表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第8章 王都へ
148/197

第百四十五話 ダンジョンの外

 新米冒険者パーティーの助っ人として、ダンジョン出口を目指す弘であったが、思いのほか面倒な気分を味わっている。いや、出てくるモンスターは強くてもミノタウロスや、ワイバーンクローラー。それにストーンゴーレム。その他はオークやゴブリンなどの雑魚ばかり。では、何が面倒なのか。実は召喚銃器を見せないよう、事前に召喚した日本刀の虎徹だけで戦っていたため、けっこう手間がかかるのだ。もちろん、レベルアップによって身体能力も向上しているから、常に敵集団を圧倒しているのだが……。


(第2階層へ戻ってくるまで、弾幕で押し通ってたからな。ちまちま斬り合うのがウザいったらないぜ…… )


 口を尖らせながら先頭を切って戦い、あちこち駆け回ってモンスターを切り刻んでいく。その中には身長2m超えのストーンゴーレムが居るのだが、弘が駆け寄って虎徹を振るうや「カキィ!」という音を立てて胴体が両断された。


 ズズ……どずん! ずしん。


 上半身が落ち、下半身が倒れることで重い音がする。しかし、弘は構わずにモンスターを斬り続けた。そうして通路にモンスターの残骸が広がっていく光景を、新米パーティーのデイル達は呆然と見守っている。実のところ、彼らは戦闘にほぼ関与していない。たまにオークやゴブリンが転がり込んでくるので、それを寄ってたかって倒す程度だ。


「しかし、恐るべき強さですね」


 一応、メイスと盾を構えている神官戦士、クロスビーが呟く。それを聞き、パーティー内では一番前に出ていたリーダー、戦士のデイルは頷いた。


「ああ。最初に出会ったときの戦闘でも凄かったが、ここへ来るまでにもう5回は戦っているのに、ほとんど1人で蹴散らしてる」


「ディオスク闘技場で10連勝するって。凄いんですねぇ」


 続いて呟いたのは、同じく戦士のフレッドだったが、デイルパーティーの面々は「闘技場で何連勝とかじゃなくて。もっとこう、途轍もない奴じゃないのか?」と思いだしていた。幾ら闘技場で強いと言っても、限度というものがあるのではないか……と。


「あはは。お、おとぎ話の英雄なんか、こういうイメージよねぇ……」


 短弓を構え……いや軽く矢をつがえた状態で下ろした女盗賊、マイコが言うと、それに対して魔法使いのグリーンが口を開こうとする。しかし、ここでクロスビーが前方を指差しながら叫んだ。


「まずい! あれはスペクターです!」


 スペクターとはゾンビなどと同様、アンデッドモンスターである。死霊や霊体型に分類され、実体が無いために通常の武器ではダメージを与えられない。繰り出す攻撃としては、接触や霊波による精神攻撃とレベルドレインがあり、弘の知るファンタジーRPGでは、霊体型モンスターの最上位種として登場することもあった。

 これらの情報で問題となるのが、通常武器での攻撃を受けつけない点だ。弘の持っている武器が魔法武器でなければ、魔法使いによる付与魔法での魔法武器化。あるいは、神官の法術で似たような処置を施すしかない。いくら怪力だとは言え、攻撃が擦り抜けるのでは意味がないのだ。

 その他の手段としては、僧侶職であるクロスビーが祓う。つまり、ターンアンデッドするというのがある。


「クロスビー。ここからターンアンデッドできるか?」


「無理ですよ。私の実力では、数メートル内に居て欲しいところです。しかし……」


 髪を短く刈り込んだクロスビーは、生真面目そうな顔をデイルに向けて渋くする。


「今の私に、スペクターを祓えるとは思えません……」


「じゃあ、グリーン。魔法攻撃だ! 魔法の矢とかでもダメージが……」


 キィェエエアアアア!


 突然の金切り声が鼓膜を振るわせ、デイル達は肩をすくめた。ダラダラとお喋りしている間に事態が進展したらしい。「サワタリがやられたんじゃないよな?」などと言い合いながら視線を前方に向けると、弘に掴みかかろうとしたスペクターが袈裟斬りに斬られて消滅せんとするところだった。フードを被った白い人影。そんな見た目のスペクターが煙のように消えていく。消える瞬間、両手で頭を抱え絶叫している風だったので、逃げたのではないだろう。


「倒しちまったのか? サワタリの持ってる剣って、魔法武器?」


 フレッドが呟いてると、出現したモンスターを倒し尽くした弘が手招きする。次のモンスター集団が出る前に、先へ進もうと言うのだ。それに対して文句を言う者はおらず、デイルを先頭にして、パーティーメンバーが駆け出した。

 一方、弘は追いついてきたデイルを見ると、早歩きのままで声をかける。


「怪我人とかは?」 


「おかげさまで、誰も負傷者は居ない。しかし……スペクターを倒すとは……。その剣は魔法の武器なのかい?」  


「魔法の武器ぃ!? え、ああ、これか……」


 弘はスタスタ歩きながら、虎徹を見た。周囲は松明やランタンが頼りの暗闇だが、強化された視力のおかげで刀身がよく見えている。召喚術によって出現する武具は、すべてMPを素材とした品だ。MPの塊であるから、魔法武器には違いない。だからスペクターのような非実体のアンデッドにも通用する。

 それらの理屈について説明する気がない弘は、「そう! そうなんだ。魔法の武器。イカすだろ?」とだけ言っている。対するデイルは軽く頷くのみであった。だが無論、今の説明だけで全て納得したわけではない。


(やはり魔法の武器か! あれほど強いのだから、それぐらい持っていて当たり前だな。しかし、それにしては防具が貧相だ。俺と同じで革鎧とは……)


 デイルも革鎧着用なのだが、これは資金的にチェインメイルやプレートメイルが買えないためだ。しかも中古品で、サイズが合う物を探すのに苦労している。


(板金……いや、せめてチェインメイルとかが欲しいんだが。実家に仕送りもしなくちゃならんしな……)


 そんなデイルにしてみれば、弘の持つ剣……日本刀は、一見しただけでも逸品であるのが解るし、実に羨ましい。一方で、そういった高価な剣を持つ弘が、安価な革鎧を着ている。そのチグハグさに、デイルは首を傾げてしまうのだ。革鎧と一口で言っても、弘は黒塗りしただけの革鎧であり、デイルの鎧はワックスなどで固めたハードレザー。更に言えば、弘は革鎧の肩当てを外している。そのため、肩が露出しているが、デイルの鎧はそうではない。つまり、防御力の点においては、デイルの鎧の方が勝っているのだ。

とは言え、弘が革鎧を使う理由については幾つか思いつく。


(闘技場で稼いだ金で、まずは武器を超豪華にしてみた……とか。いや、そんなにお宝は見つからなかったと言ってたが、あの剣がダンジョンで拾得したお宝だったりしてな。ああ、羨ましい……)


 と、このようにデイルは、弘について早歩きをしつつ考えて込んでいた。もしも彼が、仕事に慣れてきた冒険者であれば、ダンジョン内で物思いにふけりながら歩いたりはしなかっただろう。まさしく不注意であり、そのつけをデイルは支払う羽目になる。


「先輩、何やってんです! 前! 前!」


 最初に聞こえたのは、自パーティーの戦士フレッドの声だ。彼は警備兵時代の部下……後輩だが、冒険者となった今でもデイルを先輩と呼ぶ。もはや口癖になっており、何度言っても、リーダーという呼称が定着しない。そして、先輩と呼ばれたデイルが「先輩って言うな!」と返すのが定番になっていて、この時もデイルは決まり文句を口に出そうとした。


「先輩って……げぇえっ!?」


 セリフの後半が、カエルの鳴き声のようになる。それもそのはず、すぐ目の前に巨大なモンスターの影があったのだ。それはノソノソと歩く熊。ただし、暗所での生息に特化しているため、目が退化していた。ケイブベアという名で知られるモンスターであったが、その強さは並の戦士が一対一で戦うには無理がある。攻撃された場合、前足で殴られる。突進で吹き飛ばされる。噛みつかれる。この内のどれをされても、例えばデイルなら大怪我は免れないはずだ。悪くすれば死んでしまうだろう。

 状況としては第1階層……地下大駐車場へ踏み込んだ途端、ケイブベアの集団と出くわしたのである。そのまま戦闘になったのだが、これまでどおりに弘が相手集団に飛び込み、圧倒的な戦闘力で蹴散らしていく。デイルパーティーの面々は、時折近づいてくるケイブベアを牽制するだけで良かった。だが、どういうワケか、パーティーリーダーのデイルがボウッとしており、その眼前までケイブベアの接近を許してしまったのである。


「う、お……」


 立ち上がって右前足を振り上げるケイブベアに対し、デイルは長剣と円盾を構えた。だが、圧倒的な体格差に怖じ気づいてしまう。自分が剣を振るったとしても、ケイブベアには掠り傷ぐらいしか与えられないだろう。そして、自分がケイブベアに攻撃された場合。前述したとおり酷いことになるはずだ。最大戦力たる弘は、前方で20体近くのケイブベアと同時に戦っており、今から戻っても間に合わない。仲間達を見ても、他のケイブベアを相手するので精一杯の様子だ。つまり自分は、ここで熊にやられて死ぬしかない。死ぬと決まったわけではないが……たぶん死ぬ。


(こんなダンジョン。来るんじゃなかった……)


 後悔するデイルに、ケイブベアの右前足が振り下ろされ……かけた、その時。


 ズカッ!


 そんな音がしたかと思うと、ケイブベアの人間で言うところの眉間から刀身が突き出ていた。そのまま絶命したらしいケイブベアがドウと倒れたのを見て、デイルは「助かった!」と思ったが、すぐに顔を青くする。このケイブベアの頭部に刺さった剣。その特徴的な形状から弘の物に違いない。だが、剣を投じてデイルを救った弘は、丸腰になったのではないか。


(すぐに助けに行かないと!)


 助けてくれた借りを返したい気持ちと、ダンジョンの外までもう少し……とは言え、ここで弘が居なくなると無事に出られるかが不安。そう言った気持ちが半々のデイルは、前方で戦っているはずの弘に目を向けた。そうしてデイルが見たものとは……。


「どけやオラァ!」


 どげし! ぼかぁ!


 殴ったり蹴ったりでケイブベアを倒していく、ヒロシ・サワタリの姿であった。



◇◇◇◇



「ったく! あのオッサン、不意打ちされすぎ」


 飛びかかってきたケイブベアを、弘はパンチ1発で吹き飛ばす。その右拳には鉄のメリケンサックが装着されていた。別に素手であっても同じ事はできるのだが、「指とか怪我したら嫌だな~」と思ったので召喚したのである。

 先程は、何やら動きが止まっているデイルにケイブベアが襲いかかろうとしたので、とっさに虎徹を投げたのだが……。


(色々考えるのはいいけど、動きまで止めるか? その点、俺なんか……)


 どかぁ!


 考え事をしながらだって、これこのとおり。ケイブベアを喧嘩キックで一撃だ。そうして残ったケイブベアを叩きのめした弘は、デイル達が駆け寄ってくるのを待つ。


「すまん! またもや助かった!」


 デイルは、駆けてくるなり手に持った虎徹の柄を差し出した。どうやらケイブベアの頭から抜いて持って来てくれたらしい。礼を言いつつ虎徹を受け取った弘は、皆を促して歩き出した。前方200mの辺りで、外の光が見える。入ってくる光は眩しく、まだ夕刻にはなっていない時間帯のはずだ。念のため、視界隅で時計表示を出したところ、時刻は12時前。1人で行動していれば、もっと早く移動できたかもしれないが、デイル達も居たことだし「こんなもんだろうな」と弘は思う。


「な、なあ。聞いていいか?」


「何を?」


 もうモンスターは出ないと思うが、一応、周囲に視線を向けながら弘は聞き返した。デイルが聞きたかったのは、ケイブベアを殴るときに使用していたメリケンサックが、魔法の品かどうかということ。どうして、そう思ったのかと言うと、殴るだけならまだしも蹴り飛ばしていたように見えたからだそうだ。


「それはもしや、装着すると身体能力を強化できたりするのか?」 


「ん~……まあ、そんな感じ」


 嘘である。召喚したメリケンサックは、単なる鉄の塊だ。デイルは見せて欲しいと言って来たが、これに関して弘は断っている。嘘がバレるし、自分が身体能力だけで熊を叩きのめせることを知られて、それが良いことかどうか判断できなかったからだ。


(ステータスの『賢さ』とか、メチャクチャ上がってるはずなんだけどなぁ)


 ステータス値が上手く反映していないのか。それとも誤表示なのか。少なくとも、力や素早さに関しては、大きく増強されているのが体感できている。


(ひょっとして……元々が知性派じゃないと、能力値が上がっても反映しない部分があったり?)


 だとしたら、ちょっとショックだな……などと考えているところに、大きな羽音が聞こえてきた。


(うげ……。まだ居るのかよ……。油断しすぎたか?)


 ボバババババババ!


 五月蠅く感じた弘が目を向けると、そこには長大な羽虫がいて、顔の高さで滞空している。解析名称は人食いトンボ。その高速飛行を活かして小動物などを捕食、時として人間も襲うらしい。


 ざしゅ!


 手首を返した弘は、下から真上に斬り上げた。この一撃で、人食いトンボの頭部は縦に割れる。弘は体液を迸らせながら落ちたモンスターを一瞥するが、ここで他にも人食いトンボがいることに気づいた。


 ボババババ!


 バオオオオオ!


 ババッ! バシャバババ!


「やれやれ。トンボって、暗いとこでも飛ぶんだっけ?」


 調べたり学んだりしたわけではないが、子供の頃から日中にしか見かけない虫だった気がする。対象物解析の結果をじっくり読めば解るとして、今すぐには無理だ。周囲を飛び交う人食いトンボは、ざっと数えたところ4体。落ち着いてウィンドウを開いている場合ではない。


(倒すか? ……いや、ここじゃあ良くないな)


 相手をしようかと考えた弘は、狼狽えるデイル達を見て考えを改めた。飛ぶモンスターが複数居るのでは、デイル達に被害が出るかもしれない。そして、護衛として雇われた以上、雇用者に怪我人が出るのは恥だ。


「かまうな! 走れ!」


 そう弘が叫ぶと、デイル達は弾かれたように駆け出す。そんな中、弘はわざと駆け出すタイミングを遅らせた。それは自身が最後尾に位置して、人食いトンボの標的になるためだ。弘の身体能力であれば、今から駆け出しても一番で出口に到達できる。だが、それをやると、デイルパーティーから怪我人ないし死人が出るような気がしたのだ。


(いざとなったら散弾銃とか召喚すっけど。なるべく銃の類は見せたくないし。……そうならないよう気合い入れるか)


 デイルパーティーの最後尾は戦士のフレッド。その彼から数歩遅れるタイミングで駆けだした弘には、残る人食いトンボが殺到した。


 キィイイアアアアア!


 ビシュ!


 右上方から大きく口を開けて飛びかかってきたのを、薙ぎ払うように切り飛ばす。


「鳴くなよ。ほんとにトンボか、お前ら?」 


 続けて3体が襲いかかって来た。だが、これも弘は虎徹を振るい、すべて切って落とした。ふと周囲に気を配ると、もうモンスターの気配は無い。


(ダンジョンに入ってすぐの頃は、後から後からモンスターが湧いて……すげぇ面倒だったっけ)


 そのことを思えば、この第1階層での戦闘は大した事はないと言える。何にせよ、出口は目の前だ。弘は虎徹の柄を握り締め、車輌進入路らしき坂道を駆け上がるのだった。



◇◇◇◇



 ダンジョンの外へ跳びだした弘は、周囲を見回す。

 来たときにあったギルド出張所や、各商人のテント。そして、それらを囲んでいた木柵は跡形もなくなっていた。デイルが言っていたように、ギルド出張所が撤収したのに合わせて、皆居なくなったのだろう。


「てこた、今回の依頼はタダ働きか……」


 お昼過ぎの陽光の下、弘は虎徹を鞘に収めながら溜息をついた。

 銀貨500枚だったかの報酬は、正直言って惜しい。かなりの大金であるし、こっちの世界に来る前はアルバイターであったので、労働報酬が得られないというのは精神的に来るものがある。だが、主目標たる大幅レベルアップに関しては達成できた。まずは喜ぶべきだろう。金に関して言うなら、王都等の都会に行けば、高額報酬のギルド依頼があるはずだ。そこで取り戻せばいい。


(あ、でも……グレースの仇討ちの手伝いとかがあるし。カレンとデートの約束をしてたんだっけな。いや~、イベントが積み重なってて困っちゃうなぁ)


 ニヘッと顔がゆるんだが、ここでデイルが話しかけてきた。


「なあ、サワタリさん。あんた、これからどうするんだ? この有様だと、依頼が無くなったから報酬も出ないだろ? 請け賃が無駄になったんじゃないか?」


「どうするって……一応、癒しの泉っぽいのを発見したし。ディオスクまで行って、ギルドに報告するけど? てか、請け賃ってなに?」


 言葉の感じからして、ギルド依頼を請ける際に、冒険者側からギルドに幾らか支払う事のようだ。しかし、そんな話は今までに聞いたことがない。その旨を告げると、今度はデイルが変な顔をした。


「いや、俺達はディオスクのギルドで……」


 依頼メモを引き剥がしてギルド受付に行こうとすると、ベテランっぽい冒険者から「手数料的なものだ」と言って、銅貨3枚を徴収されていたらしい。


「ほほう」


「俺達は、もう3度ほど冒険依頼をこなしているが。その都度、支払ってるぞ?」


「へ~え……」


 弘は意見を言うことなく相槌だけを打っている。思うに、新米冒険者がベテランにからかわれている……そんな感じのようだ。さて、ここで問題になるのが、この場でデイルに真実を教えるかどうかである。教えてやるのが親切心だと思うが、そのベテラン冒険者の行動に、ディオスク支部出入りの冒険者達も関わってるとしたら……。


(俺の一存でネタばらしするのも……なぁ)


 真実を知り、怒り心頭に発したデイルがディオスク支部……そのギルド酒場に怒鳴り込んだとする。当然、「サワタリから聞いたぞ!」的なことをデイルは言うだろう。


(他の連中から『ちっ。サワタリめ、空気が読めね~奴だ』とか言われるのも嫌だし。黙っておくか……)


 大金を騙し取られているわけではないし、新米冒険者に対する挨拶のようなものだと判断した弘は、適当に話を打ち切ることにした。これがカレンやジュディス、あるいは一緒に冒険したことがあるムーンなどであるなら、黙っては居なかっただろうが……。


(そういや俺、デイルみたいな目に遭った事……あったか?)


 ふと考え、すぐに思い当たった。

 カレンに連れられて冒険者登録をした際、出会ったばかりのジュディスから絡まれたのである。後日、ジュディス本人が言っていたが、あの件は友人のカレンを心配して弘に絡んだのだそうだ。


(けど、傍目には『新米に挨拶』みたいなもんだよな。……あ、思い出したら何かイラッときた)


 思い出し怒りである。もっとも、今となってはジュディスとは親しい間柄であるため、弘はすぐに苛立ちを消し去った。そして、まだ何やら話しているデイルに注意を戻し、自分の見解を述べる。と言っても、デイルをからかっているであろう冒険者達に配慮した、嘘見解なのだが。


「まあアレだ。ディオスク支部の支部ルールとかじゃね~の? 俺はクロニウスで依頼請けすることが多かったし、よくは知らね~な」


「そ、そうか……」


 デイルは今ひとつ納得していない様子であったが、弘の方で「知らない」と言ったので、これ以上この話題を続ける気はないらしい。その代わりかどうか、デイルは話題を変えてきた。


「そう言えばダンジョンで合流して、そのまま行動を共にしていたから。落ち着いて話をする暇がなかったな」


 そう前置きしてから、デイルは皆と共に礼を述べる。自分達だけでは、到底ダンジョンの外へ戻ってこられなかった。その礼が言いたかったのだ……と。弘にしてみれば、ギルドが依頼取り下げをした事を教えて貰う、その代償としての護衛任務だったから、改めて礼を言われることではないと思う。とは言え、こうして礼を言われるとやはり嬉しいものだ。


「いやぁ、怪我人が出なくて何よりだ」


 言いつつ口の端が持ち上がるのを禁じ得ない。こういう時、感情を表に出さず、クールに対応するのが格好良いのだろう。だが、まだまだその域には達していないようだ。その後、暫く立ち話をしていたが、ほとんどは弘に対する質問であり、そろそろ彼らと別れることを弘が考え出したとき。戦士のフレッドが気になることを言った。


「そういやサワタリさんは、ディオスクの闘技場で10連勝したんだよな?」


「そうだけど?」


 突然、闘技場の話を振られた弘は首を傾げたが、フレッドは仲間達と視線を交わしてから、囁くように話を続ける。


「その10戦した対戦相手に、レッサードラゴンのクロムって居たろ? つい最近の試合で死んじまったらしいぜ?」


「はあっ!?」


 それまで適当に流していた弘は目を剥いた。レッサードラゴンのクロムは、闘技場で10連勝した際、最終戦の1つ前の試合で戦った相手である。当時の試合形式は、巨大な蛇の頭部に人間女性の上半身……というサーペンターや、巨大なクロサイ……アーマーライノスも交えたバトルロイヤルであった。

 その中でクロムは、トカレフの銃弾や長巻の一撃を受けつけない強靱なウロコを有し、更にはドラゴンブレスとしてファイアーボールを吐き出す強者である。今思えば、当時のレベルで良く勝てたものだ。


(最近戦った、森のオーガーも強かったけど。クロムとじゃあ、どっちの方が強いんだろうな?)


 オーガーと戦ったときは、かなり苦戦したが仲間が居た。クロムとの試合時は、先に2体を倒し、弘が負傷したままでの連戦。しかも、クロムの弱点を突く形で降参させたのだ。


(クロムのこと、真正面から叩き伏せたんじゃないんだよな~。けど、オーガーと戦ったときの俺は、クロムと戦ったときよりは強くなってたし……)


 結論。弘の感覚では、森のオーガーとクロムは同じくらいの強さという位置づけになる。もっとも、実際に両者を戦わせたらどうなるかは不明なのだが。


「いったい、どんな奴が倒したんだ?」


 クロムとは長い付き合いではない。試合後、召喚術士に関する伝承を教えて貰った程度だ。ただ、強者としてのクロムには尊敬するものを感じたし、試合後の会話によって好感も持っていた。そんな彼を倒した何者かに、弘は興味を抱いたのである。


「んん? 俺は話に聞いただけだし……」


 困り顔となるフレッドに対し「役に立たね~な」などと思っていると、代わってマイコが口を開いた。


「ああ、あたしは見たわよ? クロムの賭け札を買って、試合見てたの」


 マイコの話では、試合形式は1対1。クロムの対戦相手は、キオ・トヤマという名の若い男だったそうだ。その名を聞かされた弘は「あれ?」と思う。自分がヒロシ・サワタリを名乗るように、日本人名を姓名逆に読んでるイメージだったからだ。


(てか、そいつ……日本人じゃねーの? いや、日系人かも知れんけどさ)


 外国語読みにしたときに姓名が逆になるのは、日本人的な慣習らしいが、それはともかく、自分と同じく異世界転移して来た者が居るかも知れないと思い、弘は少し嬉しくなった。クロムを死なせた件については、思うところがあるものの、やはり嬉しさを感じる。


「でね? 試合が始まったと思ったら、そいつが魔法で吹雪を起こして、クロムの動きを止めた……てゆうか氷漬けにしたわけよ。それで……」


 巨大な氷の剣を幾本も召喚して、クロムを針山のようにして殺したらしい。この話を聞いて弘は絶句した。今の自分なら、クロムを一蹴できるだろうが、以前に戦ったときでは無理だ。つまり、そのトヤマという男は、以前の弘よりも強いという事になる。


(もしも……今の俺と戦ったら、どうなるかな……)


 クロムとの試合で行使したという吹雪や、氷の剣などを自分は耐えきれるだろうか。そして、トヤマが実力の一部しか見せずに、あのクロムを倒していたとしたら……。  


(舐めてかからない方がいいだろうな)


 自分と同じ境遇……異世界転移をして強い能力を得た身だとしよう。普通は生き抜いていくために能力を向上させようと考えるはずだ。それに、レベル3で転移して来た弘と違い、最初から高レベルだった可能性もある。


(最初から高レベルか……。俺も、そうだったら良かったのにな~)


 夜の山中に放り出され、能力も使えずに丸腰でゴブリンに追い回される。挙げ句は行き倒れ。そんな自分のケースを思い起こし、弘は複雑な気分になった。その後は「妙に態度の大きな男だった」とか「黒髪の優男だけど。人柄は良さそうじゃない」とか「魔法使い風だった」という情報を得て、弘は情報収集を終了する。


(冷気系とか氷系が得意な魔法使いか? いや、相手が爬虫類っぽいクロムだから、そういう魔法しか使わなかった可能性もあるし……。巨大な氷の剣を召喚……。召喚……ねぇ)


 自分と同じ召喚術士ではないか……と弘は考えた。つい最近戦った森のオーガも、何やら召喚術っぽい攻撃をしてきたし、その可能性も考慮した方が良いだろう。

 もっとも、名前が日系人っぽいだけで、この世界の魔法使い。そういう可能性も、あるにはあるが……。


(機会があったら、会って話してみたいな……)


 弘は長考を打ち切ると、何やら不安そうにしているデイル達を見た。


「さっきも言ったが、俺はこれからディオスクに行く……」


 元々の予定で言えば、この場にあったギルド出張所で依頼達成を報告。数日後に到着するギルド検査員と、癒やしの泉の現地確認をし、その後は王都へ向かうつもりだった。しかし、ギルド出張所が撤収したとなれば、ディオスク支部まで行って報告すべきだろう。


「あんたらはどうする?」


「それはもちろん、一緒に……」


 神官戦士のクロスビーが言いかけるも、その彼の前に割り込むようにしてデイルが入ってきた。


「俺達は、街道の外でモンスターを狩ろうと思う。都市を出てるんだ、余裕がある内に稼ぎたいからな。もっとも……このダンジョンに潜るのは、もう懲り懲りだがな」


「なるほど」


 自分の手に負えない場所で留まる。その辛さや怖さに関しては、弘もよく知っているつもりだ。そういう感覚は、強くなった今も忘れてはいない。だから今のデイルの話は、すんなりと受け止めることができた。


「そういう事なら、ここでお別れだな」


 そう言い残して弘は歩き出す。ブレニアダンジョンは街道を外れた場所にあるが、この細い道を暫く歩けば、草原地帯に出て街道に行きあたるだろう。その後は街道に沿ってディオスクを目指せば良い。



◇◇◇◇



「行っちまったな」


 小さくなった弘の後ろ姿を見送りながら、フレッドが呟く。そして……皆で弘の強さについて一斉に語り合いだした。先程までは当の本人が居たので、好きなように話せなかったのである。


「あの細身の魔法剣。凄かったな! 死霊を斬るとか信じられねーよ!」


「いやいや、剣も凄いですけど。それだけじゃあ、ああもモンスターをスパスパ切れませんよ。ストーンゴーレムも大根みたいに切ってたじゃないですか!」


「あの、僕見ました。死霊系モンスターと戦ってたとき。彼、精神攻撃の魔法を何発か浴びてましたよ? 平気そうでしたけど……」


「強い冒険者っていうのは、ああいうのを言うのかしらね~。ところで……さ」


 最後に発言したマイコが、黙したままのデイルを見た。どうして弘……サワタリと一緒にディオスクに行かなかったのか。それに、街道外でのモンスター狩りなど、予定に無かったのではないか。そういった事を問いただすが、これにフレッドやクロスビー達も同意した。


「私達の実力では、街道外でのモンスター狩りなど無理ですよ。つまり……サワタリに嘘をついたという事ですよね?」


「……そうだ」


 そうクロスビーに言いつつ、デイルは弘が去った方向に目をやる。まだ弘の姿は見えていたが、もはや豆粒ほどだ。かなりの健脚という事になるが、ダンジョンで見せた身体能力からすれば当然の速さだろう。


「モンスター狩りの話は嘘だ。だが、俺達は街道外を進む。目指すは……ディオスク」


 だったら、なおのこと弘と行動を共にすれば良かったのではないか。そう聞くクロスビーに対し、デイルはニヤリと笑って見せた。


「いいか? ギルドは癒やしの泉探索の依頼を取り下げた。それは依頼主の国……役場だったか? そこが諦めたという事だが……」


 癒やしの泉の場所。その情報は金になる。冒険者ギルドに報告すれば、自分達が普段請けている依頼数回分ぐらいの報奨金は出るかもしれない。デイルの予想では、良くて銀貨数枚と言ったところだろう。それでも行って話すだけで貰えるなら、ありがたい額だ。


「それだけあれば、暫くは食べていける。ちょっとは贅沢できるかもな。そんなわけで……俺達は街道外を先回りする形で、サワタリよりも先にディオスクへ行く!」


 要するに、弘よりも先にディオスク支部へ行き、癒やしの泉情報の報酬を頂こうという魂胆なのである。弘に対し恩を仇で返すようだが、ダンジョン内で護衛して貰ったのは、依頼取り下げの情報提供をした事による代償だ。現状、弘との間に貸し借りはない。最初に出会ったときに助けて貰った件が残っているが……あれは、お近づきの印のサービスみたいなものとしておこう。


「んまあ、多少は良心が痛むが。そこは世の中の厳しさと言うか、何と言うか……」


「けど、せんぱ……リーダー? 俺達だけで街道外を行くってのは……」


 心配そうなフレッドに対し、デイルは顎をしゃくってマイコを指し示した。女盗賊である彼女が居れば、ある程度はモンスターを回避して進むことが可能だ。仮にモンスターと遭遇しても、全力で逃げればいい。


「ダンジョンの中と違って、そうそう追い込まれるようなことはないさ」


 そこまで説明したデイルは、パンパンと手を叩いた。


「さあグズグズするな! これから昼夜問わずに歩き続けるんだからな!」



◇◇◇◇



 そのような事を、デイル達が話していた頃。

 弘は街道で周囲を見まわしていた。


「誰も……居ないかな? 居ないよな?」


 見た限りでは、人影や馬車など、そういったものは確認できない。


「よし……」


 ふうと一息吐き、弘は召喚術を発動する。


 シュン!


 出現した黒塗りのオフロードバイクは、ホンダCRM250AR。レベル80よりも前に召喚品目に追加された物だが、ダンジョン内では乗り回す機会がなかった。弘は車体に近づくと、ガスタンクの上部を撫でてみる。


「へへ、へへへ……」


 車体は弘の趣味を反映したのか、全体的に黒基調。自分の衣服も革鎧も黒系であること考えると、中々にマッチしていると言えた。解放能力のペイントデザインを使用すれば、黒だけでなく他の色も試せるはず……とは言え、今はこの黒のままで走りたい。そう弘は思っている。

 さっそく跨がってエンジン始動すると……。

 ギャィジジジ、ドトトトト……と、エンジン音が鳴り出した。そしてそのまま、発進!


 ブァン、ブァァン、ブァアアアアアアア!


 ホンダCRM250ARが軽やかに走り出し、街道の風景が風と共に流れていく。同じ召喚具でもスーパーカブに乗っていた頃とは違い、MPには余裕もあるし、レベルが上がったことで1MPあたりの走行距離も大幅に伸びていた。都市間を一気に走り抜くことなど問題ではない。


「がはははは! MP回復姿勢だってあるしな! 大陸の端から端まで走りぬいてやってもいいぐらいだぜ!」


 弘は上機嫌で叫んだ。燃費を気にしなくて良い。それはバイク乗りにとっては夢のような話だ。そもそも、CRM250ARだけでなく、他にも何種類かバイクが召喚可能となっている。召喚可能なバイク名を脳内で列挙した弘は、また笑いが堪えられなくなってきた。


「でぃひひひひ! ああ、もういいや! バイクに乗って走ってるのを見られてもいい! 気持ち良すぎて、もう最高っ!」


 アクセルを全開にすると、それでまた加速が始まり、押し寄せる大気の圧力が大きくなる。だが、それさえも心地よく感じながら、弘はひたすらに街道を疾走するのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ