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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
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第百四十二話 カレンの思うところ

「えっ? あっ……私の、用件ですか?」


 不意に話を振られたカレンは、驚きつつ自分を指差す。その仕草を見て、弘が頷いた。


「そ~だよ。何か話したいことがあって、俺を尾行する……グレースの後を追いかけたんじゃね~の?」


「は、はい。勿論です! え、え~と……」


 元気よく返事をしたものの、カレンの額には汗が浮かんでいく。


(う、うう~。言えない。グレースさんの事情を聞かされた後で……)


 チラッと弘を見たところ、カレンが話し出すのを待っている様子だ。それを確認したカレンは内心、頭を抱えてしまう。


(明日で暫くお別れになるから。お話がしたいだけだった……なんて。凄く言いにくい~)


 言葉が出ずに困り果てていると、グレースが席を立った。カウンターまで移動し、陶器のコップを2つ持って戻ってくる。


「我の方は話が済んだのでな。カレンはカレンで話があるのだろうが、我が居ては話しにくいと見た。この果実ジュースでも飲みつつ、2人で話すのがよかろう」


「おお。なんか、気を使わせちまったな」


 どうやら、グレースは席を外すつもりらしい。弘もグレースの申し出に応じて、彼女の退席を受け入れているようだ。だが、このことでカレンは、より一層混乱している。


(えええっ!? ちょっと待って! どうしよう! サワタリさんと2人きりになっちゃう! 嬉しい! って、そうじゃなくて! 間が持たないから、グレースさん行かないで! ああ、でも大したことない話をして、それでグレースさんに呆れられたりしたら……って、あっ……)


 頭の中でグルグル思考を回している内に、グレースは軽く手を振って酒場から出て行った。去り際の笑みから察するに、気を回してくれたらしい。


(はううう。嬉しいです。嬉しいですけど……)


 適当な話題が思い浮かばず、カレンは俯いてしまった。そのまま数秒が経過したところで、弘が怪訝そうにカレンを覗き込み……そして言う。


「なあ? カレンは試練を達成したら、家に戻るんだよな?」



◇◇◇◇



 カレンは試練達成後、王都で家督相続等の手続きを済ませたら、自分の領地に戻る。これはギルド酒場で、カレン自身が話していたことである。


「そう……ですけど。それが何か……」


 カレンが聞き返してくるので、弘は椅子に深く座り直してから、陶器コップのジュースに口を付けた。柑橘類、より具体的には甘いミカンのような味であり、弘は顔をしかめる。


(もっとこう、キンキンに冷えた……炭酸入りの方が嬉しいんだがなぁ)


 ファンタジーRPGっぽい異世界に来て、炭酸飲料を期待するのは無理というものだ。炭酸水の作り方は、どうだったか……などと考えつつ、弘はカレンに答えている。


「明日から別行動になって、3ヶ月後には王都で再会するわけだけど。そこでカレンとは、また暫くお別れになるだろ? なんつ~か、さみし~な~って」


「えっ?」


「えっ?」


 カレンが意外そうな顔をするので、弘も釣られて声を出した。


「あの、サワタリさん? 私達、王都で合流したら……そこでお別れなんですか?」


「いや、だから……カレンは、実家に帰るんだよな? ひょっとして、俺も一緒に行くとか思ってないか?」


 これを聞き、カレンの表情が『意外』から『驚き』に変わる。


(お、お~……。表情のリアクションすげ~。目ぇ見開いて、口がOの字だ。洋画の女優さんが、演技してるみたいだぜ)


 カレンは見た目が白人美少女だから、そのように感じてしまうのだ。もっとも、弘が見たところ、少しばかり雰囲気が日本人寄りではあるが……。

 と、そんなことを考えていると、驚きが収まったらしいカレンが申し訳なさそうに言う。


「え~と……すみません。サワタリさんと一緒に帰るんだ……って、思ってました」


 そう言ってテヘペロ的に舌を出すので、弘は呆れる寄りも先に萌えてしまった。


(か、可愛いじゃね~か……)


 このとき、弘の脳内では「鼻の下を伸ばしおって……」という芙蓉の声が聞こえている。それを聞いて舌打ちしかけたが、カレンの前なのでグッと堪えていた。


「んっ、ゴホン。……王都見物した後の予定は決めてないからな。カレンの家までついて行くのは問題ないぜ? ただ、なぁ……」


 弘はレベルアップ後の戦闘力を活かし、ギルド依頼を大量に請けていくつもりなのだ。その冒険行には、グレースやジュディス達が同行するかも知れない。しかし、カレンに限って言えば、自分の領地から離れるのが難しいのだ。なぜなら、その時点での彼女は領主様なのだから。


「今は事情もあるし、親戚の人が手伝ってくれてるから、カレンが居なくても何とかなってるんだろ? けど、いつまでも任せきりにはできない。そうだったよな?」


「はうう。はい、そうなんです。そうなんですけど……。でも……」


 目の端に涙を浮かべたカレンは、「サワタリさんと一緒じゃないの……。寂しいです……」と呟く。その消え入りそうな声を聞いた弘は、胸が詰まるような思いに囚われた。同時に「何とかしてやりたい」とも思っている。だが、上手い手が思いつかない。


(こういう時に、賢さの数値が役立って欲しいんだけどな~。そもそも、他人様の家の事情に口出しするってのもなぁ。……恋人同士の関係ってな、『他人』から一歩踏み込んでる気がするけど。それでも、ちょっと……)


 弘は唸った。グレースが立ち去らずに残っていれば。あるいは、ノーマやウルスラが同席してくれたのなら。今の弘に、知恵を貸してくれたかもしれない。だが、この場には自分とカレンが居るだけだ。


(グレース達には、後で相談できるだろうが。今は俺が考えて、カレンに何か言ってやらないと……)


 とはいえ、カレンが領地から離れがたい以上、冒険者稼業を続ける弘とは距離を置くことになるだろう。離れ離れになることは避けられない。では、いっそのこと弘がカレンの家……マクドガル邸に住み込んで、居候するというのはどうか。カレンの家から通う形で、ギルド依頼に手をつけていくのだ。


(……それだと、一緒に居られる時間が少ないよな。第一、日帰りの依頼ばかり受けるわけにはいかないんだし)


 請ける依頼によっては遠くまで出向くことになる。当然、家を出ている時間は長くなるのだ。


「……俺も、カレンと一緒に居たいんだが……。まあ、なんだ。なるべく顔見せるようにするからさ」


 他に言いようがなかった。この言葉を受けたカレンは頷いたが、仕草や表情が今にも泣き出しそうだったので、見てる弘は再び胸が詰まりそうになる。


「そ、そんな顔するなって。3ヶ月も日があったら、何かイイ考えも浮かぶだろうし。そうだ、王都で合流したらデートしようぜ? きっと楽しいぞ!」


「で、デート? ……そ、そうですね!」


 心なしか、カレンの声に元気が戻ったようだ。少し無理している気もするが、塞ぎ込んでいるよりはいい。


(よし、ここだ!)


 カレンの気分が持ち直したと判断した弘は、話題の転換を図っている。お題は……今言ったとおり、王都で合流したらデートをする件についてだ。


「私とサワタリさんが合流する頃と言えば、グレースさんの仇討ちなんかが終わった後ですよね?」


「カレンが早々にオーガーを撃破して、俺より先に王都で先に待っている……とかでなけりゃ、そうなるな。……あ、でも、グレースが先に王都へ行ってるだろうから。やっぱり、グレースの仇討ちが優先か……」


 弘とカレンとグレース。3人の行動予定を考えると、最も早く王都に到着しているのはグレースのはずだ。仇討ち対象の氏族情報を集めつつであるが、真っ直ぐ王都を目指すからだ。


「王都でも、ノーマと組んで情報を集めたり準備したりするだろうからな。んで、カレンはオーガー討伐。俺はレベル上げか。普通に考えると、グレースが先に着いてるよな」


 弘が王都に到着した時点で、そこにグレースが居るのなら。そのまま、仇討ちに向かうのは決定事項だ。それを考えると、やはりカレンとのデートは、グレースの仇討ちが終わった後になるだろう。


「まあ、しかたね~や。で? デートするとしたら何しようか? 2人で王都見物でもするか? あ~……でも、カレンは王都の学生さんだから、目新しいものは無いか?」


 カレンと初めて会った頃、弘の当面の目標は王都見物だった。それは恩人であるゴメスから、王都について聞かされたことが発端である。今でも、王都見物をしたいという気持ちはあるが、恋人の地元で観光するというのは、デートコースのチョイスとしてどうなのだろう。心配になった弘であるが、対照的にカレンが胸を張る。


「私は構いません。おすすめスポットの案内ができます!」


 妙に嬉しそうであり、弘は小さく首を傾げた。実はこのとき、カレンは「サワタリさんをリードできる!」などと胸躍らせていたのである。それに気がつかない弘は、カレンが乗り気だと見て安心していた。


「そいつはいい。よろしく頼むわ! そういや、前に言ったかも知れね~けど。王都の中でも、特別に見てみたいモノがあってな」


 これもゴメスから聞いた話だが、王都には勇者の剣があるという。悪魔像に刺さったまま抜けないそれを抜くべく、長蛇の列ができているそうなのだ。つまり、ある種の観光スポットと化しているのである。剣抜きは有料だそうだが、もしも抜けた場合。その者は勇者として国から認定されるとのこと。


「んで、軍人教育を叩き込まれた挙げ句、対魔王軍の先頭に立たされるとか何とか。そういうのは正直御免だけど……。でもまあ、本物の勇者の剣があるって言うなら、見てみたいんだよな」


「勇者の剣……ですか。もちろん知っていますが……」


 カレンが苦笑する。今の話で、何処か可笑しいところがあったかと尋ねたところ、カレンは苦笑したまま「いいえ、違うんです」と言い、説明してくれた。


「サワタリさん。私、子供の頃から、おとぎ話とか英雄物語なんかが大好きで……。私も大人になったら、冒険の旅に出るんだぁ……って」


「気持ちはわかる。俺もガキの頃は、そんな感じだったしな」


 瞳をキラキラさせて語るカレンに、弘は同意を示す。弘の場合、子供の頃に古いゲーム機でRPGをプレイしていたが、まさにカレンのような心境だった。テレビ画面に映る別世界に心を奪われ、それがあまりにも衝撃的だったため……後年に遊んだゲームで主人公の名前変更が可能な時は、自分の名前を入力しないと気が済まなくなったほどである。


「サワタリさんも、そうだったんですか? 嬉しいです! それで、その勇者の剣ですが……」


 カレンは、自分が騎士になった時……その勇者の剣抜きに挑戦するつもりだと言う。無論、抜いた場合の勇者認定であるとか、勇者として魔王軍の前に立たされるといった事情は知った上でのことだ。


「やはり騎士になった以上は、一度くらい挑戦してみたいじゃないですか!」


「そ、そうか……」


 弘は、ぎこちなく頷いている。自分が「勇者として魔王軍の前に立つのは御免だ」と言った後で、カレンが「そうなったとしても剣は抜いてみたい」と述べた。このことで、何となくではあるが、カレンに負けた気がしたのだ。


(気合いとか根性の面でだけどな。勇者の剣……かあ……。ぬうううう)


 抜いた後にのし掛かってくる責任は重たすぎる。だが、カレンの意気込みを見ると、自分だって剣を抜くことに挑戦したい。そんな気になるのだ。


(いや、カレンと張り合おうってんじゃないんだが。本音を言うと、やっぱり挑戦してみたいじゃん? だって勇者の剣だし……)


 だが、それをこの場で口に出して言うのは気が引ける。なぜなら、ついさっきは躊躇ったくせに、カレンが挑戦すると言った途端、やる気を出すというのは……。


(なんか……かっこ悪い。王都に着いたら、こっそりと勇者の剣抜きに挑戦してみようか?)


 もっとも、真っ先に解決すべき事案として、グレースの仇討ちがある。勇者の剣抜きに挑戦するなら、仇討ちの後で何とか1人の時間を作り、その順番待ちの列とやらに並ぶのが良いだろう。前述したとおり、勇者に課せられる責務は非常に重たいが、なに心配はいらない。


(大勢の人間が挑戦してて、それでも抜けないらしいじゃん。俺なんかが抜けるわけね~って)


 そもそも、自分はそこそこ名が売れてきたと言っても、しがないチンピラ冒険者に過ぎない。これまでの人生だって、素行は悪かった。そんな自分が、勇者の剣を抜けるとは到底思えないのだ。


(ああいうのって、腕力どうこうの問題じゃないってのが定番だものな。それに、ちょっと剣の柄を握って、えいやあって力を入れるだけだ。もしも抜けそうになったら……抜かずに押し戻して、知らん顔をしよう)


 そう決めた弘は、今度は王都におけるデートスポットなどを、カレンから聞いた。おすすめの飲食店や、流行の被服店など。その他だと、幻影劇場という施設があるらしい。


「俺の世界でも、喫茶店に入ったりショッピングしたりはデートの定番だけど。幻影劇場……ねぇ。劇団なんたらの舞台とか、そんな感じか?」


 詳しく聞いたところ、作家が作成した脚本を、魔法使いが幻術によって映像化。それを舞台上に投影することで、リアリティ溢れる物語を視聴できるとのこと。


「音声や効果音も思いのままとか、それって映画じゃん……。マジかよ、ハイテクだ! いや、魔法なんだが……。それにしたって、異世界に来て映画を見られるなんてなぁ」


 なお、幻術で作成した映画は、純度の高い水晶に焼き付けることにより、いつでも見られるそうだ。


「もっとも、上映するためには膨大な魔力が必要だそうです。作成するにも、相当高位の魔法使いに依頼することになるので……」


「作るのも上映するのも高くつく……か」


 呟くように言うと、カレンが頷く。一応、その見料は一般的な夕食2食分より、少し高い程度らしい。安くはないが、デートで使う金額としては、そんなものかな……と弘は思っていた。


「王都で合流した時、何を上映してるのか知らんが……。行ってみるか?」


 そう誘ってみたところ、カレンは弾けるように頷いて見せる。


「はい! 私、サワタリさんと2人で行ってみたいです!」


 実に嬉しそうであり、先程までの暗い雰囲気など思い出せない程だ。そして、弘はカレンの喜ぶ様を見て、自分も嬉しくなっていることに気づく。


(女の子の喜んだり悲しんだりを見て、一喜一憂か。俺……マジでカレンのことが好きなんだなぁ)


 問題は、その『好き』な女性が他に1人存在すること。更に問題なのは、数ヶ月後には対象女性が、4人増えるかもしれないということだ。恋愛対象を1人に絞れず、二股どころか6股をかけることになったが、ありがたいことに女性陣は許容してくれている。ならば、6人まとめて面倒見るのが男の筋というものだ。


(……なんて覚悟を決めたのはチョイ前の話だけど。こうして、カレンが嬉しそうにしてるのを見るとなぁ……)


 すでに決めた覚悟が、より強固なものになっていくのを感じる。


(俺は、この世界に転移してきて異能力を身につけた。けど、世界を救う! みて~な、展開には出くわしてないんだよな……。俺を召喚した奴ってのは、何考えてんだかな)


 果たすべき使命もなく、好きなように生きて良いのであれば、自分を慕う女性達のために頑張る。それ自体を『自分の使命』に設定して良いのではないか。そう思いながら、弘はカレンと談笑を続けるのだった。

 そうして更に半時間ほど経過した後、弘達は酒場を出ている。すでに深夜であったことと、酒場の営業時間が終了したためだ。


「サワタリさん。私が言うのも何ですけど……。朝になったら出発なのに、大丈夫なんですか?」


「ちょっと夜更かししたぐらい、何てことね~し」


 ハッハッハ! と笑いながら歩く弘は、少しの眠気は覚えていたものの、それを支障とは感じていない。元々、前日に夜更かししたぐらいで朝が辛くなるタイプではないし、レベルアップによって耐久力も上昇している。このまま眠らずに朝を迎えても、問題なく出発できるだろう。


(けど、少しは横になっておくか。妙にワクワクしてるから、寝られそうにないかもだけど)


 このワクワク……高揚感に、弘は覚えがあった。小学生の頃の、学校遠足。あの出発前夜に感じていた感覚だ。


(そうだ。遠足の前の日の夜は、布団の中で目が冴えて眠れなかったっけ。それでも寝ちまって、朝起きられなくて……)


 母親にドヤされて、布団から飛び起きた。そこまで思い出したところで、弘は束の間、元の世界……日本に思いを馳せている。駐車場係のアルバイト中に姿を消したこと。自分が居なくなったことで、両親がどう思っているかなどだ。


(この世界で生きていく。そう決めたときに、色々と吹っ切ったつもりなんだが……。やっぱ、思い出しちまうよな……)


 帰るつもりはない。だが、もし帰るあてがあるとしたら……自分は心変わりするだろうか。


(どうなんだろうなぁ……。ん?)


 気がつくと、隣を歩くカレンが寄り添うようにして歩いており、弘の服の袖を掴んでいた。その手に視線をやってからカレンを見ると、不安そうな表情で見上げてきている。


「どうかしたか?」


「その……サワタリさんが、遠くの方を見ている気がしたものですから……」


 遠くの方ね……と、弘は声に出さず呟いた。故郷に思いを馳せる。遠くを見ている。そう言えば格好良く聞こえるが、要するに『心ここにあらず』の顔を、カレンに見られたのだ。これは、何とも決まりが悪い。

 弘は「あちゃあ……」と呟きながら、鼻の頭を指で掻いた。その彼に、カレンが話しかけてくる。


「サワタリさん。何処にも行かないでくだ……いえ……」


 言いかけた言葉を途中で切り、カレンが首を横に振った。そして、服の袖から手を放すと足を止め、ジッと見つめてくる。


「何処かへ行く時は……黙って居なくなったりしないでくださいね?」


「……ひょっとして、俺が元居た世界のこと考えてたって気づいてた?」


 自分を指差して確認したところ、カレンは頷いた。どうやら『心ここにあらずの顔』という表現は、誤りだったようだ。


(思いっきり顔に……出てたんか。みっともねぇ……)


 頬を手の平で擦り、弘は嘆息する。迷うのは良いが、それを顔に出すようでは『子供』だ。年齢的には、まだ二十歳そこそこだが、この先、ずうっと剣と魔法の世界で生きていく。そのつもりなのだから、もっと自分を律しなければいけない。明日からのレベル上げ、単に強くなるだけでなく、精神面でも鍛え上げなければ……と、弘は決意するのだった。


「それで『何処かに行くときは~』って話だがな」


 そう話しながら、弘は歩き出す。そして、余程の事態がなければ、カレン達に黙って姿を消すことはない。仮に姿を消すことがあったとしても、それは何か事情があってのことだ……と説明した。


「……いや待てよ? こっちの世界に飛ばされたみたく、また何処かへ飛ばされるってのもあり得るのか?」


「だ、駄目ですよぅ! 別の世界に行かれたら、追いかけるのが難しいじゃないですか!」


 右隣で歩くカレンは、幾分か『振り』が混ざっている様子で、少し怒って見せる。


「何処かへ行くにしても。せめて、この世界の中にしておいてくださいね!」 


「ぜ、善処する」


 他に言い様がない。短く答えた弘は、ふと空を見上げた。今日は雲がほとんど無く、満天の星空が見えている。当然と言えば当然だが、知っている星座は見当たらない。気がつくと……隣で歩くカレンが同じように星空を見上げていた。


(夜道で、恋人と2人。一緒に夜空を見上げる……か)


 自分のようなチンピラ者が、そんな恋愛小説のようなシチュエーションを体験できるとは、今まで考えたこともなかった。


(ああ、いや。夜の街道を、ジュディスと2人で移動したことがあったな)


 レクト村事件の時、ママチャリで移動するにあたって、荷台にジュディスを座らせたことがある。あの頃のジュディスは、すでに自分のことを好いていたのだろうか。そんなことを考えたが、またカレンに考えを読まれてはマズイと、弘は軽く頭を振った。

 そして、おもむろにカレンへ向けて手を伸ばす。伸ばした先にあったのは……カレンの左手だ。


「なあ? 手、繋いでもいいかな?」


「え? あっ……はい……」


 許可を求められてカレンは驚いたようだったが、怖ず怖ずと手を伸ばしてくる。その手を弘は、そっと掴んだ。まず感じたのは、柔らかいこと。そして次に温かいことだ。


(女の子の手……だなぁ)


 それは自分を好きになってくれた女性の手であり、自分が好きな女性の手でもある。絶対に放したくはない。同時に、グレースや他の女性達のことも、弘は脳裏に思い浮かべていた。そして、小さく呟く。


「強く……ならないとな……。本当に……」



◇◇◇◇



 翌朝。ギルド酒場で簡単な食事を取った弘は、カレン達と共に都市門を出て、街道を進んでいる。それはクリュセへ向かう方向であったが、弘の目的地は、その向こうにあるブレニアダンジョンだ。


「ねえ? 依頼をわざと達成しないで、ダンジョンごもりするって話。本当に大丈夫なの?」


 すぐ後ろを歩くジュディスが、疑わしそうな声で聞いてくる。その話は何度かしたはずだが、まだ安心しきれないらしい。グレースやカレンなどは黙っているが、チラチラと視線を向けてきているのが、弘には感じ取れていた。


「だから、そうするのが一番効率良いんだって」


 ブレニアダンジョンの下層の何処か。そこには、癒しの泉が存在し、数多くのモンスターの巣となっている。ギルド依頼の内容は、その癒しの泉を探し出すことなのだが、泉を利用するモンスターがダンジョン内に蔓延っており、冒険者達を阻んでいた。

 弘のレベル上げ作業は、このモンスターが多く、かつ負傷してもすぐに復活してくる……高難易度ダンジョンで行う予定なのだ。


(最初にガンガン下層まで行って、適当なところで通路を爆破して。それで、他のパーティーを閉め出してレベル上げって寸法だ)


 食料や水、それに衣類等雑貨は、山ほど用意してアイテム欄に放り込んである。3ヶ月ぐらい平気で潜っていられるはずだ。目標レベルは今の10倍ぐらいとしたい。


(それぐらいレベル上げすれば、まあ大抵のことは力で押し通れるだろうな)


 今でもレッサードラゴンを倒せるくらいに強いのに、その10倍想定で『大抵のことは』と考えるのは、この世界についてまだ詳しくないからだ。異世界転移後、弘は冒険者として過ごしてきたが、この国の外へ出たことはないし、世界全体についても知らない。


(まだ知らない、スゲー奴とかが居るんだろうな。でも、わざわざ調べるのって面倒だし。俺、世界史とか勉強とか嫌いなんだわ)


 加えて言えば、真面目に部活動というのも肌に合わない。今日から始まるレベル上げだって、異世界転移の時点で神様レベルの強さが備わっていたら、敢えてやろうとは思わなかっただろう。


「ジュディスも、それに他のみんなも。心配するたこたね~。無茶苦茶強くなって、王都で合流してやるからな!」


 そう言って拳を握って見せると、カレンも、グレースも、他の女性達も。皆が微笑みを返してくれる。もっとも、この場には弘を慕う女性ばかり居るのではない。男性戦士ラスと、女魔法使いのターニャも居た。男のラスは今では悪友同士の関係だが、ターニャとは知人友人以上の関係には到っていない。その2人は、カレン達が弘と親しげに話し合っているのを、黙って見ていた。と、ラスが弘に話しかけてくる。


「まったく、坊さんじゃあるまいし。3ヶ月も修行するとか……。あ、でも本格的な修行するには、3ヶ月って短い気もするかな? な~んて」


「いや、まあアレだ。俺は、色々と特別……いや、変わってるからな」


 この世界の人間にレベルアップの概念はない。説明するのが面倒だと感じた弘は、適当に誤魔化したが、ラスは気にするでもなく頷いた。


「ヒロシが特別ってのは、もう嫌ってほど解ってるさ。それで……なぁ?」


 ラスがススッと歩み寄り、弘に耳打ちする。


(「何度か一緒に冒険したよしみだ。俺が、無謀な高難易度依頼に手を出したときは、格安で手伝ってくれよな?」)


 どうやら、レベルアップ後の弘の強さを当てにしているようだ。これには苦笑してしまう弘であったが、ふと、彼の隣で立つターニャを見て……口元に浮かんだ笑みを引っ込めている。


(この2人……本当に付き合ってるのかな?)


 そうだとしたら、今このような交渉をしてくる事に関係しているのではないか。あるいは、弘がカレン達のために強くなり、彼女たちを養えるほどの蓄財を考えているのと、同じ事をしようとしているのではないか。そう弘は考えたのだ。


(だったら、少しぐらい手伝ってやってもいいかもな。何しろ『一緒に冒険をしたよしみ』なんだから)


 弘は再び口元に笑みを浮かべると、ラスに囁き返した。


(「気が向いたらで良けりゃな」)


 言いつつ、一瞬だけ視線をターニャに向けてラスに戻すと、その目配せに気づいたらしいラスが頭を掻く。そして、軽く握った拳で弘の胸板……黒革鎧の胸板を叩いた。


「助かる。期待してるぜ? 召喚戦士さんよ」


「召喚戦士かぁ……。どうしようかな、それ……」


 弘は口をへの字に曲げる。召喚戦士とは、冒険者ギルドでの登録時、適当に書き込んだ職種名である。しかし、グレースやレッサードラゴンのクロムから聞いた話では、どうやら自分は召喚術士という存在であるらしい。であるならば、その様に登録し直すのもいいだろう。最初に登録してから一定期間経過しているし、今なら登録変更できるはずだ。


「ん~……。当分、今のままでいいか」

 

 暫く考えた弘は、結局、召喚戦士から変えないこととした。

 知る人ぞ知る存在……召喚術士。グレースもクロムもそうだったが、召喚術士の情報を知る者は、『召喚術士すなわち異世界人』という事も知っている。そして、この国に転移して来た弘は『不法入国者』なのだ。


(ぜってー、隠してた方がいいって。この方針は変えないでおこう。うん)


「じゃあ、そろそろ……」


 弘は、街道に並ぶ仲間達を見まわして言う。


「俺、行くわ……」


 そして、召喚具の原動機付自転車を召喚し、それに跨がった。その際、バスタードソードが邪魔だったので、改めてアイテム欄に収納している。


 ばるるん! だばばばばば!


 エンジンを念動始動させた弘は、最後にもう一度だけ皆を振り返った。


「3ヶ月後に王都で会おうな! みんな、身体とか壊すんじゃね~ぞ!」


 そう叫ぶと同時に、アクセル全開。一気に走り出す。久々に街道を走行してみたが、やはりエンジンの付いた乗り物はいい。自分が風になったような気がする。


(前に街道を走ったときは、あっと言う間にMPが底をついたもんだが……)


 今では十数キロほど走れるはずだ。これなら、暫くはツーリングを楽しめそうである。と、ここで弘の耳に「サワタリさぁぁああん! 頑張ってくださ~~~い!」というカレンの声が聞こえてきた。元の世界では、深夜に都市部を暴走していたとき。レディースの女子達から声援を貰ったことがあったが、今のは何倍も嬉しく感じた。


「はは、は……がははははは! よっしゃあ! いっちょ強くなってみっかぁあああ!」


 青空の下、弘は原付のエンジンを吹かしながら、街道を爆走していく。無論、暫くたってからMPが枯渇し、徒歩移動に移行したのは言うまでもない。


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