第百四十六話 召喚術士の影
ブレニアダンジョンと都市ディオスクは、徒歩で移動するなら約3日間の距離である。脚と体力に自信があるなら2日で到達できるが、野盗やモンスターの出現を考えると歩くだけで体力消費するのは考えものだ。だから本来であれば、まず3日間と言ったところなのである。
だが、その距離を弘は1時間と少しで走破していた。途中、雨水で街道が軟化していたりしたが、そこは召喚したオフロードバイク……ホンダCRM250ARに物を言わせて、突っ切っている。そして何より、この世界において時速100キロを超える高速走行は、陸生乗用動物の移動速度を遙かに凌駕するのだ。
なお、モンスターや野盗とは一応遭遇していたが、バイク走行しつつの機関銃掃射にて瞬殺されている。
ブァアアアアア! ザザザッ!
都市壁が見えるところまで到達した弘は、ホンダCRM250ARから降りると名残惜しく感じながらバイクを消去した。MPによって形取られていたCRM250ARが瞬時に消滅し、弘は消えた車体の位置を数秒間見つめる。
「……まあ、また乗れるさ……」
そう呟くと、弘はディオスクへ向けて歩き出した。今の能力値であれば、走っても良いのだが、それだと門兵達に怪しまれるだろう。特に必要が無ければ、普通に振る舞うのが一番だ。
「おっと、そうだ……」
黒系の衣服に肩当て無しの黒革鎧。腰には日本刀の虎徹を差す。そう言った出で立ちの弘は、アイテム欄からバックパックを取り出し、それを面倒くさそうに背負った。ステータス画面からのアイテム欄収納があるため、本来ならバックパックなど必要ないのだが、背中が寂しい姿は結構目立つのである。
「あいつ、あんな軽装備でどうしたんだ? みたいな目で見られるんだもんな~」
自分だけでなく、他の冒険者もアイテム欄やアイテムボックスのようなモノを使えればいいのに。そういった事を考えながら、弘は街道を進み都市門をくぐろうとする。都市門には左右に1人ずつ、2人の門兵が居て、通行人をチェックしているようだ。特に身分証を持たない者は、しばしの間足止めを食うことになるが、弘は冒険者。ギルドから貰った登録証を見せれば、さほど手間取らずに通行が可能で……。
「うん? あ、あんた! ヒロシ・サワタリか!」
冒険者登録証を見た門兵が驚き叫ぶ。弘は「天下の往来で、人の名前を叫ぶんじゃないよ」などと思いかけたが、周囲の通行人がざわめいたので辺りを見まわした。荷馬車に乗った商人や、売り物の豚などを連れた老人。他には壁外の露天商や、その客などが驚きの視線を弘に向けている。
「何だってんだ? 俺の顔をジロジロ見て。そりゃあ傷のおかげで、人相は悪いかもしれないが……」
「違う違う」
門兵が「叫んで悪かったな」と冒険者登録証を返却しながら、弘に説明してくれた。
「みんなが驚いてるのは、あんたが有名人だからさ」
「有名人? 俺が? ……ああ」
以前、このディオスクの闘技場で闘技者として出場し、10連勝したことを弘は思い出した。あれから結構経ってると思うが、まだ話題に上っているらしい。だが、門兵が言った『有名な理由』は、10連勝の件だけではなかったことを弘は知る。
「はぁ? 俺が死んだって? いったい誰が、そんなデマを……」
「いや、俺は噂に聞いただけだから。ギルドの支部に行けば何か解るんじゃないか?」
そう言われて気勢を削がれた弘は、周囲の者達から視線を向けられたままである事に気づいた。このままでは門兵の仕事の邪魔になるし、他の者にとっても迷惑だろう。暴走族時代であれば、そんなことは気にしないで門兵を締め上げていたところだが、今の弘はカタギだ。ここは変に揉め事を起こすよりも、言われたとおりギルド支部に向かうべきだ。
「ああ、いや、良いんだ。騒いだりして悪かった。……通ってもいいんだろ?」
おどけた調子で言うと、門兵は咳払いをした後で頷いて見せた。許可を得た弘は、そそくさと退散し、久しぶりで歩くディオスクの町並みに目をやる。以前に闘技者生活を送っていた時期と、そう変わりない……いや、変わっている光景があった。
「ん~? ありゃ、グレースの居た娼館……の跡か」
恋人の1人、エルフのグレース。彼女が高級娼婦として勤めていた娼館が取り壊され、ほぼ更地となっていたのだ。対立する組織によって焼き討ちにされた後、弘がディオスクを離れている間に取り壊されたらしい。
(グレースの居た娼館っていやぁ、魔法結界仕込みの扉とかがあったな)
魔法と物理の攻撃を同時に行使しなければ破壊できない、実に厄介な代物だった。だが、今の弘ならば解放能力を使用した上で、召喚具のメリケンサックを装備し……単に殴るだけで破壊できるだろう。それほどのパワーアップを遂げているのだ。
「今度似たようなことがあったら、もっとスマートに事を運びたいねぇ……」
グレースを助けたときは、スーパーカブを鈍器代わりにして結界扉を破壊している。バイク乗りとしては、乗り物を無体に扱うのが気が引ける弘であった。
そうして娼館跡地を通り過ぎ、弘は冒険者ギルドディオスク支部に到着する。窓から差し込む陽光で、1階の酒場は割と明るい。久しぶりで見る、ギルド酒場に弘は頬を緩めたが……。
「おい。あいつ、サワタリじゃないか?」
「闘技場10連勝の? ブレニアダンジョンで死んだって聞いたぜ?」
「死なないで戻ってきたって事は……例の泉を見つけたのかな?」
「でも、あの依頼って依頼主が取り下げたんだっけ。報酬とか貰えないだろ?」
そう言った囁き声が聞こえる。中には闘技者時代の対戦相手、レッサードラゴンのクロムについての噂も聞こえ、弘は軽く舌打ちをした。
噂話を振り切って2階へ行こうとしたが、ここでデイル達のことを思い出して足を止める。そして手近に居る男性冒険者……戦士らしき男に話しかけた。
「なあ? ちょっといいか?」
「お、おう。なんだよ?」
突然、『噂のサワタリ』から話しかけられたので少し引き気味だったが、質問は受け付けてくれるようなので、弘はデイルパーティーについて聞いてみる。
「いや、ブレニアダンジョンを出るとき、デイルって人がリーダーのパーティーと、暫く一緒に居たんだけどな」
デイルが言った『ギルド依頼の請け賃』徴収。これは、やはり……新人をからかっているのだろうか。その事を弘が確認した瞬間、酒場内が爆笑で満たされた。そして質問を受けた男性戦士が、ヒーヒー言いながら弘の肩に手を置く。
「くひ~っ! 腹痛ぇ! あいつら、よりによってサワタリに話したのかよ!」
「で? サワタリは何て言ったんだ? 今の聞き方だと、あんた自身、新人いじりには気がついてるようだが……。連中に『お前ら、騙されてる!』みたいな事は言わなかったんだろ?」
別の男性戦士……40代くらいのベテランっぽい髭の男が聞いてきた。これに対して弘は、戸惑いながらではあったが、デイルとの会話内容について話す。
「え~と……。俺はクロニウスで依頼を請けることが多かったから、よくは知らない。ディオスク支部の支部ルールじゃないか? ……と」
ここで再び、酒場内が爆笑で揺れた。若い女性偵察士や、気むずかしそうな高齢の男性魔法使い。いつもは厳しい面構えのマスターなど、皆が呼吸困難になりそうなほど笑っている。
「ひひっ! い~ひひひっ! ぶはははは! し、支部ルールとか最高だぁ! おい、みんな! 今度から、これをやる時は『支部ルール』って事でいこうぜ!」
弘が最初に質問をした男性戦士。彼がそう呼びかけると、酒場内の冒険者達は「うおおおおお!」と雄叫びをあげて同意を示した。弘はと言うと、合わせて笑ったらデイル達をはめた片棒を担ぐような気がして、複雑な表情を作るしかない。そして、笑いが収まってきたのを見計らい、男性戦士に聞いてみる。
「そういや俺は……デイル達と似たような冒険者歴なんだが。新人いじりとかは、されてない気がするな。いや、クロニウスの支部で先輩冒険者に絡まれたんだけど、あの時はまだ登録前だったし。……なんでだろうな?」
そう聞いた途端、酒場に木霊していた笑い声がピタリと止んだ。
「ん? ん? どしたの? みんな?」
キョトキョトと視線を巡らす弘。その肩を男性戦士が掴む。
「ん、まあ……なんだ。その絡んだって奴が、新人いじりだったって事でいいんじゃないか? それより、2階に用があったんだろ? さっき階段へ行こうとしてたじゃないか。なあ?」
「あ? あ~……。そういや、そうだった」
唐突に話を変えられた弘は首を傾げたが、2階のギルド受付に用があったのも事実なので、その場を去ることにした。
「悪いな、色々と聞いちまって。じゃあ、俺はこれで……」
弘は、男性戦士が頷くのを見届けてから階段へと移動し、そのまま2階へ姿を消す。それから数秒経って、酒場には騒がしさが戻ってきた。だが、それはある人物について囁き合う騒がしさだ。テーブル1つで話し合っている分には、それほどではないが、複数パーティーが一斉に話し出すと、やはり騒がしくなる。そして、各パーティーの共通の話題……囁かれる人物とは……ついさっき2階へと姿を消したヒロシ・サワタリのことだった。
とあるテーブルの男性戦士が、椅子に座ったまま肩越しに振り返る。そして隣のテーブルにいた男性戦士、そのパーティーのリーダーらしき男に聞いた。
「なあ? あのサワタリを見て、どう思った?」
「嘘みて~に、おっかねぇ。いや、普通にしてるときは怖くね~んだけどよ」
話しかけられた方の戦士が言うと、そのテーブルの男性偵察士が頷く。
「ちょっかい出そうとすると、何て言うか……威圧感みたいなのを感じるし。意識してやってるんじゃないだろうが……」
酒場に居る冒険者の中には、闘技者ヒロシ・サワタリの試合を見た者が何人も居る。そして、冒険者としてギルドに出入りしていた弘の姿を見た者も多い。その彼らの共通意見としてあるのが、「前に見た時も強そうだったけど。あんな迫力ある感じじゃなかった」というものだ。
「今、サワタリが闘技場で試合したら……対戦相手の賭け札を買う奴って居ないんだろうな。それで……だ」
弘が去り際に話していた男性戦士が、皆を見回す。
「サワタリ相手に、今から新人いじりする度胸……ある?」
「やなこと聞くなぁ。できるわけないだろ? 下手にちょっかいを出して、それでサワタリが怒り出したらどーすんだ?」
聞かれた戦士が言うと、周囲のテーブルからは「そうだそうだ」と同意の声があがる。
今ここに居る冒険者達の認識では、ヒロシ・サワタリは、つい数ヶ月前から名前が聞こえるようになったばかりの新人だ。クロニウスでは幾つかの依頼をこなしたそうだが、ディオスクではデビューして間もない頃と言っていい。聞いた話では沼地の巨人を倒したらしいが、普通ならば、その程度ではベテランとは言わないのだ。
しかし、闘技場での実績からヒロシ・サワタリが強者であることは疑いがないし、今体感した『強者の貫禄』のようなものからすれば、侮るべきではないだろう。新人いじりなど、とんでもない話だ。そうなってくると、次の話題は『サワタリの勧誘』となる。大型モンスター数体と単独で戦える戦士。それが自パーティーに加入すれば、どれほどの戦力強化となることか。
「今は1人で行動してるんだっけ?」
「聞いた話じゃあ、クロニウスのジュディスと組んでたらしいぜ?」
「あ~。あの跳ねっ返りお嬢か。まだ実家に帰らないんだな」
カレンは勿論のこと、ジュディスも貴族出身であることは、クロニウスやディオスクでは割りと知られた話である。彼女ら貴族子女にちょっかいを出す者が居ないのは、カレン達が冒険者として、それなりの実力者であること。また、下手に手を出して国から追われることになるのを嫌っているからだ。それに、素直で気立ての良いカレンや、ざっくばらんで明るい性格のジュディスは、多くの冒険者達から好かれていた。
「それよりサワタリだ。声をかけたら、パーティーに入ってくれるかな?」
「サワタリ本人が言ってたが……ブレニアダンジョンで鉢合わせたデイル達を守ってやったそうじゃね~か。ちょっと人が良い気もするが、人柄は悪くないな」
その後は、ヒロシ・サワタリをパーティーに迎え入れた場合、彼の取り分をどの程度にするに話題が移行し、冒険者達は大いに盛り上がるのだった。
◇◇◇◇
弘はブツブツ呟きながら、2階へと移動している。
これは不平を漏らしているのではなく、ブレニアダンジョンで癒しの泉らしき場所を発見したが、何やら機能停止している件。これを上手く説明できるか、練習していたのだ。
「ん、よし。この感じで行くか。……なあ、ちょっといいかな?」
弘が受付に歩み寄りつつ声をかけた時、ギルド受付には2人の女性職員が居た。その2人ともが、弘の顔を見るなり顔色を変える。
「えっ? サワタリさん? だって……ブレニアで……」
「ちょ、ちょっと! 私、ミレーヌを呼んでくる!」
受付に居たのは金髪ロングの女性と、赤毛ショートの女性で、金髪ロングの方が席を立つなり奥へと駆けて行った。人の顔を見るなり、何を騒ぎ立てんだか……と弘が思っていると、奥の方からバタバタと足音が聞こえてくる。最初に見えたのは金髪ロングの女性だが、足音は2人分聞こえた。と、その女性を押し退けるようにして小柄な人影が飛び出す。
バッサリ切った茶髪のショートカット。見た目は成人女性だが、全体的なサイズが異様に小さい。スモー族の女性、ミレーヌであった。ブレニアダンジョン前にあったギルド出張所で居た彼女であるが、出張所の撤収に伴いディオスク支部に戻ってきていたらしい。
(そういう風になるかもってのは聞いてたけどな)
久しぶりで知人女性を見た弘は、何となく嬉しさを感じていた。ほんの数ヶ月前に一度会ったきりの相手だが、ここはファンタジーな世界だ。レッサードラゴンのクロムがそうだったように、暫く顔を見ないうちに死んでいることもある。
(無事で元気ってな、それだけでいいもんだぜ)
うんうん頷いていると、ミレーヌの身長が急に伸びた。いや、何やら台にでも乗ったらしい。そのミレーヌは、弘の顔を見上げると勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「へっ?」
いきなり謝られても何が何だかよくわからない。弘は、ミレーヌの後ろで居る女性職員達に目を向けるが、2人は気まずそうに目を逸らす。ふうと溜息をつき、弘は頭を掻いた。
「顔を合わせるなり謝られても、わけわかんね~し。何があったんだ?」
「じ、実は、そのぉ……」
怖ず怖ずと顔を上げたミレーヌが、申し訳なさそうに説明する。ブレニアダンジョンのギルド出張所を撤収した後、このディオスク支部に戻ってきたミレーヌは、最終日の時点でダンジョン入りしていた冒険者について報告書を提出したらしい。
「あなたがダンジョンに居るって話はしたんだけど。ギルドでは特に救援隊の派遣はしないって……」
「それは、俺がダンジョン入りする前にミレーヌから聞いた話じゃん。言ってたとおりだろ?」
「でも、依頼が取り下げになるだなんて……。あなたが3ヶ月は潜ってるって言ってたのも、ちゃんと報告したのに……」
それでも依頼は取り下げとなった。ギルドは、弘が探索中であることを持ち出して食い下がったそうだが、依頼主……役場の意思は変わらなかったらしい。その結果、ギルド出張所が撤収となり、ヒロシ・サワタリが1人でダンジョン入りしたまま戻らない状況ができあがる。そして暫くたつと、ヒロシ・サワタリは消息不明扱いになった。更にはダンジョンの中で死んでしまった……という噂が流れ出したのである。
「『サワタリが行方不明になった』なんて話を聞くたび、まだ探索してるのよ! って訂正したんだけど……」
それが余計に、行方不明説や死亡説を広めた形になったと言う。ミレーヌは自分が噂を広めたことで大いに後悔したらしい。だが、広まった噂を聞いている内に、自分自身が真に受けるようになって、いつしか弘が死んだと思うようになったのである。
「本当にごめんなさい。あなたは言ったとおり戻ってきたのに……」
「あ~、なるほど。いや、気にしなくていいさ」
気がつくとミレーヌは目尻に涙を浮かべていた。弘は「うわ、泣かれた!?」と思ったが、努めて冷静にミレーヌを宥めている。
「こうして生きてるんだし、死んだとかって噂もすぐに消えるだろ? だから、その話はもういい。わかったか?」
「う、うん……」
表面上は落ち着いたように見えるミレーヌを前に、弘は額の汗を拭った。どうも泣く女を前にすると狼狽えてしまうのだ。
「今日、ここに寄ったのはな。例の『癒しの泉』について話しに来たんだ」
「えっ? でも、依頼は取り下げになったので、報酬は……。って、見つけたんですか!?」
金髪ロングの女性職員が、口元に手を当てて驚いている。もう1人やミレーヌも驚いている様子で、弘は「いい感じで驚いてくれてるぜ」と満足感を得ていた。
「報酬の件は仕方ないから、まあいい。でな、せっかく見つけたんだし、位置情報だけでも報告しておこうかと思ってさ。その場所って言うのが、ダンジョンの第10階層で……」
「ちょ、ちょっと待って!」
女性職員が慌てて羽根ペンや紙を用意しだしたので、弘はそれを待ってから続きを話す。泉のあった階層の深さや、階層内の状況。そこへ行き着くまでに遭遇したモンスターについても話し、最後に『癒しの泉』らしき泉が機能停止した事も話した。
(泉で話をしたヒラヌマや、異空間のモンスター・マテリアルに関しちゃ黙っておくか。俺の能力について話す必要があるかもで……面倒だし)
一通り話し終えた弘は、「じゃ、そういう事で」と立ち去ろうとしたが、その彼をミレーヌが呼び止める。
「待って待って! 何処へ行くの! 情報報酬を出すから、もう少しここに居て!」
「情報報酬? でも、依頼は取り下げになったんだろ?」
不思議に思って聞いてみたところ、高難易度のダンジョンや危険度の高い地域について、冒険者ギルドは情報報酬を出しているとのこと。
「依頼が無くなったから、今回は通常の情報報酬扱いになってて……」
「額に関しちゃ、どうこう言う気はないが。いいのか? 俺は口頭で報告してるだけだぜ?」
そう弘が確認すると、ミレーヌは肩をすくめた。
「実はね、依頼取り下げが決まった後『サワタリが戻って来て、有用な情報提供があったなら。情報報酬には色を付けてやるように』って指示が出てるのよ」
「へ~え。そいつは嬉しいな」
その後、領収書などを書かされた弘は、ミレーヌから銀貨10枚を受け取っている。情報提供の報酬としては多い気がするが、これが『色を付けた』という事なのだろう。弘は貰った金を金袋にしまうと、ミレーヌ達を見た。
「ありがたく貰っとくぜ」
「ねえ? また、この支部で依頼とか請けるんでしょ?」
そうミレーヌに言われて、少し弘は考える。そして、ニッと笑いながら答えた。
「面白い……じゃなかった、儲かる依頼があればな」
本音を言えば、面白い依頼ばかり請けていたい。だが、複数女性を養っていくことを考えると、儲け……収入を重視するべきだろう。まだ結婚もしてないのに気が早いと弘も思うのだが、何しろ対象人数が多いので、これぐらいで丁度良いのかも知れない。
ミレーヌが苦笑したのを見た弘は、今度こそギルド受付を後にする。この後は、大通りの屋台で軽食でも購入し、食べ歩きしながら闘技場へ向かうつもりだった。
(クロムを殺った奴の情報とか聞きたいんだよな……)
とは言え、その者のことを積極的に探すつもりはない。カレンやグレース達との約束もあり、王都へ向かわなければならないからだ。
◇◇◇◇
1階酒場へ降りると、幾人かの男性冒険者が話しかけてくる。その全てが自パーティーへの勧誘であり、弘は愛想良く謝絶していく事となった。
(う~あ~。面倒くせぇ)
本来の性分からすれば「鬱陶しいんだよ! 俺に話しかけんな!」と怒鳴りつけるところなのだが、これからのことを考えると乱暴な応対はできない。更に言えば、冒険者ヒロシ・サワタリの身元保証人は、恋人であるカレン・カクドガルだ。彼女に恥をかかせるわけにはいかないという思いもあって、弘は「悪いな。今別行動してるだけで、もうパーティー加入はしてるんだ」などと言い抜けていく。
そんな彼に、勧誘ではなく質問してくる男が居た。男性戦士のようで、少し酒が入っているようだ。
「よう。サワタリさんよ。1つ聞いていいかい?」
(昼飯時は過ぎてるけど、夕飯時には早いってのに。もう酒飲んでるのかよ)
少し嫌な顔をする弘であったが、冒険から戻ってきて飲み食いしている可能性もあるわけで、そこに思い至った後は普通に応対している。
「聞きたいこと? 手短で済むならいいけど」
「そうかい。じゃあ、聞くぜ? あんた、ブレニアのダンジョンで新米パーティーを守ったそうだが……。よくもまあ、あんな危ないダンジョンで足手まといと一緒に行動しようと思ったもんだ。……見捨てようとか思わなかったのか?」
「ああん?」
この質問に対して口を開き駆けた弘は、酒場内の視線が自分に集まっていることに気づいた。注目自体、先程からされていたのだが、からかい半分で勧誘に来ていたような、気楽な雰囲気ではない。敢えて言うなら、値踏みしているような視線だ。
(新米パーティー……デイル達を見捨てる……か)
ふと弘の脳裏に、かつて世話になったゴメス山賊団の面々や、レクト村事件で行動を共にしたムーンパーティ。そしてカレンやグレース、ジュディス達の顔が思い浮かぶ。
すう……はあ……。
弘は一呼吸すると、話しかけてきた男性戦士の目を見返しながら答えた。
「一緒に組んだら『仲間』だからな。新米どうこうで見捨てるなんて、とんでもね~よ」
しんと静まりかえった酒場に、弘の声だけが響き渡っていく。話しかけてきた男性戦士は、数回瞬きすると酔いで赤くなった顔に笑みを浮かべた。
「そ、そうかい。なるほど、参考になったよ。ありがとう」
そんな彼に「んっ。じゃあな」とだけ言い、弘は酒場を後にしたのである。
◇◇◇◇
弘が去った後。酒場では再び弘のことが話題になっていた。先に2階のギルド受付に移動した際も話し合われていたが、今度は「感心した!」という意見が多い。
「聞いたか? 組んだら仲間だってよ?」
「恥ずかしいセリフだねぇ。それに青臭い。……けど、サワタリが言うと……なんか格好いいよな?」
「そう、それ! あと、あの闘技場での強さで、あんなこと言われると……安心するって言うか……頼もしい?」
闘技場での弘の試合を見た者は多い。中でも、レッサードラゴンを交えたバトルロイヤルや、最終戦の逆境を跳ね返して勝利した姿は、観客を大いに魅了していたのだ。
「それにしても……」
最後に話しかけた男性戦士が呟く。
「先日、クロムに勝った奴とサワタリとじゃあ、どっちが強いんだろうな?」
その問い対し、答えを用意できた者は居ない。実際に戦わなければ解らないことだからだ。しかし、「俺はサワタリの方が強いと思うな!」、「何言ってんだ。前はクロム相手に苦戦してただろうが!」と言った声があがり、酒場は騒がしさを取り戻していくのだった。
◇◇◇◇
「収穫無しか……」
闘技場を後にした弘は、夕暮れの大通りをテクテク歩いている。手には肉の串焼きが数本持たれており、焼きたてで熱々の肉にはタレがつけられていた。このタレが、日本に居た頃によく使っていた焼き肉のタレと似た味で、弘は大いに気に入っている。
「こういう変なところが元の世界っぽくて、便利なんだか微妙なんだか……あふっ! 美味い!」
瞬く間に数本分の串焼きを平らげ、弘は串を……道ばたのゴミ箱へ投じた。こういったゴミ箱の配置も、妙に元の世界っぽい。やはり、昔に転移してきた者達の影響なのだろうか。
(さすがに分別まではしてないみたいだけどな……)
「さて……」
アイテム欄から取り出した布きれで口元と手を拭き、弘は周囲を見回す。今居るのは中央広場であり、夕焼けの赤が全てを染めていた。都市の住民や冒険者達は、これから訪れる夜に向けて、買い出しや移動で忙しなく行動している。そんな中、空いているベンチを見つけた弘は、そこに1人腰を下ろした。
(クロムを殺した奴……キオ・トヤマかぁ。結局、デイル達から聞いたのと、ほとんど同じことしか解らんかったな)
闘技場に出向いた弘は、手すきだったラングレン……10連勝時の最終戦の対戦相手……に話を聞いてみたが、結果は前述のとおりである。ラングレンが戦ったとして勝てそうか? と聞いてみたが、ラングレンはカメレオンに酷似した顔で溜息をつき、そして言った。
「無理。保護色で姿を消しても、あたり一帯凍らされたら終わりだし。アレと戦えって言われたら泣いて謝るわ」
続けて弘は、「じゃあ、俺が戦ったらどうだ? ラングレンの目で見て、どっちが強そうだ?」とも聞いている。ラングレンの返答は「俺と戦った頃のサワタリなら、奴が勝つ。で、今のサワタリだと……サワタリが勝つな」というものだった。
「あれから数ヶ月しか経ってないのに、何をしたらそんなに強くなれるんだ?」
ラングレンが言うには、弘から時折、威圧感のようなものを感じるらしい。それが、先の質問の時に奔流のように溢れ、大いに恐ろしかったそうだ。
「威圧感……ねぇ」
ベンチで座る弘は、ラングレンの話を思い出しながら身体の各所を見てみる。そうしたところで、威圧感のようなモノは感じられない。
(格闘系マンガで言う、オーラみたいなのとは違うのかな……。いや、自分のオーラは、自分で感じることができないとか?)
オーラと言えば、森で戦ったオーガーがそれっぽい事をしていたが……。
「ふう……」
溜息をついて首を振る。
自分は幾ら強くなったとはいえ、この世界にやってきた1人の人間でしかない。自分の望みは、恋人であるカレンやグレース。そして近い将来、新たに恋人になるかも知れない数人の女性達と、楽しく過ごしたいだけなのだ。
なのに、ここのところ、他の召喚術士らしき者と戦ったり、別の召喚術士の噂を聞いたりしている。
(トヤマって奴と、かち合う事にならなきゃいいんだけどな……)
相手が同じ召喚術士だとしたら、何をしてくるか読みづらいし、その者のレベルによっては大変危険だ。
(……ああ、やだやだ。別の世界に飛ばされました。色々あったけど、彼女が何人かできました。めでたしめでたし! ……で、いいじゃん。なぁ?)
こういった追加イベントのようなものは望んでいないのだが、目をつむって無視するわけにはいかない。やはり、行く先々で情報収集することとして、弘は考えを打ち切った。
「適当な宿に入って、早寝するか……」
冒険者ギルドで聞いたところでは、この先、北方に2つの都市があり、その向こうに王都があるのだという。途中の都市に寄りつつ王都を目指すことを決めた弘は、目に付いた宿に入り、その翌朝ディオスクを出発するのだった。
そして弘が早朝出発した日の夕刻、デイルのパーティーがディオスクに到着する。街道外を強行軍し、モンスターに追い回された彼らは、奇跡的に軽傷者のみで済んでいた。その怪我人も神官戦士のクロスビーが癒し、意気揚々と冒険者ギルド、ディオスク支部に乗り込んでいく。そこで彼らは、とうの昔に弘が到着、ギルドに癒やしの泉の位置情報などを報告し、情報報酬を得たことを知るのだった。当然、後から報告に来たデイル達に報酬は支払われない。
脱力して酒場へ降りたところ、ある男性戦士がデイルの目についた。これまで冒険依頼の請け賃と称して、銅貨数枚を徴収していた男である。この時点で、さすがにおかしいと思っていたデイルは、男性戦士を問い詰めたが……。
「何言ってんだ。支部ルールだよ。支部ルール」
と言って煙に巻かれる。……しかし、ここで酒場内の冒険者らが爆笑し、ようやくネタばらしとなった。男性戦士からは「今度から、もっと気をつけな」と、今までに渡していた銅貨を返却され、後は他の冒険者達からいじられ放題、いじられたのである。
こうしてセコい考えが実を結ばず、良い恥をかく羽目になったデイル達であるが、ブレニアダンジョンでの弘の戦いぶりを語って聞かせることで、幾ばくかの金銭を得ることに成功していた。その後は暫く、食べるのに困らなかったという。