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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
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第百二十七話 5人目と6人目?

「取りあえず、こいつも縛り上げておくか……」


 戦士2人を拘束し終えたラスが、白目を剥いて倒れているタイリースに近づいていく。タイリースは木刀で一撃食らわされた結果、頭頂部に大きなコブを作っていた。その痛々しさに、ラスは思わず呻いている。


「う~わ。こりゃあ、ひでえ……」


 剥き出しの頭部であるから、戦士と言えどもひとたまりも無かったのだろう。とはいえ、ラスは弘が手加減していたと考えている。聞けば弘は、怪力で知られるモンスター……ミノタウロスと取っ組み合いができるらしい。そんな彼が渾身の力を込めて振るえば、手にした武器が木刀であろうと……。


「普通は死んじまうよなぁ。おっかねぇったら……」


 タイリースの身体を起こして縄を巻いていくと、先に偵察士を拘束し終えたカレンとジュディスが脇をすり抜け、小走りに駆けていくのが見える。その先に居るのは、弘と彼に抱きついたままのウルスラだ。


「あ~ああ。……修羅場の予感がしてきた。やんなっちゃうなぁ、もう」


 言いつつ縛り上げたタイリースを、ラスは後方……この場合は、戦士2名や偵察士を転がしてある方へと引きずっていく。タイリースパーティーのメンバーをひとまとめにしておきたい……のもあるが、弘達から離れたいというのが本音だ。


「まだオーガーが残ってるってのに、勘弁してくれよ。まったく」


 移動を終えたラスが弘達に視線を向けると、タイリース達と対峙していた時は後方配置だったグレースとシルビア。この2人も駆け出しているところだった。そして、弘とウルスラの近くにはノーマが居る。つまり、弘はウルスラにしがみつかれたまま、5人の女性に詰め寄られることとなるのだ。


「ターニャ! こっちに来とけ」


 かすれるような囁き声。しかし、1人取り残されてオロオロしているターニャに聞こえる声で、ラスは彼女を呼ぶ。そうしてターニャが自分に向けて駆け出すのを見ると、ラスはタイリース達から少し距離を取って腰を下ろした。


「さて……。ここで見物でもするか」


 もちろん、タイリース達から目を放すことはしない。特に偵察士が要注意だ。武器になりそうな物は取り上げたつもりだが、隠し持った刃物で縄を切ることがあるかもしれない。

 抜いた長剣を握り締めるラスは、偵察士が何かしようとしたら即座に斬りつけることを考えつつ、弘達の動向を見守るのだった。



◇◇◇◇



 ラスとターニャが見物する中、弘は混乱の極みにあった。

 今、自分にしがみついている尼僧……ウルスラは、弘に対する恋愛感情が保てないと言った女性である。それが何故、こうなったのか。


(え、ええと。アレだ! タイリースに捕まってたのを解放したから、安心して嬉しさのあまりに……は、はは、ははは……)


 弘は「違うよな。たぶん……」と、自分の考えを否定した。本当の理由は別にあると思うのだが、自分達を取り囲む女性陣が気になって考えがまとまらない。1つだけ安心したのは、非難がましい目で自分達を見ている者が居ないということだ。


「ヒロシ?」


「へっ? あ……いや、その……本当に大丈夫か?」


 カレン達の視線を気にしつつ問うと、ウルスラは小さく頷いた。そして、再び弘の胸板……といっても革鎧の胸部だが、そこへ額を当てて何事か呟く。極々小さな声であり、すぐ側に居る弘にでさえ、上手く聞き取ることができなかった。


(今の、お祈りか何かか?)


 しっかり聞き取ろうと顔位置を下げた、そのとき。ウルスラが不意に上を向いた。その結果、カレンやジュディスが慌てるほど両者の顔が接近する。


「うおっ!?」


「……」


 和風美人の顔が近すぎるので、弘は驚き硬直した。一方、ウルスラは弘の腕から擦り抜けて距離を取る。そして数歩離れたところで弘に向き直ると、深く深呼吸してから話し出した。


「ヒロシ。さっきはタイリース達のせいで中断したけど。話の続きをしたいと思います」


「お、おう……」


 やはり、いつもの間延びした話し方ではない。僧職者として真面目な態度を取ると、こういう口調になるのだろうか。しかし、先程までの彼女の様子を見ると、僧侶として弘に何か話をしたいのではなさそうだ。

 そのようなことを考えていた弘だが、ふとあることに思い当たり、ウルスラが本題に入る前に確認した。


「その前に、ちょっといいか? そもそも俺と2人だけで話がしたいから、皆から離れたんじゃなかったのか?」


 この場には他のメンバーが全員揃っている。部外者だがタイリース達だって居る。大事な話なのだったら、時と場所を改めた方が良いのではないだろうか。

 しかし、ウルスラは首を横に振った。


「いいんです。先程とは……皆から離れた時とは、私の気持ちが違っていますから」


「気持ちが違う?」


「はい」


 ウルスラは言う。実のところ、弘を連れて皆から離れた時。ウルスラは、改めて弘を好きになれない事を告げるつもりだったのだ。異性に対する気持ちや自分の方針を、ジュディスとの会話の流れで言う。そういった先の失礼な振る舞いを謝罪し、きちんと話すつもりだったのである。 


「それと、もう一つ……。心の何処かで、まだヒロシを慕う気持ちがある気がして……。決着をつけさせようとしていたの。貴方には、既に交際している女性が複数居るし。それに、ジュディスが……まだ貴方を諦めていない事を知ってたから」


「ちょっ!? それ言っちゃうわけっ!?」


 弘の後方、カレンの隣で立つジュディスが驚き、声をあげた。ウルスラにだけ話していた、弘に対する気持ち。それを、よりにもよって弘の居る場でバラされたのだから無理もない。だが、ウルスラは続けて何か言おうとするジュディスを、左掌を突き出す事で制した。その仕草だけならジュディスは腹を立てていたかもしれない。しかし、ウルスラの申し訳なさそうな……それでいて決意のこもった表情を見ると、何も言えなくなってしまった。


「つまりは……カレン様やジュディスに、遠慮しようとした部分もあったんです」


「なるほどな。……って、待てよ?」


 頷きかけた弘が言葉を切る。こうして『ウルスラが先程話したかったこと』を知り得たわけだが、ついさっき、彼女は何と言っていたか。


『皆から離れた時とは、私の気持ちが違っていますから』


 と、そう言っていたのである。


「ってことはだ。今聞いたウルスラの気持ちとか考え方ってのは、少なくともタイリース達が襲ってくる前ぐらいまでの話で……。今は、違うってことだよな?」


「はい。ご明察です! 説明するのは難しいのですが。さっき助けて頂いたとき。何と言いますか……こう、自分を押しとどめているモノが消えたような……。そういう事でして」


 それまでの深刻さ、真剣さとは打って変わり、明るい笑顔でウルスラは言う。


「では、言います。ヒロシ・サワタリ。貴方に対して私が言った『好きという気持ちを保てない』という言葉。今ここで撤回させていただきます」


「ええっ!?」


 またもジュディスが声をあげるが、ウルスラは一瞥したのみで話を続けた。


「つまりは、ヒロシのことが好き……ということです。……やはり、照れますね」


 頬を赤く染めているところを見ると、言葉どおり照れているのだろう。だが、その告白を受けた弘は、何と返事をして良いものか迷った。森に入る前、テントの中でジュディスを振ったばかりなのだ。立て続けに、それも同一パーティーの女性を振るというのは如何なものか……。逆に、ジュディスを振った以上、ウルスラの告白を受け入れるのはマズいのではないか……などとも考えている。


(いや、いやいやいや。恋愛ごとの判断ってのは、そういう他人に気を遣ってするもんじゃなくて! でも、しかし……ええと。う~お~。頭が、こんがらがってきた)


 もしこれが、ギャグ漫画であったなら。弘の頭部からは白煙が立ち上っていたことだろう。このように混乱している弘は、即座に返事ができなかったが、ふとシルビアとノーマを見て頭が急速に冷えていった。


(馬鹿か俺は、何迷ってんだ! 今はシルビアとノーマが返事保留中だろ!? これ以上増やしてどうする! 断っちまえ!)


 そう思いつつ、ウルスラの後方にいるシルビア達を見る。難しい顔のシルビアはともかく、ニヤニヤ顔のノーマが気になるが……ここはやはり、ジュディスの時と同様に断るべきだろう。しかし、弘が何か言うよりも先に、ウルスラが一歩前に出た。


「ヒロシ。貴方が言おうとしていること、解ります。ジュディスの時のように断るつもりですね? ですが、少し待ってください」


「待つって何を?」


 ウルスラ側から何やら提案があるようなので、弘は聞きに回る。正直言って女を振るのは、自分にも精神的なダメージが大きい。他に何かいい手があるのなら、是非聞きたいところだ。


「そこに居るシルビアとノーマ。2人は貴方に告白をしたそうですが、今は態度保留中だとか?」


「お? おお。そん時はもう、カレンとグレースの2人と交際中だったからな。ただ……」


「ただ……なんです?」


「ぬっ……」


 弘は、何だか尋問を受けているような気分になってきた。それに、こういった恋人間や身内間の事情は、本来であればベラベラ喋りたくはない。とはいえ、ウルスラとの会話を打ち切るわけにもいかないだろう。そこで背後に居るカレンとグレース、前方に居るシルビアとノーマに目配せをし、全員から頷きを得たことで弘は質問に答えた。


「ただ……な。そのときの俺には、シルビアとノーマの告白を断ることができなかった」


 2人に対して、一定の好意を持っていたのが理由だ。そして、それとは別に、2人がかりでの告白に気圧された……というのも理由の1つである。だが、これを口に出すと「2人に脅された」と言ってるも同然であり、シルビア達に対して大変失礼だ。

 だから、それらの事柄には触れず、弘は自嘲気味に笑って言った。


「そこで俺は、態度保留……って言葉に逃げたんだ。シルビア達には申し訳ないんだけどな」


 それを聞いて、シルビアとノーマが苦笑する。ただ、どことなく嬉しそうに見えるので、弘は首を傾げていた。


(今の話で、嬉しく感じる要素ってあったか?)


「まさに、それです」


「へっ?」


 いったい何が『それ』なのだろうか。弘は直前の会話を思い出す。


(シルビア達に申し訳ないってとこか? いや、違うな。その前となると……態度保留に逃げた……か。 ……態度保留!?)


 思い当たった言葉に驚きウルスラを見ると、彼女はニッコリ笑いながら頷いて見せた。


「私に対しても、取りあえず態度保留でお願いします」


「え、えええええ? 本気かよ!?」


 告白の返事に困り、弘から態度保留を言い出したのが、シルビアとノーマの場合だ。しかし、このウルスラは『告白した女性側から、態度保留を申し出た』のである。これには場に居た全員が驚いた。あのグレースですら目を丸くしている。


「それって……なんか狙いがあってのことか?」


 自分がシルビアとノーマに態度保留を告げた時とでは、何か違うことがあるのだろうか。弘は考えたが、答えを見いだせなかった。 


「狙いならありますよ。ここで普通に告白しただけでは断られるでしょう? すなわち失恋です。ですが、態度保留とすれば……」


「その場で即振られることはないし、時間をかけて自分のことを考えて貰える……ってわけね」


 ノーマが口を挟み、それに対してウルスラが頷きを返す。


「こんな事を思いついたのも、シルビアとノーマという実例があったからです。2人保留にできるのなら、それが4人になったところで問題ないでしょうし」


「いや、問題あるだろ? そんな調子で人数を増やしてどうすんだよ」


 恋人2人に態度保留2人。この状態だけでも、弘としては大きなプレッシャーを感じている。更に2人増えて、態度保留が4人になったりしたら……。


「って、待てよ? 今、4人って言ったか? ウルスラが態度保留扱いになったら、3人になるんじゃねーの?」


 そのまま会話を続けそうになった弘であったが、ハッと気づいてウルスラの言葉を思い起こす。確かに、先程のウルスラは『態度保留2人が4人になっても』という意味合いのことを言った。


「2人増える内の1人はウルスラだよな? じゃあ、残る1人ってのは……」


 言いながら弘の視線がウルスラから外れ、自分の後方、カレンの隣で居るジュディスに向けられる。そして、その弘の視線を追うようにして全員の視線がジュディスに集中したことで、ジュディスが自分の顔を指さした。


「え? あたしも……なの!?」


 驚きのあまり固まっているジュディスに対して頷くと、ウルスラは弘に向き直る。


「ジュディスは告白をして断られた身です。ですが、諦めたわけではありません。そこで、私と共に『態度保留組』へ……」


「ちょっと待ってよ! そんなこと勝手に決めないで!」


 会話に割って入ったのはジュディスだ。彼女は、カレンの隣で立って状況を見守っていたのだが、ウルスラが相談もなく自分を態度保留組とやらに組み込もうとしているので、黙っていられなくなったのである。


「あたしは振られたばかりなのよ! それをこんな、願い出て態度保留だなんて……。そんなのは、あまりにも……」


 あまりにも惨めだ。それにみっともない。そう続けようとしたジュディスを、ウルスラは突然、いつもの口調に戻って遮った。


「あら、でもぉ~、よく考えてみて~?」


 ジュディスがどうあれ、自分は弘に対して態度保留を願い出るつもりなのである。


「ここで私と一緒に『態度保留』にして貰う方がお得よ~? 振られた件だって再考して貰えるかもしれないしぃ。ヒロシを諦める気がないのならぁ。ここで行動しない方が損だと思うの~」


「得とか、損とか……って」


 こんな時でもウルスラは相変わらずだ。一瞬、呆れ顔になったジュディスは数秒間黙していたが、やがてウルスラを見ると力強く頷いた。 


「そ、そうよね! ヒロシから好きだって言わせる計画。その第一歩には丁度いいわ!」


「そんな計画があったのかよ……」


 開き直ったジュディスの発言。そこに聞き捨てならない部分があったので、弘は思わず呟いてしまう。しかし、ジュディスのことが好きか嫌いかと聞かれた場合。弘は、どちらかといえば好きな方だ……と答えるだろう。彼女から告白されて振ったのだって、『友人か仲間にしか思えない』と理由を付けたが、本当のところは交際する人数を増やしたくなかっただけなのだ。


(カレンとグレース。この2人と同時交際してるだけでも、どうかしてるってのに。そこへシルビアとノーマ。さらにはジュディスとウルスラだって?)


 この世界に転移する前、ネット小説などで『異世界転移してハーレム状態になる小説』をチラ見したことがある。しかし、同様に異世界転移したとは言え、女性関係の展開まで同じようにハーレム化するとは……。


(こんなことになるなら、最初からグレース1人に絞っておけば……。いや、今更だな)


 そう、今更言っても仕方がない。であるならば、これからどうするか。

 交際中の2人に、態度保留中の2人。そして、これから態度保留に加わりそうな2人。この6人全員の面倒を、自分は見切れるのか。


(もう無茶苦茶なことになりそうだぜ。体力……は問題ないとして、経済的にはマジきつくなるな。こうなったら……あれだ。どこかの王様にでもなるか?)


 極端な指向に至った弘であるが、ここで重要なことに思い当たる。我が身が恋人無し……つまりフリーであったなら、誰と交際しようと勝手だ。しかし、今はカレン達が居る。彼女らは、このウルスラの提案をどう思っているのだろうか。


「……あ~……」


 呻くような声を出しつつ、主に前後の女性陣を見てみる。以下が各自の反応だ。

 まず、カレンの場合。


「さ、サワタリさん! 私、ジュディスちゃんとウルスラさんなら、一緒にサワタリさんのことを好きになれると思います!」


(親友付き合いしてるからか? 男と付き合うってのは、クラブ活動なんかとは違うと思うんだがなぁ)


 相変わらず何処かズレている。そう弘が思っていると、カレンの隣で居るグレースが笑顔で挙手した。


「主よ。我は例によって気にはせぬぞ? 好きに……いや、大いにやって良しだ」


(何が『良し』なんだか……)


 カレンに負けず劣らず、グレースもどこかズレている。だが、彼女の場合。自身がエルフ氏族の族長だったせいか、一夫多妻や一妻多夫に関して抵抗感が薄いのだ。その影響を受けているのがカレンであり、2人して後から来る女性に寛容なものだから、弘の周囲がハーレム化して……。


(ああ、違う。駄目だな。人のせいにしちゃあ、いけねーわ)


 自分には、相手を振るという選択肢もあったのだ。シルビアとノーマの告白に対し、態度を保留すると決めたのだって自分の意思である。つまり、この状況を作った責任は弘にあるのだ。


(逆に考えよう。グレースとカレンの心が広いおかげで、俺は告白してくる女の子を振らずに済むって……。……ま、良くはないんだけどな)


 ともあれ現恋人達からの了承は得られた。と言うより、態度保留オーケーを通り越して交際オーケーらしい。そのことは一先ず置き、弘は続けてシルビアやノーマに意見を求めた。すると、ノーマは「いいんじゃない? 私は構わないわよ」と容認姿勢で居るし、シルビアも「この件で、何か言える立場ではありませんから」と弘に一任状態だった。

 そうして、最終的な決断が弘に委ねられる。

 カレン達が見守る中、弘は正面のウルスラを見て、次いで後方のジュディスを振り返った。双方、不安そうな顔をしている。それはそうだろう。弘の返事一つで首の皮一枚つながるか、完全に振られるかが決まるのだ。

 弘は考えた。自分は、ジュディスとウルスラ。彼女らについて、どう考えて……いや、どう感じているのか。好きか、嫌いか。あるいは、先にジュディスに対して言ったように単なる冒険者仲間か。


(先に恋人にしたカレン達や、態度保留中なシルビア達の事は……今は無しだ。ジュディス達だけの事を考えろ)


 初対面時の印象は最悪だったが、気心が知れると付き合いやすいジュディス。赤毛が印象的で、美少女と呼んで差し支えない容姿。弘にしてみれば好みの部類に入る異性だ。


(3つほど年下だけど。それを言ったらカレンだって同じだからな)


 一方、ウルスラは日本人の……いいとこの、お嬢さん風な容姿が印象的である。性格は少々癖があるものの、やはり付き合いやすい。言うなれば気が合うのだ。


(この2人から好きだって言われて、俺は……。正直なところ嬉しいって思ってる)


 我ながら自分の気の多さには呆れるが、そう感じてしまうのだから仕方がない。では、このままジュディス達を恋人として……。


(ん? そういや自分達から『態度保留』にしてくれって言ってきたんだっけ?)

 

 そう思った、次の瞬間。弘は、自分がジュディスとウルスラを恋人として受け入れる気になっていた事に気づき、背に冷たいモノが伝うのを感じた。


(やべぇ。カレン達の事を考えないようにしたら、ついその気になってたぜ)


 つまりは、ジュディスとウルスラだけが好いてくれている状況だったら、どちらか、あるいは双方を受け入れていた可能性が高いということだ。弘は深呼吸をして自分を落ち着かせると、再度考えてから、ウルスラを、そしてジュディスを見た。そして口を開く。


「わかったよ。態度保留でいいってんなら、そうさせて貰う。……みんな悪いな。こんな気が多くて、優柔不断な奴でさ」



◇◇◇◇



「良かったわね~。ジュディス~」


「まったく。ウルスラには驚かされたわよ。あたしが弘を諦めてないこと……弘の前でバラすんだもの。それより……。ヒロシと話してたとき。いつもと話し方が違ってなかった?」


「あれはねぇ、お仕事用の話し方なの~。真面目な話をするときは、私だってキリッとしちゃうものぉ」


「ウルスラのキリッとした話し方……。う~ん、滅多に見られないモノを見たってわけね」


「それ、ちょ~っと失礼~」


 駆け寄ってきたウルスラとジュディスが話している。その様子は文句を言い合ったり、相手をからかったり。冒険者の女戦士と尼僧……と言うよりは、女子高生同士のガールズトークを見ているようだ。


(ウルスラは、俺と歳同じだっけ。じゃあ、片方は女子大生だな)


 一連の会話で大いに消耗した弘は、そんなことを考えていたが、その彼に近寄る者が居る。それはグレースであり、彼女は弘の肩に手を置くと笑いながら言った。


「はっはっは。順調に数が増えていくな。主よ」


「笑い事じゃねーって」


 言いつつ弘は、グレースの長い耳に口を寄せる。


(「もし全員恋人になったら、6人だぞ。6人! こいつは……」)


(「主の体力なら、毎晩全員を相手にするのも平気であろう? それとも経済的なことを気にしているのか?」)


 グレースは囁かれた側の耳を、くすぐったそうに振るわせながら自案を述べた。

 なにも弘1人が働いて、女達を養う必要はない。グレースはともかく、他の者は全員が有職者だ。全員で頑張れば、将来に向けての貯えも増えることだろう。


(「無論、我も働くぞ? 主が居る以上、もう娼婦働きはせぬがな。それにだ……女の数が多ければ、子育ての苦労も分散する。良いことずくめではないか」)


(「この……都合の良い事ばかり言いやがって。……まあいいや。いや、良くねぇ!」)


 弘は、頭を振ってからグレースに言う。いかに女性の数が多いとはいえ、最初から彼女らの働きや稼ぎを当てにしていては、自分の男が廃るというものだ。


「いいか? この後、みっちりレベル上げ……いや、修行をしてだな。今よりもっとスゲェ奴になって、ガンガン稼いでやるぜ。そうとも。女6人ぐらい、ガキも合わせて俺が食わせ……」


「主よ。暫し待て……」


 グレースが掌を顔前に突き出した。突然のことに、弘は口を閉ざしてしまう。


「な、なんだよ?」


「意気込みは素晴らしい。だが、声を大にして良いのか?」


「へっ? あっ……」 


 言われて周囲を見ると、カレン達が嬉しそうな顔をして弘を見ていた。ジュディスとウルスラに至っては、はしゃぎながらハイタッチしている。どうやら「女6人、子供もまとめて」の辺りを聞かれてしまったようだ。態度保留中の4人にしてみれば、望む返事を聞かせて貰ったも同然であり、喜んで当然だろう。

 弘は両手で頭をバリバリ掻くと、皆に対し改めて宣言した。


「正式な返事は、もうちっと後でするんだからな! ぬか喜びになっても知らねーぞ!」


 女性達の間から、「いっそのこと今返事してくれても良いのにねぇ?」的な声が聞こえてきたが、弘は聞かないフリをした。


(……もう何も口を滑らさないからな)


 変に意地になっているわけだが、そんな弘にノーマが質問を投げかける。


「ヒロシ~? もう少し後って……どの程度、後なんだっけ?」


「どの程度って、そりゃあ……」


 弘は気を落ち着かせると、今後の予定を考えてみた。今関わってる冒険依頼の件が解決したら、いよいよレベル上げに突入だ。1ヶ月程度では短いと思うから、3ヶ月は欲しい。


「だいたい3ヶ月ってところだな」


「短くもなく長過ぎもせずってところね。待ち合わせ場所は? クロニウスにする?」


 いつの間にかノーマが仕切っているが、カレン達は口を挟んでこない。今のところ、自分達が聞きたいことを代弁してくれているので、任せることにしたようだ。


「いや、王都がいいな。俺、こっちの世界に来てから、漠然とだけど王都見物するのを目標にしてたから。この辺で達成しておきたくてよ? そうだ、そういやグレースとの約束もあったな」  


 グレースとの約束とは、彼女の滅ぼされた氏族の仇討ち。これをを手伝うことだ。以前に約束を交わしたときは、冒険依頼としてであれば受けると言った弘だが、今となってはロハで手伝っても良いと思っている。グレース自身は王都で情報収集するつもりらしいし、3ヶ月後の待ち合わせ場所は、やはり王都にするべきだろう。


「王都の中で言えば冒険者ギルドの、王都本部で待ち合わせって事になるな。せっかくだし、ジュードの爺さんに挨拶でもするか。そうそう、勇者の剣とかの抜き試し……まだ、やってるんだっけ?」


 冒険者ギルド王都本部の会計課長、ジュード・ロウのことを思い出した弘は、次いで悪魔像に刺さっているという勇者の剣のことを思い出していた。これを抜くことができれば、勇者職としてタルシア王家に召し抱えられ、対魔王軍の主戦力として扱われる。


「勇者になるとか真っ平御免だけど。剣が抜けるかどうかは挑戦してみた……い? ジュディス? 俺に何か話でもあるのか?」


 気がつくと、ジュディスが怪訝そうな顔をして弘を凝視していた。よく見ると、一緒に立っているウルスラも、キョトンとした顔で弘を見ている。そして数秒間、弘もジュディスも、そして誰も喋ることのない時間が過ぎていった。


「あ、あのね。ヒロシ?」


 最初に沈黙を破ったジュディスが質問する。


「『こっちの世界に来てから』って……なに?」 


「あ? あ~……言ってなかったっけ?」


 ジュディスパーティーとはレクト村事件等で行動を共にした仲だが、異世界転移の事情に関しては話していなかった。以前、シルビアから「異世界転移者は不法入国者でもあるから、転移事情は秘密にした方が良い」と忠告を受けて、間もない頃だったのが理由だ。


(女関係の話題には注意してたが、こっちの方で口を滑らせちまったか……)


 内心舌打ちするが、言ってしまった物は仕方がない。弘は、ジュディスパーティーの面々を呼び集め、異世界転移の事情について説明を始めようとした。


「おっと、そうだ。グレース? オーガーを見つけたとか、そういう話はないのか?」


 不意に話を振られたグレースは、精霊語で何事か呟いた後で首を横に振る。


「ないな。今のところ、オーガーの姿を見た風の精霊は居ない」


「これだけ騒がしくしてたら、向こうから寄ってくると思ってたんだが。意外と奥ゆかしいな」


 弘とて、何の考えもなく長話していたわけではないのだ。休憩がてらワイワイ騒いでいたら、それを聞きつけたオーガーが姿を現すかも……と、そう考えていたのである。ただ、偶然を当てにしている上、願望混じりの策であったため、皆には伝えていなかった。


(実際、出てこなかったわけだしな……)


 そもそも、ここに居る者達は、森にオーガーが存在することを前提に行動している。休憩中にオーガーが出現したら即座に対応すること。これは、森に入る前に打ち合わせ済みであった。 


「しかし、風の精霊でも発見が難しいたぁな……」


「……風が吹き込まない場所。例えば、洞窟などで居られたら発見は難しいのだ」


 風通しが悪いと、風の精霊が活動しにくいとグレースは説明する。そのグレースが申し訳なさそうにしているので「気にするな」と伝えると、弘は捜索方針を変えた。


「じゃあ、オーガーそのものより、大型モンスターが隠れられそうな場所を探してくれ。見つけたら、みんなで見に行こう」


「承知した」


 頷いたグレースが再び精霊語を話し出すのを見た弘は、改めてジュディス達に、異世界転移の事情を説明しだす。もちろん、タイリース達から目を離さないようにしているし、意識を取り戻したときに話を聞かれないように距離を取るなど、注意を払っていた。


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