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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
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第百四十話 予定の先

「また、バスタードソードを買うんですか?」


 隣に立ったカレンが聞いてくる。現在、武器防具他雑具の店、ブルターク商店に居るのだが、弘はまずバスタードソードを買い換えていた。様々な銃器刀剣を召喚できるのに、今更普通の武器が必要だろうか。


「使い慣れてるんでな。それと、前に言ったかもだけど。俺……召喚術に頼りっきりになるのが怖ぇえんだわ」


 子供の頃に読んだ漫画主人公で、ある日突然、特殊能力が消失する……という展開があったのだ。それを我が身に置き換えた場合。いくら強力だとは言え、召喚術に頼り切りになるのはマズい。そう判断したのである。


「そういう時、普通の武器があったら。少なくとも丸腰にならなくて済むだろ?」


 弘の場合。レベルアップで得た身体能力があるから、大抵のことは格闘戦で切り抜けられるだろう。だが、やはり手に何も持たないというのは辛い。


「なるほど! 万が一の事態に備えるわけですね!」


「ま、まあな」


 カレンが瞳をキラキラさせるのを見た弘は、愛想笑いを浮かべつつ、脳内で召喚術の補助システム……芙蓉を呼び出している。


(おうい。今の話、聞いてたか?)


(なんじゃな? 今はシステムが正常に回っておるから、妾は忙しいのじゃぞ?)


 音声のみの芙蓉は、対応が冷たい。そして、どうやら今の会話を聞いていなかったようだ。弘は、掻い摘んで事情明をすると、気になったことについて彼女に質問してみた。


(オーガーと戦った時みたく、召喚術に不具合が出ることってあるよな? で、そういう時って……アイテム欄とか使えるのか?)


(さあ?)


(さあ……って、あのな……)


 音声のみの芙蓉が素っ気ないので、弘は目を剥き……いや、目を剥くとカレン達に気取られるため、必死で堪えている。そんな弘に、芙蓉は姿が見えていれば、おそらくは口を尖らせていたであろう口調で言った。


(そんなこと言うてもじゃな。強いて言うならば、不具合の程度による……と。妾が言えるのは、その程度じゃ!)


(ああ、そう)


 言われて見ればそのとおりなのだが、もっと都合の良い返事を期待していただけに、弘の声はふて腐れている。そして、芙蓉が「せいぜい身体で覚えるしかないのぉ」と言い残して通信を切ったので、弘は大きな溜息をついた。


「ど、どうしました?」


「いやな。もっと、こう……」


 俺だけに都合良く事が運んでくれれば……と言いかけて、弘は口をつぐむ。いくらラノベじみた能力者になったとはいえ、何でもかんでも思いどおりにいけば良いというのは甘えだ。そして、それを恋人に聞かせるなど、弘のプライドが許さない。


(元の世界じゃ就職難で苦労したじゃね~か。今、召喚術とか使えるだけでも、ありがて~って話だ。……そのときそのとき、出来る範囲で頑張るしかね~な)


 そう考えた弘は、途切れたセリフの続きを待つカレンに苦笑して見せた。


「いや、何でもねぇ。ところでな? カレンの剣って凄い名剣とかなのか?」


 話題を変えるつもりで聞いてみたが、これは先の試合中に感じていた事である。カレンの剣は、弘の長巻や日本刀と何度も激突し、まったく壊れることがなかった。逆に長巻や日本刀が折れそうになったほどだ。


(鎧が特別って話は聞いたけど。剣も特別なんじゃね~の? ここのギルド支部長が持ってる炎の剣みたいに……)


 少なくとも、かなり頑丈な剣であるには違いない。ひょっとしたら、名工による作品の可能性だってある。日本刀で言えば、正宗とか備前長船のような感じだ。


「えっ? 私の剣ですか? お父様が持っていた剣で……それなりの品だとは思いますが……」


 剣について聞かれたカレンが、剣を差し出す。弘は剣を受け取ると、陳列台の向こうで居る店主に一言断ってから剣を抜いた。


「へ~え。ヒロシって、見かけに寄らず礼儀正しいじゃない?」


 近くに居たジュディスが感心している。と思いきや、カレンやシルビアなど、同行しているメンバーらも似たような顔になっていた。


「ああん? 礼儀正しいっつうか……。店に入った客がだな、持ち込んだ刃物を無断で抜いたりしたら駄目だろ?」


 長続きはしなかったが、弘のバイト歴にはコンビニバイトも含まれる。その経験上、そして日本人としての常識から、店主に一言断っただけなのだが……。


(こいつら……普段から俺のことを、どういう目で見てんだ?)


 もちろん、チンピラに決まっている。ここには恋人や告白した者が揃っているから、贔屓目で言っても『荒っぽい』とか『ガラが悪い』などであろう。それが自覚できている弘は、一瞬渋い顔となったが、すぐに気を取り直してカレンの剣を見た。鞘や柄などは装飾が凝っており、貴族が持つ剣として如何にもそれっぽい。では、剣身自体はどうかと言うと、弘にはサッパリわからなかった。

 両手で柄を持ち、切っ先を天井に向ける。そして眼を細めて観察したが……やはり、良い物かどうかがわからない。


「ぬう~。わかんね~な……。立派な剣ってのは見てわかるんだけど。おっと、対象物解析を試してみるか!」


 レベルアップによって解放された能力の1つである『対象物解析1』。読んで字のごとく、モンスターやアイテムを鑑定できる能力である。だが、戦闘中は使用できないし、高難易度品の鑑定が出来なかったりと使い勝手が悪い。能力名称に数字が付いているので、今後のレベル上昇によるバージョンアップを期待したいところだ。


「ぬん!」


 軽く気合いを入れて解析してみたところ、自分以外には見えないメッセージウィンドウが出現する。


 長剣

・高品質。バランス良好。


(……これだけかよ。使えね~な、対象物解析……)


 なんとも情報不足であり、弘はガッカリした。


「あの~……サワタリさん? 私の剣が……何か?」


 カレンが不安そうに聞いてくるので、どういった剣なのかを確認したところ、「わからない」との返事を弘は得ている。


「父が愛用した剣ですから、品質は良いと思うのですが……。名工の作かと言うと、ちょっと……」


 その由来や入手経路を聞く前に、父親が亡くなったとのこと。弘としては、少し気になった程度であったから、それ以上の突っ込んだ質問はしなかった。


「まあ……良い剣だ……って事でいいか」


 そう言って剣を返却したところ、剣を褒められたことでカレンが喜んでいる。その笑顔を見た弘は、心拍数が上昇……平たく言えばドキッとした。


(可愛い……よなぁ。このパツキン白人美少女が、俺の彼女なんだぜ?)


「サワタリ。注文の品があったぞ」


 店主が呼びかけてきたので、カウンターも兼ねる陳列台に向き直ったところ、鞘に収まったバスタードソードがカウンターに置かれている。今回、この店にあるバスタードソードの中で最高級の品を要求したのだが、物が物だけに陳列台ではなく倉庫にあるとのことだった。そこで若い店員が探しに行き、その間、カレン達と立ち話していたのである。


「へ~え? 見た目は普通のバスタードソード……だけど?」


「使ってる鉄なんかが高品質なんだ。あと、刃渡りは普通だが厚みは3倍ほどある。あの巨大モールを使えてるようだから、重さは問題じゃあないだろ?」


「まあな」


 店主に頷いた弘は、再び許可を貰ってバスタードソードを抜いてみた。抜いた状態を見ても、一見したところでは普通のバスタードソードである。しかし、店主が言ったように剣身が分厚い。これならば、多少荒っぽい使い方をしても折れることはないだろう。


(カレンにも言ったけど、召喚術が使えなくなったときに頼りにできそうだ。……そんな事態が起こらないと良いんだけどねぇ)


 そうは思っていても備えあれば憂いなし。また、以前にもしていたことだが、腰に吊っておけばダミー武装としても使える。弘の場合、召喚武具の使用が前提で行動するなら、敢えて武器を持ち歩く必要はない。しかし、そうなると丸腰で出歩くことになるため、悪目立ちするのだ。


「あの、サワタリさん? モールと言えば……その……」


 精算を済ませている弘に、カレンが申し訳なさそうに話しかけてきた。何を気にしているのかと思えば、先の試合での事を言っているらしい。試合中、弘はカレンから距離を取るため、大量の物品をアイテム欄から放出した。このとき、巨大なハンマー武器……モールも出したのだが、カレンが長剣で切り払った際に、柄の部分でくの字に折れ曲がっている。もはや使い物にならないと言って良いだろう。


「ああ、気にすんな。どこかで別の品を調達すりゃいいさ」


 そう言ってカレンを慰めながら、弘はモールのような重量武器について、それほど自分が重要視していないことに気づいていた。何故かと言うと、複雑な結界を破壊する際には役立つモールだが、戦闘で活用するのが難しいのである。


(腕力的に問題ないんだけど、俺の体重が……なぁ)


 よほど上手く取り扱わないと、体重負けしてモールに振り回される。解放能力の『射撃姿勢堅持』を使う手もあるが、それはそれで難しい。この先、モールの代替ができる召喚武具の追加を期待したいところであった。

 こうして買い物を終えた弘は、皆と共に大通りを散策し、屋台で買い食いをしたり、中央広場で休憩するなどしている。天候は幾つか雲が見えるだけで、概ね晴天。実にノンビリとした午後を過ごしたことになるが……。


(やっぱ女をゾロゾロ連れ歩いてると、目立つな……)


 弘は周囲を見回しながら、声に出さず呟いた。クロニウスの中央広場には、4人掛けの円テーブルが多数設置されており、その1つに弘は居る。左右にグレースとカレン、向かい側にジュディス。そういった席配置だ。そして、すぐ右隣のテーブルには、シルビア、ウルスラ、ノーマの3人が居る。総勢で7人だ。

 この集団は、弘以外の全員が美女であったり美少女であるため、連れだって歩くと非常に目立つ。こうして休憩している今も、周囲の冒険者や、親子連れなどから注目を浴びていた。


「なんだいありゃ? 随分と女の多いパーティーだ」


「ジュディスのとこだろ? って、増えてるなぁ」


「あれ? ジュディスと組んでる男って、ラスじゃなかったか?」


「そうだが……。思い出した。あいつは、ラスの前にジュディスパーティーで居た……サワタリだ」


「サワタリって、ディオスクの闘技場で10連勝した? 見た感じ、人相の悪い戦士職って感じだがなぁ」


「ママ~。あのおじちゃん、お顔が怖い~」


「シッ。見るんじゃありません!」 


 このような声が聞こえてくる。美人女性の集団にあって、不釣り合いだとか言われないだけマシだ。だが、最後の子供の声に、弘は少しばかり傷ついていた。顔面の左側を走る大きな傷。学生時代の喧嘩によるものだが、その傷跡を指で撫でてみる。ザラリとした感触があった。


「けっ。冒険者で顔面傷とか、普通じゃん? なんで怖がられるんだよ? あと俺は、まだ二十歳だ。おじちゃんじゃねぇ」


「そう腐るな。我は怖がったりはせぬぞ?」


「小さい子から見たら、私だっておばさんですから。気にすることないですよ」


 グレースとカレンがフォローしてくれるのだが、恋人に気を遣わせたかと思うと、それはそれでバツが悪い。「お、おう」とだけ返事をした弘は、向かい側で座るジュディスがジィーッと見ていることに気づく。そして、そのジュディスに隣のテーブルから他のメンバーの視線が向けられていることにも気づいた。


「何か話したいことでもあるのか? つ~か、なんで隣りのウルスラ達から見られてんだよ? えらく視線がきついが……睨まれてんのか?」


「……言いたくない」


 そう答えたジュディスだったが、ウルスラ達から睨まれるについては心当たり……いや、身に覚えがある。


(あたしが、ここに座ってるのって……くじ引きで当たったからなのよね~)


この広場に入って休憩するとなったとき。この1卓4人掛けのテーブルに、弘と恋人2人がセットで入るのは当然として、問題は残る1つの椅子。そこへ誰が座るべきかで揉めたのだ。もちろん、弘に気づかれないよう話し合ったのだが、その際にノーマがくじ引きを言いだしたのである。そして、ノーマに任せるとイカサマをしそうなので、シルビアにくじを作らせた結果。ジュディスが当たりくじを引いたのだった。

 だが、ジュディスは「あんまり嬉しくない……」と感じている。こうして座ってみると、好きな男性が恋人2人と談笑している様子……それを間近で見ることになり、良い気がしない上、居心地も悪いのだ。加えて言うなら、ハズレくじを引いた者達からの視線も痛く、精神衛生上、実によろしくない。 

 しかし、この機会を無駄にするわけにはいかないと、ジュディスは弘に話題を振った。


「ヒロシはさ、この先……どうするつもりなの?」


 それは、何か話さねば! と焦ったジュディスによる、何でもない質問である。だが、言われた側の弘は、口を開きかけて硬直した。弘自身、ジュディスが深い意味があって聞いたのではないと理解していたが、この先……という質問に対し、すぐには答えが出せなかったのだ。


(この先……って言われてもなぁ)


 ギルド酒場で話した、『レベル上げの作業』や『王都へ行く』などは、目先の予定に過ぎない。カレンやグレースなど、複数女性と結婚して家庭を持つ未来。そこに行き着き、家族を守っていくのが『この先どうするか』に対する答えになるのだろうか。


(俺自身は、それで全然かまわね~。と言うか、そうするべきだよなぁ)


 だが、それだけでは夢がない気もする。臨んだわけではないが異世界に来て、異能力も得た。もっと自分には、何か大きな事ができるのではないか。


(大きな事って何だ? ゲームの勇者みたいに魔王退治でもすんのか?)


 魔王と言えば、大陸の中央にある魔界……正確には魔気の濃度が高く、人間の生活に適さない領域に魔王が居るらしい。聞いた話では、人間嫌いではあるが不干渉を決め込んでおり、城に引き籠もっているのだとか。そのせいか、人類に対する侵略行動には出ていない。


(大人しくしてる奴のところへ乗り込んでいって、銃を乱射するとか……。俺が悪役みて~じゃん?)


 やはり、冒険依頼をこなしながら、貯蓄していくのが一番だろう。今の自分には実力があるし、冒険者とやっていける自信もある。レベルアップして更に強くなれば、高額報酬の依頼にも手が出せるはずだ。


(みんなを食わせていけそうだぜ。でも、思っちまうんだよなぁ。それだけでいいのか? って……。俺、すげー能力を身につけたから、気が大きくなってんのかも。う~……何だか……モヤッとするぜ……。おっと……)


 ジュディスを待たせている事を思い出した弘は、咳払いしてから話し始める。


「この先の事って言われてもな。酒場で話した当面の予定を済ませたら、後は冒険依頼を山ほどこなして金を貯める……ぐらいしか考えてないな」


「へ~、そうなんだ? そう言えば、前にもそんなこと言ってたわね」


 弘の悩みには気づかない様子のジュディスは、想い人と上手く会話ができていることに喜びつつ、話を続けた。


「でも……ヒロシって、今よりもっと強くなるんでしょ?」 


「そのつもりだけど?」 


 それは、さっき酒場で言っただろ? と弘が続けかけたとき、ジュディスが瞳をキラキラさせながらこう言った。


「だったら……王都ギルドの物凄い依頼なんかも請けられるんじゃないの!?」


「物凄い依頼? 察するに、クロニウス支部みたいなギルド支部には回ってこないような、高難易度の依頼か……って、うおっ!?」


 言いながら右隣のカレンに確認しようとしたところ、そのカレンがジュディスと同じように瞳を輝かせていたので、弘は声をあげる。


「な、なんだよ? お前ら……」


 弘は本来、親しい女性に『お前』呼ばわりはどうかと思うタイプだ。だが、このときばかりは焦って、ラスなどに話しかける口調となってしまう。言ってから気づき、「しまった!」と思ったが、カレンやジュディスは気にしていない様子。むしろ、ジュディスの『凄い依頼』発言について、嬉々として話し合っていた。


「そ、そうよね! ジュディスちゃんの言うとおり、サワタリさんなら王都ギルドの依頼も達成できるかも!」


「聞いた話じゃレッサードラゴンと戦って勝ってるそうだし。今以上に強くなるんだったら、それこそドラゴン討伐だって出来るかもよ!?」


「ふわあああ!そ、そんなの、おとぎ話の英雄みたいじゃない! サワタリさん、凄いです!」 


「お、おう? そう……なのか?」


 瞳をキラキラさせたままのカレンが、両手を祈るように組んで言う。だが、言われた側の弘は、まだピンと来ない。


(都会に『凄い物』があるってのは普通じゃね~の? 王都ギルドで『凄い依頼』があるから何だってんだ?)


 報酬額が大きいと言うことだろうか。そこは当然、そうなのだろうが、それだけではカレン達がはしゃぐ理由にならない気がする。わけがわからず、グレースに視線を向けたところ、「我は冒険者としては新参なので、よくわからぬよ」とのこと。次いで隣のテーブルに視線を向けると、いつの間にかノーマが席を立って近くにまで来ていた。


「カレンもジュディスも。ヒロシが困ってるじゃない。ちゃんと説明しないと駄目よ?」


 そう諭すように言ってから、ノーマは弘に対し説明を始める。

 王都ギルドでの高難易度依頼を達成すること。それの何が凄いのか。まず、ジュディスが言ったように、ドラゴンなどの伝説級モンスター絡みの依頼が多い。それを達成するとなると、冒険者の中にあっても超人的な技量や強さが要求される。


「例えば、クロニウスのアラン支部長みたいな、魔法具持ちの冒険者とかね。他には、王都の騎士なんかが、魔法具を持ってる人が多いのだったかしら? 彼らも冒険依頼を請けることが多いわよねぇ。……で、要するに、高難易度の依頼を遂行できるという事は、それすなわち強さの照明。カレンが興奮してたみたいに、英雄視されるってわけね」


「ほ~う。英雄……ねえ」


 英雄。その言葉に弘は興味を持った。学生時代に暴走族などをしていたぐらいであるから、英雄やヒーローに対する憧れは持っているのだ。暴走族在籍時は、悪さをして目立つことしかできなかったが、この世界では腕っ節1つで英雄になれる。暴走族の特攻隊長などではない、本物の英雄だ。


「それ……いいかもな」


「あと、もう1つ……」


 弘が話に乗ってきたと見たノーマは、高難易度依頼を遂行することのメリットについて話を付け加えた。 


「今、アラン支部長の名前を出したけど。彼も、王都支部の高難易度依頼を遂行した人なの。そうやって一介の冒険者からギルドの支部長になった……。つまり、出世に繋がるという事ね」


「出世か!」


 弘の声に力がこもる。女性数人と交際し、ひょっとしたら複数人と結婚するかも知れない彼にとって、出世という言葉の魅力は大きかった。それに、元の世界では顔に傷1つあるぐらいのことで、ろくに就職もできなかったのである。この世界で冒険者として暮らしていけると感じていたところに、出世も出来ると聞かされては食いつかないはずがない。

 アランのようにギルドと軍の板挟み……というのは御免被りたいが、冒険者としての強さを売り込む場所は、他にもあるはずだ。


「うん、イイなぁそれ。……王都に言ったら、しばらく腰据えて頑張ってみるかな……」


 そう言いつつ頬が緩む。この弘の様子を見た女性陣達は、程度の差こそあれ皆が喜んでいた。カレンとジュディスは、弘が英雄レベルの存在になることに期待し、シルビアは弘が真っ当に働くことを喜んでいる。ウルスラは商いの神の信徒なだけあって、弘が働くことについてはシルビア以上に嬉しく感じていた。そして、一連の話題で弘を煽った形のノーマは、弘がやる気になったことで高難易度依頼の報酬、あるいは冒険中の拾得物について期待していたのである。


「ふむ。主は出世したいか……」


 そう呟くグレースも、弘が目標を持って行動すると決めた事に関して、嬉しく思っていたが……。


(どうも、我にはピンと来ないな)


 エルフ氏族で生まれ育った彼女にとって、王都で出世……と言われても、強く感じるモノがないのだ。ただ、人間にとって重要なことであるのは理解できているため、場の空気を壊すまいと敢えて意見を述べたりはしない。


「ところで、ノーマが『王都の騎士は魔法具を持ってる』って言ってたけど」


 少し興奮が冷めてきた弘は、会話の中で気になった部分について質問した。ノーマの口振りでは、王都の騎士は基本的に魔法具を持っている。そう言っている様に聞こえた。


「そう言うものなのか? カレンは何か知ってるか? ケンパーと同じで、貴族なんだろ?」


「え、え~と……」


 明らかに困り顔となったカレンであるが、弘とシルビアの顔色を窺いつつ話し出す。


「魔法具持ちと言っても色々あるんですよ? わ、私のように家宝だとか……」


「カレン様の鎧は、家宝と言うより収納忘れ……」


 シルビアが何か言っているが、それを聞かない振りでスルーし、カレンは話を続けた。


「お、お金で購入したとか、冒険して入手したとか……。そして、騎士が引き合いに出される件については……」


 こちらの世界において、騎士は主に貴族ないし、貴族から推挙のあった者に対して任じられる。その騎士となった際に、王国から魔法具が下賜される場合があるらしい。多くは、王宮付魔法使いが魔法効果を付与した武具になるとの事だ。


「ちなみに、騎士になると様々な特権があるんですよ! サワタリさん!」


「ほ~う? 例えば、どんな?」


 王立図書館を自由に利用できたり、様々な公共施設が無料ないし割引で利用できたり、場合によっては悪徳貴族を逮捕できたり……と様々。これを聞いた弘は「何かの会員特典みたいだな……」などと考えている。カレンの説明では、いまいち『お得感』が伝わってこないが、きっと他にも特権や特典があるのだろう。

 他に気になる点と言えば、ケンパーが持っていた従属の腕輪。あれが、どういった筋の品であるかだ。金を積んで購入した魔法具だと思いたいが、ああいう他人を隷属させる品物が『家宝』だったりすると、何となく嫌な気分になる。


(……深く考えないようにしておくか)


「騎士と言えば……。カレンは俺と出会った頃だったか、従者捜しがどうとか言ってなかったか?」


「え? あ~……その事ですか……」


 カレンの声のトーンが変わった。見れば、ウンザリしたような表情である。何か気に障るようなことを言ったのか……と弘が気にしだしたところで、隣のテーブルからシルビアが移動してきた。ご丁寧に椅子を持参している。


「カレン様が言いにくいようですので、私が……」


 弘の右隣のカレン……の、更に右隣りに椅子を置いたシルビアは、妙に素早い動作で腰を下ろすと続きを話し出した。間で座るカレンが「私、説明できるもん!」などと言っているが、聞かない振りをしている。もしかしたら先程、ツッコミをスルーされた仕返しなのかもしれない。


「私が説明しますね。ここに居る皆さんは御存知でしょうが、家督相続がカレン様の最終目標です。そのために試練を遂行しようとしているのですが……。その件とは別に、貴族には規則……規約ですかね。とにかく条件があるのです」


 その条件とは、『貴族の当主は王国に対し、その家につき1名。騎士職に就けなければならない』というもの。


(簡単に言えば、一家に1人でいいから軍人を出せってことか。あれ? てこた、カレンの家って……今は、カレンしか居ないんだから……)


 自然と弘の視線がカレンを向いた。その視線を受けたカレンは、気恥ずかしそうに頷く。


「はい……。私、騎士にならなくちゃいけないんです……」


 貴族出身者が騎士になる場合。王都に報告して、騎士団の簡単な審査を受けるだけで手続きが終わるらしい。剣の腕が立つ必要もなく、最低限の健康体であれば良いとのこと。


「そんなペーパードライバー……じゃなかった。資格だけ持った能無……でもない。お飾りみたいな奴に、さっき話に出た特権とか持たせていいのかよ? カレンは言ってなかったけど、他にも特権とかあるんだろ?」


 言葉を選びながら弘が問うと、シルビアが苦虫を噛み潰したような表情で「そこは……貴族ですから」とだけ述べた。なお、騎士団員の多くは、きちんと訓練を受けた強者が揃っているらしい。弘が言ったような、『資格だけ持った能無し』のような騎士は少数派であるとのこと。


「そう言った方々は、そもそも騎士団の一員として勤務していません。こう言っては何ですが、自宅待機扱い。あるいは、修行名目で……旅行とか……」


「なんか納得した。そうだな、貴族だものな。特権階級って奴だ。……ところで、なんで集まって来てんだ?」


 シルビアの説明に頷いた弘は、言い終えるとテーブルを見回す。この頃になると、隣のテーブルに居た者達全員が椅子を持って移動してきており、4人掛けのテーブルに、7人が集まる状態となっていた。


「窮屈なんだが……」


「硬いこと言いっこなし~。それに~、騎士様のお話なら、私にも出来るわ~」


 弘から見て左斜め前で席に着いたウルスラは、嬉しそうに話し出す。


「騎士になった後なんだけど~。従者を最低1人付けること……というのが規則にあるの~」


 それは、騎士たる者には従者が必要という、弘に言わせれば『お作法や、しきたり』的な名目に始まり、剣腕が伴わない貴族騎士の護衛という意味合いもあった。後者に関しては、普通に私兵を雇えばいいようなものだが、そこはそれ『しきたり』であるらしい。なお、従者は騎士と共に戦える者として、戦士職者に限られる。


(かたっ苦しいねぇ。それにしても従者か。カレンの従者捜しってのは、そういう事だったんだな)


 今のウルスラの話だと、僧職者のシルビアは従者にはなれない。他に戦士職の者を探すことになるが……。


(その辺は、俺が口出しすることじゃね~か。他人の家の話だもんな……)


 その後、弘は話題を変えて皆と雑談に興じている。狭いテーブルにて大人数で顔をつき合わせているため、多少暑苦しかったが……大勢の美人と談笑できたことで、弘は大いに満足したのだった。


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