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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
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第百二十八話 現れたモノ

「というわけで。俺は、異世界から来た人間ってこった」


 弘が、自身の身の上話を終えた。当然ながら、ジュディスパーティーの面々から幾つかの質問を受けるが、「日本とはどんな国なのか?」、「変わったモンスターは居るのか?」、「宗教はどうなっているのか?」といった内容だったので、知っている範囲で適当に応えている。


(たまには、脚色して喋ってみたいかもな……)


 元の世界。つまり日本の話をするのは、ジュディス達が相手で3~4回目ぐらいだ。さすがに話し慣れてきた感もあるので、たまには話を盛ってみたい。


(例えば……何回も宇宙人に侵略されてて。その都度、巨大ロボットで撃退したとか何とか……)


 そういう悪戯心が沸き上がってきたが、この場にはカレンやグレースなど、同じ話を以前に聞いた者が居る。悪ふざけでデタラメ話をしたら、さすがに叱られるだろう。


(それに、今は仕事中だからな)


 倒すべきモンスターが、どこかで潜んでいるのだ。脱線するのは、程々にしておくべきだろう。


(休憩時間も長くなってきたし、この辺にしておくか)


 弘は質問が途切れたのを見て、会話を締めくくる。


「こんなところだな。もういいだろ?」


「むう~。もっと聞きたかったけど、仕方ないわね」


 皆で輪になって座る中、弘の正面で居るジュディスが残念そうに呟いた。それに対し「気が向いたら、また話してやるよ」と付け加えた弘は、立ち上がってタイリース達を見る。彼らは4人共が縛り上げられ、離れた場所で転がされていた。無論、放置していたわけではなく、カレンとグレースが見張りとして付いている。2人は、以前に弘の身の上話を聞いており、話が終わるまでの間、見張りを買って出てくれていたのだ。


「本格的にオーガーを探す前に、連中に少し話を聞いておくか」


「ねえ、ヒロシ?」


 歩き出そうとした弘を、ジュディスが呼び止める。


「あなた、元の世界に帰りたいと思わないの? ご両親に会いたいとか、あるんじゃないの?」


 弘は足を止めると、ジュディスを振り返った。


「元の世界に帰りたいとは思わないな。俺は、あっちでは上手く生きられなかった口だ。だから、こっちの世界で一旗揚げたい……いや、そうだな。上手く生きていきたいって感じかな。両親に関しちゃ……」


 言いつつ、日本で居るはずの両親の顔を思い浮かべる。双方、普通のサラリーマンであり、普通の主婦だ。学生時代には不良だったので苦労をかけ、社会人になってからは就職しても長続きせず、やはり苦労をかけた。


(……たぶん俺は、元居た世界じゃ行方不明扱いだな)


 両親達は心配してくれるだろうが、不良息子が行方不明……蒸発したことで、世間体の悪い思いもしているはずだ。


(俺のこと。諦めてくれてると、いいんだけどな……)


 そう簡単にはいかないだろう。だが、もう自分は子供ではない。れっきとした成人男性だ。こちらの世界が気に入っている以上、こちらで生きていきたいし、それを自分の意志で決めて良い年頃である。


「両親に関しちゃ、俺は家出したも同然で……親不孝極まりないが……。まあ、良いんだ。これでな」


 そう言って、弘は会話を打ち切った。極プライベートな話でもあるし、詳細を語る気もない。今の自分が、両親に対して義理を欠いていることは理解できている。しかし、そのことで他人から説教などされたくはないのだ。


(それにだ。ここには坊さんが2人も居るからな……)


 シルビアとウルスラは今のところは黙っているが、彼女らが口を挟んできたら面倒くさいことになる。弘は再びタイリースらの元へ歩き出すと、カレンに声をかけた。


「どうだ? タイリースは目を覚ましたか?」


「それが……偵察士や、戦士の人達は意識を取り戻しているんですけど……」


 偵察士からは矢を抜いてあり、法術治療こそしていないものの簡単な手当はしてある。戦士達は、ノーマの投石を受けて昏倒しただけなので、こちらは拘束して暫くすると目を覚ましたらしい。ただ、タイリースだけが気絶したままなのだと、カレンは言った。


「む~? 力の加減を間違えたかな?」


 木刀ではなく、素手でブン殴れば良かったか。そう思う弘であったが、タイリースには早く目を覚まして欲しいところだ。したがって、彼が覚醒するための手立てを考えることとなる。


「……よし。タイリースが目を覚ますまで、殴ったり蹴ったりしようか」


「ちょっ!? 待てよ、待ってくれ!」


 それまでグッタリしていたタイリースが、顔を上げて抗議した。縛り上げられたまま横になっているので、モガモガ動くと芋虫のようにも見える。


「縛られてる人間に乱暴するのは、よしてくれ。何て酷いことを考えつくんだ、まったく」


「やっぱし気絶のフリか? 定番だな。つ~か、襲って来たくせに、なんで被害者面なんだよ?」


 幾分気を悪くした弘だったが、そのことは一先ず脇に置き、タイリースへの質問を開始した。


「と、その前に。指輪は返して貰うか」


 そう言って手を伸ばした先は、タイリースのズボンポケット。そこに、奪われたブリジットの指輪があるはずだった。暫く探って目当ての物を見つけた弘は、後ろで居るジュディスに向けて投げる。投じられた指輪を片手で受けとったジュディスは、少し焦った様子で右手の薬指にはめた。


「ね、ねえ? ブリジット?」


「はい。お呼びですか?」


 身長数十センチ。妖精のようにも見える漆黒の戦乙女が、ジュディスの眼前で出現する。


「何ともない? 無事だった?」


「はい。指輪に指を通されませんでしたので、守護対象に変更はありません」


 ジュディスが聞いた「無事か?」とは、そういった意味ではないのだが、ジュディスは安堵の息を吐いて脱力した。


「心配したわよ。……ごめんなさい。ウルスラが危なかったからって、あなたを引き渡すようなことをして……」


「いえ。あの場合、ジュディスさんの行動は正しかったと判断します」


 ジュディスの行動を肯定した上で、ブリジットは言う。タイリースの手に渡ったとはいえ、指輪に指を通さない以上は、守護対象はジュディスのままなのだ。であるならば、今は夜間であるし、隙を見て実体化。極至近距離からタイリースに攻撃する手もあった。


「やはりウルスラさんが危険だったので、手出しできなかったわけですが……」


「しかたないわよ。それにしても、気になってたんだけど……」


「はい?」


 ジュディスは、胸ぐらいの高さで浮いているブリジットに問う。夜の戦乙女とは、つまりは神の使途だ。その意味で言うなら、ブリジットは神様の端くれなのである。


「どうして私達に対して『さん』付けなの?」


「……私は罰を受けている身です。それが敵対者でもない限り、偉そうに呼び捨てするなどできません」


「なるほど。それで『さん』付けなわけね。ああ、そうか。別に主従関係ってわけでもないから、あたし達を『様』付けで呼ぶわけにもいかないものねぇ。あなた、神様なんだし」


「御理解いただけたようで、何よりです」


 こういった2人の様子を弘は横目で見ていたが、おもむろに咳払いをしつつ、タイリースの前でしゃがみ込んだ。


「さて? それじゃあ……あんたらの話だ。あの指輪が目当てだったようだが、失敗して残念だったな? あれだけのことして、ただで済むとは思ってね~よなぁ?」


 ああ~ん? と眼ツケしたところ、タイリースの表情が目に見えて強張る。どうやら拷問でもされると思ったらしい。弘としてはカレン達が居る手前、そう惨いことをする気は無かったのだが……。


(召喚タバコで、デコに根性焼きぐらいするかもしれね~けどな!)


 そういう目にタイリースが遭うかどうか。それは、彼の態度次第だ。


「ふむ……」


 弘はタイリースには見えないよう、後ろ手にタバコを召喚すると、念動着火してから口にくわえた。その動作を……特に御禁制品であるはずのタバコを見て、タイリースが目を丸くする。


「おい、それ……タバコじゃないか? また値の張る、いや……バレたら危な……」


「そ~だけど。質問するのは俺だ」


 聞きたい事……と言うより気になっていた事は、なぜタイリース達が、さっきのタイミングで襲撃してきたかだ。


「俺とウルスラが、2人だけでパーティーを離れたから。それで、チャンスだと思ったのか?」


 そう考えると好判断のように思えるが、結果としてタイリース達は倒され、こうして捕らわれている。弘達が松明やランタンの類を使用していなかったので、タイリース側も灯火の使用を控えることとなり、この暗闇の中、相手人数を見誤ったのが敗因だ。


(ノーマが居ないことを、攻撃されるまで気づかなかったからな。まあ、俺達の運が良かったって言やあそれまでだけど)


「こうなる可能性があったわけだし。せめて、俺達が警戒を解くとか、見つけたオーガーと戦闘になるまで待ってても良かったんじゃね?」 


「……そうしようと、してたんだけどな」


 歯切れの悪い物言いでタイリースが言う。それを弘は、失態の理由を説明させられているからか? と考えていたが、どうも違うらしい。


「藪や茂みの中で待っているうちに……な~んか、早く仕掛けなくちゃ……とか。いいから、とにかくやっちまえ! 的な気分になったんだ。もう、わけわかんね~よ」


「ふうん……」


 嘘をついている様子は無いようだ。

 などと判断ができるほど、弘は観察眼がないし、人間だって練れていない。あるいは、レベルアップによって知力や賢さが上昇しているものの、いま少し数値が足りないのかもしれなかった。


「タイリースが、本当のことを言ってるとしてだ」


 独り言として呟きながら、弘は言い終わりにカレン達を見る。


「後で振り返って、本人が首傾げるくらいの心変わりだってよ? どう思う?」


「げ、現状、思い当たるのは、森から発生している魔気です」


 舌っ足らずな口調でターニャが発言した。


「やっぱ、それが気になるよなぁ」


 頷いた弘は、クリュセダンジョンでパーティーを組んでいた頃を思い出す。あのとき、自分のパーティーに居た魔法使いはメルだった。中年期の魔法使いとしては、並程度の実力らしいが、彼の知識には大いに助けられたものだ。


(なんかこう、魔法使いが自分と同じ意見だと思うと……自信が湧いてくるな)


 他のメンバーから異論が出ないと見た弘は、ジュディスの傍らで浮遊しているブリジットに話しかける。


「ブリジット? 今、森の中の魔気はどうなってる?」 


「全体的な濃度が増していますね。ここまで濃くなると、人間は正しい思考を保てないでしょう」 


 流れるように答えたブリジットを、弘は少し険しい目で見た。


「そういう大事なことは、もっと早く言うもんじゃね~の?」


「パーティーメンバーは私の守護下にあります。多少、魔気が濃度を増したところで問題はないからです」


 そう言ってブリジットが胸を張る。どうやら、自分の力に自信があるので黙っていたらしい。


「気になることがあったら、どんどん言ってくれよ。守護対象はジュディスに移ったんだろうが、今はパーティー行動してるんだからさ」


 感情的に怒鳴りつけるのもどうかと思い、努めて諭すように言ったところ、ブリジットはジュディスと何事か相談した後で頷いている。


「了解しました。ヒロシさんの指示に従います」


 どうやら、弘の指示に従うべきかどうかをジュディスと相談していたらしい。弘は「わかってくれたなら良い」と頷いたが、ブリジットの態度には、やりにくさを感じていた。


(守護から外れると、こんなもんか? 契約の切れ目が縁の切れ目ってか?)


 日本に居た頃。コンビニのバイトをクビ(顔傷のせいで、客が怖がるというのが理由)になった後で、同店に客として訪れる機会があった。その際、かつて上司だった店長から、嫌味なことを言われた記憶があるのだが……。


(あんな感じか? いや、違うか? ……どうでもいいか……)


 何となく過去の事例を思い起こしたが、それでまた妙な気分になったので、弘は顔をブンブンと振った。


(今は、目の前の事態に対処しなくちゃ)


 ブリジットは「魔気が濃くなっている」と言ったが、それによって生じる事態について、弘は聞いた覚えがあった。


(山賊時代に、ゴメスさんから聞かされたっけ)


 大陸中央部にある、魔物の密集生息域。そこを人は『魔界』と呼ぶ。魔族や魔物が多いだけあって、人体に有害な魔気で満ちた危険地帯らしいのだが……。


「魔気が濃いってこたぁ、その魔界に似た環境になってるわけか。そりゃあ身体に悪いはずだぜ」


 言いつつブリジットを見ると、彼女が頷いているのが確認できた。今の考え方で間違いないらしい。


「けど、ブリジットの守護を受けてる以上、魔気に関しては考えなくていいわけだ。だったら、ここはオーガーの捜索を本格的に始めるとするか。もちろん、ブリジットが前に言ってた、魔気の元凶みたいな奴。そいつを見つけたら、優先してブッ倒すとするぜ。ウルスラを解放するのが第一だからな」


 この方針を告げると皆が同意を示し、弘達はグレースやブリジットの意見報告を頼りに、森の探索へと……。


「お~い! 待て待て! 俺達は、このままかよ!」


 縛られたままのタイリースが、歩き出そうとした弘を呼び止める。彼のパーティーメンバーである戦士や偵察士らも、モガモガ蠢きながら一緒に騒いでいた。


「そうだ、そうだ! せめて解放しろ!」


「解放しろったって……なぁ?」 


 ヘラヘラ笑いながらラスが言うので、弘は同じく笑いながら頷き、タイリースに言い放つ。


「お前らを解放して、何かいいことあるのか? ホブゴブリン共は片付けたっぽいし、暫くそのままで居てろよ」


 気が向いたら帰りに拾って、キャンプ地までは連れて行ってやる。

 そのようなことを言い足し、弘は仲間を連れて森の奥へと歩き出した。その背にタイリース達の罵声が飛ぶが、気にしてはいられない。


「とはいえ、別の意味で放置もできないか。ジュディス~? ちょっといいか?」


 隊列後尾に居るジュディスを呼びつけ、弘は用件を述べた。


「ブリジットに頼んでだな。魔気からの守護対象にタイリース達を含めてもらってくれ」


「えっ? 彼らも守るのですか?」


 そう口を挟んできたのはシルビアである。光の神の信徒としては、無法者達には試練や罰が必要だと考えていたらしい。少なくとも、守ってやるという考えは無いようだ。


「いや、俺だって魔気のことがなけりゃ、放置したままにしてやりたいんだがな」


 魔気が濃くなると、人間の人格や思考に悪影響が出る。先の襲撃時、タイリースらが事前の思惑を無視して強襲してきたのが良い例だ。このままタイリース達を放置しておくと、再び魔気に捕らわれて妙な行動を起こしかねない。そう、弘は考えていた。


「縛ってても安心できねーんだよ」


「かと言って……冷静でいられてもねぇ。連中、何しでかすかわからないわよ?」


 ジュディスに言われた弘は「それも、そうなんだよなぁ」と呟く。

 タイリース達を魔気から守るか、守らないか。果たして、どちらが正解なのだろうか。

 少し考えた末、弘はタイリース達を……ブリジットの守護から外すことにした。


「この後、オーガーとか魔気の元凶とか、そういうのを相手するわけだ。それを考えると、ブリジットの負担が増すのは良くない。タイリース達は……放っておこう」


 ゲーム感覚で言えば、今はボス戦やイベント戦の直前だと言っていい。だとしたら、自パーティーの消耗は可能な限り避けるべきだろう。


「タイリース達が、また魔気の影響を受けて変になったら?」


 後方のラスが聞いてくるので、弘は肩をすくめ答えた。


「4人とも縛ってあるから大丈夫だろ? 仮に縄を解いて襲ってきても、さっきと同じで撃退するまでだ。とはいえ、一応は気をつけておくとしよ~ぜ?」


 なお、次にタイリース達が襲ってきたら、正気だろうと魔気の影響下にあろうと、殺処分とする。こっちは聖人君子や仏様ではないし、何度も襲いかかられて、その都度手加減してやるほど甘くはないのだ。

 この方針に異議が出なかったので、弘は皆を促し歩き出す。


「あとはオーガーを捜索して、退治して……か。それで諸々、解決すりゃいいんだけどな……」


 暗視付与のおかげで明るく見える森。立ち木や茂みなどを見回しながら、弘は独り呟くのだった。



◇◇◇◇



 タイリース達と別れてから数分。

 オーガーの捜索は、弘が思っていたよりも順調に進捗していた。まず、ノーマがオーガーの足跡を発見したのが大きい。彼女が言うには「ブリジットのおかげで明るく見えるから、発見するのは簡単だったわ」とのこと。しかし、説明を受けなければ判別ができない痕跡であるため、やはりノーマの功績は大であろう。

 そして、もう一つ大きな変化があった。ノーマを先頭にオーガーの足跡を追跡していたところ、一行を取り巻く魔気の濃度が更に上昇したのである。


「魔気の流れからすると、前方に発生源があるのは間違いないでしょう」


 そうブリジットが言い切ったことで、弘は次のように思った。


「この魔気って、やっぱオーガーと関係あるんじゃね?」


 確証はないが、そうであるなら好都合。そのオーガーさえ倒せば、ウルスラが魔気の糸から解放される……かもしれないのだ。


「主よ。風の精霊から報告があったぞ」


 更に森の奥へ進むと、今度はグレースが報告してくる。


「しばらく進んだ場所で、洞窟らしきモノを発見したらしい。その周辺には、風の精霊が近づけなくてな。遠巻きに調べさせていたのだが……」


 精霊達からの報告を組み合わせ、「大きな洞窟がある」という意味が読み取れたとのこと。


「ふうん。精霊が近寄れないとか、それも魔気のせいかな? だとしたら、ブリジットが居なかったら、マジでヤバかったな」


 拾得アイテムが次の移動先で役に立つ。御都合的に感じるが、事実として自分達の助けになっているのだから、文句を言う筋合いはない。


(ブリジットが居なけりゃ居ないで、クロニウスのギルドまで走って……アラン支部長に泣きつきゃ良かったんだしな)


 ベテラン冒険者であるアランなら何とかしてくれただろうし、彼でも無理なら、支部長名で王都本部に救援要請をして貰う手もあった。なんにせよ、今のところは自分達だけで解決できる見込みがある。


「よし。グレースが見つけた洞窟に行くぞ。オーガーが居ると、いいよな!」


 半ば自分に言い聞かせるように号令を出すと、弘はグレースから聞いたとおり、進路そのままに移動を再開した。そして、十数分ほど経過した頃になって、一行は開けた場所に出る。


「森林地帯の中にポッカリ開けた場所があって、山肌みたいなところには洞窟の入口が……か」


 見たままの光景。それを弘は、まるで解説するように言った。

 眼前の光景は、かつてのゴメス山賊団の隠れ家を連想させるものであり、感慨深い思いにとらわれたのだ。だが、それも一瞬のことで、弘は皆を呼び集めた。


「さ~て、それっぽい場所に到着したわけだが……。ブリジット? 魔気は、どんな感じだ?」


「魔気は、主に洞窟の入口から流れ出しています。物凄い濃度ですね。この場に何の備えも無しで居たら、卒倒して……そのまま衰弱死してしまうでしょう」


 このブリジットの説明を受け、弘達は一様に表情を渋くした。


『仮に、自分達を守っているブリジットの守護が無くなったとしたら。パーティーから、卒倒者が続出する』


 そう告げられたも同然だからだ。


「やれやれ。不測の事態って言うのか? メンドくせぇ事になる前に、けりつけね~とな」


 弘は、右手を首の後ろに回して首筋を何度か揉む。次いで首をグルリと回してから、再び口を開いた。


「この奥に居る奴が、オーガーかどうかは知らんが……。こんな、魔気だだ漏れの場所に居るような奴、今の状況と無関係なわけないぜ。そういうわけで……みんな、戦闘準備だ」


 弘は皆に戦闘態勢を取るように言うと、各自が配置につくのを待つ。

 洞窟を正面に見て、前列左からラス、ジュディス、弘、カレン。後列は左からノーマ、ウルスラ、ターニャ、シルビア、グーレス。このように皆が移動を終えると、弘は手榴弾を1つ召喚した。


「一応、声はかけるぞ? 少し待って反応が無いようなら、この爆発する召喚具を放り込む。それで倒せるなら、良し。もし、中に居る奴が飛び出してきたら……。総掛かりでやっつける。そういう段取りだ」 


 皆が頷き、それを確認した弘は洞窟内部に向けて叫ぶ。


「こんばんは~っ! 冒険者ギルドの者ですがぁ!」

 

 これから、命を懸けた戦いが始まるかもしれない。そういう状況に、まるで似合わない声かけをしたので、弘に注目していた者達は少なからず脱力した。そんな中、いち早く復活したのがラスであり、疲れ声で弘にツッコミを入れる。

 

「あのな。もうちょっと、その……気合いの入ったこと、言ったら?」


「え~? でも、ギルドの仕事上、必要な挨拶じゃね~の? 俺ら、押し込み強盗じゃないんだからさぁ。それに万が一、中に居るのが普通の……」


 ゴアアアアアアアッ!


 弘の声を遮って、雷鳴のような雄叫びが聞こえてきた。その発生源は目の前の洞窟だ。暫くして雄叫びが聞こえなくなると、ラスが弘を見てニンマリ笑う。


「普通の……オーガーだったみて~だな」


「……まあ、それが確認できて良かった。ってことよ」


 仏頂面で弘は手榴弾のピンを抜いた。そして渾身の力を込めて、洞窟内へ投じる。  

 ズバシ! という、およそ人間が投擲したとは思えないような風切り音が発生し、投じられた手榴弾は洞窟内へと消えていった。洞窟内は、ブリジットの暗視付与によって見通せていたものの、通路がカーブしているところで壁に当たり、手榴弾は見えない部分へと飛んでいく。そして……。


 ズガァアアン!


 先程の雄叫びを上回る大音響が、洞窟内部から聞こえてきた。それと同時に、再びオーガーのものと思われる雄叫びが聞こえてくる。


「で、出てくると思う?」


 弘の左隣で立つジュディスが言うと、弘……ではなく、後列のグレースが答えた。


「巣穴にちょっかいを出されたら、頭にきて飛び出してくる。ケダモノとは、そういうものだ。たいがいはな……」


「そ、そうじゃないケダモノは、どうするんですかぁ?」


 不安そうにしているターニャが聞くと、グレースは微笑みながら続ける。


「弱ければ巣穴の奥で縮こまっているだろう。だが、自分の強さに自信があるのなら……」


「サワタリさん! 奥の方から足音が!」


 洞窟奥からズシズシと重い足音が聞こえてくる。カレンが叫んだことで、洞窟に注意を戻しながら、グレースは最後に付け加えた。


「どうやら、頭に血が上りやすいタイプだったようだ」


 森に生きるエルフだけあって、グレースはモンスターも狩りの対象としている。こういう状況は、彼女にとってなじみ深いものなのだ。だが、そんな落ち着き払った彼女の顔が、洞窟から出てきたモノを見て引きつる。


「何だ……あれは……」


 洞窟の奥から姿を見せたのは、身の丈3メートルほど。ミノタウロスよりも若干背丈は低いが、筋肉量では勝っている人型の大型モンスター。いわゆるオーガーだった。

 耳元まで裂けた口。そこに並ぶ無数の牙。尖った耳。頭頂部の2本角。毛皮を腰に巻いただけの姿は……弘に言わせると、日本のおとぎ話で見かける『鬼』のようだ。

 しかし、このオーガーには、グレースを驚かせるだけの特徴があった。


「あれ何? 黒いモヤみたいなのが漂ってる。いえ、身体にまとわりついてる?」


 ただならぬ光景に、長剣を構えたジュディスが後ずさる。一方、弘は目を細めてオーガーを観察していた。


「んん~? 魔気がど~とかって状況なんだし。オーガーが、原理不明なアレで魔気を身にまとってる~……とか、そんな感じじゃね~の?」


 そ~いうの、お約束じゃん。なあ? と、魔気に詳しいブリジットを見たところ、なんとブリジットまでが驚いている。


「違います! 魔気は普通に見えたりはしません。それにアレは、魔気ではなく別なものです!」


「魔気じゃなかったら何なんだよ? もうイイや、サッサと倒しちまお~ぜ?」


 姿を現した敵の前で、長話をするわけにはいかない。弘は召喚武具の中から、長巻を選んで召喚した。ここへ来るまでは狭かったが、この広場なら長巻のような大型武器も扱いやすいだろう。


「うし! やるぜ!」


 瞬時に出現した長巻を手に取ると、弘はオーガーに向けて構えてみた。だが、その姿を見てオーガーが右手を弘に突き出す。


「ヤ、闇ノ大……鎌……」


 ゴロゴロと喉を鳴らしながらオーガーが発した声。それはオーガーという種族の言語ではなく、明らかに共通語だった。人語を喋るオーガーに皆が驚愕したが、続いて生じた現象は、更なる驚きを弘達にもたらす。

 オーガーの身体にまとわりついていた黒いモヤが、急激に増えて右掌に集まると、巨大な鎌を形取ったのだ。


「いいや、増えたんじゃないな。どこからともなく黒いモヤが湧いて出た感じだったぜ」


 独り呟く弘の背を、冷たいモノが伝って落ちる。


「よお? オメー。今の、まるでアイテム欄取り出しみてーだったな?」


 オーガーに語りかけながら、弘は長巻を握り直した。


「それか、俺と同じで……召喚術ってやつじゃねーの?」


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