第百三十八話 弘対カレン(後編)
恋人カレンと試合をすることになった弘であるが、女性で年下のカレンにパワーで劣り、速さでも負けている。その上、自分は殺傷力のある召喚具使用を(自発的に)控えなければならない。不利な要素が積み重なり、試合は一方的に押されていた。
とはいえ、弘とて無策だったわけではない。カレンが鍔迫り合い……つまり力比べや格闘戦を嫌っていることを察すると、一つの策を講じていたのである。
「策を講じるっつ~か。策を弄する方に転ばなきゃいいけど……」
それに、上手くカレンが引っかかってくれるとも限らない。策にはまったとしても、それをものともせずに攻撃してきて、試合に負ける可能性だってある。しかし、弘は試合に負けること自体は、大した事ではないと考えていた。
(負けた方にペナルティがあるって話じゃないからな。まあ、とにかくやってみるさ)
このように、仕掛ける側の弘は気楽に構えていたが、カレンの方では大いに警戒している。先程、弘が例の『アイテム欄』とやらから、大量に物品を取り出しバラ撒いたことによって足を止められた。一種の目眩ましをされた形であり、このことで何か仕掛けてくるかと思ったのだが……。
(距離を取っただけ?)
これまでに見たことがある、遠距離攻撃が可能な召喚具。そのどれかを使うつもりだろうか。あるいは、何らかの作戦があるかも知れない。この場合……自分は、どう行動するべきか。少し考えたカレンであったが、すぐ口元に笑みを浮かべた。
(何をしてくるにしても、私の方は近づいて攻撃しなくちゃいけないんだから。やる事は決まってるわ!)
突撃あるのみだ。しかし、真っ直ぐ突っ込んだのでは迎撃される。だから、これまでのように横への移動で回避しつつ、距離を詰めるのが良いだろう。さて、行動方針が決まると、弘が何をしてくるかを考える余裕が出てくる。
(とかれふ……だっけ? あれは、さっき躱せたわよね。あ、あーるぴぃじいだったら……ん~……)
カレンは、弘がオーガーの森でRPG-7を発射した姿を思い出した。破壊力はかなりのもので、命中したらまず助からないだろう。近くに着弾しただけでも大怪我しそうだ。ただ、その撃ち出しの速さはトカレフの攻撃よりも遅いと、カレンは感じていた。
(攻撃の瞬間さえ見てたら回避するのは可能……)
他に何か、カレンが知らない召喚具を用意している可能性もあるが、これはもう考えたところでどうしようもない。
(未知の召喚具に対応するだなんて、その時になってみなくちゃ判断できないもの)
遠距離攻撃系の召喚具は、基本的に避けるとして。問題は、剣の当たる距離まで接近した時だ。ここで弘が何をしてくるかというと……。
(あの電撃を出す棒に気をつけるべきね)
それはスタン警棒のことだ。試合前の弘は、自分の戦い方について述べていたが、なるべくカレンに怪我をさせないようにしているのは明白。となると、電撃でカレンの動きを封じに来る可能性が高い。だが、スタン警棒はカレンの剣よりも短く、カレンの速さを持ってすれば、警棒を躱しつつ斬りつけることは不可能ではなかった。
(一応、警戒はしておく……ぐらいでいいかしら?)
カレンは弘を見据える。弘は両手に長巻と刀を持ったまま、同じようにカレンを見返していた。移動する様子はないので、カレンが斬り込むのを待っているのだろう。そうやって相手が待ち構えるところへ、突っ込むのは悪手だ。しかし、カレンは敢えて真正面から突撃することにした。
(さっき考えたとおり、私には近づいて攻撃するしかないんだもの。それに……)
グググッ……と、足腰に力を溜める。増力された力を解放すれば、試合開始直後にやった斬り込みほどではないが、素早く弘との距離を詰められるはずだ。その代償として、全身を苛む筋肉痛は悪化しており、もう長くは戦えないことをカレンに悟らせていた。
「……そろそろ決着をつけなくちゃね」
身体の痛みには言及しない。言ったところで筋肉痛が軽減するわけではないし、鎧の力を借りて強くなっている以上、そのことで生じる痛みに文句をつけるのは嫌だったからだ。
カレンは一息吸うと目を閉じ、再び開眼して弘を見る。そして「行きます!」と短く叫ぶや、大地を蹴って突撃を敢行するのだった。
◇◇◇◇
カレンが前に出たと見た弘は、長巻と日本刀を捨てている。代わりに召喚したのは……数個の手榴弾だった。この手榴弾を、カレン目がけて投じるのではなく、すべて自分の足下へ落としたのである。もちろん、安全ピンを抜いた上でだ。これら一連の作業を、カレンを見据えたまま行ったので、弘には突撃してくるカレンの様子が観察できていた。
(おお~。驚いてるな)
カレンは、弘が足下に手榴弾を落としたのを見て目を剥いている。その突撃速度も、幾分か低下したようだ。それも当然で、街道やオーガーの森など、弘はカレンが居合わせた場所で手榴弾を使用していた。つまり、カレンは手榴弾の性能について知っているのだ。速度低下したのは、そうして驚いたこともあるだろうが、手榴弾数個が落とされた場所へ飛び込むのが、やはり躊躇われるからだろう。他の理由としては……。
「サワタリさんっ!? いったい何を!?」
カレンの声を聞き、弘が「ああ。俺のことが心配なのか」などと思った瞬間。足下で手榴弾が炸裂した。
ズババババ、ガーン!
凄まじい爆発音と共に足下の地面がえぐられ、土煙が舞い上がる。その土煙は弱い風によって広がりつつあった。
(ぶははは。なんだか煙幕っぽくなったぜ! ラッキー!)
タネを明かせば、自爆めいた行動を取ってカレンを驚かし、その突進力を弱めるのが狙いだったのだ。手榴弾のダメージは覚醒能力『自弾無効』で無効化できるし、念のために『射撃姿勢堅持』も使用して、吹き飛ばされないよう対策している。これら覚醒能力を実戦使用したのは初めてだが、想定どおりに機能してくれたようだ。
(ついでに言うと、落とした端から踏んで埋めてたからな。爆心地は俺の足下だし、離れたカレンには破片が飛ばなかったみたいだし。上出来、上出来!)
しかしながら、土煙の煙幕は完全に姿を隠せるほど濃度が濃くない。
「カレンの姿が見えてるくらいだから、向こうからも見えてるだろうな。まあ、せっかくだし上手く活用するか……」
呟きつつ弘は駆け出す。土煙の向こうに見えるカレンは、その行動を察知……いや目撃したのか、剣と盾を構え直した。ただ、先程のように突っ込んでは来ない。弘を見据えたまま、待ち受けている様子だ。
「うへ、警戒してんなぁ。でも、そのまま動かないでいてくれよ~?」
弘は薄い土煙の中を駆けながら、右手にスタン警棒を召喚した。動揺か戸惑いによって動きを止めたカレン。今の状態であれば、一撃ぐらいは食らわせられるはず。その一撃がスタン武器によるものであれば、カレンを昏倒させることも可能だと弘は考えていた。
「うりゃああああ!」
カレンほどの速度ではないが、あっという間に距離を詰めた弘は、盾目がけてスタン警棒を突き出す。盾を狙ったのは大きくて狙いやすかったこと。そしてスタン警棒の出力を上げれば、盾伝いでもカレンを感電させられると踏んだからだ。だが……。
「甘いです!」
叫ぶなりカレンが盾を投じてくる。どうやら盾のベルトを使わず、取っ手だけ持って盾を使っていたらしい。増力中だからこそできることだが、その増力した力で投じられた盾は、弘の右手を直撃した。
「がっ!?」
発生した痛みにより、弘はスタン警棒を取り落とす。だが、弘は召喚術士だ。落ちた武器を拾いに行くぐらいなら、新たなスタン警棒を召喚するまでである。しかし、それをする前にカレンが前進した。
「させません!」
長剣が振り下ろされる。一方、弘には新たな召喚具を召喚する余裕がない。
勝負あった! ……とカレンが思った時。
どすっ!
鈍い衝撃が腹部で生じた。
「えっ?」
視線を下ろすと、弘の左拳が腹部の右側……非装甲部(チェインメイルは着用している)に突き刺さっている。盾を投げられてスタン警棒を取り落とし、それでもなお弘は前に出て殴りかかったのだ。だが、無理な姿勢のため力が入らず、威力は皆無に等しい。どのみち、力が乗った殴打であったとしても、今の弘のパワーではカレンを倒しきることはできなかっただろう。
(悪あがきです!)
瞬時に気を取り直したカレンが、弘を蹴り剥がそうとしたとき。
「うらぁあああああ!」
バシン!
「ぎゃん!」
弘の怒声と共に、引っぱたくような音が発生。それと同時に、カレンは全身をエビのように反らせた。腹部から発生した衝撃は、背骨から頭部に向かって突き抜けており、彼女から行動の自由を奪っていく。
(これって……でも、雷の棒は叩き落としたのに……どうして……)
カレンは崩れ落ちながら、自信の『敗因』を考える。そして意識を失う瞬間、カレンが見たものは……心配そうに駆け寄る弘と、その左手にはめられた金属製のナックルであった。
◇◇◇◇
「カレン様!」
カレンが崩れ落ち、それを弘が抱き留めたところでシルビアが駆け出す。一応、グレースは弘に対する勝利宣言をしていたが、もはやそんなことは気にならない。弘によって寝かされたカレンの下に辿り着くと、彼女の身体を診始める。
弘は、その様子を近くに立って見ていたが、やがてシルビアがカレンに手をかざし法術を行使した。この場面での使用であるから、治療法術なのだろう。
「……特に怪我はしていませんし。ショックで気を失っただけでしょう」
極短い時間で法術を終えたシルビアは、そう言って弘を見る。
「サワタリ殿が手加減をしたこと。カレン様に怪我をさせないよう気遣っていたことは、戦いぶりを見てわかっています。ですが……」
何かを言いかけたシルビアは、途中で言葉を切って首を横に振った。
「いえ、すみません。カレン様が負けたことで、少し気が動転していたようです」
これに「ああ、いや。気持ちはわかるよ」とだけ返した弘は、シルビアの「ですが……」に続く言葉が何だったのか考えてみる。
(たぶん、カレンに危害を加えたこととか、試合で彼女を負かしたこと自体について文句言おうとしたんだろうな)
だが、それは言いがかりというものだ。そして、そのことを理解しているからこそ、シルビアも言葉を途中で切ったのである。ならば、この件について弘から敢えて何も言うことはない。
カレンが目覚めるのを待っていた弘は、他の者達が近寄ってきたのを見て顔を上げた。皆、心配そうにしていたが、シルビアから説明を受けてホッとしている。その中で、ジュディスが弘に話しかけてきた。
「ねえ? 最後、どうなったの? あたし達からは土煙でハッキリと見えなかったんだけど。それに……あんな爆発があったのに、ヒロシったらピンピンしてるじゃない?」
「ん? ああ……」
見れば、他のメンバーも話を聞きたがっている様子。一瞬、「面倒くせぇ」と思ったものの、弘は試合終盤の模様について説明する。
手榴弾の爆発は、カレンを驚かせるためだったこと。覚醒能力の名は出さずに、特殊能力として説明し、自分自身には爆発の影響が無いことも話した。
「……そんなことが出来るようになってたのね。ほんと、どんどん凄くなっていくんだから」
「な~に、この後みっちり鍛え上げて……もっと凄くなってやるぜ」
そうジュディスに言い、弘は土煙の発生が偶然であったこと。そして、その土煙に紛れてスタン警棒による攻撃した事も続けて説明する。
「警棒は盾を投げられたんで駄目になったが、一緒にメリケンサックも召喚してたから。こっちのスタン効果でバリバリ……っと」
一通り説明し終えると、ラスが呆れ顔で弘を見た。
「それって……。土煙がなかったら、ナックルもカレンの目に止まって避けられてたかも?」
「あ? あ~……そうなってたかもな~」
カレンを爆発で驚かさせて足を止めるまでは予定どおりだったが、土煙がなければラスの言うとおりになった可能性がある。上手くカレンをはめたつもりで、実は運が良かっただけなのかもしれない。
(下手すりゃメリケンの一撃を躱されて、長剣で叩き斬られてた……か)
そう感じた弘は、少しばかり背筋が寒くなるのだった。そして同時に首も傾げている。気になったのは、試合中のカレンの戦いぶりだ。今、弘は『叩き斬られてたかも』と考えたが、そもそも試合は寸止めだったはず。なのにカレンは、フルスイングの攻撃が多かったように思う。
(口では、手加減するとか何とか言ってたけど。ん~……)
グレース達と相談しようかと思ったが、目の前でカレンが横になっているのでは、それもやりにくい。ならば、カレンが目を覚ましてから本人に聞くこととして、弘はグレースに目を向けた。試合の審判を務めていたグレースは、弘の隣に立ってカレンを見ていたが、弘の視線に気づき視線を合わせてくる。
「どうした、主よ?」
「そう言えばな。危ないと思ったら試合を止めるって話だったけど。結局、止めなかったよな? グレースから見て、止めるほど危なくなかったのか?」
それほど重要な質問ではない。ふと思っただけである。敢えて言うなら、カレンが目覚めるまでの時間潰しとしてグレースに話を振ったのだ。グレースも、その当たりは理解しているらしく、特に気負うでもなく普通に返答した。
「ああ。ジュディス達の位置からではわからなかったろうが、カレンが手加減しているのは見ていてわかったからな」
「えっ? 手加減してた? アレでか?」
実際に剣を交えていた弘としては、いつ避け損ねてズンバラリンと斬られるか……と必死だったのだが。そのことを弘が言うと、グレースは頷く。
「雰囲気でわかるだけだがな。ただ……」
最後の激突に関しては、土煙のせいでハッキリ判断できなかったらしい。この点については審判として申し訳ないと、グレースは弘に謝罪した。
「ああ、いや。いいんだ。気にしないでくれ」
意図的ではなかったとは言え、土煙を発生させたのは弘である。間近で戦っている弘やカレンですら視界不明瞭だったのに、距離を取っていたグレースが視認しづらかったと言って、謝る必要はない。そう弘は判断していた。
「あ、あのう……」
不意に下方からカレンの声が聞こえたので、弘とグレースは同時に視線を降ろす。そこではカレンが、シルビアに肩を抱きかかえられながら身体を起こしているところであった。
「おう! 大丈夫か? 気分悪いとか、そういうのはないか?」
弘はグレースとの会話を中断し、カレンの傍らで膝を突く。一見したところでは元気そうだ。少しボウッとしているようだが、それは目覚めてすぐだからだろう。立ち上がろうとするカレンに手を差し出したところ、カレンは「あ、ありがとうございます!」と嬉しそうに手を取った。
そして、弘の手を借りて立ち上がり、少し躰を動かすことでカレンは体調を確認する。その結果、スタン効果による麻痺も、鎧による増力の後遺症もないとのことで、シルビアの治療法術の威力に皆が感心していた。
「ご心配かけたようで、申し訳ありません!」
カレンがペコリと頭を下げると、周囲の者達から安堵の息が漏れる。カレンが気を失っている間は、程度の差こそあれ皆が緊張の面持ちであったが、ここでようやく肩の力が抜けたようだ。
「カレンちゃん。凄かったわ! あのヒロシを圧倒してたじゃない!」
「ジュディスちゃん。あう~……あ、ありがと……」
ジュディスが、目尻に涙を浮かべながらカレンを抱きしめている。しかし、健闘を称えるジュディスに対し、カレンは複雑な表情で口籠もっていた。カレンにとっては負け試合なので、素直に喜べなかったらしい。その後、ノーマやウルスラなどもカレンに話しかけているが、それらメンバーの様子は、弘から見たところ少しぎこちない様子だ。
「みんな。ちょっと気になってんだよ」
いつの間にか近寄っていたラスが、弘に耳打ちする。カレンの試合中における猛攻は、観戦していた者達から見てもおかしかったそうなのだ。
「カレンお嬢様がな。いくら試練だかに真剣だ……って言っても、あそこまでマジで戦うもんか? あんたら恋人同士だろ?」
ラスは、カレンが山賊時代の弘を討伐したことや、弘の恩人を殺害した件について気に病んでいたことも知っていたが、そのことには触れていない。弘はと言うと、「なんだ。みんなも変だと思ってたのか」と呟き、ラスに苦笑して見せる。
「アレじゃね~の? 戦ってるうちに気が乗ってくる……とか。そういう……」
「サワタリさん!」
弘がラスに話しているところへ、カレンが割り込んできた。声をした方を見ると、カレンがジュディス達から離れて駆けてくる。と言っても数歩分しか離れていないので、注意を向けたとき、すでに目の前にはカレンが立っていた。
弘は、両隣にラスとグレース、その他のメンバーをカレンの後方に見ながら、何か言いたげな恋人を見る。
「おう。なんだ?」
「あの、あの……すみませんでした!」
「はい?」
突然の謝罪に弘は戸惑う。自分は何か謝られるようなことをされただろうか。思い当たることと言えば、試合中のカレンの戦いぶりだが、それとて特別に謝られることではないと弘は考えている。だが、カレンが言うには、まさに『試合中の戦いぶり』の事について謝りたかったらしい。
「事前に、寸止めだ……って決めておいて。なのに、私ったら……」
「いや、試合中は大いにビビッたけど。それは、まあいい。俺は気にしてないからな。アレだろ? さっきラスにも言いかけたけど、戦ってる最中に気が乗ってきたとか、そんな感じで……」
幾分フォロー混じりであるが、紛れもない本心だ。弘が気にしていないことが伝わったのか、カレンは表情を和らげながら、それでも申し訳なさそうに言う。
「本当に申し訳ないです。ええ、私……戦ってるうちに、凄く楽しくなってきて。こんなこと言ったら、本当に自分勝手で恥ずかしいんですけど……。サワタリさんなら、私の全部を受け止めてくれそうな気がして……」
「お、おう……」
それは買いかぶりだ。試合中の自分は本当に焦っていた……と言いたいが、弘のプライドが言葉を押しとどめる。また、今更言うことでもない。その代わり、弘は胸を反らした。
「まあなんだ。どうってことねーし? 俺で良けりゃ、いつだって試合に付き合ってもいいぜ!」
それを聞いたカレンが「本当ですか! ありがとうございます!」と瞳を輝かせ、周囲の者達は「いいのか~? そんなこと言って~」と言いたげな視線を向けてくる。確かに現時点での実力関係からすると、カレンと試合をするのはきつい。だが、この先自分はレベルアップ作業に入るので、次にカレンと試合をすることがあっても今回ほど苦労はしないだろう。
それが弘の考えだったが、実に楽観的な考えである。また、実剣や実銃を使って試合することを、楽しげに語り合うのも問題だ。やはり、元は暴走族構成員なので、そういった危ないコミュニケーション(?)には抵抗がないらしい。
しかし、こちらの世界へ来てからのレベルアップで『賢さ』の数値が上昇しているためか、機嫌良く笑っていた弘はあることに気がついた。
(あ、あれ? 俺がレベルアップして強くなっても……カレンと試合するってなったら。また今日みたいに、手加減の方法を必死で考えなくちゃいけね~んじゃ……)
要するに、今回の試合の展開がまた繰り返されるという事だ。しかも、また勝てるとは限らない。その上、勝ったから気分が高揚していたが、冷静になって考えてみると『恋人と真剣勝負』するなど、やはり勘弁して欲しいという思いがある。
「うげ……」
幾分、顔から血の気が引いた弘が、カレンを見たところ……。
「シルビア! 聞いた? サワタリさんが、また試合してくれるんですって!」
「はあ!? カレン様、もういい加減にしてください。と、言いますか……」
ぎろっ!
疲れ顔で応対していたシルビアが、射貫くような視線を弘に向けてきた。俺を睨むなよ……と言いたい弘であったが、つい先程、「また試合しても良い」とカレンに言ったのは弘自身である。シルビアの抗議の視線を甘んじて受けていると、ジュディスと共にいたウルスラが近づいてきた。
「カレン様にも困ったものね~」
「はっはっはっ。まったくだ」
引きつった笑いを浮かべたところ、ウルスラは「む~」と唸りながら弘を睨みつける。そして、すぐに溜息をついた。
「わかってて笑ってるんでしょうけど。ヒロシもヒロシよ~。カレン様が暴走しそうなときは、彼氏のあなたが止めなくちゃ~」
「それを言われると痛いが、今回は試合中だったし勘弁してくれ。でもまあ、次から気をつけるよ。そん時は……ウルスラ達も協力してくれるんだろ?」
そう弘が言ったところ、ウルスラは少し身を引く。弘とカレンの問で何かあったら、それは恋人同士の問題だ。なのに、第三者の協力を求めるというのは、本来であればよろしくない。余程の問題であれば知人を頼ることもあるだろうが、事の始まりから頼るというのは……ウルスラ達の立ち位置が特別だからであった。
ウルスラは頬を赤くして、弘から目を逸らす。
「そ、そりゃあまあ~。そのとき一緒に居れば、出来る範囲でね~。……でも~、私達は弘に告白したんだから~。いつまでも保留だなんて、や~よ~?」
この場に居るターニャ以外の女性達は、弘に対して告白していた。そのうちで、告白を受け入れられたのはカレンとグレースの2人のみ。残る4人については弘が態度保留にしており、ウルスラは保留組の1人である。そのウルスラから急かされた弘は、バツが悪くなって頭を掻いた。
「……悪いなぁ。前から言ってるとおり、レベルアッ……いや、修行明けには、きちんと返事するから……って、うおっ?」
気がつくと、ウルスラの後ろにジュディスが立っている。その隣にはノーマが居て、離れようとするシルビアの手を掴んで放さないようにしていた。
「な、何で集まって来てんだ?」
「だって……。告白した~……って聞こえたし」
日焼けした肌を少し赤くし、ジュディスが口を尖らせる。目を合わさないようにブツブツ言ってるのを要約すると、ウルスラが弘にアプローチしているようだったので、自分達も混ざりに来たらしい。
「お、おう。混ざりにな……」
「ちが~う! う、ウルスラの様子を見に来ただけなの! てゆうか、そんなストレートに解釈するなーっ!」
ジュディスが腕をブンブン振りながら抗議するが、そのすぐ前に居るウルスラが「んもう~。もう告白した後なんだから照れることないのに~」と呟く声を、弘は聞き逃さなかった。そしてジュディスもウルスラの呟きを聞いたのか、不機嫌そうに……加えて恥ずかしそうに頬を膨らませている。
(カレンとジュディスで、性格やタイプはスゲー違うんだが……。カレンが子犬みたいだとしたら、ジュディスは猫って感じだな。そんな風に思ってるって知られたら、怒られるんだろうけど)
初対面時ではかなり印象悪かったジュディスだが、付き合いが長くなった今では、かなり可愛らしく感じている。さっきのような素直になれず騒ぎ立てる姿も、見ていて飽きない。
(ジュディスかぁ……)
気の合う女戦士。彼女が恋人になったら……毎日、退屈しなくて済みそうである。それに、可愛い女の子が恋人……というのは、やはり良いものだ。などと考えていると、思わず鼻の下が延びそうになる。
「ん、んんっ!」
複数女性が居る前で、だらしない顔はいかんだろう……と咳払いした弘は、まだ何か言っているジュディスを一先ず置いて、ノーマを見た。その視線を受けたノーマは、横目でチラッとジュディスを見た後、自分を指差している。
「私? 弘に色目を使いに来たのよ。試合に勝ったお祝いに、今晩どう?」
「……なんてゆーか清々しいな」
先程は、ジュディスの言い訳をストレートに解釈した弘であったが、こうも『どストレート』だと、からかう気にもなれない。むしろ弘の方が赤面してしまう。何より、昨晩はノーマに迫られてキスしているのだ。
(……意識しちまうじゃね~か)
「も、もうちょっと、言い方を工夫するとかあるんじゃないかぁ?」
そう言ってみたところ、ノーマは澄まし顔を赤面させる。
「ち、違うわよ。飲みに誘ってるの! みんなの居る場所で、床に誘ったりするわけないでしょ!」
ジョッキを持つような仕草で主張するため、弘は「ああ。酒ぐらいなら……」と応じた。本音を言うと、床に誘ってくれても良かったのだが、そこはそれ、ノーマが言ったように皆の前でとなると気恥ずかしい。
(出発するのは明日とかにして……。今晩飲むときにでも、俺から誘ってみるかなぁ……)
しかし、今のところ恋人ではないノーマとナニするのは、どうだろう。いや、行きずりの女性であるとか、かつてのグレースのように娼婦相手であるなら、単なる夜のお相手としても良いのだが……。
(『告白への態度保留中』ってのが、何とも微妙なんだよな……)
そういう立場の彼女を抱いた場合、責任は取るべきだろう。だが、そうすることで発生する問題が重大だ。つまり、既成事実ができたことで、ゲームで言うフラグが立ち、ノーマが恋人になったとする。じゃあ、残る3人……シルビア、ジュディス、ウルスラはどうなるのか? ノーマだけでなく、他の皆にも早急に態度を決定しろ……という事になりかねない。
(なりかねない……っつ~か、なるよな。絶対に)
皆に隠れて、ノーマとチョメチョメするとか……都合良く事を運ぶ自信が無い以上、今の段階で彼女に手を出すのはやめておくべきだ。そう判断した弘は、ノーマと今夜ギルド酒場で一緒に飲むだけの約束をし、今度は彼女が腕を掴んで放さないシルビアを見た。
「それで、シルビアは……。……さっきから、なんで逃げようとしてんだ?」
「逃げようとしてるわけじゃありません! 私は……ノーマ殿に引っ張ってこられたんです! これからカレン様の所へ行こうと……」
このように主張するシルビアは、先程からノーマに掴まれた腕を振りほどこうとしていた。しかし、必死さが足りない。腕力はノーマの方が上だろうが、本気で離れたいのであれば可能なはずだ。
(つまり、本気で振りほどこうとしていない……。あ~……ノーマが、なんかニヤニヤしてるし。ノーマも気づいてるんだな)
シルビアも弘に対して告白した1人であるから、概ねはジュディス達と同じ目的でここに居る……いや、留まっているのだろう。
(つ~か、ジュディスとは別方向で意地っ張りというか。いや、真面目って言うのか?)
ノーマが連れてこなければ、シルビアは元居た場所から動かなかったか、カレンと行動を共にしていたかもしれない。今だって、ノーマが手を放せば、カレンの居る場所へと移動してしまうだろう。そのカレンはと言うと、少し離れた場所でグレースと何かを話し合っている様子だ。
(何を話してるんだ? ……あの2人とは揃って交際中だから。ちょっと気になるな……)
「あの……サワタリ殿?」
「うん?」
シルビアに呼びかけられたので、カレン達に向けていた視線をシルビアに振り直す。するとシルビアが、心配そうに弘を見つめていた。
「サワタリ殿は……お怪我とかはないのですか? その、御様子が……」
「俺の様子? 試合でカレンに斬られたわけじゃないし。それに、ジュディスにも言ったけど、自分の攻撃ではダメージを受けな……。いや、でも……」
弘は、全身各所……と言っても、革鎧等の装甲が無い部分の何カ所かで、痛みを感じている。どうやら手榴弾の爆発で飛んだ土砂が当たっていたらしい。
(ここで初めて気がつくとか。カレンとの試合の興奮で、痛いのを忘れてたってか?)
今は消えている召喚具『特攻服』。その特殊能力『装備防具の防御力転写』によって、試合中の革鎧は実質2倍の防御効果を発揮していた。だが、非装甲部分は効果の対象外だったらしい。
「けど、心配ねぇって。打ち身とか擦り傷とか、そんな程度だし? こんなのは召喚具のタバコで治しちまうさ。知ってるだろ? あれを吸うと軽い怪我なんかは……」
そう言ってタバコを召喚しようとしたところ、シルビアが一歩進み出た。よく見ると、いつの間にかノーマが手を放している。
「シルビア?」
「サワタリ殿。その、お怪我ですが……私が癒してもよろしいですか?」
「お、おう?」
瞳を潤ませてシルビアが言うので、弘はドキッとしながらタバコ召喚を中止した。そして、近くに居るジュディス達を見ると……。
「そうそう。せっかく引っ張って来てあげたんだから。もっと押していきなさい」
「ぐぬぬ。あたしも法術が使えたらなぁ~……」
「私は法術使えるけど~。ヒロシが平気そうだから、気がつかなかったの~。不覚~」
偵察士と戦士と僧侶が、それぞれ何かを言っている。シルビアに治療を申し出られた時、弘は胸の高鳴りを覚えたが、こうしてジュディス達の声を聞くと「雰囲気壊れるよな……」と思ってしまう。そんな弘であったが、シルビアが返事を待っているので彼女に向き直った。
「じゃ、じゃあ。せっかくだから頼めるか?」
「は、はい!」
弘からの依頼を請け、シルビアは不安げだった表情を明るくする。そして、スッと伸ばした右手……掌を革鎧の胸板部分に当てた。
「神よ。この戦士の傷を癒したまえ。大いなる光の力、癒やしの輝きあらんことを……」
シルビアが祈りの言葉を唱え出すと、掌のあてがわれた部分から温かい波動が生じ、それは弘の全身へと広がっていく。これが召喚タバコの治癒能力だと、タバコの美味さを満喫しているうちに気がついたら傷が治ってる感覚なのだが……。
「召喚タバコと随分違うな。こっちのが良いわ~。いや、それにしても……」
「なんです?」
治癒が完了したらしく、シルビアが不思議そうな顔で弘を見つめる。
「シルビアと初めて会った頃に、こうやって怪我とか治して貰っただろ?」
「え? はい。テュレの町で……その、サワタリ殿が棒打ち刑を終えた後……でしたね」
あの時の弘の有様を思い出したのか、シルビアが痛々しそうに弘を見つめる。対する弘は、凄い発見をした気分でシルビアに語りかけた。
「思ったんだけどな。あの時、シルビアに治療法術をかけて貰って、けっこう気持ち良かったんだ。なんつ~か、癒される~……って感じで」
「は、はあ。それは……どうも」
弘が唐突に昔話を始めたので、シルビアは面食らっている。弘のセリフ内容からして、褒めているのは理解できているようだが、それに対し上手くコメントできない様子だ。
「それで……さっき打ち身とか癒して貰ったときに感じたんだけど。なんか違うんだ」
「違う?」
シルビアが怪訝そうに問うと、弘は大きく頷く。
「ああ! なんかこう、テュレの時より気持ち良かったと言うか……シルビアのから、温かい波みたいなのが伝わってきてな……」
「あっ……」
一声発したシルビアが、そのまま黙り込んだ。何か思い当たることがあったらしい。が、そのまま俯いてしまったので、弘を含め、周囲に居る者達はワケがわからず顔を見合わせる。しかし、その中で1人、シルビアと宗派は違えど同じ僧職者のウルスラが弘を見て言った。
「事情は良くわからないけど~。それなら聞いたことがあるわよ~。治療法術は~、怪我が治るくらいだから、対象者は気持ちいいのよ~。……でもね~」
ウルスラが言うには、その際に僧侶側から波のような感覚が伝わることがある。それは、僧侶が思いを込めて法術をかけているときに起こる現象らしい。
「思いを……込める?」
ぼふっ!
元々赤くなっていたシルビアの顔が更に赤くなり、今日が寒い日であるなら湯気が見えそうなくらい熱を帯びている。
「へ、へ~え。思いを込める……ねぇ~」
「は、はうううう!」
意地悪げにジュディスが言うと、シルビアは両手で顔を覆ってしまった。当事者の一方である弘も、シルビアの乙女な反応に驚き……やはり顔が赤くなる。こういった弘達の様子を、少し離れてラスとターニャが見ていたが、ラスの数歩分隣りではカレンとグレースがいて、同じように弘達を見ていた。
「うんうん。微笑ましいな。皆、順調に思いをぶつけているではないか」
グレースが満足そうに頷いている。カレンはと言うと「あは、あははは。そ、そうですね」と苦笑するのみ。英雄色を好む。族長には多くの配偶者が必要。そういったエルフの……グレースの考え方にも、そろそろ慣れてきていたのだ。
「ところでな……」
カレンが苦笑し終えたタイミングで、グレースが隣で立つカレンを見下ろしつつ言う。話しかけられたカレンが、上背のあるグレースを見上げたところ、グレースは次のように問いかけてきた。
「カレンは先程、サワタリとの試合が楽しくて仕方がなかった……と、そんな風に言っていたが。……本当にそれだけか?」