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番外編 ブレニアダンジョン3

ブレニアダンジョン(?) 38日目



「おいおい。攻撃してくるのかよ!」 


 戦闘を継続していた弘は、モンスター・マテリアルが自分に向けて突撃して来たので、目を剥いた。これまでは弘が攻撃しても一撃で消滅し、放置すれば、そのまま転送されていたのである。それが、両腕を振り回すように駆けてくるのだから、弘としては意表を突かれた形となった。とはいえ、端から攻撃するつもりで構えていたのだから、後は撃つだけでいい。弘は右手に持った超大型ハンドガン……S&W M500(8.75インチモデル)の引き金を引いた。


 ズヴァム!


 大音響と共に猛烈な発砲炎が噴出し、モンスター・マテリアルは消滅する。とはいえ、先にトカレフで銃撃した時も1発で消滅したため、何で攻撃しても一撃消滅するらしい。今の弘にとっては柔な相手だと言える。


「けど、襲いかかって来るたぁな。ハイペースで倒しまくったから、腹でも立てたのか?」


 弘がしてることは経験値稼ぎ。しかし、マテリアル母体にしてみれば、出荷するのを片っ端から破壊されているわけで、何らかの対策を講じるのは当然だ。


「そう考えるオツムがあれば……だけどな」


 弘はタバコを召喚してくわえると、一服しながら手首を返し、手に持ったM500を観察した。このスミス&ウェッソンの大型リボルバーは、一般流通する拳銃としては世界……弘が元居た世界……では最強クラス。大威力であることから反動が強く、10発も撃てば手が痺れ、文字も書けなくなる程だ。世界最強の拳銃を目指して開発されただけのことはある。装弾数は5発となっているが、召喚武具であるから弾数制限はない。MPが続く限りは撃ちまくることが可能なのだ。また、弘の強化されたステータス値により、何発撃とうが行動に支障が出ることはなかった。少なくとも、痺れて腕が使い物にならなくなったりはしない。

 さて、この頃になると弘の行動は、ほぼルーチンワークと化していた。モンスター・マテリアルが出現するのを待ち、一撃で撃破し、経験値を得て、レベルアップして召喚具が増えたなら効果を試す。その繰り返しだ。M500を使用したのだって、単に新たな召喚武具を試したかっただけである。

 いささかダレてきた感があったが、ここへ来てモンスター・マテリアルが向かってくるようになった。その変化がどういう意味を持つかは不明だが、弘は歓迎している。


「だって、面白そうじゃん!」




ブレニアダンジョン(?) 55日目


「そういや、またレベルアップしたんだったか。なんかもう、ウンザリしてきたぜ……」


 弘は、大量に湧いたモンスター・マテリアルを掃討し終えると、戦闘中にファンファーレが聞こえていたことを思い出す。十数日ほど前であるなら、大はしゃぎしてステータス画面を開いていたが、ずっと同じ行動を取っていたせいか感動が薄れてきたようだ。たまには充分な睡眠を取りたいが、モンスター・マテリアルの出現間隔が長くて1時間ときては、仮眠ぐらいしかできない。 

 そして、「今のレベルなら殴られたりしても平気じゃね?」などと考え、特攻スーツ着用の上で睡眠休憩を取ったところ、1発殴られるなり1レベルダウンしてしまった。どうやら、モンスター・マテリアルに触れると、レベルドレインされるようだ。自分の舐めた行動が原因とは言え、レベルドレインされた際の弘の怒りは凄まじく、両手にM202ロケットランチャーを持って乱射している。


「レベルドレインされるかもって思ったら、安心して仮眠もできね~し。ったくもう……」


 あくびを噛み殺しながら、弘はステータス画面のチェックを進めてみた。能力値やMPは大きく上昇しているが、ここ最近では見飽きてきた光景である。召喚武具に関しては、GBU-28……レーザー誘導地中貫通爆弾が追加されているようだ。これはバンカーバスターの名で知られる大型爆弾で、その重量は2千キログラム超。そのうち約600キログラムが炸薬となっており、高空からの投下後は自由落下……レーザー誘導されつつ目標を目指す。そして、地表から30m。鉄筋コンクリートならば6mを貫通した後、爆発するのだ。

 試しに召喚してみたところ、直径約15センチ、全長では5m半を超える長モノが出現した。それが足下でゴロンと転がったものだから、弘は一気に目が醒めてしまう。


「う……お、どわあああああああっ!」


 絶叫し、倒けつ転びつしながら距離を取ったが、幸いなことに爆発することはなかった。数百m離れて伏せていた弘は、訝しげにGBU-28を見やると取りあえず消去する。


「どうなってんだ?」


 立ち上がりステータス画面を開くと、やはり解放能力の告知が目についたので開いてみた。そこには『遠距離召喚』と『思念波点火』の2つが追加されている。それぞれ能力の解説文に目を通したところ、『遠距離召喚』は召喚具の出現位置を、半径100m内で自由に設定できるらしい。そして『思念波起爆』は、爆発するタイプの召喚具を、念じるだけで起爆させる能力とのこと。


「じゃあ、さっきのは俺が爆発して欲しくなかったから、爆発しなかったのか……。てか、『自弾無効』の解放能力があるんだから、気にせず爆発させても良かったんだよな~」


 慌てて逃げ出した自分を思い出し、少し恥ずかしく思う弘であった。


「……ふ、ふん。……え~と次は……100m内か」


 気恥ずかしさを振り払うように、弘は離れた位置を見る。目分量だが、およそ100m先。その位置へM67破片手榴弾を召喚しようとしたところ、遠く離れた位置で手榴弾が出現した。安全ピンは抜いた状態なので、放っておけば爆発するのだろうが……。


「……爆発しね~な」


 今、弘は『爆発するな』と思っている。そこで思考を『爆発しろ』に切り替えたところ、その瞬間に手榴弾は炸裂した。この能力、便利なようだが使いにくい……と弘は思う。頭で念じるだけで、起爆の選択が出来るのであれば、ふと迷った時などに不発弾が出来上がるのではないか。すぐに爆発させられるにしても、思ったタイミングで爆発しないのは不味いのではないか。そう考えたのである。


「ん~……あ、設定画面でオンオフできるのか」


 再びステータス画面をいじっていた弘は、解放能力の解説文を見て呟く。そして『思念波起爆』の設定画面を開き……この能力をオフ状態とした。やはり、使いにくいと判断したのだ。


「けど、思念波起爆の使いどころって何だろうな? ……例えば、バンカーバスターを爆発させず雨みたいに降らせて、その後で一斉に起爆する……とか?」 


 考えながら呟いたが、途轍もない大爆発を想像した弘は「うえっ」と呻く。どうやら、この『思念波起爆』、やりようによっては、かなりえげつない事になるようだ。


「爆弾テロとか自由自在になるよな~。それに、『遠距離召喚』。こいつも、かなり使える能力だぜ」


 先程は、手榴弾を遠く離れた場所で召喚したが、召喚するのが手榴弾などではなく、155ミリ榴弾砲などの火砲であれば、どうなるか。そして、それを多数召喚すれば……。


「砲兵陣地のできあがりか……。おっかねえ……」


 レベルアップが進むと共に召喚武具は増え、強化されていく。それを解放能力と組み合わせることで、攻撃力は更に増大するのだ。以前にも考えたことだが、このままレベルアップしていくと自分はどうなるのか。今更ながらに、弘は寒気のようなモノを感じるのだった。




ブレニアダンジョン(?) 79日目


 それでもなお経験値稼ぎを続ける弘に、また新たな解放能力が追加された。だが、それはいつもの解放能力ではない。ステータス画面中の個別枠にて表示されている。


「おう! こいつは!」


 一戦闘終えた弘は、休憩がてら表示画面に目をやり……声をあげた。その箇所には『特殊召喚』と記されている。そして表示された能力名は『幻体召喚』。


「なになに? 『体格拡大』の上位能力で、『体格拡大』の解放後、300レベル上昇すると追加される。そして…………」


 使用すると、全身を赤いエネルギー体で覆い、擬似的に体格を拡大するというもの。そこまで読んだ弘は、オーガーの森で、半透明な赤い腕を出現させたことを思い出した。あの時は芙蓉が頑張ってくれたおかげで、一時的に使用できた能力であったが、ここへ来てようやく解放されたらしい。


「待てよ。あの時は、やたらとサイズのデカい銃を召喚してたっけな!」


 弘は興奮しつつ、能力の解説文を読み進める。そこには、弘が気にした『やたらとサイズの大きな銃』についても記載されていた。

 この『幻体召喚』は、『体格拡大』が一回り大きくなるだけだったのに対し、レベルアップする事で効果が増大するらしい。更に、『体格拡大』にはなかった効果がある。それは……。


「はぁ!? 着込む幻体がデカくなるに合わせて、召喚具もデカくなるだぁ!? 初期拡大率は2倍って……マジかよ!?」


 弘は目を剥いて叫んだ。当然と言えば当然だ。例えば幻体召喚を使用した状態で、2倍サイズの155ミリ榴弾砲が召喚できるという事なのだ。


「155ミリ榴弾砲が、310ミリ榴弾砲になるのか? いや確かに、オーガーの森で出たトカレフは馬鹿デカかったが……」


 そう単純な話ではないだろうが、解説文を読む限りでは大きく外れていないと弘は思う。レベル上げ期間の終盤に来て、物凄い能力が解放された。弘はステータス画面を消し、さっそく試そうとする。


「よし来い! 幻体召喚! ……っん? げんたいっ、しょうかん!」


 声を大にして叫ぶが、何も変化は生じない。少なくとも、オーガーの森で見たような、赤いエネルギー体は出現しなかった。特攻スーツ(今ではボディーアーマー4)姿の弘は、首を傾げると再びステータス画面を展開する。そして、特殊召喚枠の『幻体召喚』にある解説文を隅々まで読んでみた。


「あ~? 特殊召喚の解放にあたり、召喚術士システムを再起動する必要があります。その際、術士の生命活動を停止し、速やかに蘇生させることで再起動を果たします。……か」


 なるほど。と、頷いた次の瞬間、弘はトカレフを召喚してステータス画面に撃ち込んだ。


 ドカドカドカ! ガギュン!


 勿論、銃弾はステータス画面を貫通してしまうだけで、画面自体はすぐに元の表示に戻っていた。それ自体は、いつもの事なのだが、弘はトカレフを握り締めたまま激高する。


「馬鹿言ってんじゃねぇ! 生命活動を停止って、おま、俺に死ねって言ってんじゃね~か!」 


 そもそも、生命活動停止の手段が記載されていない。いや、自殺する方法ぐらい弘だって何通りか知ってはいるが……。


「……首吊り? いや、それだと死んだままになるんじゃね~の? じゃあ、焼身自殺……は、生き返った瞬間に激痛で死にそうだ。トカレフで頭ぶち抜くとかは?」


 諸々考えてみたが、蘇生した時に負傷が癒されていない限り、何をしても酷いことになりそうだ。リストカットするのが良さそうな気がしたが、これも蘇生時に失った血液が戻っている保証がない。


「睡眠薬をドンブリ一杯飲むとか……。いや、駄目だ。生き返った時、腹の中に薬が残ってたら同じだろ? って、なんで真面目に死ぬこと考えてんだ? ……どうしろってんだ。なぁ、芙蓉?」


 独り言の最後に芙蓉の名を加えて呼びかけるが、それで芙蓉が出現することはなかった。やはり、次元障害が継続しているらしい。


「むうう。……ここへ来る前は普通に話が出来てたんだから、ダンジョンにさえ戻れば何とかなるか? ……そろそろ、帰ることを考えた方がいいのかもな」


 ダンジョンに潜ること79日目。この時点でレベルは400を超えており、召喚具なども強力な物が揃っていた。MPは有り余るほどで、今の弘には弾切れの要素がほとんど無い。戦闘に関しては、かなり安心できると言って良いだろう。これは、コンピュータRPGで主人公を序盤で高レベル化したようなものだ。


「これぐらい強くなったら当分は安泰だろうし……。よし、ちょっと早いけど脱出するか!」


 ダンジョン滞在期間の終わりまで半月と少し。弘はレベル上げを切り上げることにした。脱出の手立てとしては、マテリアル母体を倒すことが考えられる。姿隠しの魔法かどうかは不明だが、上空に隠れているところを撃墜するのだ。隠れ場所に関しては、モンスター・マテリアルを倒すたびに一瞬姿が見えるので、だいたい把握できている。


「ん~と……スティンガー」


 FIM-92スティンガー。アメリカ製の携帯型地対空ミサイルが弘の召喚に応じて出現した。もっとも、弘の召喚術はMPを消費して物品を再現しているだけなので、厳密的には召喚ではないのかも知れない。だが、実際に使えて戦えるのだから、弘は満足していた。

 スティンガーミサイルは、赤外線・紫外線シーカーで誘導を行うが、モンスター・マテリアルのような不確かな物体に対しても、問題なく誘導できている。この辺、元の性能的に正しいのか不明であるが、弘は「まあ、魔法武器だし?」とスルーを決め込んでいた。 弘に言わせると、自走砲やら携帯式の対空ミサイルやら。召喚品目に追加されるなり、訓練も無しで扱えるというのが、そもそも変なのだ。 


「知力、賢さ、素早さ(兼器用さ)か。この辺りが凄い数値になったからって、取説もないのに何となくわかっちまうんだものなぁ……」


 ブツブツ言いながら発射機を肩に担ぐ。出現時点で、IFF装置が右側面部に展開装着済みとなっており、BIU(冷却用ガスとバッテリーの機器)も同じく装着済み。本来ならばケースから取り出して諸々取り付ける必要があるのに、非常にお手軽である。


「んで、トリガーを引いて……」


 ズバン!


 破裂音と共にミサイルが射出され、10m程進んだところでロケットモーターが火を噴いた。後はマッハ2.2もの高速で突き進み……。


 ズバアアアン!


 何も見えない場所で炸裂した。いや、爆発の直後から黒い気球のような物が出現している。その表面に巨大な一つ目が開き、眼下の弘を見下ろしていた。


「おお! 出やがったな! あれがマテリアル母体か! ミサイルの直撃で死なないたぁ、驚きだぜ!」


 そう叫ぶなり、弘は87式自走高射機関砲を召喚する。出現した対空車輌は、弘の命令に従い砲塔を旋回させると即座に射撃を開始。これにより母体は、モンスター・マテリアルのように消滅した。この光景を見た弘は……「ああん?」と声をあげている。ミサイルの直撃に耐えたマテリアル母体が、高威力とはいえ機関砲の射撃に耐えられなかった。それが不可解に思えたのだ。


「最初のミサイル1発で、もう死にかけてたとかか? いや、それより……」


マテリアル母体を倒したというのに、何も起こらない。もっと他に何かしなければならないのだろうか。あるいは……マテリアル母体相手に何をしても、元の場所へは戻れないのか。そう考えた弘は、冷たい汗を背に感じた。


「いや、他にも手はあるはずだ。無ければ困る。例えば……ほら、え~と……モンスター・マテリアルの転送を利用する! ってのはどうだ?」


 この場からモンスター・マテリアルは転送されている。ならば、出現したモンスター・マテリアルに飛び込み、一緒に転送されれば……。


「それで元の場所か、ダンジョンのどこかに飛ばされるかも知れね~よな?」


 だが、その場合はレベルドレインされることを覚悟しなければならない。一撫でされるだけで1レベル吸われるのだから、その内部に飛び込んだらどうなるか。ここまで調子よく稼いできたレベルを大きく減らされるのではないか。と、ここで弘は、モンスター・マテリアルを生み出す母体を倒してしまったことを思い出した。


「え? あれ? 俺、詰んだ?」


 他にも手がある……などと言った直後のことだが、それでも脱出の手立てを潰してしまったことは弘に衝撃を与えている。


(う……え? 他に、他の、もっと別な手が……って思いつかね~よ……)


 グラッ……。


 目眩を感じた弘は上体を揺らした。だが、そのとき……何者かが話しかけてくる。


「こりゃ! 聞こえるか!」


「へっ? あ、芙蓉か!」


 この空間に飛ばされて早々、次元障害で会話が出来なくなった芙蓉。彼女が再び話しかけてきたのだ。


「おお、久しぶりじゃね~か! 心配したぜ! 次元障害とかは大丈夫なのか?」


「うむ。外に姿を出せるほどには回復しておらぬが。いや、それより! いつまで会話が続けられるかわからん。よく聞けよ?」


 芙蓉は召喚術士システムの補助をする一方で、弘の周辺を観測していたらしい。その彼女が言うには……マテリアル母体は、今倒した1体だけではないとのことだ。


「この空に数百体!? そんなに居るのかよ?」


「大まかな数値じゃ。次元の震動を感知して、妾の勘で言うておるだけなのでな」


 それらマテリアル母体がモンスター・マテリアルを転送しようとするので、次元障害が発生して召喚術士システムに異常を来したらしい。そういう事もレベルが上がれば影響を受けなくなるそうだが……重要なことは、そのマテリアル母体の中に、『指揮母体』なる個体が存在すること。


「ちなみに『指揮母体』とは妾が勝手に命名した。時折、強力な次元障害を発し、他の母体に何やら発信している個体が居るようなのでな」


「まあ無難なネーミングだな。マテリアル関係の一番の親玉ってわけか。そいつをやっつければ良いんだな?」


「そうじゃ! 撃破すると同時に、妾が召喚術システムのメインシステムに働きかけ、彼奴の転送機能を乗っ取る。いや、その機能を一時的に使用すると言った方が良いかの。そうして、元のダンジョンに戻るという寸法じゃ!」


 芙蓉が言うには、指揮母体クラスの出力であれば、弘を転送することも可能。いや、それができる可能性が高いらしい。


「すまんの。推測ばかりで……。ただ、想定される指揮母体の能力から、妾が今言ったことをできる可能性は高いのだぞ?」


「おう、期待させて貰おう! ってか、最高だぜ! へっへっへっ」


 具体的な脱出策を入手できたのも最高だし、こうして話し相手が出来たことも最高だ。特に数十日間、1人で戦い続けてきた身としては後者が嬉しい。


「なんじゃ? 変な奴じゃな……」


「いやいや、気にしなくてい~から。じゃあ、話をまとめると……」


 マテリアル母体は数多く存在する。そして、生み出したモンスター・マテリアルを倒すと一瞬だけ姿を現す。そのマテリアル母体を倒すと、今度は『指揮母体』が各母体に向けて、何らかの信号を発するのだ。それを芙蓉に感知して貰うことで、指揮母体の位置を割り出すのである。


「あと、言っておくが……指揮母体は、それほど速くはないが移動しているようじゃ」


「姿が見えねぇってだけでも面倒くせぇのに。その上、動いてるのか……」 


 ブツブツ言ってると、周辺一帯で空間の歪みが発生した。ここ最近になると、モンスター・マテリアルは数十体から百体ほどが一気に出現するようになっている。弘はマテリアル母体が、先に倒した1体だけだと思っていたが、こうなると他の母体も動員してモンスター・マテリアルを出現させていると見て良いだろう。 


(俺がバンバン倒してるせいで、転送先にモンスターが行き渡らなくなってるとか……。それが理由で増産に入ったとか、そんな感じだったりしてな)


 適当に推察した弘は、M60を2丁召喚し、次いで召喚したままの87式自走高射機関砲を見た。モンスター・マテリアルを全滅させたら、空に浮かぶマテリアル母体が1体……瞬間的に見えるはずなので、その辺りに向けて機関砲を撃ちまくる。これまでやってきた事と変わりはない。


「……出たな」


 ヴゥン……。


 1体だけなら何も感じなかったのが、数十体同時の出現ともなると、何か震動のようなものを感じる。これが芙蓉の言う『次元震』なのか。そう思いながら弘は、M60の引き金を引いた。周辺を埋め尽くすように出現したモンスター・マテリアルが、瞬く間に数を減じていく。そのすべてが弘に向かって突進しており……いや、中には飛行タイプも居て、飛行しつつ姿を消そうとするのだが……。 


 ボォアタタタタタタ!


 砲塔を旋回させた87式自走高射機関砲が射撃を開始し、漏らさず撃破していく。『自律攻撃』……現時点では、能力向上した結果『自律攻撃3』となった解放能力があるため、ある程度は任せきりで大丈夫なのが嬉しい。そうしている内にモンスター・マテリアルが全滅し、一瞬であるがマテリアル母体が出現した。これに対しても87式は自動で反応し、攻撃を行う。


 バシ! ぼふん!


 一瞬耐えたような気がするが、次の瞬間には35ミリ弾が貫通。マテリアル母体は消失した。


「感知したぞ! そのまま真っ直ぐ、高さは……ええい! 消えた!」


「いや、気にすんな。じっくりやろうぜ!」


 口惜しげに吐き捨てる芙蓉に声をかけると、弘は油断なく次のモンスター・マテリアル出現を待つのだった。




ブレニアダンジョン(?) 85日目


 モンスター・マテリアルを倒し、マテリアル母体を倒し、指揮母体の位置を追う。そうやって数日戦った弘であるが、ようやく指揮母体を追い詰めている。おおよそ真正面、数百m先の高度200mあたり。そこに指揮母体が居るはずなのだ。


「あ~……眠い……気がする。てか、気分悪い。母体を潰し始めたら、モンスタ・マテリアルの出てくる数が増えたもんだから、ほとんど寝る暇なかったぜ」


 解放能力の『召喚タバコ』や『疲労軽減』がバージョンアップしているため、ほとんど寝てないにも関わらず戦闘継続に支障は出ていない。しかし、不眠不休で数日経過、それでいて平気……というのは、何となく薄気味悪く感じるのだ。


「おい、聞いてるのか? 芙蓉?」


 芙蓉は答えない。ついさっき、指揮母体の位置を報告したときには、普通に会話できていたはずだ。


(また、次元障害とかか?)


 指揮母体に接近したせいかもしれないが、だとしたら早々に倒した方が良い。滞在日数も期日が近いのだ。この辺で一気に決めておくべきだろう。弘は、持っていた対物狙撃銃……バレットM82の銃口を下げながら周囲を見まわした。左右に87式自走高射機関砲が2輌ずつ。後方で横並びに4輌が配置されている。地対空ミサイルの類を召喚しても良かったのだが、目標との距離が近いことと、間断なく攻撃を浴びせたいと考えたことで、このような配置状況になっていた。


「よ~し! あの辺!」


 弘は前方の空に向けて指をさす。そこには灰色の雲しか見えないが、芙蓉が教えてくれたポイントなのだ。きっと、あの辺りに指揮母体が居るはず。


 ウィィ~……ム。


 すべての87式が砲塔を旋回し、左右の砲身を持ち上げた。それを見た弘は、軽く息を吸ってから指先の示す方向に向かって叫ぶ。


「ブッ放せ! あの辺一帯を撃ちまくるんだ!」


 ブ、バァアアアア!


 バダタタタタタタ!


 ドドドドドドド!


 各車が一斉に射撃を開始し、連なる火の玉……曳光弾が指定空域に向けて飛んでいった。そして……。


 ギャン! ギン! ガン!


 幾度かの金属音が聞こえたかと思うと、攻撃指定空域が黒く染まる。いや、隠れていたモノが姿を現したのだ。それは巨大なガスタンクを思わせる黒い巨体で、弘の側に大きな一つ目が配されている。


(アレが指揮母体か。でかいな。それに……このロリコンどもめ! って感じだぜ)


 ネットでのネタを思い浮かべた弘は、口の端を持ち上げた。が、すぐに弛んだ顔を引き締め指揮母体を観察する。豪雨のように叩きつけられる35ミリ砲弾。それにより徐々にではあるが、指揮母体が削れているようだ。こちらを見下ろす巨大な一眼。その右下の部分に黒い着弾痕が生じ、広がっているのがハッキリとわかる。


「動くのは止めたみたいだが、さて……」


 このまま削り倒すか、それとも別な攻撃方法を試すか。弘は思案した。

 地対空ミサイルの類で攻撃したとして、けっこう硬そうな指揮母体を撃墜できるかが気になる。それよりも、例えば対空向きでない火砲で、適当に狙いを付けて撃ってみてはどうだろうか。自律砲撃をさせれば、ひょっとしたら思っているよりも簡単に命中するかもしれない。


「よし。あの超デカい奴でやってみるかな」


 ここまでに追加された召喚武具の中で最大の火砲。それを召喚しようとした弘は、もう一度空を見上げた。指揮母体は相も変わらず……。 


「なんだ? ありゃ、ひび割れか?」


 指揮母体の一眼……その黒目の部分から、幾つものひび割れが生じている。弘は射撃を続けている87式自走高射機関砲の群れを見やった。8輌の87式は、猛烈な射撃を続行中だ。やはり撃ち続けることで、指揮母体の耐久限界を超えたのだろうか。


「MPは……まだ、少し余裕があるか? このまま続けて……おっ?」


 指揮母体に決定的な大亀裂が生じ、十数個ほどに分裂した。分裂と言うより爆発四散と言った方が、その光景にマッチしている。しかし、爆発音のようなものは聞こえない。

 そこへ芙蓉の声が聞こえてきた。


「彼奴の転送システムとリンクしたぞ! これより転送に入る!」


「おお!? いけそーか!?」


 問いかけるも返事は無い。それほどに手一杯なのだろう。と、周囲の空間が歪みだした。空も地平線も、そして荒野も。すべてが歪んで見える。この光景をモンスター・マテリアルも見ていたかと思うと微妙な気分になるが、それよりも強い思いが、今の弘を埋め尽くしていた。それは、カレン達の居る世界に戻れること。

 この空間へ飛ばされたことを、また異世界転移した……と考えたときは、大いに血の気が引いたものだ。だが、こうして帰れるとなると歓喜や安堵が渦巻くように湧き上がってくる。


「へ、へへへっ! やった! やってやったぜ! 俺はまた、あの世界に行くんだ!」


 そう叫ぶと同時に弘の姿は消え、あとは誰も居ない世界が残るのみだった。


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