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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
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第百三十二話 カレンのお願い

 オーガーを倒し、すべて解決したと判断した弘達。だが、森を出た彼らが見たものは、行方をくらましていたタイリース達の死体と、自分達に剣を向ける冒険者らの姿であった。


「おい、聞いてんのか? なんで俺達に剣を向ける? もう一度言うが、そのまま襲ってきたら全力で……」


 迎え撃つ。

 そう言いかけた弘であったが、テント群の近くに居る冒険者らが顔を見合わせたので言葉を切った。男性戦士4人が構えていた剣を降ろし、集まって話をしているが……。


「誤解や勘違いみたいなのが解けた……と思っていいのかな?」


 自信がないので左方に居たラスに聞いたところ、「俺に聞くなよ」という返事。それもそうかと弘が冒険者達の様子をうかがっていると、男性戦士の1人が剣を下ろしたまま手を振った。


「すまん! あんたらも正気じゃないかと思ったんだ!」


「あんたらも?」


 そう呟いた弘は、すぐ手前……キャンプ地の一角を見る。そこでは、タイリースが仲間の戦士や偵察士の死体の上で仰向けになっていた。彼の身体には矢が何本も突き立っており、それは彼の仲間も同様だ。あふれ出た血液で、死体周辺の地面はドス黒く変色している。


(くせぇ……。死臭って奴が漂ってるな。これに気がつかなかったたぁ……)


 自分の間抜けさ加減に、弘は腹が立った。だが、考えてみれば偵察士のノーマや、感覚の鋭いグレースが気づかなかったのはおかしい。


(オーガーを倒したってんで、皆浮かれてたのかな?)


 そのようなことを考えながら、弘は手に持ったトカレフを消し、相手方に歩み寄った。そして、まずは自分達に剣を向けた理由について聞いてみる。弘達は言いがかりを付けられた側なので、こちらが先に聞いて良いと判断したのだ。


「ああ、わかった。落ち着いて聞いてくれ」


 男性戦士……フェルトンと名乗った男は、以下のようなことを説明する。

 少し前、時間的には夜明け前のことだ。森から獣のような雄叫びが聞こえたかと思うと、タイリース達が飛び出してきたのである。当時は見張り役として戦士が数人、テント外に出ていたのだが、相手が顔見知りのタイリースだったので対応が遅れた。


「その襲撃で、こっちは2人怪我させられてな。タイリース達は、相手が自分のパーティーメンバーだろうが、お構いなしに暴れたんで……。しかたなく遠巻きに攻撃したんだ。魔法や弓矢でな」


 結果としてタイリース側は、彼を含めた4人が全員死亡。彼らの死体は、キャンプ地一角に積み上げたまま放置し、フェルトンは他のパーティーを誘ってクロニウスに戻ろうとしていたらしい。


「タイリース達が、いつ森に入ったのかは知らん。けど、あんな風になったんじゃ、あんたらも……こう言っちゃなんだが望み薄だと思ったんだよ。新たに怪我人も出たし、色々と限界だったのさ」


 ところが、帰り支度を始めた頃になって事態が好転する。それまで昏倒したままだった僧侶達が、一斉に目を覚ましたのだ。


「それで怪我人も治療できたし。行動がしやくすくなったんで、帰り支度に加速がついたんだ」


「なんだよ。帰る方針は、そのままだったのか?」 


 ラスが突っ込むと、フェルトンは真面目な表情で頷く。


「事態が、かなり危険なことになってると思ったからな。それで再度、荷物をまとめていたところへ……」


「俺達が森から出てきたってわけだな」


 そう言うと弘は、フェルトンが頷くのを見ながら唸った。


(タイリース達が変になって襲いかかって来た……か。やっぱり魔気が原因かな?)


 オーガーとの戦闘中。急激に魔気の濃度が上昇したが、その影響をタイリース達は受けたのだろう。魔気に当てられて凶暴化した後、自分達を拘束する縄を引き千切って、森の外へ向かった。その結果は、フェルトンが話したとおりである。

 弘は、魔気の影響に関する推測をブリジットに確認したが……。


「以前にお話ししたように……魔気が高濃度になると、通常は体調を崩します。しかし、その人物の人格や性質によっては凶暴化することもあるでしょう」


 とのことであり、それを聞いた弘は溜息をついた。


「どうか、したんですか?」


「ん? お、おう」

 

 問いかけてくるカレンを見た弘は、自パーティーの面々を見回す。


「魔気の影響を受けたタイリース達が、おかしくなるかも知れない。それはブリジットから聞いてわかってたことだ。……俺が、連中をブリジットの守護から外さなければ……」


 タイリース達がキャンプ地の冒険者達を襲うことはなかっただろうし、反撃を受けたタイリース達が死ぬこともなかった。そう告げたところ、パーティーの面々は揃ってムッとした表情となる。


(うっ……。なんか間違ってた……かな?)


 弘自身、言いながら「俺、後ろ向きな考え方してるな」と考えていたが、やはり聴衆に対する受けは良くなかったらしい。


「あのねぇ、ヒロシ?」


 弘の名を呼びながらノーマが一歩進み出る。その眼光は鋭く、弘には彼女が怒っているように見えた。


(つか、怒ってるんだろうな……)


 この後は、ノーマによる説教が始まるのだろうが、弘は敢えて待ち受けることにする。そうして身構える弘に対し、ノーマは真正面から語り出した。


「確かに、ブリジットの守護の枠内に含めていれば。タイリース達は、正気のままだったかもしれないわ。でもね、あなたは正気のままのタイリース達が、また襲撃してくるかも知れない。そう思って、決断したんでしょう?」


「……ああ、そうだ」


 弘が答えると、厳しい表情だったノーマは一転して表情を和らげる。


「なら、胸を張りなさい。あなたはパーティーを、私達を守ることを優先しただけなのだから。そして、それはパーティーのリーダとして間違った判断ではないのだから」


「……俺の判断。パーティーを優先……」


 そう呟く弘は、他のパーティーメンバーらが、自分を見つめていることに気がついた。皆、ノーマの意見に同意してると言わんばかりに、温かな視線を向けている。


(けっ……)


 弘は内心、舌打ちをした。こうやって人から諭されたりするのが、実は大嫌いなのである。つい、反抗してしまうのだ。


(そういう性格だから、暴走族とか入ってツッパってたんだけどな)


 暴走族在籍時の自分なら、「説教なんか聞きたかねーよ!」と言っていただろうが、同じことを今するわけにはいかないのは理解できている。ここは日本ではないし、今の自分は暴走族構成員ではなく冒険者だ。しかも、パーティーリーダーとして仲間の命に責任がある。


(責任か……重たいねぇ。この世界に来る前じゃ『責任』なんてピンとこね~んだろうが。実際に冒険者働きをして……パーティーリーダーもやって。それで色々、身体で学んじまったからなぁ)


 クリュセダンジョンでも感じたことであったが、この森でも引き続き、仲間の命を預かる者としての責任感……それを持つこと、持たねばならないことを深く認識したのである。


 すうううハアアア……。


 目を閉じ、弘は大きく深呼吸をした。そして目を開けると、反応を待っている様子のノーマを見た。


「……わかった。俺は、ちょっとばかし思い違いをしてたみたいだな。以後、気をつけるわ」


 その言葉に皆が頷き、弘は何となくではあるが胸に生じていた『重さ』のようなものが消えたのを感じている。こうして仲間内で良い雰囲気になったわけだが、一連の会話を聞いていたフェルトンが、弘に問いかけてきた。


「おい。今の話を聞かせて貰ったが……タイリースが襲ってきたって、なんだ? あんたらも襲われたのか?」


「あ~……いや、実はな……」


 弘は森の中で起こったことを、必要箇所だけ抜き出しながら説明する。話の内容的にブリジットの能力についても話すことになったが、それ抜きで話すとなると弘には説明しきれなかったのだ。


「なるほど、そういうことだったのか……。おい、ちょっと……」


 一通り聞き終えたフェルトンは、他パーティーのリーダー達を呼び寄せ、彼らと話し出した。そして数分後、フェルトンを含めた4パーティーのリーダー達は、揃って弘の前に立つ。


「お? なんだよ?」


「タイリース達のことなんだが……」


 各リーダーを代表してフェルトンが話し出した。

 タイリース達が森から飛び出してきたとき。森の外に居た冒険者達はとっさに反撃したわけだが、タイリース側を全滅させた後で……皆が頭を抱えた。自分達は襲われた側で、いわば被害者である。だが、タイリース達はタイリース達で、同じ雇い主に雇われた冒険者なのだ。


「迎え撃った中には、タイリースのパーティーメンバーも居たんだが。結果だけ見たら、手柄争いで殺し合いになったように見えはしないか……と。そこをギルドに疑われたら面倒だな……とか」


「ああ……なるほど」


 フェルトンの説明に頷きながら、弘は背筋に冷たいものを感じていた。森の中でタイリース達が襲ってきたとき。弘達は上手く立ち回って捕縛したが、展開によっては彼らを殺害していたかもしれないのだ。その場合、フェルトン達の悩みが自分達に降りかかっていたことだろう。


(今、フェルトン達とは普通に話をができてるが、下手したらタイリースを殺した件で揉めてたかもな……)


 弘は額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。その仕草を見て弘の考えていたことを察したのか、フェルトンが苦笑する。


「しかし、だ。今のサワタリの話を聞いて、ギルドに言い訳が立つよ。いやあ助かった」


「ああ、そう」


 フェルトン達はニコニコしているが、弘の表情は渋い。立場が逆の状態で、今の事情を説明したとしよう。フェルトン達……4パーティーのリーダーらは信じてくれただろうか。


(タイリース達が死んだ件を、全部俺達が悪いことにして……。俺達の言い分は、何一つ聞かない……なんてな)


 その上で、冒険依頼の達成功績を横取りする。そんなシナリオが、弘の脳裏に浮かんだ。考えすぎだと思いたいが、自分程度が思いつくのだから、フェルトン達が考えつかないわけがない……とも弘は思う。


(ま、仮定の話だけどな……)


 今のところ、フェルトン達は友好的であることだし、後はキャンプ地を引き払いクロニウスに戻って、報酬を受け取ったり皆と別れたり。事前の段取りどおりに行動するだけだ。


「それとな……サワタリ?」


「あん? まだ、何かあるのか?」


 弘が視線を向けると、フェルトンは僧侶達が回復したことについて礼を述べた。いや、彼だけではなく、他の3パーティーのリーダー達(全員が男性戦士である)も礼を言う。


「森から離れようとすると僧職者の命が危ない……ってのは、あんたらの実験でわかってたが。それでも移動はしようとしてたんだ。それだけ、タイリース達の件で危機感を覚えたってことなんだが……」


「……坊さん達には謝っとけよ?」


 弘が指摘気味に忠告すると、フェルトン達は揃って「そうする」と答えた。その上で、フェルトンはニカッと笑う。


「しかし、各パーティーの僧侶達は助かった。話を聞いた限りじゃサワタリ達のおかげだ。だから礼を言いたかった」


「そっか。じゃあ……」


 弘は最初にフェルトンを、次いでジュディスを見ながら口の端を持ち上げる。そのまま、少し下向きにした人差し指でジュディスを指した。


「この依頼の成功報酬。ジュディスのパーティーの取り分が多めってことでいいよな?」


「ええっ!? あの、ヒロシッ!?」


 突然、話に巻き込まれたジュディスが驚きの声をあげる。しかも弘は、成功報酬について、勝手に他パーティーと交渉しているのだ。その驚きは大きなものだろう。


(ちょっと勝手だったかな?)


 今の自分はジュディスパーティーに加入している状態なのだから、こういったことはジュディスに任せるべきなのだ。とはいえ、弘は今が交渉のしどころだと思っている。


(連中、俺達に恩義を感じてる最中だからな)


 時間がたって落ち着けば、受けた恩は別にして報酬分配を考えだすだろう。しかし、今なら有利に交渉ができるはずだ。


(意地汚いとか、せこいとか。そういう風に思われるかもしれんが……なぁに、交渉してるのは、この俺だ)


 ただでさえ人相の悪い自分が、多少イメージが落ちたところで痛くも痒くもない。そこまで計算して、独断で報酬交渉を持ちかけたのだが……。


「くっくっ……。ははは。わかったわかった。それで良いよ」


 笑いながらフェルトンが言い、他のリーダー達も同意を示す。


「そもそも、あんたらだけでオーガーを倒したんだからな。そりゃあ、そっちが功績大なのは当然さ」


「こっちは初戦でホブゴブリンにしてやられた後、ずっと森の外で休憩してたんだ。分け前を貰えるだけでありがたいよ」


「俺もフェルトンや、みんなの意見に賛成だ。それにな……」


 妙に聞き分けが良いので弘が訝しんでいると、男性戦士の内の1人がニンマリ笑った。


「サワタリ。あんたは確かに強いが、あんたが何を考えて報酬交渉を言いだしたかぐらい。俺達には、お見通しってことさ。……ここが勝負所だものなぁ?」


「へっ?」


 呆気にとられる弘の前で、パーティーリーダー達が「似たようなことした経験、あるからなぁ」「ああ、俺もやったことあるわ」などと盛り上がっている。 


「……う~……上手くいったから、結果オーライ。……でいいのか?」


 どすっ!


 いつの間にか背後に忍び寄っていたジュディスが、弘の背……腰の上あたりに軽く拳を叩き込んだ。革鎧の上からであり、当然ながら痛くも痒くもない。だが、振り返った弘は、ジュディスの眉間に皺が寄っているのを見て思わず上半身を引いた。


「む~……ヒロシぃ~?」


「あ、いや。今ならいけるかな~……って思ったもんで、つい……」


 恐らく、ジュディスは本気で怒ってはいない。怒っている振りをしているのだ。そのことは弘にも読み取れるが、つい先程、報酬交渉の思惑を読み取られたばかりで焦りを感じており、なかなか上手く言い抜けることができないでいた。

 沢渡弘。冒険者ヒロシ・サワタリとして知られる彼は、その大きな戦闘力とは裏腹に、少女から詰問されてオロオロしている。そのギャップが笑いツボを突いたのか、フェルトン達が笑い出した。弘がムッとして視線を向けると、カレン達も苦笑している。


「ああ、もう! なんだってんだよ!」


 きまりが悪くなった弘は、誰に言うでもなく不平を漏らすのだった。



◇◇◇◇



 事情説明や状況把握が終わり、各パーティーはクロニウスに戻ることとなった。

 徒歩で森まで来たパーティーもいたが、別パーティーの馬車に相乗りしている。これにより各パーティーが揃ってクロニウスへ移動できるので、達成報告はスムーズに終えられるだろう。


「証拠品は、オーガーの腕……か」


 ノーマが御者を務める馬車の荷台で、弘はステータス画面を開き、アイテム欄を閲覧した。そこには各種物品と共に、『オーガーの腕』が表示されている。フェルトンらとの話を終え、ジュディスも落ち着いたところで森へ入り直し、腕を切り取ってきたのだが……。


「ヒロシは、色々と物を隠し持てるんでしょ? 皆が乗る馬車に積み込んだら臭くて仕方がないから、オーガーの腕はヒロシが持ってなさい」


 と、ノーマが主張したことで、アイテム欄に収納することとなったのだ。荷物持ちを言いつけられた形であるが、弘自身、良いアイデアだと思ったので気分を害したりはしていない。


(そ~だよ。なんで今まで思いつかなかったんだ? 討伐対象の死体を持って帰れば、ギルドの完了検査とか楽でいいじゃん?)


 何故、今まで思いつかなかったか。アイテム欄を見ながら、考えた弘であったが、理由はすぐに思い当たった。例えば、ギルド支部の2階……受付前まで行って、そこでオーガーの死体をアイテム欄取り出ししたとしたら、どうだろう。


(受付嬢がビビる。てか、騒ぎになるな。あ~……そのあたりが気になったから、今までやらなかったのかもな)


 だったら、町に入る直前にアイテム欄取り出しをして、そこから人力で運べばよい。しかし、それだと死体の部位ぐらいしか持ち運べないだろう。


(いや、今の俺のステータスなら、オーガーの死体ぐらいは引きずって行け……駄目だな。悪目立ちしちまうか……)


 都市門近辺からギルド支部へ向かう大通り。そこをオーガーの死体を引きずりながら歩く自分を想像して、弘は軽く頭を振った。やはり、アイテム欄収納するにしても、全体ではなく部位のみにしておくべきだろう。

 そこまで考えた弘は、ふとあることが気になった。


(オーガーの腕を収納したから『オーガーの腕』か。……腕1本でもオーガーってわかるのか? 表示名って、何を基準に決まってるんだ?)


 例えばリザードマンの足を収納したら、『リザードマンの足』と表示されるのだろうか。収納時にアイテム名登録の作業がないので、何を根拠にアイテム名が表示されるのかが弘は気になった。


(……そうか、芙蓉に聞けばいいんだ)


 今までは自分で悩み考え、おそらくは……と推測で判断していたが、今は補助システムの芙蓉が活動中である。彼女であれば、ある程度のことはわかるだろう。


(芙蓉? 今、話しができるか?)


(なんじゃな?)


 すぐさま頭の中で声が聞こえた。ただし、初めて彼女に会ったときのように、イメージとして姿が見えることはない。その点を質問したところ、「脳裏にイメージを出すのは、あまり良くないと判断したからだ」とのこと。


(例えばじゃ。戦闘中、脳裏に妾の姿がチラついていては気が散るであろう? こうして他人と行動している最中、妾との会話に夢中になるのも問題があるし……)


 野外活動中、モンスターの接近に気がつかない要因にもなりかねない。以上のような理由から、脳内会話に関しては音声のみで慣らしておくべきだろう……と芙蓉は言う。


(ま、その気になれば姿は見せられるがの)


 そう言うや、芙蓉は弘の脳裏にだけ自身の姿をイメージ投影して見せた。相変わらず、可愛らしい姿であり、弘は自宅近所の幼児を見ている気分となる。


(アレだ。よこしまな感覚じゃなくて、微笑ましいとか。そんな感じ)


(ぐぬぬ。淫らな目で見られんで幸いじゃが、幼児扱いも気にいらんのじゃ~)


 何故か悔しそうにしている芙蓉は「何の用で呼んだんじゃ!」と会話を急かしてきた。


(ああ、いや。アイテム欄の表示名のことだけどな)


 疑問に感じていたことを聞いてみると、芙蓉は訳知り顔……あるいは得意顔となって含み笑いをする。


(くっくっくっ。何じゃ、そのようなことか。知りたいか?)


(いや、知りたいから呼んだんだけど……)


(ノリが悪いのう。まあ良い……)


 今度は、つまらなさそうな顔となって芙蓉は弘に説明してくれた。

 彼女が言うには、アイテム欄収納する際、システムは初回アイテムであるかどうかを検索するらしい。以前に収納したアイテムであれば、判明している名称で表示し、初めてのアイテムであれば……。


(直前の会話ログから、該当するアイテム名を探し出し……表示名とするのじゃ!)


(会話ログだと!?)


 随分とゲームシステムらしい単語が飛び出したので、弘は驚いた。


(じゃあ、俺が忘れてるような話の記録とか、そのまま再読できたりするのか!?)


(ん? おお! そういう使い方もできるか! 貴様は頭が良いのぉ!)


 褒められているのか貶されてるのか、よくわからない。

 弘は微妙な気分となったが、その一方で、芙蓉が会話ログの利用法について、アイテム名の検索用としか認識していないことを知り、驚いている。


(……見た目どおり、お子様なのかも……)


(こ、子供扱いするなぁ! 自我を持ったのが先程のことなのじゃぞ! すぐにアレコレ知恵を働かせるものか!)


 涙目で訴える芙蓉に対し「悪かったよ」と詫びを入れ、弘は会話を再開した。


(じゃあさ、よくわからないモンスターの腕とか収納したら、どうなるんだ?)


(その場合は、先程も説明したように名称検索をする。そうそう、簡易的にではあるがアイテム鑑定も行うな。それで正体が判明しなければ、やはり会話ログから、適当な語句を拾ってきて表示名とするのじゃ)


 今度は『鑑定』という言葉が出てきたので、弘は唸る。それがゲーム用語と言うだけではなく、正体不明のアイテムを鑑定する機能まで備わっていることに感心したのだ。


(言っておくが、あくまで簡易じゃからな?)


 芙蓉が釘を刺してきた。元々は、この世界で概ね知られている物程度であれば、自動的に名前表示する。そのための機能であるらしい。


(てこた、わけわからんモンスターの腕を収納して。それが鑑定できない場合は……)


(先程もゆうたが、貴様等の会話ログから適当な名称を拾い上げるか……。そうじゃな、『モンスターの腕』とでも表示されるであろうな)


(なるほど……。不確定名ってわけか。あ、でも考えてみりゃ、解放能力の『対象物解析』を使ったら……。それで名前とかの判明率が高くなるよな)


 時折、妨害を受けて役に立たない対象物解析であるが、芙蓉が言った簡易鑑定と併用すれば、弘が期待したとおりの効果をもたらすだろう。


(今度、試してみるとするか!)


(盛りあがっているところ悪いが、簡易鑑定は『対象物解析』を自動で行っておるだけじゃぞ?)


(……それを先に言え)


 なんとも微妙な気分となった弘だが、アイテム欄収納に関する疑問が解消されたことで概ね満足している。その一方で、こうして芙蓉と話をしていると気になることが一つあった。芙蓉は一見、時代劇のお姫様のような格好をしている。その口調も、姫様っぽい。しかし……。


(思うんだが。芙蓉の口調って、お姫様言葉ってのとは違う気がするよな?)


(どういう意味じゃ?)


 不思議そうに首を傾げる芙蓉に対し、弘は考えたままを伝えた。芙蓉は、『時代劇』や『お姫様言葉』といった単語がよくわからないようであったが、やがて口を開く。


(この妾の姿は、貴様の意識からイメージの断片を集めて構築したと……以前に言うたであろ? この口調も同じじゃ。構築した容姿イメージに対し、貴様が想定するであろう口調を採用しているに過ぎぬのよ)


(ほ、ほほう……)


 説明を受けた弘は、口調までもが自分のイメージから採用されていたと知り、驚いた。そして「それって、どうなんだ?」とも思っている。と言うのも、自分は『お姫様言葉』に詳しいわけではないからだ。


(芙蓉の口調に違和感を感じたのは、アレだ。「~してたもれ」とか、そういう言い回しをしないからなんだよな。何て言うんだっけ? お姫様言葉?)


 より正確には、公家言葉や御所言葉に近いものであろう。しかし弘は、そういった言葉遣いに詳しくない。だから、お姫様的な口調と言っても、漫画やドラマで見聞きした物をイメージしてしまうのだ。


(イメージしてしまうのだ! ……って、それだと正確な言い回しにならないんじゃないか?)


 弘は今までに漫画等で見た、姫様的な言葉を喋るキャラクターを思い起こしてみる。


(……ですわ、ですのよ……みたいなのは、お嬢様言葉って感じだし。芙蓉みたいな口調……ってことになると……)


 幼女に近い年頃で、女性の高齢者……しかも多少、時代劇風な喋り方をするキャラクターを弘は連想した。


(……ロリ婆って奴か? 漫画なんかで、たまに居るよな? それでいて、一人称が『妾』ときたか……)


 芙蓉の口調の原因について、徐々に思い当たっていくのだが。考えれば考えるほど、芙蓉が不憫に思えてしまう。


(なんだか悪い……いや、申し訳ない。姫様とか婆さんとか、混ざった口調しかイメージできなくてよ?)


(……姫はともかく、老婆の口調混じり? なんという事じゃ……)


 脳裏に浮かぶ芙蓉のイメージが突っ伏した。その落ち込み様は、見ていて気の毒になるほどであり、かける言葉を弘は思いつけない。そのまま十数秒、芙蓉は固まっていたが、やがて顔を上げると弘に問いかけてきた。


(のお? この口調、妾には似合っておらぬか?)


 その表情も声も、不安一色に染まっている。似合わないと言われることが怖いのだろう。質問を受けた弘は、少し考えてみた。そして、目の前の幼女……芙蓉に対してハッキリと言う。


(似合ってるぜ? 時々言い回しがきついが、頑張ってるって言うか……元気な感じが出てて可愛いと思うし。それに、個性的で良いんじゃね~の?)


(そ、そうか! そう思ってくれるか!)


 先程まで後込み様は何処へやら。芙蓉は立ち上がり、駆け回るようにして喜びを表現している。


(芙蓉が居るところって、真っ暗闇なんだが……。足場とか、どうなってんだ?)


「……シ? おい、ヒロシは寝ちゃったのか?」


 弘が首を傾げていると、ラスの声が聞こえてきた。芙蓉と会話しているうち、脳裏に浮かんだ彼女のイメージに集中しようとして目を閉じていたのだが、それが周囲の者には眠っているように見えたらしい。


(これが戦闘中だったら危ないな。いや、いくらなんでも目をつむるこたぁないか)


(うむ。音声だけで済ませるか、周囲にイメージを投影するか。そのように妾が配慮するであろうからの。では……用があれば、また呼ぶが良いぞ?)


 最後にそう言うと、弘の脳裏から芙蓉の姿が消える。消えたと言っても、また術士システムの補助に戻っただけなのだ。弘は消える寸前の芙蓉の笑顔を思い出すと、微かに笑みを浮かべつつ目を開けるのだった。



◇◇◇◇


 

「いや、寝ちゃあいない。ちょっと考え事をしてたんだ」


 目を開けた弘は、馬車荷台の座席……斜向かいでターニャと並んで座るラスを見た。ラスの隣には、少し間隔を置いてジュディスとウルスラが座っている。自分の右隣にはカレンとシルビアが居て、左隣にはグレースが腰掛けていた。皆、弘を見ているようだが……。


「俺に、何か用だったか?」


「違うのよ~。ヒロシがねぇ、疲れてるのかな~って……。ほら、目をつむってたじゃない~」


 答えたのはラスではなく、ウルスラだった。彼女と初めて会話をしたのは、ジュディスパーティーに初めて加入した頃で、和風美人な顔立ちと口調のギャップに驚かされたものだ。


(今じゃ、もう慣れちまったけどな)


 そんなことを考えながら、弘は視線を巡らせる。すると荷台後部……幌が開放されている部分から、後続の馬車が見えた。その馬車は、フェルトンのパーティーがレンタルしている物で、タイリースパーティーの残存メンバーも相乗りしている。


「だから考え事をしてたんだって」


 芙蓉との会話内容は、自分の能力に関係するため、弘は黙っておくことにした。代わりと言っては何だが、フェルトンの馬車を見ながら話を続ける。


「タイリースのパーティーメンバーがな。これからどうするつもりだろうな……って」


 何となく目に付いた馬車から、タイリースの仲間達のことを思い浮かべたのだが、弘は話しながら本当に気になってきた。

 パーティーリーダーと、主要メンバーを一度に失う。しかも、その死には自分達も関わっている。もしも自分が彼らの立場だったとしたら、どんな心境になるだろうか。


(ゴメスさんが殺さ……死んだとき。俺は、その原因をつくった奴に怒りを覚えた。憎しみを感じた。けど……もしも、ゴメスさんが襲いかかってきて、俺が殺したとしたら……)


「……ちっ」


 その情景を想像した弘は一瞬、トカレフを召喚して自分の頭を撃ち抜きたくなった。恩人たるゴメスを殺害する自分。あくまで仮定の話であるが、そんな自分が許せなかったのである。

 タイリースパーティーの生き残りは、森の外で居た男性僧侶と女魔法使い。彼らも、その様な気持ちになっているのだろうか……と弘が考えていると、右方で座るシルビアが発言した。


「彼らの心境は直接聞かなければ、わからないことです。しかし、クロニウスに着いた後の行動は予想できますよ」


「え? マジかよ? 連中は、どうするってんだ?」


 弘が聞くと、シルビアは何でもないことのように答える。


「新しいパーティーメンバーを集めるんですよ。2人だけでは冒険依頼を請けても、遂行するのは難しいですからね」


 普段、カレンと2人だけで行動していることは、完全に棚に上げているようだ。それが気になる弘であったが、今は話題の方に集中すべきだと判断し、続けて質問する。


「パーティーのリーダーが死んだばかりなのにか? 随分と切り替えが早いな」


 弘としては納得いかないのである。が、それを聞いて今度はジュディスが口を開いた。


「だって冒険者なんだもの。そうしないと食べていけないわけだし……。ああ、冒険者を辞めて別の仕事に就くとか、帰る家があるなら帰るとか……。そういう選択肢もあるわね」


「な、なるほど……」


 納得しかけたところに、今度はラスが「いや、連中だって悲しい……とか、自分がリーダーを殺っちまった……とか。そういうので悩んでると思うぜ? けど、そればかり考えててもしかたないって事だよ」と補足する。


(芙蓉との会話に集中していたことを誤魔化すつもりで話を切り出したが……。冒険者について、また一つ学んじまったな)


 シルビア達が言ったことは、考えてみれば当たり前のことばかりである。しかし、この世界……あたかもファンタジーRPGのような、この異世界が、決して都合の良いゲームなどではないことを弘に再認識させてくれたのだ。

 弘は揺れる馬車の荷台で、今聞いた話を反芻する。そして思った。


(ジュディスに会うために来た森だったけど……。来て良かったぜ)


 心からそう思う。そして、おさらいのつもりで森に到着してからのことを思い出していると……あることに弘は気づいた。


(そういやホブゴブリンをやっつけた後。皆と休憩してたときに、カレンが何か言ってなかったか?)


 あの時、カレンは弘のことを強くなったと褒めてくれていた。そして、そんな強くなった弘に願い事があると……。


(オーガー退治が終わってウルスラが助かったら、そのことを話す……とか言ってたんだよな?)


 時間を取らせる話ではないと言っていた気もする。果たして何を願われるのだろうか。カレンの背負った試練は、オーガーの単独撃破であるから、その手伝いを頼まれる可能性は低いはずだ。


(いや、今回のオーガーが大型のホブゴブリンを引き連れてたみたいに、他のモンスターが一緒に居るかも知れねーな。そいつらが邪魔しないよう、露払いでも頼む気かな?)


 考えているうちに、弘の視線が右隣で腰掛けているカレンに向いた。それに気づいたカレンが、座高差で少し上にある弘の顔を見上げる。


「どうかしましたか?」


「ああ。森で休憩してた時、俺に願い事とか頼み事とか。そういうのがあるって言ってなかったか?」


「……そ、そうでした!」


 パン!


 大きな声で言いながら、カレンが手の平を打ち合わせた。荷台内に居る者達が驚きの視線を向ける中、カレンはニコニコしながら弘に言う。


「私、サワタリさんと決闘をしてみたいんです!」


「おう、そうだったか。けっと……はぁっ!?」


 カレンの要望を復唱しようとした弘は、自分でも滑稽だと思うほど間の抜けた声をあげ、カレンを凝視した。他の者達はと言うと、どう反応して良いか解らず硬直している。ただ1人、変わらずニコニコしているカレンが、大きく頷きながら再び口を開いた。


「決闘です! サワタリさん、私と戦ってください!」


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