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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
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第百三十一話 森の外で……

 そちらの方は、どなたですか。

 そう言って芙蓉を指差されても、弘が語れることは多くない。彼が知っていることと言えば、自分の召喚術を1つのシステムと見立てたとき。その補助システムが芙蓉だということだけだ。


「で、基本的には、俺の頭の中に居るって事でいいんだっけ? その姿だって、そう見えるようにしているだけで、ブリジットみたいに実体化とかは出来ないんだよな?」


 聞きかじりの知識を、教わった相手である芙蓉に確認しつつ披露する。なんとも締まらないが、そこまで話した弘は続きを芙蓉に丸投げした。


「後は芙蓉が説明してくれ。さっきはじっくり聞けなかったら、俺も聞きたいし」


「うむ。わかったのじゃ」


 頷いた芙蓉は、弘の脇……頭の高さほどで浮きながら、カレン達からの質問を受け付ける。

 そして判明したことは、次のとおりだ。

 弘が説明したとおり、彼女は召喚術士システムの補助システムである。召喚術士システムが何であるのか、誰が作り出したものなのかは不明。これは、芙蓉自身の知識に制限がかかっていると思われる。 


「知識や発言に制限……ですか。呪いみたいなモノでしょうか?」


「違うと思うが……。もし呪いだったら、シルビアが何とかできそうか?」


 そう弘が聞くと、シルビアは暫く黙した後で首を横に振った。


「呪いであれば、ある程度は……。ですが、芙蓉殿からは呪い……呪詛のような気配がありませんので……」


「そっか。……じゃあ、呪いの類じゃないってことでいい……のかな? となると、システム上の制限って感じか……」


 ゲーム感覚や、パソコンを扱うときの感覚で弘は考えてみる。とはいえ、魔法が存在する異世界の話なのだから、こういう事は魔法使いに聞くべきかもしれない。弘はターニャに視線を転じたが、視線を向けられた意図を悟ったのか、ターニャは首を横に振った。


「わかんね~のか……。……そのうち王都に行くから、王都ギルドのジュードさんにでも相談してみるかな? けど、そうなると俺の素性を話さなくちゃ……。面倒くせ~なぁ。……今のところ特に害もないみたいだし。暫く、このままでいいか。じゃあ……」


 弘は他に質問がないかパーティーメンバーを見回す。皆、特に聞きたいことはなさそうだ。……いや、ターニャが挙手している。


「はい! 芙蓉さんは、何か魔法の知識はありますか! 良ければ教えていただきたいのですが!」


 魔法絡みの話題になると、ターニャは勢いが良くなる。


(普段は「ですぅ」とか「ですよう~」みて~な、頼りない口調のくせに……)


 ターニャを見ながら、弘は頭の中だけで呟いていた。

 一方、芙蓉はどうしたかというと、ターニャの質問に対して申し訳なさそうに答えている。


「妾の魔法に関する知識は……並の魔法使い程度と思って貰って良いな。それほど変わったことは知らぬと言うことじゃ」


「なんだ。そうですか……」


 つまらない。その気持ちを顔で表現しながらターニャが言うと、芙蓉は泣きそうな顔で弘を見た。


「あうううう……」


「え~と……。ターニャは魔法に関しちゃ色々と、まあ……あんな感じだから」


 魔法に関しては弘も詳しくはない。詳しくない者同士ということで、多少は芙蓉の気持ちがわかるのでフォローしてみたが、それで気を取り直したらしく芙蓉は笑顔になる。


「う、うむ。貴様が、そう言うのであれば……」


「おう。ともかく……だ。これから芙蓉とは、一緒に行動するわけだからな。色々と俺に教えてくれ」


「良いとも! この妾に任せるのじゃ!」


 元気になった芙蓉は、薄い胸を拳で叩いた。

 そして……この様子を、カレンやジュディスが面白くなさそうに見ている。


「あの2人……。なんか仲良くない?」


「ジュディスちゃんも、そう思う?」


 突如として出現した少女が弘と仲よさげなので、カレン達としては大いに気になるのだ。2人は暫く弘と芙蓉を見ていたが、やがてカレンがジュディスに話しかけた。


「でもね、ジュディスちゃん? あの芙蓉って子……ブリジットとは違って、実体化できないって話よ?」


「本人の言葉を信じるならね。それがどうかしたの?」


 ジュディスが聞き返すと、カレンは人差し指を立てて言う。


「実体化できないのなら、少なくともライバルにはならないと思うの」


「ああ、なるほど! でも、さっき弘が言ってたけど……弘の中に居るんだから、ず~っと一緒に居るってことなのよね?」


「うう。それは……少し嬉しくないかも……」


 女の子2人で語り合い、喜んだり深刻になったり。実に忙しないが、その様子をカレンの隣でシルビアが、ジュディスの隣ではウルスラが立って見ていた。


「き、気持ちはわかるんだけど~。芙蓉って子の容姿からして、ヒロシの恋愛対象からは外れてると思うの~。年齢的な意味で~」


「カレン様にジュディス様。芙蓉殿のことは気になりますが。今は、オーガーを倒した後処理を優先しましょう」


 後処理とは、他パーティーにオーガーを倒したことを伝えたり、魔気の糸などがどうなっているか。そもそも、森に充満していた魔気について調べるのが先ではないか。そうシルビアが言うと、その場に居た者達は「そう言えば、そうだ!」と我に返る。

 無論、弘も例外ではなく、芙蓉との会話を中断するとジュディスを見た。


「ブリジットは……今、大丈夫か?」


 ブリジットは憑依変身が解除されるなり姿を消したそうだが、もう回復している頃かも知れない。そう判断して聞いたのだが、弘が言い終えると、ジュディスの傍らに小人サイズのブリジットが出現した。


「はい。お話しをする程度でしたら」


 言い換えると、それ以外のことが出来ない状態なのだ。しかし、森へ入ったあたりで発動した暗視付与は、かけ捨て、あるいはかけっ放しであるため、効果が持続中である。さて、魔気に関してだが、森に充満していた魔気は完全に消え去っているとのこと。


「ウルスラさんに繋がっていた魔気の糸も消えています」


「明らかに、あのオーガーが原因っぽかったからな。倒したら消える……か。じゃあ今頃は、外に居る僧侶達が回復してるんだろうな」


 呟いた弘は、並んで立つジュディスとウルスラを見てニッと笑う。


「これでウルスラは助かったわけだ。何とかなったじゃね~か! 良かったぜ!」


「え? あ、うん。ありがと……」


 ジュディスが頬を赤くして目を逸らした。弘が「あん?」と、ウルスラへ視線を転じたところ、ウルスラも頬を赤く染めている。


「あ、あう。え~と~。ありがとう~。ヒロシ~……」


「お、おう……」


 2人して気恥ずかしそうにしているので、弘も照れくさくなった。


「今回は仕方ないけど……」


 弘達の様子を数歩離れて見ていたカレンは、口を尖らせている。


「でも、ジュディスちゃん達が羨ましい……」


「カレン様。そこは言葉に出さずに、グッと堪えた方が……。いえ、私も羨ましいですけれど」


 シルビアが、いつものようにお説教をするも……その本音は隠しきれないようだ。

 そのカレン達から、少し離れた場所。弘達からすれば、カレン達よりも遠くにノーマとグレースが居た。何故、そんなに離れているかと言うと、弘が「良かったぜ!」と発言したあたりで、ノーマがグレースを誘って移動したのである。


「ねえ、グレース? カレンとシルビアは、あんな感じだけど……」


 ジュディスとウルスラが弘と良い雰囲気なのは、傍目に見ていて微笑ましい。そして、カレンとシルビアの反応も、また微笑ましいものだ。そう感じる中で、ノーマは隣で立つグレースの反応が気になっていた。 


「我が、どう思っているか……か? 無論、微笑ましいぞ? あと、芙蓉に関しては、羨ましく思っているな。カレンとジュディスの会話が聞こえたが……やはり、サワタリと一緒に居られるというのがいい」


 見た目、ノーマと同年代ぐらいのグレース。しかし、その年齢は現在、二百歳過ぎだ。この世界のエルフは、二十歳くらいまでは人間と同じように成長し、その後は少し個人差がある。例えば二十歳ぐらいの容姿のまま、ずっと若かったり、グレースのように二十代後半ぐらいの容姿で、成長や老化が止まったりするのだ。

 ノーマは美貌のエルフを見ながら、スッと眼を細める。


「随分と、素直に感情を口に出すのね?」


「そなたとの間柄で、特に隠すことでもないからな。そう言うノーマは、どう思っているのだ?」


「私?」


 自分がした質問。それを、そのまま投げ返されたノーマは、少し眉間にシワを寄せた。


「う~ん。私は……私も、あなた達みたいに素直になれれば良いのにな……と」


「うん? 素直になれば良かろう?」


「あのね……」


 一瞬、険しい目でグレースを見たノーマは……やがて溜息をつく。


(ちょっと前まで盗賊稼業だった私が、カレンやジュディスみたいに色恋で胸ときめかせたりとか……。そんなの、似合うわけないでしょう? この歳になると、大人としての自覚が……。かと言って、グレースみたいに振る舞うのも……ちょっと合わないのよねぇ)


 そういったことを、本当ならグレースに言いたかったのだ。しかし、目の前のエルフは見た目が二十代とはいえ、実際は大きく年上。例えば、ノーマが「小娘みたいに素直になれない」などと言ったしよう。対するグレースは「我から見れば、ノーマとて小娘だな」と返すに違いない。


(年齢差は解るんだけど、小娘扱いされるのって面白くないのよねぇ。なんだかなぁ……。こうなったら私、行動に出てみようかしら? 本気でヒロシに夜這いをしてみるとか……)


 そうは思うが、オーガーを倒してジュディスやウルスラ達が無事となった今。弘は、兼ねてから言っていたとおり『独り修行』に入るだろう。そうなると、向こう3ヶ月は会えないわけで、彼とベッドインできるのは随分先のことになるのだ。


(いえ、違うわね。すぐに別れることにはならないわ。この森まで乗ってきた馬車は、ヒロシが借りた物。その返却を私達の誰かに任せる……というのでなければ、ヒロシ自身がクロニウスまで行って返却するはず)


 その他だと、ジュディスパーティーはギルドへの報告があるので、やはりクロニウスに戻るだろう。カレンとグレースも、クロニウス行きに同行するはずだ。


(何しろ、ヒロシの恋人……だものね)


 シルビアはカレンに同行するだろうから、やはりクロニウス行きは確定。残るはノーマ自身となるが、弘と『告白の返事保留中』という間柄なので、クロニウス行きに同行しても問題はないだろう。

 その後は……。


(その後は、私のアプローチ次第か……)


 馬車を返却した弘は、すぐにクロニウスを離れはしない。そうノーマは考えていた。オーガーとの戦い、そして長距離の馬車移動。弘と言えども疲れているだろうから、一泊や二泊ぐらいはするはず。

 そこで、隙を見て弘と約束を取り付けるのだ。自分と夜を共に過ごすという約束を。


「ヒロシとベッドインできたら最高だけど。それが駄目なら、2人で飲み明かす……というのでもいいわね」


「なるほど。とにかく親密度を上げていくわけだな?」


「へ?」


 突然、グレースが発言したので、ノーマは相手の顔を見た。グレースは、何やらニコニコ顔をしているが……。 


「え……と。今の、声に出てた?」


「うむ。ヒロシとベッドイン……のあたりからな」


「ぐっ……」


 ノーマは赤面する。盗賊……もとい、偵察士という職業柄、無意識に考えを言葉に出すというのは、とんでもない失態だ。しかも、弘をベッドに誘うという目論見を、弘の恋人に知られてしまったのである。気まずいやら恥ずかしいやらで、ノーマは何も言えなくなってしまった。  


「そう気にすることはない。今のが聞こえたのは、この我だけのようだからな」


「だと良いんだけど。こんなこと、カレン達にまで聞かれたとしたら。……恥ずかしくて夜眠れなくなるわ」


 グレースの言うとおり、今のは他の者に聞こえなかった……ということにしてノーマは心を落ち着ける。そしてグレースに聞いた。


「ねえ、グレース? 今のを聞いて、あなたは嫌だ……と思わないの? 好きな男が、別の女……この私と寝るのよ?」


「我の恋愛観や男女観について。ノーマは、もう知っていると思ったがな」


 それまでの笑顔を引き締め、グレースはノーマの質問に答えていく。


「優れた男に、複数の女が寄り添うのは当然だ。それが、我の生まれ育った場……失われた氏族での常識なのだ。とはいえ……」


 再び笑顔に戻り……いや、今度は悪戯っぽく微笑みながら、グレースは言葉を続けた。


「見知らぬ者、そして気に入らぬ者がサワタリに色目を使うのは、やはり気に障る」


「あなたに認められることが、ヒロシと寄り添う条件だと言うの?」


「我の氏族では、そうなっている。すでに妻を持った男に結婚を申し込む際、先妻……この場合は先に妻になった者……という意味だが。先妻に認められることが、条件の一つとなっているのだ」


 だが、グレースの生まれ故郷はすでに存在しない。グレース自身も、ローカルルールを振りかざす気はなかった。


「そもそも我は、サワタリとは交際している段階であって、まだ妻ではないのだ。それに今の話は、我1人が気にしているだけのこと。サワタリが、そして他の女性が付き合う必要はないな」


「い、言いたいことは何となくわかったけれど。つまり……私のことはどう思ってるわけ?」


 困惑顔でノーマが自分を指さすと、グレースは胸の下で腕組みをした。


「ふむ。要するにだ。我は、ノーマのことを気に入っている。だから、ノーマがサワタリを床に誘って、サワタリが了承したとしても。それを我が気にすることはない。そういうことだ。しかし……」 


 言い終わりに、グレースがカレン達へ視線を向ける。吊られてノーマが視線を移動させると、含み笑いをしながらグレースは話を続けた。


「サワタリが複数女性と交際する件については、カレン達も了承している。だが、自分以外の女達が、サワタリと床を共にするについては……。カレン達は良い顔をしないかもしれんな」


「うぐ……」


 複数交際は良くても、他の女が抱かれるのは嫌。

 ノーマは、眼前に壁のようなモノが出現した気分になった。つまりは障害である。


(言われて見れば、そうよね。グレースはともかく、ヒロシが他の女を抱くって聞いたら私だってイイ気がしないし……)


今の状態で弘と付き合っていく以上、そのうち慣れていくのかも知れない。しかし、今はまだ抵抗があるのだ。


「ま、2人で酒を飲む程度にしておくのが無難だろうが……。せいぜい上手くやるのだな」


 グレースが会話を締めくくる。


(気に入ってるって言ってくれた割に、手助けはしてくれないのね。上等よ。絶対に隙を見て……)


 ノーマは上目遣いで弘を見やると、彼を誘うための計画を練り出すのだった。



◇◇◇◇



 ノーマとグレースが語り合っている間に、弘はオーガーの死体の更なる検分を済ませている。主にターニャが調べてくれたのだが、どう見ても普通のオーガーであるらしい。


「はう~。頭が無いから、完全に調べるというわけには……」


「しかたね~だろ? 戦ってる最中は一杯一杯だったんだから」


 不満げなターニャに言うと、弘は芙蓉に再度確認した。


「このオーガーの意識が、人間のそれだったってのは間違いないんだよな?」


「間違いないのじゃ」


 人の意識を持ち、弘と同じ召喚術を使用するオーガー。芙蓉の話では発狂状態にあったそうだが、できれば正気に戻して話をしてみたかったと弘は思う。


「そういや、法力を集めてるみたいなこと言ってたっけな? 魔気の糸を僧侶につなげて、法力を吸い取ってた。だから僧侶が昏倒した。そういうことなのか?」


 この場に居る僧侶はシルビアとウルスラの2人で、弘達が到着する前にウルスラが昏倒させられていた。彼女に聞いてみたところ、確かに法力が奪われるような感覚があったという。


「ただねぇ、吸われてるのは少しずつ。そんな感覚だったの~」


「あ~……ブリジットも、そんなことを言ってたっけな」


 この森に到着した弘は、昏倒したウルスラを馬車に乗せ、クロニウスへ戻ろうとした。だが、ウルスラの生命力が急速に奪われ出したので、弘は森を離れることを断念している。


「近場で大人しくしてる分には、ジワジワと法力を吸収。距離を取ろうとすると、法力ではなく生命力を吸い出す……でしたか。僧職者を目の敵にしたような現象ですね」


「たまんね~なぁ」


 苦い表情で言ったのはシルビアであったが、弘は同感であると頷いて見せる。


(何のために法力を集めてたのかってのも、まったくわかんね~し。……ややこしい展開は好かね~んだがな)


 悪さをする奴が居て、そこに出向いてやっつけて、報酬貰って万々歳。

 弘としては、そういう単純な仕事ばかりをしていたいのだが……。


(やっぱ世の中、甘くね~な。ここは異世界だけどよ)


 内心、溜息をついた弘は、自分の……リーダーの言葉を待っているカレン達を見回す。


「オーガーの居た洞窟も見たが、動物の残骸ばかりだったし。これ以上は、調べても何も出てこないか……」


 そう呟くと、弘は意識を切り替えた。オーガーのことが手詰まりとなった以上、他のするべき事をしなくてはならない。 


「まずは森から出るとしようぜ? 外の連中に全部解決したって教えて、クロニウスに戻ったらギルドに報告……。まあ、そんなところだな」


「ヒロシ。クロニウスまで行くの?」


 さっきまでグレースと何か話していたノーマが、不意に聞いてきた。これに対し、弘は頷いている。


「ああ。馬車一式を借りてるのは俺だからな。カレン達に任せるってわけにも、いかね~し。一度、クロニウスまで戻っとくわ」


「そ、そうなの」


 ノーマが嬉しそうにしているので、弘は首を傾げた。自分は何か、彼女を喜ばせるのようなことを言ったのだろうか……と、そう思ったのだ。


(心当たり、ね~な~)


 他に何か意見はないかと見回したところ、カレンが挙手している。


「なんだ?」


「あの、タイリース達は……どうしましょう?」


「おう! すっかり忘れてたぜ!」


 オーガー退治は冒険者ギルド直々の依頼であり、6組のパーティーが招集されていた。各パーティーは、魔気の糸の影響や戦闘によって敗退。現在は、4組のパーティー(正確には、後述のタイリースパーティーを含めて5組)が森の外でキャンプ中だ。

 残る2パーティーの内、1つがジュディスのパーティーで、『夜の戦乙女』……ブリジットの力によって、昏倒していたウルスラが復活。そのまま、弘のパーティーと合流して森へ乗り込み、今に到る。

 そして、もう1つのパーティーが、ベテラン戦士……タイリースが率いるパーティーであった。彼らは森の外に昏倒した僧侶と、介護役の魔法使いを残し、戦士3人と偵察士1人の編成で弘達を追跡している。その目的は、オーガー退治の功績を横取りするか、あるいは弘達から魔法具の類を奪うというものであったが……。


「ブチのめして縛り上げた後、転がしておいたんだっけな。放って置いてもいいんだが……一応、様子を見ていくか」


「いや、主よ。わざわざ見に行かずとも、風の精霊に頼めば、様子を探ってくれるのだぞ?」


 そう告げるなり、グレースが精霊語で何か呟く。


 ヒュオオオオウ!


 弘達の周囲で風邪が動いた。風の精霊達が行動を開始したのだろう。そして、待つこと数分。グレースの口から驚きの声が飛び出した。


「むっ? それは本当か!?」


「……何かあったのか?」


 弘が聞くと、グレースは困ったような表情で報告する。


「うむ。タイリース達がな、残してきた場所に居ないそうだ」



◇◇◇◇



 タイリース達が居ないという報告を受け、弘達は彼らを放置した場所へ立ち寄ってみた。

 この頃になると夜が明けだしており、ブリジットの暗視付与を解除しての移動となっている。


「確かに居ないな」


 弘は、地面に落ちた縄を見て呟き、頭を掻いた。刃物の類は全て没収したと思ったが、どうにかして縄を切ったらしい。


「それとも、木の幹にでも縄を擦りつけて切ったのか?」


「そうじゃないみたいね」


 弘の呟きにノーマが答える。彼女は、地面に散らばる縄の1本を手に取ると、その断面を弘に見せた。


「刃物の切断面じゃないし、擦って焦げたような痕跡もない。これは力任せに引きちぎったのよ」


「力任せって、それマジかよ? ヒロシじゃあるまいし」


 ラスが軽口を叩き、それを聞いたジュディスが「ラスぅ? ふざけてる場合じゃないでしょ?」と、お説教をする。それらを聞きながら、弘はノーマが差し出した縄の切れ端を見ていた。


(確かに。今の俺なら、これくらいの縄は引きちぎれるな。けどよ、それってタイリース達にできることか?)


 この異世界の冒険者達は、元居た世界の人間に比べると身体能力の面で優れている。とはいえ、ゲームか漫画のように超人化しているわけではない。酒場等で小耳に挟んだところでは、修行を積んだ魔法騎士などが存在するようだが……。


「タイリース達は、普通の冒険者だしなぁ……。ラスは、どうだ? この縄で縛り上げられた状態から、腕力だけで縄を千切れるか?」


 試しに聞いてみたが、ラスは首を横に振ると肩をすくめて見せた。


「無理か。やっぱ、そうだよな。……んっ?」


 気がつくと、皆が弘を見ている。どうやら指示を待っているらしい。


(やれやれ。魔気とか、オーガーとか、法力を吸うとか。わけわかんね~事ばっかりだってのになぁ)


 元の世界では、単なるチンピラで……いや、今でもチンピラのつもりなのだが、こうも頼られたり、判断を求められるというのは……。


(何だか、疲れるぜ……。族の特攻隊長をしてた頃と違って、仲間の命が掛かってることが多いからなぁ)


 やはり暫くの間、1人気ままにブラブラとしていたい。そのためには、早くクロニウスまで戻って、ギルド報告や馬車の返却を済ますべきだろう。そしてレベル上げの作業を始めるのだ。


(あるいは……。今よりも、ずっとず~~~っと俺が強くなったら。こういう時に迷ったりしなくなるのかもしれね~な)


 ふと、そう思った弘は、軽く頭を振ってから皆に指示を出した。


「森の外へ出よう。タイリース達が、その辺に隠れていて襲ってくるかもしれね~から。グレースは風の精霊で探っててくれ。あと、ノーマも警戒頼む。みんなも油断するんじゃないぞ?」

 

 

◇◇◇◇



 タイリースらの襲撃を警戒したため、弘達は往路よりも時間をかけて森の外部へ到達している。結局のところ、タイリース達は姿を見せず、弘達の警戒行動は無駄な努力になっていた。


「やれやれ。やっと外か……。タイリース達のせいで気疲れしちまったな」


 上方からの木漏れ日ではなく、前方から差し込む外の光。幾分、疲れが和らいだ気がした弘は、腕を上げて伸びをした。そこへ前方からノーマの声が飛んでくる。


「ひ、ヒロシ! ちょっと来て! 早く!」


 その上擦った声を聞き、弘は「行くぞ!」とだけ叫んで駆け出した。すぐ後ろからは、カレン達の駆け出す音が聞こえている。


(言葉が足りないかと思ったけど、安心したぜ)


 内心ホッとしつつ、弘は森の外へと飛び出していった。そうしてノーマに追いついた弘が見たもの。それはキャンプ地の一角で積み上げられた、タイリース達の死体だったのである。


「タイリース!? 嘘! なんで!?」


 遅れて森から出てきたジュディスが、手で口元を冴えながらタイリース達を見ている。その他、カレンやターニャなどパーティーの面々は、タイリースらの変わり果てた姿に驚きを隠せないようだった。

 仲間達の様子を肩越しに振り返って見ていた弘は、あることに思い当たってグレースに質問している。


「グレース? ノーマの声が聞こえたときも、風の精霊魔法は使ってたんだよな? アレに気がつかなかったのか?」


「……風の精霊達には、森の中を捜索するように言ってあったのでな……。それに我は『生きているタイリース達』を捜させていた。仮に精霊達がタイリースらの死体を見たとして、彼らであると認識できたかは自信がない。いや、情報を読み取るのに我が手間取ったかもしれん」


 風の精霊達は、あまり難しいことは理解できない。

 事前に聞いてはいたが、グレースが説明したような事もあるらしい。弘は「なるほど。よくわかった」とだけ言うと、積み上げられたタイリース達を改めて見た。


「森で襲撃したメンバーが揃ってるな。タイリースのパーティには、魔法使いと僧侶も居たはずだけど……」


 その姿は見えない。しかし、テントは5張りあるので、タイリース達のテントも残っていることになるのだが。と、ここで幾つかのテントの影から、冒険者が姿を現した。見たところ、戦士や偵察士ばかりのようだ。そのうちの1人、戦士らしき男が弘達を発見して指差す。


「おい! また出てきたぞ!」


「くそ! みんな出てこい!」


 口々に叫ぶと、テントの中から魔法使いや僧侶などが飛び出してくる。皆、手に手に武器を持っているので、どう見ても戦闘態勢だ。


「なんだぁ? 俺達がまるで、モンスターみたいな対応じゃねーか! どうなってんだ! くそ!」 


 ラスが悪態をつきながら剣を抜いている。カレンやジュディス、それに他のメンバーも同様だ。


(みんな、行動が早いねぇ。さすがだぜ)


 そう思う弘とて、とっさにトカレフを召喚している。眼前の冒険者らと戦闘になった場合、まずはトカレフを乱射して牽制するのだ。それでも相手側が戦闘を止めないようなら、手榴弾を投じれば良い。


(手榴弾が使えない間合いに飛び込まれたら、日本刀を召喚して斬り合いだな)


 タイリース達のような悪党相手ならまだしも、よく事情がわからないのに、そこまでしたくはないが……。こちらも黙って殺されるわけにはいかない。 

 弘はトカレフの銃口を下げたままにすると、キャンプ地の冒険者達を睨む。そして、次のように怒鳴りつけた。


「おい、何がどうなってるか説明しろ! 事情を話さないまま攻撃するってんなら、俺達も全力で反撃するからな!」


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