりしてきた。眼前のゲイモスが、なかなか全滅しないのだ。確かに数は多かったが、ここまで時間が掛かるとは思わなかった。
(仲間がバタバタ死んでるんだから、嫌気が差して逃げるなりすりゃいいのによぉ)
やはり、もう少し威力のある銃器を召喚した方が良いのだろうか。それこそM60等の軽機関銃か、あるいは少し距離をとってM2重機関銃でも召喚するべき。そうして戦闘を終わらせようとした弘は、ある戦法を思いついた。いや思い出していた。
(レベルが上がって、召喚武具を遠くに召喚できるようになってるんだから、アレだ。群れのそこかしこに爆弾を召喚して、一斉に起爆させる!)
シューティングゲームで言う全画面攻撃。いわゆるボムのようなものだ。これならゲイモスの群れを瞬時に壊滅させられるだろう。ここ最近は、王都近くのモンスターを相手に、どの召喚武具で、どの程度まで戦えるか……という実験もしていた。が、あれこれ実験しているうちに、この戦法のことをすっかり忘れていたようだ。この広範囲攻撃であれば、相手の数が多くても問題ではない。綺麗さっぱり一掃できることだろう。
(じゃあ、さっそく。爆弾を……この際、航空爆弾でもいいか。適当にブワ~ッと召喚して……うんっ?)
AKを乱射しつつ、爆弾の広範囲多数召喚を行った弘だが、召喚した物が出現しないので首を傾げた。
「出ろ! 出ろ! 出ないな……。じゃあ、爆風型やら焼夷型やらの手榴弾を……って、これも駄目か。どうなって……うぉわ!?」
気がつくと、ゲイモスの1頭が眼前まで接近していた。現在使用中のAK-47は、MPが続く限り打ちっ放しが可能な召喚銃器だ。考え事をしている最中も適当に撃っていたのだが、予想外の事態に戸惑った……その隙を突かれたらしい。弘は咄嗟にAKから右手を離すと、日本刀の虎徹を召喚して斬りつけた。
カシュ!
ほぼ抵抗なく刃が通り、ゲイモスの顔面が斜めに斬り裂かれる。
「ぎゅもおおおお!?」
牛っぽい鳴き声と共にゲイモスが倒れ伏した。この時点で、ゲイモスは残り30頭ぐらいにまで数を減じており、このまま普通に戦っても倒しきれそうである。だが、弘は先程の『広範囲多数召喚が出来なかったこと』が気になっていた。
(何がいけなかったんだ?)
AK-47での射撃を再開しつつ、弘は考える。
(召喚するなり爆発させるのが駄目なのか? いや、だったら召喚ぐらいは出来てるはずだよな?)
イメージとしては多数召喚された手榴弾が、爆発もせずに地面に落ちると言ったところか。では、発射機自体はどうだろうか。例えば砲弾や爆弾ではなく、大砲の類を遠くに召喚してみるのだ。
「じゃあFH70……と。あ、出た」
街道の後方500mの位置に155ミリ榴弾砲が出現する。試しに5門ほど追加召喚してみたが、問題なく出現し、ちょっとした砲列が完成した。あとは発砲できるかどうかだが、弘はすぐさま射撃を指示している。
「目標は、ゲイモスと俺!」
解放能力の『自弾無効』があるから、自分もろとも砲撃させても問題はない。むしろ、当初目論んでいた『シューティングゲームのボム感覚』で、広範囲を攻撃できる形となるだろう。
ドドドウ! ドカドカドカ!
距離が近いため、ほとんど水平弾道で撃ち込まれた砲弾は弘及び、その周辺のゲイモス達の直下に着弾。何もかもを吹き飛ばした。いや、弘のみは何ら影響を受けることなく立っている。
「『自弾無効』の他に『装甲化』の解放能力もあるから、土砂とか石とか飛んできても問題ない。召喚武具の防具類を出すまでもね~。……とまあ、こんなところだな。ゲイモスは……倒しきったか?」
砂埃等が収まると、周囲にはかつてゲイモスだった肉片が散らばり、街道は弘を中心に大きくえぐれていた。敵性モンスターを全滅させたのは良いが、これでは通行の支障になって仕方がない。
しかも弘のやったことは公衆用道路の破壊であり、さすがの彼も「ぬっ。これ……どうしよう」と一瞬焦った。が、すぐにブルドーザーとショベルカーを召喚し、解放能力の『自律行動』を発動させている。
「お前ら、その辺の土とか集めて穴を埋めとけ。埋め終わって適当にならしたら消えていいからな?」
召喚した重機達は返事をすることはなかったが、そのまま埋め戻し作業を開始した。
解放能力『自律行動』もランク5になっているが、この段階になっても複雑な行動は命令できない。もっとも、この能力が解放したばかりの頃だと、細々指示を出す必要があったり、何かし終える度に行動が止まったりと不便極まりなかった。だから、一応ランクアップと共にマシになってはいるらしい。
「漫画やアニメのゴーレム程度には動いてくれるようになったんで助かるけど」
欲を言えば、何か言ったら『はい、マスター!』とか言って欲しいもんだ……などと呟き、弘はホンダCRM250ARを召喚。お気に入りになりつつあるバイクに跨がった。
「それで俺は離れる……と。……このまま一気に王都まで行っちまうかな?」
チラッと召喚銃器ならぬ召喚重機らが、街道の穴埋め作業をしている様子を見てみる。ショベルカーとブルドーザーが忙しなく動いており、砲撃によってできた穴は、見る間に埋められていった。ここにバリケードや工事看板、さらに交通整理員などが居れば、道路の工事現場に見えたことだろう。
そして、このとき。弘の目は街道のそこかしこで散らばったゲイモスの肉片をとらえていた。解析結果によると肉が美味いらしいのだが、あそこまでの肉片……しかも地面に落ちて汚れているとなると、拾って食材にする気にもなれない。川や手持ちの水などで洗うことも考えたが、そこまでするほど食糧不足ではなかった。むしろ、アイテム欄には買ってから日数が経過している食材が大量にある。これらが大きく消費されるまで、食料の追加は考えなくて良いだろう。
「どのみち、アイテム欄収納してると食い物とか腐らないし。食い物……メシと言ったら今は昼時かぁ……。どうすっかな、その辺で昼飯でも食うか?」
今の膨大な体力やMPからすれば、休み無しで走ることで夜には王都に辿り着けるはずだ。多少の空腹は我慢できるし、ここは王都に居るカレン達と合流することを優先するべきだ。
「どうしても腹が減るようなら、途中で食べてもいいわけだしな。うん。それがいい。カレンとグレース……。早く会いて~なぁ……マジでさ~」
見上げた青空に金髪碧眼の美少女……カレン・マクドガルと、同じく金髪だがエルフの美女……グレースの姿が思い浮かぶ。レベルアップ目的の冒険のため、彼女らとは離れていたが、こうして距離を置くと2人のことが恋しく感じられる。
(一緒に居るときは、なんつ~か普通に話してたのにな~)
子犬のように纏わり付いてくるカレンと、年長者として包み込んでくれる感じのグレース。彼女らと共に居ると、楽しいし癒されるのだ。元暴走族構成員としては気恥ずかしく思うのだが、胸がドキドキする感覚もある。
(好きな女が居て、恋人として交際できてるってのは、こういう感覚なんだな)
ヴゥアアアアン!
弘はバイクを発進させた。
ここ最近では、夜間のみの走行とせず、昼間でも堂々とバイクを走らせている。能力は可能な限り隠しておいたほうがいいのだろうが、なんだか面倒くさくなってきたのだ。
「そうだ。王都にはジュディス達も居るんだっけか。……告白の返事をしなくちゃな」
女戦士のジュディス、僧侶のシルビアとウルスラ、偵察士のノーマ。この4人からも告白されている。しかもカレンやグレースも含めて、全員が同時に交際して良いと言っているのだ。
王都で彼女らと会ったとき、どう返事をするべきか。
実のところ、答えはもう決まっている。
「全員と付き合う……だな」
好きな異性を1人に絞れないのは糞ヤロウだ。その程度の自覚はあるが、この世界では重婚が許される国もあるらしい。そう言えば元居た世界でも、国によっては一夫多妻制はあった気がするし、それが許されるのであれば全員と交際しても良いのだろう。
「理屈的には、まあそんなとこだけど。実際、ジュディス達のこと、み~んな好きだし……」
彼女らに対する好意の程度には個人差があると、弘は思う。だが、正直言って彼女たちから告白されたときは、その都度嬉しかった。
(将来的には嫁さんが6人か。生まれるガキとか含めて、全員養うのはキツいかもしれんが……こうなったら、もう突っ走るしか……んっ?)
気がつくとバイクの右前方1m程の所に、時代劇のお姫様のような少女……芙蓉が出現している。弘の召喚能力を管理するシステムの補助的存在であり、今見えているのはホログラムのような幻体だ。弘は街道脇でバイクを停車させると、何やら深刻そうな面持ちの芙蓉を見た。
「何か用か?」
「うむ。その……な。少し話したいことがあるのじゃが……」
そう言った芙蓉は、街道外の森へ視線を向ける。人目に付かない場所で話をしたいらしい。
◇◇◇◇
森へ入った……と言っても、外縁の立木に上っただけだ。モンスターの出現率が高い街道外では、野宿をする際に便利な手法である。これならモンスターが寄ってきてもすぐに手出しはできないし、弘が寝入っていたとしても直下で騒ぎ立てたなら、それで目が覚めるという寸法だ。
「で、話って何だよ?」
手頃な太さの枝に腰掛けた弘は、アイテム欄から取り出した鉈で周囲の枝を切り払いつつ、芙蓉に話しかけた。芙蓉はと言うと、弘の隣りに腰掛けている。とはいえホログラム的な存在なので、切り終えてない枝などが頭部を貫通していた。
「実はな、ここ数日の間でシステムに大きな改編があったのじゃ」
「改編? システムって言ったら召喚術士システムとかだよな? ……あ、ひょっとして」
思い当たることが弘にはあった。先の戦闘でゲイモスに対し、爆弾を広範囲召喚して一斉起爆させようとし、それが上手く発動しなかったのだ。
「アレに関係ありそうな話か?」
「察しが良くて助かる。……では、説明するぞ。その……妾に対して怒らないようにな?」
そうした前置きの後で語られた内容は、弘にとっては不愉快極まるものだった。
まず、爆弾等の遠隔起爆に制限が掛けられたこと。これまでは半径500m内の好きな場所に召喚し、念じるだけで爆発させられたのが不可能となったらしい。
「……ゲイモスと戦ったとき、爆弾とか出せなかった原因がそれか。アレだな。敵の背後や懐に爆弾を召喚させて、不意打ちドカーン……とか。もう出来ね~んだな」
口をへの字に曲げつつ言うと、隣の芙蓉が身を縮めた。事は召喚術士システムのメインシステムとやらがやらかしてるのであって、補助システムでしかない芙蓉に文句を言うのは筋が違う。とはいえ、何か言ってやりたいとも弘は思っていた。
(役場とかで、窓口業務の職員に暴言吐きまくってる奴って、こんな心境なのかもな……。アレと同じ事すんのは……さすがに格好悪いか……。くっそダサイし……)
ふと考えて気を落ち着かせた弘は、他に出来なくなったことがあるのかどうかを芙蓉に質問してみた。
「出来なくなった……と言うか、召喚品や召喚武具の系統それ自体に、能力的な改編がある。その辺は、個々に説明すると時間を取り過ぎるので解説を読んでおいて欲しい。妾が品目名にマーカーを付けておいたので、検索しやすいはずじゃ。あと、召喚品が大量に追加されておるぞ」
「え? マジか?」
それまで渋い顔をしていた弘だったが、召喚品の追加があると聞いて一気に機嫌を直す。取り急ぎステータス画面を開くと、確かに召喚品目が増えていた。武器防具の類に、日用雑貨に到るまで、数千の規模で増えている。
「お、おお~。すっげぇな。……けど、似たような品が多くね?」
例えば、弘が愛用している自動小銃はロシア製のAK-47だが、追加品目にはアメリカ製のM16もあったりするし、日本製の64式小銃まである。
「俺の好みで使う……でいいのか? たまにはAK以外も使ってみるとか? お、地雷とかあるじゃん?」
ザッと見たところ、映画などでよく見かける、踏んで足を離したら爆発するタイプ。定めた方向に大量の鉄球をバラ撒く対人地雷。土中から跳ね上がり、広範囲に鉄球をバラ撒くタイプもあった。
「そう言えば、地雷とかは今までの召喚品には無かったな。こいつを召喚して……1つずつ手で埋めていくのか?」
だとしたら、かなり面倒くさい。地雷そのものに使い道はあるだろうが、設置を手作業でやるとなると手間がかかりすぎるのだ。眉間に皺を寄せながら地雷の1つ、アメリカ製対戦車地雷の解説文を読んでいた弘は、おもむろにそれを召喚してみた。
「M19対戦車地雷。……っと、重いな」
出現した地雷は30センチ四方、厚さ10センチ近く。重さは10キロを超えるというサイズだ。幾らレベルアップを重ねて筋力体力共に超人化しているとは言え、これを一つ一つ手作業で埋めていくことを考えると気が重くなる。
フシュン!
弘は手に持っていた地雷を消去した。
そして、下アゴに手を当てて思案すると……視線を街道と森の間。草むらへと向ける。草むらと言っても、芝生程度にしか草が生えていない場所もあって、弘が見たのは丁度そう言った場所だった。
「上手くいけば儲けもの……っと」
ジッと見つめている。そして、暫く立ってから木の枝から飛び降りると、その場所へ向けて小走りに駆けた。
「さて、どうだかな……。おう? ……あるじゃね~か……」
目標地点で地面を蹴り、掘り返してみると……土中から地雷が出てくる。先に樹上で召喚した物と同じ、M19対戦車地雷だ。ちなみに対車両用だけあって、人が踏んだりした程度では起爆しない。
先程、樹上でこの地点を見ながら試したのは、召喚武具の1つ『地雷』を、遠隔召喚し、しかも土中に出現させられるか……というもの。試みは見事に成功したわけだが、弘は腑に落ちなかった。
「何も無い空間にパッと召喚するのが無理になったんじゃないのか? 何で地雷はオーケーなんだ? もう一つか二つ、試してみるか……」
弘は足下の地雷を消去し、少し離れた空き地……やはり草の少ない場所を見る。今度も同じように地雷を土中召喚してみたのだが、やはり問題なく召喚できているらしい。
(さっきは掘り起こして確認したけど。召喚武具とかを召喚すると感覚ってゆ~か、手応えみたいなのがあるんだよな。それで……)
更に念じてみた。地雷よ、お前……爆発しろ……と。その結果は……。
「不発か……」
そう呟くものの、弘は落胆していない。予想どおりの結果だからだ。
「何しろ、踏んで爆発するタイプの地雷だもんな」
この結果からすると、現実の性能に近いことしかできないと見ていい。もっとも、何も無い空間から現物を召喚し、遠隔地……しかも土中に設置できるのだから、実物を超えた性能を発揮していると言える。この地雷に関して言えば、土中に異物が出現したにもかかわらず、地面は盛りあがっていないのが凄いと弘は考えていた。
(地雷の分の土とか、何処に行ったんだろ~な~? ま、細け~こたぁいいんだけど)
ちなみに、遠隔起爆ができる爆弾に関しては、無理なく遠隔爆破ができた。ただし、地雷と違って、爆破予定地まで弘が出向く必要があったが。
「モノによって遠隔召喚できたりできなかったり……か。さっき広範囲召喚できなかった航空爆弾だって、手元になら召喚できるんだよな。もうマジで面倒くせ~……。……なあ。芙蓉?」
「なんじゃな?」
一連の実験を黙って見ていた芙蓉が、弘の顔前の高さで正面に回り込む。
「聞かせて貰おうか。召喚術士のシステムって奴に何があった? なんでここに来て、今まで出来てたことが出来なくなったり、召喚品が大量追加されたりする?」
「それはその……よくわからんのじゃ。この身は補助システムに過ぎぬからの」
「ふん。そ~かよ」
「ただ……。一つ、推測できることがある」
芙蓉は身振り手振りを交えながら、自らの『推測』について述べだした。曰く、弘が短期間で現在の高レベルに達したのが原因ではないか……というもの。
「つまりじゃな、メインシステムが想定してたより早くレベルアップしたものじゃから」
「召喚品の性能設定とかに狂いが出てたとか?」
他には、高速レベルアップのせいで召喚品目の追加が追いつかなかったとか。そういった事が考えられる。弘が思うところを述べると、芙蓉は感心したように見つめてきた。
「むう。先程もそうじゃがったが、普段の言動からは思いもつかぬ理解力……。ステータス値が上昇しているのは伊達ではないな」
なんとなくイラッとくるが、そこはさておき、弘は頭をバリバリと掻いた。
(くっそ~。なんだってこう時々……ゲームっぽいんだ、この世界はよ~)
そうは言っても『異世界に飛ばされて召喚能力を得る』と、この一点だけ見ても既にゲームっぽい。だが、こうして不都合や不利益を被ると、改めて痛感するのだ。
「ゲーム。コンピュータゲームみたいに……か。そ~だよな~。異世界転移って、そういうのが醍醐味って奴だよな~」
初心を忘れてはいけないと弘は思う。
(初心って言うか、こういう世界に来た以上。戻る気もないんだし、大いに楽しまね~とな。ゲームっぽくったって、それもまた良いじゃん)
ゲームっぽい面倒くささや、ゲームっぽい制限だって、いわゆる一つの『味』『スパイス』みたいなものと考えればいい。それなら今回の一件だって許容範囲だ。
(まあ、たぶんな……)
強引に、あるいは有耶無耶に納得しつつ、弘は楽しいことだけ考えることにした。
「前にも考えたかもだけど。転移とかで飛ばされた先の剣と魔法の世界でさ~。冒険してさ~。イベントこなしてさ~。ヒロインとイチャラブして人生楽しんでさ~。そんでラスボス倒して、ゲームクリ……あ? ……あれ?」
「どうした? 何やらブツブツ言っておったが?」
聞いてくる芙蓉を無視する形で、弘は続ける。
「ひょっとして、この世界……『ゲームクリア』とか、あるんじゃないだろうな?」
「おい……何を言っておる?」
ゲームクリア。それは一つのゲームで言う『ステージの最後』であるとか、『最後のイベント』であるとかを終わらせた……その先にあるモノだ。そこではエンディングが表示されたり、スタッフロールが流れたりし、最終的にゲームは終了する。
「……カレン達と家庭を持って、子供つくって、育てて。そのうち歳を取って……死んで……」
ここ最近、弘が考えていた人生設計や計画は、こういったものだった。
しかし、この世界での人生の先に『ゲームクリア』があった場合。そう、例えば何かを成し遂げた瞬間、人生が終わるかもしれないのだ。
(最後、暗い画面に製作会社の名前が表示されて、あとは電源切るだけとか? ……冗談じゃねぇ。そんなのは絶対に嫌だぜ!)
あるいは、ゲームクリアになれば元の世界へ送り返される。そういう展開も考えたが、それとて弘の望むところではない。先程呟いたように、カレン達と共に生きて、この世界での人生をまっとうするのが望みなのだ。そして、それはこの世界で居続けることが前提なのである。
だが……。
(そもそも、ゲームクリアなんてモノがあるかどうか。何か成し遂げたら元の世界へ戻されるかどうか。そんなの……確認のしようがね~じゃん?)
そう。実際に、その事態が発生しないかぎり解らないことだ。あるいは……自分を召喚した者を見つけることができて、その者から事情を聞けば。何か解ることがあるのかもしれない。
(俺を召喚した奴……。そういや、そんなのも居るって話だっけ。積極的に探す気はなかったが……)
こうなると機会があれば探し出して、色々と聞き出したい気分だ。そうすれば少しは安心できるかもしれない。
「おい。聞いておるのか!」
「おっ? っと、悪ぃ。考えごとしてたわ」
言いつつ頭を掻いた弘は、せっかくだし……と芙蓉に質問してみた。質問内容は『ゲームクリアがあるかどうか』と『何かを成したら元の世界に戻されるかどうか』である。こういう事は、もっと早く聞いておくべきなのだが、弘自身『日本に帰りたい』と思った事が無いため、聞くことをすっかり忘れていた。
「げーむくりあ? 何のことじゃ?」
一通り質問を聞いた芙蓉は小首を傾げ、このように答えている。弘は再度、『ゲームクリア』に関しての意味や考え方を説明したが、結局のところ、芙蓉は知らないようだった。また、元の世界に戻されるかについても知らないらしい。
「妾は召喚術のシステム補助に過ぎんからの。他の情報は多くは与えられておらん」
「ああそう……」
この芙蓉の回答は予想できたことだったので、特にガッカリするほどではない。では……この先、どうするか。
(カレン達とよろしくやって人生まっとうする方針に変わりないけど。気が向いたら俺を召喚した奴を探してみるか……。この先、特に優先する案件がなかったら、この方針のままでゴーだな)
「……ふ~ん。とにかくまあ芙蓉の話はわかった。出来ないことが増えたり、召喚具が増えたりって事だな。オーケーオーケー、了解だ。じゃあ、あらためて王都を目指すとするぜ」
「あ、ああ。うむ。それでは……妾は消えるぞ?」
そう言って芙蓉は姿を消した。恐らく弘の内側で、システム面の補助をしているのだろう。ご苦労なことだと弘は思う。口には出さず短く感謝すると、弘は木の枝から飛び降りた。転移前の弘なら足を骨折……良くて捻挫する高さであったが、今の弘ならば難なく着地できている。
「いよいよ王都か……」
弘は森の外にある街道を見た。そして視線を横に移動させ、王都の方を見る。
先程まで、ゲームっぽいとか『この世界』について考えていたが、冒険者が王都に到着したら、さぞかしイベントがあるのだろうと弘は思う。
事前に知り得たことだけでも、魔法武器を備えた騎士が多いとか、冒険者ギルドの本部があったり、悪魔像に刺さった勇者の剣があったりと盛り沢山。もちろん王都と言うからには王様が住む城だってあるだろう。
「見たいことや知りたいことが多いし。グレースの仇討ちを手伝うとか、カレンとデートするとか、シルビア達に告白の返事するとか……しなきゃならないことも多いんだ。そ~とも、ウダウダ悩んでる暇なんてね~よな」
雑草を掻き分け、街道へ戻った弘はホンダCRM250ARを召喚。それに跨がった。
「さあ! 王都までかっ飛ばすぜ!」
ブァアアアン!
黒のライダースーツにヘルメット。それらを召喚して瞬着(それまで着ていた黒塗りの革鎧などは、異空間に収納される)した弘は、街道を王都へ目指して走り出す。芙蓉と話し込んでいたことで時間が経過しており、夕刻か、あるいは日が暮れた後に到着できれば良いだろう。もっとも、バイクで王都に乗り付けると目立つので、少し手前で降車して徒歩移動することになるだろうが。
「街道を堂々と走ってるんだから、もう能力隠すことに拘らなくてもい~気が……。いやいや……門兵とかに五月蠅く言われるのも面倒だ……。か~、うざってぇ」
ブツブツと独り言が続く。話し相手として芙蓉を呼ぶことも考えたが、彼女は彼女で仕事が忙しい。結局、弘は王都近辺に着くまでの間、節々で考え事をしながらバイクを走らせるのだった。