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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第8章 王都へ
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第百四十九話 不良召喚術士

『沢渡さんの能力について、私達が驚いた理由……ですか』


 これまで話していたとおり日本語で呟くと、西園寺は自分の右耳の下辺りを撫でた。続いて毅の方を見る。


『え? なに?』


 西園寺の視線を受けた毅は戸惑った。が、西園寺は構わず弘に向き直っている。


『そうですねぇ。何てことはない話なんですが。……私が話してみましょうか。毅君は、話す内容に違うところがあったら、私の後で話してみてください』


『う、うん。わかったよ……』


 街道を外れた草原。そこに設営したテントの中で、西園寺は軽く息を吸う。そして、その特徴的な丸メガネをクイッと指で持ち上げると、静かに話し出した。


『沢渡さんの召喚術士としての能力。ええと、銃器や爆弾。それに刃物や乗り物、防具なんかも召喚できるそうですね? 大変に便利です』


『そうっす。何しろ「召喚術」らしいですから。でも、そんなのは西園寺さん達だって同じでしょ? 火や石で色々できるんだし』


 弘は思う。都市ダニアで初めて毅を見た時、彼は炎で構築された弓兵を召喚していた。聞けば、炎の狼を召喚し、跨がって移動することもできるらしい。西園寺の場合は、召喚した石でもって防具を強化したり、石橋を架けたりもできるそうだ。更には、空き家の窓や扉などを封鎖できたりと、実に多彩である。

 だが、西園寺は首を横に振った。


『便利は便利でしょう。それに、沢渡さんの乗り物召喚のように、いずれは乗用の石系召喚物が追加されるのかも知れません……。ですが、私達が……いえ、私が驚いたのは、もっと別なことです。沢渡さん……あなた、御自分の召喚術って、統一性が無いとは思いませんか?』


『統一……性?』


 弘は首を傾げる。


『そうです。私なら「石の何か」、毅君なら「火の何か」を召喚できるわけですが。沢渡さんの場合は、関連性のない物品を召喚できている。そこが、私達と違っているのではないか……と。そう思い、驚いていたんですよ』


『統一性がないって言われてもなぁ……。雑多なアイテムを、雑に召喚できる能力。ってことで良いんじゃね~っすか?』


『そう言われると、私は何も言えないんですがね。もちろん、沢渡さんが気にしていないなら、それこそ何てことのない話ですし。まあ、驚いた……と言っても、それだけのことだったんですよ』


 そう言って話を締めくくった西園寺を、弘はジッと見た。何となくではあるが、強引に話を打ち切られたように思う。西園寺が言ったように何てことのない話しだったのだろうか。


(それとも……ちょっと気になってただけで、俺が否定的だから話を合わせてきたとか? むう……)


 何となくスッキリしない。次いで炎の召喚術士……犬飼毅を見たところ、こちらは今の話題に関して話す気は無いようだった。とは言え、もし思うところがあるなら聞いておきたい。


『……毅は何か聞いたりしね~の?』


『ん~……僕も、西園寺さんと同じように思ってただけだし。じゃあ、1つだけいいかな? 沢渡さんって、自分のことを「何の召喚術士」だと思ってるの?』


『何のって……そりゃあ。……あれ?』


 弘は、すぐに答えることができない。先程、西園寺との会話の上では「雑多なアイテムと雑に召喚できる能力」と言ったが、あれは会話の流れで咄嗟に出た言葉なのだ。第一、異名や通り名とするには長い。


『西園寺さんは石の召喚術士で、毅は炎の召喚術士。だったら、俺は……』


 刀や銃器、戦車などを召喚できるのだから、兵器の召喚術士とかどうだろう。いや、それだと物騒すぎる。自分は「戦争大好きマン」ではないのだから、もうちょっと柔らかい表現があるはずだ。


(そもそも、兵器以外だって召喚できちまうんだしな……)


 では、雑多な召喚術士……というのはどうか。今度は格好良くないと弘は思う。


『沢渡さん。そういうときは自分を、自分の好きなように表現する……そんな感覚で決めるのが良いですよ。どうせ、感じ方は人それぞれですし、だったら自分が気に入ってる言葉なんかが一番です』


 西園寺が助言した。中々に良いアドバイスだ。もっとも、そのすぐ後で『しかし、難読文字とか誤読なんかだと、いわゆるキラキラネームになってしまいますから。そこは注意した方がいいですねぇ』と捕捉していたりする。幾分気が殺げたが、これもまた良いアドバイスだ。それらを踏まえ、弘は再度考え出した。


(俺の好きな言葉。それでいて、俺を表現する感じで……。……不死鳥とか、夜露死苦とか、仏恥義理とか……。う~む……)


 暴走族時代に使っていた言葉は、社会人となった今でも格好良く思える。少し恥ずかしい気もするが、こういった世界に来た以上、特に気にしなくても良いだろう。ただ、今考えた幾つかの言葉は、西園寺が言うキラキラネームのような気がするし、自分の召喚術を表現しているとは思えない。


(関連性とかもないしな。やっぱ召喚能力を説明できた方がいいのか……)


 そりゃあそうだよな。と、弘は苦笑した。これこれの召喚術士。何々の召喚術士。やはり、一言で説明できるべきだろう。そこで初心に返って、ステータス画面を開いてみた。召喚項目一覧を別窓で開いてみたところ、そこには木製メリケンサックやヒノキの木刀など、最近では召喚しなくなった召喚具が並んでいる。そして、ママチャリやトカレフ。更にはホンダのスーパーカブや、自走砲など。


(……本当に雑多すぎて、何が何だかわからね~)


 少しばかり気疲れを感じた弘は、目の間を指で揉むと空を見上げた。と言っても、テントの中なので、見えるものはオリーブドラブの天幕のみ。ジッと見上げている弘を見て、毅達は顔を見合わせた。


『無理だな。俺の召喚術を一言で説明するとかできね~よ。もう今まで思ってたとおり、チンピラとか不良でいいじゃん』


 溜息つきながら、そう宣言する。大幅なレベルアップによって上昇したはずの知力が、まったくと言って良いほど機能していない。時々、察しが良くなったり知恵が回ったりするのだから、見かけだけの数値ではないと思うのだが……。


『あのですね。沢渡さん?』


 西園寺が挙手した。


『今のお話だと、チンピラ召喚術士とか、不良召喚術士という事になっちゃいますが……』


『不良召喚術士っ!?』 


 中年公務員の発言は苦笑まじり。つまり、冗談めかして言ったに過ぎない。だが、弘にはピンとくるモノがあった。

 チンピラ召喚術士。不良召喚術士。

 今の自分を表現している響きがするではないか。


(俺は、自分のことをチンピラだと思ってるけど。語感的には不良召喚術士の方が良いな。なんつ~か、こう……渋い感じがするじゃん?)


『決めた』

 

 弘は晴れ晴れとした顔で右膝を叩いた。


『この先、これって言う決まった名前がわかるまで。俺は不良召喚術士だ』


 改めて口に出すと、やはりしっくりくる。対する毅達の反応は、こうだ。


『媚びてない感じがいいね! カッコイイと思うよ!』


『成人男性が、不良を自称して得意げに……。いえまあ、人それぞれですからね』


 評価が割れたが、上機嫌の弘は気にしない。俺は不良だぜ! などと呟きながらニヤニヤしている。その彼に、毅が新たな質問を投げかけてきた。


『ねえ? 沢渡さんは、こっちの世界に来てから今まで、どうしてたの?』


『ニヘヘ……んん? 俺の身の上話を聞きたいのか?』


『み、身の上話……って』


 質問者を見ると、毅が口を尖らせている。聞けば、こういったファンタジーRPGのような世界に来たのだから、もう少し言い方というものがあるはずだ! とのこと。


『例えばほら、冒険物語って言うかさぁ……』


『あるいは冒険譚ですかね』


 付け加えるように西園寺が言ったところ、毅が「我が意を得たり」とばかりに手の平を打ち合わせた。


『そう! それ! 僕ら、それぞれにストーリーみたいなのがあるじゃない。別ルートと言うか何と言うか。そういうのって聞きたいな~って』


 言い方を変えたところで、身の上話には違いないのだが。弘は西園寺を見てみた。今の毅の発言を聞いて、微かに苦笑している……ように見える。


(やっぱりゲーム気分だよなぁ。毅の奴……)


 弘とて、冒険者生活が気に入ってるぐらいだし、この世界に居ると楽しいと感じている。しかし、それでも毅ほどの重症ではないはずだ。


(たぶんな……)


 その後、弘達は転移してからの行動について話し合った。先に話し出したのは西園寺達である。


『私達は、ほとんど行動を共にしてましたから』


 そう西園寺が言うと、後を継いで毅が話し出す。

 彼が語るところに寄ると、2人が出会ったのは、西園寺が転移してからすぐの事らしい。


『僕は商人さんに拾われて、荷物運びとかを手伝わされてたんだ。最初は言葉とかが解らなかったけど。あ……でも、学のある人が商隊の幹部に居たから、読み書きとかは教わってたね~』


 この読み書きに関しては、弘も似たような経緯をたどっている。しかし……。


『毅は言葉がわからなかったのか? 俺は話すだけなら普通にできたが……』


『そうなの? 何だかずるい……』


 ずるいって何だよ……と、弘が口をへの字に曲げていると、西園寺が『私は転移してすぐに、毅君の居る商隊に拾われましてね。やはり仕事を手伝いつつ、読み書き等を教わりましたよ。そうそう、私も最初は言葉が通じませんでしたね。焦りました』と口を挟んできた。

 西園寺が合流した頃になると、毅は共通語を辿々しくではあるが話せるようになっており、読み書きもまずまずといった感じであった。何より、転移時点でレベル18という戦闘力に物を言わせ、荷物運びだけではなく商隊護衛士として活躍していたのである。


『同じ日本人と言うことで、毅君には大いに助けて貰いました。この恩は返すつもりでいます』


 そうして2人で商隊を護衛(雇われている冒険者などは、他にも居たらしい)しているうちに、西園寺のレベルが上昇。金銭的な余裕も出てきた。そこで毅が『いよいよ独立だよ! 異世界ストーリーの始まりさ!』と主張したため、ダニア近隣の都市で西園寺と共に商隊と別れ、冒険者として生活していたのである。


『毅君に誘われましたし。召喚術士が2人も揃っていれば、何かと安全でしたしね』


『西園寺さんと一緒にダニアへ来たのは、ほんの数日前かな。本当は、もうちょっと腰を落ち着けて、ギルド依頼を請けたかったんだけど……』


 無駄にプライドが高い魔法使いから喧嘩を売られ、買って勝ったは良いが騒ぎとなり、駐留兵に追われることとなった。そして、弘と出会って今に到る……というわけだ。


『なるほどな』


 こうして聞いてみると「他の召喚術士」の冒険譚とやらは面白い。何が面白いかと言うと、スタート模様が自分と格段に違う点がそうだ。


(いきなりレベルが18だったり。2人が商人に拾われた一方で、俺は山賊に拾われてるんだものな)


 ゴメス山賊団に拾われたことを後悔しているわけではない。だが、西園寺達と比べたとき、その違いには苦笑を禁じ得ないのである。


『で、俺が話す番か? 俺のは少し長いぞ? なにせ転移してからの期間は、こっちのが長いんだからな』


 そう前置きしてから、弘は自分が転移してからのことを話し出す。

 夜の山中に放り出されたこと。ゴブリンに追い回されたこと。行き倒れて山賊に助けられ、そのまま山賊団の一員になったこと。その山賊団が討伐され、討伐隊に加わっていた貴族の少女……カレン・マクドガルに助けられたこと。

 その後は冒険者となり、ジュディスのパーティーに入るなどして実績を積み、後にディオスクでエルフの娼婦……今では元娼婦のグレースと出会ったことなどを話す。最後に、王都でカレン達と合流するために、移動中であることなどを説明した。もちろん、個人情報や都合の悪いことについては話していない。


『はあ~。やはり転移歴が長いと凄い話になりますねぇ。私達に、沢渡さんと同じ事が出来るんですかねぇ……』


 西園寺が感心している。同じ事が出来るかと言われると、弘としては『頑張り次第じゃないかな……』としか言いようがない。ただ……西園寺についてはレベルの上昇速度が高いので、弘は見込みがあると思っていた。


『ちょっと……何なの、それ?』


『あ?』


 毅が何か言い出したので、弘は彼に目を向ける。聞こえた声色は不服そうだった。何か文句でも言いたいのだろうか。毅に向けた目をスッと細めたところ……視線の先に居る毅は、次のように言い放った。


『沢渡さん、すっごいハーレム系じゃない! それって勝ち組だよぉ!』


『は、ハーレム系? いや、正式に交際してるのは、カレンとグレースの2人だけで……』


『でも、他の女戦士さんや尼僧さん達や、偵察師さんとも良い雰囲気なんでしょ!?』


 良い雰囲気というか、次に会ったら全員に正式な交際を申し込むつもりだ。だから、やはりハーレム状態と言っていい。


『てゆ~か、俺……そんなことまで話したっけか? その辺りはボカしたつもりなんだけど』


『口振りで解っちゃうの!』


『ああ、そう』


 いつもの口癖で素っ気なく返したが、もう少し喋り方を考えた方が良いのか……と弘は思うのであった。



◇◇◇◇



『それはそうと、毅のレベルが上がらねぇってのが気になるな。モンスターと戦うときは、相手が死ぬまでやってるんだろ?』


 弘は話題を変えにかかっている。このまま女性関係の話を続けて、それで毅に興奮されるのは……ちょっとどうかと思ったからだ。毅の方も、話題が自分の上昇しないレベルに関することなので、特に文句も言わず乗ってきていた。


『そうだけど。そうだよね~……どうして僕のレベルが上がらないんだろ?』


 テントの中で、毅が肩を落としている。聞けば商隊護衛中、結構な頻度で野盗に襲われたりしていたらしい。それで、どうしてレベルが上がらないのか。


『ひょっとしたら私のせいかもしれませんねぇ……』


 そう言って指で頬を掻いたのは西園寺だった。彼が言うには、毅と合流してからは2人で組んで戦うことが多かったらしい。それはそうだろう、何しろ同じ商隊で護衛をしているのだから。


『私の召喚術で相手を倒すことが多かったので、その……獲得経験値が私に吸われたとか、そういう感じになったのでは?』


『おお……。何か、しっくりくる感じっすね。それ』


 ゲーム的な考え方をするなら、戦闘終了後に経験値をパーティーメンバーで分ける方式と、戦闘中に倒した敵の経験値だけ個別取得する方式があるとしよう。西園寺は、後者の方式によって、倒した数の多い自分へ経験値が集約されたのではないかと。そう言っているのだ。


『じゃあ、召喚術士が同じ戦闘エリア……って言うのか? とにかく同じ場所で戦うときは、経験値取得が殺った者勝ちになるってことか』


『……だとしたら、召喚術士同士は別行動を取るか、倒す敵を分け合う必要があるよね?』


 弘の呟きに続く形で、ボソリと毅が言う。だが、命がけの戦闘の場で、平等に敵を分け合うなど不可能に近い。コマンド選択式の戦闘では無くリアルタイム……常に相手は行動しているのだ。


(じゃあレベルアップすることを優先するなら、毅が言うみたいに召喚術士同士は別行動した方がいいのか……。って、待てよ)


 弘は西園寺と毅を見る。今の考え方で行くと、西園寺と毅は別れて行動することになる。まだ決まった話ではないが、そうなるとしたら、その行動が吉と出るか凶と出るか。


(わかんね~よなぁ。だいたい……一緒に居ろとか別行動しろとか。俺が言えた話じゃないし)


『ぼ、僕は……』 


『いや、ちょっと待った』


 毅が何かを言おうとした。が、それよりも先に弘が手を挙げる。テントを囲む形で何者かの気配を感じたのだ。


『何か近づいて来るぞ。沢山だ』


『それはモンスターですか? それとも野盗?』


 毅より先に西園寺が反応し、腰を浮かせた。慌てるでもなく冷静に対応しているあたりは、流石に大人である。毅はと言うと、こちらは何やら楽しげに笑みなど浮かべていた。


(ゲームで言うエンカウントとかが楽しいのか? 昨日今日で転移したってわけじゃないのに、まだそんな感覚で……。いや、そんなこと考えてる場合じゃないぞ)


『俺ら、街道を離れてるっすから、捕食目的のモンスターじゃないっすかね』


 これらの説明を聞き、西園寺が『それにしても沢渡さんは、気配とかがわかるんですか』と驚く。気配を感じる……というのは、元の世界で言ったとしたら痛い奴だと思われかねない発言だ。だが、こっちの世界で冒険者稼業を続けていれば、いずれ身につくスキルである。そういった事を捕捉説明しながら、弘は対象物解析を行った。


(モンスターだとしたら、毅が大騒ぎしたもんで目をつけられたか? 対象物解析……おう、さすがに5段階目ともなると、姿が見えてなくても効果があるなぁ……)


 解析結果:

 穴狼×20 ユンゲル×1


 穴狼というのは、文字どおり巣穴を掘って暮らす狼だ。この種の動物、あるいはモンスターとしては大型で、かつて弘が戦ったダイアーウルフに匹敵する。主な戦闘法は、基本的に狼と同じ。ただし、巣穴に引きずり込んだり、危なくなったら巣穴に逃げ込んだりといった行動も取る。体毛は硬い部類で、偵察士が短剣で突いたくらいではダメージを与えられない。腕の立つ戦士が剣で斬りつけて、ようやく怪我をさせられる程の防御力を誇る。そして、集団行動を取る為、その戦闘力は大幅に増強されるとのこと。

 ユンゲルは、獣系のモンスターが直立歩行をしたモンスターだ。全身茶系の毛むくじゃら、遠目には大型亜人のように見える。だが、あくまでも獣であり会話はできない。夕暮れ時に街道近くを徘徊し、人間と誤認して近寄ってきた者を襲うことで知られる。この場合、襲われるのは人に限らず、ユンゲルを人間だと思い、捕食目的で接近してきた獣なども含まれる。そしてユンゲルには特殊能力があった。下位の獣系モンスターを操ることが可能なのである。


『……ってのが解析結果だな』 


『沢渡さんの解析って、そこまでわかるの!? しかも見えてないのに!?』


『いやはや、解析力も上ですか。凄いものですね』


 毅と西園寺が驚いているが、その口振りからすると2人も対象物解析をしていたらしい。


(てこた、俺と同じで解放能力もあるのか……)


 基本的な解放能力は重複してるとして、他の能力は……と、そこまで考えた弘は、軽く歯がみして腰を浮かせた。今はモンスターへの対処を優先するべきだろう。


『外に出ようぜ?』


そう弘が促しつつテントを出ると、毅達は互いに頷いて立ち上がる。


『沢渡さんの凄いところが見られるかも』


 脳天気な、しかも嬉しそうに言う毅の声が背後で聞こえ、弘は少しばかり不安になるのだった。



◇◇◇◇



 外に出ると日が傾きかけていた。

 周囲を見まわすと、テントを囲む形で複数の狼……穴狼が居る。そしてテントの出口方向に1体、人型の獣が居た。長身ではあるが、極端な胴長短足。腕は大人1人分ほどの長さがあって、全身毛むくじゃら。大きな目は高い角度でつり上がり、その下にある口は三日月のように開かれていた。


 ぼた、ぼたたた……。びちゃっ。

 

『ヨダレすげ~な。やっぱし捕食目的か……。殺っちまって良さそうだ』


 弘がAK-47を召喚すると、西園寺が目を丸くしながら『そうですね』と答える。話で聞いていたとは言え、自動小銃を召喚する様には驚いたようだ。毅も同様の表情をしていたが……。


『先手必勝! まずは僕から行くよ!』


 と叫ぶや、召喚術を発動する。


『アーチャー! 出て!』


 ゴァウ!


 炎の塊が出現し、長弓を持った人型へと変貌した。


『あの狼たちをやっつけるんだ!』


「了解、マスター」


 炎の弓兵……アーチャーは短く答えるや、その長弓から矢を放ちだした。矢は炎で構成されており、矢筒の矢は数が減っていないように見える。


(俺の召喚銃と同じで、MPが続く限り攻撃できるタイプか)


 そんなことを弘が考え居ている間に、矢はユンゲルの隣で居た穴狼へ突き立った。


 ギャウウウン!?


 穴狼が悲鳴をあげる。そんな穴狼に対し、被害は更に追加された。炎の矢が命中したことで、全身が燃え上がったのである。これを見た弘は『えげつない殺傷力だ』と思ったが、その問題点にも気がついていた。矢が刺さった後の燃焼時間が短いのだ。


(バッと燃え上がるのは凄いけど。ほんの一瞬、炎に包まれるだけか。てか、狼死んでね~し……)


 えげつない殺傷力。そう弘は評したが、この燃え方では焼け死ぬところまではいかないだろう。発生したダメージは焼けた矢を突き込まれたとか、そういったモノだけのようだ。それだけでも凄いことは凄いのだが、その後の延焼効果を考えると、もっと長く燃えて欲しい。毅のレベルが上昇すれば、燃焼時間は延びるのかも知れないが……。


(俺の召喚バイクの消費MPとかが、召喚項目に追加された時より減ってるし……)


 同じ召喚士なのだから、あながち間違った予想ではないだろう。

 西園寺はと見ると、こちらも召喚術を使ったらしい。テントを中心に、半径5メートルほどを高い石柵で囲っていた。他の穴狼たちは、一頭が火に包まれるや駆け出していたが、西園寺の石柵に阻まれて距離を詰められないでいる。吠え、噛みつき、爪を立て、最後には体当たりまでするものの、石柵はビクともしない。


『あの狼ぐらいじゃあ、破れやしませんよ。ユンゲルとかいうのだと……ちょっとわかりませんがね』


 そう言って指でメガネの位置を直している。

 この一連の出来事を見た弘は『2人とも、なかなかやるな!』と思っていた。そして、自分がレベル20ぐらいの時は、どうだっただろうか……とも考えている。


(まだ原付とかが召喚できなくて、模造刀を振り回してたっけか。……格差を感じちまうねぇ)


 レベルが一緒だったら、自分の方が低性能だったかな。そんなことも考えながら、弘は石柵に歩み寄りA-47の引き金を引いた。


 ドバタタ! ガガウ! タタッ! ババババン!


 石柵の隙間からの銃撃により、穴狼が次々に絶命していく。その掃討速度は、毅のアーチャーが攻撃するよりも遙かに速い。


『くっ……』


 歯噛みするような声が聞こえた。自動小銃を撃ちまくっているのだから、本来なら聞こえないはずだ。しかし、レベルアップによって強化された弘の聴力は、激しい銃撃音の中にあっても微かな異音を聞き取っていたのである。


(聴力とかの身体能力は、能力値の『力』の範疇ってことか? ……『知力』は影響出てるように思えね~のになぁ。って、今のは毅だよな?)


 何か気に入らないことでもあったのだろうか。穴狼を排除しつつ弘は考えた。いや、考えるまでもなく理解はできている。

 自分と同じ召喚術士が、自分よりも戦えていることが悔しいのだ。


(強さに嫉妬するとか……。そこら辺は、俺と似た感じか……)


 暴走族時代。弘はチームの特攻隊長さんだったが、その自分よりも強い者は、他のチームに存在した。日本全国でとなると、もっともっと多く存在したことだろう。実際には、それら全員と喧嘩する機会などなく、地元や近隣の人物でなければ会う機会すらなかったが……。だが、自分よりも強い者達に対し、当時の弘は嫉妬したり悔しい思いを抱いていたのである。

 今から思えば実につまらない……そして、どうしようもない感情だが、それだけに毅の悔しさは理解できていた。


(毅の気を晴らしてやるには、俺が奴と喧嘩して負ける。それか、解りやすい感じで奴の方が、俺より上なことを示す。そんな感じか)


 ガウウウ!


 石柵越しに穴狼が飛びかかってきたが、頑丈な石柵に激突し跳ね返されてしまう。そこをAK-47の銃撃で仕留めた弘は、小さく溜息をついた。

 同じ日本人、同じ召喚術士。そして、犬飼毅自体は悪い奴じゃない。しかし、だからといって彼の悔しさや嫉妬を晴らすために、自分が何か負けてやる気にはなれないのだ。


(俺って小せぇなぁ。けど、会って間もない奴のために、そこまでしてやる義理はないってのもあるだろ? 西園寺さんなら、どうするんだろうな……)


 穴狼の数が激減していく中、チラリと後方の西園寺を見たところ、悠然と腕組みをしたまま石柵外を見据えている。その視線の先には生き残った穴狼たちが居て、四方八方から出現する石弾により打ち据えられていた。握り拳大の石は、銃弾ほどではないが威力があるようで、それを雨のように受けた穴狼たちが徐々に息絶え始めている。

 おお、やるな。そう弘が思ったとき……西園寺の表情が険しくなった。その視線は穴狼に向けられていない。穴狼以外となれば、それは……。


『ユンゲルって奴か』


 戦闘が始まってから、特に何かしてくるでもないユンゲルを、弘は見過ごしていた。つまりは油断である。西園寺の石柵がある安心感も油断の一因だが、言い訳にしかならない。

 ユンゲルが居た方を見ると、何か黒いモノが飛んできていた。


『ちっ!』


 舌打ちしつつ、弘は石柵の影に入る。簡単なように聞こえるが、攻撃されてからの行動が間に合ったのは、超人的な身体能力のおかげだ。と言っても、石柵は柵であって壁ではない。柵を擦り抜けた黒いモノが、柵の隙間から飛び込んでくる。

 しかし、これを弘は回避しきった。前述したように能力値の『素早さ』が人間離れしているため、初動が遅れても対処が可能なのだ。そして当たらなかった黒いモノを一瞬だけ目で追ったところ、足下の草に土砂がこびり付いているのが見える。いや、土だけではなく、千切られた草も混じっているようだ。


(足下の土とかを投げたのか?)


 こういった攻撃をしてくるとは、対象物解析からの情報ではわからなかった。ランクが上がったとは言え、相変わらずムラッ気のある解析結果に弘は口を尖らせる。


 ジャキ……ドタタタタタ!


 石柵の間から銃口を突きだして連射。が、これをユンゲルは素早い動きで回避する……かのように見えたが、避けきれず肩に被弾した。


『思ったより動きが速い……』


 が、ちょっと気をつければ追える程度のもの。次に撃ったら蜂の巣確定だ。このように勝利を確信した弘であったが、その彼とユンゲルの間に大きな影が出現する。


『はあっ?』


 ユンゲルに向けて行うつもりだった射撃を、弘は目の前の影に対して加えた。標的は大きく外れることはない。文字どおりの全弾命中である。


 ピギュアアアア!!


 十数もの弾痕を穿たれた影が甲高い絶叫を発した。そして弘は、自分が何を撃ったのかを知る。


『穴狼……の塊?』


 それは出現した20体の穴狼が、歪に寄り集まって出来た肉塊だった。気持ちの悪いことに、幾つかの穴狼の頭部や足が突き出し、蠢いている。すべて殺したはずが、寄り集まることで息を吹き返したのか。あるいは肉塊となって動くことで、『付属品』に過ぎなくなった頭部等が動いているだけなのか。

 そして、そういった事よりも重視すべきは、穴狼の集合体が出現したことでユンゲルが見えなくなったことだ。こういう時こそ、モンスターの接近を感知したように気配で位置を探れば良いのだが、残念なことに大まかな位置……と言うより方向しかわからない。


『穴狼の死体を操って……盾にしてるんですかね?』


 そう呟く西園寺の声が、少し震えている。彼の言うとおりだとしたら、「下位の獣系モンスターを操る」という能力は、こういう事が可能らしい。あまりのおぞましさに3人の背筋で悪寒が走った。


(てか、今ユンゲルは何してんだ?)


新たな攻撃を準備しているのか。それとも逃げたのか。この位置からでは、穴狼の集合体に遮られて見ることが出来ない。


(くそ~……偵察士でも居れば、気配の感覚で何かわかったかも。てか、どうする? この肉塊をブチ抜く召喚武具はあるが、それでユンゲルに当てられる保証はね~し。弾幕張る勢いでブッ放すか? いや、待てよ……アレなら……)


 取りあえずAK-47で穴狼集合体を撃っていた弘は、あるアイデアを思いついた。と、ここで毅が新たな召喚術を行使する。


『ランサー! 攻撃して!』


 そう叫ぶなりアーチャーが消失し、代わりに槍兵……ランサーが出現した。衣服や装具の類はアーチャーと大差ないが、こちらは炎の槍を携えている。そして出現するなり、穴狼集合体に対して槍を投げつけた。


 ドス!


 石柵の隙間から投じられた槍は、穂先が見なくなる程まで深く刺さる。更には炎の矢と同様、穴狼集合体の内部を焼きつつ、全体を炎で包み込んだ。が、その燃焼時間は約5秒程度。炎の矢と比べて長いが、やはり焼き尽くすには到らない。


『くうう! もっとレベルが上がってたら!』


『西園寺さん!』


 毅の悔しそうな声を聞きながら、弘は西園寺を呼ぶ。


『この石の柵、壁に出来ますか!?』


 この世界の者が聞いたら、いったい何を言ってるのかと思ったことだろう。だが、弘には妙な確信があった。西園寺は石の召喚術士。ならば、石に関しては様々な……弘が聞かされていない召喚術があるはず。


『隙間だらけの柵じゃ、ちょっとマズいんっす!』


『わかりました!』


 西園寺が即答した。これから何をするかの説明は一切無かったのに……である。


 ……ゥウウ、ズシン!


 西園寺の召喚術によって、今ある石柵のすぐ外側に密着する形で石の壁が現れた。これで、円形の石壁を内側の石柵で支える形となる。


『よくわかりませんが、頑丈な方が良いでしょう?』


 そう言って笑う西園寺に素早く頷き、弘は叫んだ。


『みんな耳塞いで伏せろ! 爆発するぞ!』


 叫びつつ地面に伏せる。自分以外では、まず西園寺が……続いて毅が地面に飛び込むように伏せるのを確認し、弘は召喚術を行使する。次の瞬間、石壁の向こうで多数の爆発音が発生した。



◇◇◇◇



 このとき、弘が召喚したのはMk-82という航空機搭載型爆弾である。全長2m超、重量227キログラム。その被害半径は300mに達する。この爆弾を、弘は上空500mの位置で5発召喚した。残った敵がユンゲルだけなのだから、1発召喚すれば充分のような気もするが、相手の位置が把握できないので5発召喚したのだ。

 そうして爆撃が終了し、石壁の向こうから物音が聞こえなくなると、弘は西園寺に頼んで石壁と石柵を消去して貰っている。結果、見えたものは幾つかの大きな爆発痕と、広い範囲の雑草類が消し飛んで地面が見えている……元草原の姿だった。もちろん、ユンゲルや穴狼の集合体などは消し飛んでおり、跡形もない。

 

『凄いものですね……。これがレベル498の力ですか……』


『……』


 西園寺が呟き、毅が言葉もなく爆撃跡を見つめている。しかし、弘は特に本気を出して召喚術を使ったわけではない。爆弾と言うだけなら、もっと大きな物が召喚可能なのだ。

 また、西園寺の石壁は弘の爆撃を防ぎきったように見えるが、実は弘が解放能力の『自弾無効』を使い、その効果範囲を広げて爆風等を防いだのである。


(自分の能力に関しちゃ、あんまりベラベラ喋りたくないんだよな。特に『自弾無効』とか知られたくなかったし)


 こういう能力を隠し持つことで、何かの切り札になるんじゃないか……などと弘は考えていた。それが後日に役立つかは不明だが、やはり手の内は明かしすぎない方が良い。


(……けど、西園寺さんは何か気がついてる感じだ。……バレたかな?)


 特に話しかけて来ないが、視線だけは向けてくる西園寺。その視線をスルーしながら、弘はユンゲルが居たと思われる場所を見た。この辺りのモンスターは、冒険者ギルドの冒険者に狩られているという話だから、こうして出てくるモノは強い個体のはずだ。穴狼だって、本来はクロニウス近辺で活動する冒険者にとっては難敵なのだろう。なのに、こうして簡単に倒せてしまえるのは、弘が強いからだ。


(モンスター狩りを生き延びた……街道外モンスターも、俺の敵じゃないってことか。でも、とりあえず油断はしないでおくとするぜ)


 なお、爆弾召喚によって倒されたユンゲルであるが、その直前に何をしていたかというと、逃げることを選ばず、新たな獣系モンスターを呼び寄せているところであった。操られる形で姿を見せたモンスターは30を超えていたが、すべて爆撃により消滅している。そして、このことについて弘が気づくことはなかった。



◇◇◇◇



 戦闘終了後。西園寺は、弘の強さに舌を巻いている。

 事前に20倍近いレベル差を知らされていたが、こうも簡単にユンゲルを倒せるとは思わなかったのだ。何故なら、西園寺にはユンゲルの強さが解っていたから。それは過去に他の冒険者達からユンゲルについて聞いていたこともある(加えて、弘による解析結果も聞いていた)が、自身の対象物解析の結果を知っていたこと。それが、一番の理由である。


(沢渡さんの解析結果にはなかったようですが。私が対象物解析をすると……モンスターのレベルが解るんですよね~)


 そう、弘の対象物解析では対象のレベルまでは解らない。しかし、西園寺がやるとレベル数値が表示されるのだ。ただし、ランク差のせいか、解析で得られる情報量は弘よりも少ない。そして、西園寺の解析結果に表示されたユンゲルのレベルは……48。なんと、西園寺と毅の現状レベルを足した数値よりも高いのだ。この世界へ転移して今日まで生き抜いてきた中で、西園寺は様々なモンスターを解析したが、同じくらいのレベルだと1対1の状況下では苦戦したことが多い。これほどのレベル差があったのなら、苦戦どころか逃走を強いられていたはずだ。


(それに……手応えと言うか、反動で解るんですけど……)


 西園寺は、自分達を囲んでいた石柵を思い起こす。内側から見ている分には解らなかったが、実のところ、石柵の外部は大きな損傷を受けていた。損傷部はユンゲルが投じた土砂、それが当たった部分である。投じられた土砂に魔力でも籠もっていたのだろうか。あるいは単にユンゲルの腕力が高かったのか。

 それに最後の爆発の時、石壁等に衝撃が伝わらなかったのも気にかかる。現状、西園寺の召喚できる石材は、せいぜいがコンクリート並みの強度だ。対爆仕様ではないから、この至近距離で爆撃を受ければ、当たらずとも大きく損傷するはず。なのに、何ら被害はなかった。


(沢渡さんが、何かしたんでしょうかねぇ)


 本当のところは良くわからない。

 ともかく、弘は高レベルのユンゲルをアッサリ倒したのだ。

 西園寺は束の間、石柵があった付近で立つ弘……レベル498の召喚術士を、眩しそうに見つめた。

 先程戦ったユンゲル。あれが、もう数体も居れば、戦闘結果は変わっただろうか。


(変わるわけないですね。沢渡さんが何とかしたでしょう。それに……)


 最後に見せた爆撃。

 弘から聞いたところ、上空で召喚した爆弾を自由落下させたに過ぎない。だが、5発のみでなく、もっと大量に同時召喚できたら? それも目の前の位置でなく、広範囲に召喚できたとしたらどうなる? ……もしも、弘に自身の召喚兵器が通用しないとしたら?


(召喚術士沢渡弘は……自分の周囲に、爆弾の雨を降らせながら戦い続けることができる?)


 ぞわり……。

 

 西園寺の背に、ユンゲルが穴狼集合体を作り出したときよりも強い悪寒が走った。

 彼と自分で、召喚術士としての実力差がありすぎる。少なくとも戦って勝てる相手ではない。


(恐ろしいですねぇ。この先、強敵が出現したとして……) 


 自分と毅だけでは大苦戦するだろうが、沢渡が居るから楽に勝てる。

 相手にもよるだろうが、恐らくはそうなるだろう。

 そのことについて、少しは思うところがある……のだが、隣で立つ毅を見た西園寺は大いに気を引き締めた。

 少年召喚術士の顔に浮かんでいたのは、あからさまな嫉妬だったからだ。


(さっきの私も、あんな顔をしていたんですかね)


 弘とのレベル差は開きすぎている。だから強さに大きな差があっても当然だ。ここは、そう思って自分を納得させるべきなのである。それが出来る自分と、出来ていない毅。

 西園寺は溜息をついた。

 自分は大人で、毅は子供だ。自分に耐えられることでも、毅には耐えられないことがある。それだけのことなのだろう。

 もう一度、溜息をつく。自分は、大人で公務員だから……この1人で行動する少年を見過ごすことができなかった。だから、行動を共にした。色々と面倒を見たし、逆に毅によって救われたこともある。


(だけど……いつまで……)


 いつまで行動を共にするべきなのだろう。ここが日本であれば、携帯電話で警察署に通報すれば良いだけの話だ。携帯電話がなければ、警察署まで毅を連れて行くだけのことだが……この異世界ではそれが出来ない。この先ずっと、赤の他人である少年の面倒を見なければならないのだろうか。


(いや、そこは大人としての責任が……。でも、それが私の自己満足だったら……)


 思考がグルグルと回る。

 大人……40代男性である西園寺ではあったが、自分だけでも手一杯な状況下では、人1人の面倒を見切るのは困難であった。あるいは犬飼毅を少年ではなく、1人の大人として、冒険のパートナーとして扱えれば、少しは気が楽だったかも知れない。


(そう割り切れたら良かったんですけどね~……)


 途方に暮れる。そういう心境にまで到りかけたとき、弘が話しかけてきた。


『西園寺さん? もうすぐ日も暮れるし、この先の都市へ行くなら送りますよ? あ、車なら用意できるんで問題ねーっす』


 そう言って弘が召喚したのは、ハンヴィー。アメリカ軍のM998四輪駆動軽汎用車だが、重装甲型でルーフにM134ミニガンを搭載している。この物々しい車輌の出現には西園寺のみならず、毅も息を呑んだ。


『そ、そうですね。ありがたく乗せて貰うとしましょう。毅君も、それで良いですよね?』


『う、うん……』


 確認するように聞くと、毅は思ったよりも素直に了承した。ここで駄々を捏ねたり、弘相手に突っ張られたら面倒だったはずだ。少なくとも出発する頃には夜になっていただろう。

 少しばかり安心した西園寺は、車輌の右側へ回り込むと助手席に乗り込んだ。毅も続いて乗り込んでくるが……その目が冷たく弘を見つめていることに、西園寺が気づくことはなかったのである。


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