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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第8章 王都へ
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第百四十四話 レベル上げ終了

 沢渡弘は、元暴走族で特攻隊長を務めたことのある青年だ。その顔面傷からまともに就職できず、アルバイト雇用されてはすぐクビになることの繰り返し。家庭にあっては両親から厄介者扱いされる毎日を送っていた。だが、ある日。葬儀場の駐車場係として勤務中だった彼は、暴走トラックによって撥ねられ……異世界に転移してしまう。

 ファンタジーRPGのような世界で、MPを具現化召喚する力を得た弘は、山賊に拾われた後、冒険者として再出発。数々の冒険依頼をこなし、幾人かの恋人を得ることとなる。その後は高難易度の依頼を遂行して蓄財するべく、短期間での修行、即ちレベルアップに邁進。途中で異空間へ飛ばされることもあったが、予定の期間を戦い抜き、弘は元居たダンジョンへと戻ってきたのだった。



◇◇◇◇



「うわっ! たぁ!?」


 転送による浮遊感。それを感じたのも一瞬のことで、弘は硬い床に放り出されている。この程度の勢いではダメージは受けない……とは言え、あまり良い気がしないのも事実だ。床に手を突きながら、弘は立て膝の姿勢で周囲の様子を窺った。


「もうちょっと丁寧に運んでくれないもかね。と、随分と暗いな。ここは……大浴場か!」


 解放能力の『感覚強化』により視力強化された弘は、真っ暗闇でも室内風景を視認できる。能力説明によれば、肉体的に視力強化をしているのではなく、『光源の無い状態でも見える』という事実を作り出しているらしい。


(魔法って感じじゃないし、スキルって奴か? でも、技能って風でもないんだよな~。……よくわかんね~けど、ファンタジーってスゲ~わ。そんなことより……)


 それに今重要なことは、異空間へ飛ばされる前の場所に戻ってきたという事だ。間違いなく、ここは転送される前に居たブレニアダンジョン。その第10階層にある大浴場だ。背後を振り返ると、自分を転送……あるいは転移させた元凶である大浴槽と、その壁面が見える。以前に見た時と違い、熱気のようなエネルギー波もなければ、妙に光っている様子もないが……。


「とにかく戻ってきたぜ! ヒャッハー! カレン達の居る世界だぁ! マジかよ! 超嬉しい~っ!」


 うおおおおお! 


 雄叫びを上げると、大浴場の中で声が響き渡る。これが営業中であれば、かなりの迷惑行為だ。しかし、他に誰も居ないのだから遠慮する必要はない。


「いや、1人居たな。おう、ヒラヌマぁ! 返事しやがれ!」


 この大浴場のメンテナンスプログラムを自称する存在、ヒラヌマ。この第10階層へ到達し、大浴槽の前に立ったとき。弘は彼と話をしていた。弘がモンスター・マテリアルの出現する空間へ飛ばされるようになった原因、つまり大浴槽や壁面付近を調べるように言ったのはヒラヌマである。すべての責任が彼にある! とまでは、弘も言うつもりはないが、文句ないし嫌味の1つぐらいは言ってやりたいと……そう思ったのだ。


「おい、ヒラヌマさんよ! って……寝てるわけじゃないよな?」


 ヒラヌマに呼びかけるのを止めた弘は、もう一度、周囲を見回した。非常灯が消えている。感覚強化を止めて視力を元に戻してみると、怖いぐらいの真っ暗闇だ。再び、視力強化して大浴槽に目をやったところ、浴槽内の液体は半分ぐらいにまで減っているのが確認できた。


「蒸発して少なくなった? いや、モンスター共が飲んだから減ったんだな。……それにしちゃ、給湯口から水とか出てないけど……」


 この廃棄された古代のダンジョンで、大浴槽の給湯口やメンテナンス装置だけは生きていたのだが、どう見ても機能停止している。弘が別空間で経験値稼ぎしている数十日間で、何があったと言うのだろうか。


(芙蓉? 何があったんだと思う?)


(知らんわ。妾は少し疲れたから、もう寝る)


「うぉい!?」


 慌てた弘は何度か呼びかけたが、召喚術士システムの補助人格……芙蓉が返事をすることはなかった。余程疲れていたらしい。疲れの原因は恐らく、こちらの世界へ戻るため指揮母体の能力を利用した件にあるのだろう。自分を助けてくれたことが原因とあっては、怒るわけにもいかず、弘は芙蓉をそっとしておくことにした。

 今後の方針としては、ダンジョンの外へ出て、発見した癒しの泉……大浴槽の位置情報をギルドへ報告すること。そして、ギルドの検査員を連れて、この場に戻ってくることだ。


「あ~あ、面倒くせぇ。場所だけ教えて、それで報酬貰えたら楽なのによぉ」


 ブツブツ言いながら、弘は歩き出した。目指すは第1階層の出口。そのすぐ外にある、ギルド出張所である。



◇◇◇◇



 沢渡弘がブレニアダンジョンに潜ったのは、2つの目標を達成するためだ。1つは、ギルド依頼である『癒しの泉の場所を発見報告すること』で、これに関しては泉を発見済みなので、後は報告するだけとなっている。


(でもな~。非常灯が落ちてるとか、給湯が止まってるとか、ヒラヌマが返事しね~とか。やなフラグ立ちまくりなんだが……)


 実際、癒しの泉は機能を停止しているように見えた。それに癒しの泉と言っても、ヒラヌマの話を聞いた限りでは、元々は普通の温泉だったらしい。何が原因で、あのような効果を発揮していたかと言うと……。


(浴槽と壁面で異空間に繋がってたこと。アレが無関係なわけないよな)


 弘が異空間から戻ってきた後は、再び転送される気配は無かったので、大浴槽と異空間の接続は断たれた可能性が高い。このことについて、弘としては『自分のせいで癒しの泉が駄目になった?』、『報告しても無駄じゃね~の?』と言った思いがあるのだが、仕事として引き受けた以上、報告しないわけにはいかない。


(責任問題っつ~か、俺の性分みたいなもんだ)


 日本に居た頃も、アルバイト等の仕事をおろそかにした事は一度もなかった。その切り傷の入った御面相から、早い段階でクビにされてばかりだったが、ミスは少なかったし、ミスをしたとしても責任は取っている。そんな弘にしてみれば、駄目そうだからと言って途中で依頼を投げ出すなど、とんでもない話なのだ。


(それに依頼を放り出したなんて知れたら、俺の信用がガタ落ちだし)


 この先、冒険者働きで蓄財をするつもりである以上、『信用』は重要視すべき事の上位であろう。

 そして目標の2つ目が、自身のレベルを大きく上昇させること。比率で言えば、冒険依頼の方がオマケで、こちらの目標がメインと言って良い。それまで行動を共にしていた仲間……カレン達と別れ、ブレニアダンジョンで滞在すること約3ヶ月。今のレベルやステータス値がどうなっているかと言うと、以下のとおり。



名前:沢渡 弘

レベル:498

職業 :不良の星

力  :2397

知力 :702

賢明度:1360

素早さ:1638

耐久力:2728

魅力 :570

MP :1287800



<解放能力>

「遠隔召喚5」「思念波点火5」「多数同時召喚5」「多種同時召喚5」「体格拡大」「対象物解析5」「自律行動5」「装甲化5」「物理効果付与5」「架空兵器解放5」「疲労軽減5」「感覚強化5」「召喚品合成5」「紙巻きタバコ5」「MP回復姿勢5」「自弾無効5」「射撃姿勢堅持5」「全属性耐性5」「全属性対応5」「能力値連動5」「ペイントデザイン5」他多数



 解放能力の種類が大幅に増がしている。名称脇に5と入っているのは、5段階目までバージョンアップしたという事だ。例えば対象物解析に関しては、戦闘中でも解析できるようになっている。他の向上要素もあるが、それは後に語るとして、ここで注目すべきはステータス値だ。これが、どれほど凄い数値なのかと言うと、この世界に転移した頃の数値が次のとおりである。



名前:沢渡 弘

レベル:3

職業 :不良

力  :23

知力 :8

賢明度:20

素早さ:20

耐久力:25

魅力 :15

MP :15


<解放能力>

 特になし



 異世界転移した頃の弘は、腕っ節に自信がある一般人に過ぎなかった。そこから考えれば、桁違いどころか別次元の強さを得たと言える。また、ここでは省略するが、上昇したレベルに見合った数の召喚武具も追加されていた。多くは銃器や火砲、ミサイルなどであり、こと遠距離攻撃においては無類の破壊力を有するに至っている。

 一方で、刀剣類に関しては銃火器ほどに追加されなかった。この辺、弘自身は「召喚術士……魔法使いらしくていいじゃん、要はパーティーの砲台ってことだろ?」と納得している。どのみち、ステータス値が常人の比ではないので、今ある刀剣系の召喚具でも充分以上に戦えるのだが……。


「よっし。んじゃあ、ダンジョンの外に出るか!」


 ヒラヌマと会話することを諦めた弘は、第10階層を去ることにしている。大浴場を出る際に、一度だけ後方の大浴槽を見やったが、やはりヒラヌマが話しかけてくる事はなかったため、そのまま向き直って大浴場を後にしたのだった。 



◇◇◇◇



 ブレニアダンジョンを上へ上へと上がるにつれ、通路にはモンスターの姿が見えるようになっていた。下層へ降りる際は、マッピングをしながら殲滅し歩くように移動していたのだが、後でモンスターが追加配備されたらしい。


 ドカカカカカ!


 自動小銃……AK-47でゾンビや大型甲虫を薙ぎ払うと、弘は苦笑した。


「そういや、あのモンスターマテリアルとかが居た空間。どうなったかな?」


 モンスター・マテリアル……モンスターの素になる存在。それを生み出していたマテリアル母体については、殲滅しきったわけではない。ある程度の数は残っているだろう。親玉たる指揮母体を倒したことで何らかの変化があったとして……本来の配置場所へモンスター・マテリアルを転送するようになった。あるいは、指揮母体不在のため、あの空間にモンスター・マテリアルを放出するだけになっているか。


「ま、今の俺に迷惑かけないなら、何だっていいけどな……っと」


 最後に出てきた、トロールのゾンビを蜂の巣にすると、弘は通路の先を見た。真っ暗闇だが、やはり視力強化のおかげで問題にはならない。真っ直ぐ進んだ先で通路は右に折れており、そこにモンスターの集団が居るようだ。


「ん~……と。ここは2階層か」


 常に歩きながら戦闘していたため、往路よりは遙かに早いペースで上層へ戻ってきている。この辺りは、ブレニアダンジョンに来た頃でも楽に押し通れていた。前方に居るモンスターだって、オークやゴブリンの混成部隊……いや、1体だけミノタウロスが居るが、今の弘ならば、適当に撃ってるだけで駆除できる。そして、上層への階段まではもうすぐだ。すぐ上の第1階層は、大規模地下駐車場だったから、迷うことはありえない。こうなれば、もうダンジョンの外へ出たも同然だろう。


「フンフン~……うん?」


 鼻歌まじりに歩を進めたところ、前方のモンスター集団が騒がしくなった。何やら混み合うように動き出したかと思うと、通路の先へ移動しようとしているのが見える。


(モンスター集団同士でかち合ったかな?)


 そんなことを考えつつ、弘は自分の装備を確認した。現状、黒系衣服に黒革鎧のセット。AKは持ったままで、ランタン等の照明器具は持っていない。モンスター集団の方では弘に気がついていない様子なので、このまま撃っても良いし、何なら召喚武具の手榴弾を投げてもいいだろう。

 さて、この場合はどうしよう。などと、コンピューターRPGの戦闘画面で、戦闘オプションを選んでいるような気分の弘であったが、その耳に人の声が聞こえてきたので眼光を鋭くした。


「くっそ! 誰だ! モンスターが少なくなってるはずとか言った奴は!」


「そりゃ、あんただろ! 先輩……じゃなかったリーダー!」


「皆さん! あの後ろに居る大きいの、ミノタウロスじゃないですかっ!?」


「口が利ける奴……なワケないよな。こんな所で居るんだし……」


「ねえっ、ちょっと! 後ろからもモンスターが来てるわ!」


「挟まれたぞっ!?」


「ここは僕がっ! ファイアーボール!」


「うわ、よせ!」


 カッ! ずどぼぉわああん!


「あんな近い目標に、なんて魔法使ってんだ! この馬鹿!」


「ひいい! すみません!」


 と、このような会話が聞こえてくる。色々と酷いことになっているようだが……。


(加勢するか?)


 助ける義理はない。ついでに言えば、身も知らぬ連中のために命を張る気もない。しかし、見たところ手に余るモンスターは居ないようだ。恩を売るなりすれば、後々役立つこともあるだろう。だが戦うとなったら、召喚銃器を使うのは控えた方が良い。ディオスク闘技場では散々トカレフを撃ったものだが、やはり近しい者達の前以外では銃火器を使うのは避けるべきだ……と弘は判断する。


(いろいろ聞かれるのがウザいし。でもまあ、危なくなったらバリバリ撃つってことで……)


 そのように方針を定めると、弘はまずAKを消去した。そして、すぐさま日本刀を召喚する。召喚した刀の名は……虎徹こてつ。召喚品の解説では長曽禰興里ながそねおきさとと記されているのだが、虎徹の名前で有名と書かれていたこと。そして、新撰組の近藤勇が使っていた(とされる)ことが、弘としては気に入るポイントだった。もっとも、菊一文字や和泉守兼定といった名刀も召喚品目に加わっているので、取っ替え引っ替え使ってみたいと考えている。

 弘は、鞘付きで召喚した虎徹をベルトに差し込み、そのまま前方へ駆け出した。素早さが大きく向上しているために移動速度は速く、また、ステータス値の『素早さ』は『器用度』も兼ねているため、足音もほとんど発生しない。瞬く間に距離を詰め、一番近くに居たモンスター……対象物解析によればタートルゲーターという、ゾウガメとワニを合成したようなモンスターに斬りつけた。


 ガシュ!


 ドーム状の甲羅を狙ったのだが、硬い物を斬ったという感覚は一瞬である。その後はプリンにスプーンをさすがごとく、するりと刃が通り抜けた。直後、甲羅の切れ目から噴水のように血が噴き上がるも、弘の姿はすでに無い。次の相手に向けて移動した後なのだ。

 一刀、また一刀。虎徹を振るうたびに、モンスターの腕や首が飛んでいく。そして、数体目を倒したところで、モンスター集団の向こうから男の声が聞こえてきた。


「なんだ!? 誰か向こうで戦っているのか!」


「冒険者だよ、御同輩! 加勢するぜ!」


 そう弘が叫んだところ、同じ男の声で「すまん! 助かる!」と返ってくる。これで少なくとも、巻き添えになる形で攻撃されることはないだろう。


(さっきのファイアーボールみたいにな)


 弘は、噛みつこうとした大型の猿を振り払うように斬り飛ばすと、最も大きなモンスター……グレートアックスを持つ牛頭の巨人に向けて、前進を開始するのだった。



◇◇◇◇



 冒険者デイルは、元は小さな都市の警備兵で、今は戦士職としてパーティーリーダーを務めている。引き連れているのは、同じく警備兵上がりの戦士フレッド。とある酒場でスカウトした、神官戦士クロスビー。盗賊ギルド所属の女盗賊マイコ。気弱な男性魔法使いグリーン。総勢で5人のパーティーだ。デイルとフレッドが揃って警備兵を退職してから、今の編成になるまで約1ヶ月。つまりはパーティー結成してから、さほど日が経っていない新米集団なのだった。それでも、幾つかの簡単な依頼をこなし、ようやく息が合ってきたところで……このブレニアダンジョンの噂を耳にしたのである。

 依頼内容は、ダンジョンの奥深くにあるという『癒しの泉』を発見すること。ただし、その泉の影響か、ダンジョンに巣くうモンスター達は驚くほどタフで、しかも数が多い。数多くの冒険者が挑戦するも、あふれかえるほどのモンスターを突破できずに依頼を放棄していた。噂ではディオスク闘技場で10連勝したという戦士も、ダンジョンの下層に消えて戻らないらしい。普通に考えれば、新米パーティーであるデイル達の出番はないはずだ。

 ところが、数日前。冒険者ギルドのディオスク支部が、この依頼の取り下げを決定したのである。依頼者は国の役場だったそうだが、依頼を果たせる見込みが無くなったと見たのか、役場側から取り下げ依頼があったのだ。その際、ダンジョン入口のギルド出張所にかかる経費や、違約金等の問題で揉めたらしいが、一般の冒険者にしてみれば関係のない話である。そして、この依頼取り下げの件を聞き、デイルはチャンスだと考えた。

 まず、先に闘技場の猛者が突っ込んだというのが大きい。噂ではドラゴン並に強いという話だし、戻ってこないという事は死んだのかも知れないが、中のモンスターは数を減らしていることだろう。そして、ギルド出張所が撤収したタイミングも魅力的だった。ダンジョン入口に誰も居ないというのが実にいい。勝手にダンジョンへ潜ろうとしても、咎める者が居ないという事だからだ。


(依頼の請け賃をギルドに払わなくて済むし。物凄いお宝を見つけても、あれこれ詮索されたりギルドに召し上げ……強引に買い取られる事もない。美味しい話だ! ……と思ったんだがな……)


 ダンジョン入口へギルド馬車が到着し、周囲の木柵を取り払い、ギルド出張所を解体すると、その資材を積み込んで……最後には、ギルド員のミレーヌを乗せて撤収する。僅かばかり残っていた商人の類も、ギルド馬車と共に去って行った。

 その後で、デイル達は意気揚々とダンジョン入りしたのである。しかし、ダンジョン入りしてモンスターが少ないように思えたのは、第1階層だけのことで、第2階層に降りてからは短い間隔でモンスター集団が出現するようになっていた。それでも3回目の戦闘まではゴブリンやコボルドばかりだったので何とかなったが、出現モンスターにリザードマンや毒大ガエル等が混じり出すと、もうデイル達の実力では対処できなくなる。マッピングする暇もなく、あちこち追い回されている内、この長い通路の角で挟撃されることとなったのだ。

 正面にはミノタウロスを含む様々なモンスター集団。後方で新たに出現したのはゴブリンやオークばかりのようだが、正面集団に背を向けるわけにはいかない。正面に戦士と神官戦士を配し、自分は後方のモンスター集団を受け持つ。そういう行動方針が浮かんだが、どう考えても上手くいきそうにない。もはやこれまでか……と、そう思ったとき。正面のモンスター集団の後方で悲鳴があがった。よく見えないが、何者かがモンスター達を攻撃しているらしい。


「なんだ!? 誰か向こうで戦っているのか!」


 そう声をあげたところ、「冒険者だよ、御同輩! 加勢するぜ!」との声が返ってきた。どこかの物好きが、ありがたくも手を貸してくれるらしい。正面のモンスター集団の大半が背を向けたのを見たデイルは、誰だか知らない助っ人に「すまん! 助かる!」とだけ叫び返し、仲間達に指示を出した。


「よそのパーティーが手伝ってくれるそうだ! クロスビーとマイコは、正面の連中を牽制しろ! フレッドは俺と後ろの連中を押し返す! 距離が開いたらグリーンがファイアーボールを飛ばすんだ! その後で突っ込むからな!」


 おう! という男達の声と、わかったわ! という女の声が返ってくる。パーティーメンバーはザザッと配置換えすると、デイルの指示どおりに行動しようとした。だが、ひときわ大きな悲鳴が皆の動きを止める。


 ヴモォアアアア! ア。


 それは牛のものと思われる絶叫。この場に居たモンスターの中で言えば、間違いなくミノタウロスのものであろう。だが、その悲鳴は不自然に途切れた。見れば、自分の目の前に居るゴブリン等の集団は、硬直したまま何かを見上げている。


(なんだ?)


 殺し合うつもりのモンスターから目を離す。それが如何に愚かしく馬鹿げた行為であるか、デイルは充分に心得ていた。だが、ゴブリン達の視線が、そして先程聞こえたミノタウロスの悲鳴が、デイルをして肩越しに振り返らせたのである。


「ああ?」


 後方……先程まではパーティーの進行方向だった側にデイルは目を向けた。そうして見えたモノは、宙を飛ぶ丸い物体。いや、その丸い物体には2つの角が生えている。


「ミノタウロスの……首?」


 ツウーッとデイルの視線が動き、首が飛んできた向こうを見た。そこには両腕を二の腕の部分から、そして喉元から上の部分を喪失した巨体が居て、今まさに倒れんとするところだったのである。


 ずだぉおお!


 地響きを立ててミノタウロスの身体が倒れ込んだ。と同時に、白刃と眼光がきらめき、全高の低い四足歩行のモンスターや、腕が四本ある亜人型のモンスターが切り伏せられていく。この時、デイルは「モンスターって、あんな簡単に切れるものだっけ?」などと考えていた。

 その彼の背後でバシシン! という、何かを叩きつけたような音が発生する。慌てて振り向くと、オークが頭部から出血しつつ倒れていく姿が見えた。背後から攻撃しようとしていたのを、何者かが攻撃したらしい。デイルは、その何者かを捜すものの、放り投げた松明と腰に下げたランタンの明かりだけではよくわからなかった。とにかく、今は後背のモンスター達を倒すべきだろう。そう判断したデイルは、狼狽えている様子のゴブリン達に対し、仲間のフレッドと共に斬り込んでいくのだった。



◇◇◇◇



 少し時間を遡る。

 タートルゲーターやリザードマンなど、雑多なモンスターを文字どおり切り分ける弘は、前方のミノタウロスを見据えていた。こっち側に居るモンスター集団では一番の大物。やはり、以前に会った人語を解するミノタウロス……バイケンやインスンほどの強者ではないだろうが、大型モンスターというのは侮るべきではない。


(……ぶった斬る!)


 ミノタウロスとの間には数体ほどのモンスターが残っていたが、弘は素早くジグザグに駆け、すべててを斬り伏せる。そして、ミノタウロスの足下で跳躍し……ここで素早く反応したミノタウロスが、振りかぶっていたグレートアックスを振り下ろした。すでに床を蹴っている弘にとっては直撃コース。だが、弘はミノウタウロスの両腕をグレートアックスの柄ごと切り飛ばし、相手の肩へ跳び乗る。ほんの一瞬、驚愕で見開かれたミノタウロスと、虎鉄を振る弘の目が合った。


 ヴモォアアアア! ア。


 耳をつんざく絶叫。だがそれは、ミノタウロスの首が切り飛ばされたことで途絶えている。弘は倒れつつあるミノタウロスから飛び降りると、一瞬だけ虎徹の刃に目をやった。もうかなりの数のモンスターを斬ったはずだが、虎徹の切れ味に鈍りは生じていないようだ。さすがは最上大業物だけのことはある……と言ったところか。あるいは、弘の上昇したレベルによって強化されているのかも知れない。


「はん! 換えの刀を出すまでもないってかぁ!」


 吠えつつ敵集団を見ると、弘に向かって攻撃態勢を取っているオークが4体。そのすぐ後ろでは、これまたオークが4体いて弘に背を向けている。こちらは神官戦士と偵察士っぽい女の相手をしていた。合わせて8体だが、今の弘にとって問題になる相手ではない。しかし、ここで気になるのは冒険者達もモンスターも、皆が弘を注視していることだ。そして、それは少し離れた前方……冒険者達にとっては後背側で踏ん張っていた戦士2人も同様である。


(なに見てんだよ。って、ちょ!?)


 本来であれば松明やランタン光だけが頼りの通路であるが、弘は強化された視力によって、ある光景を目撃していた。離れた位置に居る男性戦士2名。その年輩の方の向こうで、オークが1体、我に返っている様子。しかも、手に持った斧で攻撃しようとしていたのだ。


(あのオッサン、気がついてないぞ! 声をかけるか?)


 一瞬考えた弘は、間に合わないと判断する。ならばどうするか。見捨てるか、助けるか。そういった悩みが浮かびかかったが、ほぼ同時に身体が動いた。


(PSS!)


 PSSとは、旧ソ連が開発した消音拳銃である。見た目は小振りな自動拳銃だが、比較的に小さな音での射撃を可能としていた。消音を可能とする原理としては、特殊な弾薬カートリッジを使用し、弾丸自体はピストン動作で射出。発射時のガスは薬莢に留めることで、発砲音が控えめになる……と言うものだ。だが、そういった理屈は、今の弘にとって必要な情報ではない。なるべく小さな音で射撃できれば、それで良いのだ。


 カチャカチャカチャ!


 少し無理な姿勢であったが、女偵察士や神官戦士に見えないよう発砲する。拳銃の作動音ぐらいしか発生しないところが、さすがに消音拳銃だ。女偵察士が一瞬、こちらを見たような気がするが……。


(マズルフラッシュとか見えたかな? あとで誤魔化せればいいけど……)


 松明やランタンの明かりと見間違えたんじゃないか? といったセリフを思い浮かべつつ、弘は狙ったオークを見た。撃った弾は、3発ともオークの頭部に命中している。大威力の銃器ではないものの、両眼に1発ずつと、眉間に1発。オークぐらいの相手であれば弱点に集弾させることで効果はあるようだった。その証拠に、撃たれたオークは仰向けになって倒れている。


「よし!」 


 短く声をあげた弘はPSSを消去すると、虎徹の白刃を煌めかせ、残ったオーク達に躍りかかるのだった。



◇◇◇◇



 戦闘が終わり、弘は冒険者パーティーと合流している。

 冒険者達は仲間達の無事を喜び合っていたが、すぐにリーダー格の男性戦士が話しかけてきた。歳は、30代くらいだろうか。弘よりも年上のはずだが、何と言うか頼りなさそうに見える。


「すまない、助かった! 俺はデイル! このパーティーリーダーだ。それで、そちらは? 他の人は居ないのかい?」 


「え? あ~……」


 他の人と言われた弘は、一瞬何のことか解らなかった。が、仲間の存在について聞かれたのだと気づき苦笑する。


「俺、一人だけで潜ってたんすよ。だから仲間とか居ないんす」


「1人だって? それは無いだろう? なあ?」


 デイルが仲間を振り返ると、彼のパーティメンバーは同意を示すように頷いた。このブレニアダンジョンは、異様にタフなモンスターが群れをなし、後から後からて湧いて出てくる場所として知られている。現にデイルのパーティーは、この第2階層で対処しきれなくなり逃げ惑っていたのだ。そんな場所を1人で行動していると言われても、にわかには信じられないのだろう。


(って言われてもなぁ……)


 確かに、短い間隔で湧き出てくるモンスターには弘も閉口したし、ろくろく睡眠も取れないので難儀した。しかし、常に撃退していた弘からすると、デイル達の反応は『ピンと来ない』のである。

 一方、デイルの方では単独行動を取っていた……と言う弘を、胡散臭そうな目で見ていた。あからさまに表情に出したりしないが、少し目を細めている。


(これだけモンスターがウジャウジャ居るダンジョンで、単独行動? 馬鹿な。あり得ん。それにいったい、いつから潜ってるって言うんだ? まさか、何かの罠か? 冒険者を標的にした追いはぎとか……)


 だが、こんな危険な場所で追いはぎなどしても、儲けが出るどころか危ないだけだろう。とは言え、言葉どおり1人で行動していたとしたら、目の前の若者はどれほどの強さだと言うのか。


(……あっ)


 ふと思い当たることがあり、デイルは弘を見た。


「そ、そう言えば……名前を聞いてなかったな?」


「え? あ、言ってなかったっけ。俺は沢渡……ん、ヒロシ・サワタリって言います。よろしく」


 一瞬、沢渡弘と言おうとしたのを途中で止め、ヒロシ・サワタリを名乗る。冒険者としての登録名であるし、その方が最近は名が知れていると考えたからだ。事実、名乗った途端にデイルが驚き、後方のパーティーメンバーが顔を見合わせている。


「あんたがヒロシ・サワタリ? ディオスク闘技場で10連勝した?」


「それ、やっぱ有名なんすね。いい宣伝になってるなぁ」


 弘は、ディオスク闘技場で戦った頃を振り返ってみた。あの当時、闘技場ギャンブルで擦って文無しになりかけたのだが、腹いせに闘技者参加をしたところ、思いの外儲かった。だが、あまりに勝ちすぎたため運営側(正確には貴族等の常連客)から目を付けられ、弘は集団リンチ紛いのバトルロイヤルに参加させられている。それでも勝利した後は、闘技場の隠し球だったラングレンと対戦。彼にも勝ったことで10連勝となったのである。

 その後、行く先々で闘技場10連勝の話を持ち出され、相手が一目置くというシーンがあった。闘技者時代はバトルロイヤルなどで怖い思いをしたが、こういったメリットがあるなら、また参加しても良いかもしれない。


「懐が寒くなったら、いい感じで稼げるだろうし……」


「なあ、サワタリさん」


「ん? なんすか?」


 デイルは、倒したモンスター集団から部位を収拾して良いか訪ねてきた。野生のモンスターは放置しておくと危険であるため、倒して特徴的な耳や尻尾などをギルドに持ち込むと、討伐報酬を貰える。また、珍しい部位であるなら、高額で買い取ってくれたりもした。


「ああ、いいんじゃないすか? 俺は必要ないから、好きなようにどうぞ?」


「い、いいのかっ!? ミノタウロスの角とか、タートルゲーターの甲羅……は割れてるけど、他に珍しい物もあるのに? 第一、あんたが倒した数が一番多い。本来なら収拾の優先権は……」


 まくし立てるデイルの言葉を聞き流しながら、弘はステータス画面を開く。これは他人には見えないので、人目を気にせず閲覧可能だ。このとき、弘がチェックしたのはアイテム欄であり、ザッとスクロールしてみたが……。


「ん~。今転がってるようなのは、もう持ってるから。俺のことは気にしなくていいっすよ」


「そ、そうなのか? ……おい」


 デイルが目配せすると、彼のパーティーのメンバーが動き出した。暗い通路のそこかしこに散らばり、モンスターの部位収拾を始めたのだが、デイルのみは弘の前に立って動かなかった。


「サワタリさんは……。その、何処まで潜ってたんだ? 聞いた話じゃあ、3ヶ月ほど前にダンジョン入りしたそうだが……」


 これを聞き、弘は予定どおり戻って来られたことを知る。同時に、飛ばされた先の異空間では時間の進み方が違う……そんな可能性があったことに思い当たり、背筋を寒くした。


(3ヶ月滞在のつもりが、実は数百年たってた……って感じになってたかも知れね~のか……。芙蓉の表示時計が普通に動いてたから、気がつかなかったぜ……)


 場合によっては、この世界に戻ったとしてもカレン達に会えないところだったのである。その場合の絶望感を想像すると、もうそれだけで身震いしてしまう弘であった。


「おっと。潜ってた深さだっけ? 第10階層っすね」


「10階層っ!? この第2階層だけでも、これほどモンスターが溢れかえってるのにかっ!?」


 デイルの叫びを聞き、パーティーメンバーらが一瞬手を止めて彼を見る。その視線に気づいたデイルは、咳払いをしつつ会話を続けた。


「にわかには信じられんが……。闘技場10連勝の猛者は、やはり格が違うという事か」


 その後、10階層までのモンスター出現状況や、お宝について聞かれたので、弘はその都度答えてやる。デイル達は、一つ聞かされる度に感嘆の声をあげていたが、続く質問を受けて弘は言葉を詰まらせた。


「それで……な? 癒やしの泉は見つけたのかい?」


「え? ……あ~……」


 言葉を詰まらせた理由は、2つある。1つは泉を見つけたことを話して良いものかどうか。もう1つは、その泉が死んだ……枯れたようであることについても、話すべきかどうか。


(こういうのってベラベラ喋っていいんだっけ? でも、ここに潜りに来るぐらいだから、この人達は泉探索の依頼を請けてる……んだよな? じゃあ、ライバルって事で……黙ってた方がいいのか)


 癒やしの泉は見つかりませんでした。そう言おうと思った弘は、口を開いたところで思い止まる。適当な嘘をついて、それが後でバレたとき「サワタリの奴。嘘つきやがった」とか言われるのも面白くなかったからだ。そこで弘は、断片的に情報開示することにしている。


「……癒やしの泉っぽいのは見つけたんすけど……」


「なに、ホントか!? どこでっ!?」


「第10階層の奥」 


 泉発見の発言に勢いよく食いついたデイルは、発見階層を聞いて肩を落とす。第2階層で死にかけるような自分達に、到達できるような場所ではなかったからだ。しかし、落ち込んだ様子のデイルが、それほどショックを受けているように見えなかったので、弘は首を傾げた。請けた仕事が達成できないと知ったら、普通はもっと悔しがるのではないか。あるいは、銀貨数百枚の報酬を気にしない程度には金持ちなのだろうか……と、そう思ったのである。


(なんか……変な雰囲気だな)


 デイルは、部位収拾を終えたパーティーメンバーと何やら話をしていたが、不意に弘の方を向くと話しかけてきた。


「サワタリさんは、これからどうするんだい?」


「見つけたのが癒やしの泉かどうか、俺には解らんから。ギルドで報告して、検査員さんとまた潜る……かな」


 面倒な話である。アイテム収集依頼や、モンスター討伐依頼であるなら証拠品を持ち帰れば、依頼達成と見なされることが多い。ところが探索系の依頼だと、その場所へギルドの検査員を連れて行かなければならないのだ。


(今度から、討伐系や収集系の依頼に絞って請けることにするか)


 そう思った弘は、デイル達が妙な顔をしていることに気づいた。彼らは互いに顔を見合わせ、何か話し合っている。


「どうする? サワタリに教えた方がいいんじゃないか?」


「それもそうですけど。僕達は、どうしましょう?」


「あたし達じゃあ、第2階層から下に行くのは無理だし。潮時ってことでいいんじゃない?」


「ミノタウロスの角など、今収集した分だけでも、良い収入にはなりますよ? 私は充分だと思いますね」


「じゃあ、帰りますか。先輩」


「先輩って言うな。でも、どうやって? 俺達だけじゃ、危ないだろ?」


 ……じいっ……。


 視線が集中したことで弘は上体を反らせた。


「……なんすか?」


「物は相談なんだが……」


 デイルは言う。自分達は、この第2階層ですらまともに行動できない弱小パーティーだ。元々癒やしの泉などは目指していないし、そこそこの金目の物も得た。この辺でダンジョンを出て帰ろうと思う。そこで……。


「外に出るまで、一緒に行動して欲しい。さっきの戦闘でも見たが、あんたが居てくれれば心強いんだ」


「はあ。なるほど……」


 弘は即答を避けた。さっき助けたのはダンジョンを出るついでのことだし、恩なり借りなり作っておけば、自分の名を売る一助になる。他に役立つこともあるだろう……と、そう思ったからだ。しかし、今のデイルの申し出だと、短期間とは言え護衛任務になる。それをタダでやって良いものか。イイ人だ! ではなく、お人好しだ! で知れ渡るのはマズいのではないか。


(なんか対価を貰った方がいいな。金とか……)


 現状、直ちに金が不足しているわけではないが、やはり代償を支払って貰うべきだろう。弘はウンと頷き、デイルに質問した。


「護衛か、お雇いの戦士になって欲しいって、そんな感じに聞こえたけど。そういう事なら、給金的なものが必要だぜ?」


「それは当然だ。金で……と言いたいが、まずは情報でどうだろう?」


 弘が顔を前に出し聞き返す態度を示すと、デイルは身振り手振りを交えて説明する。自分達はヒロシ・サワタリが知らないと思う情報を有している。これを開示するので、雇われて欲しい。


「もしくは、雇い賃を負けて欲しいんだがね」


「ほ~う。おもしれぇ」


 弘は乗り気になった。たかる気はないし、適当な安値で雇われてもいいが、自分が知らない情報というのは気になる。それに、この先冒険者として世渡りしていくのなら、こういった情報のやり取りにも慣れておくべきだろう。


「乗ったぜ。その情報ってのを聞かせて貰おう」


「それが本来の口調か? まあいい。では、話すとしよう。いいか?」


 頷くことでデイルが話し出した。それは、極短い内容の情報だったが、聞き終えた弘は目を丸くする。


「冒険者ギルドが、癒やしの泉探索の依頼を取り下げた……だ?」


「ああ。やはり知らなかったようだな。無理もない、あんたがダンジョン入りしている間のことだ。ダンジョン入口の近辺にあった、ギルド出張所も撤収されている。商人の類も残ってないぞ?」


「そんなことになってたのか……」


 そう呟いた後、弘は少し黙り込んだ。この姿を見たデイル達は「やっぱりショックだったみたいだな」とか「せっかく泉を見つけたのに、気の毒なもんね」などと囁き合っている。


(感覚強化するまでもなく聞こえてんだけどな~)


 黙ったままでいると何を言われるかわからない。弘は軽く鼻で息を吸ってから、デイルを見た。


「いい情報だ。ダンジョンの外までくらいなら、今の情報で雇われていいぜ?」


「ほんとかっ!?」


 意外だ! と言いたげにデイルが驚いている。情報に価値を認めず、金を要求される……とでも思っていたらしい。実に心外だが、弘は努めて気にしないようにした。


(実際、いい情報だしな……)


 今の話を知らないままでダンジョンの外に出たとしよう。まず、誰も居なくなっていることに驚いただろうし、依頼達成報告のつもりでディオスクに出向いたら、そのことで恥をかいたかも知れない。それを思えば、デイルから得た情報には助けられたことになる。


「ここがもっと下層なら、情報に金を上乗せして貰っただろうが。第2階層だろ? 休憩無しで移動し続けたら、すぐに出られるし。そんなに長い時間、雇われるわけじゃあない」


「休憩無しでって……。こんなに沢山のモンスターが出るのに?」


 マイコと名乗った女盗賊が聞いてくるが、弘は問題ではないと考えていた。第10階層から第2階層まで、出現するモンスターの強さは随分とランダムだったし、今のところ一番強かったのは、さっき倒したミノタウロスだ。この調子であれば、今持っている虎徹だけでも切り抜けられるだろう。


「大丈夫だろ? それより、長く話しすぎた感じだ。さっさと移動しよう」


 この意見にデイル達は賛成し、弘を加えた状態でダンジョンの外を目指すこととなった。弘の記憶だと、第2階層のこの地点から階段まで行き、第1階層の出口まで行くには半時間かかるかどうかである。


(戦闘が何回かあったら、小一時間ってとこかな)


「サワタリ殿。少しよろしいですか?」


 神官戦士が話しかけてきた。確かクロスビーという名前だったはずだ。


「このダンジョンの最下層には、何か凄いモンスターは居ましたか?」


「凄いモンスター……ねぇ」


 思い起こせば、下へ行くほどモンスター達がタフ化していった気がするが、凄いモンスターが居たかと言うと首を捻るところだ。そして、それは最下層であっても変わりはなかった。


「泉があった第10階層の下に、別の階層があったみたいだ。だから、俺は最下層まで行ってないな。で、モンスターに関しちゃ……ん~……」


 異空間へ飛ばされる前なら、虎の下半身が大蛇になっているモンスターを見かけていた。あれが一番強そうだったと弘は思う。もっとも、出くわした時点では弘の方が強くなっていたので、その他の雑魚と一緒に射殺してしまっていたが……。


「タイガー・サーペントって奴かなぁ……」


 サーベルタイガーのような牙から、毒液を噴出できる構造となっており、珍しいので頭部を取得している。それはアイテム欄に収納してあり、突然取り出したら驚かれると判断した弘は、見かけたとだけ言っておくことにした。


「タイガー・サーペント!?」


「知っているのか! クロスビー!?」


 デイルに聞かれたクロスビーが、「大陸南部に生息すると言われる、魔獣ですよ! しかし、何故こんな大陸中程の地域で……。それもダンジョンの中に……」と語っている。それを聞いた弘は、背中が汗で濡れるのを感じていた。あの異空間での戦いにて、モンスター・マテリアルを散々倒し、その母体も大量に撃破している。おかげで大量の経験値を得てレベルアップできたが、自分が戦ったせいで、モンスターのダンジョン内転送や配置に狂いが生じていたのではないか。


(第2階層でミノタウロスが出現するの、ひょっとして俺のせい……だったりして)


 この転送状況の狂いが、指揮母体を倒す前のことだとしたら、今居るモンスターを倒しきればモンスターは増えないかもしれない。いや、指揮母体が消滅すると、別の指揮母体が現れるシステムだったとしたら。またモンスターが、ダンジョン内で増えるのではないか。それどころか、配置状況が狂ったままだったりすると、例えば地上にモンスター型のミノタウロスなどが出現して……。


(やめとこ。いくら賢さが上昇してると言っても、あれこれ考えてたら気が滅入っちまう)


 ここはデイル達をダンジョン外まで連れて行き、自分は一応、ディオスクの冒険者ギルドまで行って報告だけするのだ。それでいいじゃないか……と、半ば思考放棄した弘は、溜息をついて歩を進める。

 そんな彼に、今度はマイコが話しかけてきた。


「ところでさぁ。さっきの戦闘の最中、何かガチャガチャ鳴ってなかった?」


 これに対し、クロスビーとフレッドが「そんな音聞きましたか?」「いいや、気がつかなかったな」と顔を見合わせている。マイコが言うガチャガチャ音とは、消音拳銃PSS……その射撃時の作動だろうが、無論、弘は説明する気などない。加えて言えば、少し気疲れも感じている。


「ガチャガチャ~? 気のせいだよ、気のせい」


 投げやりに言うと、弘は前方を見た。強化された視力が、通路の向こうから迫るモンスターを発見する。数は40体ほど、対象物解析をした結果では、強いモンスターは数体程度だ。


(ゴブリンにオーク……。ツインヘッド・リーザードマン。這いずる翼竜? ワイバーンクローラー? 翼竜が地べたを這ってどうすんだ?)


 弘は、皆にモンスターの出現を知らせようとしたが、ここで女盗賊のマイコが気づき、皆に報告している。さすがだ……と感じつつ、弘は虎徹を構え駆け出した。


「よっし! 蹴散らすぞ! 俺について来い!」


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