第百二十九話 オーガー
冒険者ギルド直々の依頼により、招集された複数パーティ。その依頼内容は、クロニウス南東部……森林地帯におけるモンスターの駆除。主に出没するのはオーガーと、それに率いられた大型ホブゴブリンであった。しかし、森に入った各パーティーの僧侶が、突如として昏倒してしまう。そして、ホブゴブリンによる襲撃。
敢えなく撃退された冒険者達は、森から撤退し、近辺でキャンプを張っていた。
そこへ現れたのが、自称召喚戦士……沢渡弘が率いるパーティーであり、事情を知った弘達は、知人あるいは友人の窮地を救うべく森へと乗り込むのだった。
(な~んてな。ジュディスに用があるから、ここまで追いかけてきたけど……。妙な事件に巻き込まれちまったぜ。それに……)
弘は、召喚した長巻を握りしめ、洞窟から出てきたオーガーを見据える。
黒いモヤのようなモノを纏わりつかせたオーガーは、先程、何処からともなく新たな黒いモヤを出現させ、そのモヤを材料に大鎌を造りあげた。
弘には、この行動が自分の召喚術と似ているように思えたのである。
(俺のは、MPで物品を再現してる感じだけど……。いや、待てよ。さっきも考えたが、奴がアイテム欄取り出しをしたってことも……)
別方向の可能性が脳裏をよぎるが、弘は即座に否定した。オーガーは、呼び出した黒いモヤで武器を作ったのだ。アイテム欄やアイテムボックスの類から、物品を取り出した風ではない。
弘は、後列に居る魔法使い……ターニャに問いかけた。
「じゃあ、やっぱり召喚術のたぐいか? ターニャ! オーガーってのは、こんな召喚術みたいな事をするモンスターなのか?」
「そんなこと聞いたこともありませんよぅ! それに、オーガーにはミノタウロスやリーザードマンのように、人語を解する氏族が居ないはずです!」
やはり特殊な個体であるらしい。
(喋れる氏族とか部族とかが発見されてないだけかも。いや、そんなことより)
モンスターなのに人語……共通語を話せるとしたら、ここは重要なポイントだ。
「よう! 話が出来るか! 大人しくしてくれれば……」
「法力……。モット、モット集メル……」
交渉を試みるも、オーガーは問いかけに応じない。意味不明なことを口走るのみだ。話し合いで解決できれば、それで事は収まるし、色々と情報を得られるだろう。弘は続けて話しかけようとしたが、オーガーが大鎌の柄の先……石突きの部分を地面に突き立てたのを見て、表情を硬くした。
「くそっ! やる気か! みんな! 攻撃するぞ!」
号令しつつ、弘はボディーアーマーと特攻服を召喚装着。更には、右手にトカレフを召喚して、オーガーの胴体から頭部目がけて連射した。しかし、効果は薄いようだ。銃弾は体表にこそ突き刺さるが、内臓にまでは達しないらしい。
「やっぱ駄目か! ヒグマだって拳銃で倒すのは難しい……いや、無理って話を聞いたことあるが。んっ!?」
数発の銃弾を受けたオーガーが、またもや何か言葉を発した。
「闇ノ、円盾……」
言い終わると同時に、黒いモヤが複数出現し、オーガーを取り囲むように何かを形取っていく。
「……黒い、盾?」
地面に落ちるでもなく、オーガーを守るように浮遊する盾。それを見て弘は呟いたが、その彼の左右で、パーティーの戦士達が突撃を開始した。
左側は、ジュディスとラスがほぼ等速で駆け、右側のカレンは……これが、かなり早く駆けている。この場に居る大半の者は知らないが、カレンの鎧には、筋力や運動力を飛躍的に上昇させる効果が備わっていた。無理をし過ぎると、事後に激しい筋肉痛……悪ければ倒れて身動きできなくなるが、戦闘においては、貴族子女であるカレンを屈強な戦士へ変貌させる。
更に言えば、クリュセダンジョンで取得した盾の取っ手も、カレンの移動速度に関係していた。この取っ手は現在、カレンの円盾に取り付けられているが、軽量化の魔法が掛かっているため、カレンの速度上昇に一役買っているのだ。
これらの要因によって、真っ先にオーガーへと到達したカレンは、直前で跳躍するとオーガーの頭部目がけて斬りつけたのである。
◇◇◇◇
(身体が、いつも以上に軽い!)
オーガー目がけて跳躍したカレンは、身体に掛かる負担が軽くなっていることに驚いていた。軽量化の取っ手の効果は、どうやら取り付けた盾だけではなく、使用者の身体自体の重さも低減するらしい。これは、鎧の増力効果を低めにしながら戦えるということであり、カレンの継戦能力を大幅に上昇させていた。
(だけど今は、この1体だけを倒せばいい。全力全開よ!)
カレンの意思により、鎧の効果が上昇する。同時に身体への負担も増大するが、この筋力で斬りつければ、たいがいのモンスターは一撃で両断できるはずだ。
「いっけぇええ……えっ!?」
突如、眼前に黒い物体……漆黒の円盾が出現した。それは、カレンとオーガーの間にあり、跳躍中のカレンには回避することができない。
「くっ! やぁあああ!」
やむなく斬り払おうとしたが……。
ガイイイイイン!
激しい金属音と共に、カレンの剣が弾き返される。
「嘘っ!?」
自信を持って振るった一撃なだけに、カレンは驚愕しながら着地した。そして眼前に立つ、巨大なオーガーを見上げる。
「オーガー……」
カレン・マクドガル。貴族である彼女が冒険者として活動する理由、そして目的は、マクドガル家の家督相続をするため、王都貴族院から与えられた使命を果たすことにあった。
その使命こそが「オーガーを単独撃破」することなのである。
このオーガーに関しては『単独撃破』の条件から外れているため、倒したところで使命達成とはならないが、本番に向けての予行演習には持って来いの相手であった。
しかし、このオーガーは、世間一般で知られるオーガーとは大きく異なっている。何も無いところから、黒いモヤを出現させ、それにより武器や盾を作り出す。その様を、カレンは弘と似ているように感じていたが……。
「今は、オーガーを退治することに集中しなくちゃ!」
「うぉらぁああああああ!」
遅れて駆けつけたラスが、剣を振り回してオーガーの右足に斬りつける。が、これも黒い円盾によって阻まれてしまう。見れば、左足を斬りつけていたジュディスも、同じ様に攻撃を防がれていた。
ここでカレンを含めた戦士3人は、数歩ばかり後退している。
「くっそ。なんだってんだ。いったい何処から出しやがったんだ、あの盾はよ!」
「ヒロシの召喚術に似てるけど。でも、盾が勝手に浮いて動いてる感じよ?」
ラスの悪態に、ジュディスが応じた。そして、その会話を聞いていたカレンは、呼吸を整えつつ、オーガーを見る。オーガーは黒い円盾を召喚(?)した後は、特に行動を起こしていない。地面に突き立てた大鎌を持ち、その場で立っているだけだ。
「盾は……4つ。私達の方が人数は多いですから! 手数で押し切れます!」
「そのとおりです!」
後方からシルビアの声が聞こえたかと思うと、拳大の石が飛来してオーガーの頭部に……いや、素早く移動した黒い円盾によって阻まれる。今のは、シルビアのスリングによって投じられた石であったが、これを皮切りにウルスラもスリングによる投石を開始し、ノーマは短弓で矢を放ちだした。もっとも、これらはオーガーに命中したとしても、大したダメージにはならなかっただろう。だが、牽制にはなる。そして、後列組における主戦力が精霊魔法の使い手グレースであり、魔法使いのターニャであった。
まずグレースが精霊語で、風の精霊に命じる。
「風なる友よ、友人達よ! 鋭き刃となって……彼の者を切り裂け!」
ゴブォア!
グレースの周囲で風が巻き上がり、突風となってオーガーへと向かっていった。オーガーの手前にはカレン達が居たが、風は彼女らを避けて進み、オーガーの全身を切り裂いていく。
「ガアアアッ!?」
トカレフの銃弾を受けても無反応だったオーガーが、初めて悲鳴をあげた。そこへ、ターニャの魔法が飛ぶ。ターニャが詠唱したのは、魔法の矢の呪文である。多くのRPGではマジックミサイルという名でも知られるが、この魔法の矢は、いったん発動すると絶対に命中する。目標物との間に障害物さえ無ければ、必ずや命中してダメージを与えるのだ。
このとき、浮遊する4つの円盾が動いて防御に回ったが、ターニャが放った魔法の矢は全部で8本。防ぎきれない4本が、オーガーの頭部に次々と突き刺さった。
「グォオオオ……」
「うおおおおおおおっ!」
更に絶叫しようとしたオーガーの声を遮り、弘が雄叫びをあげる。彼は、味方の戦士達や後列の支援攻撃が終わる……その直前あたりから突撃を開始していた。他の者の攻撃を牽制とし、長巻の攻撃力で一撃必殺を狙おうとしたのだ。
(そう上手くはいかねーだろうが、大打撃ってのをくれてやらぁ!)
前方で、カレンやジュディス達が左右に分かれて道を空けるのが見える。その間を弘は駆け抜け、一気にオーガーのもとへと到達した。
「死ねやぁ! おらぁあ!」
「グ、グゴオ!」
オーガーは円盾で防ごうとしたが、それぞれの盾は魔法や弓矢、それに左右に分かれた戦士達への対応で手一杯。もはや盾4つでは防ぎきれず、ついに大鎌を両手で持って振り上げる。が、その行動は少しばかり遅かったのである。
ズドッ!
鈍い音と共に、長巻の切っ先がオーガーの腹部に潜り込んだ。そして、それはズブズブと押し込められ、切っ先がオーガーの背から飛び出すに到る。
「ゴ、ゴアアアア!」
文字どおり身体を貫く激痛が発生したのだろう、オーガーは全身を震わせて絶叫した。しかし、それでも弘に対して大鎌を振るう。猛烈な風切り音と共に鎌の刃が迫ったが、これを弘は、後方に飛び退ることで回避した。
「クソが! 刺した後で、バッサリいこうと思ったのに!」
「ヒロシ! 剣がオーガーに刺さったままよ!」
ジュディスが叫ぶ。弘の召喚術は知っていても、長巻のような大物が手を離れたので、心配になったらしい。声をかけられた弘は、オーガーから目を離さないまま「大丈夫だ!」と手を振った。その振った手の中に……。
フシュン!
新たな長巻が出現する。その長巻の握り具合を確かめながら、弘は言った。
「新しいのを出せばいい」
「便利よねぇ……。それって」
感心しているのか呆れているのか。どっちとも取れる表情でジュディスが呟いた。
「ショ、召喚ジュ……ツ士……」
「んん?」
不意にオーガーが言葉を発する。しかも、どうやら『召喚術士』と言ったらしい。さすがに気になるので、弘はスッと手を挙げて皆の攻撃を中断させた。
「今、召喚術士って言ったか? お前、やっぱり召喚術士ってのと関係あるのか? それとも、ひょっとして……」
言いつつ、弘は生唾を飲み込んだ。
以前にグレースや、レッサードラゴンのクロムから聞いた話で、『召喚術士とは元々この世界に存在しない。ほとんどは、異世界から召喚された者が召喚術士となる』というのがあった。
(こいつが俺と同じ召喚術士だとしたら、それって……)
「ひょっとして……お前も、異世界から来た召喚術士なのか?」
ざわっ!
弘の問いかけを聞き、最初に反応したのは周囲に居る仲間達だ。弘の言葉を真に受けるなら、この目の前に居るオーガーは、異世界から来た存在ということになる。
そんなばかな! と笑い飛ばすのは簡単だが、自分達を率いる男……沢渡弘こそが異世界から来た召喚術士なのだ。その彼と似た能力を有し、召喚術士という言葉を吐いた、このオーガー……。
「召喚術士は、数百年に1人か2人出現する。そう伝えられるが……。……ヒトではなく、オーガーだと?」
後方からグレースの声が聞こえてくる。
「召喚術士は人間に限る……なんて話は、まだ誰からも聞いてないぜ? オーガーが異世界転移してきたって、おかしかないだろ?」
弘はグレースに背を向けたまま言うと、左方で身構えているジュディス……いや、彼女と共に居る『夜の戦乙女』に声をかけた。
「ブリジット! 魔気の糸は、今どうなってる?」
「ウルスラさんと繋がっている魔気の糸。それが、そのオーガーから伸びているのが見えます!」
それを聞き、弘の表情が険悪なものとなる。
「やっぱり、こいつが元凶か……」
このオーガーさえ倒せば、ウルスラは魔気の糸から解放されるし、森の外に居る各パーティーの僧侶も助かるだろう。また、建前上、弘はジュディスパーティーとして行動しているので、ジュディスが依頼達成したことになる。弘としても、すべて解決してレベル上げに専念できるわけで、言うことなしだ。
ただし、このオーガーは異世界転移して召喚術士になった者……と、何か関係があるらしい。弘にしてみれば、可能であれば自分に関わる情報は知っておきたいので、このまま倒して終わり! とするわけにはいかなかった。
(ウルスラが危ない目にあってることについちゃ、腹が立つけど……)
苛立ちを何とか押さえ込み、弘はオーガーに話しかける。
「なあ! 聞いてるか! 魔気の糸ってのをさ、消してくんないかな! 俺の仲間が迷惑してるんだ! 攻撃して怪我させたのは謝るし、治したりもするから! まずは魔気の糸を……」
その呼びかけに対しオーガーは即答しない。何を見てるわけでもないだろうが視線を上げ、ボウッとしている。
「ねえ? あのオーガー、話が出来ると思う?」
弘が返事を待つ傍らで、ジュディスがラスに聞いた。聞かれたラスは、剣を構えたままでジュディスを横目手見ると、難しそうな顔をする。
「ど~だろうなぁ? ヒトの言葉は話せるっぽいけど……。……話せたら、ヒロシとしちゃ都合良いんだろうけどな」
「都合が良い……ね」
ジュディスは、まだ動かないオーガーを見上げた。確かに、話し合いで解決できれば都合が良い。弘だって、召喚術について更に詳しくなれるかもしれない。そう、すべて都合良くいけば……であるが。
「さあ、どうなるかし……」
「いけません!」
ジュディスの傍ら、顔の高さのところにブリジットが居たが、その彼女が突然声をあげた。
「オーガーから魔気が噴出し始めました!」
魔物の類が発するオーラ、魔力の残滓。あるいは、その影響を受けて汚染された空気。そういったものを魔気と呼ぶ。この場に居る者では、ブリジットのみが視認可能だ。このとき、ブリジットの目には煙幕のように吹き出す魔気が見えていた。
「物凄い濃度で広がって……私の守護力では対処しきれません!」
「ちょ!? それって……」
最悪な報告を聞き、ジュディスがブリジットに話しかけようとする。しかし、それよりも先にラスが呻き声をあげた。
「おげっ!? 何だ、これ! 気分悪っ……やばいぞ! ジュディ……ぐへあ!」
ラスは口元を手で押さえ、のたうつようにしながら後退していく。彼を追って視線を滑らせたジュディスは、後列組を視界にとらえて悲鳴をあげた。
「う、ウルスラ! それにシルビアも!」
まず目に入ったのは、ノーマに抱きかかえられたウルスラと、同じくグレースに抱きかかえられたシルビアの姿だ。2人とも意識はあるようだがグッタリしており、戦闘を続けられる状態ではない。抱きかかえている側のノーマ達は、よろよろと後退しているが『女の細腕で人1人を抱きかかえている』だけが原因ではなさそうだ。双方の間にはターニャが居て、ウルスラを心配している様子。とはいえ、ターニャ自身もフラフラしている。今にも倒れそうだ。
(やっぱり魔気のせい? でも、ターニャは魔法封じや、耐魔法の呪文も使えたはず。こうなった瞬間に使ってるはず!)
なのに効果が見られないということは、ターニャの実力ではどうにもならないのだろう。
「……くっ、 ヒロシ!」
事ここに到っては、話し合いの余地などない。一刻も早くオーガーを倒すべきだ。そう判断したジュディスは、弘を呼びつつ彼に目を向ける。
「こなくそがぁああ!」
ドカドカドカ! バギイイイン!
弘は既に戦っていた。彼がトカレフと呼ぶ召喚具から、幾度も攻撃魔法を放ち、長大な剣で斬りつけている。しかし、後列組の支援攻撃が無くなった今、盾4枚による防御を中々突破できないようだった。
一方、カレンはどうしていたかと言うと、当然のことながら彼女も戦っている。ただし、こちらもオーガーの円盾に阻まれ、効果的な攻撃ができないようだ。
「手数……そうよ、攻撃の人手を増やさなくちゃ」
ジュディスは長剣の柄を握りしめたが、あの弘やカレンが突破できないオーガーの盾を、自分が何とかできるのか。その自信が、まるで持てない。
「私が実体化しましょうか?」
硬直状態にあったジュディスに、ブリジットが話しかけてきた。夜の戦乙女ブリジットは、夜間限定で短時間だけなら実体化して戦うことができる。彼女が神の使徒としての力を発揮すれば、それは大きな戦力となるには違いない。
(ブリジットが実体化すれば……ラスや他のみんなの分を補える?)
一瞬、そう考えたジュディスは、すぐに首を横に振った。
「駄目よ! 実体化しても戦えるのは30秒ほどなんでしょ! だったら……」
少し前、ブリジットから聞かされた戦乙女の能力を思い出す。
「だったら憑依変身した方がいいわ! それだと2分は戦える。そうよねっ!」
ジュディスからの確認を、ブリジットは頷くことで肯定した。そして、手短にであるが憑依変身のデメリットについて説明をする。憑依変身は、守護対象にブリジットが憑依して戦乙女化すること言い、そのことで戦闘力の強化及び、継戦時間の増大が可能だ。だが、変身中は守護対象者の体力と精神力を消費するため、時間一杯戦うと……変身解除後に身動き取れないほど疲弊することになる。
「その上、私達は事前の変身訓練もしていません。それでも、やりますか?」
「やるわよ! あなたの力、ここで使わないでどうするの!」
きっぱり言い切ったジュディスを、ブリジットは感心したような表情で見つめた。
「いいでしょう。ですが始める前に、1つ訂正することがあります」
「なに?」
夜間であるため、凛々しい顔つきのブリジットだが、このときばかりはフワリと微笑む。
「私の力ではなく、『私達の力』です!」
瞬間、ブリジットの身体が霧散し、ジュディスの身体を覆い尽くすのだった。
◇◇◇◇
「ぬわーっ!」
両手に一振りずつの長巻を持った弘が、竜巻のような勢いでオーガーに斬りつけている。しかし、舞い踊る黒い円盾が、それらすべてを防ぎきっていた。
「だああ! レベルアップで腕力が上がってるはずだろ! なのに、浮いてる盾ぐらい吹っ飛ばせねーのかよ!」
文句を言いながら左右に斬り払ったが、長巻は両方とも円盾によって食い止められてしまう。カレンは……と見ると、常人離れした速度で斬りつけているが、やはりオーガーが召喚した盾を突破できないようだった。
(ちくしょう! 俺と同じで召喚術なんだろ!? 何だって突破できねーんだ!)
このオーガーが、召喚術使いだと確定したわけではない。しかし、戦っている弘としては、相手の召喚した円盾の防御力が、尋常なレベルではないと感じていた。
(こっちも召喚した武器で戦ってるってのに! くそ! 距離を取ってRPG-7で攻撃してみるか?)
今使っている長巻は、弘自身の腕力を上乗せできる分だけ、トカレフよりも攻撃力が高い。だが、RPG-7の威力は長巻よりも上のはずだ。当たればオーガーを倒すことができるだろう。問題は、目標との距離に余裕が無ければ使えないこと。そして、この場でオーガーから距離を取ると、藪や茂みの中に飛び込んでしまい射撃に難があることだ。
(いっそのこと、相手の懐に飛び込んで……。って、馬鹿か俺は……)
それが出来ないから、攻めあぐねているのである。つまるところ、オーガーが召喚した盾を何とかしなければ、弘は有効打を放てないのだ。今はこうやって、激しい攻撃を続けることで膠着状態を作っているが、このままではジリ貧である。
(いつまでも動き続けられるわけじゃねーからな。他に手は無いか?)
長巻を振るいながら、弘は召喚できる道具について考えてみた。トカレフでは掠り傷程度にしかならないし、長巻は盾に防がれてしまう。RPG-7を使おうにも距離が近すぎで、かといって手榴弾では威力が……。
(待てよ! そうだ、この手榴弾で……)
バシャ!
弘の左後方で、大量の水をぶちまけたような音が発生した。ジュディスの居た方向でもあり、弘は戦闘の最中ではあったがチラリと視線を向ける。そこに……1人の戦乙女が居た。黒い甲冑に、羽根装飾のある黒い兜。腰のアーマーからは、丈の長い黒スカートがたなびいている。ゲームやアニメで見かける、黒系の戦乙女。弘は最初、事前に説明を受けたブリジットの実体化かと思った。しかし、黒髪の長さが違う。それに兜の下、露出した素顔は……。
「ジュディスかっ!?」
夜の戦乙女ブリジットの実体化……ではなく、ブリジットが守護対象者たるジュディスに憑依し、変身した姿なのだ。
「やあああああああっ!」
漆黒の長剣と円盾を装備したジュディスは、弘やカレン顔負けの跳躍を見せてオーガーに斬りかかった。
バキイイイン!
しかし、彼女の攻撃もオーガーの浮遊する円盾によって防がれる。本来のジュディスが斬りかかるより威力はあるのだろうが、これでは余り戦力アップとは言えない。
「ぐぬぬ! こ、これだけじゃあないわよ!」
空中で円盾と押し合いながら、ジュディスが叫んだ。
「闇影の抱擁!」
聞いた弘が「何かの技名か?」と思っていると、オーガーの足下の影が揺らめき、瞬時にして下半身を覆い尽くした。現状、弘達はブリジットによって暗視付与されている。その状態で目視できるということは、自然の闇ではない『何か』なのだろう。ジュディスが言うところの『闇影』は、オーガーの下半身をタールで塗り固めたように封じている。
「あっはははは! 魔気を幾ら出しても無駄よ! 変身したアタシに通用するもんですか!」
着地したジュディスがノリノリで叫んだ。弘の目には見えないが、オーガーが魔気の増量でもしたらしい。だが、相手は夜の戦乙女だ。闇系の力には耐性がある。オーガーの魔気攻撃を意に介さず、ジュディスは長剣を振り上げ……そして叫んだ。
「常闇の波動剣!」
振り下ろした切っ先から、黒い三日月状の波動が飛び出しオーガーに向かっていく。オーガーは円盾を移動させて防ごうとしたが、この波動は盾と盾の間をすり抜けて飛んだ。オーガーが驚いたように上半身を後ろへ逸らせ、ジュディスが「いっけええええ!」と叫ぶ。
バシイイイ!
何かを引っぱたくような音。黒い波動は、すべての円盾を回避してオーガーの顔面へ命中したのだ。
「いやったぁああ! ……って、あれ?」
ジュディスが快哉を叫び、そしてすぐに怪訝そうな表情となる。ど派手に打ち出した技であったが、それを顔面に受けたオーガーは傷1つ折っていなかったのだ。途端にジュディスの、そして弘達パーティーメンバーの脳裏にブリジットの声が聞こえた。
『同じ闇の力ですから、気を入れて抵抗されると効果が薄いようです! それに、アレは……あのオーガーからは、単に魔族系の魔気とは違う……があっ!?』
ブリジットの話が悲鳴と共に途切れる。
「サワタリさん! オーガーを覆う影が!」
「へっ? うお!?」
カレンの声を聞いてオーガーに注意を戻した弘は、オーガーの下半身を覆う闇……それに亀裂が生じて広がりだしているのを見た。ジュディスが放った『闇影の抱擁』が破られようとしているのだ。
(ブリジットの声がヤバかったのは、そのせいか!? だったら……)
オーガーは、元々素早く動いていなかったが、下半身が思うように動かせない現状は、弘達にとって都合が良い。ならば、ブリジットの技、あるいは術が破られる前に、一気に畳みかけるべきだ。
「カレン! ジュディス! 一発かますから、その後で3人がかりだ! オーガーを盾にする感じで、身を守れよ!」
返事を待つ余裕はない。弘は叫ぶなり手榴弾を召喚すると、オーガーの頭上を越えるように放り投げた。投じられた手榴弾は放物線を描き……オーガーの背後に落下する。
「ウガ? 手榴ダ……」
下半身が動かないオーガーは上半身を捻って振り返ろうとするが、それを果たす前に手榴弾が炸裂した。
バァアアアン!
炸裂音が発生し、爆風と共に破片が飛び散る。ほとんどはオーガーの背に当たったが、当然ながら、破片程度でオーガーに致命傷を与えることはできない。しかし、気を逸らすことには成功した。
「今よ! たあああ!」
漆黒のスカートをひるがえし、ジュディスが突撃する。この彼女に対し2枚の盾が反応し、攻撃を受け止めにかかった。
ガギ! ギギギギ!
かなりの本気攻撃だったようだが、盾2枚の防御をジュディスは突破することができない。
「くっそおおおお! 1枚なら、いけそうなのにぃいいい!」
一方、カレンも弘の右方から斬り込みを敢行していた。彼女に対しても、残る2枚の円盾が防御に回ったが……。
「はあああ!」
ガギギギイン!
「マジかよ!?」
吹き飛ばされる円盾2枚を見て、弘は驚愕の声をあげた。カレンは盾2枚の防御を、長剣の一降りで突破してしまったのである。このとき、弘はカレン達に円盾が向かったことで、ガラ空きになったオーガーの真正面。そこに向けて突撃している最中だった。
「信じられねぇ! なんて馬鹿力だ!?」
弘が渾身の力を込めて長巻を振るい、それでも退かせなかった円盾。それをカレンは、2枚まとめて退けたのだ。
自分はレベルアップを繰り返したことで、ミノタウロスとも組み討ちができるほど筋力増加したが、その自分を今のカレンは超えているのではないか。
「ま、マジかよ……」
弘の背を、冷たいモノが伝って落ちる。
だが、弘は知らなかった。カレンとて、余裕を持って戦っているわけではないのだ。彼女の着込んだ魔法の鎧は、装着者の耐久力や体力まで増加させるわけではない。出力を上げれば上げるほど、装着者……この場合は、カレンの肉体に反動や負担が生じるのだ。
ギシ、キシ……。みし……プチ……。
全身各所から嫌な音が発生している。カレンは悲鳴をあげたくなるような激痛の中、なおも剣を振るい続けた。彼女を遮るモノは、現状、大鎌を残すのみ。これさえ排除できれば、オーガーに剣が届くのだ。
(オーガーを倒す! マクドガル家のために!)
目の前のオーガーは、試練の条件から外れているので、倒したところで意味はない。しかし、このオーガーの先にカレンは『倒すべき本来のオーガー』の姿を見ていた。
ガキン! バキン!
「えやああああああ!」
連続して大鎌の刃を打ち据え、カレンは跳躍する。オーガーの顔……その前から大鎌がが消え、直接攻撃する好機と見たのだ。だが……。
どふっ!
大鎌の石突きの部分が跳ね上がり、カレンの腹部に突き込まれたのである。
「がはっ……」
甲冑の他に鎖帷子も着用しているため、身体を貫通するようなことはなかった。だが、強烈な一撃を腹部に受けたことで、カレンは肺の空気が押し出されるような声を出す。そして、そのまま落下しかけたところで……背に誰かの腕が回された。
「えっ? さ、サワタリさんっ!?」
突撃を中断した弘が駆け寄り、落下するカレンを支えたのだ。先程の弘は、カレンの超人的な膂力に驚愕していたが、このときの弘の動きこそ、まさに超人的だったと言える。自身もオーガーに対して斬りかかり、まさに攻撃しようとしたとき。傍らで戦うカレンの苦境を目にして、攻撃動作をキャンセル。すぐさま駆け寄り、落下するカレンを受け止めたのだ。
「任せろ!」
一言言い残すなり、弘はカレンを降ろして跳躍した。
この激戦の中、円盾は次の行動に移れていない。大鎌を持つオーガーの腕は、カレンを攻撃した直後であり、硬直状態だ。まさに最大の好機。
「おああああああっ!」
一気にオーガーの頭部付近まで跳んだ弘は、左右の長巻を振り下ろした。狙うは、無防備な頭部だ。
「もらったぜぇ!」
ガッキイイイイイン!
聞こえたのは、肉や骨を切り裂く音ではなく……金属音。
「なっ!? ……ぐあ!?」
驚く弘の胴を、オーガーの左手が腕ごと鷲づかみにした。いや、手で掴んだのではない。いつの間にか召喚した、巨大なガントレットのようなもので掴み込んでいるのだ。
ギギギギ、ミシミシミシ!
即死するほどではないが、強力な力で締め上げられた弘は、吐き気を堪えつつオーガーを見る。オーガーの全身は……漆黒の鎧で覆われていた。
「そ、そんなの、さっきまで着てなかったろうが! その馬鹿デカい、ガントレットだって! やっぱり、テメェ……召喚術を……」
オーガーの口元が笑みの形に歪んだ。が、その目を見た弘は、苦しい中であるにも関わらず、呆気にとられる。オーガーの目から、大量の涙が流れ落ちていたのだ。
「お、おめえ……。いったい……」
「ひ、ヒロシを放せえええええ!」
ジュディスが盾2枚を相手に、猛然と斬りつけている。だが、相変わらず突破は出来ないようだ。カレンは見ると、彼女は足を止めて盾2枚と打ち合っていた。先程のように弾き飛ばせないのは、やはり腹部へのダメージが大きいからだろう。
「他の、みんなはっ?」
視線を巡らせると、他の者達は広場の端……茂みや藪の辺りまで後退していたが、無事な者は1人としていない。オーガーから噴出する魔気の影響を受けて、行動不能に陥っているようだ。
(俺が! 俺が何とかしなくちゃ!)
オーガーに一番近い場所。そこにいるのは自分だ。攻撃さえできれば、オーガーを倒せる可能性がある。しかし、今の弘は両腕ごと鷲づかみされ、身動きが取れない。銃や剣の類を召喚しても扱えないし、手榴弾を召喚してもピンを抜く動作ができないのだ。
(そうだ! メリケンサック! あれなら瞬着できるぜ!)
そうすれば腕を動かせなくとも問題はない。スタン版メリケンサックで、オーガーに電撃をくらわせて脱出し、鎧の隙間に長巻でも何でも突っ込んでやればいいのだ。思いついた策を、弘は即座に実行したが……すぐに怒声が口から飛び出た。
「なんで召喚できねーんだよ!」
そう、メリケンサックを召喚しようとしたが、召喚できなかったのである。駄目元で手榴弾を召喚しようとしたが、これも召喚できない。
「こんな時にシステムエラーってかっ!? 笑えねーぞ! こらぁ!」
文句を吐きつつステータス画面を開くと、能力値やコマンドを遮るように、見知らぬ文字が表示されていた。
『召喚妨害。不正な召喚術発動によりエラー発生中』
「不正? 俺は何もしちゃいないぞ! ……まさか、こいつが!?」
画面表示に言いがかりをつけられた気分になった弘であるが、思い当たることがあってオーガーを見る。
「グファファ」
弘の視線を受けたオーガーが笑った。涙を流したまま大笑し続けたのである。
「グファハハハハ! 俺ハ、選バレ……転……冒険……」
「お前……今……」
オーガーがまた何か喋ろうとしたので、弘は問いかけようとしたが、その前にオーガーが大きく身をよじった。
「ガアアアアア! 法力! 法力ヲ集メル! アツメ……ギヒイイイイ!」
握った弘を振り回しながら絶叫したオーガーは、ピタリと動きを止め、後退していたシルビア達を見る。
「法力、アッタ。集メナイト……」
最後に呟くと、オーガーがシルビア達に向けて歩き出したので、弘は顔から血の気が引いた。シルビア達のところまで移動し終えたオーガーが何をするのか、それは弘にはわからない。しかし、ろくでもないことになるのは確実だ。
「ちっくしょおおおおお! 出ろよ! なんか出ろ! 俺は召喚術士だろ!?」
藻掻きながら、ありとあらゆる召喚具の召喚を試みる。だが、何一つとして召喚されない。
「ただのクソチンピラで、トラックに撥ねられて! わけのわからん世界に飛ばされて! 山賊になって、能力者になって、冒険者になって! そこまでテンプレかまして、ここで仲間守れなかったら! 救いようねーぞ! どちくしょう!」
半狂乱となって喚き続ける弘は、展開したままのステータス画面で異変が生じていることに気がつかなかった。
『システム復旧中。救済措置として、一時的に特殊召喚発動』
このような表示であったが、弘は気がつかないままに絶叫する。
「気合い入れろや! 沢渡弘ぃ! 男の見せどころだろーがぁああああ!」
ゴヴゥン!
弦楽器の重低音。
そんな音が発生したかと思うと、弘の頭上1メートルほどの所に……腕が出現した。
真っ赤な線でのみ構成された腕は、弘に言わせると、人体モデルのワイヤーフレームのように見える。その赤く光る線の各所からは、チラチラと炎のようなものが吹き出ていた。そして、注目すべきは腕のサイズだ。弘を掴んで放さないオーガーの手……召喚具らしき巨大なガントレットよりも、一回りは太く大きいのである。
また、ワイヤーフレーム状の腕には、衣服のようなモノも表現されており、その衣服に弘は見覚えがあった。
「俺の……腕?」
そう認識した瞬間。ワイヤーフレームの腕が弘の意のままに動く。握ったり開いたり、中指を立てたり。まさに思うがままだ。
(しょ、召喚は!?)
慌てて思い浮かべたのはトカレフであり、いつものように召喚を試みたところ、ワイヤーフレームの手の中に拳銃が召喚された。ただし、デザインはトカレフのままであったが、そのサイズが異常に大きい。
「は? はは、はははは……」
呆気に取られたまま笑った弘は、自分を握り締めたままのオーガーを見た。オーガーも弘と同様、空中に出現した腕と、そこに握られた巨大なトカレフを見ていたが……弘の視線に気づき我に返る。
「モット法力ヲ!」
「それしか言えねーのかよ! 死ね!」
弘が言い終えるや、ワイヤーフレームの腕がトカレフをオーガーに向け、引き金を引いた。
ドッカアアアアアアン!
拳銃と言うよりは、もはや大砲のような轟音が発生し、至近距離で撃たれたオーガーは兜ごと頭部を粉砕される。その際、手の力が緩んだので、弘はオーガーの指を押しのけて脱出した。
最後に手の平を蹴り剥がした弘は、地面に降り立つ。それと同時に、頭部を喪失したオーガーの巨体が後方に倒れ、地響きを立てた。
ズ、ズウウウウン!
「な、なんとか倒せた? えら……ゲホッ……えらく疲れたぜ。強敵だったから苦戦……あれ?」
顎下の汗を拭っていた弘は、目眩を感じる。確かに苦戦はしたが、そこまで疲れるようなことだっただろうか。
(待てよ、待て待て。他にも考えることがあるだろ? オーガーが召喚術とか使ってるっぽいアレとか、でも……)
たまらなく眠い。立っていることすら、ままならない。弘は、その場で膝を突き、前のめりに倒れ込んだ。地面で鼻を打ったような気がするが、そんなことよりも今は眠りたかった。
「サワタリさん!?」
「ヒロシ、どうしたの! 大丈夫っ!?」
駆けつけてきたらしいカレン達が呼びかけている。それに対し、弘はニヤリと笑って答えた。
(おう。俺は大丈夫だぜ! あんなオーガーなんて、1発で……。あれ? 声が出ね~や……)
それを最後に、弘の意識は闇の中へ沈んでいくのだった。