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番外編 ブレニアダンジョン2

ブレニアダンジョン(?) 14日目


 ブレニアダンジョン下層の大浴場。そこから弘は瞬時に消失した。では、弘自身は、どう体感できていたかと言うと、激しい光を見た……と思った時には、目の前の光景が一変していた……である。


「う、ほ、おおおっ!?」


 眼前に広がるのは荒野と、空を埋め尽くす灰色の雲。弘は珍妙な声をあげると、一歩後退した。そして、落ち着きなく周囲を見まわす。


「そ、外ぉ? って……何処だよ! ここぉ!」


 誰に言うでもなく叫ぶと、弘は視線の向きにM60の銃口を追従させる。だが、敵……例えば、先程まで戦っていたモンスターなどの姿は見えない。それどころか、自分以外には誰も居ない。それは見える範囲だけの話ではなく、この空の下に自分以外、誰も居ないのではないか。そう思えるほど、周囲には静寂しかなかった。


「外に居るのにシーン……って言うか、耳鳴りする程に静かってキメェ。え、ええと……今は何時だっけ?」


 気を落ち着けさせるべく、視界隅にある時刻表示を確認する。時間は9時50分と表示されていた。これは最後に大浴槽の壁を見た時から、1分も経過したかどうかと言うところだ。もっとも、芙蓉が表示できるようにしてくれた時計に、誤りが無ければ……であるが。と、ここで弘は相談相手が居ることを思い出した。


「芙蓉っ! 芙蓉! ちょっと話を聞いてくれ! 相談したいことがあるんだ!」


 脳内会話ではなく、声に出して呼び出そうとする。周囲に誰も居ないこともあるが、それほどに焦っていたのだ。とにかく今は誰かと話をしたい。召喚術士システムの補助システム……芙蓉は、外部に対して出来ることは少ないが、それでも1人でアレコレ考えているよりはマシなはず。それにこの状況だと、心細さや寂しさが紛れるというのがいい。しかし、呼びかけに対して返ってきたのは、意味不明な言葉の羅列だった。


「ジ、ジザザ……ぶぴっ。気をつけ、のじゃ……歪み……元凶……ザザ、ガガガガ」


「おい、なにラジオの雑音みたいな真似してんだ? 解るように言えよ。なあ!」


 苛立ち混じりに問いかけるも、芙蓉の声は雑音障害に負け、完全に聞こえなくなる。そして……。


「しすてむノ維持ヲ最優先ニ。以後、次元障害ガ消失スルマデ、あくせすヲ切断シマス」


 妙に機械っぽい発音で言うと、あとは何を言おうが芙蓉は答えなくなった。


「嘘だろ? こんな時に、引き籠もるとか勘弁してくれよ。おい!」


 ……やはり芙蓉は答えてくれない。だが、聞き取れた言葉を思い出すに、弘は自分がろくでもない状況へ放り出されたと判断した。重要視すべきは『歪み』と『元凶』。そして口調を変えてから言った『次元障害』だろう。この3つを、弘は混乱しながらではあったが組み合わせてみた。


「……次元に歪みが出て障害になってるって感じか? 元凶ってこたぁ、障害の元になってる奴が居るのか? そんなの……どこにも居ね~し?」


 最初に前方、続いて左右を見まわすも……やはり見えるのは荒野と灰色の空だけ。付け加えるなら地平線も見える。やはり何も居ない。クルリと振り返ってみたが、そっちにあるのも同じ景色だけだ。


「た、タバコを吸おう! こういう時は、一服して気を落ち着けないとな!」


 取り繕うように言い、弘は腰を落とす。そして召喚タバコを出現させると、念動発火してスパスパやり出した。


(れ、れれ……冷静になって考えろよ。俺!)


 まず、どうして自分がダンジョン下層の大浴場ではなく、空が見えるような場所に居るのか。ゲーム知識的には、転移罠に引っかかったと見るべきだろう。あるいは罠ではなく、大浴槽に生じた異常とやらが原因の……単なる事故という可能性もある。


(その辺は、まあ後で考えるか。今は元の大浴場へ戻ること……いや、そうじゃないな。見知った場所へ行かないと)


 鎮静効果のある召喚タバコのおかげか、急速に落ち着きを取り戻しつつある弘は、改めて周囲を見回す。目に映る光景は前述したとおりだが……さて、この場から移動したとしよう。何処まで行けば雲、荒野、地平線以外のモノが見えてくるだろうか。現状、召喚具の中で最も速度が出せる乗り物は、原付……ではなく、新たに追加されたホンダCRM250ARだ。このオフロードバイクとMP回復姿勢の併用であれば、かなりの距離を走破できる。


「何処までも続く荒野を、地平線目指して突っ走る……か。こんな状況でなけりゃ、楽しいんだろうが……」


 当然、今はそんな気分ではない。第一、ここから離れて良いかどうかが気になる。ひょっとしたら、この場に留まっていれば元居た場所に戻れるのではないか。そういった思いが弘にはあったのだ。言い換えると、場所を移すことで元居た場所に戻れない可能性があり、その事について、弘は不安や恐怖を感じていたのである。何故なら、カレンやグレース。その他の女性達に会えなくなるかも知れないから。


「カレン達の世界に飛ばされた時は、誰かに会えなくなるとか……そういう不安を感じなかったもんだけどな~」


 まず、転移するなり夜の山中に放り出され、丸腰でゴブリンに追い回された事が大きいだろう。そのせいで、今のように不安を感じる暇はなかった。飛び先が異世界であることを認識したのは、山賊団に拾われた後のことで……日本に残してきた両親に関しては……あまり未練を感じていない。むしろ、満足に就職も出来ない不良息子が居なくなったのだ。自分という重荷が無くなって良かったかもしれない……。そう思う程度だった。


「警察沙汰で迷惑かけまくったもんなぁ。はやく独り立ちしろとか、いつまでこの家に居るの……とか。チクチク言われてたし。考えてみりゃ、異世界転移して良かっ……。……うん?」


 言い終わり際、違和感を感じた弘は言葉を濁す。そして、いつの間にかフィルターだけになっていたタバコを消すと、新たに1本を召喚した。それを震える手つきで口元に運び、落ちつかなげに視線を巡らす。


「ひょっとして俺……。また、異世界転移したんじゃね~だろうな?」


 口に出した瞬間。弘の背筋に、氷柱でも差し込まれたかのような悪寒が走った。再びの異世界転移。そうと決めつけるには、まだ状況証拠は少ない。しかし、すでに1回、異世界転移を体験した弘にしてみれば、この状況は再度の異世界転移のように思えてならなかったのだ。


 ブルッ。


 身震いした弘の口元に、引きつったような笑みが浮かぶ。


「お、おい……おいおいおい。冗談じゃね~ぞ? カレンやグレース達とのことも、何もかもこれからだっつ~のに? また別の世界で一からやり直しとか……」


 ぶちっ!


 召喚タバコが、フィルターの部分で千切れ飛んだ。口に残ったフィルターの残りをプッと吐きだし、弘は険悪な表情で空を睨み上げる。視線の先にあるのは相も変わらず灰色の空だが、弘は憎むべき敵でも見えているかのように吠え立てた。


「ざっけんな、こらぁ! 何のつもりか知らね~が、元の場所に戻せってんだよ! 俺はな! カレン達の居る世界が気に入ってんだ!」


 そこまで言った弘は立ち上がる。何者も反応を示さない中、構わずに続きをまくし立てた。


「とっとと元の場所に戻さね~と、そこら中吹っ飛ばして……」


 握った右拳を振り上げていた弘であるが、何やら気持ちの悪さを感じて振り返る。そこは、やはり何も無い……果てしなく続く荒野。だが、先程まで弘の周囲を取り囲んでいた『荒野』『空』『地平線』。それ以外の何かが出現していた。

 歪み、揺らめき。あるいは陽炎。そういったものを弘はイメージしたが、単なる陽炎現象だとは思っていない。自分は異世界転移を既に体験済みで、魔法が存在する世界で今日まで暮らしてきた。だとしたら、このわけの解らない状況で生じた『この変化』は、何かの前触れ……魔法的な現象ではないか。そう思ったのだ。


「そうであって欲しいだけなんだが。どうなるかな?」


 ザリッザリッと後退しつつ、揺らめきに対して銃口を向ける。と、その揺らめきに縦の裂け目が走った。裂け目はゆっくりと開いていき、その内部には暗闇が見える。元の世界に戻るための入口か何かか……と、そういった淡い期待を弘が覚えた瞬間。裂け目の内部から、黒く逞しい腕が出てきた。その腕のサイズは、大きさで言えばミノタウロスと同じぐらい。ただし、ハッキリとした肉体として見えたのではなく、似たもので例えるなら、ディオスク闘技場で戦ったラングレン。彼が使用する炭粉体に似ていた。


「でも、今出てきそうな奴は、炭の粉なんかじゃね~んだろ~なぁ」


 ヘラヘラ笑いながら言う弘だが、内心では大きく混乱している。この強制転移させられた状況が不安なことに変わりはないし……そこへ出現した謎の腕が、ラングレンの炭粉体を連想させるので攻撃しづらかったのだ。


(炭粉体は、要するに魔法で操る炭の粉だった。剣とかでダメージが通らないし、銃で撃ったら爆発する。……粉塵爆発とかだっけな。けど、こいつはどうだ?)


 さっき自分で言ったように、見た目が同じだからと言って、炭粉体のように炭を使用しているとは限らない。だが、撃って倒せるのだろうか。試しに撃ってみてはどうか。いや、それで何か起こったらどうするのか。しかし、行動しないことには……。


「そうだ、対象物解析! まだいけるかっ!」


 つい忘れがちになる解放能力『対象物解析』。その存在を思いだした弘は、空間の裂け目から出ている腕目がけて能力を発動した。すると、まだ戦闘状況でない判定だったか、眼前でウィンドウが開き、解析情報が表示される。


対象名:モンスター・マテリアル

タイプ:不定形 

 マテリアル母体により生み出される存在要素。指定域(地表)への配置後、設定されたモンスターに変貌する。


 表示されたウィンドウをマジマジと覗き込み、弘は首を傾げた。まず、マテリアルという英単語が良くわからない。ゲームなんかで見聞きした気はするのだが……。


「こう……思い出しかけてると言うか、喉で引っかかってると言うか。けど……」


 対象名に関する単語の意味。それはともかく、説明文を読めば何となくだが理解はできる。要するに、目の前の黒い腕……その腕に繋がる本体は、モンスターの素だという事だ。これが指定された場所へ配置されると、そこで何らかのモンスターになる。そう弘は解釈した。

 ただ、気になることがある。対象物解析における説明文では、モンスター・マテリアルの配置指定域は『地表』になっていた。これは、どういう意味なのだろうか。


(地表ってのは、ここか? だとしたら、こんな所にモンスターを放り出して、それに何の意味があるってんだ?)


 疑問に思う。だが、その疑問は早々に解消した。


 ずるん。


 本当に音がしたわけではないが、弘には聞こえたような気がする。何故なら、妙にヌルッとした動きでモンスター・マテリアルが出てきたから。その姿は、かなりの短足で腕が長く、ゴリラのように見えた。よったよったと歩く様は見ていて滑稽だが、それが数歩歩いたところで忽然と姿を消し、弘は目を見開いた。


「なるほど。ここから『地表』へ転送してるわけか。じゃあ、ここは……その『地表』じゃないって事なんだろうな。転送元なんだし」


 では、結局のところ『転送先の地表』とは何処なのか。弘は、ここへ飛ばされる前に居た、ブレニアダンジョンを思い出す。例えば、そのダンジョンの外……地上を、『地表』とした場合。モンスター・マテリアルは、そこへ転送されるはずだ。


(でも、変だぜ?)


 ブレニアダンジョンの外に、ここからモンスターが転送されていたとしよう。以前からそうなっていたとしたら、ミレーヌ達が無事で済んでいたはずがない。ましてや、ミレーヌは地下から出てくるモンスターは居ないと言っていたし、その他のモンスターについて何も言っていなかった。つまり、ここから『地表』には転送されていないことになる。では、何処へ転送されているのか。そこまで考えていた弘は、ブレニアダンジョンの第10階層……大浴場で見た壁面の歪みを思い出す。


「それとダンジョンの中で、あちこちから湧いてたモンスター……」


 つい先程まで、連日相手をしていたモンスター集団。ダンジョンという閉鎖空間の中であるにも関わらず、あれ程倒して際限なくエンカウントするのは変だと思っていたが……。


「なんか解ってきた感じだ……。やっぱレベルアップして、知力とか賢明度が上がってくると違うなぁ。その割りにマテリアルって単語がわかんね~のは、どうかと思うが……」


 自らのステータス値のチグハグさに首を傾げつつ、弘は考えをまとめた。

 ここは恐らく地表……地上にモンスターをバラ撒くための場所だ。そして、その役目を担っているのは、マテリアル母体と呼ばれる存在であろう。ただ、モンスター・マテリアルは地上ではなく、ブレニアダンジョンの内部へ転送されているらしい。理由は不明だが、これも何となく想像はつく。芙蓉が引き籠もる前に言っていた、次元障害や歪み。それが原因なのだろう。


「事故が原因か、それともバグったか。地上行きなはずのモンスターが、ダンジョンに飛ばされてるわけね。たぶん……」


 証拠がないので推測するしかないが、弘は外れていたとしても構わない気でいた。概ね状況を把握できたつもりだし、その情報を活用して脱出に繋ぐことができれば、それで充分だからだ。さしあたり、マテリアル母体なるモノを探し出して、破壊するなどすれば。それで少しは状況が変わるかも知れない。


「ここの親玉みたいな奴かも知れないし。とにかく、何でも試してみないとな! まずは、モンスター・マテリアルって奴から手をつけてみるか」


 悩むだけ悩んだし、考えるだけ考えた。正しいかどうかは不明だが、状況把握もできた。となれば、後は行動あるのみ。弘は、M60の銃床を右肩にあてがう。標的……モンスター・マテリアルはまだ出現しないが、待っていればいずれ出現するはずだ。


 ゆらっ……。


 前方、50メートル程の位置で空間が歪む。


「次の奴か。いや~……何だかこう、嬉しい感じ? 敵でもモンスターでも、俺1人だけってより余程いいもんな」


 そう呟くなり、弘は引き金を引いた。発射された7.62ミリ弾は、数十メートル離れた闇色の巨体に吸い込まれ……命中弾を受けたモンスター・マテリアルは、風船が弾けるように消滅する。このとき、弘が得た手応えは皆無だった。本当に風船を撃ったような、あるいは何も無い空間を銃弾が通過していったような。そんな気がしたのだ。


「異世界転移するまでは、エアガンぐらいしか撃ったことないからなぁ。転移後だって気前よく弾ぁバラ撒くのは、ブレニアに来てからだし。手応えどうこう言える程、俺はプロじゃないんだが……。でも、マジで空振りしたみて~な感じだ……」


 モンスター・マテリアルを相手にするのは無駄だったかもしれない。暇つぶしや気を紛らわせるには役立つが、それだけでは意味がないのだ。弘はM60を肩で担ぐと、鼻で溜息をついた。だが、まだ1体目。もう2~3日粘っていれば、何か変化がある……かも知れない。


「何でも試さね~とな~……。取りあえず……メシにするか……。それと、ちょっと普通に寝たい……かな。召喚タバコで回復するんじゃなくて……」


 クロニウスで出発準備をする際に購入したパン。それをアイテム欄から取り出した弘は、右手に銃を持ったままでパクついた。アイテム欄収納すると、内部では時間経過しないため、パンは焼きたてのままだ。この世界のパンは、ビスケットタイプが多いが、こういったふっくらしたパンも存在する。パンだけに限らず都市の下水整備など、たまにファンタジーらしからぬモノを見かけるが、もはや弘は『そういうものだ』と考えて気にしないことにしていた。


(どうせアレだろ? 昔の転移者の影響だとか、残した知識だとか。便利だから文句言う筋合いね~し……)


 などと考えている間に、次のモンスター・マテリアルが出現する。今度は右側方、30メートル程の位置だ。


「んがっ。あむぁ!」


 パンをくわえたまま、M60を連射する。またもや風船が弾けるように、モンスター・マテリアルは消失した。今度もまた手応えがなかったが、マテリアルが消失した直後に、弘の脳内ではファンファーレが鳴っている。


「レベルアップした? 変だな……」


 くわえていたパンを口から離すと、弘はステータス画面を展開する。


名前:沢渡 弘

レベル:82→83

職業 :超凄い不良冒険者

力:390→397

知力:162→163

賢明度:228→230

素早さ:275→280

耐久力:330→335

魅力:200→202

MP:6700→7000


 これが、現時点における沢渡弘のステータスだ。大幅に向上しており、例えば『力』などはダンジョン入りする前の3倍を超えている。中でも注目すべきはMPで、レベル31の頃は300だった事を考えると、まさに桁違いのパワーアップを遂げていた。このMPが突出して向上しているあたり、弘は「召喚術士とか言うだけあって、戦士よりは魔法使い寄りなんだろうな」と認識している。もっとも、そう思ったすぐ後に「長ドス振り回して、メリケンで殴り合いするような俺が、魔法使い寄り……ねえ」などと苦笑いしているのだが……。

 さて、今回のレベルアップに関し、弘は「変だな」と言った。いったい何が変なのか。

 実のところ、弘は今のタイミングでレベルアップすると思ってなかったのである。どういう事かと言うと、ブレニアダンジョンに入ってからというもの、極短い間隔で湧くモンスターとの戦いにより、弘のレベルは高速でアップしていた。僅か半月ほどで50レベルも上昇するなど、今までの成長速度からすれば考えられないことだ。しかし、第10階層へ到達した頃には、その成長速度に陰りが見えていたのである。これを弘は、コンピュータRPGなどで言う、『次レベルへの必要経験値に対し、戦闘1回あたりの経験値が不足してきたため』だと考えていた。


(もう10階層のモンスター相手じゃあ、数をこなさないとレベルアップできなくなってたっけか)


 転送される前……最後にレベルアップしたのは約3日前のこと。そして、次のレベルアップは、おそらく2日後になるはずだった。これは計算したのではなく、体感的な想定であるが、弘は大きく外れていないと思っている。では、何故今の戦闘でレベルアップしたのか。考えられるのは、モンスター・マテリアルが高経験値の個体だという事。


(素ってぐらいだから1体でモンスター集団ぐらい、経験値があるのか? 他には……思いつかね~な)


 弘は右手にM60を構えたまま、左手指で目の間を揉んだ。別に疲れ目になっていたわけではないが、少し落ち着いたような気がする。召喚タバコでリラックスするのも良いが、こういうマッサージなども重要だ。


(何より、タバコに頼りっきりじゃニコチン中毒になっちまう……なんてな。そもそも召喚タバコに、ニコチンは入ってないし~)


「にししっ」


 軽い冗談を頭の中で跳ばした弘は、自分で受けて笑う。そして、アイテム欄から干し肉を取り出すと、一切れ口に放り込んだ。


「よ~し。さっき考えたとおり、まずはモンスター・マテリアルを倒しまくってみっか。さ~て、ど~なるかなぁ~」


 言い終わると同時に、正面方向……数メートルの場所で空間が歪み、縦に裂けていく。今度は随分と近いな……などと思いつつ、弘は構えたM60で狙いをつけるのだった。



ブレニアダンジョン(?) 20日目



 弘は転送先にて残留中である。と言っても、脱出の手がかりが皆無というわけではない。モンスター・マテリアルを倒すたび、空に巨大な影が見えるのだ。確証はないが、恐らくはマテリアル母体であろうと弘は睨んでいる。では、早々にマテリアル母体を撃破し、事態の進展を図るべきではないか。弘も、最初はそう思ったのだが、今のところ手出しはしていない。どうしてかと言うと、モンスター・マテリアルを倒して入手できる経験値が大きいのだ。何しろ第10階層到達時点では、レベルアップに数日を要するようになっていたのが、僅か十数体倒すだけでレベルアップしてしまう程なのである。

 これに気を良くした弘が、マテリアル母体らしき存在への手出しを控え、延々とモンスター・マテリアルを倒し続けた結果。現在ではレベル135にまで達していた。


「……ぷはっ」


 水筒の水……水は数樽ほどアイテム欄に放り込んであるが、水筒に汲み分けている……を飲み、弘は口元を袖で拭う。現在、モンスター・マテリアルの出現待ちで、その合間に食事をしていたのだが、荒野に腰を下ろす弘の姿は以前と大きく変わっていた。

 まず、体格が大きくなっている。これは解放能力に『体格拡大』が加わったことで、文字どおり一回り大きくなったのだ。オンオフ可能な能力なので、元の体格に戻ることも可能だが、今は耐久実験として体格拡大したままである。鎧等の装着物も新調されており、以前では召喚武具のボディーアーマーだったものが、特攻スーツ(弘の勝手な命名である。正式名称はボディーアーマー3)になっていた。これは、身体にフィットした黒色のライダースーツであり、その各所にこれまた黒色の装甲が装着された代物である。装甲部はボディーアーマーより多く、非常に攻撃的な印象だ。加えてオフロードヘルメットに似た兜も召喚可能になっているため、合わせて召喚すると、あたかも変身ヒーローのような姿となる。

 ただ、その上から特攻服を羽織るので、ヒーローと言うよりは禍々しいさを感じさせていた。そして、その禍々しさに拍車をかけるのが、解放能力『ペイントデザイン』。これは、MP1を消費することで、10分間ペイントが可能になるという能力だ。ステータス画面からの能力解説では、わざわざ『~念動筆記が可能。その他、召喚武具の特攻服に自由にペイント可能です』などと書かれており、それを読んだ弘は腹を抱えて爆笑したものである。さっそく活用し、黒色無地だった特攻服には白抜きで『御意見無用!』と書き込まれていた。ちなみに、御意見無用とした理由は、単にパッと思いついた言葉だから……である。


「しっかし、イイ感じでレベルアップしてるよな。3ヶ月のギリギリまで粘ったら、きっと凄いことになるぜ! あふっ! うま!」


 弘は肉汁したたる串焼きを頬張った。アイテム欄収納のため、やはり購入時の温かいままであり、大変に美味。これで焼き肉のタレ、いや胡椒があれば……そう言えば、昔のRPGで胡椒と船を交換してたっけ……などと暢気に考えていたりする。何日か前では、レベルアップによる強化の凄まじさに不安を感じていたのだが、この頃になると弘はすっかり開き直っていた。


(まだ予定の3ヶ月までには余裕があるし。今の内からジタバタしてもしょうがね~。とにかくガンガンレベル上げしなくちゃ。それに……)


 更に大きくレベルアップしたなら、今よりも出来ることが多くなっているはずだ。それは、召喚武具の追加であったり、開放能力の追加であったりと様々。勿論、ステータス値も今以上にアップしているだろう。それらの追加要素や成長要素で、この場を脱出できる選択肢が増えるかもしれない。そう考えると、やはり今はレベル上げに専念すべきだ。


「残り1週間。そのあたりまで頑張って……それから脱出を考えてみっか。おっ? 来た来た! 来た……けど」


 またもや空間に歪みが発生する。ニコニコしながら腰を上げた弘であったが、カクンと頭を傾けた。これまでは地上付近で出現していた空間の歪みが、今度は随分と高い位置で出現したのである。距離としては約50m程離れた地点だが、その高度は30mほど。


(あの高さで歪みが出るってこた……。ひょっとして……)


 弘は、ヘルメットのバイザーを下ろそうとしたが途中で止め、数秒考えた後に、武具を召喚した。


「……は、87式自走高射機関砲?」


 自信なさげに召喚すると、すぐ目の前にオリーブドラブ単色で染め上げられた車輌が出現する。87式自走高射機関砲とは、陸上自衛隊の自走式対空砲であり、90口径35ミリ対空機関砲を砲塔左右に1門ずつ装備。その最大射程は5千mで、最大射高は4千m。35ミリ機関砲弾を毎ふん550発発射する。前述した『50m向こうの高さ30m』などは至近距離もいいところだ。


「え~と、弾種? ……あ~……HEIの焼夷榴弾って奴で……」


 ステータス画面を見ながら弾種選択をしたが、目の前の87式自走高射機関砲には見た目上の変化はなかった。本当に選択した弾が設定されたのか不安になるが、撃ってみれば解るかもしれない。このように非常に辿々しい運用をしているわけだが、それもそのはず、この召喚武具を使用するのは今回が初めてなのだ。ちなみに以前、ブレニアダンジョン第10階層で155ミリ榴弾砲を使用しようとしたが、実はその時には87式自走高射機関砲が召喚可能になっていたのである。


(大浴槽の壁を壊そうとした時は、屋内で対空砲ってのもなぁ……とか思ったんだが。よくよく考えたら風呂場で榴弾砲を出そうとしたのも、相当な大げさだ)


 やはり携帯式の対戦車ロケット砲で良かったのだろうか。例えば、RPG-7のような……。と、そんなことを考えていると、歪みが裂けてモンスター・マテリアルが出現する。だが、その形状がこれまで見たモノとは違っていた。全体が黒いモヤのようなモノで出来ているのは同じだが、左右に向けて大きく張り出しが生じている。


「高いところから出てくるなぁって思ったけど、やっぱり飛ぶ奴だったか」


 飛ばずに地上降下しても攻撃することに変わりなかったが、想定どおりに飛ぶつもりならば、87式自走高射機関砲による対空射撃の練習とさせて貰おう。弘は、解放能力の『自律攻撃』を使用してみた。これは車輌や砲台型の召喚武具に対し、指定に合致する標的を自動で攻撃させるもの。SF映画などで自動砲台のような兵器が登場するが、似たようなイメージである。


「おい、いいか? 標的は空にいるモンスター・マテリアル。あの黒い奴な? って、うわ……動いた!」


 弾種指定時は実際に弾種指定できたのか不安だったが、今度は『自律攻撃』を発動し、目標を指定した瞬間。87式自走高射機関砲の砲塔が、軽やかなモーター音と共に旋回した。そして……。


 ブァアアアアアア!


 突然、2門の機関砲が唸りをあげ、すぐに射撃を中止する。一瞬遅れる形で両耳を押さえていた弘は、その姿勢のままで空を見上げた。見上げた先は、先程の空間の歪み……おそらくは飛行タイプだったモンスター・マテリアルの居た場所。だが、そこには、もう何も無かった。


「……やっつける瞬間を見損ねたな」


 87式自走高射機関砲は自律行動が可能となるなり、指定したモンスター・マテリアルを攻撃したのだ。この成果に弘は満足した。こういった運用が可能であるなら、戦闘人員が増えたも同じ事だからである。何より、いちいち自分で撃つ必要がなくなるのが嬉しい。ただ気になるのは、周囲に味方が居る状況で、こういった戦い方が出来るかどうかだ。


「ババーッ! って横なぎに掃射したら、ラスが死んでました……なんて洒落にならんしぃ」


 勝手に殺すな! とラスの声が聞こえたような気がする。弘は軽く頭を振ると、すぐ脇で鎮座する87式自走高射機関砲を見た。74式戦車の車体を流用したというボディーは、重量感に満ちて実に頼もしい。現状、戦車を何種類か召喚可能になっているが、この先にもっと凄い兵器が追加されることだろう。


「解放能力だって増えるだろうな。……ダンジョンの外に出て稼ぎまくるのが楽しみだ」


 最後に呟くと、弘は87式自走高射機関砲の左側面の装甲をポンポンと叩くのだった。


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