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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
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第百二十四話 夜の森へ

 ジュディスがテントから出ている間。

 弘はアグラ座りで腕組みをしたまま、ジッと黙っていた。

 ジュディスのことは気になるが、自分がどうこう言えた立場ではないと考えたからである。ただし、対面側で座るターニャから非難がましい視線が飛んでくるので、それに関しては精神的に辛い思いをしていた。

 他のメンバー……例えばカレンなどは、隣で座るシルビアと何か話したい様子であったが、黙っている弘に合わせたのか、特に話し合うことはしていない。

 こうして沈黙の時が流れ、ジュディスとウルスラが戻ってくる。


「ただいま!」


「お、おう。もう大丈夫なのか?」

 

 テントに入るなり一声発したジュディス。彼女が元気そうなので、弘は確認してみた。


「大丈夫に決まってるじゃない。さっそく打ち合わせをしましょう!」


 そう言うジュディスの眼が赤くはれている……様子がないので、弘は「泣いてたんじゃなかったのか?」と首を傾げた。


(「主よ。さっき、この耳で聞いたのだがな……」)


 耳打ちするグレースから聞いたところでは、どうやらこのテントに入る前に治療法術を使ったらしい。それで泣き腫らした目を治癒したようだ。


(「小声だが、祈りの声が聞こえた」)


(「そっか」)


 ジュディスが無理をしていると知り、弘は感心する。それと同時に、ジュディスとウルスラの関係が良いものだ……とも思っていた。へこんだ時に駆けつけて助けてくれる友人。実にありがたい存在だ。


(今の俺だと……カレン達がそうか? いや、友人って言うか『彼女』だしな……)


 そんなことを考えていた弘だが、ジュディスが再び正面に座ると、この後の行動についての打ち合わせを始めた。


「さっきテント前で、方針を幾つか言ったけど。あらためて達成目標を決めておくか。ウルスラを魔気の糸から解放する。こいつが第一目標って事でいいよな?」


 弘が言うと、皆が頷いた。

 具体的にどう解放するのかと言うと、やはり魔気の糸を発している者を排除することになるだろう。


「森に入ったら、まずそいつの捜索だ。あと気をつけたいのは、オーガーとホブゴブリンだよな。魔気の糸のこともあるが……日中森に入った奴らは、坊さん以外はホブゴブリンの矢で痛い目にあったんだっけ?」


 ジュディスを見つつ言うと、ジュディスは頷く。


「そうよ。あたしもラスの盾を借りなきゃ、どうなってたか……」


「ホブゴブリンの姿は見たか?」


「えっ? あ、いえ……見てない……かも」


 自信なさげにジュディスがラスやターニャを見たが、2人とも首を横に振った。


「じゅ、ジュディスさん達が森から出てきた時に、魔法で援護攻撃しました。だけど、私はホブゴブリンを見ていません」


「俺も見てないな。他の連中の悲鳴を聞いたぐらいで……。おっと、そういや、どこかのパーティーがホブゴブリンを見たようなことを叫んでたな。それと、そうだ! 森の外まで逃げ戻ってから、よその戦士連中と立ち話をして聞いたぜ!」


 ウルスラの看護中。水をくみに出たラスは、他パーティーの戦士からホブゴブリンの目撃情報を聞いたらしい。


「奴らもハッキリ見ちゃいないそうだが、革鎧や弓矢で武装したホブゴブリンだったらしいぜ」


「ふうん。前情報どおりに、ホブゴブリンは居るわけか。じゃあ……オーガーを見たって話は?」


 この質問に対し、今度はラスも首を横に振った。ジュディスやターニャ、それにウルスラからも目撃情報は出てこない。


「ホブゴブリンの話題が出たときにも、皆で話したんだけどな。オーガーを見た奴は居ないってさ」


「そうか……。けど、ギルド依頼で通ってるくらいだから、誰かが見たんだろうな。だったら、オーガーも居るってことで話を進めるか」


 第一目標は先に述べたとおり、ウルスラの解放だが、オーガーとホブゴブリンを見かけたら積極的に殲滅していくものとする。


「野放しにしておくと危ないし、ジュディスらが引き受けた依頼目標でもあるからな」


 この方針に対して別案が出なかったので、パーティーの行動方針は確定した。続いて弘は、森に入る際の隊列についても話し合う。


「先頭をノーマ。次いで前列に俺とカレン。二列目をシルビア、ターニャ、ウルスラ。最後尾をラスとグレース。それにジュディスってところかな?」


「夜目が利いて足跡も追える私が、先頭で斥候。クリュセダンジョンでもやった配置ね」


 ノーマが確認したので、弘は頷いた。夜の森など、視界が不明瞭な場所では、偵察士の能力が頼りになる。これがコンピュータゲームのダンジョンRPGであったなら、最前列を戦士職で固めたいところだが、森の中では背後に回られる恐れがあるのだ。その問題を考慮すると、最後尾に1~2人ぐらいは戦士職を配置しておきたい。


「そこで、ジュディスとラスを最後尾に付けたわけだ。森に強いエルフのグレースも一緒だし、前後に索敵力が発揮できたら、おおむね万全だろ?」


 魔法使いのターニャは隊列の中央に配置し、多少は接近戦を戦える僧職で両脇を固める寸法だ。


「もうちょっと開けた場所へ行くなら、ラスかジュディスを前列に持ってきたかったんだけどな。まあ、守り重視ってことだ」


 皆が頷いたので、弘は自分が言ったとおりの隊列で森に入ることを決めた。そして、改めて皆に聞いてみる。


「他に、何か役に立つ話はないかな? 隠しておきたいって話までは聞かねーけどさ」


「我の風魔法が有効だと思う」


 グレースが挙手しつつ発言した。先程、グレースはテント周辺の調査や、離れた他パーティーの状況を探っている。同じように風の精霊を使役することで、移動中の自パーティー周辺を探れるのだ。


「屋外で風通しが良く、しかも我と相性が良い森の中だ。少し時間はかかるが、探索範囲も広げられるから……充分役に立つと思うぞ?」


「おお~。森に居る時のエルフって、マジで凄いな」


「サワタリさん。私からも……」


 今度の声は、ジュディスの方から聞こえた。ただし、発言したのは彼女ではなく、彼女の左薬指にある指輪……その少し上で浮いているブリジットである。


「夜の森に入るとのことですが……」


 弘がウムと頷いたのを見て、ブリジットは先を続けた。


「このテントに居る人数でしたら、暗視能力を付与できますよ」


「おう! マジかよ!」


 それはつまり松明やランタンを持ち歩かずとも、夜の森で行動ができるという事だ。付け加えると、照明具を持つ必要がないので腕の自由度が上昇する。また、クリュセダンジョンの時に発生した『自パーティーの照明光を目印に襲撃される』という事態が避けやすくなるのだ。


「他は以前にもお話したことですが、実体化して戦闘に加われること。闇魔法を幾つか使用できること。……ああ、暗視能力付与は闇魔法の1つです。それと……」


「まだ、あるのか?」


「はい。これも夜間限定ですが。私は夜の戦乙女。女性のジュディスさんとは相性が良いのです。このため、ジュディスさんに憑依しての戦乙女化が可能です」


「ええっ!? そんなことが出来るの!?」


「すげぇ! 変身みたいなもんか!」 


 弘とジュディスが同時に声をあげた。

 自分の時には出来なかった憑依変身。それを知って弘は感心したが、ここで少し首を傾げている。  


「……それって、ブリジットが実体化して戦うのと何か違うのか?」


 この質問に対し、ブリジットがジュディスと何か話した。よくは聞き取れなかったが、どうやら弘の質問に答えて良いかどうかを確認しているらしい。


(そういや俺、もうブリジットの所有者じゃないんだっけな?)


 少し寂しさを感じるが、現状、パーティーのリーダー格は弘である。だからこそ、ブリジットは先程の自発的な発言をしたのだろう。


(憑依変身について守護対象者……ジュディスと相談したのは、あまりベラベラ喋っていい情報じゃないってことなんだろうな)


 やがて相談し終えたのかジュディスが頷き、ブリジットが再び弘を見た。


「私単独では、蓄えた魔力を『実体化するため』に大きく消耗します。したがって、長時間の実体化が非常に短いのです」


 それは時間で言えば、30秒ほどであるとのこと。

 一方、ジュディスに憑依して変身した場合だと、ジュディスの体力・精神力をあてにできるため、約2分ほどにまで時間延長できるらしい。


「それでも2分ぐらいか……」


「武具の実体化や、装着中の武具の亜空間収納。それに、憑依すること自体にも魔力を消耗しますので。ただ、戦闘時の出力は私単体の時よりも強くなりますよ?」


「ふうん。亜空間収納で瞬着? 俺のボディアーマー召喚と似た感じか」


 なお、憑依変身した場合。身体の主導権は、ジュディスにあるとのこと。また、意識的には双方リンクしているので、ジュディスの意思……正確にはブリジットに命じることで闇魔法が使えるのだ。 


「へ~。ますます変身ヒーローっぽいな。それ、俺の時にはできなかったんだよな?」


「はい。指輪の所有者が、女性の時にのみ可能となります」


「……男限定で何かないのか?」


「ありません」


「ああ、そう」


 いささかガッカリしたが、出来ないものはしかたがない。


(第一、次の所有者になってるジュディスが指輪をはめたから、俺はもう守護の対象外で……。んん?) 


 弘の頭上に大きな?マークが出現する。

 以前、ブリジットから聞いた話だが、彼女は千人を守護して指輪から解放されるのが望みだという。この話を聞いたとき、弘は「俺達のパーティーメンバーで、グルグル指輪をはめて回せばノルマ達成が早いんじゃないか?」的な質問をした。対するブリジットは「所有権が移った後は、元の所有者は対象外。それに自分は、きちんとノルマを果たしたい」といった返答をしている。


「なあ、ブリジット? ジュディスが指輪の所有者になった今じゃ、俺は守護達成数の追加対象外だったよな?」


「はい。以前にお話ししたとおりです」


「じゃあ、俺がまた指輪をはめるとどうなんだっけ?」


 この質問を聞き、皆の視線がブリジットに集まった。ジュディスは一斉に視線を向けられたので、ギョッとした様子であったが、ブリジットに向けられた視線だと察すると自らもブリジットを見ている。


「その場合は、サワタリさんを守護しますよ。もっとも、私の守護達成数に影響はありませんが」


 ただ働き同然の守護活動を行うことになるが、ブリジットは気にならないらしい。


「指輪の所有者……装着者を守護すること。それが今の私に与えられた使命ですから。守護達成数のことは気になりません」


 それを聞いた弘達は、ほとんどの者が「いい人だ!」との感想を持った。そして、その『ほとんどの者』に入らないのがノーマとウルスラであり、彼女らは「物好きねぇ」とか「ただ働きだなんて、神の教えに反する~。嫌ぁ~」などと感じている。ただし、それを口に出して言うようなことはしなかった。


「よっしゃ! まあ、こんなもんか!」


 他に意見が出ないと見た弘は、ザッと立ち上がる。マーキー型のテントは天井が高いため、長身の弘が立ち上がっても差し障りはない。彼が立ち上がったのを見て、他の者達も立ち上がった。


「色々あって時間を取ったが、森へ出発する! ジュディス達は、自分のテントで準備をしてくれ。俺んとこは、テントごとアイテム欄収納するからな! 貴重品は自分で持っててくれよ?」


 弘はアイテム欄収納の能力を重宝している。しかし、過度に頼り切ってはいない。魔法封じか何かで能力が使えなくなるというのは、漫画やアニメではよくある話だからだ。そういった事態を想定している弘は、必要最低限の物資や金品を背負い袋に入れてある。


(召喚術だってそうだ。こんなタナボタみたいな能力、いつ使えなくなるかわからんからな。やっぱ、最後に頼りになるのは腕っ節だぜ)


 異世界に来て異能力に目覚めたものの、能力にオンブでだっこの状態になるつもりはない。最悪、無能力状態に陥ったとしても、この世界なら腕1本で生きていくことは可能なはずだ。


(そのために1人でダンジョンごもりして、レベル上げをするんだからな。身体能力を思い切り上げておけば、あとは……まあ何とかなるさ)


 弘の号令でジュディス達がテントを出て行く。それを見送った弘は、カレン達と共に外へ出た。全員出てから各員の様子を観察したところ、やはり背負い袋は皆が装備している。


(うん良し。やっぱ、アイテム欄が駄目になったときのことを考えると、こうあるべきだよな~)


 1人納得した弘は、マーキー型テントをアイテム欄に収納した。


 フシュン。 


 小屋ほどもある大型のテントが瞬時に消失する。全面的に頼り切るのはどうかと思うが、やはり便利な能力であることには違いない。


「おう。ヒロシ。俺達のテント、お前さんが持っててくれるか?」


 そう声をかけてきたのはラスだった。彼が言うには、自分達のテント一式に関しては、アイテム欄に収納して欲しいとのこと。


「この場に置いていってもいいんだけど。ヒロシは大荷物を持ち運べるものな。な~、頼らせて貰ってもいいだろ~。無料で」


「ああもう。わかったよ。この状況で、預かり賃取るとか言わね~し!」


 大した手間ではない上、ジュディス達のテント位置は数歩先だ。ジュディスやウルスラの申し訳なさそうな視線に対し、「ああ。いいから、いいから」と手を振りながら、弘はジュディスパーティーのテントをアイテム欄収納した。


「あとはレンタルした馬車だけど。あれは、あのままでいいか」


 馬車はともかく、生きている馬はアイテム欄収納できない。馬だけ繋いでおくのも変な話だと思ったので、馬車ごと置いておくことにする。


「他の馬車持ちパーティーが、朝ぐらいまで居るだろうし。登録支部は違うかもしれんけど同じギルド冒険者だ。盗難されるってことは、ないだろ? それに、どうせ荷台は空だもんな」


 こうして出発準備を整えた弘達は、ノーマを先頭にして夜の森へと歩き出した。その際、ブリジットに頼んで全員に暗視効果を付与している。


「では、いきます」


 小サイズのブリジットは、ジュディスの左肩付近で浮遊しながら、目を閉じた。そのまま深呼吸するような仕草をすると、突然、弘達の視界に変化が生じる。それまでの夜景が、瞬時に日中の光景へと変貌したのだ。


「うお! 昼間と変わりねぇ!?」


「うっそ!? えええ!? いきなり朝になった……とかじゃないの、これ!?」


 最初に驚いたのは弘で、次に声をあげたのはジュディスである。他のメンバーも驚いているが、弘のみは別の意味でも驚いていた。


(テレビ番組とかで見たことあるけど。暗視映像ってな、もっと緑色っぽかったよな? こんな、昼間みたいに見えるとか……マジかよ)


 この世界に来てから幾度も思ったことであるが、やはり魔法は凄い。


「解呪の魔法を使われると無効化されますが。そうでなければ、朝までぐらいは効果が続きます」


 ブリジットの説明を聞き、そこで我に返った弘は皆に不具合がないかを確認した。いくら明るく見えるとは言え、それまでは視界が暗かったのだ。感覚の違いから、行動に支障が出るかもしれない。しかし、誰も支障がないようなので、改めて森に出発する。その道すがら、弘は後方のキャンプ地を振り返った。


「他のパーティーは、テントの中かな?」


 グレースが風の精霊を使って調べたときは、とにかく昏倒した僧侶を看病するパーティーや、朝になるのを待って、何とかクロニウスに戻ろうとするパーティーと、その動向は様々だった。


(そういや、俺達を当てにしようって奴らが居たはずだが……)


 弘はグレースの報告を思い出していたが、その耳にノーマの声が飛び込んできた。


「ヒロシ! 前に何人か居る!」


「ああん? 前~?」


 言われて前方に注意を戻すと、確かに森の外縁付近に数人の男が居る。ブリジットによる暗視付与がなければ、ノーマとグレース以外は視認できなかっただろう。弘は戻ってきたノーマを隊列の中に迎え入れると、相手方に向けて目をこらした。


「あいつは……」


 1人の顔に見覚えがある。ジュディス達が森に入るのを躊躇ったとき、森へ入る側の意見を押し通した男だ。そして、キャンプ地に到着したばかりの弘に噛みついてきた人物でもある。


(そういや名前とか知らね~な。興味ね~けど)


「俺達が行動に出るのを、あそこで待ってたってわけね。虫とか居るだろうに、ご苦労なことで」


 ラスの軽口に同意しながら、弘は右手を肩の高さまで上げ、後方のジュディスを振り返った。そして指を何度か曲げることで、彼女を呼び寄せる。


「あたしを呼んだ? あの人達が、どうかしたの?」


「いや、俺達に用があるみたいなんだけどな」


 立て前とはいえ、弘はジュディスパーティーに加入している状態だ。その弘が、先頭に立って彼らと話をしたのでは、変に絡まれる要因になるかもしれない。


「ああ、なるほどね。あたしにパーティーリーダーとして彼らと話をしろってこと?」


「そのとおり。まあ、揉めそうになったら俺達がフォローに入るから。一つ、頼むわ」


 そう言うと弘は中列……シルビアの隣へ移動した。シルビア、ターニャ、ウルスラと並ぶ列の、さらに外縁部である。この位置なら、左側に飛び退きつつRPG-7の使用が可能だ。


(隊列の中に居てブッ放したら、ラスやグレースにバックブラストが当たっちまうもんな~)


 ちなみに、距離が近くてRPG-7を使いづらい場合は、手榴弾かトカレフを召喚するつもりである。


(揉め事にならないのが一番いいんだが。その辺は相手次第だな……)


 そうやって不測の事態に備えていると、相手方が前列に立ったジュディスの手前まで移動してきた。


「やあ、みなさん。こんな夜遅くに、どちらまで?」


 からかうような物言いが弘を苛立たせるが、ここはジュディスにも任せたのだ……と我慢をする。


(俺なら、言い返して雰囲気悪くしてたに違いね~わ)


 学生暴走族からアルバイター。異世界転移してからは山賊となって、今では冒険者稼業。めでたくカタギっぽい職に就いているのだから、対人対応は改めたいのだが……。


(性分的なものは変えるの難しいし~)


 苦笑しながら見ていると、ジュディスが相手の問いかけに答えた。


「どちらも何も、森へ行くのよ」


「この夜中にか? 灯りもなしで?」


「むっ……」


 素っ気なく応対していたジュディスが、ここで言葉に詰まる。弘達が灯りなしで行動しているのは、ブリジットによる暗視付与があるからだ。そういった特別な事柄を、よく知らない相手に話すわけにはいかない。そう考えたジュディスは、数秒黙した後、再び口を開いた。


「あたしのパーティーには、夜目の利くメンバーが多くてね。灯りなしでも何とかいけそうなの」


「確かに。偵察士に、暗視能力のあるエルフも居る。他に2人か3人ほど夜目が利いたら、夜の森でも苦労は少ないかも……な」


 月明かりの下、男性戦士が弘達を観察するように見まわす。


(うぜぇ。早いとこ切り上げて、森に入った方が良さそうだ)


 そう弘が思い始めた時、一瞬だけジュディスが振り返った。相手方にしてみれば、ジュディスが仲間の様子を窺った程度にしか見えなかっただろうし、離れている弘の表情までは見えていないはず。何しろ月明かりがあるとは言え、今は夜中なのだ。一方、弘とカレンは、ブリジットの暗視付与のおかげで互いの表情がハッキリと見えている。


(ああ、ジュディスも同じ考えだったか) 


 振り返ったジュディスは、一瞬だが頷いていた。その顔に浮かんだ不敵な笑みを見るに、彼女は弘が考えていたとおり、相手との話を切り上げるつもりなのだろう。


「何のつもりか知らないけれど。あたし達は急いでるのよ。用が無いなら、これで……」


「おい、待てよ。そう急ぐな」


 男性戦士が止めようとするが、ジュディスは耳を貸さない。


「さあ、みんな。森に入るわよ!」


 その号令を受けて、弘達は動き出した。目指すは目の前の森。先頭はジュディスとなっているが、見れば彼女の歩みが遅くなってきており、どうやら森に入る頃には最初の配置に戻るつもりのようだった。そして、森に入る直前。擦れ違いざまにジュディスが耳打ちしてきた。


(「あんな感じで良かったかしら?」)


 それは小声であり、男性戦士等には聞こえなかったが、パーティーメンバーには聞こえている。


(「上出来、上出来。前回、各パーティーでバラバラに森に入ったのって、あいつがいらんこと言ったからだろ? アホの相手してる暇なんかね~し」)


(「そだそだ。ヒロシのゆ~と~り!」)


 弘のセリフに、ラスが同調した。他の者達も皆頷いており、ジュディスの対応に問題はないと考えているようだ。


「ときに……ブリジット?」


 弘は森に数歩ほど入り、男性戦士達から見えなくなったのを確認してからブリジットに尋ねた。今、魔気の糸はどうなっているのだろうか。暗視能力を付与されているとはいえ、明るく見える景色の何処にも、それらしいモノは見えない。

 だが、ブリジットは今もなお魔気の糸が伸びてきていると言う。


「ウルスラさんには繋がったままですし、そちらのシルビアさんにも魔気の糸は伸びていますね」


 シルビアに関しては、ブリジットの力で防いでいるから問題ないとのことだ。


「今のところ、僧職者にばかり糸が伸びていますが。念のためにパーティー全員を守護しています」


「おう。ご苦労さん。で? なんかこう、魔気の糸を操ってる奴のことはわかるか?」


 この質問に関して、ブリジットは「まだ正体は掴めませんが。魔気の糸が伸びてくる方向に誘導します」と返している。


「それは良いですね。私達に魔気の糸は見えませんが……。このブリジット殿が居れば、事の元凶を探し出すのは容易でしょう」


 シルビアが発言し、弘は「まったくだぜ」と同意した後でジュディスを見た。先程まで告白だの、振るだのといった話をしたとは思えないほど、彼女は普段どおりだ。


「そういやジュディス? あの絡んできたオッサン戦士。あいつって有名な奴なのか?」


「おっさ……ああ、タイリースのことね。ムーンと同じくらいの実績持ちってことで、割と知られてる人よ? 強さじゃムーンの方が上だと思うけど、なにしろ古株だから。クロニウス近辺じゃ顔が利くのよねぇ。だから、最初に森へ入ったときも、彼の意見が採用されたわけだし。さっき彼と話したときだって、後ろにヒロシ達が居たから、さっきみたいな口が利けたのよ。これで結構、緊張してたんだから」


 そう言って最後に、ジュディスは肩をすくめている。


「緊張してたとか、ちっとも気がつかなかったぜ。いや、大したもんだ」


 ジュディスを褒めた弘は、先程の男性戦士……タイリースの態度を思い出していた。極短い間だったが、森の入口で対峙していた際の彼は、弘達の戦力や能力を観察していたような気がする。


(ジュディスの態度は痛快だったけど……)


「あのタイリースって奴には、注意した方が良さそうだな。グレースの話だと、俺達を利用したいらしいし。そうだからこそ森の入口で待ってたんだろうな。まあ、何か話しかけようとしたのを振り切ったわけだが」


 そのことで腹を立てたタイリース達が、何かしてくるかもしれない。弘は、すでに風の精霊魔法で周辺警戒や探索を始めているグレースに、タイリース達についても警戒するよう伝えた。


「了解した。森を行く以上、我に気づかれずに接近できる者など存在しない。それを証明して見せよう」


 自信たっぷりに言って胸を反らすと、革の胸当てで押さえ込まれた乳房が揺れる。それを見てカレンとジュディス、そしてターニャが嫌そうな顔をした。胸のサイズを気にしての表情のようだが、そのことには触れず弘は話を続ける。


「それじゃ、ブリジットの誘導に従いながら進むぞ。ノーマは、オーガーやホブゴブリンの痕跡に注意してくれ。グレースもオーガーやホブゴブリンの位置を掴んだら、すぐに報告だ。俺が仕掛けるからな」


「よかろう。しかし、どう戦うのだ? ジュディスの話では、日中でさえ巧妙に隠れながら矢を射かけてきたと聞くぞ?」


 暗視付与で日中同然の視界を得ているが、そのままではジュディス達の二の舞である。しかし、弘はニヤリと笑った。


「それについちゃ、今思いついたんだが。俺に考えがあるんだ。みんな、ちょっと……」


 両手で皆を手招きし、集まってきたところで案を披露する。


「……ってわけだ」


「それなら大丈夫そうですよね! 凄いです、サワタリさん!」


 興奮気味にカレンが頷いた。弘が目新しいことや、常人離れしたことをやって彼女が驚く。それは見慣れてきた光景であったが、このときの弘は妙に嬉しく感じていた。


(へ、変だな。今までだったら、単に鼻が高い気分になるだけだったのに。あ……ああ、そうか)


 ふと思い当たる。何のことはない、恋人に褒められたことが嬉しかったのだ。束の間ニヤッとした弘であったが、もう1人の恋人にも注意を向けている。


「そういうわけでグレース? 森は酷いことになるが……」


「仕方あるまい。森の民……エルフとして、思うところはある……。しかし、森の安寧を優先すべき! などと狭量なことを言うつもりはない。それにだ……」


 グレースは一度言葉を切ってから、表情を和らげた。


「主の活躍が期待できそうで、我としては大いに期待しておるよ」


「はいはい。取りあえず頑張ってみますよ」 


 おどけ口調で言うと、弘は他の者達を見る。皆、弘が言った案に乗り気なのか、瞳や表情にやる気が満ちている。


(イイ雰囲気だけどよ。本当に……さっきまで、惚れた腫れたの重い話をしてたとは思えんわ~)


 あるいは、いよいよ森で行動するとなって、気が紛れたのかもしれない。であるならば、この冒険中……少なくとも森に居る間は、余計なことを考えずにいられそうだ。


(変に悩んでたりすると、ヘマをやらかすかもだしな。気をつけないと……)


 内心で気を引き締めた弘は、ノーマを呼んで先頭に立つよう言う。そして、ブリジットに道案内を依頼して歩き出すのだった。



◇◇◇◇



「あいつら、いったい何様のつもりだ」


「俺達は冒険者としちゃあ、随分と先輩なんだぜ?」


「なあ、どうする? タイリース?」 


 森の入口で、3人の男が不平を並べている。彼らはタイリースのパーティーメンバーであり、先程のジュディスの態度について憤っているのだ。それらを黙って聞いていたタイリースは、両掌を前に出して皆を沈めた。


「まあ、落ち着け。ジュディスは割と知られた冒険者だし、男にキツいと聞く。だが……さっきの態度は、サワタリの指図に違いない。連中の中じゃ、奴が一番の実力者なんだからな」


 そういう指示を弘が出した事実はないのだが、タイリースは弘が仕組んだことだと決めつける。それを聞き、パーティーメンバーらは「そうだそうだ」と同調した。


「ときに……お前ら、気がついてるか? 奴ら、尼僧を2人も連れて森に入ったぞ? そのうちの1人はジュディスのとこの尼さんだ。……なんで昏倒してね~んだ? 先だって森に入った件でブッ倒れてたはずだ」


「お、おかしいよな! 後から来た尼さんだって倒れないし!」


「そうだぜ! うちのカートウッドは、まだ倒れたままだってのによ!」


 またもや男達はタイリースに同調する。その態度や言動は、パーティーメンバーとして一緒に物事を考えている風ではなく、ただ単にタイリースの意見に同調しているだけのようだ。


「ふ~む……」


 タイリースは芝居がかった仕草で考え込み、パッと顔を上げて皆を見回す。


「おそらく、奴らは何らかの魔法具を使っているに違いない。怪しいのは『指輪の精』とかって奴だが。まったく、ずるい話だ。そこで俺達の行動だが、今から奴らの後をつける」


 そうして弘達がオーガーないしホブゴブリン、あるいは事の元凶とやらと戦っている様子を観察するのだ。


「その時、敵が死にかけたら戦いに割り込もう。事が終わって油断してるところを襲ってもいいな。要するに美味しいところをいただきだ」


「そいつはいいぜ! さすがはタイリース!」


 沸き立つ仲間を、タイリースは悪い笑顔を浮かべながら眺めている。だが、彼には別の思惑があった。


(とはいえサワタリは、ドラゴンを一対一で倒せるほどの奴だ。戦闘後の疲弊状態を狙っても、勝ち目はないかもな……)


「さあ、連中について森へ入ろう! おっと、松明の類は使わない。だから、偵察士のお前が頼りだ。当てにしてるぜ?」


「ああ、任せてくれ!」


 皆を促し、偵察士に前を歩かせながら、タイリースは声に出さず呟く。


(「最悪、坊主が昏倒しない秘密でも掴めればいいんだがな。本当に『指輪の精』の力で何とかしてるなら、あれを奪いたいが……」) 


 前方では、森の中の闇に溶け込んでいく偵察士が見えていた。その背を見て、小さく舌打ちしたタイリースは、残りのメンバーと共に森へと踏み込んだのである。


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