表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第8章 王都へ
154/197

第百五十一話 王都の彼女たち1

「思うんだけど。たまにはこう、好きな男に抱かれてみたいと思わない? 例えば、そう! 腰が抜けるほどに~」


 そう言ったのは女盗賊……もとい、女偵察士のノーマである。場所は王都のギルド酒場で、今はお昼時。4人掛けの四角いテーブルには、対面側でもう1人座っている。マント着用でフードを被っているため、顔は良く見えない。ただ、露出している衣服やボディラインから、女性だと判別できる。


「真っ昼間から……。他にも人が居るのだから、そういった話題は感心せぬな」


 フードで顔を隠した女性……エルフのグレースは、渋い口調で言った。彼女が屋内でフードを着用しているのは、エルフ特有の長い耳を隠すためだ。この国は亜人蔑視が強いため、彼女のようなエルフが耳を晒して歩いていると、何かと因縁をふっかけられる。酷いときには暴行されたり、さらって奴隷にされてしまうのだ。故に、マントのフードなどで頭部を隠す。そうすることで、表通りを歩いたり、店舗に入店できるというわけだ。

 ちなみに、冒険者ギルドには亜人に関して差別したりはしていない。冒険者登録さえすれば、普通に冒険者として接してくれる。ただし、冒険者の中にも亜人蔑視者は存在するので、油断は禁物だった。


「お堅いわねぇ……」


 言いつつエール酒をあおるノーマは、口元は笑いながら、しかし目はジト目でグレースを見る。グレースが元高級娼婦であったことは知っているが、そこに触れる気は無いので、この話はここで終わりだ。


「じゃあ、報告から入ろっか?」


 茶化すような口調から一転、ノーマは声のトーンを落として話し出す。


「貴女が探してる例の集団。居場所がわかったわよ?」


 例の集団と言っているが、正しくは『グレースの氏族を滅ぼした敵対エルフ氏族』のことだ。酒場内でのことだし、特定の単語はボカしたのである。とは言え、周囲のテーブルには冒険者等が数組居る。話の内容から考えれば、場所を変えて続きを話すべきだろう。


「ふむ、調べがついたか。連中、元居た森に居なかったからな。ノーマが居てくれて、やはり良かった。ならば、続きは私の泊まり部屋で聞こう」


「そ~お? このまま、ここで話しても大丈夫だと思うのだけどね」


 相手は王都に居るわけでもない、森のエルフ氏族だ。この場で話したところで、情報が漏れたり警戒されることはない。そういう意味を込めてノーマは言ったのだが、グレースはフードを被ったまま首を横に振った。


「そなたが良くとも、私が問題だ。言葉をボカして話していては、話に集中できん」


「ふむ。それもそうね。じゃあ、2階に……」


 酒代を財布から取り出そうとしながらノーマが席を立つ。と、そこに2人の男が近づいてきた。1人は、スキンヘッドで大柄なヒゲ男。もう1人は弘と似た体格の男だが、双方、プレートメイルを着込んでいるので戦士職だろう。王都で活動する冒険者だとしたら、それなりの腕利きという事になるが……。


「よう。ねえちゃん達。ちょっと俺達とメシ食って、それから……」


「……ねえ、ちょっと。酒代を払いたいんだけど?」


 ノーマは、男達を無視して女給を呼ぶ。普段の彼女であれば、男2人に絡まれたところで適当にやり過ごしただろう。しかし、今はエルフのグレースが一緒なのだ。下手に手出しをされて、それでマントのフードでもめくられたら……と思い、この場からの離脱を優先したのである。

 が、言ってしまった後で、ノーマは小さく舌打ちした。


(あ~……今のは駄目ね。しくじった)


 こういう態度を声を掛けた女にされて、頭に来ないゴロツキが居るだろうか。チラッと男2人の顔を見たところ、怒りで赤く染まった顔を大きく歪めている。ここは自分が男達をやり過ごし、グレースだけでも先に宿泊部屋へ行かせるべきだった。


(グレースのことを気にしてたからって、焦りすぎでしょ? ……面倒くさいことになりそうだわ)


 さて、グレースをかばいつつ、彼女の顔を……特にエルフ特有の長い耳を見られないよう、この場を切り抜けられるだろうか。相手は戦士職2名で、こちらは偵察士の自分とグレース。2対2ではあるが、取っ組み合いになったら不利だ。


(酒場の主を頼って、仲裁して貰って……。……駄目ね)


 自分で相手を煽っておきながら、喧嘩になりそうだからと言って助けを求めるというのは悪手としか思えない。


(こっちが女の2人連れってことで、助けてはくれるでしょうけど。そんなことになったら、王都中の冒険者に舐められるわ……)


 やはり、腕ずくで切り抜けるしかないようだ。とはいえ、自分が煽った手前、相手に怪我などさせない方が良いだろう。それもまたハードルが高いわぁ……などと思う一方、ノーマは、姿隠しの短剣を使うことを考えていた。

 これは以前の冒険で入手した魔法武器であり、身につけている間、少しずつ精神力を蓄え、それを魔力に変換。グリップのスイッチを押すことで、自分の姿を消すことができる。この機能を使えば、相手の隙を突いて攻撃できる。問題点は、その様子を多くの冒険者達に目撃されることだ。それはノーマの手の内を晒すことに他ならない。


(むう……)


 この瞬間。ノーマの脳内では、グレースの身の安全と姿隠しの短剣が天秤に載せられている。天秤皿に載るのは両者同時……だが、直後にグレース側の皿が落ち込んだ。


(……んふぅ。友人が大事ってのもあるけど。……ここでグレースを守り切ったら、それってポイント高いのよねぇ)


 最初に声をかけられて、事を荒立てずにやり過ごせなかったのはノーマの失態だが、それとてグレースの事を考えるあまり、気が焦ったのが原因だ。ここから上手く切り抜けることが出来れば、後日に合流する将来の恋人……弘の心証は良いものとなるだろう。ならば、虎の子の魔法武器を大っぴらに使うなど安い出費だ。


(……姿を消したら、2人とも後頭部を殴って……)


 その上でグレースの手を引き、ギルド酒場から逃げ出す。あとは古巣の盗賊ギルドへ駆け込んで、弘や他のメンバーとの合流を待つのだ。

 まさに、完璧なストーリーである。少なくともノーマの中では完璧だ。しかし、それが男達の後方、酒場入口から聞こえた声によって崩れ去る。


「お待ちなさい! その2人は私の友人です。手出しは許しません!」


 若い……少女の声だ。それも聞き覚えがある。

 これを聞いたグレースがフードの中で「おおっ!」と声をあげ、ノーマはと言うと……。


「チッ……」


 小さく舌打ちをするのだった。



◇◇◇◇



 カレン・マクドガル。

 地方貴族の娘であり、現時点におけるマクドガル家唯一の家人。領主ではなく家人としたのは、家督相続が認められていないからだ。これは、カレン自身やマクドガル家に問題があるのではなく、王都の高位貴族らによって弄ばれているのが原因である。

 彼女がマクドガル家の領主として認められるには、課せられた試練を果たさなければならないが、現状、高位貴族らのほとんどは飽きて興味を無くしていた。この時点でカレンが「やっぱり無理でした。てへっ」と報告したとしても、王都側……貴族院などは、カレンの家督相続を認めるつもりでいる。にも関わらず、カレンが試練遂行を諦めなかったのは、そのことを知っているシルビアが、高位貴族の指図で口止めされていたため、情報が伝わらなかったから。あとは自身の意地と英雄願望と……沢渡弘から受けた影響が原因であった。

 異世界から来た伝説の召喚術士。その弘の活躍は、まるでおとぎ話上の英雄のよう。そんな彼にカレンは憧れ、いつしか恋心を抱き……恋人同士の間柄となって現在に到る。そして当初、いや現在も抱いている憧れから生じた、「サワタリさんに相応しい女性になる!」という思い。そういった幾つかの要素が、カレンを試練遂行へ向けて突き動かしていたのだった。

 無論。故郷……残してきた領地は心配だ。大いに気に掛かっている。執事頭と親戚に任せきりにしているが、やはり本来ならカレン自身が運営すべきものだ。しかし、課せられた試練を果たさずして、領地運営が出来るものか……ともカレンは考えていた。

 これをノーマなどが聞けば、「色々理由を付けてるけど。結局、お偉方の意地悪にかこつけて、遊び歩いてるようにしか思えないんだけどねぇ」となるが、少なくともカレン自身は大真面目であった。

さて、そんなカレンが王都に赴いたのは、その試練の最後の1つ……オーガー討伐を果たしたからであり、貴族院への報告と、弘達との合流を考えたからである。更に幾つか、予定もあるのだが、それは目の前の問題を解決してからでいいと判断していた。目の前の問題というのは、すなわち暴漢に絡まれている友人2人を救うこと。


(……で、いいのよね?)


 実を言えば、元々の合流予定地だったギルド酒場に入ったところ、男性戦士2人と言い争いをしているノーマ達が見えたので、思わず声をかけたのである。ノーマと共に居る女性。マントのフードを着用しているので顔は見えないが、その衣服は見知ったグレースの物だ。後は、見たままの『男達に絡まれている』状況であれば、男2人に退散して貰って事は解決するのだが……。


「カレン様……」


 カレンの後ろから声がする。現れたのは、僧侶のシルビア。ふわっとした黒髪をヒモで束ねて纏めており、清楚な雰囲気の美人であるが……その表情はきつい。汚物を見るような目で男性戦士2人を見ている。シルビアは、溜息をつくと続けてカレンに話しかけた。


「カレン様。ここはギルド酒場です。喧嘩等の騒ぎを起こしては、他の冒険者の方々や、店主殿に迷惑がかかります」


「むう……」


 カレンは口を尖らせている。何故、喧嘩になる前提なのだろうか。カレン自身は男達と取っ組み合いの喧嘩がしたいわけではない。注意はしたし、男達が素直に引き下がってくれれば、事は終わるのだ。男達さえ素直に……。


「なんだぁ? 舐めたこと言う奴が……と思ったら、カワイコちゃんに美人さんの追加かぁ。こりゃ一人で2人ずつってのも良いかもな?」


「同じ部屋でヤッたら、シャッフルできるぜ? 取っ替え引っ替えで朝までヤリ放題だ!」


 スキンヘッドの男が言うと、細身の男が嬉しそうに提案する。やはり、素直には引き下がってくれないらしい。カレンはチラリと周辺に目をやった。昼時という事もあり、1階酒場のテーブルは、その多くで険者達が食事をしている。あるいは冒険の打ち合わせをしているようだ。彼らに共通しているのは、迷惑そうな目をカレン達に向けていること。また、カウンターの向こうでは店主が鋭い視線を飛ばしてきている。

 その視線に込められた意味は、騒ぎを起こすな! あるいは、やるなら外でやれ! か。どちらの意味かと考えたカレンだったが、瞬時に前者だと判断している。外で喧嘩騒ぎを起こしたら、巡回の兵士が飛んで来るだろうからだ。

 ツカツカ……。

 足早に歩み寄り、「おっ?」と言っているスキンヘッド男の腹部に、カレンは拳を叩き込む。手の甲を下にし、目にも止まらぬ速さで打ち出されたそれは、ゴギャス! という派手な金属音を発した。これは男が着用しているプレートメイルの装甲が、腹部にもあったからで、そこにカレンの拳が直撃したことによって発生した音だ。


「おぶっ!? うぶぉおお……」


 いわゆる鳩尾の辺りに打撃を受けた男は、悶絶しながらうずくまる。残った細身の男は呆気に取られていたが、すぐ我に返るとカレンに掴みかかろうとした。


「この! 何しやがった! ……ひっ!」


 スッと持ち上げられたのはカレンの右拳。それを見て、細身の男が悲鳴をあげる。何をしたと言っていたが、相棒が腹を殴られたことぐらいは解っているのだ。目にも止まらぬと言っても、残像くらいは見えたのである。自分よりも体格の良い相棒がうずくまっている姿。そして、そうなるようにした少女の拳。それぞれを交互に見比べた男は、スキンヘッドの男の方を担ぐと、引きずるようにして酒場から出て行った。その過程で彼が何かを言うことはなかったが、入口から姿を消すまでの間、怯えたような視線をカレンに向けていたのである。そして、それと同種の視線が、酒場内の冒険者からも向けられており、カレンは咳払いをするとノーマを見た。


「ええと、あはは……。取りあえずは騒ぎにはしてないってことで……。お、お久しぶりですぅ。ノーマさんに、グレースさん。それでその……どういった状況だったんですか?」



◇◇◇◇



「よかった。成り行きというか、手を出しちゃったから……」


 ノーマが『男2人に絡まれていた』件について改めて説明したところ、カレンは安堵の息を吐く。見ただけで状況判断をし、相手の言動に問題があったので実力行使に出たわけだが。どうやら、それで問題は無かったと理解できたらしい。その後は久しぶりで顔を合わせた者同士、挨拶を交わし、ノーマの提案により2階の貸し会議室へ移ることとなった。


「会議室とか、大袈裟な気もするけれど……」


 2階のギルド受付で賃料を支払ったノーマは、苦笑しつつ言う。


「カレン達が来て4人になっちゃったし。この方が内緒話もしやすいってものよ」


 そうして入った部屋は、6人部屋からベッド類を廃し、代わりに細長いテーブルを4つ置いた部屋だった。カレン達はテーブル2つを移動させて合わせると、カレンとシルビア。向かい側でグレースとノーマといった具合で席に着いている。


「さて……と、何から話そうかしら?」


 テーブル上で手を組んだノーマが、面白そうにカレンとグレースを見比べた。当初、ノーマがグレースと共に宿部屋で話そうとしたのは、グレースの仇のエルフ氏族について話し合うためだ。これがノーマとグレースの話題となる。では、カレン側には何か話すことはあるのだろうか。


(こうしてカレンが王都に姿を現したって事は、例の試練とかを終わらせたって事よね。そのことを貴族院に報告したのかしら? だとしたら結果は?)


 興味は尽きない。いや、これが見ず知らずの貴族子女の話であるなら、ノーマは気にもとめなかったはずだ。良くて酒の肴に話を聞く程度だろう。それがここまで気に掛かるのは、カレンの恋人……沢渡弘が、ノーマにとっても恋人であるからだ。


(……まだ、告白の返事とか貰ってないんだけどね)


 しかし、最後に会ったときの弘の言動を思い起こすに、後日に合流するであろう彼がノーマを受け入れてくれる可能性は高い。自分の恋は成就することだろう。いや、自分だけではない。カレンの隣で座るシルビアもそうだし、今この場に居ない女戦士のジュディスや、彼女の相棒である尼僧ウルスラも同様。皆が弘に想いを寄せているのだ。普通であれば、女性同士の諍いに発展するか、複数女性に手を出した弘が糾弾されるところである。が、弘の場合、皆をまとめて面倒見る気でいるらしい。それは、グレースが「エルフ氏族の長は複数の妻を持つことがある」と主張し、これを聞いた弘が腹をくくったためだ。


(ほんと。色々と話したいわ……)


 目の前ではカレンと、フードをおろしたグレースが譲り合っている。そちらの話からどうぞ……という奴だ。


「我の話は長くなるから。カレンの試練の話から先に聞きたいな」


「わ、私の話は……その、御相談したいこともありますし……。長くなるので……」


 こういったやり取りを幾度か繰り返し、最終的にはカレンの試練に関することから話し合うことになる。


「うう。私の話……長いのに……かいつまんで説明できるかしら? それに、あの事とかが……」


「カレン様。大丈夫です。私が、お手伝いしますから」


 泣きそうになっているカレンと、隣から応援するシルビア。初めて会った頃から変わらない様子の2人に、ノーマは思わず吹き出すのだった。



◇◇◇◇



「ところで……ジュディスちゃん達は一緒じゃないんですか?」


 自分のことについて話し出そうとしたカレンだが、この場に居ない学友かつ親友。ついでに言えば、自分と同じように沢渡弘の恋人になるであろう女性達が気にかかった。ジュディスは冒険者パーティーのリーダーであり、仲間と共に王都へ行くようなことを言っていたが、彼女だけでなく他のメンバーの顔も見ていない。時期的に考えると、自分よりは先に王都へ到着しているはずなのだが……。

 この質問を受けたのは、ノーマとグレースであったが、2人は顔を見合わせると頷き合う。そしてノーマのみが口を開いた。


「あのね、これは家庭の事情みたいな話らしくて。仲間内のそういう話を、勝手に話して良いものか……って」


「あ、ひょっとして……」


 思い当たることがあったカレンは口元に手を当てる。視線を右に向けると、隣で座るシルビアが頷いていた。それを見たカレンは斜向かいのノーマに向き直ると、ジュディスについての確認を行う。


「ジュディスちゃん。お家の人に連れ戻されたんじゃないですか?」


「なんだ。事情を知ってたのね?」

 

 カレンはノーマに対して頷いて見せた。

 冒険者、女戦士のジュディス。本名はジュディス・ヘンダーソンと言い、カレンと同じく貴族子女である。もっともカレンが地方の田舎貴族なのに対し、ジュディスの場合は、王立騎士団の、そこそこの地位にある騎士の娘だった。前述したとおり、貴族学院においてはカレンと親友同士の間柄で、互いの地位や格差などは気にしない友達付き合いをしていたのである。

 そんなジュディスが、なぜ地方都市で冒険者をしていたのか。実は、全寮制の学校生活に飽き飽きしていたところ、カレンが試練を受けて旅に出ると聞き、自分も冒険者になろうと画策したのであった。


「ジュディスから聞いた話では、卒業課題の作成を申請して、そのために休学したとか……」


 グレースが言い、これに対してもカレンが頷く。カレン自身、ジュディスから説明を受けていたのだ。と言うより、冒険者として自分の前に現れたジュディスを見て事情を聞き、最初は帰るように説得したものである。


「説得……しきれませんでしたけどね~」


 そう言ってカレンが溜息をつくと、グレース達が困り顔で笑った。重ねて、家人に連れ戻されたかを聞いたところ、やはり父親の命令で派遣された兵士などによって連行されていったらしい。


「理由は休学期間が過ぎても戻ってこないから……だそうな。我が居合わせたので聞いていたが、どうやら帰還命令に従わず、ギルド経由で適当な返事をしていたらしいな」 


 グレースが言うには、最初の頃は学校からの帰還命令だったそうだが、そのうち、学校から連絡を受けた父からの手紙等に変わっていったらしい。


「ああ。相手がお父様に変わっても、同じ態度でいたのね。ジュディスちゃんのお父様、厳しい方だし。それは……怒るわよね~」


 幼少期、ジュディスのお転婆に付き合わされ、結果として2人一纏めでジュディスの父から説教されたことがある。それを思い出したカレンは、ブルルッと身震いした。


「それで? 連れ戻されるときのジュディスちゃんの反応は? 何か言ってました?」


「ええと。確か『嫌~っ! 人さらい~っ! 国に訴えてやる~っ! あと、お父様の上司にも~っ!』だったかしら?」


 当時の模様を語ったのはノーマであったが、これにより場の空気が弛む。ジュディスに随分と余裕があるように思えたからだ。


 コホン。


 カレンは咳払いをし、ジュディスが連れていたパーティーメンバーについても聞いてみる。ジュディスのパーティーメンバーは、尼僧のウルスラ、男性戦士のラス、女性魔法使いのターニャ。ジュディスを含めると5人だ。王都には連れだって移動してきたはずだから、ジュディス連行の際にも居合わせた可能性が高いが……。

 これについてはノーマが引き続き説明をする。


「ええ、ウルスラ達も居たけれど、特に手出しはしなかったわね。どうやら、こうなる事はジュディスも予想してたみたいで……。ラスから聞いた話だと、復学するって事になったら、パーティーは解散する手はずだったんですって。それと、今回のパターンでジュディスが居なくなった場合も、やっぱり解散だとか」


 実際は王都へ戻った後、実家に戻らずウロウロしていたところを、連行されてしまったわけだが。そうなって結局、ラスとターニャはパーティーを離脱し、他パーティーへ参入して活動しているらしい。ジュディスが冒険者として活動再開したとして、再び戻ってくるかは状況によるとのことだ。

 ウルスラは王都にある商神教会に行き、そこを拠点にジュディスの様子を窺うとのこと。そんなウルスラとは、何度かギルド酒場で話す機会があったそうで……。


「家には入れて貰えるし、ジュディスにも会わせて貰えるそうなんだけど。連れ戻すのは無理そうね。あの銭亡者……じゃなかった、お気楽ノンビリ口調のウルスラが、ゲッソリしてたもの」


 そこでノーマが話を切ると、貸し切りの会議室は沈黙で満たされた。カレンのみは本心からジュディスを心配していたが、他の3人は程度の差こそあれど、概ね次のような事を考えている。


『あれ? これって……ジュディスがヒロシの恋人になるの、無理じゃね?』


 といった事をだ。

 まず、重要なことは、ジュディスは悪人や犯罪組織によって拉致されたわけではない。父親の命令により実家へ連れ戻されたのだ。この時点で、他人が何か言う筋合いではない。そもそもジュディスは、王都に戻るべきを戻らずにいたからこうなったのである。

 そうなると文字どおり箱入り状態になった貴族令嬢のジュディスと、冒険者の弘では接点がなくなる。いや、会えはするだろうが、恋人付き合い、ましてや将来の伴侶となるなどは絶望的だろう。


(弘なら力ずくでジュディスを拉致できそうだけど。それじゃあ、お尋ね者になっちゃうし。後はジュディスと結婚できるくらいに弘が出世する……とかかしら?)


 ノーマは口に出さず呟いてみたが、これも難しいように思う。ジュディスも十代後半だし、父親としては良家へ嫁に出したいところだろう。弘が出世する前に嫁ぎに出されるのではないだろうか。

 結論、ジュディスは沢渡弘の恋人候補から離脱する可能性が高い。

 ジュディスから救援要請があれば手助けの1つもしてやるが、今のところ助けてとも言ってこないとのことだ。それも変だとは思うのだが……。


「暫くは様子を見る。あとはウルスラからの報告次第で、臨機応変に動く。……で良いのではないか? それと……そうだな、付け加えるとすれば主……サワタリが合流したときに、彼の意見も聞いて判断するということで」


 そうグレースが言うと、皆が頷いた。カレンは最も反応が鈍かったが、それでも頷いている。


(私も……後でジュディスちゃんの、お家に行ってみようかしら?)


 お家と言っても、貴族等ばかりが暮らす住宅地のようなものだ。そう、ジュディスの家は、これと言った領地を持たないのである。カレンが「まずはウルスラと連絡を取って……」などと考えていると、いつの間にか他の者達の視線が集まっていた。どうやら、今度は自分の試練等について話す事になったらしい。


「元々の話題が、それだったものね」


 話がけにジュディスのことを思い出して、それで話題を脱線させたのは他ならぬ自分だ。カレンはチロリと舌を出すと、少しだけ気を引き締めて対側のグレースとノーマを見たのである。



◇◇◇◇



 さて、カレンが弘と別れた後に取った行動については、以下のとおりだ。

 最終的に、クロニウスの冒険者ギルドでオーガーの目撃情報を得て、現地……都市の西方に位置する森林地帯へ移動。そこでオーガーの集団を発見し、殲滅した。王都の貴族院には報告済みで、後日に完了検査が行われる。と言っても、冒険者ギルドまで持ち帰ったオーガーの首を、有償で干し首化して送りつけてあるため、検査はすぐに済むだろうし、後は結果待ちである。


「以上、説明終了」


 普段聞かない口調でカレンが話を締めくくった。しかし、その表情が魂が抜けた様に見えるので、グレースとノーマが顔を見合わせる。


「い、いや、あのな。カレンよ。話自体はかいつまんでおり、簡潔でよろしいのだが……。その……何かあったのではないか? 話が進むにつれて表情が消えていくの……見てて怖かったぞ?」


「私が見るに、普通に話そうと努力してるのはわかるのよ? でも、努力に成果が結びついてないと言うか……。もういいから、全部話しなさい」 


 そうグレース達から言われ、カレンはギギギと音がしそうな動作で隣のシルビアを見た。シルビアは、力なく首を横に振るとカレンの目を見ながら口を開く。


「カレン様。誰かに話す。それだけでも気が楽になることはあります。……私1人で、そのお役に立てないのは心苦しいのですが……」


「あう……」


 肩を落としたカレンは、皆の顔を見まわすと今度こそ、最終試練……オーガーの討伐で何があったかを話し出したのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ