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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
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第百十六話 交際宣言

「ヒロシは、これから女2人とイチャイチャするんだっけな? だったら俺も、ここらで抜けた方がいいかもな」


 一緒に外へ出ていたインスンが、ギルド支部へ戻ろうとした弘を呼び止める。冒険者らが行き交う通りの中、明らかに浮いて見えるミノタウロスを弘は苦笑しつつ見上げた。


「イチャイチャってなぁ……。そうか、もう行くのか」


「ああ。俺は正規のパーティーメンバーじゃないし。ジーンが抜けたのに、俺だけ残ってても変だろ? それに、このパーティー自体、もう解散するんだよな?」


 インスンの言うとおり、このパーティーはクリュセダンジョンを探索する間だけの臨時編成。少なくとも、この後すぐに弘はパーティーを解散するつもりだった。


「そうだな。いろいろ助けて貰ったが、ここで……っと、そうだ。エンコウ達の遺体はどうする?」


 インスンと別れようとした弘は、インスンのパーティーメンバー……その遺体を預かっていたことを思い出している。依頼遂行検査におけるダンジョン行の折、インスンの要望により遺体回収を行ったのだ。


「アイテム欄に収納したままだからな。ここで渡すか?」


「人通りが多いってのに、そりゃないだろ。……確か、戦の神の神殿が出張して来てるよな? 冒険者の遺体とか預かってくれてるから、そこへ放り込んでおいてくれるか? そうだなぁ……明日とかで頼めるかな?」


 冒険依頼では、時として冒険者に死者が出る。これがパーティー全滅ともなれば、大抵は遺体が野ざらしとなるが、遺体回収できた場合は最寄りの神殿に持ち込まれるのだ。それは葬儀の準備のためであったり、法術によって蘇生をするためでもある。


「法術蘇生ってな、馬鹿高い金がかかるからな。エンコウ達には悪いが、土の下へ行って貰う」


 つまりは葬儀をした後、埋葬するわけだ。パーティーメンバーに対して冷たい対応のようだが、メルやノーマが言うにはこれが普通らしい。


「冒険依頼中は生死を共にするわけだけど。ほとんどの冒険者は1人1人、都合に合わせて組んでるだけだしね。苦労してお金を貯めて……それで蘇生させるなんてのは、よほど仲が良くないとねぇ」


「パーティー内で借金してたりすると、冒険中に死んだ場合。これ幸いと置き捨てられることもあるな。まあ、冒険者同士、仲が良いに越したことはないという話だ」


「世知辛いって言うか……。それもまた冒険者の生き方って感じか」


 メル達の解説に頷き、弘はインスンを見る。


「わかった。戦の神の出張神殿だな?」


「ああ、頼む。特に付き合いが長いわけでも仲が良かったわけでもないが、冒険者としてのスジって奴だ。葬式ぐらいは出してやらないとな。じゃあ、まだ何処かで組もうや。そんとき娘っ子達とは、もっと仲良くできると嬉しいねぇ」


 そう言って手を振ると、インスンは雑踏の中へと消えた。もっとも、ミノタウロスの巨体は目立つので、彼の姿が完全に見えなくなったのは離れた交差点で曲がったときのこと。そのインスンの姿が見えなくなったところで、メルとノーマが弘の前に進み出る。


「なんだ? あんたらも、もう行っちまうのか?」


「まさか。私とノーマは、当初からのメンバーだからな。解散前に宴会ぐらいはするべきだろう。依頼遂行の祝賀も兼ねてね。と言うわけで、別れるのはもう少し先になる」


「ヒロシ達は、今から例の話をまとめるんでしょ? その場に私達が居るってのも何だし。ギルド酒場で適当に飲んでるから、済んだら降りてきてちょうだい。お昼も大分過ぎたし……できれば夕食時ぐらいが良いわね」


「時間指定かよ」


「そうよ。それくらいで丁度いいでしょ? グダグダ話し合ってもこじれるだけ。だから、スパッと決めちゃいなさい」


 そう言ってノーマがウインクする。

 彼女がメルと酒場で待つことになったので、この場で行動方針を述べていないのはシルビアのみとなった。彼女は、どうするのだろうか。


「尼さんも私達と一緒に飲んでる?」


 それまで押し黙っていたシルビアは、ノーマに声をかけられると何かを振り払うように頭を振った。そして、弘を睨みつけてからカレンに向き直る。


「無粋で、しかもお邪魔でしょうが。私は、カレン様に同行します!」


「シルビア……」


 戸惑ったような、それでいて気恥ずかしそうなカレンがシルビアの名を呼んだ。しかし、何を言っても聞きそうにないと感じたのか、小さく頷いて見せる。


「……わかった。サワタリさんも構いませんよね?」


(おいおい。俺は保護者同伴の相手に告白すんのか?)


 好きな彼女を呼び出して好きだと言う。その告白の場に、相手の父母ないし兄姉が同席するようなものだ。


(正直言って勘弁して欲しいんだけど。でもまあ……カレンとシルビアだものな)


 彼女たちの特別な関係、そして間柄については弘も知っている。使命を果たすため旅に出たカレンを、シルビアは親身になって世話をし、そして見守ってきたのだ。


(それが何処の馬の骨……以前に、この世界の人間ですらない俺と交際するかもしれないんだから。そりゃあ同席したいか……)


 一瞬、弘はグレースに視線を向けたが、同じ告白対象の彼女に相談するわけにはいかない。ましてや、カレン達が居る前で、第三者たるメルやノーマに相談するのも問題だ。

 結局、弘はシルビアの同席を承諾した。


(告白するときの話運びを間違えたら。あのメイスでブン殴られるかもしんね~なぁ)


 今の弘のステータス値なら、剥き出しの頭部を殴られても1発ぐらいなら平気かもしれない。しかし、男女の揉め事で女性に殴られるというのは、今までに経験がなかった。


(ひょっとしたら、モンスターとの戦闘で怪我するより痛いかもな……)

 


◇◇◇◇



 シルビアの同席を承諾した弘がギルド酒場に入ると、カレンとグレースは並んで歩き出した。


(「いよいよだな」)


 肩を寄せてグレースが話しかけると、カレンは小さく頷く。


(「そうですね。そう言えば、グレースさん? あのことは大丈夫だったんですか?」)


(「あのこと?」)


(「サワタリさんが、ケンパーに隷属の首輪を使ったとき。グレースさんのサワタリさんを見る目が変わるかもと言う……アレですよ」)


(「ああ……」)


 かつてのグレースは、隷属の首輪を装着させられ娼館で働いていた。それは半ば以上、自らが望んだ境遇であったが、意に反する行為を強制させられることも多かったのである。だから、グレースは隷属の首輪を使用すること……それ自体に関しては否定的なのだ。

 そんな彼女であるから、カレンが言ったような不安を抱えていたのだが……。


(「うむ。そう言えば、不思議と何も思うことはなかったな」)


 長く尖った耳をヒクつかせてグレースは言う。その仕草に妙な可愛らしさを感じながら、カレンはグレースの顔を斜め下から覗き込んだ。


(「ほら。やっぱり大丈夫だった。思ってたとおりです」) 


(「ははは。カレンには敵わぬよ」)


 ドヤ顔で可愛く微笑むカレンに対し、グレースは苦笑するほかない。しかし、酒場を通過し2階への階段を上ろうとする弘を見て、その顔を引き締めた。


(「だが、サワタリに関しては負けたくないものだ。もっとも、彼がカレンのみを選んだとしても……我は、そなたを恨んだりはせぬがな」)


(「私も同じ意見ですよ。つまりは恨みっこなしですね」)


 グレースの決意表明に同意しつつ、カレンは彼女と初めて会ったときのことを思い出していた。初めてグレースをを見たのは、燃えさかる娼館から弘と共に脱出してきたときだ。あのときは、この女性のために弘が炎の中に飛び込んだのか! と嫉妬したものである。


(私ったら、サワタリさんにグレースさんのことを説明させようとしたり……。ああ、思い出したら恥ずかしくなって来ちゃった)


 その後は、グレースの為に闘技場で奮闘する弘を見ていたし、解放後のグレースが弘のためにダンジョンへ挑む姿も見た。そのダンジョン探索にカレンも同行するうち、いつしかグレースに対して好感を抱き、また尊敬するようになっていたのである。


(凄く落ち着いてて格好いいし。……シルビアが幼なじみのお姉さんだとしたら、グレースさんは家庭教師風? それとも……) 


 色々と考えているカレンは、楽しくなって口元がゆるんできた。

 サワタリと、そしてグレースと共に過ごせたらなら、それはきっと素晴らしい日々となるに違いないだろう。


(そしてそこに、シルビアも居ればいいのだけど……)


 カレンにとってシルビア・フラウスという女性は、これまでずっと一緒にいた……姉であり親友でもあるのだ。彼女が弘との交際について否定的なのは知っているが、そのことで嫌われたくはない。今までどおり、シルビアと親しくしたい。そうカレンは願っていた。

 一方、グレースの方でもカレンについて考えている。

 彼女が初めてカレンを見たのは、やはり娼館火災の時だ。物腰や言動から少なくとも平民ではないと思っていたが、聞けば貴族であるとのことで、それを知ったときは少なからず驚いたものである。

 そんなカレンが自分の身請け交渉の場に同席したのは、グレースにとって不可解なことであった。


(貴族が娼婦……それもエルフ奴隷の身請け交渉に関わるなど、普通はあり得ない。やるとしても使用人を代理に立たせるだろう。何と言ったかな? そう、家名が汚れる恐れがあるからだ。このカレンはサワタリのギルド登録推薦人であり、いわゆる身元保証人であるそうだが……)


 それだけがカレンが弘に関わろうとする理由でないことは、グレースは早期に気づいている。カレンの弘を見る目が、恋する者のそれだったからだ。


(我は、その辺の人間より長く生きている。……娼館で働いた経験もあるから、その手のことはよくわかるつもりだ)


 カレン・マクドガルは、ヒロシ・サワタリに恋している。

 これは先頃、カレン自身から直接聞かされたことでもあるが、このことに気がついたとき。グレースの胸中には久しく感じたことのない想いが生まれた。


(誰かを好きになること。その誰かと共に生きたいということ。そして……カレンに対する嫉妬……かな?)


 誰かとは、もちろん弘のことである。相手が人間だということはさておき、ヒロシ・サワタリはグレースにとって添い遂げたいと思えた久々の男性だった。しかし、彼には自分よりも先に親しくしていた女性が居る。それがカレン・マクドガルだった。


(実のところ、最初はカレンをどうにかして遠ざけられないかと考えていたのだ。あとで『優れた男には複数の女性が寄り添っても』……などと言ってはいたがな)


 だが、そういった恋敵を蹴落とすと言ったことが、どうしてもグレースの性に合わなかったのである。そもそも、裏から手を回してカレンに危害や圧力を加えたとして、それが弘にバレたら嫌われるのはグレースの方なのだ。


(性に合わない上にリスクが高い。それなら、サワタリと共にある女性の1人として存在できた方が良いのではないか?)


 つまりは恋敵と争うことを最初からせずに、共存を図ったのである。それが姑息か臆病、あるいは妥協であるかは、グレース自身悩ましく思っている。しかし、後悔はしていない。


(カレンは何事にも一生懸命で、好感が持てる。何より可愛らしいしな……) 


 カレンを見ていると、今は亡き氏族にいた若いエルフ達を思い出す。そして妹が居れば、カレンのようであったかもしれない……などと思ってしまうのだ。


(カレンならば……我がサワタリの隣で立ったとき、その反対側で立っていても嫌ではない。むしろ好ましい……かな?)


 そう思ったグレースは、先に階段を上っていく弘の背を見た。そして、隣で居るカレンが同じように弘の背を見ているのに気づくと、小さく吹きだしてから再び弘の背に視線を戻すのだった。



◇◇◇◇



 カレンとグレースが互いについて考え、そして肯定し合っていたとき。

 最後尾で階段を上るシルビアは、胸を締め付けられるような思いに囚われていた。

 カレン・マクドガルとは幼い頃から、家同士の付き合いがある間柄だ。何かと頼ってくるカレンのことを、シルビアは友人として好いていたし、妹のようにも感じている。実家の父からカレンの補佐を命じられた今も、その気持ちは変わらない。むしろ、友情や姉妹感に忠誠心が加わっているぐらいだ。

 そんなカレンの近くに異性が出現したのである。

 家同士が決めたカレンの婚約者候補なら、王都に1人存在するが、シルビアが警戒したのはヒロシ・サワタリ。異世界から来たと自称する、得体の知れない若者だった。元は山賊であり討伐対象でもあった彼は、カレンによって捕縛された後、暫く行動を共にすることとなる。一緒に旅をした間で、彼が一風変わった召喚魔法を使うことが判明し、これに関してはシルビアも素直に驚いたものだ。

 そうして弘を知る機会が増え、いつしかシルビアは彼を意識するようになっていたのだが、困ったことにカレンも弘に思いを寄せるようになっていたのである。


(カレン様は言っていたわ。一緒に旅をするうちにサワタリ殿のことを凄いと思うようになり、気がつくと好きになっていた。そう、それは私も同じだと思う……だけど)


 ここで問題になるのが、カレンの家柄だ。この国の常識として、貴族が平民と交際……その後に結婚するなどはあり得ないのである。


(貴族社会というのは、異端的な振る舞いや言動を嫌うから……。きっと今まで以上に、嫌がらせや圧力が増えるわ。……マクドガル家が危くなる?)


 現状、カレンが旅をしているのはマクドガル家の家督相続のためだ。設定された試練を無事に遂行したとしても、弘がいることで再び家が傾くかもしれない。


(一番困るのは、カレン様がマクドガル家などどうなっても構わない覚悟で、サワタリ殿の元へ行くこと。でも、恐らくそうはならない)


 カレンは責任感が強い。実家を切り捨てて男に走るなど、まずあり得ないだろう。シルビアが思うに、結婚前提の交際ではなく愛人としてであれば、弘の存在は大きな問題ではないのである。


(……外聞の悪いことにはなるでしょうけどね。けれども、家の外におおっぴらにできない愛人を抱えた貴族なんて、この国には大勢居るし。でも……カレン様は、その辺をわきまえていらっしゃるのかしら?)


 シルビアには、カレンが浮ついた恋心に振り回されているように思えてならない。


(いっそのこと、サワタリ殿がグレース殿だけを選んでくれれば……)


 そうすれば失恋したカレンは、逃避行動の意味合いがあるかもしれないが家督相続の事だけを考えるようになるだろう。それでシルビアの心配は解消される。だが……。


(サワタリ殿がグレース殿を選んで……)


 心の中で同じ言葉を繰り返したとき。シルビアは胸に痛みを覚えた。


「……」


 視線を上げると、すぐ前にはカレンとグレースが並んで階段を歩き、その先を行く弘が階段を上りきっているのが見える。シルビアの視線は弘の背に集中した。弘は今、革鎧を着込んだ姿である。その後ろ姿に、シルビアは引き寄せられるような感覚を覚えた。


(……私はサワタリ殿のことが好き。いえ、少なくとも心惹かれているんだわ。でも、私は……)


 僧侶であること。カレンの従者であること。カレンとサワタリの関係を否定しなければならない立場にあること。それらの諸事情がシルビアの肩を掴んで離さない。1人の女性として、思いのまま弘に向けて踏み出すことができないのだ。

 僧職としてけしからぬ振る舞いだと思うが、シルビアは深々と溜息をついた。


(カレン様も色々と悩んでいたけれど。その上でサワタリ殿に向けて、一歩踏み出したんだわ。私には、まだできない。……本当に、本当に羨ましい……)



◇◇◇◇



 弘は階段を上りきり、ギルド受付が見える位置に立った。

 1階から2階に移動しただけのことであり、最初の一段目を上りだしてから僅か十数秒。であるのに、弘は山1つを登り切ったような気分になっている。


(後ろからの視線がなぁ。背に突き刺さるというか何と言うか……)


 カレン達は、敵意や悪意を持って弘の背を見ていたのではない。だが、このあと話し合うことを思うと、どうにも視線が痛く感じてしまうのだ。

 受付嬢らに一声かけて宿部屋へと向かいながら、弘はカレンとグレースの事を考えている。

 どちらと交際するか。あるいは双方と交際するか。

 現時点で選んでいるのは『双方と交際すること』だが、こうして話し合いの場に向けて歩いている今も、それで良かったのかと悩んでいたりする。


(方針は決めちまってるんだから、グズグズ悩むってのも格好悪い話なんだがな)


 いっそ、誰も彼も受け入れられたら。あるいは取りあえず手出しだけしてみれば……とも思うが、それはそれで性に合わないのだ。


「む? 着いちまったか……」


 パーティー用に確保してある宿部屋前に立つと、弘は扉に向き直りつつカレン達を見た。カレンもグレースも少し表情が硬い。やはり緊張しているのだろう。それとは別に、シルビアが視線を下げて考え事をしているのが気になった。

 シルビアはカレンの実家の問題や、自身の弘に対する思いにより困惑していたのだが、弘としては「あ~……カレンに変な虫が付きそうなんで、困ってるのか」と思うのみである。

 取りあえず扉を開けて中に入ると、大部屋だけあって奥の方に小さなテーブルがあった。こぢんまりしているが、木製の丸椅子が4つ用意されているので、今居るメンバーでテーブルを囲むことは可能だ。

 スウと鼻で息を吸い込み、弘は奥へと歩いて行く。そして、窓際の椅子に腰掛けると、続いて入室してきたカレン達に声をかけた。


「まずは座ろうか?」 


 もちろん反対する者はなく、3人の女性は思い思いの椅子に腰掛けていく。とはいえ、弘のすぐ隣に腰を下ろす者はいなかった。


(おうおう。椅子引いて対面側に3人並びやがったか。まあ、俺対カレン達の話になるから、そりゃそうだよな)


 テーブルが円形なので、このような座り方をするとカレン達が窮屈そうに見える。ちなみに向かって左端がグレース。真ん中がカレン。その右側にシルビアという配置だ。  

 全員が椅子に着いたこと。そして真正面から3人の視線を浴びたことで、いよいよ弘は腹をくくっている。


(もう決めたんだ。あれこれ悩んでてもしょうがねぇや。言うぞ。言っちまうぞ)


 弘は大きく、しかしことさら目立たないように静かに深呼吸したあとで口を開いた。


「で……回りくどい話はヤメにして……だ。誰と付き合うかって話だが」


 この一言で3人が息が飲む。


(ぐう……)


 相手側の緊張感がもろに伝わって怯むも、弘は気力を振り絞って先を続けた。


「俺は、カレンともグレースとも付き合う。ここんとこ散々悩んだし考えもしたんだが……どっちか片方を選ぶってのが、俺には無理だった。悪いな」


 一気に言い放ち、カレン達の反応を伺う。直視する度胸がなかったため、上目遣い気味で徐々に彼女らの姿……主に顔を視界に入れていった。

 まずグレースは、落ち着いた表情で微笑んでいる。余裕の構えだが、その耳が赤くなっているので無理をしているのが丸わかりだった。続いてカレンであるが、こちらは眩しいくらいに表情を輝かせている。大きな瞳が潤んでおり、今にも泣き出しそうだ。こんなにも喜んで貰えると、告白した側の弘としても嬉しくなってくるが……。


(問題はシルビアか……)


 最後にシルビアだが、彼女は落ち込んでいた。暗い表情でテーブルに視線を落としている様は、まるでこの世の終わりが来たかのようだ。


(わかる、わかるぜ。その気持ち! 大事にしてたお嬢様が、俺みたいな奴とくっつきそうなんだもんなぁ! いや、マジで申し訳ねぇ!)


 本当は声に出してシルビアに詫びたいくらいなのだが、それを今するわけにはいかない。カレンとグレースに対して失礼だからだ。

 そして暫し、宿部屋の中を沈黙の時が支配する。


「うっ……」


「うっ?」


 何やら声を発したカレンに弘は視線を向けた。彼女は相変わらず弾けそうなくらい表情を輝かせていたが、突如、テーブリー状に身を乗り出す。


「嬉しいです! 私、サワタリさんに嫌われていなかったんですね!」


「お、おおう……おう? 嫌われるとか何の話だ?」


 あまりの勢いに引き気味であった弘は、気になる言葉について聞いてみた。聞かれた側のカレンは、人差し指で涙を拭いつつ椅子に腰を下ろす。


「その……ゴメスさんのことで……」


「ああ。そのことね」


 この異世界に転移してきた当初、弘を拾ってくれたのは山賊団である。そして、その頭目がゴメスだった。ちなみに、異世界転移の事情を打ち明けた最初の人物であり、何かと親身になってくれたことについて、弘は今も恩義に感じている。そんな山賊団を討伐し、ゴメスを倒したのがカレン・マクドガルなのだ。

 だから本来、カレンは弘にとって恩人の敵であり、憎むべき敵なのである。しかし、今際の際……ゴメスは、カレンに弘のことを託した。そして弘は、カレンに言ったのだ。


(『あんたはゴメスさんの仇で、それを忘れるわけにはいかない。だが、その件に関して俺は、もう気にしない。忘れはしないが文句も言わない』……ってな)


 なのに、今なおカレンが気に病んでいたと知って、弘は小さく苦笑する。


「あのなぁ。前にも言ったろ? 俺の方では気にしてないんだ。だからカレンが気に病んだりする必要もねぇ。で、俺と交際するって事でいいのか? グレースも一緒にだぞ?」


 これに関して、カレンは大きく頷いた。


「はい! 私、グレースさんと一緒で凄く嬉しいです! お姉さんが、もう1人増えた感じで……」


 お姉さんが、もう1人。

 そうカレンが言ったとき。彼女がチラッとシルビアに視線を走らせたのを、弘は見逃さなかった。


(やっぱカレンもシルビアのことを気にしてるのか。まあ、当たり前だよな)


 黙したまま動こうとしないシルビアは、触れてはいけないような雰囲気を発している。気になって仕方がないが、今はもう一方の告白相手……グレースに注意を向けるべきだろう。

 弘が向き直ると、グレースは胸の下で腕組みをしながら笑った。


「フッ。我とカレン。2人と同時に交際するか……。少し前にも話を聞いていたので、こうなるとは思っていたが……」


「余裕ぶってるけど。耳は赤いままだな」  


「なっ!?」


 弘が指摘すると、グレースは両手で耳を押さえる。そのまま暫く、口をへの字にして弘を睨んでいたが……やがて手を下ろして咳払いをした。


「……我は主の選択に不満はない。先ほどカレンも言っていたが、むしろカレンと共に受け入れてくれて嬉しいくらいだ」


(自分だけを選んでくれれば……ってのは、当然考えてたんだろうが。そこは触れない方がいいか)


 カレン達が言及しないのであれば、自分から敢えて口出しする必要はないと弘は考える。下手に話がこじれては困るからだ。

 ともあれ、これで沢渡弘は、カレン・マクドガルとエルフのグレース。その双方と交際することになった。事前にメルに聞き、この国では重婚が必ずしも問題にはならないと確認した上でのことである。


(それで結婚前提だってか? いやいや。まあ、まずは交際だろ?)


 弘は自分が、元の世界では何処にでも居るチンピラだと認識できていた。こんな自分と恋人づきあいしていたら、カレンとグレースのどちらか……あるいは両方が愛想を尽かすかもしれない。


(女の子と付き合う以上は、きちんとしていくつもりだけどよ。それでも、性分ってもんがあるからな)


 性格の不一致等、そりが合わなくなれば別れることもあるだろう。だからこその『まずは交際』だと弘は考えていた。


(てなことをウダウダ考えてみたが。正直言って、かなり嬉しいんだよな。俺……女と付き合うの初めてだし)


 レディースの少女達を交えて、複数人で遊びに行ったことはあるが、特定の個人と付き合ったことがないのである。しかも、ここで初めてできた彼女は2人も居て、双方ともタイプは違えどかなりの美人。育ちの良さでは、弘などより断然上だ。

 無事に付き合っていけるのか? 大丈夫なのか? と思ってしまうが、もう後には引けない。弘は、嬉しそうに何やら語り合っているカレンとグレースを見て、奥歯を噛みしめた。


(ある意味、命がけの冒険依頼を引き受けるよりも気合いを入れなきゃな) 


 そして、1人沈んだ雰囲気で居るシルビアを見ると、先ほどまでの幸福感が失せて胃にキリキリ来るものを感じている。


(でもって……シルビアとは一度、じっくり話し合った方がいいな)



◇◇◇◇



 その後、1階酒場に降りてメル達と合流すると、ノーマが言っていたとおり夕食も兼ねての宴会となった。インスンとジーンが去ったことでパーティーメンバーは、初期の6名に戻っている。中型のテーブル……6人掛けの円テーブルで、標準的な冒険者パーティー6名が丁度収まることから、パーティーテーブルなどと呼ばれている……に陣取って、大いに飲み食いをしているわけだが……。


「なんかこう。派手に盛り上がったりしないのな」


 考えてみれば、現パーティーのメンバーには酒の場で騒ぐタイプがいない。弘自身、飲んで騒ぐのは好きだが、それでも先頭切って騒ぐことはしなかった。


(なんかしろって言われたら、やってもいいけど。歌でも歌うとかなぁ)


 ジョッキでエール酒を煽りながら、テーブルを囲む面々を見回す。

 未成年で貴族のお嬢様。お付きの尼僧。武人風なエルフ。学者肌の魔法使い。

 強いて言えば盗賊……もとい、偵察士のノーマが酔うとノリが良くなりそうだが、その彼女も、他のメンバーの物静かな飲食姿勢に引き気味の様子である。


「それにしても、2人同時に交際するとはな。恐らくそうなるだろうと思っていたが……やるじゃないかヒロシ!」


 対面で鳥肉の串焼きをモゴモゴ食べていたメルが、微かに笑いながら話しかけてきた。盛り上がらないところで話を振ってくれるのはありがたいが……。


(よりによって、その話題を振るのかよ。いや、気にはなるんだろうけどさ)


 困ったことにメルとはテーブルの端と端で距離があるため、ヒソヒソ話をするわけにもいかない。加えて言えば、夕飯時の酒場は非常に騒がしかった。つまり、それなりに大きな声で話さないと会話ができないのだ。


「どっちか振るってのが、俺には無理な相談でしてね! 不誠実だと思ってくれていいっすよ!」


「なんだ。まだ、そういうことを気にしていたのか? なぁに、先のことはわからんが責任は取る覚悟なのだろう? ならば不誠実どころか誠実だよ。胸を張りたまえ!」


 彼の言葉を聞き、弘が「そんなもんかねぇ」などと考えていると、右斜めで座るノーマが対面のシルビアに話しかけた。


「んふふ。どうやら私達、本格的に先を越されちゃったみたいねぇ?」


「……何のことか理解しかねます」


 ジョッキのエール酒を弘よりもハイペースで干し、シルビアは音高くジョッキを置く。その彼女に、なおもノーマは詰め寄った。


「そんなこと言って。親しくしてた相手を取られちゃって、本当は穏やかな気分じゃないんでしょう?」


「し、親しく!? 私は別に、サワタリ殿とは!」


 思わず立ち上がったシルビアに向け、ノーマは半分ほど中身が残っているジョッキを揺らして見せる。


「あら? 私、今のはカレンのことを話したつもりなんだけど?」


「ぬぐぐっ……」


(女同士の酒場トークってやつか? 怖ぇえな、おい)


 シルビア達は、弘とメルほどに大きな声で話しているわけではない。会話内容も途切れ途切れにしか聞こえないのだが、それでも何やら火花を散らせているのはわかる。


(女の喧嘩に巻き込まれたら、ろくなことにならね~んだよな)  


 日本にいた頃、レディースの口喧嘩にクチバシを挟んで酷い目にあったことがあるのだ。


「サワタリさん?」


 幾分小さくなりながらジョッキに口をつけていると、左隣からカレンが話しかけてくる。


「色々ありましたけれど。冒険依頼の遂行、おめでどうございます」


「お、おお。けど、冒険者ギルドの記録上はケンパーが遂行者だろ? 金は貰ったけどさ?」


 依頼遂行者をケンパーとし、報酬のみは弘達のモノ。それが、ジーンをケンパー所有の奴隷身分から解放するための取り決めだった。


「でも、実際に遂行したのはサワタリさん。それに私達ですよ。それはパーティーのみんなが知っています」


「そうか。……そうだな。じゃあ、素直に喜んでおくか」


「主よ」


 今度はグレースが話しかけてくる。彼女の場合、その身を寄せてくるので大きな胸が密着することとなった。双方、革鎧等の装具を身につけているが、グレースが軽装であり、胸は装甲のない腕に当たっているので、柔らかい感触が伝わってくるのだ。


(うお。気持ちいい! そして、すげぇ色気だ……。さすがは元高級娼婦。半端じゃねーな)


 エルフ氏族の族長でもあったグレースは、普段は武人肌の言動が目立つ。しかし、娼館働きで身につけたスキルを、必要に応じて駆使できるのだ。もっとも、それは弘限定で行われる行為であり、そのことが理解できている弘は内心かなり嬉しかった。


「ん、ごほん。胸、当たってるけど。わざとやってんだよな?」


「無論だ。告白の返事保留……などと言った曖昧な状態を脱したのでな。酒の場でもあることだし、こうして我の『女』をアピールしているのだ。どうだろう? 冒険依頼の遂行祝いに、今夜……」 


 床を共にしたい。ストレートな表現を用いるなら、抱いて欲しいと言っているのだ。ちなみに、ここで遠慮するほど弘はウブではない。そもそも、グレースと肌を合わせるのは、これが初めてではないのだ。


「え? いいの? じゃあ、この後……」 


「ちょっ!? サワタリさん! グレースさんとだけ仲良くしちゃ駄目です!」


 今度は右側からカレンが迫ってくる。

 彼女は弘の恋人として、グレースと同じ立ち位置にいるはずだ。だが、寝所での睦み合いに関しては、十歩も百歩もグレースに後れを取っている。


(こ、ここで負けるわけにはいかないもの! 私だって!)


 むううう! と気合いを込めて見つめるも、それで色気を発揮できるわけもなかった。やはり経験不足なのだ。その証拠に、弘にはカレンが睨んでいるようにしか見えない。


(いや。カレンなりに迫ってきてるってのは、俺にも理解できるんだけどな)


 色気よりは可愛らしさが前面に押し出されているため、押し倒したいと言うよりは抱きしめたい気分になってくる。


(くうう。交際宣言するまでは、いろいろな事情があって意識してなかったけど。カレンって、マジで可愛いんだよな)


 いっそカレンも引き込んで、今夜は3人で……。



◇◇◇◇



 などと、弘がエロゲーの主人公のようなことを考えていたとき。

 その様子を、メル達がジッと観察していた。


「見たまえ。ヒロシが……女性2人の間で翻弄されている」


「単に鼻の下伸ばしてるだけって気もするけど? でも、こうして見てると、グレースのお色気が凄いわよねぇ。私も、ヒロシをからかう程度には自分に自信があったんだけど。こりゃ勝てないわ」


 少しばかり呆れ顔になりながら、ノーマがジョッキを傾ける。彼女は弘に好意を持っていたが、あのグレース相手に真っ向勝負する気にはなれなかった。


(……でも、そんなに急ぐこともないわね)


 普通、意中の男性が他の女性と結ばれたのなら。第三者たる自分は手出しすべきではないだろう。よほど惚れた相手であるなら、略奪を目論んだりもするが……。


(ヒロシの場合は、相手女性が複数でもオーケーなのよね)


 もちろん、無制限に交際相手を増やす気はないだろうが、それでもまだ2人目だ。あと1人か2人ぐらいなら、自分にもチャンスがあるかもしれない。


(その場合は、3号さんや4号さん狙いってことになるわけか。ちょっと癪だけど……)


 そこまで考えてノーマは軽く頭を振る。少し飲み過ぎたような気がしたのだ。


(どうも考えが焦り気味だわね。……もう少し、自分の気持ちを見つめ直した方が良いのかもしれない)


 ペースを押さえようとジョッキを置いたノーマは、対面に座るシルビアが、ただならぬ雰囲気を発していることに気づく。光の神の信徒であるはずが、あり得ないほどの瘴気を発している。

 俯いて肩を振るわせている様は、あたかも火山が噴火する前兆のようでもあった。


 ガタガタガタ……。


 メルが丸椅子に座したまま、スライドするように席を寄せてくる。


「どうも、良くない雰囲気だ。シルビアからは離れていた方がいい」


「同感。いっそ席を立ってもいいくらいなんだけど……」


 メルの囁きにノーマが同意するも、2人が席を立つ等の行動に移ることはなかった。それよりも先に、シルビアが行動に出たからである。


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