第百四十三話 レベル上げ開始
「行っちゃったわね。て言うか、アレがゲンツキ……原付なの? 足の速い馬と良い勝負するんじゃない?」
あっと言う間に遠ざかり、今では豆粒ほどに小さくなった弘。その後ろ姿を見送りながら、ジュディスは誰に言うでもなく呟いた。これに対し、彼女の左隣で居たノーマが反応する。
「同じくらい速いかしら……ねぇ。でも、あの速さを持続できるって話だから……」
その場に居た者全員が唸った。弘の召喚術、その汎用性の高さに改めて感心したのだ。ラスなどは、「アレを沢山召喚して、売り飛ばしたら。凄い儲けになるんじゃないか?」などと言っていたが、ウルスラから「あ~、それ。私が前に聞いた~。暫くしたら消えちゃうんですって~」と説明され肩を落としている。
何にせよ、皆の中心人物たる沢渡弘は去った。残る者達は、それぞれの行動に移らなければならない。
カレンとシルビアはオーガーの情報を集め、オーガー討伐を完遂する。
グレースとノーマは、仇討ち対象の氏族情報を求めつつ王都を目指す。この件に関してはカレン等、事情を知っている者以外には秘密だ。
ジュディスはウルスラや他、元からのパーティーメンバーを率いて……。
「そう言えば、あたし達は、どうしよっか? すぐに王都を目指す?」
「どうしようって言われても~」
ジュディスが右隣に居たウルスラに話を振ると、ウルスラは困り顔になった。なぜならば、パーティーリーダーはジュディスなのだから。ラスやターニャも、ジュディス次第とのこと。これらパーティーメンバーの反応を見て赤面したジュディスは、暫し考えた後で、すぐにでも王都へ向かうと決定している。
「王都に行くのは、個人的に問題があるけど。行かないことにはヒロシと合流できないんだし。うん、王都に行くのが一番よね。途中の都市で、路銀稼ぎに依頼を請けてもいいし。……そうだ! ブリジット、お話しできる?」
軽く左手を持ち上げ、ジュディスは薬指の指輪に話しかけた。すると、黒衣黒鎧、黒髪の女神が出現し、ジュディスの左手甲上で滞空する。と言っても、その身長は20センチに満たないもので、この場に弘が残っていたら「何度見ても、あのサイズだとフィギュアだよな」と言ったことだろう。その女神……夜の戦乙女ブリジットは、トロンとした表情でジュディスを見つめた。
「おはようございまふ。ジュディスさん……。むに……」
「……締まりのない顔ねぇ。オーガーの森での、あのシャンとした姿は何処へ行ったのよ?」
「そんなことを言われても。私は夜の戦乙女なんですよ? 今は人間で言う、就寝時間なんですから……」
ブリジットの感覚だと、寝入って暫くしたところを叩き起こされた状態であるらしい。そう聞くと悪いことをした気になるジュディスであったが、せっかく起こしたのだから話すべき事は話した方が良い。だから、手短に用件を告げた。
「ブリジット。あたし達、この国の王都に向かうことにしたの。それでね……」
およそ4ヶ月後に弘と交流することになるが、それまでの間、夜に特訓を行いたい。それは、ブリジットの力を上手く使えるようになりたいという事だ。これを聞いたブリジットは、アクビをしながらではあったが了承している。
「そういう事でしたら喜んで協力します。練度が増すごとに、ジュディスさんの身体が馴染みますし。憑依変身の持続時間も延びるでしょうし。本来の私が使用できる神技も、使用可能になると思います」
「神技って言ったら、オーガーの森で使ってた『闇影の抱擁 』とか『常闇の波動剣 』みたいなの? あの他にも、あるって言うの?」
「当然です。神の技は奥深いのですよ。特訓は今夜からでも始めるとしましょう。ですから、今は暫く寝させてください。おやすみなさい……です」
余程眠かったのだろう。一方的に言い終えると、ブリジットは姿を消してしまった。ジュディスは少し呆気にとられていたが、薬指の指輪に向けて「ごめんね」と小さく謝っている。
「でも、ジュディスぅ? 本当に王都に向かって良いのぉ? あそこは~……」
「いいのよ。もう決めたんだから。確かに、色々と厄介事が多いけれど……ここで王都に行かないと、ヒロシと会う機会が……」
ウルスラに対して笑顔で言ったジュディスだが、その最後で言葉に詰まった。
2人の様子を他の者達は黙って見ていたが、会話が途切れたのを見計らってカレンがジュディスに話しかけている。
「あの……ジュディスちゃん? 目の前でお話ししてたから聞こえてたんだけど。厄介事って、もしかして……」
「カレン? 何か思い当たることでもあるのか?」
グレースも加わってくるが、ここでジュディスが手の平を突き出し、会話を中断させた。
「そこまで! カレンちゃんは薄々気がついてるみたいだけど。これは、あくまでも個人的な問題だから。あたしが1人で……って、ううっ!」
そこまで言ったところで、涙目で睨むカレンの視線にジュディスは気圧された。同時に、ノーマが意味ありげに微笑んでいることにも気づく。
(あっ……。そう言えば、ノーマは手伝えることがあったら言うように……って。でも……)
自分の『事情』をジュディスは考えてみたが、ノーマに頼めることがあるかどうか。いや、ほとんど頼むことなどないと思う。
(ノーマの得意分野……偵察士の能力を当てにすることって。無いと思うし……)
だが、協力してくれる者が居るというのは有り難い。例え相談に乗ってくれるだけでも、助かるというものだ。ジュディスが目配せしながら頷いて見せると、ノーマは笑顔のままで手の平をヒラヒラ振る。それを見たジュディスは、今度はカレンに対し「大丈夫だから! ねっ? ねっ?」と言い含めた。
そこまで言われると納得するしかないカレンは、ハンカチで涙を拭い「大丈夫……なのかな?」と呟いたが……。
「人には事情があるからな。本当に助けが必要なときは、ジュディスの方から何か言ってくるだろうよ」
すぐ右隣のグレースが諭すように話しかけてきた。そしてグレースはカレンに身を寄せると、その耳元で囁いている。
(「ところで……。そなたが果たすべき試練……オーガー討伐の件だが。我らが手伝おうか?」)
試練の達成条件に『単独討伐』があるので、直接に戦闘参加は出来ないが、オーガーの捜索だけなら手伝えることがあるかもしれない。ノーマだって居るし、カレンとシルビアだけで捜索するよりは、効率よくオーガーを探せるはずだ。
(「あ、ありがとうございます。凄く嬉しいです。でも……グレースさんにも、しなくてはならない事があるのでは?」)
(「それは……そうなのだが……」)
カレンに言われて、グレースは口籠もる。そして、自分の都合を優先するべきか、カレンの手伝いをするべきか悩みかけたが、そんな彼女を見てカレンがクスクス笑う。
「大丈夫ですよ。偵察士が必要なときは、冒険者ギルドで誰か紹介して貰えますから。……考えてみれば、最初からそうするべきだったんですけどね……」
試練を課せられて、準備を整え、そして屋敷を出てから……。カレンは、シルビアと2人だけで行動することが多かった。時折、他のパーティーに加入することもあったが、偵察士の力を借りてオーガーを探したことは一度もない。
「極端な話。盗賊ギルドで情報を買っても良かったんです」
何故、そうしなかったのか。明確な理由があったわけではないが、改めて考えてみると、あくまでも自分の力だけでオーガーを捕捉したいと思い込んでいた。そんな風にカレンは感じている。
「気負っていたか……浮ついていたか。ひょっとしたら両方かも知れませんけれどね。でも、今の私は……何と言うか手段を選ばない気分なのです」
そういう心境になった原因は、やはり弘だ。彼との合流までに、オーガーを討伐する。そうしなければならない思いに、カレンは駆られているのだった。
「もちろん、マクドガル家や、領地……それに領民のこともありますけれど。何と言ったらいいんでしょう。そう、今度サワタリさんと会ったとき。オーガーを倒していなかったら……恥ずかしいと言うか。合わせる顔が無いと言うか……。いえ、そういった事もあるのですけど。他に……そうだ。試練を達成したことを、サワタリさんに胸を張って報告したい……というのもありますね」
「なるほど。つまりは、プライドや欲求の問題というわけか……。了解した。それならば、我は口出しするのを止めよう」
族長経験者たるグレースにしてみれば、カレンの事情を鑑みたとき、やはり領民第一で物事を考えるべきだと思う。しかし、カレンのお家事情は、あくまで余所様のことであるし。大きな声では言えないが、カレンの気持ちも少しは理解できるのだ。
(ま、本人が手段選ばず……と言っているのだからな。偵察士を雇うなり、それこそ何でもしてオーガーを捕捉、討伐するだろう)
このように、弘が去った後も暫く立ち話をしていたカレン達であったが、やがて街道に通行人が姿を現し出すと、いったんクロニウスにまで戻っている。そして、ギルド支部へ入ると各自が旅支度を済ませ、そのまま別行動とするのだった。
◇◇◇◇
弘がレベル上げ作業に入るべく、久々の単独行動を取った頃。
王都のギルド本部では、カーター・ピラーズ……仮の名はカーター・ランドルフが、専用の研究室で、実験データを取りまとめていた。
カーターは天才魔法使い、セーター・ピラーズの孫である。その祖父セーターは、非道な魔法実験をしたことでに捕縛され、十数年前に処刑されていた。後年……即ち現在、祖父の研究を受け継いだカーターは偽名を使用し、ギルド本部に潜伏しているのだった。
現時点、カーターの目的は大きく分けて2つある。1つは、祖父を追いやり亡き者とした国や王都ギルドに復讐すること。もう1つは、祖父の研究を引継ぎ……中でも、エルフのエリザに施された魔法生物による洗脳システム。これを、解明・発展させることにあった。
その研究の過程で出た様々な失敗作を、彼は経過観察と称して放置していたため、近隣ないし地方の都市では被害が出ている。例えば、レクト村事件で弘が遭遇した『脳に小蜘蛛が充満したゾンビのような村人』や、『腐った沼地に住み、旅人を襲っては隷下のゾンビとする巨人』等が、彼の手による実験体なのだ。
「ふううん? ふむ?」
妙な唸り声とともに、カーターが立ち上がる。このとき、椅子や彼自身に寄り掛かるように積み上げられていた書類が、バサバサと倒壊した。それを面倒くさそうに見やったカーターは、天井から下がった呼び鈴の紐を引く。すると暫くしてノック音がし、1人の女性が入室してきた。エルフのメイド……エリザである。
彼女は、故セーターの実験成果品であり、その脳内に洗脳システムが組み込まれていた。なお、洗脳システムと言っても機械的なものではなく、ある種の命令を書き込んだ魔法生物を脳に巣くわせ、対象者を意のままに操る事を言う。現在、与えられている命令は、カーターに対して忠誠を誓うことだ。
「お呼びですか?」
「ああ。来たかエリザ。見てくれ、ひどいモノだ」
カーターは伸ばし放題の髪を振り乱しながら、足下に散らばった書類を見やる。書類等が散らばっているのは、足下だけのことではない。本来、床が見えているはずの場所には、何かしら物品が置かれ、その上にも書類や書籍が積み上げられているのだ。
「済まないが片付けてくれ。私は忙しいのでな。おっと、くれぐれも勝手に捨てるんじゃないぞ? 後で私が内容を確認するんだから」
後で確認と言っているが、彼が書き散らしたメモを再確認する事はほとんど無い。祖父ゆずりの天才的な頭脳に、すべて記憶しているからである。だから積み上げられたメモ書きや、書きためた書類などは溜まっていく一方なのだ。
「承知しました」
カーターが生まれる前に、セーターによって拉致され脳改造を受けたエルフ。彼女は、その感情を表に出すことなく、作業を始める。そして暫くしてから、机に向かって書き物に没頭しているカーターを呼んだ。
「マスター。この観察球は、部屋の隅に置いてよろしいですか?」
「ああん? 観察球? それなら、机の上にあるだけで全部だが……」
訝しげに振り返ったセーターは、エリザの持つ観察球を見た。それは、少しばかりの意匠を凝らした木製台座に、テニスボールほどの水晶球が収まった品である。カーターは実験体に発信虫を棲まわせ、魔力送信によって状態を報告させているのだ。現に机上では、そうした物が十数個置かれ、様々な情報を表示している。エリザの持つ観察球は、それらと見た目は同じであったが……。
「なんだ。放棄した実験体の観察球じゃないか。少し前から見ないと思っていたが、なるほど。書類に埋もれていたとは……」
頷きながら受け取ったカーターは、観察球の表面に手をかざすや、表示されていたデータを消去した。それが、流れるように行われたので、エリザが確認する。
「定時的な報告表示が出ていましたが……。消去してよろしかったのですか?」
「かまわんさ」
エリザが喋っている間に姿勢を戻したカーターは、肩越しに手の平をヒラヒラ振った。
「それはアレだ。少し前にクロニウスへ行った時。森の近くで死にかけていたオーガーを見つけただろう? 何かの病気だったか、毒にでも当たってたかもしれんが……。あのオーガーに、魔法虫を仕込んだモノだ。結局、大した成果が見られなかったので、その場で放置したがな」
説明を受けたエリザは、自身の記憶を辿っていく。
「その時の魔法虫は、確か……。以前、行き倒れた男の脳から生成したものでしたか」
「あ~、そうだ。もっとも私が拾った時には、まだ生きていたが。そう言えば何やら妙なことを言っていたな。『オレハニホンジンダ』『タスケテクレ』『ココハドコダ』だったか。聞いたことのない言葉だったし……。まあ、譫言か何かだろう」
生きたままの人間を実験材料にする機会は少ないので、これ幸いと研究棟へ運び込み、幾つかの実験を施した結果……男性が死亡。残った肉体は、他の実験用材料とした。中でも、脳は魔法虫を生成するために使用したのである。
「あそこまで鮮度の良い脳髄は貴重だ。思えば、魔法虫の出来が良かったっけな。また、珍しく手に入ったオーガーの肉体も貴重だった。ゆえに、2つを合わせて実験したのだが……」
結果としては、聞き取れない言葉を発するだけの単なるオーガーになってしまった。その後、すぐに暴れ出したのでエリザと共にオーガーから離れ、王都へ戻ったのである。
「まったく、もったいない事をした。今度から気をつけよう」
「そう言えば、先程は観察球に表示が出ていましたが? 何かあったのでしょうか?」
続けてエリザが質問すると、カーターは椅子をそのままに、クルリと振り返った。背もたれを大股開いて挟んでいる状態であり、非常に行儀が悪い。少なくとも、二十代後半の男性がする振る舞いではないだろう。
「エリザ。お前は、この私を尋問しているのか?」
「いいえ、マスター。私の使命はマスターのお手伝いをすること。今の質問は、不勉強な私を導いていただくためのものです」
「……ふむ」
小さく鼻を鳴らしたカーターは、満更でも無さそうに笑みを浮かべる。
「そういう事なら教えてやってもいい。よく聞けよ?」
カーターは行儀の悪い姿勢のまま、エリザに解説した。立てた右人差し指を振り振りしているので、講義している気分にでもなっているらしい。
オーガーの観察球に表示されていたのは、ロスト表示。つまり、実験体が破壊されたことを意味する。報告が来るくらいだから発信虫は無事だっただろうが、実験体が大きく損壊した際は消滅するよう、命令を書き込んである。今頃は、溶け崩れていることだろう。
「大方、地元の冒険者にでも討伐されたのだろうな。その程度の実験体だったわけさ」
それに、こうして書類の下から掘り出した以上、観察球を遊ばせておく訳にはいかない。不要なデータは消去して、新たな実験のために使用するのだ。
「第一、少し前まで使ってた棒水晶より高いんだぞ。表示面が広くて文字が見やすいしな。壊れるまでは使い倒さねば……。ああ、もう忙しい!」
最後に一声叫ぶと、カーターは再び研究成果の取りまとめに集中し出す。その様子を見ていたエリザは、散らばった書類棟を拾い集めながら、視点をずらしていった。行き着いた先は、先程、データが消去されたばかりの観察球だ。今では、カーターの研究机の一角にあり、他の観察球と並んでいるが……。
……チッ……。
微かに舌打ちの音が聞こえた。それはエリザが発したものであったが、どうやらカーターの耳には届かなかったらしい。カーターはと言えば、ああでもない、こうでもないと独り言を続けながら、羽根ペンを動かしている。
ハア……。
今度は溜息をつき、エリザは床面の片付けに戻るのだった。
◇◇◇◇
弘が、古の保養施設……ブレニアダンジョンを目視したのは、クロニウスを出発した翌日。午前中のことである。
調子に乗って原付走行をした結果。以前にジュディスパーティーを離れた時と同じく、今回もMPが枯渇。徒歩行になったわけだが……暫く歩いてからMP回復姿勢(ウンコ座り)を思い出したことで、移動速度が飛躍的に向上した。つまり、MPが無くなるまで原付で走り、MP回復姿勢によってMPを回復。再び原付で走り出す。それを繰り返した結果である。
(ちょいと前に考えたアイデアだが、ここまで上手くいくとはなぁ……)
ダンジョンまで少しの地点で原付を消し、弘は徒歩で街道を行く。この時点で遠目にブレニアダンジョンが見えているので、到着までに時間は掛からないはずだ。
ブレニアダンジョンは、クリュセダンジョンがそうだったように、入口を基点として周囲に各施設が設けられている。簡易な宿や酒場。そしてギルド支部の出張所などだ。クリュセとの違いを挙げるとしたら、全体的に規模が小さいこと。そして、各施設や店舗から『やっつけ感』が漂っていることだ。
(簡単な鍛冶場とかもあるけど。これ、もう掘っ立て小屋だな……。いや、仕事場に被せるように建屋を用意したのか?)
他に武器防具店……いや関連する行商人を見かけるが、こちらも酷い。やはり掘っ立て小屋なのだが、店先に並べられているのは、短刀や短剣。良くて長剣など。防具に到っては革鎧しかない。しかも、どれもこれも使い古されており、革鎧の中には血で汚れた跡があったりもする。
(ひょっとして、死んだ冒険者から剥いだ品だったり? いや、こういう世界なんだし、元の世界でも紛争地帯じゃあるっぽい話だけど。何だかな~)
理由を幾つか考えて自分を納得させたが、それでも気になるのは普通の武器防具店が無いことだ。と言うより、まともな店舗が無いことに弘は気づく。
(ダンジョン入口をザッと木柵で囲んで。中に行商人が居座ってて……か。本当にクリュセとは大違いだな。てか、狭すぎだろ? テニスコート2面分ぐらいか? メシを食うにしても……)
弘は酒場らしき店舗に目を向けた。こちらは掘っ立て小屋ですらない。木の杭に天幕をくくりつけただけ。その下にはゴザを敷いているが、あれが客席なのだろう。店主はと言うと、いくつか置いた酒樽の横で、椅子に座って居眠りをしている有様。
(酒樽以外に品がない。カウンターすらないって事は……お勘定のやり取りは、店主の財布から直接か? あと、コップやジョッキが見当たらね~。……客がコップ持参なのが前提だったり? 店主は夜寝るときとか、どうすんだ? 酒樽の上で毛布かマントにでもくるまるのか?)
つっこみどころが多すぎて、弘は目眩を感じた。
大賑わいしていたクリュセダンジョンが異常で、こういった状況が普通なのだろうか。
(……もうイイや。どうせ水も酒も食料も。レベル上げ期間分は持参して来たからな)
これ以上、酒場や拠点地の有様について考え込むと、レベル上げ前に疲れてしまう。弘は軽く頭を振ると、ギルド出張所に向かうことにした。そのギルド出張所は、今立っている場所から目と鼻の先……正確に言えば、やっつけ酒場の反対側にある。
(回れ右して五、六歩……と。なんかもう神社祭の、夜店に挟まれてる気分だぜ。境内とか参道の両側に金魚すくいとか、タコ焼きの屋台が並んでるアレな……)
そして、そのギルド出張所も酷いものだった。掘っ立て小屋を用意してる分だけ酒場よりはマシだが、規模的には鉄道駅のキヨスクと変わりがない。クロニウスにあったギルド支部の、1階が酒場で、2階には宿部屋や会議室を備えた建屋を知っているだけに、弘は大いに落胆した。
「なんてこった。ギルド酒場でメシ食ったり、2階で泊まったりもできねーのか……」
「悪かったわね」
キヨスク……もとい、ギルド出張所の中から女性の声がする。正確にはカウンターの下から聞こえたようだが……。
「あん?」
身を乗り出すように覗き込むと、カウンター下から1人の女性が姿を現した。茶色の髪をバッサリとショートカットにし、そこそこ整った顔立ち。雰囲気的にはボーイッシュ、いや男勝りと言ったところだ。ただし、その身体サイズが小さい。見た目は大人の女性なのに……。
(コンビニのコピー機で、縮小率60%って感じ? ……ああ、小人系の種族か)
中学生時代に遊んだテーブルトークRPGに、そういう種族が居たことを弘は思い出す。人間より小さいと言えば、有名どころでドワーフ。他にも小柄な種族が居て、ゲーム会社や出版社によって名称が違ったはずだ。
(版権が五月蠅いとか、そんな理由だったっけ?)
察するに、このカウンター奥に居る女性は、ドワーフと同様、人間より小さな種族なのだろう。そんなことを弘が考えていると、女性が両手を腰に当てた。
「何? そんなにジロジロ見て。スモーの女が、そんなに珍しいわけ?」
「ああ、いや……」
(スモーって言うのか……)
また一つ賢くなった。そもそも、普段から情報収集しないからこうなるのだが、勉強嫌いの性根というのは、なかなか改善されるものではない。弘は頭を掻きながら「カウンターの下から出てきたものだから、驚いて……」と誤魔化した。すると女性は、初めて気がついた様な顔をして感心する。
「え? ああ、なるほどね。ちょっと登録名簿を探してたものでさ……っと」
言いながら取り出したのは、分厚い帳簿だった。表紙は薄い板であり、2つの穴に紐を通すことで帳面を綴っている。
「あなた。そこのブレニアダンジョンに入るんでしょ?」
「そうだ。ちょっと……いや、そうだ。例の『癒やしの泉』を探すって依頼を請けたくてな」
うっかり「レベル上げのため」と言いかけ、弘は慌てて訂正した。受付女性はと言うと、特に気にするでもなく名簿をめくり、とあるページを開いて見せる。カウンター上に置かれたそれを弘は覗き込み、記載された内容を目で追った。
「……最後に名前書いた奴のページが、随分と上にあるな。名簿は分厚いってのに……。もしかして、このダンジョン……。流行ってないのか?」
「……そうよ。ああ、自己紹介がまだだったわね。あたしは冒険者ギルド、ディオスク支部。ブレニアダンジョン出張所のミレーヌ。よろしくね。……まあ、短い付き合いになると思うけどさ」
「どういう意味だ?」
弘は指し示されるまま名簿に記名すると、羽根ペンを返しながらミレーヌに聞いた。このダンジョンが流行ってない事と言い、今の『短い付き合い』発言と言い、何か理由があるのだろうか。
ミレーヌの説明によると、ブレニアダンジョンが流行っていないのは、主にダンジョンに巣くうモンスターが原因らしい。
「目新しいモンスターってのは居ないんだけど。やたらとタフで、数が多いわけ。原因は当然、癒やしの泉ね。そういうモンスターの大群が居るから、深部への到達が難しいのよ」
「つまり、手間のかかるダンジョンって事か……」
この場合の手間とは、コンピュータRPGなどで言う『エンカウント率が高い』という意味である。一歩進むごとに遭遇BGMが鳴りひびき戦闘開始。そんな事を思い出し、弘は酢を飲んだような気分になった。
「で? 俺と、短い付き合いになるってのは?」
「ど~せ、すぐに嫌気が差して余所に行っちゃうってこと」
聞けば、どの冒険者達も2階層ぐらいまで潜るのがやっとだったらしい。キャンプもろくに出来なかったそうなので、不眠不休でダンジョン探索し、ボロボロになって戻ってくるのが常だったとか。当然ながら、何階層潜れば最下層になるかも不明である。
「クリュセダンジョンが近くにあるでしょ? ここもね~、最初は賑わってたんだけど……。実入りは少ない割りに、攻略が難しいってんで、冒険者が寄りつかなくなっちゃって。最初は酒場も宿も、もっとマシだったのよ? でも今じゃ、この有様。……出張所も、この有様……。次の春まで、ここに居なくちゃいけないって……バッカじゃない? この辺の冬は過ごしやすいけど。この棺桶みたいな小屋で一冬越せって言うんだから。もう最悪よぉ……」
最後に愚痴を吐き散らすと、ミレーヌは深い溜息をついた。一応、ディオスク支部と交渉して、僻地手当等を付けて貰ってるそうだが、やはり割に合わないらしい。
「なにこの流刑? って感じ~? けっ!」
すっかり、やさぐれている。ちなみに、ミレーヌは出張所で寝泊まりしているとのこと。
「そうそう。トイレは、ダンジョン入口の……向かって右端に作ってあるから。用を足すときは、そこでして。以前来たパーティーの中にエルフが居たから、精霊魔法で穴を掘って貰ったのよ。……これで、汲み取り代がギルド持ちじゃなければねぇ……」
色々と生々しい。と言うか世知辛い。ゲームでプレイしているときは、こういう事は考えなくても良いが、ここはリアルな世界なのだ。ミレーヌ他、冒険者ギルドの背負う苦労に感謝しながら、弘は他の情報や規則について確認した。
まず、クリュセで行われていた名札等を使用する、期間指定の探索制。これについてはブレニアでは採用されておらず、今書いた名簿に記名するだけで、好きなように潜っていられるらしい。
「ま、依頼請けする冒険者が他に居ないし。多いときでも2グループだっけ? だから登録名簿で充分なのよ。もっとも、ダンジョンに潜って未帰還になっても救援は出ないから、そのつもりでね。助けに来てくれるパーティーの当てがあるなら、聞いておくけど?」
そう言われると、弘はカレンやジュディス達の事を思い浮かべた。だが、今回は彼女らに助けを求めるような事にはならないだろう。むしろ、周囲に味方が居ると、手榴弾等が使いにくかったりする。
(カレンの時とは、違った意味で全力戦闘するだろうからな。1人の方が都合いいや)
弘はカレン達の名を出さなかったが、先程のミレーヌのセリフで気になる点があったので確認してみた。他に冒険者が居ない。そして、多いときでも2グループ。どちらか片方だけでも、「ここへ依頼請けに来てる冒険者って、俺だけ?」と思うところだが、果たして……。
「そうよ? あんただけ。何日か前に、粘ってた最後のパーティーが帰っちゃって。すっかり暇してたのよ。行商人達も、もう余所へ行くつもりだそうだし……」
「そうか。俺だけか……。そいつはいい」
これから自分がやろうとしている事を考えると、同時にダンジョン入りしている冒険者が居ないというのは都合が良いのだ。もっとも、その意味を図りかねたミレーヌが「はっ?」と聞き返したので、こちらの話であると弘は誤魔化している。
「余所に行くって言っても、あんな商売のザマでやっていけるのか? ろくな品揃えじゃ無かったぞ?」
「だって……普通に売れそうな品とか、酒場のテーブールセットとか。運送屋に依頼して運んだ後だもの。明日の今頃は、誰も居なくなるんじゃないの?」
「うわ……。店じまいセールの最終日に入店した気分だ……。大丈夫なのか……。てか、ミレーヌはどうすんだ?」
自分は大量の物資を抱えてダンジョン籠もりするので、当分は外に出てこない。だから、入口周辺から酒場等の店舗が無くなっても問題は無い。しかし、ミレーヌは自分以外誰も居なくなった拠点で、1人春まで過ごさなくてはならないのだ。そこを弘が指摘すると、ミレーヌはカウンターで頬杖を突く。
「定期的にギルドから物資配給があるし。数日に1回だけど、精霊通信で定時連絡もあるしね。それに、いざとなったら……手に負えないモンスターが出現したとか、野盗に襲われたら……だけど。逃げて良いって言われてるし」
身軽が売りのスモーだけあって、逃げ足には自信があるそうだ。それに……と、ミレーヌはカウンター下から木彫りの像を取り出す。それは大人の握り拳ほどの大きさで、翼を畳んだフクロウを模していた。
「これを使うと、1回だけディオスクの支部と連絡がつくのよ。これで救援を呼べるわ」
「襲われてから助けて~っ! つっても意味が……。ああ、転移魔法か……」
弘は以前、ギルド王都本部の重鎮ジュード・ロオが、レクト村まで転移魔法で移動した事を思い出す。転移魔法で移動するのなら、この僻地にも即座に助っ人を送り込めるはずだ。
「ただし……それをやると、手当がゴッソリ減るんだけどね……」
「やっぱり世知辛いな……」
誰が助けに来るにせよ、転移魔法は本来金がかかるモノであるらしい。少なくとも高位の魔法使いが関わるので、お安くはないのだろう。場合によってはミレーヌの懐が寒くなるが、取りあえず彼女は、ここに残って問題ないという事だ。
「じゃあ、さっそくダンジョンに潜ってくるわ。食い物とかは用意してるから……3ヶ月ぐらい」
「はあ? 3ヶ月ぅ?」
カウンターの向こうでミレーヌが目を剥く。そう言った長期間の探索は、超が付くほどのベテランパーティーであってこそ成し得るものだ。しかも、弘はたった1人であるし、手荷物は背負ったバックパックぐらいのもの。良くて数日、長くて10日少し探索出来るくらいであろう。
「何を馬鹿なこと言ってるの。冗談も大概にして。そんな長期間、1人で潜っていられるわけないでしょ?」
「だから用意は整ってるって言ったろ? それに、名簿に書いた名前……ここじゃあ伝わってないのか?」
言われたミレーヌは「あんたの名前ぇ?」と訝しげに視線を落としたが、そこで再び目を剥く事になる。
「ヒロシ・サワタリ……って。ディオスクの闘技場で10連勝した? レッサードラゴンのクロムを倒したって言う、あの?」
「お? さすがはディオスクのギルド員。知ってたか。そう言うわけでな、ちょっとばかし強さには自信がある。まあ、心配とかしてくれなくていいぜ?」
弘は胸を張った。実のところ、クロムに勝ったときは「強敵に勝った!」程度にしか思っていなかったのである。だが、行く先々で10連勝を引き合いに出されるので、多少は誇りに感じるようになっていたのだ。
(とは言え、最後に戦った相手はラングレンなんだけどな~……)
ラングレンは闘技場の隠し球だったので、名が知られていないらしい。ふとそんなことを考えていた弘は、ミレーヌがポカンと口を開けているのを見ると「それじゃ~な~」と言って、ブレニア出張所に背を向けた。その弘の背に、ミレーヌの声が飛ぶ。
「言っとくけど、何かあって出張所を畳むときは! ダンジョンの中まで呼びに行けないんだからね~っ!」
恐らくは野盗に襲われるとか、ギルド方針で出張所を閉鎖する場合、そういった時の事を言ってるのだろう。
(後はミレーヌ自身が支部に掛け合って、出張所から出る事を考えてるとかだな。そりゃそ~だ。こんな物騒な場所。いつ、ダンジョンからモンスターが……)
……ぴたっ……。
弘は足を止めると、数メートルほど距離の開いた出張所に向けて叫んだ。
「なあっ? ここのダンジョンって、クリュセみたく入口に門とか無いけど。モンスターとか出てこないのか?」
「不思議と出てこないのーっ! たぶん癒やしの泉が関係するかもだって! ハッキリとは不明~っ! そうそう! 戻ったときに出張所が閉鎖してたら、ディオスク支部で報告しなさい!」
2人して声を張り上げている光景は、他に人が居たらシュールに見えたろうな……と弘は思う。
「わかった! じゃあ、行ってくらぁ!」
ミレーヌに対しシュタッと手を挙げ、今度こそ弘はブレニアダンジョンへと向かった。と言っても、出張所からは目と鼻の先なのだが。
(コンクリっぽい壁に……舗装された通路か。クリュセダンジョンは軍事施設って話だったが、ここは保養所って事だよな。重機でも通れるくらい広いんだが……。あれか? 観光バスみたいなので乗り付けて、地下に駐車場があるとか、そんな感じか?)
クリュセもそうだったが、洞窟探検と言うよりは、地下の廃施設探検をしている気分になる。
(廃病院とか廃ホテルとか。ああいうとこへ夜に行って、肝試しとかしたっけな~)
同じく肝試し目的の他グループと遭遇。そのまま行動を共にしたり、他の不良グループと喧嘩をしたりもした。不法侵入と言ってしまえば、それまでだが、アレはアレで楽しい思い出だ。
(あの時は幽霊とか見なかったが。こっちの世界には、普通にゾンビとか居るからな。第一、モンスターが大量に居るって話だし。気合い入れね~とな)
数歩入ったところで、右側に警備員の待機所のようなモノを発見。中は荒らされており、既に他の冒険者らによって調査済みのようだ。
(机とか椅子。ロッカーも無いし、スッカラカンだ。根こそぎ持って行ったのか……)
ミレーヌの話では、2階層まで探索出来ているだけだそうだし、何か持って帰らない事には気が収まらなかったのだろう。
(ま、俺の場合は、モンスターと戦えりゃそれで良いんだけどな……。おおっ?)
更に進むと、通路上部の隅に照明が点灯する。それが一定間隔で奥まで続いており、視界は良好なものとなった。しかし、それは非常灯のようなモノであるらしく、奥までは見通せない。
「クリュセだと動力室まで行く必要があったんだが……。ここは電気とかセンサーとかが生きてるんだな。ランタンを持たなくていいってのは助かるぜ」
警備システムなども生きている事になるが、元が保養所だという事を考えると、自動迎撃システムのようなものは無いだろうと弘は判断した。
「んじゃ、奥へ行ってみますか。ここで三ヶ月間……みっちりと仕上げないとな。おっと、そうだ。芙蓉っ?」
召喚術システムの補助システムを弘は呼ぶ。すると顔の高さにて浮く形で、着物姿の少女が姿を現した。
「何じゃな? むっ? 貴様1人だけではないか」
「これから、お一人様で修行するってわけだ。で、聞きたいんだが。芙蓉は今から3ヶ月経つまでカウントとか出来るか?」
今の今まで気がつかなかったのだが、ダンジョンに潜りっきりとなると時間の感覚が狂う。3ヶ月のつもりが半年潜ってました……では、洒落にならないのだ。手持ち食料の減り具合から換算する手もあるが、正確に時間を計れる方法があるなら、それに頼るべきだろう。
「この妾を時計扱いとは……」
芙蓉は不機嫌そうであったが、「時間に関しては、メインシステムに表示があるから。貴様の任意で確認できるようにしてやろう」と言ってくれた。ちなみに24時間表示で、秒単位まで確認できる。試しに念じてみると、視界の片隅に時間表示が出た。
「午前10時24分か。何時何分とか、久しぶりに見た気がするぜ……」
この世界では、時間を鐘の回数で把握している。24回鳴らして1日が経過するので、やはり1日は24時間だ。なお、田舎の集落では、太陽の傾きで時間把握することが多いらしい。
(せっかくの異世界なんだから、お日様が3つ浮いてたり、1日が48時間とかでも面白かったかもなぁ)
妙なところで元の世界と一致することが多い。常々、不思議に思う弘であったが、あまり深く考えたことはなかった。何故なら今日までの間、大抵何かをしなければならなかったり、何かに巻き込まれていたりと忙しかったからだ。
その後、少し話してから芙蓉が姿を消すと、弘はダンジョンの通路を歩き出している。暫くして下り坂が始まり、幾つかの角を曲がったところで、広大な空間へと行き着いた。天井は高く、だだっ広い床面は通路と同じく舗装されている。見まわすと、数カ所で瓦礫の山が見えた。
「大型の乗り物の……残骸か? よくわかんね~な。察するに、ここは駐車場って感じだが……。んっ?」
正面で何かが動き、弘は目を細めている。
それは人影のようであり、体格的には自分と同じぐらいだ。そして観察を続けたところ、その数が数十程であることに気づく。
(ちょっと浮かれてたか? あんな大勢が居るのに気がつかなかったなんてな。よし、対象物解析で……)
そう思うのと同時に、ざわっ! と空気が一変した。具体的には、前方の集団が一斉に弘を見たのだ。今のとこシルエットが見えるだけだが、非常灯によって眼光が反射しているので、威圧感が凄い。そして、こうなると弘の対象物解析は使用できなくなる。
(あ~……間に合わなかったか。まあ、殺っちまってから解析しても良いんだが……。しかし、ヤベェ目つきだぜ)
まだ相手方の顔まで視認できないが、視線から感じられるのは……殺意に似た気配。『似た』と表現したのは、恐らく別の目的が、相手側の視線には込められているからだ。
「俺を食っちまおうってか? あの数じゃあ、皆に行き渡らないだろうにな……」
こいつら、普段は何食ってんだろうな……と弘は思う。他のモンスターを捕食していると考えるのが普通だろうが、何しろこのダンジョンには『癒やしの泉』がある。それを利用しているから、少ない食事でも足りる可能性が……。
「って、まどろっこしい。とにかくダンジョンを下りて、泉ってのを探すか。んじゃ、まあ……」
弘は左手にAK-47を召喚した。同時に、右手にはM67破片手榴弾を召喚する。その間にも相手集団は接近しており、その姿がハッキリと見えていた。どうやら獣人タイプで、犬系らしい。皆が簡素な革鎧を身につけており、手に手に長剣や槍などを持っている。
「背の高い……犬系のモンスター。何か、そういうのゲームで居たよな」
これから戦闘になるというのに、ふとそんな事を考えた。……が、思い出せない。そこそこ有名どころだったと記憶するのだが……。
「はん。それこそ、一戦闘終えた後で思い出しゃいい話だ」
がうっ!
犬獣人の1体が飛びかかってきた。これを弘は、AKの連射で撃ち倒す。他の獣人らは続けて飛びかかろうとしていたようだが、先頭を切った1体が瞬殺されたので、一斉に動きを止めていた。
その様子を見ながら、弘はAKをチラ見する。
(うん。トカレフと同じだ。MPが続く限り撃てるな。けど、今のMP上限が300で、AKは1発あたり3MP消費だから……100発撃てるだけか)
現状、撃ち放題と言うには程遠く、MPは30発弾倉3本分と少しでしかない。手榴弾も1発で2MP消費するから、数発投げたら、その分だけAKの弾数が減ることだろう。そもそも今、数発撃ってしまった。だが、眼前のモンスター集団を倒すには充分だと弘は判断する。
「撃ち放題……無限弾薬……。そうなるぐらい強くならなくちゃな!」
そう呟き、弘は獣人達を睨め付けた。
問答無用で襲いかかってきたところを見ると、どうやらモンスター寄りの獣人であるようだ。ならば遠慮することはない! と、弘は手榴弾を投じる。
ズバン!
数秒後。手榴弾が炸裂し、数体の獣人が倒れた。続けて弘がAKを乱射すると、地下駐車場(?)は、嵐のような銃声と獣人らの悲鳴で埋め尽くされていく。
こうして、ブレニアダンジョンにおける、弘のレベル上げ作業が開始された。そして、この日より3ヶ月間。沢渡弘は、世間から姿を消すこととなる。