第百二十三話 告白の行方
家督相続のため、オーガー単独討伐という試練を背負った者。それが、カレン・マクドガルだ。彼女が沢渡弘と初めて会ったのは、ゴメス山賊団討伐の時である。
「頭目のゴメスさん。彼に、サワタリさんのことを頼まれました」
そう言ったカレンは弘を見て微笑む。
「ああ、そうだったな」
弘は頷きながら、恩人であるゴメスを思い出していた。ゴメスはカレンとの一騎打ちで敗れたが、息を引き取る間際に弘のことを、カレンに託したのだ。
「ゴメスさんは山賊でしたが、その剣筋や言動から立派な方だったのだと思います。そういった方が、死の間際に気遣った男性。サワタリさんとは、どんな方なのか……。考えてみれば私、あの時からサワタリさんのことが気になっていたんですね」
「うっ……。そ、そうか……」
自分を好きだと言ってくれる少女から、自分のことを意識しだした経緯について聞く。滅多に無い経験であり、弘は気恥ずかしくなった。ついでに言えば多少は顔が赤くなっていたかもしれない。その様子を見ていたカレンは、浮かべていた微笑を苦笑に変え、先を続ける。
「憧れる。それも、ほとんど同時期からですね。サワタリさんの能力や素性を明かされたときに、私、『凄い!』って思いましたから。それから一緒に旅をして……別れて」
弘と別行動をしていた時期を思い出し、カレンは少し寂しい気持ちとなったが、一瞬伏し目がちになった後で再び弘を見た。
「クロニウスで擦れ違ったり、噂話を聞いてドキドキしたり……それで、ディオスクに行ったサワタリさんを追いかけたり……」
「あ~……やっぱり、そうでしたか……」
シルビアがカレンの語りに割り込む。ジト目で見るシルビアに対し、カレンは頬を赤く染めて目を逸らした。
「どういうことだ?」
「サワタリ殿になら言っても構いませんかね。まあ、他の方も居ますが……」
「あ、あのね、シルビア? そのことは~……」
「サワタリ殿? カレン様ったら、クロニウスのギルドで貴方の行った先を調べて、それで後を追いかけたんですよ?」
カレン越しに顔を見せているシルビアが、隣のカレンを指さし(真っ直ぐ指さしたのでは失礼だから、指を少し下へ曲げている)て言うと、カレンは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってしまった。
「なるほど! それでヒロシの後を追えたのね! ううう、あたし達……そこまでしようと思わなかったから……。それにしても、カレンちゃんには恐れ入るわ……」
納得いったと声をあげたのはジュディスだ。その彼女は、シルビアと同じようにジト目でカレンを睨め付ける。その視線を受けたカレンは、握った拳をブンブン振りながら抗弁した。
「ち、違うもん! 私、オーガーがディオスクの辺りに居るって聞いたから、行ったんだもん! そこにサワタリさんが居たのは、たまたまだもん!」
確かに、それは事実だ。だが、カレンの抗弁を聞いたシルビアは、当時、クロニウスのギルド支部で弘の行方を知ったカレンが、どういう態度であったかを思い出してみる。
(確か、サワタリ殿の行方を聞かされたのは……)
ディオスク方面にて、オーガーの目撃情報があったと知った。その直後のことであり、カレンは、こう言ったのだ。オーガーを求めてディオスクに行き……行った先で弘が居たとしても、それは偶然だと。
(嬉しそうに、偶然であることを強調していたわね……)
このことを弘に話したら面白いかもしれない。ふとそう思ったシルビアであったが、すぐに首を横に振っている。先程、カレンが弘の足取りを調べたことを明かしたのは、カレンをからかうためだった。このことだけなら、笑い話の範疇で済むだろうが、そこに続けて告げ口したのでは、さすがに意地悪が過ぎるしカレンが可哀想だ。
(それに、光の神の信徒がすることではありませんしね。神よ、愚かな私をお許しください。あと……サワタリ殿に『嫌な女だ』と思われるのは良くないわ……)
シルビアが気遣いや反省、保身などから口をつぐんでいると、ジュディスが溜息をつく。
「ん……カレンちゃんの気持ちや経緯は、よく解ったわよ。質問したのはヒロシだったけどね。それにしても……なんか、気が抜けちゃった……。ヒロシ、女の子に好かれすぎでしょ?」
今はウルスラのことで大変な時なのに、脱力感を感じるのだ。
こんな事ではいけない! と、手を握り込んだジュディスは、ウルスラがシルビアをジイッと見ている事に気づいた。
「ウルスラ? どうかしたの?」
「ん~? ジュディスはカレン様のことが気になるのよねぇ? 私の場合は、シルビアのことが……ね」
「私……ですか?」
自分を指さすシルビアに対して頷くと、ウルスラは口を開いた。
「カレン様がね。ヒロシのことを好きなのは前から知ってたし。その告白をヒロシが受け入れて現在交際中なのも、それはそれで良いとして……。でも、すでに交際相手のできたヒロシに、なおもシルビアが交際を申し込んでる。しかも、態度保留なんて状態にされて、それを嫌がってる風でもない。ここが、よくわからないのよね~」
ウルスラは言う。光の神の信徒でお堅いはずのシルビアが、いったいどういう心境の変化なのか……と。
「大地母神系列の神様に、恋愛神が居るけれど。改宗したわけじゃないのよねぇ?」
「当然です」
この問いかけに対して、シルビアはハッキリと答えている。男性に熱をあげてはいても、自分が光の神の信徒であることに変わりはない。改宗など、とんでもない話だ。
では何故、ヒロシを諦めないのか。何故、告白に対する態度を保留……などという事を受け入れられるのか。
「……」
シルビアは再びカレン越しに弘を見ると、伏し目がちに話し出した。
「情けない話ですが。私……サワタリ殿に甘えているのです」
弘が、カレン及びグレースと同時交際することとなったのは、グレースが「優れた男子には複数の女がついていても良い」「カレンならば、自分は気にならない」と言ったのが発端である。その提案を受け入れた弘が、カレンとも交際することを決めたのだ。
そして、「ならば、あと1人や2人増えても構わないのではないか」と言いだしたのがノーマだった。このノーマが、シルビアを巻き込む形で弘に告白。その結果、態度保留となって現在に到っているのだ。それともう一つ、シルビアは神の啓示を受けたことで弘に告白する決意を固めたのだが、ここでは触れなかった。
「態度保留ということは、少なくとも振られてはいないということです。私の告白について、時間をかけて考えて貰えている……ということなのです」
「ふうん。なるほど。自分のことで悩んで貰えてるだけで幸せって感じ? それがヒロシに『甘えてる』って意味なのねぇ。……私には、ちょっと無理かも……」
「えっ?」
ウルスラの左隣で居たジュディスが驚き、親友の顔を覗き込んだ。ジュディスは、ウルスラが弘に好意を抱いていたことを知っている。それが、今の言い様だと……。
「ヒロシのことを諦めるって言うの?」
「私はねぇ、ジュディス? 私だけを好きになってくれる人がいいの。だから、カレン様や、グレース……さん? この2人と交際しているヒロシに、手出しする気にはなれないし、好きっていう気持ちを保てないのよ」
遠回しに振られた形となった弘であったが、今の話を聞いても「ああ、そう」という感想しか思い浮かばない。何故なら、すでに自分はカレンやグレースと交際中だからだ。
(もしも俺が、彼女無しの独り身だったとして……)
美人で、それなりに仲が良かった女性から、いきなり「沢渡弘から興味が失せた」などと言われるとする。この場合は、かなり傷つくと思う。
(あ~、アレだな。俺……今、カレンとグレースが恋人で居てくれてマジ良かったと思ってるわ。こんな事で有り難み感じてるなんて、口が裂けても言えね~けどな)
ともあれ、ウルスラは自分の意思を表明した。自分はヒロシ・サワタリに対し、もはや異性としてちょっかいを出す気はないと。
ならば……ジュディスは、どうなのだろうか。
彼女が自分に対して好意を抱いていることに、弘は気づいている。
(いや、クロニウスでパーティー離脱した時に泣かれちまってるからな。アレで気づかない方がおかしいってもんだ)
あのギルド宿で、ジュディス達に押しかけられた時。弘側から告白していたとしたら、ジュディスかあるいはウルスラと交際していたかもしれない。だが、あの時の弘には、以前から考えていた予定があった。経験値稼ぎ、あるいはレベル上げ作業と呼ばれる『修行』である。誰に気を遣うこともなく、全力全開で戦い続けるために、自分には単独行動をする期間が必要だったのだ。
(あと、よく考えてみたんだが。ジュディスパーティーを離脱した頃の俺って……ジュディスやウルスラについちゃ、そこそこ気心知れた仲間ってぐらいにしか思ってなかったっけ)
つまりは、気の良い友人止まりだったというわけだ。
ただ、ジュディスに関しては、夜の街道を自転車で相乗りして移動した時。それなりに楽しかった……と弘は思うのだった。
◇◇◇◇
ハアと溜息をつきながらジュディスは弘を見ている。そしてカレン達、弘側の女性達を見まわした。
(ちょっと別行動している間に、こんな事になってるだなんて……)
本来、自分やウルスラは、弘が約束を果たす為に戻って来る……それを待ってさえいれば良かった。弘が戻れば、彼が持ってきた何かを受け取り、彼が旅立つのを見送る。その際に、次の待ち合わせ場所についても相談できたかもしれない。そして、また再会した時には、彼に自分の気持ちを……。
(なんてことを考えてたんだけど。まさか女連れで戻ってくるとはね)
ノーマやエルフのグレースに関しては、交際するに到った経緯を弘から聞いただけだが、カレンとシルビアについては、弘に対する気持ち等を直接聞かせて貰った。
正直言って「先を越された!」と思うし、「羨ましい!」とも思う。
好きな男性と行動を共にし、告白して受け入れられる。あるいは、即座に振られるのではなく、態度保留……つまりは、相手に悩み考えて貰えるのだ。
(どうして。どうして……あたし達は、そうならなかったのかしら? なにか手立てはあった?)
クロニウスで弘がパーティーを離脱した時。カレンがやったように弘の行き先を調べ、彼の後を追いかけていたら、どうなっていただろうか。
(少なくともカレンちゃん達より早く、ヒロシと合流できてたはずよね)
ジュディス達が追ってきたことについて、弘は迷惑がったかもしれないが、本来取った行動に影響が出た可能性がある。例えば、ジュディス達が居ることで気まずさを感じ、娼館に入ったりしなかった……かもしれない。
(これでグレースとの出会いがなくなって……。あ~……そうなると、グレースは娼館火災の時に死んでるか……)
弘と今よりも親密になれたかもしれないが、眼前のエルフ女性が焼け死ぬことを考えると、当然ながら良い気がしない。
ジュディスは軽く頭を振って、ろくでもない想像を振り払った。
(だったら、パーティー離脱の時点で、充分に親密になっていたら?)
その後に弘がディオスクから戻ってきた際、他の女性が同行していなかったのではないだろうか?
(そうよ! 出会った時から、弘と親しくしてさえいれば……)
もっと遡って……初めて弘と会った時のことを、ジュディスは思い出してみた。あのときの自分は、弘とどんなことを話したか?
『で? そっちの一般人は何なの?』
『あ、悪いけど! あたしは今、カレンちゃんと話してるから!』
『冒険者? この悪人面が? どうせ依頼を悪用して、依頼人から金品取ったり乱暴したりするのがオチよ』
(……あ、あれ? ろくなこと言ってなかった気がする……)
ジュディスは顔を引きつらせた。良好な出会いどころか、むしろ喧嘩を売っていたのだ。更に思い起こせば、これらのセリフを吐いた後、ジュディスは弘の首に短刀を突きつけている。
これでは、ジュディスに対する第一印象が良くなるわけがない。
そして、こんな減点ものの出会いを経ているにも関わらず、弘のパーティー離脱後は彼の後を追うことすらしなかった。ただ、漫然とクロニウスで待ち続けていたのである。
(ああああ。なんてこと……)
弘が今のジュディスの悩みを知ったとしたら、「お前。選択ミスの連発で、フラグバッキバキに折ってるよな」と言ったことだろう。
現時点、弘には交際相手が2名おり、更に2名の告白に対する『態度保留中』である。その彼に対して、もはやジュディスが接近できる余地はなさそうに思えた。
では、ウルスラのように弘を恋愛対象から外すべきなのか。あるいは身を引くべきなのか。
ジュディスは大きく深呼吸をし、決断する。
(……いいえ、そうはならないわ!)
好きな男に複数の女がくっついているからといって、自分が身を引く理由にはならない。むしろ、弘が交際女性を1人に絞っていないからこそ、まだチャンスがあると思って良いのではないか?
第一、弘の交際状況を知った今も、彼に対する好意は揺らいでいない。
(あたし……ヒロシのこと、好きなままなんだもの……)
変わらない自分の恋心に嬉しさを感じながら、ジュディスは弘に話しかけた。
◇◇◇◇
「だいたいの事情はわかったけれど。じゃあ、ヒロシ? あたしには、その指輪を渡すつもりでいるわけね?」
このとき、夜の戦乙女……ブリジットの指輪はシートの上に置かれていた。それを指さしながらジュディスが聞いてきたので、弘は頷く。
「ああ。約束だったからな。良けりゃあ貰ってやってくれ。おっと、そうそう。これを指にはめた時点で、ブリジットの守護対象がジュディスに移るからな。それと……だ」
指輪をシートから取り上げ、弘はブリジットにも話しかけた。
「そういうわけで、前に言ったとおり指輪の所有者が交代する。短い間だったが世話になったな。ウルスラの件じゃ助かったぜ」
「いえ、楽しかったですよ。あなたは良き所有者でした」
日中よりもキリッとした顔つきのブリジットが、弘を見上げて微笑みながら言う。その笑みを受けた弘は、少し照れくささを感じていた。
(喧嘩とかで勝って、スゲーッて言われるのはよくあるけど。所有者として良かった……って、そんな風に褒められたのは初めてだ)
一瞬、弘はブリジットを惜しむ気分になったが、その思いを打ち消してニヤリと笑う。
「ジュディスが近くに居るときなら、相談くらいは乗ってくれるんだろ?」
「それぐらいは、問題ありませんよ」
「そっか。それじゃ、大事にして貰うんだな」
この弘とブリジットの会話を、テント内に居た全員が聞いていた。
(「な、なんだか……別れ話みたいですね」)
(「まったくだ。少し焼けてしまう気がするが……。相手は指輪だしな……」)
「俺を挟んでヒソヒソ話すんの、やめてくれる?」
右隣のカレンと左隣のグレースが、背中側で顔を寄せて話し合うのだから、会話内容は筒抜けである。
弘は「そんなんじゃね~から!」と釘を刺し、ジュディスに指輪を差し出した。膝立ちで前に移動したジュディスは、その指輪を受け取ると弘を……そしてカレン達、弘に告白した女性達を見る。
「夜の戦乙女の指輪……ね。テントの前で見た時は、驚く暇もなかったけれど。これは凄い魔法具よ? こんな貴重品の……指輪を、あたしが貰って良いわけね?」
再びジュディスが視線を向けてきたので、弘は頷いた。
「ああ。そのつもりで持ってきたんだからな。気に入ってくれたか? なら、これで約束は果たせたって事でいいよな?」
以前、ジュディスパーティー離脱時にジュディスが難色を示したので、弘は交換条件として、何か有用な品を渡すことにしたのである。そのためにディオスクまで行き、クリュセダンジョンで宝物目当ての探索を行ったのだ。
(ギルド依頼にかこつけた形になったが、その甲斐あって指輪を入手できたわけだし。万事めでたしだな)
まだ魔気の糸の件があり、森に入ってオーガー退治を手伝うなど、やるべき事は残っていたが……ここ暫くの目標については解決したこととなる。
ようやく肩の荷が下りた! そう思った弘が気を抜いていると、ジュディスが受け取った指輪……ブリジットに話しかけた。
「じゃあ、あたしが新しい所有者って事になるけれど。よろしくね?」
「はい。ジュディスさん……ですよね? よろしくお願いします」
指輪上で浮かぶブリジットが一礼する。それを見たジュディスは、機嫌良さそうに微笑んだ。
「はめる指だけど。これは、どの指でもいいのかしら?」
「はい。ある程度はサイズ変更できますので、問題ありません」
ジュディスは「そう」とだけ呟き、指輪を胸の高さで持つ。
「ヒロシ~? さっき、約束が果たせたか……って言ってたけど」
「お、おう?」
ジュディスが何やら言い出したので、ゆるんでいた気を弘は引き締めた。対するジュディスは、対面の弘を見てニヤリと笑う。
「まだ返事をしてなかったわね。ありがとう。あたし達のワガママ……かな? 無理を言って苦労かけさせちゃったわね?」
「いや、ディオスクやクリュセも、アレはアレで結構楽しかったし。気にするこたねーよ」
「そう? あたしのこと、嫌いになったりしてない?」
この言葉を聞き、カレンやシルビア達の表情が硬くなった。彼女達が感じ取った『何か』に気がつかない弘は、ジュディスの問いかけに対して返答する。
「嫌う? いや別に? 何か持ってくるって言い出したのは俺だからな。この件に関しちゃ、嫌うも何もないな」
「そっか。……嫌うと言えば、初めて会ったとき。あたしは、随分な態度を取ったと思うけど……」
「それも、もう気にしちゃいね~よ」
弘は手の平を、顔の横でヒラヒラ振って見せた。
確かに初対面時の印象は悪かったが、暫く行動を共にしたことでジュディス達の人となりは理解できている。今の弘にとって、ジュディスパーティーのメンバーは気心の知れた仲間という認識であった。
「良かった。じゃあ……遠慮する必要は無さそうね?」
「はっ?」
小首を傾げる弘の前で、ジュディスは指輪に指を通し始める。ゆっくりと通されていく指、それは左手の薬指だった。
「じゅ、ジュディスちゃん! ちょっと!」
「これは……なんとまぁ……」
驚きの声をあげつつカレンが腰を浮かす一方で、グレースは呆れ顔になっている。そして、状況が飲み込めない弘の耳に「婚約……指輪」という、シルビアのかすれた声が聞こえてきた。
(ああ、そういや……こっちの世界でも婚約指輪とかがあるんだっけな)
左手の薬指にはめて、後に結婚指輪をはめる際は右手指に移動させる。これらの風習は、随分と以前に異世界からの転移者が広めたものらしい。
「って、婚約指輪っ?」
驚きのあまり声が裏返っているが、今は気にしている場合ではない。
どうやらジュディスは、贈答品である『夜の戦乙女の指輪』を婚約指輪として扱うつもりであるようだ。
しかし、弘達の驚き様を見たジュディスは、首を横に振る。
「婚約だなんて気が早い。これは、あたしなりの意思表示よ。ヒロシのことが好きで、諦める気もない……って言うね」
「ジュディス……」
相手の名を口にした弘であるが、妙に晴れ晴れとした表情のジュディスを見ていると、二の句が継げなくなってしまう。だが、ジュディスは自分に対して告白をしたのだ。それに対して、何らかの返答をしなければならない。
(けど……なぁ……)
カレンとはタイプが異なるが、ジュディスは美少女だ。性格に関しては仲が良ければ……という条件が付くが、悪くない方である。だが……。
「悪いが……俺にとってのジュディスは、気の合う冒険者仲間だ」
どうしてもジュディスを『恋人』として見ることができないのだ。それが初対面時の印象を引きずっているせいか、あるいは男女関係の積み重ねが不足しているせいなのか。弘には判断できていない。しかし、一つだけ言えるのは、ジュディスの告白を受け入れる気になれないということだ。
「そ、そう? でも、あたしのこと……嫌いじゃ、ないのよね?」
震える声でジュディスが言う。その目尻には涙が浮かんでおり、弘は『女性に対して言ったことで胸が締めつけられる』という感覚を味わうことになった。
「……さっき嫌いじゃないって言ったろ? だけど……本当にすまん」
「謝らないでよ。……でも、いい。言ってスッキリした」
ジュディスは取り出したハンカチで目元を拭うと、笑顔を作って弘を見た。
「気合い入れて、左の薬指にはめたんだけどなぁ。この指輪……この指に、はめたままでもいいんでしょ?」
「……婚約指輪じゃないからな。好きなように使ってくれ……」
そう言った途端。ジュディスの頬を涙が伝って落ちる。口を開き何かを言おうとしたようだが、手で口元を押さえて立ち上がると、そのままテントを飛び出して行った。バサッと布をまくる音が聞こえたので、どうやら自分達のテントに駆け込んだらしい。
残された者達の間で、気まずい空気が流れる。
「俺が行って慰める……ってわけには、いかないんだろうな」
ジュディスを見送った姿勢のまま固まっていた弘が呟くと、テント内に残った者達は一様に頷いた。何しろ弘は、ジュディスを振った立場だ。その彼が行ったのでは、慰めるどころか逆効果にしかならないだろう。
「ここは当然、私の出番でしょうね」
すっくとウルスラが立ち上がる。
「ラスとターニャは、ここに居て。森に入る用件もあるし、すぐに連れて戻ってくるから」
「ああ。わかってる」
「お願いしますぅ」
返事をするラスとターニャに頷き返すと、ウルスラは歩き出しながら弘を見た。
「気に病むことはないわよ~? 誰が悪いって話でもないんだし~」
「……ああ」
弘が言葉少なに返事をすると、ウルスラはテントから出て行った。
◇◇◇◇
「ジュディス~?」
自パーティーのテントに入ったウルスラは、奥の暗がりで座り込んでいるジュディスを発見する。その肩が上下しているので、恐らく泣いているのであろう。
ウルスラは奥へと進み、すぐ後ろで膝を突いた。
「そんなに、ヒロシのことが好きだったのかしらぁ?」
ビクリと肩が揺れる。だが、その後はジュディスが黙したままなので、ウルスラは話し続ける。
「で、どうしたいわけ? そのまま泣いてるの~? ブリジットの力は、夜の内だけってことだしぃ。陽が昇ったら私、また倒れちゃうわよねぇ。そうなるまで、そうしてる?」
「そ、そんなことするわけないでしょ! すぐにでも森に入って、魔気の糸だかの元凶を……」
勢いよく振り返ったジュディスは、最後まで言い終えることができずに泣き顔となった。ボロボロと涙をこぼす彼女を、ウルスラは抱きしめる。
「はいはい。好きなだけ泣いていいから」
「ウルスラぁ~。あたし、ヒロシに嫌われてたのかなぁ……」
尼僧の肩に顎を乗せ、ジュディスが問うた。ウルスラは数秒間黙していたが、やがて口を開く。
「ヒロシは否定してたけどね~。でも、やっぱり第一印象の影響は、少しはあったでしょうねぇ。あの場に居たのに、ジュディスを止めなかった私にも責任があるんだけれど……」
ジュディスが振られた原因。その1つが、自分にあるとウルスラは言った。これを聞いたジュディスは即座に否定しようとしたが、ウルスラはギュッと抱きしめることで相手を黙らせている。
「それで……ね? もう一度聞くけれど、これからどうする? ヒロシのこと、この森のこと」
ジュディスは再度考えた。ウルスラのことを思えば、ここでメソメソしている暇はない。ウルスラがブリジットの力によって覚醒してから、幾らかの時間が経過しており、これ以上の時間ロスは避けるべきだ。
そして、弘のことに関しては……。
「あたし、振られちゃったけど。だからと言ってヒロシを嫌いになるわけじゃないの」
「当然よ~。取りあえず~、友達のまま好きでいればいいんじゃない?」
ウルスラは、あくまで普段の話し方を崩さない。その声を聞いている内に、ジュディスは段々と気分が落ち着いてきた。振られて悲しい気持ちは残っているが、その気持ちを抱えたままで、とにかく行動しよう。と、そういう心構えができつつあったのだ。
「そうね。そうよね。じゃあ、まずは……魔気の糸を何とかするわ」
言いつつジュディスが立ち上がる。
「ヒロシのことは……そうね。やっぱり、あたし……諦めない!」
ジュディスは「諦めない!」と言い切ったところで笑顔を作る。かなり無理をしているものの、笑顔でいることで不思議と元気が湧いてくるような気がするのだ。
「しつこいと嫌われるわよ~?」
「だから、当面は友達として頑張るのよ。そして……ヒロシの方から、交際してくれ! って言わせてやるんだから」
望み薄だとウルスラは思ったが、その点をジュディスが理解しつつ言っている風なので、敢えて指摘はしなかった。
「それじゃあ、ヒロシ達のテントに戻りましょう? ……大丈夫、なのよねぇ?」
ウルスラが言った「大丈夫か?」とは、さっきの今で弘の顔を見ることになるが、それに耐えられるか……という意味だ。それがわかるジュディスは、一瞬黙り込んだが、すぐに力強く頷く。
「大丈夫に決まってるじゃない! さあ時間が惜しいわ! 森に入る打ち合わせをしましょう!」
そう言うや、ジュディスはウルスラの手を引いて自分達のテントを出るのだった。