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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第8章 王都へ
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第百四十八話 草原の召喚術士達

「は、話? いや、ちょ……突然、何を……」


 戸惑う赤ローブの少年に、弘はなおも笑いかける。


「いやいや、ちょっと興味があって。ともかく、都市の外に出ようぜ? 王都側でいいよなっ?」


 言うなり弘が少年の手を引いた。しかし、その手を少年は振り払う。


「あん?」


「いきなり何するのさ! わけがわかんないよ! ついて行く理由なんて……」


 気色ばむ少年を前に、弘は舌打ちした。自分は、本当に彼と話したいだけなのだ。耳をすませば、大通りを駐留兵が走り回っているのが聞こえる。蹴散らすことは簡単だが、軍隊と事を構えるのは避けたい。やはり、少年を連れて都市外に出るべきだろう。しかし、彼は弘に対する警戒を解かないようだ。


「ん~……。じゃあ、単刀直入に聞くが……」


 ここ数ヵ月の間、対人会話では使用しなかった言語で少年に話しかける。


『なあ。あんた、ひょっとして日本人じゃね~のか?』


 それは、この世界では存在しない異世界の言語……日本語だった。



◇◇◇◇



 半時間後。

 弘は都市ダニアの北方、数キロの地点まで移動している。

 あの後、少年の連れだという中年男性と合流し、何とか駐留兵をまいて都市外へ脱出したのだ。


『よし。追ってくる気配はないな。このまま街道を離れて……暫く行ったところでテントを用意しよう。なぁに時間も手間もかからな……』


『ねえ! ちょっと待ってよ!』


 街道から草原へ踏み込んだ弘。その彼を少年が呼び止める。


『まだ名前も聞いてないんだけど!』


『お、そうだったか? いや~、久しぶりに日本語で会話できてるもんで、浮かれちまってたぜ。悪い悪い』


 そう言って振り返った弘は、少年と中年男性を見て自己紹介をした。


『俺は沢渡弘。日本人だ。ん~半年と……もうちょっとか? それくらい前に転移して来た。今じゃあ冒険者のヒロシ・サワタリを名乗ることが多いな』


『えっ? ヒロシ・サワタリって、あの!? ディオスクの闘技場で10連勝したって言う?』


 少年が『日本人っぽい名前だと思ってたけど、なるほど……』などと納得しているので、弘は自己紹介するよう顎をしゃくって促す。


『ああ、ごめんごめん。僕は犬飼毅。高校1年生。こっちに飛ばされてきたのは先月かな。僕も冒険者をやってて、ツヨシ・イヌカイを名乗ってるんだ。あ、2人は名前で呼んでいいからね?』


『高1か。思ったより若かったな。てか、犬飼毅? なんか日本史の授業で聞いたような気が……』


 学生時代、たいがいの授業内容は耳を右から左にスルーしてたのだが、弘にとって日本史や世界史は別だった。理由は、何となく面白かったから。日本史に関して言えば、安土桃山時代あたりから太平洋戦争あたりまでは楽しく聞いていた気がする。そうやって学生時代の記憶を掘り起こそうとする弘に対し、少年……毅は胸を張って見せた。


『そりゃあそうさ。昔の総理大臣、犬養毅にあやかって付けた名前だもの』


『えらい大物にあやかったな。で、そっちのオッサ……おじさんは?』


 毅の向かって右側で立つ中年男性。短く刈り込んだ頭、少しこけた頬。体格は痩せ型と言って良い。丸メガネをかけた彼は親しげに微笑んでる。だが、どことなく愛想笑いをしているようにも見えた。


『西園寺公太郎と言います。日本に居たときは、公務員で……事務関係の仕事をしていました。私がこちらに来たのは2ヶ月前……でしたかね。今は毅君と組んで冒険者をしています。登録名はコータロー。フルネームだと長いですから』


 そう言うと西園寺は大きな溜息をつく。


『どうかしたんすか?』


『いえね、こっちに来て2ヶ月って言ったら……それって無断欠勤2ヶ月ってことですよね。まだ懲戒免職になってないと思うんですが。ハア~、時間の問題なのかなぁ……』


 無断欠勤、懲戒免職。そして公務員。これらを聞いた弘が抱いた感想。それは……。


(この人……正社員だ!)


 というもの。より正確には正職員である。元居た日本では正規雇用されることの無かった弘にしてみれば、実に羨ましい身分なのだ。その後、互いの情報交換をしあったところ、弘が睨んだとおり……犬飼毅は召喚術士であることが判明する。


『火系統の何かを召喚して、それを使役できるんだ』


『おーっ! いいねいいね! あのレックスとかって奴も、それっぽかったけど。そういうのってマジで召喚魔法って感じだよな!』


 心の底からそう思う。それが伝わったのか、毅は得意そうな顔になった。更に話を聞いたところ、西園寺も召喚術士であるとのこと。彼の場合は、石系の召喚術士らしい。


『いやあ。思わぬところで特殊技術を習得してしまいました。研修とか受けてないのに、大丈夫なんですかね。これ』


 そう言って指で頬を掻く西園寺は、何処までも人が良さそうな雰囲気。ファンタジーRPGのような異世界に飛ばされたと言うのに、彼と話していると『日本での日常』の中に居る様な、そんな気がしてくる。

 弘はフッと口元に笑みを浮かべたが、その彼に毅が質問した。


『沢渡さんは何の召喚術士なんです?』


『俺? 俺は……何なんだろうな』


 召喚できる物は、メリケンサックや原動機付自転車。刀に鉄砲に大砲に戦車。


『そういや、船の類も召喚項目に入ってたっけ……』


 大まかに説明した弘であったが、言い終わりに毅を見ると、何やら呆気に取られている様子。


(ああん?)


『どうかしたか?』


『どうかしたかって、それ凄い能力でしょ! なんでサラッと説明してるの!』


 目を剥く毅を見て弘は首を傾げた。そして、指を少し下に曲げながら毅を指差すと、そのままの姿勢で西園寺を見る。弘の視線を受けた西園寺は、毅と同様に驚いていたが、すぐに頷いて見せた。


『いや、驚きました。多種類の武器防具、それに道具類を召喚できるだけでも凄いのに。乗り物まで召喚できるなんて。驚きです』


『え? いや……ええ? 俺、そういうもんだと思ってましたけど?』


 毅と西園寺、その両名から凄い凄いと言われても、弘は共感することが出来ない。


(え~? タイプが違うってだけで、同じ召喚術士だろ? そんなに驚くようなことか? 石や炎の何かを召喚できる奴が居るなら、雑多な武器とか乗り物を召喚できる奴が居たっていいじゃん?)


 では、西園寺と毅はどうなのか。2人に対し、互いの能力の印象について聞いてみたところ、「自分とは違うタイプの召喚術士」という回答を得た。


(ほら、2人だって違うタイプ同士で……。って、だったら何で俺だけ驚かれるんだか)


 正直言って、実に面白くない。自分が仲間外れのようではないか。

 学生時代、弘は不良仲間と好き勝手していたが、学校生との大多数からは浮いた存在だった。当時は「俺達はアウトローなんだぜ!」などと言って喜んでいたものの、今になって振り返ると痛々し過ぎて恥ずかしくなる。また、就職活動でついに正規雇用されなかったことも、社会から疎外されたようで嫌だった。


(元の族仲間の何人かみたいに、ヤクザにでもなってれば。こんな思いしなくて済んだかも……ではなくて。今は毅達と話すことを考えなきゃ) 


 自分の能力が驚かれる理由。それを詳しく聞くべく、弘はアイテム欄からテントを取り出した。大人が5~6人寝られるほどのテントで、すでに組立済み。各脚部の末端を杭のように地面に差し込む必要があるが、そこは弘の強化された腕力で容易く行える。

 ちなみに、このアイテム取り出しに関しては、毅や西園寺にも出来るそうで、特に驚かれることはなかった。


(じゃあ、俺の召喚術が変ってことなのか? そこんとこ詳しく聞いてみたい気がするな)


 少し首を傾げた弘であったが、『すでに組み立てたテントを、アイテムボックスに入れてるのか。便利だね~』どと言ってる毅に手招きする。


『とにかく、野っ原で立ち話もなんだ。中に入って話そうぜ』


『あの~、モンスターが出たときは……どうするんですか?』


 西園寺が質問した。街道を離れて行動すること自体、大変危険な行為であり、テント内で居るときにモンスターに襲われたらどうするのか。と、そこを心配したらしい。これに対し、弘はエヘラッと笑いながら次のように答えた。


『どうするも何も、やっつければいいじゃん。大丈夫だって、召喚術士が3人も揃ってるんだ。余程のバケモンが出ない限り、なんとかならぁ』


 実のところ、召喚術士が3人……と言うより、弘1人で事足りる。この辺りで出没するモンスターは、クロニウス近辺よりも危険度が高いが、今の弘であれば軽く一蹴できてしまうのだ。



◇◇◇◇



 秋が近い季節とは言え、午後の日射しはまだ強い。テントに入った弘達は、直射日光を避けつつ、扉にあたるシートをまくって風通しを良くしていた。


『さて、誰から話そうか? テントを据えてる最中に言ってたが、2人も何か話があるんだって?』


 三角形の頂点に1人ずつ。そういった配置で座る3人の中で、まず弘が口を開く。

 弘が聞きたいと思っているのは、「自分の能力が驚かれる理由」だ。他にも色々と聞きたいが……まずは、そこだと考えている。一方、毅の場合は「お互いの現レベルについて」であり、西園寺は「お互いの転移したときの状況」について聞きたいとのことだった。

 一瞬、3人の視線が交錯し、弘は肩をすくめる。


『……こういう時は、年長者を立てるもんだ。西園寺さんの話から始めるか』


 弘は、西園寺に視線を向けて話を進めるよう促した。西園寺はと言うと、丸メガネの位置を指で直しながら頷いている。


『話を始めると言っても、聞きたいことは皆さんの転移直前の様子……なんですけどね』


 それを聞いてどうするのかというと、西園寺曰く、元の世界に戻るための情報集めをしているらしい。


『これは毅君にも、まだ聞いてませんでしたっけね。まあ、アレです。個人情報的な感じがしましたから』


 そう西園寺が言うと、弘と毅は顔を見合わせて苦笑した。個人情報……このファンタジーRPGのような世界に来て、そういった言葉を聞くことになろうとは……。この弘達の想いに気がつかない様子の西園寺は、まず自分を指差した。


『私が異世界転移した切っ掛けは、バス停で待っているときにトラックに撥ねられたことです。あれは確か、建築業者のトラックでしたかねぇ』


『えっ? 西園寺さんもなの?』


 そう声をあげたのは毅であり、興味深げにメガネの位置を直す西園寺と、少し驚きの表情になっていた弘に対して言う。


『この僕も、転移した切っ掛けはトラックに撥ねられたことなんだ。僕の場合は……運送会社のトラックだったかな。ちなみに信号待ちしてるときに突っ込まちゃった』


『なんだかなぁ。え? ああ、俺の番か』


 最後に残った弘は、2人からの視線を受けつつ、自分が転移した状況を説明した。


『実を言うと、俺もトラックに撥ねられたんだ。たぶん運送屋……だった気がする。葬儀屋で駐車場係をしてるときだったんだが……って、おい』


 先の2人のようにトラックに撥ねられた件と、当時の状況を説明した弘は、ずいっと顔を前に突き出す。ほぼ同時に、西園寺と毅も顔を前に出した。


『どうなってんだ、この世界は? こっちへ飛ばされるには、トラックに撥ねられる必要があるってのか?』


『ほんと、びっくり。異世界転移系のラノベで、トラックに撥ねられて転移ってのはよくあるけど。まさか3人揃ってとはね~』


『冷静に考えると、人身事故が3件というわけで……。あまり良い気がしませんよ。しかも、我が身のことですし。いや~……トラック、怖かったですねぇ』


 毅は面白がっているが、西園寺は複雑な表情をしている。弘はと言うと、何か引っかかるような気がして頬を掻いた。


『沢渡さん? どうかした?』


『いやな、俺ら3人とも召喚術士で、3人ともトラックに撥ねられて異世界転移だろ? 毅が言ってたセリフじゃないけど、なんつ~か揃いすぎてんじゃね?』


 これを聞き、西園寺達は『言われてみれば……』と表情を硬くする。


『いいか? こいつは、エルフや喋れるレッサードラゴンから聞いた話なんだが……』


 自分達が異世界転移したのは、グレースやクロムが語った『昔話』や『伝承』からすると、何者かが召喚した結果であるらしい。では、その情報が正しいとして……誰が召喚したのか。それも何の目的で。


『それとな、この世界に召喚術士が現れるってのは、何百年かに1人か2人なんだってよ』


 その情報を弘に教えてくれたのは、山賊時代の恩人……頭目ゴメスである。今は亡きゴメスの顔を思い起こしながら、弘は続けた。


『この幾つかの話が間違ってないとしたら。ほんの1年ほどの間で、3人も召喚術士が転移してくるってのは……ちと多すぎね~か?』


『確かに。私達が召喚された時期だけ、呼ばれた人数が多い……ですか。気にはなりますね』


 西園寺が頷く。


『それに沢渡さんは聞きましたか? ディオスクという都市で……』


『ひょっとして、キオ・トヤマのことか?』


 先回りして名前を出したところ、西園寺は目を細めて再度頷いて見せた。どうやら正解だったようだ。闘技場でラングレンから聞いた限りでは、レッサードラゴンクロムを倒した男……キオ・トヤマも召喚術士のようなのだが……。


『それと……そうだ。以前、オーガーが居る森に討伐依頼……俺が請けたんじゃね~けど、そこへ行ったことがあってな』


 弘が、召喚術らしき魔法を使うオーガーを倒したことを伝えると、西園寺が『ふむ』と唸り、毅が溜息をつく。そして、2人は同時に呟いた。


『これで召喚術士が5人ですか。先程の話のすぐ後ですから、余計に多い気がしてきました』


『む~、何だかつまんない』


このうち、弘が興味を示したのは毅の発言である。今の会話の中で、何か面白くないことでもあったのだろうか。そこを確認してみると、毅は我に返ったような素振りを見せながら、顔を赤くする。


『いやね。……笑わないで聞いてくれる?』


 弘は西園寺と頷き合い、『オーケー。笑わない』と約束をした。それを聞いた毅は、少し疑うような視線を向けてきたが、やがて視線を逸らせ気味に話し出した。


『僕が、つまんないって思ったのは。その……召喚術士が多すぎるってこと』


 このファンタジーRPGのような世界に飛ばされて、しかも自分が召喚術を使えると知ったとき。毅は大いに喜んだのである。


『じ、自分が……RPGの主人公になったみたいな……そんな気がしてたし……』


 その後、暫くして西園寺と出会い、行動を共にするようになってからも、自分は主人公である。この世界は自分の冒険物語のための舞台だ。そう言った思いは拭えなかった。


『西園寺さんには、何て言うか……失礼な話だと思うんだけど』


『いえいえ、気にしなくていいですよ。そういう気持ちは理解できますから』


 西園寺は自分が小学生の頃に、テレビゲームが普及しだしたと言い『RPGも随分と遊びましたが。主人公の名前を自分の名前にしないと、何だかこう……気が乗らないんですよねぇ』等と言い、遠い目をしてみせる。 


『ああ。それ、わかるっす。俺も、古いゲームで遊んでたし。それに毅の気持ちは、俺も理解できるなぁ。だから馬鹿にしたり……ってことで、毅を笑ったりしない。ホントだぞ?』


 そう言って弘が笑うと、他の二人も楽しそうに笑った。その後は少し、ゲーム談義に花が咲いたが、やがて弘が咳払いをして会話を中断させる。


『っと、ゲーム話ばかりしてても仕方ないな。悪いっすね、西園寺さん』


『いえいえ。楽しかったですよ。それに思いの外、収穫もありましたし』


『えっ? 西園寺さんの知りたい事って、転移したときの状況っすよね? 今の話の中で、それ以外の要素って何かありましたっけ?』


 弘は、ここまでの会話を思い起こす。三人供が召喚術士で、揃ってトラックに撥ねられて転移して来たこと。他にも2人、召喚術士が居るっぽいこと。毅がゲームの主人公気分で居たこと。その気持ちを、西園寺も弘も理解できること。


『あ~……ゲームの話は関係ないかもだな』


 そう呟いていると、西園寺が『はっはっはっ』と笑った。


『言ってませんでしたが、私が本当に知りたいこと。それは、元の世界……日本に帰る方法なんです。こう見えても妻帯者でして、娘も居ますし……。何としても帰りたいんですよ。だから、お二人の転移したときの様子を聞かせて貰った。何かの参考になるか……と思いましてね』


『で、参考にはなったの?』


『はい』


 毅に聞かれた西園寺は、ニコニコしながら頷く。 


『沢渡さん達との会話で、召喚術士が少なくとも5人居る。そういう情報を得たのですが……そのうち、名前がわかっているのは4人。私と沢渡さんと毅君。それと、キオ・トヤマでしたか。5人中の4人までが日本人……いえ、トヤマ氏は日系人かも知れませんね。それでも、日本人が多いと思いませんか?』


『言われてみると、そうだよな。他の国の奴が飛ばされてきてても、おかしくない気はするが……それでも5人中3人、もしかしたら4人か……』


(ひょっとしたら、あのオーガーも日本人か日系人? ……いや、まさかな)


 オーガーも含められるとしたら、これで5人だ。確かに召喚術士が……と言うだけでなく、日本人が多い気がする。チラリと視線を毅に向けると、どうやら彼も同じ意見らしい。


『同じ飛ばされ方で、全員が召喚術士。加えて、ほぼ日本人だけ。何やら関連性があるような気がします。そして、何と言いますか……』


 言いつつ西園寺は、人差し指でメガネの位置をクイッと直す。


『その辺りの事情……ですかね。謎……だとか。そういったものを調べていけば……』


『日本に帰れるって言うの?』


『いえいえ。そこまで高望みはしちゃいませんよ。でもね、毅君』


 西園寺は言った。物事は積み重ねだと。こういう小さな事をマメに行っていけば、例え少しでも元の世界への帰還に繋がるのではないか……と。


『ほへ~。さすが公務員、それに妻帯者さんだ。言うことが真面目だねぇ』


『そういう沢渡さんは、日本に戻りたいとは思わないのですか?』


 ジッと西園寺が見つめてきた。その視線を受けた弘は即答する。


『思わないっすね。両親は健在だけど。こっちで、しがらみ……って言ったら悪いか。ええと、そうだ。大事なモノが出来ちまった。それはね、俺みたいな奴のことでも……』


 弘の脳裏には、カレンやグレース達の顔が思い浮かんでいた。


『とにかく俺は、こっちに残る気なんす』


『そうですか……』


 短く言った西園寺だが、弘の選択が正しいかどうかについては言及はしない。ただ弘は、その呟きに何となくではあるが、良い印象を感じていた。


『この際です。以前にも聞きましたが、毅君にも聞いておきましょうか? 戻る気は……』


『僕も以前に言ったはずだけど……戻る気はないよ。こんな面白そうな世界に来たんだし。目一杯楽しみたいじゃない』


 朗らかに笑う毅に対し、西園寺は『そうですか』とは言わなかった。成人男性である弘とは違い、毅はまだ未成年である。自分のように、元の世界に戻ることを優先した方が良いのではないか。そう説得をしたのだが……。


『嫌だよ! しつこいな! 僕は、僕の冒険をしたいんだ!』


 そう言って取り合わない。これ以上の説得は逆効果だと思ったらしい西園寺は、そこでようやく『そうですか』と呟いた。この『そうですか』は弘の時とは違い、困ったような、それでいて渋さも感じられる。


(毅の奴は気づいてなさそうだがな。それにしても毅は……色々と重症だな)


 西園寺が毅を説得しようとした気持ちや理由を、弘は理解できていた。自分のような成人男性なら、そのオツムが大人だろうと子供だろうと、自分の行動に対して責任を持つべきだ。熟考した上で、この世界を選ぶと言うのであれば、西園寺は弘に対して特に何か言う気がしなかったのだろう。だが、毅は未成年。未成年である以上は保護者が必要で、その役目は本来なら両親が負うべきである。


(そう考えて毅に口出ししたんだろうけど、あの様子じゃあなぁ……)


 一瞬、西園寺の肩を持って、自分も毅を説得してみようかと考えた弘だが、すぐに却下した。両親を日本に残し、この世界で生きることを決めた自分。そんな親不孝な自分が、偉そうに説教するべきではないと感じたのである。


(親父とお袋か……)


 あまり良好な家族関係ではなかったが、衣食住の面倒は見てくれた。そのことについては子として普通に恩義を感じている。何か、元の世界に帰ること以外で、自分に出来ることがあれば良いのだが……。


『次は、僕が聞きたいことを聞いてもいいかな?』


 不意に毅が話題を変えてきた。話が一段落したと見て、自分の番に持っていきたいらしい。もっとも、元の世界に帰る云々で、これ以上お説教されたくないと考えたのもあるようだ。


『……いいけど。毅の聞きたい事って、各自のレベル数値だっけ?』


『うん!』


 一転して元気になった毅が頷く。質問内容から考えると、単に強さ比べをしたいのだろう。気持ちはわかるけどな……と、弘は口の中で呟いた。こういった世界へ飛ばされて、能力者となったのだ。似たような境遇の者と会ったら、互いの強さに関しては気になるところだろう。


(実際、俺も気になるし……)


『西園寺さんも、いいよね!』


『はははっ。私のレベルに関しては知ってるでしょうから、沢渡さんのレベルが知りたいと言ったところですか』


『うっ……』


 指摘された毅は、顔を赤くして言葉を詰まらせた。こういう反応が妙に可愛い。だから弘は「こいつ、本当に男か?」と思う。よく見れば顔立ちも綺麗な感じであるし、ひょっとして男装の麗人。……と言うか男装女子の可能性も。


(ま、どうでもいいか。男でも女でも、俺には関係ないし)


『いいさ。レベルくらい教えても。……とはいえ、聞いてくる以上は、毅のレベルも教えてくれるんだろ?』


『もちろん! じゃあ、いくよ? 僕のレベルは……18さ!』


 自らのレベルを明かした毅は胸を張った。弘も、転移後1ヶ月ほどでレベル18とは、なかなかのものだと思う。そして、ふと思ったことを毅に聞いてみた。


『ちなみに、転移したときのレベルは幾つだったんだ?』


『ふっふっふっ! 18さ!』


『……はっ?』


 そう声を発した弘は、思考が硬直している。すぐさま復活して、まず思ったことは……自分が転移して来て間もない頃、初めてステータス画面を見たらレベル3だったこと。それに比べて、転移するなりレベル18というのは、いくら何でも差がありすぎだろう。そして、転移後1ヶ月も経過してレベルが上昇していないと毅は言う。これに関して弘は「こいつ、今まで何してたんだ?」と思っていた。

 こういった弘の思いに気がついているのかいないのか。相変わらずニコニコしている西園寺が挙手する。


『次は私ですか。今のレベルは25です。転移したときはレベル1でしたかね』


 毅とは違い、西園寺は良く頑張っている方だ。転移時点のレベル1から2か月でレベル25まで持ってくるには、並々ならぬ努力が必要である。


(経験値取得とかレベルの上がり方が俺と同じだったら……だけどな。しかし、さすがは公務員さんだ。真面目だねぇ……。つか、異世界で生き延びようってんなら、やっぱレベル上げは必要だもんな) 


 それだけに毅の怠慢は気になる。あるいは、レベルが上昇しない理由でもあるのかと思ったが、そういった突っ込んだ質問を弘はしなかった。出会って間もないことだし、ずけずけと聞くのもどうかと考えたからである。


『じゃあ、俺の番だな。俺の今のレベルは……498』


『ええええええええええっ!?』


 驚きの声をあげ、毅が腰を浮かせる。これがテントの中でなかったら、立ち上がっていたかもしれない。


『さ、沢渡さんは転移してから半年ぐらいだったよね! 確か!』


『お、おう? ひょっとしたら1年くらいかもだけどな』


 毅の反応を見た弘は、少し引き気味だ。相手方のレベルを先に聞いていたので、少しばかり優越感を抱いていたが……。


(なんかヤベぇな。適当に話を流しちまった方がいいか?)


 現レベルの自己申告は3人とも終わったわけで、もうこの話題は良いんじゃないだろうか。この方向で話題転換を図ろうとしたが、それよりも早く毅が詰め寄ってきた。


 ずざざざっ!


 シートの上を膝立ちで移動するや、弘の目の前で正座する。


『おい、近ぇえよ』


『沢渡さん。ステータス画面……って、あるよね?』


 目が怖い。殺気のようなものすら感じた弘は、上体を反らせて毅から距離を取ろうとした。


『あるけど……。てことは、毅や西園寺さんにもある感じか。そ、そうだよな。同じ召喚術士なんだし!』


『同じ召喚術士? ……そうですかねぇ』


 西園寺がボソリと呟く。しかし、その声は続く毅のセリフに掻き消され、弘の耳には届かない。


『ねえ、沢渡さん! お、お互いにステータス画面を見せっこしようよ! 面白そうだから!』


『え? あ~……うん。面白い……のかもな』


 ここに到り、弘は毅が「レベルの差について嫉妬しているのではないか?」と思い出していた。自分が優越感を抱いていたぐらいだから、相手たる毅は逆の思いをしたことだろう。それに、この剣幕。


(どんだけショックだったんだよ?)


 とは言え、自分が毅の立場だったら、同様に嫉妬したり悔しい思いをした可能性が高い。そう考えると、無下にするのも気分が悪いだろう。


『じゃあ、ステータス画面の見せっことやらをしてみるか。西園寺さん?』


『私なら構いませんよ』


 年長者の同意も得たことで、弘は皆と一斉にステータス画面を展開した。それぞれの顔前で開かれるステータス画面。そこに表示されるレベル数値は……。



 西園寺公太郎 レベル25

 犬飼毅    レベル18

 沢渡弘    レベル498



『なんでぇええええ! うっそおおおおおお!?』


『うわ、うるせぇ』 


 テントの外……下手をすれば街道まで届きかねない声で、毅が絶叫した。西園寺はと言うと、興味深げに弘のステータス画面を覗き込んでいる。


『ふ~む。本当にレベル498なんですねぇ。その他の数値も信じられないほどに高い。沢渡さんは、私達よりも転移歴……と言うのも変ですが、転移してからの期間が長いそうで。それにしても、これは……。何か、レベルアップの秘訣があるんですか?』


 差し支えなければ教えて欲しいと西園寺が頭を下げた。それを見て、毅も頭を下げる。こちらは、年長者の態度を見て倣っただけのようだが、人にモノを聞く態度としては悪くない。


『参考にはならないだろうから、頭下げられても困るんだけどな』


 弘は頭をボリボリ掻きながら説明を始めた。それは、ブレニアダンジョンにレベル上げ目的で籠もった際、妙な空間に飛ばされてたこと。そして、その空間でモンスターマテリアルを倒し、レベルアップをしたことなどだ。


『たまたま転移させられただけで、同じ場所に行く方法ってなぁ……わかんね~なぁ』


『そんな……』


 この世の終わりのような顔をした毅が突っ伏する。こうなるだろうなと思っていた弘は溜息をついたが、西園寺はと言うと、それほど残念そうにはしていない。


『西園寺さんは、こんな感じでガックリこないんですか?』


『いやあ、残念と言えば残念ですが。同じ手を使えないとあっては……ね。まあ、私達は地道にレベルを上げていくことにしましょう』


 そう西園寺が言い、毅が黙ったままなので、毅の質問タイムは終了ということになった。


『じゃあ、最後は俺だな。少し前、俺が自分の能力について話したときの話だ。2人は驚いてたよな? 俺の能力って……何か変なのか?』


 他の召喚術士から見た時、自分はどうなのか。レベル差はともかくとして、格好良いのか悪いのか。凄いのか凄くないのか。果たしてどういった反応があるのか。少しばかりドキドキしながら、弘は2人の回答を待つのだった。



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