第百二十二話 森に入る前に
「い、いいわよ! ヒロシ・サワタリを、私達のパーティーに入れてあげようじゃないの!」
「ってことだ。他になんか、俺に言いたいこたあるか? あ?」
ジュディスの承諾を得た弘は、文句を付けてきた男性戦士を見て言う。多少煽り気味に言ったつもりだが、相手は何かブツブツ呟いた後、脇に唾を吐き捨てて自分のテントへ戻って行った。
「いや~。ああいうチンピラクセぇ振る舞いが、今は随分と懐かしく感じるぜ……」
日本に居た頃なら、「なんだテメェ、今の態度はよぉ~っ!」とか言って殴り合いの喧嘩に発展したものだが、今の弘は肩をすくめるのみでやり過ごせている。自分が大人になったのか、それとも丸くなったのか。
(丸くなったのもあるけど。今、それどころじゃね~からな)
頭を掻きながら男性戦士の後ろ姿を見送った弘は、皆を振り返った。
「じゃあ、さっそく作戦会議でも……うっ」
向けられる視線視線緯線……。
それらは言うまでもなく、カレン達の眼差しである。そこに込められる感情は、喜びであったり、不満であったり、満足であったりと様々だ。
「ねえ、ヒロシ~? 今のやりとりで、ジュディスのパーティーに入るのは……良い判断だと思うわよ?」
まず発言したのはノーマである。弘の判断を肯定しているが、いつになく鋭い眼差しなので、彼女が不機嫌であることが理解できる。
「けどねぇ? そういうのを、私達に一言も無しで決めるというのは、どうなのかしら?」
「あ、いや……ごめん」
その場のノリと勢いで、ジュディスパーティーに入ることを宣言してしまったが、確かにノーマの言うとおりだ。クリュセダンジョン攻略時に結成した弘のパーティーは、現状、解散状態である。しかし、カレンやグレース、そして他の女性達は、弘に対する好意があって付いてきているのだ。その彼女らに一言も無く、他パーティーに加入するというのは身勝手が過ぎだろう。ノーマが機嫌を悪くして当然だ。
「主よ。我はノーマと同じ意見であるが……そこに、もう一つ」
続いて発言したグレースが、大きな胸を揺らしながら弘の前に進み出る。彼女は、弘の肩に手を掛けると耳元に口を寄せた。
「我らが居ながら、他の女に合力するというのは少しばかり良い気がせぬ。主の判断に異を唱えるものではないが、我らの気持ち……少しは考慮して欲しいものだな」
「ぐっ……」
先程、ノーマが言ったことは、多数を引き連れる者としての『在り方、振る舞い方』に関すること。そして今、グレースが言ったのは『同行する女性に対しての配慮』についてだ。
今の弘は、カレンとグレースの2人と交際中であり、シルビアとノーマに関しては態度保留中。この状況下で、ウルスラが危ないとはいえ即座に(しかも事前相談も無しで)手助けを申し出たのでは、一緒に居るカレン達は確かに良い気がしないだろう。
「……すまん」
「なぁに、謝罪して欲しかったのではない。それにな、我もカレンも、その他も……本気で気を悪くしているわけでもない」
囁き終えたグレースは、弘の右頬に軽く口づけた。
チッという音と共に、濡れた感触が頬に残る。
驚く弘に対し、グレースは身を離して距離を取ると怪しく微笑んで見せた。
「我らの思うところを伝えたかっただけだ。あと、もっと色々と相談して欲しいぞ? 事前にな」
そう言ってグレースは、軽やかに身を翻してカレンの隣へと移動していく。その彼女を視線で追っていくと、今度はカレンが目に入るのだが……。
(お、怒ってる!? え? ジュディスの助っ人に入る件でか? いや、なんでだ?)
グレースやノーマと違い、カレンはジュディスと親友同士の間柄だ。なのに、今の彼女は……頬をプックリ膨らませている。明らかに御立腹の様子であり、その怒りは弘に……ではなく、グレースへと向けられた。
「グレースさん! こんな昼間からホッペにキ、キスとか……駄目です!」
「駄目と言われてもな」
詰め寄るカレンの申し立てに、グレースは視線を逸らせながら指で頬を掻く。
「我はサワタリの恋人なのだからして、頬に接吻ぐらい良かろう? そもそも、我とサワタリは既に……」
「わああああああ! そんなこと言わなくていいんです!」
大声と共に腕をブンブン振り回す様は、傍目に大層可愛らしい。そしてそれを笑いながら躱すグレース。2人を見ていると、カレンとシルビアの組み合わせとは違った姉妹的イメージなのだが……。
(カレン。俺に怒っていたんじゃなかったのか……)
少しだけ安堵した弘は、先程感じた『彼女らの視線』を回想してみる。
喜んでいたのはカレンとジュディスだ。ジュディスは、ウルスラを助けられそうな当てができて嬉しかっただろうし、カレンは親友の仲間が救われそうな展開に喜んだのだろう。
不満そうな視線は、ノーマから感じたものだ。彼女は自分で言っていたとおり、弘が相談も無しで他パーティーに入ったことが気に入らなかったらしい。それと同時に、グレースが言っていたようなことも感じていただろう。ただし、ジュディスパーティーに協力する件については文句を言わなかったので、不満に思いながらも協力はしてくれそうである。
(そういう女の我慢に甘えてばかりじゃ、痛い目見るって言うし。気をつけないとな……)
ノーマに対して感謝しつつ、自分を戒める弘であった。実に殊勝な心構えであるが、これにはワケがある。暴走族在籍時、ヤクザになったOBが女の扱いに失敗して刺された……そういう事件が話題になったことがあるのだ。当時は笑い話にしながらも、『自分は気をつけよう』などと思ったものである。
さて、最後となったが、満足げな視線を向けていたのはグレースとシルビアだ。
グレースに関しては先程、耳打ちする形で気持ちを聞かされたばかり。だが、あの思いとは別に、弘の判断には満足していたらしい。弘が思うに、危機的状態にある知人のため尽力する姿が、彼女のお気に召すところだったのだろう。
シルビアに関しては、グレースとほぼ同じだと弘は睨んでいる。光の神の信徒である彼女にしてみれば、弱者のために行動する弘の姿は好ましく思えた……のかも知れない。また、カレンと同様、シルビアはジュディスの友人である。ジュディスを助けたいという気持ちも、もちろんあったことだろう。
(ともあれ、カレン達は協力してくれそうだな。いやもう、どうなるかと思ったぜ……)
それじゃあ、ジュディス達と相談してから森へ入るか……と、視線を赤毛の少女戦士に向けた弘は、口をポカンと開けて硬直した。ジュディスが、殺気を孕んだ目で睨みつけてきていたのである。
「いや、あの……どうかした?」
このとき、グレース以外の女性達が「あ~あ。やっぱりそうなったか……」的な目で弘を見ていたが、混乱する弘は彼女らの視線に気づけなかった。狼狽える弘に対し、目尻に涙を浮かべたジュディスが、怒りを込めて言う。
「どういうことなのか。説明して!」
◇◇◇◇
説明を求められた弘は、立ち話もなんだから……と、ジュディスらのテントの隣りにテントを設置した。10人は楽に入れる大型のテントである。これは元の世界で言うマーキー型のテントであり、クロニウスで購入した後、アイテム欄に放り込んであった物品の一つだ。
「いやあ。数人がかりだと、アッと言う間に設置できるな」
周囲を囲むように横幕を取り付け、内部にシートを敷いて完成である。
なお、一応は手伝ってくれたジュディスだが「なんで、こんな大袈裟なモノを持ってきたんだか」と、先程からの不機嫌さを維持したままだ。これに対して弘は「この大人数が入って話するのに、さっそく役立ってるじゃねーかよ」と返している。
ちなみに、このテントは組立状態のままアイテム欄収納して、次回以降は組立の必要を無くすつもりであった。
「さあ中に入ろうぜ。そろそろ日も傾いてきたしな」
ジュディス達から事情を聞いたり、魔気の糸対策で奔走したりしているうちに時間は大きく経過している。中に入った弘はランタンを用意して灯りを灯すと、天幕上部に吊り下げた。そして、皆への食事として、買い込んであった幾つかの食品を取り出す。
「……相変わらず便利な能力よね」
「おう。重宝してるぜ」
このアイテム欄収納の能力が無ければ、弘の冒険者生活は、もう少し苦労が多かったかも知れない。その能力のありがたさをしみじみと味わいながら、弘は皆と共にパンや干し肉を摘まんだ。
「さて……」
弘は開口したままのテント入口から、ジュディスパーティーのテントを見る。夕暮れ時にさしかかったせいか、薄暗いテントの奥でウルスラが寝かされているのが見えた。今のところ、苦しんだりする様子はない。
「じゃあ、何から話そうか?」
「全部!」
即答するジュディスに苦笑しそうになるが、笑うとまた怒りだしそうなので我慢をする。が、右隣にいるカレンがプッと吹き出したので、ジュディスが目に見えて不機嫌そうになった。
(いいや違うな。元から不機嫌だったのが、今のでより一層に……って感じだ。勘弁してくれよ)
現在、テント入口を左側にして、手前左からノーマ、グレース、弘、カレン、シルビアの順で座っている。対面で座るジュディス達は、同じ側からターニャ、ジュディス、ラスの順だ。なお、弘の真正面にはジュディスが座っている。
「全部ねえ。取りあえずはクロニウスを出てからの話でもするか。……ウルスラは寝たままだから、事が解決した後にでも話すかな?」
「その必要はありません」
ブリジットの声がした。例によって指輪を取り出すと、指輪上で浮かぶブリジットは、日中では想像もつかない凛とした声で弘に話しかける。
(しかも表情がキリッとしてきてるし。昼間の眠そうな顔が嘘みてーだぜ)
「何やら失礼なことを考えているようですが。今は置いておきましょう。あの魔気の糸に捕らわれた尼僧、ウルスラさんと言いましたか? 夜のうちだけで良ければ、意識の回復が可能です」
「マジかよ! そういや夜になると本領発揮とか言ってたっけな? 日暮れ時でもオーケーなのか? いや、それより……完全に回復とかさせられねーの?」
「既に繋がった魔気の糸は、私では解除不可能なようです。ですが夜の間だけでしたら、パーティーメンバーくらいは魔気の糸から守ることができますよ? ウルスラさんへの影響も軽減可能です」
「パーティーメンバーくらい? ああ、そういやそうだな。今は僧侶だけ狙い撃ちにしているが、戦士や魔法使いだって標的になるかもしれねーし。是非頼みたい……けど、本当に夜になると色々できるんだな」
感心した弘が言うと、ブリジットは羽根飾りの付いた兜……そこから流れ出る黒髪を揺らしつつ頷いた。
「私は夜の神の使いですから。それと今回の場合、闇系統の力には相性が良いのです」
納得いった弘は、まだ不機嫌そうなジュディスを見る。
「どうだ? このブリジットが、ウルスラの目を覚まさせられるって話だが、やるか?」
「……お願いするわ。まだ話は聞いてないけれど、そういう事ならウルスラの方が先。それに……ヒロシが言うんなら任せてもいいと思うし」
このジュディスの返答を聞き、彼女の両脇で座るターニャとラスも頷いて見せた。
「よし、決まりだ。まずはウルスラを起こしてくれ!」
「承知しました」
弘の要請を受けたブリジットは、ウルスラが寝かされている方へ向けて両手の平をかざす。すると、テント入口から見えるウルスラの姿が一瞬ブレて見えた。
「なにっ!? 何が起きてるの?」
立ち上がろうとしたジュディスを、弘は手の平を突き出すことで制する。ジュディスパーティーのテント奥で、ウルスラが身をよじったように見えたのだ。
「ん……う。ここは? 私……どうしたのかしら? ……って夜っ!? いつの間に!」
目を覚ましたらしいウルスラが跳ね起きる。それを見たジュディスが、今度こそテントから飛び出して行った。
「大丈夫!? 苦しいところはないっ!?」
ジュディスは自分達のテントに駆け込むなり、身体を起こしていたウルスラを抱きしめる。
「えっ!? ええ~。特に何ともないと思うのだけど」
「良かった! 良かったよぉおおお!」
涙声で「良かった」を繰り返すジュディス。その彼女の様子にウルスラは目を白黒させていたが、やがて苦笑するとジュディスを抱きしめ返した。
この2人の様子を、弘達は皆が微笑んで見ている。そして、そんな中……弘は今の騒ぎが、他のパーティーに気づかれたかどうかが気になっていた。
「グレース? 便利使いして悪いんだけどよ。風の精霊魔法とかで、周囲のパーティーの様子とか調べられるか?」
「極簡単にだが可能だ。……具体的には、どのように調べるのだ?」
「むう。そうだな」
弘は下アゴに手を当てて考える。確かに、指定無しで「全般的に調べてくれ!」と言われても、グレースは困るだろう。
「……ウルスラが目を覚ましたことを、他の誰かに気づかれた……とか。あとは、このテントの様子を窺ってる奴が居ないか……。そういう事はわかるか?」
「可能だ。精霊魔法と言うよりは、風の精霊に頼んで動いて貰うことになるがな」
正座を崩したような姿勢で座るグレースは、右目でウインクすると、何と言ってるのか聞き取れない言葉で話し出す。おそらく、これが精霊語なのだろう。彼女を中心として風がそよぎ、テント入口の横幕が揺れた。
そして数十秒が経過してから、グレースは呟く。
「……風の精霊達が……戻ってきた。今、このテントの周辺には誰も居ない。ゆえに、ウルスラのことは気づかれておらぬだろう。各パーティーは……それぞれのテントに籠もって協議中のようだ」
「何を話してるかわかるか?」
何やら盗聴している気分になってきた弘であるが、聞かれた側のグレースは難しそうな表情となった。
「おおまかには可能だ。ただし、詳細を知ろうとすると、精霊達に分け与える我の力が大きくなる。それしきのことで我は疲れぬが、相手方に勘の良い者が居ると気取られるかもしれん」
「盗み聞きがバレるのは避けたいな。ってか、元々は周囲の様子を探りたかっただけだから、そこまでしなくてい~よ。……で? バレない範囲で何かわかるか?」
グレースの報告によると、方針を決めかねて議論を重ねているパーティー。弘達が確認した『森から離れると、魔気の糸が勢いを増して生命力を吸い出す』ということを信用せず、夜が明けたらクロニウスに戻ろうとするパーティー。今残っているメンバーのみ、あるいは他のパーティーと協力して再度森に入ろうとするパーティーなど。テント内の様子は様々であるらしい。
「なんだ、それなりに聴けてるじゃん。一言一句を正確に……は無理でも、大筋は伝えられるってことか。オーケー、ご苦労さん」
「ねえ? ヒロシの噂は、ここに居る冒険者達にも伝わってるのよね?」
スッと手を挙げたノーマが、グレースに聞く。
「ヒロシは手柄抜きでオーガーを始末する……みたいな事を言ってたんだし。そこを当てにしようとするパーティーは居ないわけ?」
「ああ、暫し待て」
グレースは再び精霊語で何か呟き、少したってからノーマを見た。
「……居るな」
「居るのかよ! まあ、いいさ。戦力が増えるんなら何だって……」
ノーマの代わりに声をあげた弘は、続くグレースの報告を聞いて首を傾げる。弘を頼ろうとしているパーティーは一つで、それがなんと、弘に絡んできた男性戦士のパーティなのだそうだ。
「あのオッサンか……。俺と仲良くしたがってるようには見えなかったがな」
「どうせ体よく利用しようとしてるんじゃないの? そんな面構えだったしね」
このノーマの意見に弘が頷いていると、ノーマは「大きな威力の召喚術を見せて良かったのか?」とも聞いてきた。
「ああ。魔気の糸を吹っ飛ばそうとしたアレか。まあ、そうだな。現時点での最強召喚品だし、軽々しく見せたのはどうかと思う。けどよ? そこのウルスラを助けられるかどうか試したんだぜ? なりふり構っちゃいられね~よ」
顎をしゃくるような仕草でウルスラを示して言う。すると、ジュディスとターニャの間に腰を下ろしていたウルスラが、頬に手を当て嬉しそうに微笑んだ。
「あらあら~。これは何と言うか、嬉しいわねぇ」
他の者達も、微笑んだり肩をすくめて見せたりしており、テント内は悪くない雰囲気となる。だがしかし、その中に1人だけ、面白く無さそうな顔をした者が居た。ジュディスである。
「ブリジットさん……だっけ? 確認するわよ? 夜の間だけなら、ウルスラは無事なのね?」
「はい。ウルスラさんだけでなく、今テントに居る人数ぐらいでしたら、まとめて闇の力から守ることができます。もっとも、これ以上の力で何かしてきた場合は、保証の限りではありません。また、夜間にウルスラさんを連れて森を離れようとした場合ですが、やはり魔気の糸による生命力吸収は防げないと思います」
申し訳なさそうに言うブリジットに「しかたないわよ」とだけ言うと、ジュディスは口元に手を当てて呟いた。
「となると、やっぱり森に入って原因を潰すことになるわよね。問題は、日中にやるなら昏倒するウルスラを置いていくことになるし。他に誰かを残していかなくちゃいけない……か」
そこまでジュディスが言うと、後を引き継いでシルビアが発言した。
「誰が残ることになったとしても、戦力低下は免れません。かと言って、他のパーティーの方を頼るにも、彼らを全面的に信用できるほど親しい間柄ではありませんし」
「だったら話は簡単よ~。夜の時間帯を選んで、私も同行すればいいんだわ。これなら、みんなで森に入れるから、誰が残るとかって話は関係なくなるもの」
最後にウルスラが発言すると、皆が弘を見た。ウルスラが話し終わるところまでフンフンと聞きに回っていた弘は、浴びせられる視線に気づいてギョッとする。
「あ? 何だよ? 俺に方針決めろってのか?」
「主はリーダーであろう? 当然だ」
「あのなぁ……」
グレースが澄まし顔で言うので、少しばかりイラッときた弘は噛みついた。
「俺のパーティーは、クリュセの時から解散状態だっつの。それに、今の俺はジュディスのパーティーに入った身で……」
抗議しつつジュディスを見ると、ジュディスは暫し視線を合わした後に、プイと横を向いてしまった。
「お、おいい!?」
「諦めろ色男」
そう言ったのは、アグラ座りに頭の後ろで手を組んだラスだ。彼は、ヘラヘラ笑いながら続ける。
「この場は、そういうノリだ。ジュディスも、そ~言ってる」
言い終わりにジュディスの名を出すと、ジュディスは横目でラスを睨んだ。
「言ってない! ……けど。ヒロシの判断に任せる」
「任せるったって……。ああ、もう! わかったよ!」
何だか抵抗するのも馬鹿らしくなってきたので、弘は今までに得た情報から方針を定めようとする。まず、ブリジットが居るおかげで、ウルスラが夜間限定ではあるが戦力化できる。そして彼女を置いていく必要がなくなるし、彼女のために誰かを残す必要もない。
「夜に森に入るのは危ないが……」
この世界に転移してきた当初、夜の山中でゴブリンに追い回されたことを弘は思い出す。正直言って、あんな思いをするのは二度と御免だった。しかし、今の自分はレベルアップして強くなっているし、仲間達も居る。
「そうだな、ここはウルスラの案に乗ってみるか。夜の時間帯を選んで、森に入るとするぜ」
パーティーリーダー(?)が方針決定したので、皆がそれぞれの顔を見合わせて頷いた。
「じゃあ、さっそく出発だな。ウルスラとラス? 体調の方は?」
確認したところ、まずラスが座ったまま両腕を上げて力こぶを作ってみせる。
「シルビアに直して貰ったし、どこも悪くないぜ。気分だって、もう良くなったからな!」
「私は寝てただけだから。それと生命力だったかしら? 実は今も吸われている感覚がするのだけど、行動に支障は無いみたいね~。ブリジットのおかげだわ」
昏倒状態に陥れた後は、少量の生命力を死なない程度に吸い取る……というのが『魔気の糸』の本来の狙いかも知れない。そうウルスラが説明したので、弘は頷いた。
(本人がそう言うんだから、そういう事なんだろうな。しかし、つくづく気分の悪い奴だぜ。魔気の糸ってのはよ!)
「ヒロシ? 他のパーティーの力は借りなくていいの? あの、男性戦士のパーティーなんかは、私達を頼りたがってるようだけど?」
ノーマが挙手する。彼女が言うには、せっかく戦える冒険者が大勢居るのだから、手伝って貰ってはどうか? とのことだ。しかし、弘は首を横を傾げた。
「夜の森に乗り込むんだから、多少なりとも気心知れたメンバーで動く方がいいんじゃね~の? それとだ……」
ジュディスの話では皆、バラバラに森へ入って痛い目に遭ったのだ。この経験により、少しは慎重になっていると思うが、それだけに夜行動しようとは思わないだろう。ならば、日中に大勢で……となった場合。弘達側では、ブリジットが力を発揮できずにウルスラが昏倒状態となるし、彼女のために付き添いが残らなくてはならない。
「日中、ブリジットが当てにできないのは、シルビアだって同じだからな。森に入ると昏倒しちまうっぽいだろ? そうなると居残るのはシルビアとウルスラってことだ。治療法術使いが2人居るのに、2人とも残していくとか、マジ勘弁だぜ」
ただし……一応、他のパーティーには声をかけるが、夜に行動する方針は変えないものとする。そう弘が言い切ると、他の者から意見は出なくなった。
「よし、荷物をまとめようぜ! 森に入って、まずはオーガーを……」
「ちょっと待った!」
立ち上がろうとした弘に向け、ジュディスが手の平を突き出す。
「え? なに? まだなんか、あんの?」
と聞いてはみたが、彼女が何を言いたいのか弘には理解できていた。
(くそ~。誤魔化しきれなかったか……)
「ヒロシ? あたし、さっき言ったわよね?」
ジュディスは射貫くような視線を弘に向けると、それを幾分和らげてカレンやグレース達を見た。
「どういう事なのか、説明して……って」
「むう。けど、今はウルスラが……」
ウルスラのことを考えると、早々に出発した方が良いと弘は思う。こればかりは、説明したくないが為の言い訳ではなく、極真面目な『理由』だった。
しかし、ウルスラが「私のことなら気にしないで良いわよ~? 少し話するくらいの余裕はあると思うしぃ。それに私も、ヒロシが連れているメンバーについて聞きたいもの」と、これまたカレン達を見ながら言うので、弘はカレン達を連れている事情等について説明せざるを得なくなった。
(ここで突っぱねたら、色々ごねて話が長くなるんだろうぜ。こういう時の女って、マジで面倒くせぇ)
俺の女事情が、命よりも気になる事かよ……と思うが、ジュディスとウルスラは説明無しでは動きそうにない。
弘は浮かしかけた腰を下ろすと、バリバリ頭を掻いた。
「わかった、説明する。言っとくけど、俺は説明とか下手だからな?」
◇◇◇◇
「カレンとグレースの2人と同時……交際中? しかも、シルビアやノーマとは交際の決断を保留中……ですって?」
確認するように呟いたジュディスは、目を丸くしたまま口をパクパクさせている。その右隣で座るウルスラも、さすがに驚きを隠せない様子だ。
「あら~……1人で行動したいからって、私達から離れておいて……それで何人もの女の子と交際しちゃってるとか……」
ウルスラの言い方にトゲを感じたので、弘は言い返す。
「……何人もじゃなくて。今んところは、カレンとグレースの2人だけだぞ?」
言い終わったところでウルスラが「ええっ!?」と声をあげ、上体を少し後方へ反らした。それがどうやら、自分の言葉による驚きではないようなので、弘は首を傾げる。
(ウルスラ、何に驚いたんだ?)
彼女の視線をたどると、それは弘にではなくノーマ、そしてシルビアに対して交互に向けられているようだ。
実は、このとき。ノーマは「私達は今『保留中』の身なんだから! ヒロシに『恋人はカレンとグレースの2人だけ』みたいなことを意識させないで欲しいわね!」と思い、シルビアは「事実を述べただけのサワタリ殿に対して、嫌味な口を……」と立腹していたのだ。それらによって生じた感情が顔に出たので、目の当たりにしたウルスラが驚いたのである。
この様子を見ていたジュディスは溜息をつき、「取りあえず、ひととおり聞き終えたし。ヒロシは黙ってな」と言い放った。その口調や声は、初めて会った時のようにキツい。どうやら、かなり怒っているようであり、下手な言い訳は彼女の怒りに油を注ぐだけだろう。
(……どうしろってんだ……)
困り果てる弘を放置し、ジュディスは座った目をカレンに向けた。
「次は、カレンちゃんに話を聞くんだから」
「わ、私!?」
カレンは自分を指さして問い返す。これに頷いたジュディスは、次のように質問した。
曰く、このヒロシ・サワタリは異世界人である。貴族のカレンが、そういった人物と交際して良いものか?
異世界人に対しての差別感を感じさせる物言いだ。しかし、カレンに弘を諦めさせようとするのが目的であり、無理をして言っているのが見え見えである。
(つ~かな。キツい口調で言いながら、俺に申し訳そうな目線を送ってくるんだもんな)
少々呆れながら弘が観戦していると、カレンがジュディスに対して返答した。
「異世界人って言っても、基本的に同じヒトだし。好きになったんだからイイじゃない。それに……私は、ずっと前からサワタリさんに興味があったし。それに憧れてたんだもの」
「うぐ……それは……知ってたけど……」
「え? それって、いつぐらいから?」
カレンに言い負かされそうになったジュディスが口籠もっているので、そこに弘は割り込んでいく。当然ながらジュディスの鋭い視線が向けられてくるが、ここは是非とも聞いておきたかった。
(俺の方じゃあ、カレンのことは好きだぜ? 色々あったけど可愛いし、頑張ってるし。こんな子から好きだ! なんて告白されたらオーケーしたくなっちまうよな? カレンとの交際を勧めてくれたグレースにはマジ感謝だぜ。けどなぁ、カレンは俺のこと……いつから、何がどう好きなんだ?)
男としては大いに気になるところである。ウルスラのことを考えれば余計な話をしている余裕は無いはずだが、ほんの少しカレンの話を聞くぐらいは許して貰いたい。
「いつからか……ですか? それはですね……」
興味津々の弘を見たカレンは、苦笑しつつ話し始めるのだった。