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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
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第百二十六話 襲ってきた者は

「ウルスラさん。サワタリさんと何を話すつもりなのかしら?」


 グレースの隣りに移動したカレンは、精霊と何か話していた様子の彼女に声をかけている。このとき、グレースは半分意識が飛んだ状態であったが、フッと瞳に光を宿すや、右隣で腰を下ろしたカレンを見た。


「さて……な。我が見たところでは……。いや、止めておくとしよう。下世話になる」


「そういう事言われると、余計に気になりますよう」


 少し食い下がったが、グレースは「まあ、気にするな」と言うばかりで相手にしてくれない。カレンとて、しつこく聞く気は無かったので、溜息をつきながら膝に肘を乗せ頬杖を突いた。


「んもう。もういいです。でも……」


「でも? でも……なんだ?」


 カレンが途中で言葉を切ると、今度はグレースがカレンに問う。


「他に気になることでもあるのか?」


「何だか嫌な予感が……」


 このとき、カレンとグレースの会話を皆が聞いていた。会話の途中、カレンが「んもう。もういいです」と言ったあたりから、声の雰囲気が変わったからだ。


「嫌な予感って、何かが起こるんですかぁ?」


「いえ、はっきりとは言えないんですけど……。何と言うか……学校の試験直前みたいな緊張感が……」


 カレンはターニャの質問に答える。いささか特殊な比喩であったが、これにはラス以外の全員が共感した。試験の感覚に関し、ジュディスは貴族院で、シルビアは神学院で試験経験がある。また、ノーマは偵察士の訓練課程で、ターニャは学会での論文発表などで似たような経験をしていたからだ。

 一方、グレースは生まれも育ちもエルフ氏族であったが、族長を引き継ぐ際に試練を受けているので、そこに絡めて共感している。ラスのみは、これまでに試験らしきモノを受けたことがないので、ピンと来るものがなかった。


「よく、わかんねーな」


「重要なこと、難しいことを目前に控えた時に感じる……緊張感。と言ったところですよ」


 シルビアが説明したことでラスは納得いったようだが、その彼がカレンを見ながら言う。


「何となくわかったけど。だったら何が起こるんだ? って話だよな?」


 この発言に皆が考え込んだ。

 モンスターが襲ってくると言うのだろうか。

 そうだとしても、グレースの精霊使役による警戒網で早期に察知できる。

 捜索中のオーガーが出現したとしても、それ自体は悪いことではない。むしろ、目当てのモンスターが発見できるので、弘達にとっては良いことなのだ。


「あの……。あくまで予感ですから!」


 皆が真剣に考え出したのを見て、カレンが慌てて申し出る。

 そう、あくまで予感に過ぎない。だから、気のせいかもしれない。

 気のせいであって欲しい。

 そう願いながら、カレンは弘達が消えた方を見るのだった。



◇◇◇◇



「ヒロシ?」


 パーティーから離れ、ある程度進んだところでウルスラが弘を振り返る。周辺は真っ暗闇のはずだが、やはりブリジットの暗視付与のおかげで視界良好だ。


(月明かりが陽光みたいってのも、何だか不思議な感覚だな)


 そんな感想を弘が抱いてると、ウルスラが先を続けた。


「私ねぇ、本当に感謝してるの。貴方に……そして、みんなに」


「それは、『魔気の糸に捕らわれてる自分を助ける』って事についてか?」


 弘が聞くと、ウルスラはコクリと頷いた。


「じゃあ、みんなの前で言ってやれよ。なんで、俺にだけ言うんだ?」


「みんなには事が済んだ後で、精一杯お礼を言うわぁ。でもねぇ、今はヒロシにだけ言っておきたかったの」


「俺にだけ?」


「ええ、そう」


 ウルスラは言う。先程、自分は「ヒロシに対して好きだという気持ちが保てない」と言った。自分と弘。その、どちらからも、相手を好きだと言ったことがないのにである。


「ああ、言ってたな。あの時は俺、驚いてたんだぜ? ウルスラから、好かれてたとか気がつかなかったからよ」 


「気づいてなかった……か。そうよね~。カレン様もグレースも、聞いた話じゃあ自分から貴方に告白したそうだし。あのシルビアやノーマだってそうなんでしょう? もし……レクト村からクロニウスに戻った辺りで、私やジュディスが告白していれば……」


 後半部を聞き取れなかったので、弘は「なんだって?」と聞き直した。だが、ウルスラは首を横に振ってから話を続けている。


「こっちの話よ。それでね~……私、思ったの。突然、自分のことを『好きだったけど、その気が萎えた』みたいな事を言う私を、ヒロシは助けてくれる。……本当にイイ人だなぁ……って。だから……その、特別にお礼を言いたくて……」


「ウルスラ……」


 弘が知るウルスラという尼僧は、一見したところ和風美人。その間延びした口調により、かなり親しみやすい女性だ。しかし、商売の神の信徒だけあってか常に利益優先。金銭感覚で物事を考えるイメージがあった。

 だが、今の彼女は、いつもとは少し違う気がする。妙にモジモジしているし、顔だって赤い。


(……あれ?)


 何か、おかしい。そう弘は思った。

 言われるまで気がつかなかったが、このウルスラは自分のことが好きだったらしい。それが先だって、弘の女性関係を知ったことで、弘に対する好きだという気持ちが保てそうにない。と、そう彼女は言っていたのだ。


(その割には、態度が変だよな? まるで……俺に気があるみてーだ)


 そう感じたのが自惚れや自意識過剰の結果であるなら、それは自分が『馬鹿』だということで笑い飛ばせばいい。だが、本当に気があるとしたら……どうなるか。


 じわり……。


 額に汗が浮く。暗視付与があるので、額に汗している様子がウルスラには見えているはずだ。対するウルスラは、大きく深呼吸してから弘を見据えた。


「ヒロシ・サワタリ。もう一度、お礼を言わせて。本当に……ありがとう」


「お、おう……」


 いつの間にか、ウルスラの口調が間延びしなくなっている。そして、その頬を赤く染めたまま、彼女は弘に言った。


「そして……伝えたいことがあります。少し前、私は……貴方を好きだという気持ちを保てないので、貴方から身を引く……。そういった意味のことを言いました」


「……ああ、言ったな」


 すう……。


 静かに、だが大きく息を吸い込む音が聞こえた。それを聞いた弘は生唾を飲み下し、ウルスラの言葉を待った。だが……。


「むぐっ!?」


 続いて聞こえたのは言葉ではなく、くぐもった呻き声だったのである。



◇◇◇◇



「タイリースの姿が消えたぞ!?」


 弘とウルスラが戻るまでの間、残された者達は休息も兼ねて待ち続けていた。だが、そんな中でグレースが声を発し、素早く立ち上がる。 


「消えたって……。魔法か何かですか!?」


 続いて立ち上がったカレンが問うと、グレースは弓の準備をしながら叫んだ。


「わからん! 奴の仲間は動いていないが、いきなりタイリースの姿だけが見えなくなった! 風の精霊達はそう言っている!」


「精霊魔法で監視されている状態から、姿をくらます……。やはり魔法を使ったんだと思いますぅ!」


 そう言うターニャも杖を掴んで立ち上がっている。この頃になると、皆が立ち上がっており、ターニャの意見に異を唱える者は居なかった。しかし、如何なる魔法を行使したのかを詮索する者も、また存在しない。それどころではないからだ。


「何が目的で姿をくらましたのかは、わかりませんが……。とにかくサワタリさん達の所へ行きましょう! 2人だけにはしておけません!」


 カレンによる号令の下、皆が一斉に駆け出す。先頭は、森での行動に優れるエルフ……グレースだ。


「タイリース、何のつもり? ヒロシに何かしようっての?」


 グレースを追いながら、ジュディスが小さく呟く。


「腕が立つって噂は聞いてるけど。あのヒロシにちょっかい出して、勝てると思ってるのかしら?」


 タイリースの強さは、以前に組んでギルド依頼を遂行した戦士……ムーンと同じくらい。このジュディスの呟きは、皆が思っていることでもあった。

 しかし、先程カレンが言った『嫌な予感』というのが気になる。それがもし、タイリースと関係していたとしたらどうだろう。


(不安だわ……)


 この向こうに居る弘とウルスラは、果たして無事だろうか。 

 いや、そもそも姿を消したタイリースが、弘達に手出しすると決まったわけではない。だがしかし、走らずには居られない。ジュディスはキュッと唇を噛むと、隣を走るカレンと共に森の奥へ駆け続けるのだった。

 


◇◇◇◇



 妙な声を発したウルスラは、立ったまま動かない。左手を肩の高さまで上げて、小刻みに振る振る振るわせており、口は開いているようだが発声はできない様子だ。


「おい、ウルス……」


「お~っと! 動くんじゃないぞぉ?」


 男の声がする。ウルスラのすぐ近くで聞こえたが、声の主の姿は見えない。しかし、ウルスラが必死に視線を横……いや、後方に向けようとしているので、彼女の後ろに何者かが居るのは間違いないようだ。


「それに、この声。聞き覚えあるぞ。……タイリースか?」


「ご名答。むっ?」


 返事と共に、タイリースが姿を現す。彼はウルスラの背後に立って、彼女の左腕を掴んでいた。また、右手で口元を押さえにかかっている。


(どうりで口が利けないわけだぜ。それにしても……) 


「何の真似だ? あ? ウルスラを放せよ」


 怒気を込めて指図すると、タイリースは心外そうに笑った。


「お前、馬鹿か? 俺に何か要求できた立場か? 尼さんを取り押さえてるのは、この俺だ。俺の要求を聞くのが筋ってもんだろ?」 


「勝手なこと言いやがって……」


 トカレフを召喚し、抜き撃ちの要領でタイリースを倒せないか……弘は考えてみる。自分の召喚術は、他者には見えないメニュー画面を展開し、画面上の項目をタッチして選択。物品を召喚するものだ。この操作に慣れてくると、メニュー画面の展開をスキップして、いきなり召喚させることが可能である。弘の場合、品名を叫ぶことが多いが、あくまで気分で叫んでいるだけなのだ。


(ぐぬ。距離は近いし、タイリースだけに当てる自信はあるけど……)


 もしも外したら、ウルスラに命中してしまう。タイリースだって、ウルスラを盾にしようとするだろうし、ここは様子を見た方が良い。


(どうやって近づいてきたか知らんが、姿を見せた以上はグレースが気づいてくれるはずだ)


 この状況を知った仲間達が傍観しているとは思えないから、すぐに駆けつけてくるだろう。ならば自分は時間稼ぎをしつつ、それを待てば良いのだ。


「なあ、おい? どうやってウルスラに近づいた? その位置だと俺から見えるはずだろ?」


「やっぱりな。夜でも見えるようになってるのか。俺の方こそ、その辺について教えて欲しいが……。まあ、いい。これを見な」


 タイリースは顎をしゃくり、ウルスラの左腕を握る自分の手を示した。その手……左手の中指には、意匠を凝らした指輪がはめられている。


「悪魔の指輪って言ってな。こいつをはめてると姿が消せるし、魔法探知にも引っかからない。なかなかの逸品だ」


 自慢げにタイリースが語っていた……その時。


「サワタリさん!」 


 弘の背後からカレン達が飛び出してきた。


「な、なんだ!? なんで、こんなに来るのが早いんだ!?」


「大丈夫ですか……って、ウルスラさん!?」 


 慌てるタイリースを一先ず置き、カレンは弘に声をかける。だが、言い終わる前に、ウルスラの状況を把握して愕然とした。少し遅れて姿を現したジュディスも、パーティーメンバーを人質に取られている状況に激高する。


「ウルスラ!? タイリース! あんた、何やってんのよ!」


「はん! 皆さん、お揃いのようで。おい、お前ら! 出てきていいぞ!」


 タイリースの呼び声に応じ、彼の背後の藪から戦士2人、偵察士1人が姿を現した。タイリース側が総勢4人となったわけだが、この場に居る弘側の人員は、ウルスラを除いても8人。戦士だけでも4人だ。戦力は圧倒的に弘側が有利なのだが……。


「だがな、人質を握ってるのは俺達の方だ。何人居たって問題じゃねーよ。そんなわけで、武器を捨てな! 剣やら短刀やら、その辺に積み上げるんだ。早くしろ!」


「……くそ、わかったよ。みんな、奴の言うとおりにしてくれ」


「ひ、ヒロシ……」


 不安そうにジュディスが呼びかけるが、弘が一瞥したところ素直に頷き、鞘ごと剣を取り外した。他の者達……シルビアやグレースなどもメイスや弓を、地面に放り投げていく。

 この様子を気分よさげに眺めていたタイリースは、1つ頷いてから再び口を開いた。


「さっきの戦い。ありゃあ凄かった。見させて貰ったが……サワタリがやったんだろ? 爆発するアレ。あんた、戦士じゃないのか?」


 詮索してくるタイリースをカレン達が注視し、その視線を弘に向けて転じている。彼が何と答えるか、こんな状況ではあったが興味が湧いたのだ。


「俺か? 俺は、ただの戦士だよ。さっきの爆発は、まあ手品みたいなもんさ。それを聞きたくて、こんな真似を?」


「ハッ! 馬鹿言っちゃいけない。……先だってキャンプ地で妙な指輪を使ってたろう? 指輪の精とかだったか? アレを寄越しな」


 ブリジットが目的だったと聞き、今度はジュディスに視線が集中する。ジュディスは指輪を、薬指ごと握り締めていたが……。


「ジュディス……」


 口元を覆っていた手が外され、口が利けるようになっていたウルスラが名を呼んだことで、ジュディスは決断した。


「わかった。指輪を渡せばいいのね?」


 ウルスラを安心させるように頷き、ブリジットの指輪を指から引き抜く。そしてそれをタイリースに向けて放った。タイリースは左腕を回してウルスラの細腰を抱きかかえると、開いた方の右手で指輪を受け止めた。


「うおっと、ととと。夜だってのに、物を投げるなよ。けど……へへへ。こいつが……。へっへっへ」


 微かに降り注ぐ月明かりに指輪をかざしたタイリースは、それをズボンのポケットに突っ込むと、弘を見た。


「まだ、あるんだろ?」


「欲深いな。指輪1つでウルスラを解放して欲しいもんだ」


 うんざり顔で弘が言うと、タイリースは高笑いをする。


「ハーッハハハハ! おいおい、お前の仲間の命は指輪1つ分なのか? 他にもあるんだろ? 出せよ」


「……その前に、聞かせて欲しいんだが」


「ん~?」


 余裕の表情のタイリースに弘は聞いた。このまま魔法具の類をすべて差し出したとして、それで満足してくれるのか? ウルスラは解放して貰えるのか? 

 この質問に対し、タイリースは薄く笑ってから答えた。


「んふふ。あんたらには、後でオーガーを探し出して……戦って貰う。けど、俺達が倒したってことにするのさ。つまりは、依頼遂行の手柄も頂きってことだな」


「卑怯です! こんな事をして、ただで済むと思っているのですか!」


 その鋭い声はシルビアのものであり、罪人を詰問するような迫力があったが、タイリースは笑い飛ばす。


「済むと思ってるさぁ。冒険者同士のいざこざは、冒険者同士で解決する。そういうもんだろ? それにこりゃ、冒険の中の駆け引きって奴だ。あんたら、俺達との駆け引きに負けたのさ。それとも全部終わってから、ギルドや他の冒険者達に泣きつくかい? たちゅけて~! ボクちん、タイリースさんにはめられて、依頼や魔法具を横取りされたんでちゅ~……ってなぁ」


 ここでタイリースが再び高笑いをし、仲間達も追従して高笑いをした。

 自分達にとっては良いことばかり……のようなことを言ったわけだが、タイリース達が失うものは、実はちゃんと存在する。それは、冒険者としての信用だ。

 複数パーティーが集結し、依頼遂行に向けて活動しているというのに、他パーティーのメンバーを襲撃してアイテム強奪を行う。こんなタイリースらが、今後誰の信用を得られると言うのか。

 だが、この点について、タイリースには考えがあった。



◇◇◇◇



(よ、よ~し! このまま畳みかけるぞ)


 一見、有利に事を進めているタイリースであったが、内心では冷や汗をかいている。何しろ、相手の方が多勢なのだ。しかも、目の前に居るヒロシ・サワタリは、ディオスク闘技場で10連勝した強者。先程などは、自分達を敗走に追い込んだホブゴブリンを、単独で殲滅している。

 もし、弘達がウルスラのことを諦めて戦闘開始したとしたら、丸腰相手とは言え勝てないかもしれない。そこでタイリースが考えた作戦は、先程言ったとおり、弘達をオーガーと戦わせること。そして……その最中に弘を殺害することだ。


(この森は普通じゃないし、オーガーだって普通じゃないと見た。そんなのを相手にしたら、いくら何でも手こずるに違いねぇ。そこでサワタリを殺って、他の連中も始末するんだ。なあに、乱戦中なら手はある)


 また、弘達が全滅したとして、オーガーが元気なまま残った場合。相手の負傷程度によっては、タイリース達だけで倒せるだろう。それが無理なら、オーガーを放置して逃げればいいのだ。


(思惑どおりにいって欲しいもんだ。なにせ悪魔の指輪は、もう使えないんだからな)


 彼が持つ悪魔の指輪は、使用回数1回のみの使い切り品だ。さっき使ってしまったので、今ではただの指輪であり、オーガーから逃げる際に頼ることはできない。


(そこは上手く逃げるとしてだ。この奪った指輪……魔法具は、俺が見たところじゃあ悪魔の指輪より上等な代物だ。充分な収穫だぜ。あとは昏倒してるカートウッドを、助けなきゃいけねーが。それもまあ、どうにかするさ)


 そして、その時点で弘達は全滅してるだろうから、冒険者としての信用も失墜しない。

 と、こういう雑な作戦であったが、上手くはまればタイリースの期待どおりとなるはずだった。


(もう一押し! 何とかしてオーガーと戦わせるように仕向けなくちゃな!)


 乾いた唇をペロリと舐め、タイリースは対峙するジュディスパーティーを見回した。戦士らしき人影が4人分。長身の女らしき人影は、耳の辺りが尖っているようだからエルフだろう。他にも2人か3人……。月明かりだけが頼りであるため、ハッキリとは見えない。


(くそ。仲間に松明でも用意させるか? いや、それをオーガーに見られたら元も子もねぇ。せっかく暗い中で頑張ってきたんだから、オーガーを見つけるまでは……このままだ) 


 闇の中で敵対者と話をする。その行為にもどかしさを感じつつ、タイリースは次なる要求を述べることにした。ただし、絶対に必要な事柄ではなく嫌がらせのため……である。相手に無理を聞かせる以上、反抗的な態度はへし折っておかなければならないのだ。



◇◇◇◇



「そういやジュディス。あんた、森の前じゃ随分な態度だったじゃねーか」


「えっ? あたし!?」


 驚くジュディスが自分の顔を指さした。確かに森に入る直前、ジュディスはタイリースと揉め事を起こしている。それは、話しかけてきたタイリースを振り払うようにしたことだが……。


(あんな事を、今頃になって蒸し返して来るだなんて……)


 そう思うものの、タイリースとしては『今頃』も何も関係ないのだろう。ウルスラを抱きかかえたままのタイリースは、下卑た笑みを浮かべて言った。


「まずは、あの失礼な態度について謝ってもらおうか?」


「あ、あの。ごめんなさい……」


 悔しげにジュディスが言うと、タイリースは首を横に振る。


「違うね。アンタじゃない。そこのサワタリだよ」


 だったら、ジュディスが謝る前に言えよ……と弘が思っている前で、タイリースは話を続けた。


「建前上、ジュディスのパーティーに入ってるが。森の前で、俺と話すようジュディスに指図したのは……サワタリ。アンタだろ?」


「そ~だよ。よく見抜いたな」


 弘は素直に白状する。本当のことであるし、ここでしらばっくれてジュディスに矛先が向くのは避けたかったからだ。なにより、すでにジュディスに謝らせている。実質的なリーダー格としては、これ以上、他のメンバーに嫌な思いをさせる気はなかった。


「で? 今度は俺が『ごめんなさい』すればいいのか?」


「そうだ。察しが良くて助かるぜ。あのサワタリに頭下げさせたとなると、俺も鼻が高いってもんだ。……そこで跪きな」


 ギリリ……。


 歯の軋む音がする。知らず知らずのうちに歯軋りをしていたようだ。それを聞いたタイリースが笑みを浮かべ、ジュディスが、そしてカレン達が悔しそうな顔をする。


(我慢。我慢しろよ、俺……)


 弘は、一歩前に出て膝を突いた。


「ヒロシ……。そんなこと、しなくていいから! あぐ!」


 見かねたウルスラが叫びかけたものの、その声が途中で呻き声に変わるウルスラが呻く。タイリースによって、掴まれたままの左腕を捻り上げられたのだ。


「乱暴すんな! ……言うとおりにしてるだろ~が」


 抗議したことでタイリースは力を弱めたようだが、ウルスラはまだ辛そうにしている。この冒険者を逸脱したならず者どもには、必ず仕返しをするとして。この場は素直に言うことを聞かなければ、今のようにウルスラが危ない。


(なんか、上手い手はないもんかな)


 口をへの字の曲げたまま、弘は再度タイリース達の立ち位置を確認する。数歩先にタイリースが居て、そのやや後方左右に男性戦士が1人ずつ。その戦士2名の後方に偵察士が居た。


(タイリースとの間合いが近いな。……奴だけなら何とかなるけど、続けて戦士2人を一気に……ってのは難しいぞ)


 なぜなら、2人の間にはウルスラが居るからだ。片方を倒している間に、もう片方がウルスラに攻撃するかもしれない。残った偵察士だって黙ってはいないだろう。


(手榴弾は……駄目だな。近すぎるし、伏せろと叫んで投げても、皆が言ったとおりに伏せるとは限らないぜ。第一、危ないことに変わりない。他に……ん?)


 上目遣いでタイリース達の様子を窺っていた弘は、敵方偵察士の更に後方で、木の枝が揺れるのを見た。風で揺れたにしては、おかしい揺れ方である。まるで何かが乗って居たようだ。


(あれは……)


「おい。何してる。跪いたんなら早く頭を下げろよ」 


 タイリースが弘を急かす。前方……すなわちタイリースらの後方に気を取られていた弘は、我に返ると舌打ちした。


「……おい。俺が言うこと聞いたら、本当にウルスラを解放してくれるんだろうな?」


「ヒロシ……」


 もはや涙声になっているウルスラが弘の名を呼ぶ。彼女に対し、無言で口の端を持ち上げて見せた弘は、タイリースの返事を待った。


「解放ねぇ。そこはアンタの心がけ1つさ。さあ、まずは頭を下げろ」


「……わかったよ」


 こちらの世界で土下座が存在するのか、弘は知らない。しかし、日本人としては両手をついて誰かに謝る場合。その額を地面に擦りつけて謝るべきだ……と弘は考えている。だが、このときの弘はそうしなかった。

 正座をし、両手をつき、ぐっと頭を下げたところ止まりで、地面に額を付けるまで下げなかったのである。これを見たタイリースは忌々しげに舌打ちすると、一歩二歩と近づいてきた。このことで引きずられる形となったウルスラは、抵抗しているようだったが、男性戦士と尼僧では力が違う。為す術無く、弘の眼前にまで連行されることとなった。


「あのなぁ……。平伏するってのはよ。もっとこう……」


 移動を終えたタイリースは、言いつつ右足を上げ……上を向いている弘の後頭部目がけて振り下ろす。


 ガッ!


 鈍い音と共に、弘の後頭部に激痛が生じた。


「さ、サワタリさん!」


「下衆め! その足をどけろ!」


 カレンが悲鳴にも似た声をあげ、グレースが怒声を発する。もちろん、シルビアやラス、それにターニャだって黙ってはいない。だが、それらカレン達の声を、タイリースは心地よく聞き流した。


「ハッハッハァ! もっとこう頭を低くするんだよ!」 


 売り出し中の生意気な若僧を、平伏させて足蹴にする。タイリースの心を歪んだ満足感が満たしていく。目の前の小娘どもが悔しそうにしているのだって最高だ。

 タイリースは思う。俺は勝った! と。


(でも……何にだ? あれ?)


 それまで、何の不思議もなく取ってきた自分の行動に疑念が生じる。いや、気分が良いこと自体は問題ない。そうしたかったのは事実だからだ。しかし、タイリースには『なぜ自分が、このタイミングで仕掛けたのか』が理解できなかった。


(おかしいぞ? こいつらがオーガーと戦うまで待つ……で良かったんだよな? 何だって俺は、サワタリと……)


 混乱するタイリースは、ほんの一瞬であるが周囲に対する意識に空白が生じている。その時……。


 ヒョッ……ドス!


「ぐああああっ!?」


 最後列に居た偵察士が悲鳴をあげた。タイリースらが慌てて振り向くと、背に矢を受けた偵察士が前のめりに倒れているのが見える。


「畜生! 他にも仲間が居たのか! 何処だ!」


 抱きかかえたままのウルスラを人質に取るのも忘れ、タイリースは周囲を見回した。しかし、彼らの目には夜の森しか見えない。だが、左右にいた戦士達が相次いで悲鳴をあげる。


「ぎゃぶっ!?」


「い、石っ!? ぐべっ!?」


 どこからともなく投じられた石が顔面を直撃したのだ。それで死ぬことはなかったものの、2人とも顔を押さえてうずくまってしまう。


「お、おい!? お前ら……ぬうっ!?」


 仲間の戦士達に近寄ろうとするが、タイリースは踏み出そうとした足を途中で下ろす。そして、流れるような動作で腰の短剣に手を伸ばし……素早く抜き放った。


 ガキキイ!


 弘に背を向けて振り向いた先。何もない空中に向けて短剣を振るうと、それが火花を散らして停止した。そして、出現する女性偵察士の姿。駆け寄りざま跳躍したのか、いまだ空中にある彼女を見てタイリースが叫ぶ。


「サワタリのとこの偵察士!? お前が石を!? しかも見えなかったぞ! どうやった!」


「姿を消せるのが、自分だけだと思わないことね!」


 姿隠しの短剣の効果が切れたノーマは、地面に降り立つやタイリースと鍔迫り合いを始めた。だが、女の細腕では男性の、それも戦士の腕力には敵わない。ウルスラを抱きかかえたままなので、タイリースは右腕1本。手にしているのは同じ短剣だというのに、ノーマは力負けしてしまう。


 グギギギ……。


「ふ、ふふふ……」


 徐々に押し込まれながらも、ノーマは笑った。いや、彼女だけでなくウルスラも笑っている。抵抗できないよう、渾身の力で胴を締め上げられているのだが、それでも笑うことをやめない。


「お前ら! 何が可笑し……」


 ガシイィ!


「ごはっ!?」


 振り下ろされた木刀が、頭髪の薄くなった部分を直撃した。タイリースは白目を剥き、ウルスラを放り出す形で後方へ倒れる。その彼の背後に……弘が立っていた。


「このハゲ。俺に背中向けたまま、調子くれてんじゃねーぞ?」


 召喚した木刀を投げ捨て、弘はノーマに笑いかける。それは「助かったぜ」という意味合いの笑みであったが、それを読み取ったノーマは軽く手を振って「いいのよ。気にしなくて」と返していた。


「残りの連中は?」


 周囲を見回したところ、矢を受けた偵察士や投石で倒れた戦士2人は、カレン達によって取り押さえられている。


(マジで助かったぜ……)


 タイリースを倒したのは自分だが、ノーマの活躍がなければ、もう少し危ない橋を渡ることになっていたかもしれない。今、こうやってタイリース以外の者を取り押さえているのも、自分ではなくカレン達だ。冒険行における仲間のありがたみ。それを弘は、しみじみと噛みしめていた。


(それにしても……。駆けつけるまでの間に姿を消してくるとはな……。やるじゃねーか)


 姿を消すことを決めたのはカレンだろうか。それともノーマの独断だろうか。

 その辺は後で聞いてみるとして、カレン達が駆けつけた時。弘は彼女らに背を向けていたため、仲間の人数を確認できなかった。一方、位置的にカレン達を目視していたはずのタイリース達は、月明かりだけが頼りだったので、ノーマが居ない事に気づけなかった。


(本当に危ないところだったな……)


 運やタイミング。仲間達の能力に、持っていた魔法具の性能。それらに助けられた結果であることを認識しつつ、弘はウルスラに注意を向ける。人質になって以後、ずっとタイリースに締め上げられていたので、何処か身体を痛めたかもしれない。


「大丈夫か? 締め上げられてたみたいだけど、怪我とかないか?」


「ヒロシ……」


 立ったまま腹部を手で押さえていたウルスラは、呼ばれて弘の名を口にする。そして潤んだ瞳で弘を見ると、そのまま駆け出し弘の胸に飛び込んできた。


「へっ? えええ?」


 回避することは可能だったが、驚いたことでタイミングを逃してしまう。そのままウルスラを抱き留めた弘は、カレン達……複数人からの視線に気づいた。

 良いシーンを見た的な視線。意外な行動に感心している視線。驚き一色の視線。それら様々な視線を受け止めつつ、弘は呟いていた。


「ちょ、どうなってんだ?」


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