第百五十話 不具合
『ああ、糞! こんな街道近くにまで!』
ブガァアアアア!
昼前の街道で、猛烈な射撃音が発生する。
ハンヴィーの屋根から上半身を出した弘が、据え付けのM134ミニガンを発砲したのだ。目標は車輌を取り囲むように飛ぶフォーレン。尾を含めた全長が、2m近くもあるトカゲである。背に生えた昆虫の翅を、音高く羽ばたかせながら飛ぶので実に鬱陶しい。また、どういう理屈か原理かは不明だが、消化液を針のように固めて撃ち出してくる。この攻撃のため、ハンヴィーの車体には、そこかしこに液針が突き立っていた。
幸いなことに弘の召喚銃器……この場合はミニガンの威力に耐えられないようで、命中すれば弾け飛んで地に墜ちている。そして、映画やアニメ等では連射武器を発砲すると中々当たらないが、弘の場合は向上したステータスが物を言うのか、面白いように命中していた。
ただし、出現数が50体を超えているので、倒しきるのに時間が必要掛かりそう……。
『炎の矢! 十連!』
弘のすぐ後ろで身を乗り出している毅が、召喚術を発動した。眼前に炎で構築された矢が10本出現し、それぞれ別のフォーレン目がけて飛んで行く。放たれた矢は自動追尾するのか妙な軌道で飛び、すべてがフォーレンに命中した。しかしながら、その威力は高くないようだ。召喚弓兵のアーチャーが放った矢と同じように、命中後に燃え上がるのだが、炎が全身を覆い尽くさないし、燃焼時間も短い。
「グギャガギギ! ……? ギーーーッ!」
空中で一瞬動きを止めた(そのせいで、少し落下している)フォーレン達が、怒りの声を上げて突撃してくる。
『だーっ! せめてアーチャーなら、もっと……』
『耳ぃ塞いでろ!』
弘は、いったんミニガンの射撃を中断すると、右手にM60機関銃を召喚し、腕を回す形で後方のフォーレンを撃った。その課程で、押し退けられた毅が『ぶぎゅ!』とか言っていたがスルーしている。
『あと5体ってところか……』
ミニガンをグルグル回しながら射界に入ったフォーレンを撃つのだが、ここまで仲間が倒されると多少は学習をするらしい。フォーレンは主に車体後部に集まりだして、液針を射出するようになっていた。
『どうです!? やっつけられそうですかっ!?』
運転席から西園寺の声が聞こえてくる。当初は弘が運転していたのだが、フォーレンが出現するや彼に運転を代わって貰ったのだ。ちなみに解放能力の中には『自律行動5』というのがあり、レベルアップと共にランク5、あるいは5段階目まで成長してきたのだが……。
(それほど賢く動いてくれね~んだよな~)
ある程度は命令を聞き、それを理解して動いてくれるものの、毅のアーチャーやランサーほど賢く振る舞ってくれない。街道に沿って走れ。右に回避しろ。こういった命令なら使用に耐えると思うし、例えば『フォーレンを避けつつ適当に走り回ってくれ』……でも聞き分けてくれると思う。ただ、事細かく注意しないと、中の人間のことを考慮しない走り方をしたり、通行人を気にせず撥ね飛ばそうとしたりするのだ。しかも、教えれば教えるほど賢くなるのに、召喚する度に知識や経験がリセットされる難儀な仕様なのだった。
だから、代わりに運転手を用意できるなら、別な人間に運転させた方が良い。少なくとも弘自身は、そう思っている。
『もうチョイってところっす! 西園寺さんは、このまま街道を……って、げぇっ……』
指示を飛ばしつつ前方に視線を向けた弘は、そこに嫌なモノを見た。次の目的地としていた都市レウスだ。それの何が嫌なのか。あの初めて見る都市自体、特に悪い印象はない。遠くから見える高い都市壁は見慣れたものだし、天気晴朗であるため明るい印象すらある。
『けど、このままだと戦ってる状態で都市に到着しちまうぞ!』
そう、それこそが問題だった。
残ったフォーレンに襲われているまま。ハンヴィーに乗ったまま。ミニガンを乱射し、毅が炎の召喚術士として戦闘参加している状態で、都市に近づく。
『それが何かマズいの!?』
『悪目立ちしちまうだろ~が!』
聞いた毅に対して叫びながら、弘は考えた。
毅や西園寺の召喚術は、今まで見た限りでは『魔法』と呼んでも違和感が無いものばかりだ。しかし、弘の召喚術は召喚する物が物だけに、何かにつけて違和感……この世界の人間にしてみれば『異世界感』が付きまとうのである。
やむを得ないときに、人目のあるところで召喚術を使うのは、これはもう仕方がないことだ。だが、今の状況であれば、どうにかしてレウス到着までにケリをつけたい。弘はドンドン近づいて来る都市を見ながら、唇を噛んだ。そして運転席の西園寺に向かって叫ぶ。
『西園寺さん街道を外れ……いや、いったんUターンでお願いします!』
『わかりました!』
西園寺からの質問はなかった。さっき叫んだ『悪目立ち』発言が聞こえて、弘の意図を読んだのかも知れないし、単に戦闘状態のまま都市に近づきたくなかったのかもしれない。しかし、素直に動いてくれるのは有り難い。
弘は急旋回するハンヴィーの屋根で踏ん張りながら、視線を巡らせた。残るフォーレンは3匹。このまま走りつつ戦えば、すぐに倒しきれるはずだ。
(都市に向かって走ってるうちに片付けても良かったか?)
そうも考えたが却下する。もうUターンした後であるし、近づきつつ発砲していたら門兵などに戦闘音が聞こえるかもしれない。いや、今の時点で発砲音が聞こえているはずだ。
『……けっ』
一匹、また一匹と倒しながら、弘は舌打ちする。
この状況は、まったくもって気に入らない。自分はレベル498だ。強くなっているはずなのだ。なのに、街道のモンスターに随分と手こずっている。これはいったい、どういう事なのか。
(こいつらを出現するなり殲滅……ってのは出来るんだよな。実は……)
例えば、87式高射機関砲を召喚したり、あるいは爆弾等を周囲に多数召喚して遠隔爆破することだ。シューティングゲームなどで言うボムである。ただ、幾度か遠隔爆破を行っていて体感的に気がついたのだが、どうやら弾体だけ召喚して起爆すると、発射機で撃ち出した場合より威力が落ちるのだ。何をどう召喚しようが、直接起爆した途端、それは手榴弾に毛が生えたような威力となる。
(人間相手とか、雑魚モンスター相手ならそれもいいんだろうが……。この辺の街道モンスターに効くかな? ……効くよな)
じゃあ、それを今やってみればいい。派手に周辺爆破してフォーレンを吹き飛ばすのだ。ハンヴィーや一緒に乗ってる毅達は、解放能力の『自弾無効5』を範囲拡大すれば守れるはず。だが、それを弘はしなかった。
何故なら自弾無効の範囲拡大は、やたらと疲れるからである。これはMPが減るという意味ではなく、精神的に疲れるのだ。先だって、ユンゲルや穴狼と戦ったときにも自弾無効を範囲拡大したが、たったアレだけのことでも弘は大きく消耗している。
(何て言うんだろな。警察署の取調室で絞られてるときゲッソリするくらい……って感じか?)
そんな特殊な事例を持ち出されても共感しにくいのだが、ともかく疲れるのだった。直ちに昏倒したり戦闘不能になるわけではないが、短い間で何度も繰り返せば、そういった状態に陥ることだろう。
自弾無効の効果を範囲拡大するのがマズいのか。それとも、範囲拡大した上で自身の攻撃範囲にいるのがマズいのか。そのうち検証しておくか……などと考えつつ、弘は最後のフォーレンを撃ち落とした。
『西園寺さ~ん? 全部殺っちまいましたんで、停まって貰えます?』
そう呼びかけると、下方の運転席から『は~い!』という声がして、ハンヴィーが停車する。弘は周辺にモンスターの気配がないことを確認し、毅と共に車内へ戻った。
『ふう……。何とか撃退したか……』
召喚タバコを出して一服したいところだが、車内には未成年の毅が居る。いくら無害なタバコとは言え、ここは我慢するべきだろう。
『は~あ……』
毅が『僕、脱力してるよ~』と言いたげに息を吐いた。イラッと来た弘であったが、特に何も言わずにいる。自分自身も、大いに疲れていたからだ。運転席の西園寺はと見ると、こちらは握ったままのハンドルに寄りかかるようにして俯いている。
『いや~……ハンヴィーって初めて運転しましたけど。怖いですね~……。ああ、私、日本に置いてきたマイカーは軽自動車でして……』
そんなことは聞いていないのだが、弘も毅も止めようとはしなかった。そして、西園寺がマイカーについて語り終えたところで、毅が話しかけてくる。
『ねえ、沢渡さん?』
『……なんだよ?』
感情を抑え気味に聞き返したところ、毅は次のように言った。
『レベルが498になってもさ。エンカウントのモンスター相手に苦戦するものなの?』
車内が静まりかえる。と言うより、毅の質問に対して返答するべき弘が黙っている。だから静かなのだ。この沈黙を、毅は『あ、痛いところ突いちゃったかな?』と思い、突っ伏したままの西園寺は『何で、そういうこと聞きますかね』と渋い顔をする。
では、弘自身はどう考えていたのかと言うと……。
(そ~だよな~。なんで手こずったんだろ?)
というものだった。
王都に近づくと強力な冒険者がいたり、遊び歩いてる貴族の次男坊ポジ……もとい、放浪の騎士(笑)が多くなり、モンスターは駆除されていく。残るのは簡単に駆除されないモンスターという事になるが、それでもレベル400超えで苦戦するものだろうか。
(毅達と合流する前だって、街道で強いモンスターと戦ったことはあるんだよな。さっき戦ったフォーレンみたく、数が多くて飛び回る奴らも出たし……)
その時はどう対応してたかと言うと、バイクを走らせながらマシンガンを片手撃ちして倒していた。SFアニメの光学迷彩のように、姿を消して襲いかかってくる者と戦ったときなどは、召喚した250キロ爆弾を地面に叩きつけ、半ば自爆するようにして殲滅したものだ。
その辺りを思い出していた弘は『ん? 変だな……』と感じている。前述したように、爆弾の類を直接に召喚爆破すると威力が低下するはずだ。なのに、手で持ってる状態で爆発させると、カタログスペック(この場合は、ステータス画面における召喚項目の解説)どおりの威力を発揮する。これは高いところで召喚した爆弾が、落下した後に地面で爆発しても同じだ。
(なにか……解説に載ってないルールとかあるのか? ……後で芙蓉に聞いてみるか)
ここ最近、忙しそうにして話す機会が無い召喚術士システムの補助。イメージ画像としは和装のお姫様な少女を、弘は思い出す。そして、毅が返事を待っていることも思い出していた。
『ああ、わりぃ。本当は苦戦しないはずなんだが。なんでなんだろうな……』
『全力で戦わなかったからじゃないですか?』
いつの間にか西園寺が上体を起こし、弘を見つめている。彼は丸眼鏡をクイッと直すと、先を続けた。毅が気にしたように、弘ほどの高レベル召喚術士が、屋外を彷徨くモンスターに後れを取るとは思えない。
『噂に聞く魔界なんて地域には、もっと強い魔物が居るそうですし。ここで手こずってるようだと……。そうですね。この世界がゲームだとして、クリアするのにレベルが幾つ必要になるんだ? レベル1000? それとも5000? と、そういう事になりますか。でも、そうでないとしたら……』
高レベルの弘が、手加減しながら戦っていた。そう西園寺は結論づけたのである。
『根拠とか無いんですけどね。でも、ハズレというわけじゃないと思うんです。はい』
『うっ……』
弘は言葉に詰まった。全力で戦っていなかったのは事実だが、自分の召喚術に不具合だか、上手く働かない部分があるのも事実。しかし、それを出会って間もない2人に相談するのは躊躇われるのだ。
(手の内は隠しておきたいし)
『手の内を隠そうとしてた……と言ったところでしょうか』
『ぐぬ……』
西園寺が鋭く言い当ててきたので、またもや弘は言葉を詰まらせる。
いや、手の内は隠してましたよ!? 隠してましたけど、ちゃんと理由があって、自分には能力的な不安が~……と口走りたいのを我慢し、弘は口の端を持ち上げた。
『そ、そ~なんす! 急激にレベルアップしたもんだから、色々と整理がついてなくて!
2人には迷惑かけたっす! 以後、気をつけます!』
多少、笑みが引きつっていただろうか。せっかく西園寺が『手の内隠し』扱いをしてくれてるので、それに乗った形なのだが……。これに対し、毅達はどんな反応を示すか。
『それなら何となく理解できるかな? 僕も、召喚術の幾つかは沢渡さんに見せてないし……』
(そらそ~だろうな。やっぱ手の内を全部晒したくないってのは、誰だってそう思うよな)
毅が理解を示してくれたので、弘は内心ホッとした。西園寺は……と見ると、こちらは『ん~……まあ、そういうもんですかね』などと言って頷いている。こちらも納得はしてくれたようだが、フォーレンとの戦闘から始まる今の状況について考えた弘は、次のように思っていた。
(この人達とは、別行動をした方が良さそうだな。そんな気がするわ)
付き合いが長くなり、毅達と親しくなれば。お互いの召喚術について明かしあう事があるかもしれない。だが、今は無理だ。腹の探り合いみたいになるし、そういう間柄は好きではない。
(西園寺さんと2人……ってんならともかく。あとは、その……毅がなぁ……)
弘とのレベル差に良い気がしていない……感じの犬飼毅。彼と行動を共にしていると、これから先揉めることもあるだろう。
(う~。やっぱ別行動しよう。それがいい)
理由は先に述べたとおりだが、決め手となったのは厄介な揉め事を弘が嫌ったこと。要するに気分で決めたのである。こういう物事の決め方は、賢い者のすることではない。そう思う弘であったが……。
(ステータス値の『賢明度』が機能してね~感じ? けど、俺自身が気に入らねぇってのは、重要だろ?)
と決断してしまった以上、変更する気は無かった。
その後、弘達はハンヴィーから降車すると、召喚品であったハンヴィーを消去。徒歩にて都市レウスを目指している。一度、Uターンはしたが都市まで数キロほどであり、レベルアップで身体能力が向上している弘達にとっては、散歩のようなものだ。
都市に着くまでの間、3人は幾つか会話をしたが、門前まで来たところで西園寺が言った。その口から出たのは日本語ではなく、この世界の共通語である。
「ふうん。さっきの戦闘音は聞こえてたみたいですけど、そんなに騒ぎにはなっていないようですねぇ」
周囲の者達から聞こえるのは、「冒険者が街道の外で魔法でも使ったんじゃないか」とか、「駐留兵はどうするのかしら?」「出ないだろ? よくあることだし」といったもの。
あの程度の騒ぎは日常茶飯事らしく、実に結構。ハンヴィーに乗ったまま、それも戦闘を継続したまま都市に到着していたら大騒ぎになったはずで、一度Uターンして戦ったのは正解だったようだ。
「その辺、上手くいった感じっすね。ところで西園寺さん。今、共通語で……ああ、こっちの人が多いからか」
「はい。日本語で話すのは、日本人だけでいる時にした方が良さそうです。残念ですけどね。それと…………沢渡さんに1つ提案があるんですけど」
言いつつ西園寺が足を止める。門前には都市に入ろうとする者の列があるのだが、弘達はまだ並んでいないので邪魔にはならないだろう。
「提案?」
「ええ。私と毅君は、このレウスで沢渡さんと別れた方が良いと思うんです」
丁度お昼時となった都市レウスの門前で立つ西園寺は、そう言ってニッコリ笑うのだった。
◇◇◇◇
少し並んでから都市門を通過した弘達は、昼時だったこともあり、ギルド酒場で昼食を取っている。硬いパンとスープ、干し肉とサラダ。そういったものだったが、安いことと注文してすぐに出てくるのが嬉しい。
そして、3人でテーブルを囲んでモソモソ食べつつ、今後について話し合う。まずは弘と毅達が別行動を取る件についてだ。
「……西園寺さんは、別行動するのが良いってんですよね?」
弘は口の中のパンを飲み下し、テーブル対側の西園寺に確認した。別行動案は自分も考えていたことなので異議はないが、一応、理由は聞いておきたい。
(俺のチンピラぶりが嫌がられてた……とかだったりしてな)
対する西園寺は、メガネの位置を直しながら答えた。
「ええ。これからこの世界で生きていく……いや、私の場合は日本に戻るまで世渡りしていくとか、そう言った感じですが。それにはレベルの上昇が必要です。私は勿論のこと、毅君もレベルアップしなけりゃなりません」
「ああ、なるほど。そういう事か……」
納得いった弘が頷く。モンスターと出くわして戦い、倒したとする。その場合、経験値は倒した者が獲得する……としたら。さっき戦ったフォーレンの経験値などは、弘が1人で獲得したことになる。3人の中で、最も高レベルの弘がモンスターを倒すパターンが多いとなると、西園寺や毅に経験値が回らない。すなわち、弘と行動を共にするということは、他の2人のレベルアップが阻害されるという事なのだ。
(戦闘行動とかしてるだけでも経験値は入るみたいだけど。それでも倒した方が獲得経験値が多そうなんだよな)
それは、これまでの冒険中に感じたことであるが、弘は敢えて説明はしなかった。元々、西園寺達とは別行動をするつもりだったし、せっかく西園寺が別れる方向で話してくれているのに、余計なことは言うまい……と考えたのである。
だから弘は、西園寺の話に合わせるようにして会話を続けた。
「そういう事でしたら仕方ないっすね。毅も、その方がいいだろ?」
「……そうだね」
少し、ブスッとした表情で毅が頷く。何か気に入らないことでもあるのだろうか。
「ん~? ああ、そうか。レベルが上がらないって現象があるんだっけな」
そう、ここに居る3人の召喚術士の中で、毅だけがレベルアップしないのだ。今のところ、この謎というか現象だけが解明できていない。
「こっちの世界のお医者様に診て貰う……のは駄目なんでしょうねぇ」
「そもそも病気じゃないかもだし。医者よりか、魔法使いに相談するのがマシじゃね~っすか?」
西園寺に言いながら弘が連想したのは、かつて行動を共にしたことがある魔法使い。メル・ギブスンだった。ああいった知識豊富な魔法使いなら、こういった現象に詳しいかも知れない。
(いや、駄目か。召喚術士のシステムとか、不具合とか。そういうのはわからんだろ~し。……ん? システム?)
召喚術士のシステムと言えば、フォーレンと戦った後でも考えたが、システム補助の芙蓉が思い出される。最近は忙しいらしく、呼び出しても早々に姿を消してしまうのだが……。
(姿を消すっつうか、俺の中に戻ってんだっけ? まあいいや。おい、芙蓉。ちょっと話があるんだが? 今、大丈夫?」)
(「……話だけならの」)
そうして聞こえてきたのは少女の……芙蓉の声だけだったが、眼前の西園寺達に芙蓉を見せて良いものか判断に迷うところだったので、弘は構わず会話を続けた。
(「今、目の前に、召喚術士が2人居るんだがな」)
(「うむ。検知はしておったが、戦闘をしとらんようだったので任せきりにしておった」)
(「ああ、そう。いや、実はな……」)
弘は西園寺が毅と何か話しているのを見ながら、毅のレベルが上昇しないことについて質問する。
(「システムとかの不具合か何かか?」)
(「むう。森のオーガーは別として、他の召喚術士を見たのは初めてだし……。データバンクにも記録がないからわからんのぉ」)
データバンク。聞いたことのない単語が飛び出したので、弘は首を傾げた。いや、字面だけなら、その意味は理解できるのだが。データバンクなるものが、何処かにあるのだろうか。
(「この世界に飛ばされた際、貴様に召喚術士としての力が備わると同時に設定された……言わば資料庫のようなものじゃ」)
(「で? それが何処に……って、ひょっとして俺の頭の中か?」)
(「精神の余裕がある部分に、データファイルを圧縮して放り込んであるとか。そんな感じじゃな」)
(「他人様の精神に、無断で何してくれてやがりますんですかねぇ……」)
流石にイラッときたので嫌味を漏らしたが、姿の見えない芙蓉がどんな反応をしたのかがわからない。しばし芙蓉が喋らなくなったので、弘は重ねて聞いてみた。
(「じゃあ、毅のレベルが上がらん理由はわかんね~んだな?」)
(「うむ。しかし、変じゃな。戦って経験値が入る以上、レベルは上昇するはず。……そこにヒントがあるやもしれぬな」)
(「どういうことだ?」)
(「つまり……彼奴には、レベルアップに必要な経験値が足りておらんのではないか?」)
しかし、この世界へ来てからの毅は、商隊護衛などで戦っているはず。それで1レベルすら上がらないというのは変な話だ。
(「何か……貴様と違うところがあるのやもしれんな」)
(「俺と違うところ? 召喚術のタイプが違うとか……。ああ、そう言えば、こっちに来たときの初期レベルが、俺や毅達とでは違うんだっけ」)
(「なんじゃと?」)
弘は、自分の当初レベルが3。西園寺が1。毅が18だったことを芙蓉に説明する。
(「……それが関係するとなると。ああ、ひょっとして……」)
これは推測だが……と前置きした上で、芙蓉は解説し始めた。それによると、異世界転移したときの初期レベル。これは経験値が0の状態で始まっている可能性があるとのこと。
(「要はレベルの前渡しじゃな」)
(「それに個人差が付いてるってのか? コンピュータRPGで言う、キャラ作成時の能力値ボーナスを思い出しちまうな」)
芙蓉の話が正しいとすると、レベル3で始まった弘と18始まりの毅とでは、随分と差がついている事になる。無論、良い気がしない弘であったが、このことが毅のレベルアップしない理由と関係あるとしたら……。
(「どう関係してくるんだ?」)
(「良いか? 経験値はまるで無いのに、初期レベルが18だとする」)
(「おう」)
ではレベル18からレベル19になるためには、その必要分の経験値を獲得すれば良いのだろうか。芙蓉が言うには『否』である。
(「つまりじゃ。レベル1から18へ到達するに必要な経験値を得て、その上で、レベル19になるに足る経験値を獲得せねば、そこの犬飼毅とやらはレベル19になれぬ……と。そう思うわけじゃ」)
(「経験値の出世払い……いや、後日稼ぎってわけ? そう考えると説明がつくか。……ま、正解かどうかは解らんけどな。取りあえず納得いった。ありがとうな! しかし……」)
芙蓉との脳内会話を終えた弘は、まだ西園寺と話し合っている毅を見てみた。何やら口論に発展しているようだが……。
「ですから、せめて私達は行動を共にした方が良いと……」
「そんなこと言っても、僕の経験値が……」
どうやら経験値獲得の効率から、毅が西園寺と別行動を取ることを言い出したらしい。それを西園寺が説得しているようなのだが、弘が見たところ毅は聞く耳を持たない様子だ。そのうち「僕のレベルアップには西園寺さんが邪魔なの! わかるっ!?」などと言いだしたので、弘は開いた口が塞がらなくなる。
(歪んでるな~。……さっき芙蓉と話したことは、教えなくていいか……)
それとなくアドバイスをするつもりでいたが、こういう態度を見せる者に手助けする気は無い。どうせ、このまま経験値をためていけば、そのうちレベル19になる。そうであるなら、放っておいても構わないだろう。
弘は毅に対する心配を打ち切った。完全に見放したわけではないが、自分から積極的に何かしてやろうという気持ちは無くなりつつある。
「なあ?」
西園寺が困り果てて口をつぐんだところで、弘は2人に話しかけた。
「俺は王都に向かうつもりだけど。2人は……どうするんだっけ?」
「僕も沢渡さんと同じで、単独行動するよ! そして1人で戦ってレベルアップするんだ!」
真っ先に毅が反応する。隣で座る西園寺が「ああ……」などと言いつつ、毅に手を差し伸べようとするが、その手を力なく下ろしてしまった。弘は「西園寺さんも気の毒に。つか、心配りのしすぎだよな」と思いつつ、西園寺を見る。西園寺は弘の視線に気づくと咳払いをした。
「……私は、毅君がこう言ってますので単独行動という事になりますねぇ」
彼も、暫くは冒険依頼を請けて貯蓄しつつ、レベルアップに励むつもりだと言う。毅と似た行動を取るわけだが、何か理由があるのだろうか。
「いえ、レウスまで来て思ったんですけど。街道のモンスターがやたらと強力ですから。冒険者のパーティーに入って地道に経験値稼ぎをしようかと……。何せ、強くならないことには危険ですしね」
公務員なだけあってか堅実だ。これを聞いて毅が嫌そうな顔をしているが、そちらは気にしないことにして、弘は西園寺に話しかけた。
「じゃあ、ここでお別れっすね」
「ええ。沢渡さんにはお世話になりました。そのうち、何処かで会うこともあるでしょう。その時は、まあ……また仲良くして頂けると有り難いです」
そう言って笑う西園寺に「もちろんっすよ!」と返事をし、弘は席を立つ。このまま西園寺達と別れるつもりなのだ。自動車等、高速移動の手段があるのだから、そこまで急ぐ必要は……実は無い。だが、会話の流れ上、席を立ってしまったのである。
(あ~……まあ、いいか)
「沢渡さん! 僕、絶対に追いついてみせるからね!」
歩き出した弘の背に、毅の声がかかった。追いつくというのは、レベルのことだろうか。それとも、彼が勝ち組と評したハーレム状態のことだろうか。
(……好きにしてくれ)
そういう思いを口には出さず、弘は肩越しに手を振るとギルド酒場を後にした。
召喚術士2名と思いがけない出会いをし、暫く行動を共にしていたが、ここからはまた一人旅である。通りに出ると、昼過ぎという時間帯のせいか人通りが多い。冒険者や地元民、それら人の流れに乗って歩く弘は大きく深呼吸をすると、北側の都市門へ向けて歩き出した。
◇◇◇◇
「それで……決意は変わらないんですか?」
弘が去った後、西園寺は改めて毅の説得にかかっている。レベルアップを急ぐ気持ちはわかるが、やはり未成年の一人旅は危険だ。弘が去って2人だけとなったが、言い換えれば弘が同行する前の状態に戻っただけのこと。これからも2人で行動し、モンスターを倒す際は毅がトドメを刺すようにすれば、経験値の問題は解消できるのではないか。そう考えたのだが……。
「嫌だよ! 僕は、もう1人で行動するから! 構わないでよね!」
このように聞く耳を持ってくれない。
結局、暫く話をした末に毅が席を立ち、ギルド酒場から出て行ってしまった。西園寺は後を追おうとしたが、毅が振り向きざまに召喚術を使おうとしたので、声をかけることすらできなかった。
「行っちゃいましたねぇ……」
毅も去って1人になった西園寺は、元のテーブルに戻って溜息をつく。
テーブル上には、まだ片付けられていない食器類と、弘と毅が置いて行った食事代が残されている。
「これで良かったのかどうか……」
未成年者の単独行を放置した。となれば、後日に責任を問われるのではないか。これは以前から思っていたことであるが、いざ毅が離れてしまうと、その思いはより強くなる。
(しかし……私は、本当に毅君を心配しているのだろうか。あるいは……自分の保身や体面ばかり気にしているのでは?)
西園寺は首を横に振った。
恐らく自分は、どちらかではなく両方の思いを抱いている。毅を心配しての思いだけではないことに嫌悪感を感じるが、今となっては仕方のないことだ。
「取りあえず、この都市で頑張ってみますかね……」
まずは、自分を加入させてくれる冒険者パーティーを探さなくてはならない。そして、そのパーティーと共に冒険者ギルドで依頼を請けるのだ。
「ハア……」
また溜息をついた西園寺は勘定を済ませると、目につく冒険者らを観察しながら、これと思ったパーティーに話しかけていく。そうして、とあるパーティーへ加入に成功し、前述したとおり冒険者パーティーの一員として活動することとなった。
が、後日、同じように他パーティーに参加した犬飼毅と、冒険者ギルドで顔を合わせ、西園寺は気まずい思いをすることになる。
◇◇◇◇
西園寺らと別れた弘は、都市レウスを出て北の街道を移動していた。今度は単独行なので、ホンダCRM250ARを召喚し、それに跨がって走っている。
(あ~、そういや……俺の解放能力に不具合とか出てるっぽいんだが。そいつについて芙蓉に聞いておいた方がいいか……)
今夜のキャンプで、じっくり聞こう。そんなことを考えていると、都市レウスから随分と離れたところで、モンスターが出現。なんでこうエンカウント率が高いんだ……などと、ぼやきつつ対象物解析を行ったところ、対象名はフォーレン。都市レウス到着前に遭遇したモンスターである。あの時は同じ召喚術士、西園寺公太郎と犬飼毅が居たが、今度は弘一人きり。
(数は……50か。前回と同じ数だが……おい、ゲームだとしたら出現バランスとかが変じゃね~のか、これ?)
普通のコンピュータRPGでも、フィールドで遭遇するモンスターが一度に50体と言うのはあまり無い。数体ずつのモンスターが数グループ出てくる程度だろう。
「この世界の神様に会う機会があったら、絶対に文句言ってやる」
何しろ、ここは剣と魔法の世界だ。神様や悪魔ぐらい存在してて良いはず。
「あ、魔王ってのは実際に居るんだっけな……」
大陸の中央付近、魔界の城で引き籠もっているという噂の魔王を思い出し、弘は苦笑した。
「くかか。さ~て、おっぱじめるか!」
まずはボディーアーマー……いや、プロテクターを召喚装着。以前は、軍用のボディーアーマーであったが、現時点では黒色のオフロードプロテクターになっており、腰回りにも装甲があったりと市販品よりも戦闘的なデザインである。同時に街道を挟んだ両側に、87式自走高射機関砲を2輌ずつ召喚。解放能力の『自律行動』を発動し、目標をフォーレンに設定した。また、自身の手持ち武器としてはM60機関銃を召喚している。
さっそくM60を右手で構え発砲するが、後方の87式が猛烈な勢いで射撃を開始し、瞬く間にフォーレンを殲滅していった。結局のところ、弘が自身で倒したフォーレンは1体のみ。後はすべて87式が撃墜してしまった。
ヴァィイイイイイ!
散らばるフォーレンの死体。その間を走り抜ける弘は、遙か後方に置き去りとした87式を消去し、ボソリと呟く。
「ま、こんなもんだよな……」
今のところ、使い慣れてきた召喚品や召喚武具を使っているが、その気になれば、地対空ミサイルだって召喚できるし、解放能力の『架空兵器解放』によって25ミリ機関銃などを召喚できる。だが、それらを召喚することもなく、出現したフォーレンを倒しきった。
レベル498。その高みにある召喚術士が、誰に遠慮することもなく戦うと、こうなる……という見本のような戦いぶりである。
「やっぱ、手の内隠すとかしね~で、ガンガン敵をやっつけることを考えた方がいいのかなぁ……」
とは言え、あまり手の内は見せたくない思いもあった。
バイクに跨がり風を切り裂いて進む弘は、装着したままのヘルメットの中で溜息をつくと、更にアクセルを開けて増速するのだった。