第百五十二話 王都の彼女たち2
約3ヶ月前。
弘と別れたカレンは、他の冒険者達からの情報収集を続けながら、オーガーを探し求めていた。そして、クロニウスの冒険者ギルドにて、ようやくオーガーの目撃情報に行きあたる。そう、依頼情報ではなく目撃情報だ。これまでのカレンは、目撃情報だけでも現地に向かい、オーガーを探していた。が、このときは自身が依頼人となってギルドに討伐申請し、自分自身が仕事を請け負っている。何故、その様な面倒なことをしたかと言うと……。
「今更ですけど、冒険者として筋を通したくなったと言うか、何と言うか……」
「私が思うに、恋人のサワタリ殿が冒険者として名を成しつつあるので、釣り合えるようになりたかったとか。そういったところでしょう」
「むっ……」
隣で補足説明をするシルビアをカレンは横目で睨んだが、シルビアは素知らぬ顔をしている。そのうちグレースとノーマの視線に気づいたカレンは、咳払いをして誤魔化すと、説明を再開した。
「え~……クロニウスの西にある森林地帯。その近くを通る街道でオーガーの目撃情報があったんです」
◇◇◇◇
晴天下の街道。
クロニウス西方の森林地帯を目指し、カレンとシルビアが歩いている。
現地近くの街道で目撃されたオーガーは1体のみ。
それさえ倒せば胸を張って王都へ行けるし、家督相続を認められたなら、後は概ね自由にして良い。いや、領地に戻ってからの領主仕事はあるだろうが、その前に弘と王都でデートする約束があった。
「それにぃ! サワタリさんが、お屋敷まで来てくれるんですって!」
「それは良かったですねぇ……」
はしゃぎながらカレンが言い、共に歩くシルビアが若干疲れたように相槌を打つ。クロニウスを出てから、ずっとこの調子なのだ。最初はカレンに調子を合わせたりしていたが、同じ会話が連続……とまではいかないものの度々繰り返されており、これにはシルビアも、ほとほと参っていた。
それに……。
(カレン様は、すでにサワタリ殿と交際している身ですから。気が楽で羨ましいことです。それに比べて私は……)
沢渡弘に対して告白したは良いが、王都で合流するまで返事は保留。これはシルビアだけではなく、ノーマやジュディス、そしてウルスラなども同様に保留中だ。
(サワタリ殿。今は、強くなるための修行中だそうですが……。先日、ここで別れたときの手応え……と言うか、彼の反応は悪くなかったように思えます。きっと……大丈夫。私も、他の皆も……)
このように、シルビアは少しばかりの不安を感じていたが、カレンの方では割とお見通しである。
(お見通しというか……実はジュディスちゃんが、こっそり相談してきたし。たぶん、シルビアも同じように悩んでると思うのよね。……みんな、もっとサワタリさんを信じればいいのに)
この点に関してはグレースも同感のようで、出発間際にチラッと話した折には、何度も頷いていた。ただ、「サワタリがハッキリと受け入れる旨を告げるまでは、やはり不安なのだ。我もそうだったし、そなたも身に覚えがあろう?」と言われると、カレンも納得するしかない。自分とて、弘に告白したときは返事を貰うまでが怖かったのである。
「あの……シルビア?」
何かを話しかけようとした。だが、その先が続かない。すでに弘と交際している身で、いったいシルビアに何を語ろうと言うのか。話題でも変えれば良いのだろうか。迷ったカレンは口をつぐむ。
このままカレンが黙っていれば、少しばかり気まずい雰囲気になったかもしれない。しかし、そうはならなかった。何故なら、カレンがシルビアの名を言い終えると同時に「あっ……」と声をあげたからだ。
「えっ?」
シルビアに意識を向けていたカレンは、すぐ脇……若干遅れて歩いていたシルビアの顔を見た。シルビアの目が驚愕によって見開かれている。その視線は前方、それも街道外に向けられており、カレンはシルビアの視線を追って顔を向けた。
「あっ……。居た……」
前方、左側の街道外。そこは膝丈の草が生えた草原……いや草むらであり、少し離れた場所に森が見える。カレンが見たもの。それは、森の方から姿を現し草むらへ……恐らくは、そのまま街道へ出ようとしているオーガーだった。身の丈は3m近くで、小山のように見える体格は筋肉質。身にまとっているのは腰布1枚であり、その手には何処で入手したものか、農機具らしき大鎌が持たれていた。
「ふ、フフッ……」
カレンの口が笑みの形に歪む。と、その口元をカレンは左手……円盾を装着した方の手で押さえた。ここ最近、どうも自分は好戦的だ。少し前に弘と試合をした時もそうだったが、強敵を前にすると嬉しくてしょうがない。いや、悪くすると興奮状態になってしまう。
……ギリッ……。
強く歯を噛みしめてから、カレンは深呼吸をした。
「あれは……たぶん、目撃情報のあったオーガーで間違いないのよね?」
ギルドに討伐申請を出してある……と言っても依頼主は自分なのだから、ギルドへの依頼費用が引かれた分、報酬額は依頼額よりも少ない。つまりは損をしたことになる。しかし、あの首を落としてクロニウスに持って行けば、報酬の支払い明細書に、オーガー討伐について記載されるのだ。そうなれば胸を張って王都へ行き、試練達成について報告できるだろう。
「1対1の条件達成についてはシルビアが証言してくれるし……。これで家督相続が出来る。それに、たぶん……サワタリさんが褒めてくれる……」
ぞく! ぞくぞくっ!
湧き出る歓喜が、カレンの背筋を振るわせた。それと同時に、王都に行ったらサワタリさんと何をしようか。そうだデートの約束があった。屋敷にも来てくれるという話もあったし……と、怒濤の如く思考が埋め尽くされる。しかし、そんなカレンを現実に引き戻したのはシルビアの呼びかけであった。
「カレン様……」
「シル……ビア?」
家督相続のためと試練を課せられてから、ずっと行動を共にしていた幼馴染みの尼僧。その心配げな、そして引き留めようとする視線。それが、急速にカレンの頭を冷やしていく。
「大丈夫。大丈夫よ」
そう呟くように言いながら、カレンは長剣を抜き放った。彼女の使用する剣は、今ではクロニウスで購入した物に変わっている。今まで使っていた剣の傷みが酷くなったので買い替えたのだ。店一番の良品であったため高価だが、その値段分の価値はある。扱いやすく、切れ味も抜群。何より頑丈なのがいい。
「私、わかるの。今の私なら、オーガーの1体くらい……。油断するのは駄目でしょうけど。ええ、倒せるわ……」
冷えたはずの頭で吐きだした台詞がこれだ。
通常、オーガー1体あたりの戦闘力は、重武装の戦士数人に匹敵すると言われている。それを1人で相手するというのに、何ともはや大した物言い。だが……。
(確かに、カレン様の実力ならば……)
今日までの戦いぶりから考えるに、カレンの強さは尋常でない域に達している。とは言え、シルビアは少しばかり不安を感じていた。眼前に現れたオーガーならば、カレンの勝率は高いというのに……である。
一方、カレンはシルビアに軽く手を振ると、街道から出てオーガーに接近した。膝下ぐらいの草をサワサワ割り進み、目標まで数メートルの地点へ到達したところで、オーガーがカレンの接近に気づく。
「ウゴ……。ゴアッ!」
「喋れないタイプか……。会話が出来るようだと、ややこしくなったかも知れないけど……」
大鎌を構えたオーガーに対してダッシュしつつ、カレンは呟いた。
「これなら、ただのモンスター討伐ってことよね。相手も逃げる気がないみたいだし。だったら遠慮しない!」
ブオン!
風を切って大鎌が振り上げられる。しかし、それが振り下ろされるよりも先に、カレンはオーガーの眼前にまで到達していた。そして素早く斜めに跳躍。オーガーの顔横を擦り抜け、その後方に降り立つ。
「……」
スッとカレンが振り返ったのと、慌てた様子のオーガーが向き直るのは、ほぼ同時だった。オーガーは大鎌を構え直そうとしたが、膝がガクンと折れたことで、その頭部の位置を大きく下げる。立っていられなくなったわけだが、その原因はと言うと、首からの大量出血。
先程の跳躍で擦れ違ったとき、カレンが剣でオーガーの首を切り裂いていたのだ。
「勝負ありね。……ごめんなさい」
カレンは勝利宣言をし、そして謝罪する。
このオーガーは、ギルドに討伐申請をして受理される程度には、人間に迷惑をかけているモンスターだ。しかも亜人扱いされるモンスターとは違い、会話もできない。更に言えば、向かってくるカレンを見て逃げようとしなかった。冒険者としての常識から言えば、この状況でカレンが非難されるいわれはない。だが、カレンは一言謝りたいと考えたのである。
(だって……家督相続の都合で……。そんなの殺される側からすれば……)
「ゴアアアアアアウウウウウウ!」
「えっ!?」
突然の咆哮にカレンは我に返った。
オーガーは立ち上がったわけでもなく、草むらに両膝を突いたまま、しかも項垂れた状態だ。が、その口だけが開き今の咆哮を発したのである。断末魔……というには少し違った印象を受けたが、今にも失血死しそうなオーガーに、どのような意図があったのか。
「……あ、わかった。仲間を呼んだわけね」
考えようとしたカレンであったが、答えが姿を現したので小さく呟く。目の前のオーガーが姿を現した森。そこから新たにオーガーが出現したのだ。その数……6体。どの個体も身につけている物はボロ切れ程度だが、最初に出てきた3体が槍装備。残りの3体が生木をへし折って作ったような棍棒を持っている。
問題なのは同じ森から出てきたと言っても、カレン達の後方……つまりクロニウス側の辺りから出現したことだ。
「クロニウスの反対側に逃げて……。いえ……駄目ね。私はともかく、シルビアの脚では追いつかれる……」
出てきたオーガー達が顔を見合わせて騒いでいる。それを見たカレンは、連戦をする覚悟を決めた。
(くふう。何だか……楽しい……)
更には、押さえ込んだはずの高揚感等がぶり返してきている。とは言え、冷静さが皆無になったわけではない。
「シルビア! 全部倒すことにしたわ! 支援をお願い!」
オーガーを1対1で戦って倒す。
この条件は先程の1体を相手に達成している。つまり最終試練はクリアした状態だ。だから、他のオーガーに対してはシルビアと共に戦っても構わない。そう、相手がオーガーであっても、複数人で戦って良いのである。
この状況になる可能性を考えれば、クロニウスで別パーティーを護衛に雇うぐらいしておけば良かったか。そう思ったのも一瞬のことで、カレンは剣を握り直した。
「カレン様!? ここは逃げた方が!」
背後からシルビアの声が飛んでくる。実にもっともな意見だ。
相手は武器持ちのオーガーが6体。こちらは戦士と僧侶のみ、しかも双方女性なのだ。普通に考えれば圧倒的に不利。だが、先に考えたとおり、シルビアが一緒では追いかけられた場合に逃げ切れない。
そしてカレンには、退けない理由があった。
「駄目よ! 今気づいたんだけど……戻って来た時にオーガーの死体が残ってるとは限らないもの! 絶対に首だけでも回収するの!」
ここでせっかく倒したオーガーを諦めたら、今日までの苦労が無駄になる。再びオーガーを探すにしても、これまでの発見難易度を考えれば、次の機会はいつになるか知れたものではない。絶対に、退くわけには行かなかった。
「危ないと思ったらシルビアだけでも逃げて!」
「そんなこと! できるわけないでしょおがぁあああああ!」
シルビアの怒声を背に浴びながら、カレンは6体のオーガーに対し、斬り込みをかけるのだった。
◇◇◇◇
「で、その6体も倒しちゃったわけ? ヒロシもたいがいだけど、カレンの強さも無茶苦茶よねぇ」
ひととおり話を聞き終えたノーマが、呆れ口調で言う。
カレンの装着している鎧の力。これに関しては現状、グレースもノーマも知っている話だ。装着すれば、身体能力を飛躍的に上昇させる。これこそがカレンの強さの根幹なのである。加えて言うなら、円盾に仕込まれた取っ手だ。こちらは速度強化の魔法付与が成されており、カレンの戦闘力強化に貢献している。
「それにしたってオーガーを6体ねぇ。……そんな事しちゃったら、さぞかしクロニウスで話題になったんじゃないの? ちょっとした英雄物語だし、まさに狙いどおり……って、あれ?」
それまで普通に話していたカレンが俯いていた。何があったのかとシルビアを見たところ、こちらも暗い面持ちだ。どう見ても手柄話で盛りあがっている風ではない。ノーマはグレースと顔を見合わせたが、答えなど出なかった。
「カレンよ……」
グレースが優しげに微笑みながらカレンに話しかける。
「何か……あったのか? 我らで良ければ話を聞くぞ? 役に立つことはないかも知れぬが……」
「……」
グレースの申し出に対してもカレンは暫し黙していたが、やがて口を開いた。
「そう……ですね。他の人にも聞いて欲しい気分ですし。いえ、違う……かな。誰かに話さずには居られない。そんな感じですから。それに……」
顔を上げたカレンは、申し訳なさと安堵の入り交じった複雑な笑みを浮かべる。
「お二人とも、私にとっては友人以上の存在ですから」
このカレンの言葉を聞いてグレースとノーマは再び顔を見合わせたが、すぐにヒロシ・サワタリを中心とした自分達の関係に思い当たった。
「くくくっ。なるほど。友人以上か……」
「親友って言う程、友達付き合いは長くない。けれど、男1人を巡って繋がりはあるのに恋敵同士ってわけでもない。ま、上手い言い方よね」
2人が納得したところで、カレンは再び話し始めた。
「先程お話ししたように、6体のオーガーと戦って勝ったわけですが。そこで、その……私が妙な具合になりまして……」
◇◇◇◇
「あは、あははははは!」
襲い来る3本の槍を素早く擦り抜け、カレンは手近なオーガーに斬りつけた。左から右に振るわれた剣は、オーガーの体毛や皮膚を容易く切り裂き、対象の腹部から胸部にかけて大きな切れ目を生じさせる。パックリと開いた部分からは噴水のように鮮血がほとばしったが、それを浴びるよりも早く、カレンは次のオーガーに向かっていた。
「ハハハッ! ア~……ハファ!」
1体、また1体とオーガーを倒していく間、カレンの口からは狂気を帯びた笑いが湧き出ている。これは意識して笑っているのではない。心の底から浮かび上がる歓喜、高揚感。そういったものが笑い声となって外に出ているのだ。
最初に倒したオーガーの時には押さえ込めたもの。それが、後で出現した6体に対しては押さえきれなかったのである。
「カレン様……。おかしくなって……しまわれたの? いえ、錯乱? まさか……」
スリングで石を飛ばし、場合によっては法術による衝撃波を撃ち出すシルビア。その彼女は、明らかに様子のおかしいカレンを見て戸惑っていた。
(私の法術で心を落ち着けて頂かなければ! でも……)
まだオーガーは残っている。見たところカレンが優勢のようだが、あの場に飛び込めばシルビアの身が危ない。いや、自分の安全など捨て置いてカレンを元に戻すべきだ。
(だけど……)
「法術で錯乱状態から回復した者は、暫し呆然とすることが……」
即座に意識復帰する者も存在するが、それでもほんの一瞬動きが止まる。それは正気を失う前と復帰した後で、目の前の景色が違っていたり、状況が変わっていることで戸惑うからだ。
以上のことから、オーガーを倒しきらないうちに、カレンを正気に戻して大丈夫なのか……という不安が存在する。
(動きが止まったところを攻撃されたら……)
「くっ!」
シルビアは距離を詰めると、法術の衝撃波を放った。これは他宗ではフォースとも呼ばれる法術で、法力を圧縮して撃ち出すものだ。その威力は術者の力量によって変わり、シルビアの場合だと、大柄な戦士が大型ハンマーで殴りつける程度。要するに人を殺せる威力を発揮するのだ。これなら大型モンスターにも通用する。が、1発撃ち出すのに時間がかかること、射程距離がスリングによる投石よりも短いこと。そして、数発放てば疲弊してしまうことなど。その運用条件は、かなり厳しかった。パーティーの回復役が、真っ先に行動不能になるわけにいかないのである。
とは言え放たれた衝撃波は、カレンの背後に回り込もうとしていた棍棒持ちのオーガーに命中。その頭部を強打して大きくよろめかせた。そこをカレンが斬りつけて、また1体撃破する。その後は、残りのオーガー達も倒しきり、街道外の草むらで立っているのはカレンだけとなった。
「カレン様!」
「ハハ、はひ……ぐすっ」
駆け寄ってきたシルビアを見ると、カレンは笑うのを止めて鼻をすする。
戦闘が終了したことで、全身を覆うような高揚感が途切れたのだ。
(私……どうなっちゃったの? どうなってるの?)
オーガーの一団と戦っている間のことを、カレンは思い出す。呼び出されたオーガー達が姿を見せた後は、本当に楽しかった。そして心地よかった。迫る棍棒や槍。それをかいくぐってオーガーを斬り裂いていく自分。そして、戦いの最中で笑い続ける自分。何の違和感もなかった。
だが、こうして戦闘後に思い返すと、いかに自分が普通の状態でなかったかが理解できる。
「こんな……私……」
「カレン様。沈静の法術を使いますが……よろしいですか?」
沈静の法術。その効果は錯乱状態等、精神異常を起こした者を正気に戻すというものだ。治療法術と同じで対象に接触しなければならないが、シルビアの申し出にカレンは頷いて見せる。
「やっぱり、そういう風に見えてたのね。お願いするわ」
「既に気が確かな状態ですので、効果があるかどうか……。あと、念のために解呪も行います。すぐに済みますから」
そう言って、シルビアはカレンの額に手をかざした。目を閉じて祈りの言葉を紡ぐと、白い光が生じてカレンの額を覆っていく。そして数秒が経過し、まず沈静の法術が完了した。
「カレン様。どうですか? 何か変わったところは?」
実際に効果が出たかはカレンに聞かないと解らない。これが負傷治療であるのなら、見た目にも傷が癒されていくので、ある程度は判断できるのだが……。
「特に……何か変わったようには思えないわ……。いえ、不安がおさまった気はするのだけど……。シルビア、ありがとう」
「そ、そうですか。……効果はあるようですが……先程の、その戦闘時の状態に関して解決したかが解りませんね。……続けて解呪を行います」
事前に話していたとおり、シルビアは解呪の法術を執り行った。とは言え、基本姿勢は沈静法術と同じなので、やることに変わりはない。強いて言えば祈りの文言が変わっているぐらいだ。この間、新たなモンスターが出現することもなく、解呪法術は滞りなく完了する。
「……何か、特に変わったような気はしないわ」
「そう……ですか」
先の沈静法術では、カレンが不安状態にあったため一定の効果が見られた。しかし、解呪に関してはカレンが呪われているかどうか定かではないため、効果があったかどうかはカレンにもシルビアにも解らない。
「……」
「……」
街道外で女2人、不安げな面持ちで見つめ合っていたが、やがてカレンが口を開いた。
「とにかく……今はクロニウスに戻りましょう。オーガーの首を持ってね」
「そ、そうですね。クロニウスへ行けば神殿もありますし。私よりも高位の司祭様に診て貰えます!」
冒険者として活動する僧職の中で、シルビアは実力者の範疇だ。しかし、上には上が居る。神殿に居る司祭などは、シルビアを遙かに上回る法術を行使できるのだ。彼らであれば、カレンの身に生じた異常も解明し、そして解決してくれるに違いない。
自分で言った言葉に安堵している様子のシルビアをさておいて、カレンは倒したオーガー達を見やった。すぐ近くに6体、少し離れた場所では最初に倒した1体が倒れ伏している。
「……最初に倒したオーガーよね。やっぱり……」
首だけ持っていくとは言え、7体分の全部を持っていくわけにはいかない。これが数人編成のパーティーであるなら、偵察士だけを町に走らせ、ギルド員を連れてくる手も使えるのだが、カレンとシルビアだけでは無理がある。
「シルビアを残していくわけには行かないし、シルビア1人でクロニウスに向かわせるのも……ね」
非常事態につき1人で逃げろ! と、単に連絡要員として走らせるのでは意味合いが大きく異なるのだ。では2人で町まで行って……となると、この場合は残していくオーガーの死体が無事に残っているかが不確かになる。
「獣や他のモンスターに食べられちゃったりとかね」
「そこで持っていくオーガーの首は、1つにするわけですか。なるほど」
といった会話が成されたわけだが、実のところ、鎧によって強化されたカレンの力なら、オーガーの頭部7つをすべて運べる。先程述べた、誰かが残って……という事をする必要もないのだ。この点についてカレンもシルビアも承知していたが、それでも運ぶ頭部は1つだけとしていた。
理由は2つ。1つ目は、かさばるオーガーの頭部を複数持ち歩くなど、目立って仕方がないからだ。カレンの状態に不安があって神殿に転がり込もうと言うのに、目立つのは避けたいところである。
「オーガー1体は戦士数人分の戦力。それを7体も倒したとあっては、町中の話題になっちゃいますからね」
「1体倒しただけでも話題になるとは思うのよね。……元々、オーガーを倒して名声を得るのも狙いの1つだったんだし。7つも首を持ち帰れば、それだけ有名になれるわ……。でも、今は……何と言うか、そういう気分じゃないし……」
2つめの理由は、こちらはカレンの好みに寄るところが大きい。
つまり、若い女性の身でありながら、大きなモンスターの頭部を幾つも抱えて街道を移動、そのまま都市に入る……というのをカレンが嫌ったのである。
「そんなの他人に見られたら、カレン・マクドガルは怪力娘だ……とか言われちゃうじゃない。私、嫌よ。そんなの……」
「その辺は……もう手遅れな気もしますが……」
「今、何か言った?」
カレンが目を細めると、シルビアはフルフルと首を横に振った。それを見て溜息をついたカレンは、剣を抜いて最初に倒してオーガーに向き直る。
(そう言えば……。他の6体分の頭部を運べば、討伐外討伐……つまり申請したよりも多くのモンスターを倒した事になって、報酬に色を付けて貰えるわ。普通は微々たる増額だけど、オーガーならそれなりに……)
歩きながらふと考えたものの、先程決定した『イメージ優先』を思い出し軽く頭を振った。代わりに思ったのは「サワタリさんが居てくれたら、アイテム欄……だったかしら? オーガーの頭どころか、全身丸ごとで7体分運んで貰えそうなんだけど……」といった事であり、同時に弘であれば、どう答えるかに考えが及ぶ。
『ああん? オーガーの死体? いいよ任せとけ。軽いもんだぜ!』
得意げにふんぞり返る恋人……弘の姿が見えたような気がした。
「フフッ……」
戦闘中の高揚感によって生じた、狂気じみた笑い。そういったものとは明らかに違う笑みを浮かべると、カレンはオーガーの頭部を切り取りにかかるのだった。
◇◇◇◇
「それで? 家督相続に関しては完了検査待ち……というのは先に聞いたが」
グレースは髪を撫でると、隣で座るノーマを横目で見る。
「今の話で気になるところは、やはりカレンの精神状態。戦闘時における異常だな」
「私としては……カレンの強さに驚きを隠せないんだけど。でもまあ重要なのは、やっぱりそこかしらね」
そう言って頷いたノーマは、グレースから向かい側席のカレンに視線を転じた。
「クロニウスでは神殿だか教会だかに行ったのよね? その様子だと……あまりいい結果にはならなかったようだけど?」
「それが、そのぉ……」
クロニウスに到着したカレンは、まずシルビアのつてで光の神の神殿へと向かっている。そこで司祭に診て貰ったのだが、戦闘中の精神異常に関しては原因不明だった。それどころか何の痕跡もなかったため「気疲れしたのではないか?」と言われて帰されたのである。次に比較的、他宗に対して寛容な商神教会へ向かったものの、こちらも結果は同じ。
「念のため、クロニウスにある有名どころの宗教施設はすべて回ったんですけど……。結果は変わらなくて……」
やむなくオーガー討伐の完了検査……この場合は冒険者ギルドの完了検査を終え、その後で王都を目指したのだった。なお、道中で何度かモンスターと遭遇し交戦、これを撃破しているが、オーガーと戦ったときのような症状は出なかった。
この話を聞き、グレースとノーマは顔を見合わせる。そしてシルビアを見て頷くのを確認すると、まずノーマが感想を述べた。
「なにそれ? どういう基準でおかしくなるのか、わからないじゃない?」
「もしや……オーガーくらいの強敵と戦うのでなければ、平気だとか?」
グレースの言葉に対しても、続いてグレースが発した質問についても、カレンは困り顔で小首を傾げるのみ。要するに何も解らないので、返答できなかったのである。そして最後にカレンが俯くと、しばしの沈黙の後でグレースが発言した。
「そう気に病むことはないのではないか?」
「えっ?」
カレンは顔を上げる。見えるのは驚いた様子のノーマと、その隣り……自分の正面で優しげに微笑むグレースだ。
「それだけ神殿や教会を渡り歩いてわからなかったのだ。今すぐに事の真相まで辿り着くのは困難であろう。とは言え、落ち込んでいても何も良いことはない。まずは気を確かに持つことだ。これからは我やノーマも居るし……この後に合流するサワタリだって居る」
ここで一度言葉を切ったグレースは、少し考える素振りをしてから人差し指を立てている。
「そうそう、シルビアとは宗派の違う僧侶……ウルスラも居るし。実家に連れ戻されたジュディスだって、何らかの力になってくれるかも知れぬぞ?」
ウルスラの後でジュディスの名が出ると、会議室に居た者は皆が可笑しそうに笑った。
「あははは。そうですね。でも、ジュディスちゃん……外に出られるのかしら?」
聞いた話では自宅訪問しても会えないそうだが、詳しい現況はウルスラから聞けるだろう。そして、ジュディスが助けを求めているなら喜んで力を貸すし、自力で何とかできると言うなら放っておいても良い。
「どうなるかは解らないけれど、ジュディスちゃんに関しては様子を見て動くことに……って、シルビア? どうかした?」
先の話題では、ほとんど発言しなかった光の神の信徒。シルビア・フラウスが難しそうな顔をしている。
「いえ……ふと思ったのですが……」
遠慮がちにカレンを、そしてグレースとノーマを見まわしたシルビアは、思うところを述べた。
「ひょっとして、ジュディス様は……サワタリ殿が助けに来てくれるのを待っているのでは?」
シルビアを除いた全員の視線が交錯する。
もしも、カレンや自分達の助けが必要なら、ウルスラを介して連絡してくるはず。それをしないと言う事は、やはり自力で何とかできるか、そうでなければ他に考えがあるのだ。その『他の考え』というのが、シルビアが言うところの……。
「白馬の王子様が助けに来てくれる~……って感じのアレ? いやまあ、ヒロシがジュディスの事を聞いたら、助けに行きそうではあるけれど……ねぇ」
「ふむ。ノーマの考えに我も同意しよう。あのジュディスも、サワタリの件では必死というわけだ。今の状況を利用しようとするほどにな。しかし、カレンよ」
グレースがカレンに話を振る。このときのカレンは落ち着きを取り戻しており、いつもの明るい雰囲気となっていた。それを確認したグレースはフムと頷く。
「ジュディスの学友として、そなたの見解はどうだ? シルビアの推測は当たっていると思うか?」
「え? えええ? あ、う、う~……ん。間違ってはいない……気がします」
カレンが知るところのジュディスは、割とノリと勢いで突っ走るタイプだ。その場その場の状況を最大限に利用するところもある。実家に連れ戻されたのは、本当に不本意なのだろうが……。
「シルビアが言った内容で、ほぼ合ってるんじゃないか……と」
この後に予想されるジュディスの行動は、ヒロシが王都に現れたら、どうにかして彼と連絡を取り、自宅へ呼んで自分を助けさせる。いや、家から連れ出してくれるよう動いて貰うと言った方が正確か。
「……それって、難しいんじゃないの? ヒロシは強いと言っても冒険者でしょ? 正面切って訪問しても門前払いされるだけじゃない」
「かと言って、強引にジュディスを連れ出せば拉致誘拐犯のできあがりだ。ふ~む。サワタリはサワタリで、どんな行動に出るやら……」
なお、いっそのことカレン達で行動し、ジュディスを自由の身にしてあげてはどうか? という意見がノーマから出たものの、ジュディスがシルビアの言ったとおり『夢見がち』考えを持っていた場合。これを邪魔をすることになるので却下されている。
「結局のところは、暫く様子を見る。ウルスラに会ったら話を聞く。そこからでしょうね」
そう言って締めくくったシルビアに対し、カレン達は頷くのだった。