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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
119/197

第百十九話 ジュディスは居ませんか?

 クリュセダンジョンを離れ、ディオスクを経由することなく南東へ進む。

 そして、およそ3日後の昼頃。弘達はクロニウスに到着していた。 


「久しぶりのクロニウスか。ここまで順調って言やあ順調だったな」


「うむ。誰も怪我一つ負わなかった。確かに順調だ」


 都市門の前で弘が言うと、その右側に立ったグレースが同意して頷く。実際、ここへ到達するまでの街道行で、モンスターによる襲撃を何度か受けたが、すべて返り討ちにしていた。これは弓の使い手であるグレースやノーマが居ること。加えて、召喚武具のトカレフを乱射し、場合によっては手榴弾をも投じる弘が居ることで、パーティーの中距離攻撃力が高くなっているのが大きな要因だ。


(たいがいの相手は発見するなり、一方的に殲滅できるんだからな)


 メルの不在で(精霊魔法は別として)魔法攻撃ができなくなったが、今のところ問題はない。しかし、いずれまた自分のパーティーを持つことがあったら、魔法使いの存在は不可欠だと弘は考えている。魔法使いには魔法使いにしか出来ないことがあるし、その豊富な知識と高い知力は、この世界を渡っていく上で大いに当てにできるからだ。


(メルをまた誘ってもいいし。他を探すのも良いかもな。……ん?)


 カレンが釈然としない面持ちで居ることに、弘は気づく。先ほどグレースが右側に立った際、少し遅れる形で左側に移動してきたのだが、何かあったのだろうか。


「何か気に入らないことがあるのか?」


「……ここまでの道中、ほとんどサワタリさんとグレースさんだけで戦っていて……。あ、たまにノーマさんも短弓で攻撃してましたけど。……そう言えば、シルビアもスリングで投石を……。つまり結局、この私だけが何もしてないんですよう!」


 ただ、そこに居ただけ……という立ち位置が、お気に召さないらしい。むくれ顔となったカレンの頭に、弘はポンと手を乗せる。


「いや、カレンが居て後衛を守ってくれてるから、俺が安心してトカレフ2丁構えて撃ちまくれるんだし? 銃や弓でどうしようも無い、しかも素早い奴が出てきたら、そん時こそカレンの出番だぜ? 俺と2人でボコボコにできるじゃん?」


「さ、サワタリさんと2人で!? そ、そうですよね! じゃあ、強敵が出てきたら私、頑張ります!」


 パッと表情を明るくし、カレンが持ち上げた両の拳を握りしめた。その様子を見て弘はウンウン頷いていたが、背後からシルビアの声がかかる。


「何を言ってるんですか、サワタリ殿。危ない敵やモンスターなど、出現しないに越したことはありません。もっと発言には注意していただきたいですね」


(……イイ感じでまとまりかけてんのに。水を差すんじゃね~よ)


 だが、言ってること自体は正しいので口に出して文句は言わない。このように弘が黙っていると、シルビアの隣で居たノーマが腰に手を当てて口を挟んできた。


「でも、多少危ないのが出てきても、弘とカレンが接近戦で倒せるってことでしょ? 私達だって居るし。だったら、出てきて欲しい気もするわね。ここへ来るまでにモンスターから剥ぎ取った部位。あれだけでも結構な額になるもの」


「ノーマ殿も、そういう発言は控えていただきたいです」


 シルビアの矛先がノーマに向いた。内心、胸を撫で下ろした弘であったが、ふと見るとカレンも同じように一息ついているので、彼女も同じ心境であったのか……と理解する。


(へへっ。気が合うじゃね~か。さすが、付き合ってるだけのこたぁあるぜ)


「あの? どうかしましたか?」


「いや、なんでもねぇ」


 不思議そうな顔をして見上げてくるカレンに、弘は笑って見せた。


(って、ちょっと待てよ?)


 先程、彼女を宥めるために頭を撫でるような真似をしたこと。あれがカレンとしては、どう感じたのかが気になる。何かの雑誌で見た気がするが、恋人に頭を撫でられるというのは、嬉しいと思われるばかりではないらしい。 


「なあ? カレン?」


「はい。なんですか?」


 弘は、バツが悪そうに顎下を指で掻いた。


「さっきカレンの頭を撫でちまったが、嫌じゃなかったか?」


「え? 嫌だなんて、そんな! サワタリさんの手が大きくて……その、とても落ち着きましたし……」


 言いながらカレンが赤くなり、徐々に俯いていく。その仕草が可愛らしいので、見ていた弘も気恥ずかしくなった。


「そ、そうか。カレンが嫌じゃないなら、それでいいんだ。はは、ははは……」


「こほむ!」


 良い雰囲気だったが、右隣りにいたグーレスが咳払いによって中断させる。


「主よ。往来での立ち話は周囲の邪魔となろう。クロニウスのギルド酒場にでも行ってみてはどうかな?」


「ん? そういやそうか」


 言われて周囲を見回すと、後から来た者や擦れ違おうとする者達が、弘らを避けるように移動していた。文句を付けてこないのは、今のところは徒歩の者ばかりであることと、弘達が武装した冒険者の一団だからであろう。


「確かに邪魔だな。じゃあ、ギルドに行くとしよう。ジュディス達が居るかもしれんし」


 方針を決めた弘が歩き出すと、他の者達も着いて歩き出した。クロニウスのギルド支部は都市中央寄りにあるので、このまま歩き続ければ15分ほどで到着するはずだ。


「む~……」


 スタスタと前を歩く弘を見ながら、カレンは物足りなく感じていたが、その彼女にグレースが話しかける。


「すまんな。しかし、なんだ。同じ男を恋人とする以上、長々と独占されては我の精神衛生上よろしくないのでな」


「それはどうも。私の配慮が足りませんでした」


 言ってる内容は素直だ。だが、その口調にはトゲがある。ついでに思い切り舌も出して見せたので、グレースは大いに吹きだした。 


「まあ、そう怒るな。……しかし、カレンは本当にかわゆいなぁ」


「……んもう。グレースさんったら」


 子供ないし妹分扱いされているわけだが、実は悪い気がしない。そのうち、似たような仕返しでもしてやろうと考え、カレンは怒りを静めるのだった。

 と、このようなカレン達のやりとりを見せつけられているのが、シルビアとノーマである。弘に対しては、好きであるとか慕っている等の本心を告白済みであったが、弘は『態度保留』としている。このため、厳密に言えば両者共、まだ恋人の立ち位置にない。


「見せつけてくれちゃって……。いっそのことヒロシに夜這いでも仕掛けようかしら」


 一度でも身体を重ねて、それが商売抜きの行為であるのなら、弘はかなり好意的になってくれるはずだ。少なくとも無碍に扱ったりはしないだろう。


(ヒロシって、そういう性格みたいだもの。……って、げっ!?)


 ノーマは息を呑んだ。少し前方、弘の右側を歩くグレースが、肩越しに振り返って目の端でノーマを見ていたのだ。どうやら小さく呟いたつもりの夜這い云々が、グレースには聞こえていたらしい。


「いやぁねぇ。冗談よ。じょーだん!」


 愛想笑いしながら手を振ると、グレースは無言のまま前方に向き直った。


「はあ~。私も耳は良い方だけど、エルフには負けるわ」


「それは以前からわかってたことでしょう? それに、夜這いだとか言うから睨まれるんです」


 すぐ横で歩いているシルビアがお説教を始めたので、ノーマは渋面となる。それこそ言われずともわかっているのだ。しかし、カレンやグレースと比較した場合、弘を慕う者として自分の立場は弱い。であるから多少は無理をしてでも、弘をモノにしたいのだ。


(いわゆる愛情って奴かしらねぇ。私みたいな女が『愛』だとか言うと、自分でも凄く気恥ずかしいけど……ヒロシのこと、好き……なのよねぇ)


 男を利用するための色仕掛けは経験があるが、その人を思うだけで胸がドキドキするような感覚は初めてである。


(ホント、最初は親しくしておけば、いい金儲けの道具になると。そう思ってただけなのに。……まあ、レクト村事件あたりから、すでに男としてイイ線いってるとは思ってたけどね)


 それがシルビアと並んで告白してからは、時間がたつにつれて弘に対する情が深まっていく……ような気がするのだ。弘と出会う以前の自分なら、気のせい、あるいは気の迷いだとしていただろう。だが、今はそうしたくはなかった。


(……盗賊ギルド上がりの偵察士としちゃあ、男に入れ込むってのは良くないんでしょうけどねぇ)


「ま、いいじゃない。好きなんだから」


 そう言ってシルビアにウインクし、ノーマは弘達に遅れないよう足を早めたのである。



◇◇◇◇



 こういった女性陣らのやりとりに気がつかない弘は、鼻歌交じりでギルド酒場に入っている。昼時なだけあって、中には数パーティーもの冒険者達が居たが、その中にジュディスらの姿は確認できない。


「いね~な。冒険に出かけてるのかな?」


 フ~ンと鼻を鳴らしながら見回していると、そこかしこで囁きあう声が発生した。


「おい。あいつ、サワタリだぞ?」


「ほんとだ。クロニウスに戻ってきてたのか。ディオスクの闘技場じゃあ、えらく暴れたそうだが……。あんなに強い奴だったとはな」


 どうやらディオスクでの活躍が、クロニウスにまで伝わっているようだ。中世ヨーロッパモドキの世界としては、かなり情報伝達が早い。これは、やはり精霊通信という魔法技術のおかげであろう。


「けへへ。俺すげぇ! って話で騒がれてると、どうも浮かれちまって困るぜ」


 鼻の下を人差し指で擦る弘は、暴走族時代の気分を思い出していた。何より、今噂されているのは悪名ではなく勇名である。元居た世界では、真っ当に人から褒められたことがないので、浮かれたくもなるのだ。そして、噂話は何も弘に限ったものだけではない。


「あっちはカレンか? 今はサワタリと組んでるのか。って、どんだけ強力なパーティーなんだよ」


「それもそうだが。見ろよ、あのエルフ女! むちゃくちゃ綺麗じゃないか。それになんて言うか……色気もあるし」


「印象きつめなのに、色気があるって……。俺、何だか興奮してきた。……いででっ!」


 鼻の下を伸ばした男性戦士が、隣で座る女魔法使いに耳を引っ張られ、情けない悲鳴をあげている。それを見た周囲のテーブルからは盛大な笑い声が巻き起こった。


「……騒がしいな。嫌いな雰囲気じゃないけど……。取りあえず、2階のギルド受付でジュディス達のことを聞いてみるか」


 当面の目的はジュディス達と合流して、夜の戦乙女ブリジットが宿る指輪を渡すことだ。だから、まずはジュディスパーティーの動向を掴まなければならない。

 弘は「2階に行くぞ~」と声をかけながら歩き出したが、左後方を歩くグレースが浮かない顔をしていることに気づいた。


「なんだ? どうかしたか?」


「あ? ああ、いや。何でもないんだ……。気にしないでくれ」


 そうは言ってもグレースの顔色は冴えない。血色が悪いわけではないが、暗い面持ちであるため、気にするなと言われても気になってしまう。


「なあ? 気分でも悪いのなら……」


「違いますよ。サワタリさん」


 右側からカレンが顔を出してきた。


「さっきの噂話で、グレースさんは傷ついてるんです」


「さっきの噂話?」


 酒場に入ったときに聞いた、他の冒険者達の噂話だろうか。弘は階段を上がりつつ、その内容を思い出す。


「ああ、むちゃくちゃ綺麗とか言われてたアレか。だが、ありゃ事実だろ? ひょっとして、色気があるとか言われたのが……」


「違う……」


 一、二段ほど遅れて階段を上がっていたグレースが、ボソリと呟いた。


「連中はな……この我を見て『印象きつめ』だとか評したのだぞ! ぬ、主よ! 我は、そんなにもキツそうに見えるか! どうなんだ!?」


 大声ではないが、グレースの声は切羽詰まっている。かなり気になっているらしい。


(グレースがキツい……ねえ。シルビアの方が、よほどキツいと思うけどなぁ) 


 シルビア本人には絶対に聞かせられないことを考えつつ、弘は言葉を選んだ。グレースは『キツく見えるかどうか』を問うたが、恐らく弘の感想を知りたくて聞いたのではない。弘から「キツくない」と言って欲しいのだろう。


(じゃあ、まずは否定から入るか。……いやもう、何かドキドキするな)


 下手な受け答えをしたら、グレースの機嫌を損ねたり、悪くすれば嫌われるかもしれない。女性経験が豊富とは言えない弘にとって、カレンやグレースとの会話は時として大いに緊張するのだ。


「いや。キツくは見えないな」


「本当か!?」


 普段の武人然とした雰囲気は何処へやら。人間の小娘のような心配顔で、グレースが確認してくる。その様子に妙な可愛らしさを感じつつ、弘は肩越しに振り返って頷いた。


「本当だって。こんな事で嘘なんか言うもんかい。ほら、グレースはエルフの族長さんだったんだろ? それに武人肌の雰囲気だしさ。知らない奴が見たら、キリッとしてるように見えるのと違うか? 事実、キリッとしてるしな」


 そう言い終えたところで、すでに階段を上りきっていた弘は受付嬢に話しかけようとする。その背に、微かであるがグレースの声がかかった。


「嬉しいぞ。主よ」


「うん?」


 何と言ったかまでは聞き取れなかったので、受付に向きかけていた弘は、二度見する形でグレースを振り返る。そこでは上背のあるグレースが、カレンと手を取り合って喜ぶ姿があった。気のせいかグレースが涙ぐんでいるようにも見える。


「良かったですね! グレースさん!」


「うむ……。カレンよ。都市門の辺りでは、その……すまなかったな」


 弘とカレンの会話に割り込んだことを謝っているのだろうが、カレンは「いいんですよ。私も気分次第で邪魔したりしますから」などと言って笑っている。


(なんだかなぁ。仲が悪いよりはいいんだけどさ)


 苦笑しながら受付前に立った弘は、2人並んで座っている受付嬢に話しかけた。


「おっす。久しぶり」


「サワタリさん!? お久しぶりです! ご活躍の噂は聞いていますよ!」


「お、おう?」


 いつもは事務的な応対しかしない受付嬢が、興奮気味に席から尻を浮かせている。ディオスク闘技場での10連勝が、そんなにも凄いことなのだろうか。


(確かにレッサードラゴンのクロムとか、後半で戦った連中はヤバかったからな)


 対戦相手の凄さが、そのまま弘の凄さに直結して伝わっているのだろう……と思いきや、それだけではないらしい。聞けば、クロニウスで登録したギルド冒険者で、弘ほどの勇名を馳せた人物は最近いないとのことだ。 


「他ではアラン支部長が有名なんですけど。やはり支部登録の新人が大活躍となると、私達も鼻が高いですから!」 


「なるほどねぇ。俺の活躍で鼻が高いかぁ」


 酒場でも噂されたが、自分のことで喜ばれるのは悪い気がしない。普段なら「ああ、そう」と返す弘も、このときばかりは顔がゆるむ。

 しかし……。


「うっ!?」


 背後から飛んでくる怖い視線を感じ、弘は身を固くした。これは確認せずともわかる。カレンとグレースが睨んでいるのだ。見れば、受付嬢らも弘の両脇越しに後方を見ているのか、「うわ~……」などと呻いていたりする。

 ここは話題を変えるべきだと判断した弘は、咳払いをして本題を切り出した。


「実はな、ジュディス達が今何処に居るかとか。そういうのわかるか?」


「え、ええ。ジュディスさんのパーティーでしたら……」


 登録冒険者同士のことなので、受付嬢は素直に書類をめくってくれる。


(何度か思ったことだけど、羊皮紙とかじゃなくて良かったぜ……、こっちの世界に来て羊皮紙も見かけたけど、使いにくいんだよな。アレ……)


 リアル風味のファンタジーRPGや小説では、製紙技術が未熟である。紙が作れないのだから羊皮紙や木簡、あるいは竹簡の出番となるが、この世界では普通に紙が流通しているらしい。


(やっぱアレか? ずっと昔に異世界転移してきた奴が広めたとかか?)


 興味があったので書類検索中の受付嬢に聞いてみると、これが違うとのこと。なんでも、とある草食モンスターが居て、その体表から滲み出る粘液をすくい取る。その後は紙すきから乾燥に移って紙が出来上がるのだとか。


(うぬ。ファンタジーだ。てゆうか、中途半端にファンタジーだ……)


 それなら原料とかがわかってるんだから、普通の製紙技術へ移行しても良さそうなものだが、ここ百年くらいは技術的な変化がないらしい。


「草食モンスターの生息域に、よく燃える抜け殻みたいなのがあるって噂になって。それが、紙の発見につながったそうですけど」


「へ、へえ~……便利なもんだな」


 どういう顔をして良いかわからずにいると、そこでようやく資料が見つかった。

 ジュディスは今、南東部の森林地帯でモンスター討伐を行っているらしい。


「ジュディスのパーティーだけでか?」


「いいえ。複数パーティーに、ギルドから特別招集がかかったんです」


 特別招集とは、単独のパーティーでは対応できないような事案に対し、ギルド支部が複数のパーティーを指名して依頼することを言う。


「レクト村事件の時は、現地住民等が金出し合って複数パーティーを呼んだよな? 今度はギルドが直接複数パーティーに依頼したのか。……それって、危ない仕事じゃね~の?」


「そうらしいです。資料を見た限りでは、大型のホブゴブリンを率いたオーガーだとか」


「えっ! 今、オーガーって言いましたか!?」


 受付嬢の説明にカレンが食いつく。

 事が親友のジュディスに関することなので、真剣な表情で聞いていたのだが、オーガーと聞いては黙っていられないらしい。


「ああ。試練がどうとかのアレか」


 貴族の御令嬢であるカレンが、シルビアと2人で冒険者働きをしている理由。それは亡き父に代わってマクドガル家を家督相続するためである。この家督相続にあたり、王都の貴族院から与えられた条件が幾つかあって、その最後の一つがオーガーを単独討伐するというものだった。

 今日まで、カレンは方々の都市を渡り歩いてオーガーの情報を求めていたが、すべて空振りに終わっている。そんなカレンの前で受付嬢が話したのは、久々に得られたオーガーの情報だったのだ。


「……確か単独討伐が条件だっけ? じゃあ、複数パーティーが先に依頼を請けてるってのは……」


 弘が言うと、カレンの表情から輝きが失せた。更に肩も落とす。 


「そう……なんです。すでに条件外なんですよぅ~」


 他パーティーが討伐に関わっている時点で、単独討伐とは見なされない。つまり、カレンが言ったように今聞いたオーガーに関しては『試練の条件外』となってしまうのだ。

 嘆きながらカレンがすがり付いてくるので、弘は肩を抱き留めて頭を撫でてやった。すぐ隣に居るグレースはもちろん、後方で立っていたシルビアやノーマも良い顔をしない。だが、当てが外れて悲しんでいる恋人を突き放すという選択肢は、弘には存在しなかった。


「そいつは残念だったな。まあ、そのうち他のオーガーだって見つかるさ」



◇◇◇◇



 このとき、弘の間近で居るグレースは渋い顔をするに留まっていたが、少し離れて立つシルビアとノーマは、その顔を寄せ合ってヒソヒソ話をしている。


(「ねえ? あのカレン、シルビアが見てどうなの? 本当に泣いてると思う?」)


(「ショックを受けたのは本当だと思いますが。心の底から嘆き悲しんでいるようには見えませんね」)


 付き合いの短い弘やグレースが相手ならともかく、幼なじみのシルビアは誤魔化せないということだ。つまり、カレンは受けたショックにかこつけて、弘に甘えているのである。


(「上手いことやったものね」)


(「ええ」)


(「私達も機会を見つけて、ヒロシとイイ雰囲気を作らなくちゃ」)


(「そのとおりです」)


 シルビアが二度目に頷いたのを見て、ノーマはニッと笑った。


(「あら? カレンお嬢様に遠慮するかと思いきや。意外と、やる気じゃない?」)


 からかうような物言いなのだが、これに対してシルビアはニッコリ微笑んでいる。


(「私達はサワタリ殿と自分の間に、カレン様とグレース殿を置いている状態ですから。ノンビリ構えているわけにはいきません」)


 ノーマに合わせたのか、シルビアの口調は冗談めかしたものだ。しかし言った内容は、紛れもなく彼女の本心である。それが理解できるノーマは、真剣な表情で頷いた。


(「そうね。私達、ただでさえカレン達に後れを取っているんだもの。……それにしても、私達が態度保留の状態から、交際までこぎ着けたとして。ヒロシと一緒に居る女は4人になるわけよね。ヒロシも大変だ」)


 4人の面倒を見るというのは、一対一の交際と比べても単純計算で4倍苦労するということだ。金銭面でも負担は大きいだろうが、4人もの女性と同時に円満交際ができるものだろうか。


(「なぁんて。ヒロシのこと慕っ……ごほん。付き合いたいって考えてる私が言うことじゃないかもしれないけど」)


(「女性側としても彼を支えるべく頑張るべきですけどね。でも、私は大丈夫だと思いますよ?」)


 シルビアは言う。まず金銭面について、自分達の前で示してきた弘の『実績』は、すでに文句の付けどころがない。ディオスク闘技場で10連勝し、難関と言われたクリュセダンジョンを攻略した。これだけでも彼の冒険者としての実力を認めるには充分だ。他の高難易度のギルド依頼であっても、弘ならば遂行することができるだろう。


(「クリュセの時は、ケンパーに実績とやらを持っていかれたのよね。ま、あれは仕方ないか。……ヒロシのことが気になり出す前なら、お人好しだって言って笑ったかもだけど」)


(「ふふっ。そうですね。でも、ジーン殿のことを考えると、あれで正解なんですよ。それに私達だって、グレース殿のことがあったからジーン殿に同情してたんですし」)


 同情という言葉にノーマは反論しかけたが、結局何も言わなかった。


(シルビアが言うとおり、身内のグレースに重ね合わせてたってのはあるかも。私も、ヒロシと同じでお人好しってことか……。面白くない気分だけど、ここでシルビア相手に突っ張っても……ねえ)


 さて、話は弘のことに戻る。先ほどシルビアが言ったように、金銭面では冒険者として実力充分なのだから、大きな不安はない。そして、4人と円満交際できるかについては……。


(「サワタリ殿は、あれでけっこう責任感がありますからね。4人と交際するとなっても、投げ出して逃げたりはしないと思います」)


(「変なところで生真面目だものね。それに……そうか。私達が仲違いとかで揉めたとしても、好き嫌いを基準にして誰かの肩持ったりって事がなさそうかも」)


 女としては自分だけの味方で居てほしいのだが、この状況ではそうもいかないだろう。ともあれ、これで不安の幾つかは概ね晴れた……とシルビア達は思う。


(「くくくっ。でも、これって私達の勝手な希望的観測……いえ、願望なのよねぇ」)


(「否定はしません。私達の、サワタリ殿を見る目が間違ってる可能性もあります。男性を見損ねて、不幸になる女性というのは世に多くいますが……。私達には当てはまって欲しくないものですね」)


(「ほんと、そのとおりよね」)


 2人で頷き遭ったところで、ノーマが話題を変えた。


(「私達に関しちゃ、こんなところだけど。問題はジュディスよね。ことによるとウルスラもか……」)


(「ええ……」)


 ジュディス達が、弘に思いを寄せているのは確実だ。しかし、いかに弘が懐深く包容力の大きな男性だったとしても、限度というものがあるだろう。ましてや3人目と4人目である自分達ですら、現状は態度保留の身なのだ。


(「その上さらに2人だなんて。さすがのヒロシも、お断り……って事になるんじゃないかしら?」)


(「恐らくは、そうなるでしょう。……あまり、見たくはないものを見ることになるかもしれませんね」)


 シルビアが何を言いたいのかを察して、ノーマは無言で頷いた。

 見たくはないもの。それはヒロシ・サワタリに告白して振られる女性の姿である。

 その場しのぎか苦肉の策か、告白に対する態度保留の状態にあるシルビア達にとって、確かに見たくはないシーンなのであった。



◇◇◇◇



 シルビアとノーマが密談をしていた一方で、弘は今後の方針を考えている。


「今聞いた話じゃ、ジュディス達が出発したのは2日前だ。暫くしたら現地到着とか、そんな感じだな。戻ってくるには、もう数日ほど待つことになるか……」


 その間ずっと酒場で時間を潰すのは退屈すぎるし、かと言って冒険依頼を請けていたら、戻ってきたジュディス達と入れ違う可能性があった。


「……ジュディス達が依頼を請けた現地に向かって、向こうで合流する方が手っ取り早いか? 渡すもんは早く渡しておきたいしな」


 しかし、そうすると依頼を請けて行くわけではないから、ただの遠足になってしまう。弘自身は、それでも構わなかったが、他の者達はどう言うだろうか。弘は、受付から離れた部屋の隅で皆を集めると、まず自分の意見を述べた。


「ここで待ってるのも何だし、俺は南東の森林地帯ってところに行こうと思うんだけど。みんなはどうする?」


 この問いを受けたカレン達は、それぞれが顔を見合わせている。その後、カレンとシルビアが頷きあってから答えた。


「私とシルビアは、サワタリさんに付いていきます。依頼の規模が大きいからジュディスちゃんが心配だし。それに……オーガーはオーガー。もし戦う機会があれば、いい予行演習になると思いますから」 


「到着した頃には、すでに依頼遂行の後となっているかもしれません。しかし、オーガーの実物を見ることができれば、今後の参考にはなるでしょう」


「なるほどな。グレースとノーマはどうする?」


 残るグレース達を見て問うと、グレースが革の胸当てに手を当てながら微笑む。


「当然、我も付いて行くぞ? クロニウスで待っていても退屈なだけだし。たまには仕事抜きで遠出をするのも良かろう。それに……主とは離れたくないからな」


「……そうか」


 予想どおりの返事だったので、弘はフムと頷いている。

 グレースは元々、弘に付き従って行動したいと言っていた。同行するかどうかを問われたなら、そこは当然付いてくるだろう。

 残るはノーマのみだが、弘が視線を向けると彼女は渋い顔で頭を掻いた。


「その仕事抜きって言うのが……私的には、ちょっとねぇ。でも、グレースが言ってたみたいに、クロニウスで待っていても仕方がないわ。だから、私も付いて行くことにする」


 こうして全員が、ジュディス達の後を追うこととなる。しかし、仕事抜きとは言え、街道行はやはり危険であるし、着いた先ではオーガー等との戦闘に巻き込まれる恐れがあった。


(カレンやシルビアは、そういうのを期待してるみたいだけどな)


 その辺りの不安要素や危険性も弘は説明したが、それでも女達は同行する決定を変えない。


「全員で行くことに変わりなしか。じゃあ、クロニウスに着いたばかりだから、少し休憩してから出発するとしよう。この後の時報で……鐘2つ目にギルド酒場へ集合ってことでいいな?」


「サワタリさんは、どうするんですか?」


「俺か?」


 弘は聞いてきたカレンを見て言う。


「俺は、まずはブルターク商店に行く。クリュセダンジョンで拾得したロッカーや、ガードアーマーの残骸なんかを売りたいし。そうだな、後はダンジョンで消費した分の食料とかを買い足しておくか」


「雷の剣は、どうするのだ? 攻撃すると使用者にも雷が落ちる、あの剣は?」


「あれは持ったままにしておく。何かの役に立つかも知れないし、俺にはアイテム欄収納があるから、持ち歩いても嵩張らないからな」


 グレースに答えた弘は、そこで「おう!」と一声あげて頷いた。


「そうだ。取りあえず金も入ったことだし、馬車とか借りてみるか。金を節約するってんなら、歩きの方がいいけど。今回は、ヤバい依頼を受けたジュディスを追っかけるんだからな。無駄遣いってわけじゃあない」


 そう言ってニッと笑ったところ、カレン達はそれぞれの反応を示す。


「そうですね! それがいいと思います!」


「……確かに、それが効率的でしょうね」 


「我は主とノンビリ歩いてみたいが。ま、それはクロニウスに来るまでに堪能したから良しとするか」


「馬車の賃料は、ヒロシが出してくれるのよね?」


 最後の質問者はノーマであったが、弘は革鎧の上から胸を叩き頷いた。


「もちろんだ。言い出したのは俺だからな。……あ、そういや俺、馬車の運転の仕方とかわかんねぇ……」


 ステータスとしての知力や賢さは上昇しているのだから、練習しながら移動する手もある。だが、自分に好意を寄せている女達の前で、おぼつかない御者ぶりをさらすのは御免こうむりたい。


(御者でも雇うかな……)


 そんなことを考えていると、隅に立っていた弘の前にノーマが進み出る。何やら嬉しそうな顔で自分を指さしているが……。


「え? なに?」


「んふふ。馬車の御者なら私ができるわよ?」


 彼女が言うには、冒険者ギルドの偵察士養成課程で、乗馬や馬車の御者の訓練もするのだそうだ。 


「なにしろ偵察士って、色々やらないと駄目だから。何だったら、私が運転術を教えてあげても良いわよ?」


「ホントか!? ……有償だったりしねぇ?」


「馬鹿ね。ただに決まってるじゃない」


 ノーマは苦笑したが、当然ながら下心はある。手取り足取り教えるとなれば、身体と身体が密着することも多いはずだ。いわゆるスキンシップで自分をアピールすることが、彼女の狙いだった。


(うふふ。ストレートに夜這いしてもいいんだけど、今の立場でやるとカレンやグレースに睨まれるもの。こうやって積み重ねていくのよ)


 このとき、周囲でカレンやグレース、そしてシルビアの機嫌が悪くなるのを、ノーマは肌で感じていた。しかし、今のところ文句を言われる筋合いがないので、平然としている。


「ん……。なんか寒気が……いや、気のせいか。じゃあ、そういう段取りで行くから、取りあえずここで解散な」


 話を締めくくり弘は歩き出す。そうすると皆が付いて歩き出したが、酒場へ下りるまでは階段一つしかないのだから、この時点で同行するのは当たり前だ。肩越しにチラ見した弘であったが、何も言わずに階段を下りる。

 だが……。


「おい。ブルタークの店まで付いて来る気か?」


 酒場の外に出てもカレン達が付いて来るので、さすがに弘は確認を取った。すると皆が、他にすることもないし、鐘2つ目の出発時間まで一緒に居ると言う。


「む~……。いや、良いんだけどさ」


 せっかく町で休憩をするのだから、もっと買い物だとか、1人でノンビリするだとか、他にすることがあるのではないか。そう思うものの、付いてきたいと言うカレン達を追い払う気はない。弘は小さく息を吐くと、再び前を向いて歩き出すのだった。


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