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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
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第百三十四話 深夜の訪問者

 カレンとの練習試合において、召喚火器を使用すべきか否か。そのことで散々悩んだ弘は、思考停止に陥り酒場を後にする。しかし、彼1人中座した程度では宴会は終わらない。複数パーティーの冒険者らにより、宴会は更なる盛り上がりを見せていたが……。


「少し、外で涼んでくる」


 弘の左隣で飲んでいたグレース。彼女は誰に言うでもなく宣言すると、席を立った。


「ああ。じゃあ、私も……」


 続けて席を立ったノーマは、小走りにグレースを追いかけていく。その様子をテーブルに残された者達は見送ったが、少しの間を置いてジュディスが席を立った。彼女の場合は、シルビアやカレンの後ろを回り込んで、弘の席……つまり、カレンの左隣に腰掛けたのである。


「ねえ? カレンちゃん? 今の話、聞いてたんだけどさ……」


 ジュディスは、エール酒の入った陶器製コップを置くと質問をした。


「練習試合で、ヒロシに全力を出させたいのよね? そして、さっき言ってた理由。あれ以外に何かあるんじゃないの?」


「ジュディスちゃん。どうして……そう思うの?」


 眼を細め、観察するように見てくるカレンに対し、ジュディスは呆れ顔で手を振る。


「だぁって。カレンちゃんが仕事関係以外で、人の嫌がることを無理に押し通すなんて。そんなの今まで見たことがないもの。きっと、それなりの理由があるんだろうな~って」


「ジュディスちゃん……」


 困り顔のカレンがジュディスの名を呼ぶと、ジュディスはニコニコ顔となってカレンの返答を待った。その様子を見たカレンは、ハアと溜息をつく。


「わかった。説明するわよ。でも……このことは、サワタリさんには内緒よ?」


「ええ、もちろん。って、ちょっと待って! そんな内緒話、ここでして良いの!?」


 質問したジュディスが言うのも何だが、ここにはシルビアやウルスラ、ターニャにラス。そして、その他大勢の冒険者達が居る。パーティー内の身内話をするのなら、別室で話した方が良いのではないか。このジュディスの指摘を受けて、カレンは「それもそうね!」と頷いたが、ここでウルスラが「な~に~? どうかしたの~?」と近づいてきた。 


「ヒロシの話をしてるんだったらぁ、私も混ざる~」


 普段から間延びした物言いなので、酔いのために口調が変わっているどうか判断しづらい。ただし、ウルスラの顔は赤くなっており、彼女が酔っていることを見る者に知らしめていた。


「当然、私も会話に加わりたいですね。カレン様の試練に関係するようですし……何より、危険な話題だったように聞こえましたので!」


 続けて参加宣言したのはシルビアである。カレンの右隣で座っていた彼女は、目を逸らそうとするカレンをジイッと睨んでいた。ちなみに、ウルスラと違って完全に素面の雰囲気だ。頬が紅潮すらしていないので、それまで酒を飲んでいたのが信じられないほどである。


(……このテーブルの中じゃ、一番飲んでたはずなんだけど。どうなってんのよ!? てか、聞いてたんならカレンちゃんを止めなさいよね!)


 内心舌を巻き、そして呆れつつもジュディスは席を立った。そして、蛇に睨まれたようになっているカレンを見ながら言う。


「フェルトン達に一言断ってから、2階の宿部屋を借りましょう。パーティー部屋が良いわね。そこで、カレンちゃんの話を聞く……ってことで」


 この提案に皆が頷く。頷いたメンバーには、ラスとターニャが含まれているため、テーブルに残った者の総意ということで良さそうだ。しかし、ここでラスが挙手する。


「そういや、グレースとノーマが外に行ったままだけど。あの2人は、ど~すんだ?」


 これを聞き、皆が顔を見合わせた。先程、グレースが外で涼むと言って席を立ち、同じ理由でノーマが付いて行ったのだが……。


「2人で何か話してる感じ……よね?」


 ジュディスが言うと、そのことに感づいていたシルビアやラスが頷く。その後、暫く話し合ったが、グレース達が戻るのを待って、2階の宿部屋へ移動することとなった。


「もう少し待って戻ってこないようなら、あたしがグレース達を呼びに行くわ」


 そう言うと、ジュディスはカレンの左隣……元は弘が座っていた席で、エール酒の追加を注文するのだった。



◇◇◇◇



 カレン達が酒場のテーブルで話し合っていた頃。

 外に涼みに出たグレースとノーマは、ギルド支部の外壁に寄りかかって立ち、こちらも話し中であった。


「それで? ノーマは、どう思っているのだ?」


 グレースが通りを見やりながら、隣で立つノーマに問いかける。深夜帯であるため人通りは少なく、時折ではあるが冒険者パーティーを見かける程度だ。恐らくは依頼地への到着時間に合わせ、深夜出発しているのだろう。それらをグレースと同様に見送りながら、ノーマは答える。


「だから、ここでアドバイスをするとか……。ヒロシの相談相手になるだけでも好印象かな……と」


「ほう。我も、そう思うが……」


 長身同士。ほぼ同じ背丈のノーマを、グレースは面白そうに見た。悩んで混乱している弘を手助けするのは、確かに良い手だろう。だが、それはジュディスやウルスラ達も考えつくはずだ。


「その点は、どうする? 早い者勝ちか?」


「そのとおり、早い者勝ちよ」


 ノーマは壁に背を付けたまま、内部の様子、気配などを探り出す。


「テーブルの位置に、ヒロシ以外の全員が居るわね。……あ、席移動はしてるようだから、何か相談でもしてるのかしら?」


「凄いな。さすがは偵察士。壁越しで、そこまで把握できるとは……」


 偵察士が、その名のとおり偵察任務に適した職種であるとは知っていた。しかし、こうして職種特有の技能を発揮されると、やはり感心してしまうのだ。


「我もエルフの聴覚で、ある程度把握できるが……」


「森の中なら、節々で偵察士よりは上でしょう? 獣の気配を探るとか……」


 そう言ってノーマはフォローする。とはいえ、専門的な訓練をした偵察士が相手では、やはり及ばない部分が多いのだ。


(私に言わせれば。生まれ持った身体能力だけで、偵察士じみたことが出来る方が凄いのよね)


 そこは敢えて言葉に出さず、ノーマは壁から離れた。そして酒場側に向き直ると、ギルド支部の屋根を見上げる。


「ふむ。屋根上からサワタリの部屋を探すつもりか。部屋に入るのは窓からか?」


「その方がドキドキ感があってイイと思うのよ。……って、止めないの?」


 夜這いをすると言ってるも同然なのだが、弘の恋人であるグレースは平然としていた。意外に思ったノーマが聞くと、グレースは苦笑しながら肩をすくめる。


「後輩が頑張っているのを邪魔する気はないな。せいぜい頑張ることだ」


「後輩……ねえ」


 グレースが言った言葉を復唱しながら、ノーマは微妙な気分になった。確かにグレースは、すでに弘と恋人同士の間柄。その一方で、ノーマは弘に告白したものの態度保留中の身であり、良い返事を貰えるようアピールせねばならない立場だ。

 確かに、先輩後輩といった図式が当てはまるのだが……。


(なんか、面白くないのよね……。グレースのことは好……嫌いじゃない方なんだけど)


 元はヤクザな盗賊稼業だったせいか、他人から後輩……目下者のように見られることは気に入らなく感じる。だが、せっかくグレースが協力的なのだし、利用できるものは何でも利用するべきだろう。


「お言葉に甘えて、好きにさせて貰うとするわ。じゃあ、私は行くけど。1つ頼めるかしら?」


「わかっている。酒場に戻ってカレン達の話を聞き、後で教えれば良いのだな?」


「あ、あなたね……」


 淀みなく答えたグレースを、ノーマは呆れ顔で見る。


「察しが良すぎでしょ?」


「年の功という奴だ。伊達に長生きはしておらんのでな。さあ、早く行け」


 グレースが追いやるように手を振ると、ノーマは一瞬嫌そうにしたが、何も言わず跳躍した。そして、1階窓のひさしに上がると、今度は2階窓に手を掛けて這い上がり……あっという間に、屋根上へ到達して姿を消したのである。


「おう。さすがは偵察士。見事なものだ」


 グレースは森エルフであるから、やはり身軽であり、今のノーマとほぼ同じ事ができる。しかし、それは種族特有の身体能力によるものであり、職業的に訓練したわけではなかった。


「それにしても、ああいう技術面ではノーマの方が上だな。やはり、ノーマはサワタリのパートナーとして必要だ」


 自分とノーマが居ることで、パーティーの索敵能力や捜索力は、通常の冒険者パーティーよりも大きなものとなる。また、ノーマは盗賊ギルドに顔が利くはずなので、そのこともパーティーにとって有益だろう。それに……。


「カレンとは違った意味で、ノーマとは気が合う。これは重要だな。うむ」


 1人頷いたグレースは、酒場の中へと戻っていく。そこでは、まだ宴会が続けられていた。各パーティーは酔いつぶれる者が出だしているが、残った酒に強い者が騒いでいる。そんな中で元居たテーブルを見ると、カレン達が寄り集まって話し中であった。


 ヒククッ……。


 エルフ特有の長い耳で聞き取ってみたところ、料理の感想や、弘と別れてからの予定などを話し合っているようだ。


(むっ? 先程のサワタリの様子について、何か語り合ってるのかと思ったが……)


「あ、グレースさんが戻ってきましたよ!」


 カレンがグレースを見て言うと、他の者達もグレースに視線を向けてきた。それら仲間達からの視線を浴びつつ、グレースはカレンの前まで行き話しかけている。


「なんだ? 我を待っていたのか?」


「うっ……。胸が……」


 座ったままのカレンと、立っているグレース。この位置関係だと、グレースの大きな胸が顔のすぐ近くに来るため、カレンはたじろいだ。が、すぐに咳払いをし、グレースの問いかけに答えている。


「ええ。少し御説明したいことがあって……。あの、ノーマさんのことも待っていたのですが。ノーマさんは?」


「ああ、ノーマなら用があると言ってな。そのまま別れた」


 用件の内容については説明しない。言えば、カレンはともかくジュディス達が騒ぐからだ。


(ノーマが何処までやる気かは知らぬが。足を引っ張ることもあるまい)


「で? カレン達は何をしているのだ? 雑談ならば我も混ざるぞ?」


「いえ、実は……」


 カレンが言うには、弘について思うところがあるので、それを皆に話しておきたいらしい。その『皆』にグレースとノーマも含まれるので、2人を待っていたのだ。


「でも、ノーマさんが……」


「それなら気にしなくて良い。我が代わりに話を聞いておくことになっているからな。ノーマには、後で我が話しておこう」


 これを聞き、カレンがキョトンとした表情で「そうなんですか?」と確認してくるので、グレースは頷いて見せた。 


「まあ、任せておけ。では、人数も揃ったことであるし。その話とやらを聞かせて貰おうか。それと確認するが……」


 グレースは、カレンから皆に視線を転じつつ言う。


「この場で話すのではない……と思って良いのかな?」

 


◇◇◇◇



 時間は少し遡る。

 1人で2階に上がった弘は、ギルド受付で1人部屋を借りると、あてがわれた部屋へ転がり込んだ。酒が入っているせいか少し眠い。


「う~……」


 ボウッとした表情のまま、革鎧とブーツを脱ぎ、木製寝台へ身体を投げ出す。


 ギシィ!


 木製寝台が悲鳴をあげるが、そんなことよりも弘が気にしたのは……カレンのことだった。カレンは、全能力使用の自分と戦いたがっている。だが、それは銃器でカレンを攻撃するということなのだ。


(カレンの着てる鎧が、どの程度の代物か知らないが。西洋甲冑って、トカレフの銃弾を防げるのか?)


 仰向けに寝ながらステータス画面を展開し、召喚コマンドからトカレフの項目まで移動する。そこには、召喚アイテムに関する解説などが記されていた。


(あ~……なになに? 口径の割に炸薬が多いから高初速……ああ、飛び出るときに弾が速いのな。それと、高値の材料を使うのが嫌で弾芯に鉄を使ってるから、結果的に貫通力が高い……か)


 とはいえ超硬金属ではないから、専用の徹甲弾のようにはいかないなど。様々な情報が記載されている。その中で弘を落胆させたのは、鉄板程度は貫通するという文言だった。


「これを再現してるとしたら、もう思いっきし駄目そうじゃん。鎧とか貫通しちまうだろ?」


 カレンの装着する鎧が、ファンタジーRPGで言う『魔法の鎧』だとしても(弘が知らないだけで実際にそうなのだが)、召喚銃器が相手では分が悪い。そう弘は考えていた。


(俺が召喚する銃器の類は、MPで再現したもんだ。MPは、こっちの世界で言う魔力とは別物らしいが……。物理的なブッ壊しをMPで再現してるから、魔法攻撃みたいなものなんだよな?)


 魔法の鎧に魔法攻撃をしてるも同然なのであって、出力さえ上回れば、やはり鎧を貫通してしまうことだろう。となるとトカレフですら危険であり、覚え立ての召喚具……自動小銃AK-47などは、もっての外ということになる。


(拳銃より威力があるんだもんな~。じゃあ……手榴弾でビビらせる。ってのはどうだ?)


 銃の類は危ないので他を模索したわけだが、手榴弾だって大いに危険だ。近くで爆発したら破片効果や爆風で酷いことになるし、かといって外して投げたら爆風等を避けられるだろう。


(それにアレだろ? 手榴弾の爆発とかは、距離を取って伏せればやり過ごせる……って漫画とかで読んだぜ。カレンは馬鹿じゃね~から、そのあたり気づいてるかもな……)


 仮に伏せて爆風回避したとしたら、隙が生じるはずだ。そこに乗じて襲いかかれば、試合に勝てるかも知れない。


(いや駄目だ。カレンが避けることを期待して手榴弾を投げるとか、そんな危ない賭けができるか!)


 やはり、銃や爆弾の類は使わない方がいい。では、刀剣類の召喚具で戦うとしたらどうだろうか。


(長巻でカレンの動きを追いきれるか? 駄目なら、日本刀だな。刀なら小回りが……。……けどさ、カレンと鍔迫り合いになったら。俺、力負けするんじゃね~の?)


 森での対オーガー戦を思いだしてみる。あの時、オーガーの能力に弘が力負けしていたのに対し、カレンは押し通っていた。持久力については不明だが、少なくとも、瞬間的な力ではカレンの方が上らしい。


(……前から思ってたけど……変だよな? カレンって、何であんなに強いんだ?)


 この世界はファンタジーRPG風の世界であるが、ゲーム的な超人は少ないように弘は思う。カレン達から聞いた話では、特殊な修行を積んだ騎士などが、常人を凌駕する戦闘力を発揮するそうだが……。


(カレンは、そういう感じじゃないしなぁ)


 貴族の御令嬢だから、剣の稽古をすることもあるだろう。しかし、訓練された超人騎士というイメージは、やはりカレンに似合わない。他に思い当たる『強さの要因』としては、パワーアップ系のアイテムを所有しているかどうかだ。


(例えば、ジュディスに渡した『夜の戦乙女の指輪』みたいなのだな)


 その考えで、大方は間違いないだろう。そう弘は思っていた。だが、カレンの強さの秘密を推測したからと言って、彼の悩みは解決しないのである。


「俺自身が、どう戦うか……だもんな~」


 コンコン。


「うお!?」


 突然、ノックをされたので弘は跳ね起きた。単にノックされただけなら、ここまで驚きはしなかっただろう。しかし、そのノックは窓から聞こえたのである。


「ヒロシ? まだ、起きてるわよね?」


 それは、弘と行動を共にしている女性偵察士。ノーマの声だった。


「ノーマかよ。なんで窓からノックするんだ? てか、俺の泊まり部屋の外で何してんだよ?」


「ふふふ。ヒロシが驚くかな……って。入っていい?」


 弘が「……いいから、とっとと入ってくれ」と答えたところ、音もなく窓が開き、窓枠上方からノーマが姿を現す。そして身を翻すや、滑り込むように窓から入ってきた。


(お~……。雑伎団みたいな動きだ。てか、俺、窓につっかい棒とかしてなかったんだな)


 己の不用心に舌打ちした弘は、足を下ろすと木製寝台に腰掛ける。そして、ノーマに座るよう言った。


「何か話があるんだろ? 今、明かりを用意するから」


 ステータス画面からアイテム欄を開き、弘はランタンと火口箱を取り出す。そして持ち前のパワーで火種を用意すると、それをランタンに移した。


(スタン着火しても良いんだけど。そこはそれ……気分の問題だな)


 こうして室内は明るくなったが、弘の隣……木製寝台に腰掛けたノーマは少し不満そうにしている。


「なんだ……。明るくするのね」


「部屋が暗いままで何する気だったんだ? ひょっとしてナニか?」 


 下品な冗談を飛ばす弘。しかし、ノーマが「え? したいの!?」などと乗り気であったため、そのニヤけた表情を引っ込めた。


「……乗ってくれたところ悪いんだけど。今は、そういう気分じゃなくてな……」


「知ってる。カレンと試合する話でしょ? 酒場での話は聞こえてたわよ? ヒロシの召喚術で、例えば爆発したり火を吹いたりするのを使って良いとか何とか……」


「そ~なんだよ……」


 弘は良い相談相手が見つかったとばかりに、悩みを打ち明ける。本来、こういったことは恋人のグレースに話せばいいのだろうが、「恋人が2人居て、その一方に対する悩みをもう一方に打ち明けるってのは、なんか変じゃね?」と弘は考えていた。


(で、そんな悩みを第三者に相談するってのも、相当アレなんだが……。もう、なんてゆ~か誰かに聞いてもらわね~と……) 


寝ることは勿論、落ち着いて朝を迎えることすらできない。幸いなことに、この部屋にはノーマが居るだけなので、相談時間を設けるには最適だ。後は、彼女が他の誰かに話を漏らすかどうか。それが気になるところだ。


(けど、そんなの気にしてる場合じゃね~ぜ!)


 精神的に追い詰められていた弘は、ノーマに語った。カレンと試合をするのは、やぶさかではない。だが、怪我をさせたいわけじゃないこと。ましてや殺す気もないこと。できれば刀剣類だけでの試合にしたいこと。しかし、カレンの要望を叶えられない場合、カレンがどう思うかが気になること。冒険者としてのカレンの気持ちを尊重したいこと。


「そういうわけなんだが。俺……もう、どうしていいやら……」


 一気に話しきった弘は俯き、ダハアアア……と息を吐く。直前まで酒を飲んでいたため、かなり酒臭い。それが自分でも気になった弘は、穏やかな表情で聞き入っていたノーマを見た。


「いや、すまん。酒臭かったか? とにかく誰かに聞いて貰いたかったんだが、愚痴やら悩み事ばかり話しちまったな」


「いいのよ。1人で解決できない悩みなんて、抱え込んでも辛いだけ」


 そう言うとノーマは、上半身を弘に寄せ、木製寝台へついた弘の手に手の平を重ねてきた。そして顔を寄せて来る。


「お、おい……」


「じっとしてて……」


 ノーマが耳元で囁くので、弘は背筋が震えるような感覚を覚えた。先程は、色っぽい展開になりかけたのを自分で軌道修正したわけだが、こういう事を続けられると我慢ができなくなりそうだ。


(最後に女を抱いたのは……ディオスクの娼館でだっけ? 随分前に感じるな)


 溜まるモノは溜まっているので、そろそろ発散しておきたい。だが、一方で「今は、それどころじゃない」という思いもあった。そんな風に心揺れる弘は、続くノーマの言葉を聞いて一気に頭が冷えることとなる。


「ねえ、ヒロシ? 私と逃げない? 全部投げ出して、2人だけで旅するの」


「はあっ!? な、何言ってんだよ……」


 愕然として顔を離す弘に、ノーマは微笑みかけた。

 カレンを怪我させまいとすれば、カレンの意思に添えない。逆にカレンの意思に添うよう戦えば、カレンに大怪我をさせる可能性がある。ひょっとしたら殺してしまうかもしれない。だが、いっそのこと何もかも放り出し、姿をくらませば……。


「少なくともカレンに怪我させることはないわね。それに、あなたと戦えなくて失望する彼女の顔を見ないで済むわ」


「いや、それは……そうだけど。でも、それは……」


 上手く言えないが何とか反論しようとした弘を、ノーマは手の平を顔前に出すことで制した。


「ヒロシ? 時間に余裕があるのなら、のんびり悩むのもいいわよ? だけど試合は、この後……朝になったらするんでしょう? 腹をくくるなら早いほうがいいし、こっそり逃げるにしても暗い内の方がいいと思うの」


「おま……いや、ノーマは、それでいいのか? だって……」


 お前と言いかけたのを、弘は寸前で言い直す。その上で次のように問いかけようとした。

 恋人から難しい要望を受けて悩み、解決しきれず、別の女と手を取り合って逃げ出す。自分の好きな男が、そんな奴で良いのか……と。

 そういう質問内容を頭の中で用意したとき。弘は、その情けない内容にショックを受けた。


(なんなんだ俺は? 恋人からの難儀な願いを前にして、別の女を連れて逃げる? 馬鹿じゃねーの? ダサすぎるだろ?)


 少なくとも、ノーマと逃げるという選択は却下だ。では、どうするか。逃げないと決めた場合、先程までの悩みが残ったままとなるのだ。


(予定どおり試合で戦うとして。カレンに大怪我させずに済むか? 鉄砲や爆弾を使うんだぞ?)


 どう考えても難しいと思う。だが、逃げる選択肢を放棄した今、弘に戦う以外の道はなかった。


(カレンの希望なんか無視して、長巻や刀だけで戦う手もあるけど。俺は……カレンの意思を尊重したいんだ)


 使えるものは使ってカレンと戦おう。そう腹をくくった弘は、黙ったままジッと見つめてくるノーマを見返した。


「……ノーマ。やっぱ俺……逃げるの無しだわ」


「じゃあ、カレンと戦うのね? 全力で」


 確認してくるノーマに、弘は頷いて見せる。

 上手くやれるかは、わからない。だが、戦うと決めた以上は全力を……いや、最善を尽くすのだ。


「まあ、状況に応じての話だけどな。アレもコレも使って、カレンに大怪我させないようにしながら戦う。難しいが……やるしかね~よ。もう決めたんだ」


「そっ。じゃあ、好きにしなさいな」


 素っ気なく言うノーマであるが、その表情は、どことなく嬉しそうだ。一緒に逃げようという誘いを断られたというのに、何か嬉しく感じる要素でもあったのだろうか。


「あっ……」


 ふと思い当たることがあり、弘は一声発した。


「ひょっとして、俺のことを試してたとか?」


「それだけじゃあ半分ね」


 妖しく笑うノーマは、木製寝台から腰を上げる。そして一歩踏み出すと、クルリと弘を振り返った。


「確かに。誘いを受けた貴方が、どういう選択をするのか。そこに興味があったのは事実よ。でもね、私はヒロシを本気で誘ったの。駆け引きとか、そういうのじゃあなくてね。だから、誘いを断られたのは本当に残念。けれど、カレンを思って最善を尽くす選択をした時のヒロシ……素敵だったわ。あなたを好きになって良かった」


「ノーマ……」


 ランタンの明かりに照らし出されたノーマは、身体にフィットした黒系の衣服にズボン。そして同じく体型に合わせた黒塗り革鎧。これらを着込んだ、偵察士としての旅姿である。機能優先の衣装であったが、弘は今のノーマを見て綺麗だと感じていた。


(いや、普段から綺麗なんだけど。何て言うか、色っぽさもあって……やべぇ。ドキドキしてきた……)


 こんな魅力的な女性から、自分は好きだと告白されている。それを思うと嬉しさが込み上げてくるが、同時に弘は思い出していた。ノーマの告白に対する返事を、自分は保留にしていることをだ。


(もう保留とか、どうでもいいや。今ここで、ノーマに返事しちまうか?)


 彼女の告白を受け入れる。そういった意味合いのことを口に出そうとした弘は、ふとシルビアやジュディス、そしてウルスラの顔を思い出して口をつぐんだ。


(ちょっと待てよ。今、ここでノーマの『告白に対する返事』をしたとしてだ。その調子で1人ずつ順番に同じ事をするのか? いや、例えばジュディスとウルスラに、2人同時で……とかあるかも知れないけど。でも、それって……)


 そうすることは、自分を好きだと言ってくれてる女達に順番……順位を付ける行為のような気がして、弘は気分が悪くなった。つまらない思い込み、あるいは理屈だと思うが、嫌なものは嫌なのだ。


(やっぱレベル上げの作業が終わって、次に再会したとき。そこで、全員に返事をしよう)


 そう考えた弘は、告白への返事をいったん止めにして、ノーマに話しかける。


「1つ聞きたいんだけど。俺が何もかも放り出して、ノーマと逃げる。そう決めてたとしたら、どうしてた?」


「そういう『もしも』の話は無粋よ? でも、今は機嫌が良いから答えてあげる」


 ノーマは少し前屈すると、両手を伸ばして弘の頬を挟んだ。そして顔を寄せながら言う。


「答えは、それでも一緒に逃げてた……よ。無理をして色々台無しになるよりは、逃げた方が正解ってこともあるじゃない。それに言ったでしょ? 本気で誘ったんだって。好きな男と2人旅だなんて、最高だわ」


「そっか……」


 ノーマのような美人に、ここまで慕われている。弘は舞い上がりそうな気分となったが、気合いで表情を引き締めるとノーマに礼を述べた。


「ありがとうな。ノーマ。相談に乗ってくれたおかげで、踏ん切りがついたぜ。それに……さっきまでグダグダ悩んでたのが、すっきりした」


「どういたしまして。大したことはしてないのだけどね」


 そう言ってニッコリ微笑むノーマであるが、彼女の両掌は弘の頬をロックしたままだ。


「それで、だな。なんで俺の顔を掴んでるんだ?」


「んふふ。その……ね。相談に乗ってあげた御褒美が欲しいかな……って」


「ご、御褒美? あの、俺は朝になったら試合で……」


 ノーマが窓から入ってきたときの会話を思い出し、弘は言い逃れようとした。それを聞いたノーマは小さく苦笑する。


「違うわよ。今日のところは、これで……」


 両頬を挟んでいた手の平が離れたかと思うと、ノーマの手がスルリと伸びて弘の頭部を抱きしめにかかった。その結果、急速にノーマの顔が近づいて……。


「んむっ!?」


「……んっ。ふう……む、ふぁ……」


 唇を重ね舌を絡める。それは極短時間であったが、深いキスであった。


「ふう……」


 弘から離れたノーマは、唾液で濡れた唇を一舐めすると薄く笑いながら目を細める。


「御褒美、いただいたわ……。続きは、また今度ね……」


「あ、ああ……」


 言葉少なに返事をした弘は、自分の唇に指先を当てた。そこには、まだノーマの唇の感触が残っている。このとき弘は、自分の気持ちがノーマに対して傾ききっていることを自覚していた。


(やべぇな。俺って奴は、何だってこう……気が多いんだ)


 しかも、自分はまだノーマの告白に対して確たる返事をしていないのである。複雑な気分となった弘は頭を掻くが、その間にノーマが窓側へ移動していた。


「なんだ? 行っちまうのか?」


「ええ。ここに来た目的は達成したもの」


 その目的というのが、弘の相談に乗ることであったのは明白だ。弘の悩みが解消し、カレンとの試合に向けて覚悟を決めたことで、彼女の目的は達成されたのである。


「ほんとは最後までしたかったけど。今は駄目よね」


「なんだって?」


 呟きが聞き取れなかったので確認しようとするが、ノーマは笑って首を横に振った。


「内緒よ。そんなことより。私は酒場に戻るけど、あなたは試合に向けて、少しでも寝ておきなさい。それと……」


 窓枠に足を掛けていたノーマは、枠の上部を掴みながら弘を振り返る。


「まだ何かあるのか?」


「……カレンとの試合が終わったら、そこで別行動よね? じゃあ、お別れするまでに……」


 暫し沈黙してから、ノーマは再び口を開いた。


「シルビアに優しくしてあげて」


「シルビア?」


 突然、ここに居ない女性の名を出された弘は戸惑う。木製寝台から腰を浮かし、窓へ近寄ろうとしたが、それよりも早くノーマが窓下へ姿を消した。


「だって、あの娘が一番脆そうだし……」


「えっ? あ、おい!」


 窓から外を見まわしても、もうノーマの姿は発見できない。いや、先程酒場に戻ると言っていたのだから、1階に下りればノーマと会うことはできるだろう。


「けど、そこで聞いて話して貰えるくらいなら、さっき言ってたよな?」


 詳しく話したくない理由でもあったのだろうか。大いに気になるところであり、すぐさま部屋を飛び出して、1階酒場へ行く……ことを考えたものの、弘は実行に移さなかった。


『シルビアに優しくしてあげて』


 そう言ったノーマの声が、再び聞こえたような気がしたからだ。同時に、重ねた唇の柔らかさも思い出され……何となく気の抜けた弘は、浮かしていた腰を木製寝台に下ろしなおしている。そして、そのまま仰向けに寝ると、ランタンの明かりに照らされた天井を見上げた。


「やれやれ。朝になったら試合だってのに……。ああ、朝飯とか食ってからでいいのかな? ともかく、シルビア……シルビアねえ」


 弘が知るシルビアという尼僧は、傍目には『包容力のある、お姉さん』という感じだが、その言動はキツい……というイメージだ。


(実際には優しい性格だし、カレンのために一生懸命なのを見てると……何だか手伝ってやりたくなるんだよな)


 そんな風に思い出したのは、いつの頃からだっただろうか。思い出そうとしても、中々思い出すことができない。そのうち眠くなってきた弘は、重くなった目蓋に抵抗しきれず目を閉じた。意識を失う瞬間、彼が思い出していたのは……自分に対して告白したときのシルビアの真剣な表情だった。


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