第百三十九話 今後の予定
「カレンは先程、サワタリとの試合が楽しくて仕方がなかった……と、そんな風に言っていたが。……本当にそれだけか?」
弘がジュディス達と話していた頃。距離を置いて立っていたグレースは、すぐ隣りで居るカレンに確認した。
「楽しむと言うよりは、戦闘行為にのめり込んでいるように感じたぞ? そこは……まあ、サワタリの方が強く感じていたと思うが。何しろ、間近で戦っていたからな……」
この件について、当の弘はカレンから『事情説明』されたことで納得している。グレースも言ったように『試合が楽しくて仕方がなかった』というのが事情だが、弘自身は喧嘩大好き、あるいは殴り合いが楽しい性分なので、疑うこと無く信じていた。
「もっとも、我らの恋人殿は……恋人に事情を聞かされて、それを頭から疑う様な男ではない。そこがまたカワユイ……おっと、話が逸れたな」
グレースはスッと上体を傾けると、カレンに顔を近づける。
「しかし、我は違うぞ? サワタリ本人が良いと言っても、過ぎた迷惑をかけるようであれば……」
「私を排除する……ということですか?」
少し声が固くなったカレンに、グレースはニンマリと笑った。
「最悪、そうなるかもな。とはいえ、そうなる前に? 相談して解決できるのであれば? それに越したことはないのだ。だから……」
グレースはカレンに向き直ると、両腕を左右に広げる。
「悩みがあれば、遠慮なく相談しろ。何しろ我らは、同じ男を愛する恋人仲間なのだからな!」
「グレース……さん」
遙か年上のエルフ女性……グレース。元々好感度は高かったし、美貌のエルフに対してカレンは憧れを抱いていた。そして、今の会話でより一層好ましく感じている。
(だけど……)
カレンは自分の胸に手を当てた。そこは鎧の胸甲部であったが、不思議と高鳴る鼓動が感じられる。
(確かに……私は試合中、おかしかった気がする。今も少し……ドキドキしてるし。シルビアにも言われたけど、この鎧が何か……。でも……)
胸に当てた掌をカレンは拳の形にした。どのような副作用があろうとも、今の自分には鎧の力が必要なのだ。第一に、試練の最終目標であるオーガー討伐のため。
(そして、この力があれば……私はサワタリさんと……)
カレンにとって、グレースが女性としての憧れであるなら、弘は冒険者……いや、強き者や英雄としての憧れだ。無論、その人柄にも惹かれており、彼に恋をして受け入れられ、今に到っている。だが、その思いの原点は、やはり弘の強さや生き様なのだ。
そんな弘に、ただついて行くのではなく、か弱い恋人として守られるのではなく、肩を並べて冒険し……共に旅をしたい。そういった願望が、カレンにはあった。
(さっきの試合。私は負けたけれど……)
概ね弘を圧倒していたように思う。それはジュディスも言っていたことだ。なぜ、その様に戦えたか。それは、鎧の増力効果によってである。
(大好きな人、憧れの人と共に戦える。頼りにして貰える。一緒に冒険ができる。私……今、凄く幸せだもの。だから、鎧は必要。何があっても……)
カレンは大きく息を吸うと、グレースを見返した。
「グレースさん。心配して頂き、本当にありがとうございます。今は少し……戦いに昂揚することがありますが……。でも、大丈夫。いえ……危ないなと思ったときは、どうか相談に乗ってください」
「む……。わかった、相談に乗ろう」
短く答えたグレースであるが、今のカレンの口振りから、言うほど大丈夫ではないと感じている。
(それでも話さないところを見ると、自分だけで解決できそうなのか? ……いや、やはり心配だ。我の他に、シルビアとジュディス……。いや、ウルスラやノーマも居る。皆で注意しておれば、大事にはならんだろうが……。他の者と内々で相談しておくか)
そのように考えていると、弘がジュディス達を連れて近づいてきた。今後のことについて相談するので、クロニウスの都市内へ戻り、ギルド酒場で食事などしながら話し合おうとのこと。グレースもカレンも異論はなく、皆と共にクロニウスへ戻ることにするのだった。
◇◇◇◇
クロニウスに戻ったのは、概ね昼過ぎである。ギルド酒場に入ると、中は冒険者でごった返していたが、それでも少し待つことで大テーブルに空きができた。そこへ滑り込んだ弘達は、食事をとりつつ今後について話し合っている。
話題は大きく分けて3つあり、まずは弘の行動予定。次に、他の者の行動予定。そして最後に、弘と合流する者達のスケジュール合わせだ。
「ああ、はいはい。俺の予定ね」
エール酒の入った樽ジョッキを置くと、弘は行動予定について説明を始める。弘の場合、この後は単独行動となり、かねてから目をつけていたダンジョン……ディオスクの西方、岩山地帯にあるブレニアダンジョンへ潜る予定だ。冒険依頼の内容は、ダンジョンの奥深くにあるという癒しの泉を発見すること。報酬額は銀貨500枚とされている。
「癒しの泉とかのおかげで、ダンジョン内のモンスターがスゲェ元気なんだとよ。ここでバリバリ経験値を稼いで……じゃなかった、修行するんだ」
経験値稼ぎ。それはRPGをプレイする者にとっては、甘い罠とも言えた。確かに、スタート地点で延々と雑魚狩りをし、それで溜めた経験値によって大幅にレベルアップすれば、その後の展開は楽にクリアできるだろう。時には、ゲームクリアが可能なレベルまでレベル上げをする者も存在する。そうすることで、ゲーム終盤まで無双状態となるわけだが、これの何が罠かと言うと、ゲームバランスが崩れる点に問題があるのだ。
(どんな強敵も粉砕できるんだから、スリルとか緊張感が薄れるってのが……なあ)
しかし、コンピュータRPGならともかく、ここは異世界であり冒険は命がけだ。イベントが発生する都度、ピンチに陥っていては命が幾らあっても足りない。それに、シルビアやウルスラに再度確認したが、この世界には蘇生魔法や蘇生法術が存在しないらしい。死者が生き返った例は存在するとのことだが、神様を降臨させるとか、物凄い魔法道具で蘇生できた等、奇跡や伝説レベルでの出来事だという。
(この物騒な世界で生き抜いていく……。しかも、女数人を食わせていくためには、とにかく強くならなきゃ。無双冒険? 上等だよ。こちとら今後の人生がかかってんだからな)
想定するレベル上げ期間は3ヶ月。元の世界では、その期間内で劇的に成長するのは無理であろう。しかし、今の弘は経験値を得ることでレベルアップができる。これまでの戦闘頻度を考えれば、腰を据えて戦い続けることで大幅に強くなれるはずだ。
「ダンジョンに潜るのは3ヶ月だな。3ヶ月後に……そうだなぁ、前から言ってたけど王都へ行くか……」
特に重大な理由があって、王都に向かうわけではない。ただ、以前に恩人ゴメスから王都情報を聞かされて興味を持っていたこと。そして、山賊業から足を洗ったとき、当面の行動目標として『王都見物』を設定したことなどが理由だ。狂まで実行する機会がなかったが、この辺で一度、今居る国の首都を見ておきたかったのである。
聞いた話では、ブレニアダンジョンの近くを街道が通っており、そこを北上すれば王都へ到達するらしい。途中には幾つかの都市があるそうだが、寄り道をしなければ数日ほどの距離である。
「数日? 確か……ブレニア辺りからなら一ヶ月くらいかかる距離なんだけど。って、ああ。アレを使うのね」
怪訝そうに言うジュディスは、思い当たることがあったのか表情を明るくした。彼女が言うアレとは、弘が召喚するシティサイクル……いわゆるママチャリである。これで街道を走行するのであれば、王都までの移動時間は大幅に短縮できるだろう。
「……とまあ、そういう優れものでね。あたしも、ああいうの作らせてみたいなぁ」
ジュディスが弘に代わる形で、ママチャリの説明をした。何やら得意げな様子であったが、何故それを知っているのかとグレースに聞かれたところ、照れくさそうに頬を染めている。
「どうして知ってるか……って、そりゃあヒロシに乗せて貰ったことがあるし……」
「え~? ジュディスちゃん、ずる~い。私も乗せ……。……サワタリさ~ん?」
カレンが、期待を込めた視線を向けて来た。これに対し、弘は「また今度な」とだけ答えている。また今度となると、早くとも次に合流した時となるのだが、さすがに皆の居る前で我が儘を言うべきでないと判断したのか、カレンはシュンとなってしまった。
「機会なら幾らでもあるっつ~の。てゆ~か、カレンはディオスクで原付見てるじゃね~か。なんでママチャリに食いつくんだよ?」
弘としては、自転車より原動機付自転車の方が凄いのだが、この辺は両方知っているからこその価値観である。こっちの世界の住人であるカレンにしてみれば、見たことのないママチャリに対して期待してしまうのだろう。なお、原付に関して見覚えと聞き覚えが一致しなかったのか、カレンは小首を傾げている。
「原付……って?」
「ほら、バトルロイヤルの最中……俺が足をやった時に召喚した乗り物だよ」
当時の弘はディオスク闘技場の看板選手、サーペンター、アーマーライノス。そして、レッサードラゴンと同時対戦しており、仕組まれたリンチ試合の中で2体を撃破。その際、足を負傷して行動不能になりかけたのである。そこへ、レッサードラゴンからファイアーボールブレスを受けたのだが……命中間際に原付を召喚し回避していた。
これらの説明をしたところ、話途中で思い出したのか「ああ!」とカレンが声をあげ、しかし、話を止めさせるでもなく最後まで聞ききっている。
「なんか、話し切っちまったな。途中で思い出したんなら、そう言えよ」
「だって……」
カレンが口を尖らせた。
「サワタリさんの格好良いお話ですよ? 本人から直接解説して貰えるだなんて、最高じゃないですか」
そう言われると悪い気はしない。しかも相手は恋人だ。弘は、鼻の頭を指で掻きながら「お、おう」とだけ言って目を逸らす。そして、誤魔化す意味合いも込めて、皆を見回した。
「……あ~。そんなわけで、3ヶ月後から暫くした頃に王都へ到着する予定だ」
そう話を締めくくると、皆が頷く。
以上が弘の行動予定であったが、何度か話していた事もあってか質問等する者は居なかった。
では、他のメンバーはどうするつもりなのか。
まず、カレンはシルビアと共にオーガーを探し出して討伐する。ここは以前から変わりがない。オーガーを討伐できたら報告するために王都へ向かい、事務手続き等済ませて家督相続が認められたら……。
「あれ? 私……お屋敷に帰らないといけないんだっけ?」
「当たり前です!」
小首を傾げるカレンに対し、すかさず隣で座るシルビアから雷が落ちた。現状、親戚の監督指導を受けながら、執事頭が領運営を行っているのだ。領主となったカレンが戻らずして、どうすると言うのか。
そういったことを説教されるカレンは、チラッと左隣の弘を見た。
「んもう、冗談なのに。でも……サワタリさんと一緒に、もっと旅とかしてみたかったな……」
ボソリと呟く事でシルビアの視線が鋭さを増すが、このときのシルビアは睨むだけで済ませている。なぜなら、弘と共に旅をしたい、今のようにパーティーを組んで冒険をしたい……というのは、シルビアにとっても同じ思いだったからだ。ただ、それをシルビアまでが言い出すと収拾が付かなくなるので、カレンの抑え役に回っているのである。
「とは言え……」
シルビアは落ち込んでいるカレンを見て付け加えた。
「……サワタリ殿も王都に行くとのことですし。彼が到着するまでなら、王都で待っていても良いかもしれませんね。長居はできませんが……」
「そ、そうよね! サワタリさんも王都へ行くものね! シルビアだって、サワタリさんに会いたいでしょうし! そうしましょう!」
シルビアが妥協案を述べたところ、カレンが表情を明るくする。そして、このセリフの中に『シルビアだって会いたい』という文言が含まれており、シルビアは「いえ、私は別に……会いたいですけど」と小さく呟いていた。
「よう? 寄り道すんなよ、色男? 女の子達が待ってるんだからな」
ラスがニヤニヤ顔で言う。からかわれたことでカチンと来た弘が、「ラスは、彼どうするつもりだ?」と確認したところ、自分はジュディスのパーティーメンバーだから、ジュディス次第とのことだ。これは、魔法使いのターニャも同様らしい。そうなると、次に行動予定を話すのはジュディスとなり、弘を含めた全員の視線がジュディスに集中した。弘が王都に行くのは確定なのだから、彼女もまた王都へ向かう。誰もがそう思っていたが……。
「え、え~と……私は……ねえ?」
普段の元気良さは何処へやら。視線を泳がせたジュディスは、隣のウルスラと顔を見合わせている。
「ねえ……って、私に言われても~。ジュディスは~、王都に戻りたくないのよね~?」
「ぐっ……」
ウルスラがジュディスから視線を外しつつ言うと、ジュディスは言葉に詰まった。カレンが「そうなの? ジュディスちゃん?」などと質問しているが、ジュディスは苦虫を噛み潰したような顔で黙っている。
(ウルスラは『王都に戻る』って言ったよな? じゃあ、ジュディスは王都から来た事になるのか。カレンの家は地方だけど、ジュディスの実家は王都にある……って感じか?)
そう考えた弘であるが、ここはジュディスの行動予定について確認だけするに留める。実家云々の話を、こういった酒場でするのもどうかと思ったからだ。
「え~と。今の話だと、ジュディスは王都に行かないのか? いや、無理に王都合流とかに拘らなくていいんだけどさ」
「だ、誰も行かないなんて言ってない! あ、いえ……そうじゃなくて……」
確認した弘に噛みつくも、直後に気まずそうな顔となったジュディスは、その視線をテーブル上へ落とす。そのまま、聞き取れない声で何やらブツブツ言いだしたが、ここで見かねたウルスラが横からジュディスの顔を覗き込んだ。
「何なら~、私が事情を説明してもいい~? 話しちゃ駄目なところは省略するけど~」
「それは……」
顔を上げたジュディスはウルスラを見る。2人は暫く間近で見合っていたが、やがてジュディスが顔を離して溜息をついた。
「事情を話すのは……ちょっと。でも……あたし、王都に行くわ!」
この発言を聞いたジュディスとウルスラ以外の頭上に、?マークが浮く。先程はウルスラが「ジュディスは王都へ戻りたくない」と言い、その後すぐ、ジュディスが「王都へ行く」と言いだしたのだ。つまり、ジュディスは王都へ行きたくない事情があるにも関わらず、王都へ行こうとしている事になる。それほどに弘が気になっているという事でもあるが、その一方で、相当な面倒ごとに関わっている事が垣間見えていた。
「少し、良いかしら?」
ジュディスとウルスラ以外の皆達が顔を見合わせる中、ノーマがジュディスに話しかける。
「話したくないようだから事情は聞かないけど。大丈夫なの? 面倒事に巻き込まれてるなら、私が手伝っても良いのよ?」
元々、王都で弘を待つつもりだったし……とノーマは続ける。
「この私自身、特に予定は……」
ここでノーマは弘を見て、次にグレースを見てからジュディスに視線を戻した。
「いえ、予定はあるにはあるけれど。余裕があれば、手助けできるかもしれないわ」
それを聞き、ジュディスとウルスラがノーマを見直したような顔になる。弘も感心したが……当然と言うべきか、ノーマは親切心だけで今の提案をしたわけではない。
(弘とは暫く会えないのだから、ここで心証を良くしておかなくちゃ。ポイント稼ぎは重要よね。勿論、仲間意識や親切心もあるのだけれど)
しかも今晩、弘と2人で飲む約束を取り付けてある。これで更に、心証や好感度がアップすること間違いなし。偵察士ノーマに抜かりはなかった。一方、ジュディスはウルスラと相談した後、次のように言っている。
「の、ノーマの申し出はありがたいけれど。あたしの問題だから……自分で、あとウルスラとで何とかするわ。せっかく気に懸けてくれたのに、ごめんなさいね?」
ノーマの申し出を謝絶したわけだが、対するノーマは、「そう? まあ、王都には一緒に行くことになると思うけど。何かあったら言って来なさいな。冒険者ギルドに居るから」とだけ言って引き下がった。これは、ノーマのポイント稼ぎの機会が1つ無くなったと見ていいのだろうか。いや、違う。
(協力を申し出ただけでも、弘の心証は良くなっただろうし。その上で何もしなくて良いのなら、こんな楽なことはないわね。それに弘の心証を良くするなら、王都で合流してからでも手はあるわ……)
このように考えているわけで、やはり抜け目がない。それに、改めてジュディスが助けを求めてきたら、先程言ったように協力は惜しまないつもりだった。そうすることで、やはり弘の心証が良くなるからだ。
さて、こうして皆が行動予定を話していき、残るはグレースのみとなる。弘が後日に王都へ行くと言っているのだから、ノーマやジュディスのように王都で待つつもりだろうか。
「概ねは、そうなるな」
そう言ってからエール酒を一口飲み、グレースは右隣の弘を見た。
「主よ。我との約束……覚えているか?」
「約束?」
言われて瞬時に思い当たらなかった弘は、少し考え込んだが、数秒後には顔を上げてグレースを見返している。
「おう、アレだ。グレースの……手伝いをするって奴だ」
「うむ」
グレースの手伝いとは、グレースの滅ぼされた氏族の仇討ち。それを手伝うことを言う。弘が皆まで言わなかったのは、先程のジュディスの件と同じく、他者が居る場でグレースの個人的な事情を話すべきではないと判断したからである。それはグレースも察しており、「うむ」と頷いたときは満足げな表情であった。
「主が王都に来るまでの間。我は情報を集めておく。そして合流した後は……。……そう言えば、主には冒険依頼として依頼した方が良かったのだったか?」
そう確認された弘は、苦笑しつつ首を横に振る。
「いや、そんなことも言ったけどな……。初めて話を聞いた時とは、俺とグレースの付き合い方が違ってるだろ? 恋人の困りごとを助けるのに、ゼニカネの話なんかしね~って。ましてや、仕事扱いもしね~よ」
「……恩に着る」
指で目尻を拭ったグレースが一言礼を述べると、弘は「気にすんな」と言って手の平をヒラヒラ振った。この様子を皆が見ており、中でもカレンが隣のシルビアと小声で囁き合っている。
(「……聞いた? 事情を聞ける雰囲気じゃないけど。お手伝いした方が良いのかしら?」)
(「敢えて事情を話さないところを見ると、グレース殿個人の重大な案件のようですし。やはり、協力を求められたときに助力をしてみては……」)
当然ながら、すぐ隣で話しているので弘には会話内容が聞こえていた。本来であれば、ここで弘が「お前ら、聞こえてんぞ? やばくなったら手出してして貰うから」などと言うところだ。しかし、この時の弘はカレン達の会話を聞き流すだけにしている。
(この仇討ち。グレースが何処までやるかによっちゃ、色々とヤバいからな)
例えば、相手の氏族が全滅するまでやりきるとしよう。当然ながら、女子供も皆殺しとなるわけで、やる側の弘は気分が悪い。いや、『気分が悪い』などという表現を大きく超えた、トラウマを抱えることになるかも知れないのだ。
(そんなことに、付き合わせるわけにはいかないぜ……。俺が手伝うだけで充分だ。たぶんな……)
ともかく、王都でグレースと合流した後は、彼女と共に相手氏族の居場所、あるいは拠点へ向かうつもりである。
(後でグレースと相談しておくか。他のメンバーには気づかれようにしないと……って、そういやノーマは知ってたよな。このこと)
弘がグレースから仇討ち話を聞かされたのは、クリュセダンジョンへ潜っていた時のことだ。その際、ノーマも途中から同席していた。物忘れが激しいのでなければ、このことは覚えているはず……。
チラッ……と右斜め前、シルビアの隣で座るノーマを見たところ、彼女は意味ありげな視線を向けてきていた。
『その仇討ちとか、本気でやるなら私も一口乗せて貰おうか……ってね』
クリュセのギルド酒場で聞かされたセリフが、弘の脳裏で再生される。確かノーマは、エルフ氏族のお宝が目当てだったと弘は記憶するが、事情を知った上で手伝うと言うのなら、彼女も仇討ち行に加えるべきだと考えていた。
(グレースは王都で情報収集するって言うけど、相手はエルフ氏族なんだから、おおかたは森に住んでるはずだぜ……。てこた、仇討ちの場は……森林地帯になるよな)
森におけるエルフと偵察士の組合せ。その強力さは、先のオーガー討伐で目の当たりにしている。また、都市内で情報収集をするには、盗賊ギルドに顔が利くノーマは頼りになることだろう。弘は、ノーマの都合さえ良ければ、彼女に協力を要請する気になっていた。
「みんな予定は話し終えたか? じゃあ、王都で俺と合流する場合だが……」
弘は、合流場所を冒険者ギルドの王都本部とし、グレースと合流したら、暫く彼女の用件に付き合うことを皆に告げている。カレンやジュディスなどは『用件』の内容について聞きたがったが、「俺がベラベラ話すことじゃない」と相手にしなかった。
「じゃあ、話はこんなところだな。俺は明日の朝にクロニウスを出る。夕方までは買い物したりするし、夜はギルド泊で済ませるから……用があるときは声をかけてくれ」
そう言うと、弘は席を立つ。それを見て他の者達も席を立ち……テーブルを離れる弘についてきた。
「……って、何でついてくるんだよ?」
自分の食事分の会計を済ませていた弘は、ジロリとカレン達を睨めつける。カレン曰く、「特にすることもないし、一緒に居たい」とのことだ。これは、ほとんどの者が同意見のようである。なお、ほとんどに含まれないのはラスとターニャで、2人だけで買い物等をするとのこと。それを弘に告げると、ラス達は酒場の外へと出て行った。2人の後ろ姿を見送った弘は、ジュディスに聞く。
「なあ? あの2人……仲いいのか?」
「さ、さあ……。だとしたら、ちょっと意外な組合せかも……」
ラスは以前、ムーンという男性戦士のパーティーに居た。とある冒険依頼で、ジュディスパーティーと行動を共にすることとなり、その際に弘は彼と知り合ったのである。当時の弘は、ジュディスパーティーに加入していたが、ラスを初めて見た印象は『軽薄野郎』というものだった。ちなみに、ちょっかいを出してきたラスを締め上げたりもしている。
とはいえ、お互いに気が合うところがあったので、今ではチンピラ仲間のような付き合い方をしていた。
ターニャは、ジュディスパーティーの女魔法使いである。それなりに可愛い顔立ちをしているが、周囲に居るのがジュディスやウルスラなど美形揃いなため、今ひとつ目立たない。その上、気が弱くて発言することも少ないため、パーティー内では影の薄い存在だった。ただし、魔法使いとしての才能はかなりのものだし、魔法関係の話題になると食いつきが良くなるので、個性的と言えば個性的だ。なお、大幅に増員した現ジュディスパーティーにあって、唯一、弘に告白していない女性でもある。
「ジュディスも意外に思う……か。そういやラスは、ウルスラにアタックしてたとか聞いたぜ?」
弘は、クリュセでノーマと再会したときに『ラスがウルスラに御執心だ』的な話を聞かされていた。しかし、久しぶりでラスと会ったのはオーガーの森でのことだが、その時点ではウルスラに対し、特にモーションをかけてはいなかったように弘は思う。
「ん~、ラスがパーティーに入った頃は~。確かに言い寄ってきてたんだけど、相手にしてなかったの~」
ギルド酒場を出たところで、ウルスラが回想しつつ顎下に人差し指を当てた。彼女の話では、ラスとターニャが話をする姿は、確かによく見ていたらしい。それを聞いたジュディスが、驚きの声をあげる。
「ええっ!? あたし、気がつかなかったわよ? それ!」
「私が見た時は、ジュディスが居ない時だったしね~。そうやって騒ぐだろうから、見えないところで仲良くしてたんじゃないの~?」
「うぐっ!」
言葉を無くすジュディスを肩越しに振り返りながら、弘はウルスラの言うとおりだろうと考えていた。弘がジュディスと出会ったときも、カレンと行動を共にしているだけで絡まれたのだ。自パーティーの女性メンバーに男性が言い寄る……などしたら、ジュディスは黙っていないだろう。
(それでも最近、ジュディスは丸くなってる感じだよな。そうでなけりゃパーティー内恋愛なんかできねーか。……ラスよ、ラッキーだったな)
弘は、ブルターク商店へ向けて歩き出した。するとカレンとグレースが小走りに移動してきて、左右に分かれて歩き出す。すぐ後ろには、ジュディスら残る3名が居るのだが、彼女らからの視線が背に刺さるのを弘は感じていた。
(……あ~。マジで、次に会ったときには返事しね~となぁ)
好きだと告白されて、その場で返事ができずに態度保留。男としては糞野郎だと自分でも思う。何よりムカつくのは、元居た世界で見かけた、異世界転移系のハーレム小説。あの主人公らのように、多くの女性と交際していて、その状況に慣れつつある現状だ。
(俺……自分は、女1人に対して一途な奴だと思ってたんだけど。そうじゃなかったって事か……)
あるいは異世界に来たこと。そして召喚術などという特殊能力を得たことで、心の持ちようが変わったのかも知れない。ひょっとしたら自分が気づいてないだけで、元から気が多い性分だったとも考えられる。
(何にせよ。態度保留中の奴には返事をするべきだし。付き合うってなったからには責任取らね~とな……。責任かぁ……)
一瞬、皆と別れたら、そのまま逐電してしまおうかとも考えたが、その考えを弘は実際に頭を振ることで振り払った。そもそも責任論以前に、自分はカレンやグレースが好きなのだ。彼女らと別れるなど、考えるだけで胸が痛くなってくる。また、態度保留としているものの、ジュディス達に対しては現に好感を抱いていた。
「……3ヶ月かけて、じっくり悩むとするか……」
そう呟き頭を掻いた弘は、カレン達と共に武器防具、その他物品の販売店……ブルターク商店へと入っていくのだった。