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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第7章 それぞれの恋模様
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第百十五話 夜の戦乙女

 数日後。

 弘達は、3度目のクリュセダンジョン探索……ではなく、依頼遂行の検査を行っている。途中、何度かモンスターと遭遇したが、10名超の冒険者により軽く蹴散らしていた。どうやら先の探索時点で、強力なモンスターのほとんどが壊滅し、その補充が間に合わなかったらしい。

 難なく管制室へと到達した後は、そのままUターンし、インスンの希望でエンコウ達の亡骸を回収した上で地上へ戻っていた。そして、昼頃……クリュセダンジョンのギルド出張所にて、報酬金を受け取ったのである。この報酬については管制室に関する情報等を提供したため、500枚増額された銀貨2500枚となっていた。

 なお、ギルド受付で検査証を提出したのはケンパーである。彼はカートで運ばれてきた複数の金袋を受け取ると、その場で弘に手渡した。大金の詰まった金袋は重い。だが、弘は難なく抱えている。持ち前の高ステータスに物を言わせた形だ。

 ただ、受付嬢らから浴びせられる視線により、彼は嫌な汗をかいていた。


(うお~。受付の姉ちゃん達が、変な目で見てる~っ!)


 ダンジョンに出入りする冒険者パーティーは、全員がギルド出張所に名簿登録しており、受付嬢らはほとんどの冒険者を見知っているのだ。当然ながら、弘とケンパーが別パーティーだと知っているだろう。


(遂行報告者のケンパーが、その場で報酬を、しかも別パーティーの人間に手渡してるんだもんな。そりゃ、あんな目で見たくもなるわ)


 ここは素知らぬ顔をするのが一番だ。ケンパーは敢えて何も言わないし、受付嬢達も何か事情があると察したのか、すぐに探るような視線をやめている。


(他の連中はもちろんだが、図体がデカいからってインスンを1階酒場で待たせてて良かったぜ。あいつまで居たら、更に視線が痛いことになったに違いねぇ)


 ヒロシ・サワタリは、他パーティーから報酬金を脅し取っている……なんて噂が立ってはたまらない。


(暴走族時代なんかは、ぶちのめした相手チームの奴から金とか巻き上げてたもんだがなぁ)


 あの当時なら悪い噂が立っても気にならないが、今は違う。山賊団が壊滅した際に、頭目ゴメスから足を洗うよう諭されたときから、弘は悪事には手を出さないと心に決めたのである。


(ああ。身元保証人になってくれてる、カレンの顔を潰すわけにはいかねぇ~ってのもあるかな)


 貰うモノを貰った弘はケンパーを視線で促し、2人揃ってギルド受付から離れた。


「ときに……なんで、受付前で報酬金を手渡したりしたんだ? お姉ちゃん達に変な目で見られただろうが!」


 1階酒場へ降りる途中、弘は後ろで階段を下りているケンパーに文句を言っている。対するケンパーは、フフンと鼻を鳴らした。


「自分の物にならない金袋など、持っていたくはなかったのでな」


「この野郎……」


 ぶん殴ってやろうかと思ったものの、ちょうど1階に下りてしまったので、弘は皆の待つテーブルへと歩いて行く。


「サワタリさん? 何かあったんですか?」


「あったけど、気にするほどのことじゃない」


 ここで「いいや、なにも」と言えたら大人の態度っぽかったかもしれない。しかし、ケンパーに対してイラッとした気分を隠しきれなかったので、思わずそう言ってしまったのだ。


(俺って奴は、まだまだチンピラだなぁ……)


 軽く頭を振った弘は、皆が居るテーブルについた。現メンバーはリーダーである弘のほか、カレンとシルビア。グレース。メルとノーマ。そしてケンパーとジーンだ。インスンも居るが、彼は巨大な体格のため、テーブルの一辺を1人で独占していた。

 計9名。先の遂行検査では、ここにギルド派遣の冒険者が3名加わっていたのだから、なかなかの大所帯でダンジョンを練り歩いたことになる。


(冒険者パーティーと言えば6人編成って感じがするのは、ゲームの感覚からだろうな。そういやこっちの世界に来てから、そのぐらいの人数が一般的とかって話を誰かに聞いたんだっけ?)


 誰に聞いたかは忘れてしまったので、弘は考え事を中断して席に着いた。なおテーブルは長方形の大型で、手前短辺の左からカレンとグレースが座り、手前右長辺にはシルビア、メル、ノーマが座っている。カレン達の対側の短辺には、インスンが床に腰を下ろして陣取り、手前左長辺にはケンパーとジーンが並んで座っていた。


(俺は……カレンとグレースの間か?)


 あからさまに一席空けられているので、弘は「なんだかなぁ」と思いつつ腰を下ろす。他に空いてる場所と言えばメルの隣、あるいはケンパーかジーンの隣だろう。しかし、カレン達から無言の圧力が発せられている気がしたため、弘は2人の間に座ることを決めたのだった。


「どうだね? 上手くいったかな?」


 報告を求めて居るのか、メルが声をかけてくる。


「ああ、万事予定どおりだ。ケンパーが依頼遂行者ってことで検査証を受理して貰えたし、報酬に関しちゃこのとおり、ケンパーは素直に渡してくれたよ」


 言い終わりに金袋を持ち上げて見せると、皆が「おお!」とどよめいた。それが収まるのを待って、弘は視線をケンパーに向ける。


「次は首輪とか腕輪の問題を解決しなきゃな。じゃあ、まずはケンパー? ジーンから腕輪を取ってくれ」


「……わかった」


 言葉少なに答えたケンパーは、ジーンを手招きして呼び寄せると、その左手を差し出させた。そこには多少凝った意匠の腕輪が装着されていたが、ケンパーは軽く指で撫でながら二、三言呟く。暫くして……。


「腕輪が……動く?」


「解除できたと言うことだ。もう外していいぞ?」


 ケンパーに言われるまま、ジーンが腕輪を掴む。そして、ゆっくり動かすと……腕輪は何の抵抗もなく引き抜かれた。


「……私、もう自由……なの?」 


 ジーンは物静か、あるいは表情がほとんど動かない印象があるが、このときばかりは目尻に涙を浮かべている。その様子を見て、パーティー内では安堵の息が漏れた。特にグレースなどは、何度も頷いている。かつては自分も似た境遇であったから、我が事のように嬉しいのだろう。

 そして、その和らいだ空気をケンパーが粉砕する。


「隷属の腕輪だが。もちろん、返却して貰えるんだろうね? それは正しく、私の所有物なのだからな」


 この野郎、また他の奴に腕輪をはめる気か!

 居合わせたメンバーのほぼ全員が、大小の差こそあれ怒気をはらんだ目つきとなった。確かにケンパーの言うとおり、隷属の腕輪は彼の所有物だ。ジーンを解放することは予定どおりだが、腕輪に関しては取り外しができたなら返すべきなのだろう。


「……」


 ジーンから腕輪を受け取った弘は、掌上にある腕輪をジッと見た。


(また、グレースやジーンみたいな境遇の奴ができるかもしんね~のか。胸くそ悪いな……。手が滑った! とか言って腕輪を握りつぶしてやろうか?)


 そんなことを考えてみたが、実行してしまえばスジが通らない。数秒ほど迷ったものの、結局、弘は腕輪をケンパーに返却した。


「うむ。そして隷属の魔法具と言えば、次は私の番だろう。早く外してくれ」


 ケンパーと交わした幾つかの約束事。その最後の1つが残っていたのだ。隷属の首輪でケンパーを支配するのは、報酬金を譲渡し、そしてジーンを解放するまでのこと。ケンパーは弘との約束を果たしたのだから、今度は弘達が約束を果たさなければならない。


「そうだったな。じゃあ……メル? 頼めるかな?」


「承知した」


 弘からの要請を受けたメルが席を立ち、テーブルを回り込んでケンパーの隣へ移動する。実のところ、首輪の設定入力は弘でもできるのだが、物が魔法道具なだけに魔法使いのメルに一任していたのである。


「うむ。解除できたぞ?」


 ケンパーがジーンに対して行った解除作業よりも、幾分早くメルが作業を終える。そのままメルが首輪を取り外したので、ケンパーは首筋を手で撫でながら席を立った。どうやら2階の宿部屋へ向かうつもりのようだが、その彼に弘が声をかける。


「なんだ? もう行くのか?」


「私が依頼を遂行した件について、さっそく国へ報告せねばならん。いや、ギルドから報告が行くはずだが、私が直接出向くことになっているのでな。それに……依頼達成を共に祝う間柄でもあるまい?」


 そう言い残してケンパーは2階へと上がって行った。恐らくは個室に置いた荷物を引き上げ、そのままギルドを出るつもりなのだろう。弘は肩をすくめると、ジーンを見た。黒髪のダークエルフは、解放された喜びに浸っていたようだが、弘の視線を受けて我に返ったようである。


「ケンパーは行っちまったが、アンタはこれからどうする?」


「私は……故郷の森に帰ろうと思います。でも、助けていただいたお礼をするべきですから、暫くは御一緒に……」


 ガタッ。


 椅子をズラすような音が、弘の両側で聞こえた。左のグレース、右のカレン。2人の様子を見ると、両者とも腰を浮かしかけている。


「ふ、2人とも? どうかした……か?」


 異様な雰囲気を感じた弘が、戸惑い気味に声をかけたところ、カレン達はニッコリ笑って着席した。


「いいえ。別に? でも、サワタリさんは……これから暫くは修行するんですよね?」


「うむ。たった1人で己を磨こうとする主が、よもや他者を同行させるはずがない」


「お、おう。そうだな。てゆうか、なんで俺個人にジーンが付いてくる前提なんだ? ジーンの怪我を治したのはシルビアだし、ケンパーに首輪を付けたのはメルで……彼女を助けたって言うなら、このパーティー自体だろ?」


 抗議する弘であったが、ジーンが自分に付き従う形となった場合を想像してみる。


(むう……。ジーンは落ち着いた雰囲気だし、肌の色さえ黒くなけりゃ和風美人っぽいんだよな。いや、黒い肌もまた魅力的か。……おっと)


 ジーンを見ながら鼻の下が伸びそうなことを考えていると、それが伝わったのかどうか、カレン達から向けられる視線が痛くなる。弘は咳払いをしてから、ジーンに向き直った。


「カレン達が言ったとおりで、俺は暫く1人でやっていくつもりなんだ。このパーティーは、ここで解散するし……するんだよな?」


 念のため確認したところ、皆が頷く。元々はクリュセダンジョン探索のために臨時で構成したパーティーだから、当然と言えば当然だろう。何より、カレンとシルビアには果たすべき使命がある。いつまでも、弘と行動を共にするわけにはいかないはずだ。


「それで、あんたが恩を感じるって言うなら、いつかどこかで……ここにいる誰かと出会ったときに、手助けでもしてやってくれ。と……こんな感じでどうだ?」


 悪くない落としどころで話を終えたと思うのだが、それを皆に聞いたところ……。


「まあ、いいんじゃないの?」


「ええ。私も異論はありません」


 ノーマが弘の意見に賛同して、それにシルビアが頷いた。メルは「ふむ。先ほどまでの境遇を見るに、それが妥当だろうな。いずれ会う機会があれば、精霊魔法について色々と実験したいから、それに協力して貰うとしよう」などと言っている。カレンとグレースに関しては特に発言していない。少し気恥ずかしそうにしているので、先ほど意地悪な物言いをしたことについて反省しているようだ。

 最後にインスンが「俺は一晩相手して貰えれば嬉しいんだけどなぁ」と、下品な発言をしたが、これは皆に無視されていた。


(この場の人数は女の方が多いってのに、なんつ~勇者だ……。てか、ヤることしか考えてないのか)


 ミノタウロスと言えば、人間の女性を強姦して子を産ませるイメージがあるが、こうまで好色だとドン引きである。

 さて、肝心のジーンはどうしたかと見ると、どうやら弘の申し出に納得した様子だ。


「わかりました。その機会があれば、精一杯ご協力させていただきます」


「おし。話は決まりだ」


 これ以上、話をこじらせたくない弘はサッサと話を切り上げる。あとは報酬の分配と、拾得品……指輪の調査が残るのみだ。

 ちなみにケンパーから外した隷属の首輪は、再び弘が所有し、管理することとなっている。アイテム欄に収納してしまえば、盗難の恐れがないし、今回のケンパーのような相手に使う分には、悪くないアイテムだからだ。



◇◇◇◇



 今回得た報酬金は銀貨2500枚。これを今居る人数……8人で割る。1人あたり312枚となり、余った分はリーダーの弘が受領していた。また、ノーマには今日までの日当分が、弘から支払われている。


「ま、俺が雇ってたんだしな」


「あのう。私も分配に加わってていいんですか?」


 ノーマに銀貨入りの小袋を手渡していると、ジーンが怖ず怖ずと挙手した。途中で加わった上に、その実態は敵対者たるケンパーの手先だったため、自分も報酬分配の対象となるのが心苦しいとのこと。


「それを言い出したら、インスンだって途中参加じゃね~か。良いって良いって。インスンも、ジュリアンだった頃のジーンも、居てくれて助かったには違いないんだからよ! それにだ。故郷とかに戻るんだったら路銀は必要だろ? いいから、貰っとけ」


 そう言って弘は、銀貨の詰まった小袋をジーンに押しつける。受け取った側のジーンは、暫く小袋を見つめていたが、やがて大事そうにローブの中へしまい込んだ。

 このようにして報酬分配も完了する。残る問題は……。


「……例の指輪だな」


 そう言ってアイテム欄から指輪を取り出したところ、ジーンとインスン以外のメンバーが座ったまま身を引いた。


「オメーら、何やってんだ?」


 銀貨300枚超が収められた金袋を、まるでお手玉のようにしていたインスン。彼は不思議そうにパーティーの面々を見回している。


「そう言えば、インスンとジーンは知らなかったのだな」


 メルが手の甲で顎下の汗を拭い、2人に説明した。弘達はクリュセダンジョンの探索中、魔法物品を資料として収めていた倉庫を発見し、幾つかのアイテムを入手している。それは姿隠しの短刀であったり、取っ手に重量低減の魔法がかけられた盾だったりするのだが……その中では、電撃を発する長剣が曲者だった。


「なんか、マズいとこがあったんか?」


「攻撃すると使用者も電撃をくらうのだよ。ちなみに体験者は、そこにいるヒロシだ」


 名前を出された弘が、インスンに向けて「そ~だよ。俺、俺」と自分を指さしたところ、インスンは化け物でも見るような目をした。


「何だよ、その目は?」


「魔法剣の電撃をくらったんだろ? 威力は大したことなかったのか?」


「そうだなぁ……」  


 弘は、その身に受けた電撃の威力を思い出す。あのときはスタン系の召喚具を装備していなかったので、耐電撃の効果はなかった。まさに素の状態で感電したのである。


「かなり痛かったし思わずよろめいたけど……死ぬ程って感じじゃなかったな。他の奴がくらったら、どうなるか知らんけどな」


「やっぱバケモンだわ。お前……」


 牛面を呆れ顔にしているインスンを見て、弘は「失礼な奴だ」と思う。だが、異世界転移してから今日まで、自身の身体能力が超人的な域に達していることは幾度も認識してきた。


(この状態からレベルアップ作業するってんだから、我ながら呆れるぜ)


 ここまで強くなったなら、気張ってレベル上げなんかしなくていいんじゃないか……とも思うが、世の中、上には上が居る。ゲームと違い、負けたら死に直結するのだから、自分を鍛える方針は変えない方がいいだろう。

 インスンの発言に対し、嫌な顔をするだけで済ませた弘は、手の中の指輪を見た。


「んじゃ、話を戻して指輪だが……。え~と……シルビア?」


「はっ? えっ? 私ですか!?」


 突然の指名に、尼僧が狼狽えている。


「なんだよ? この指輪が呪われてるかどうか見て貰いたいんだけど。僧侶って、そういう事がわかるんじゃね~の?」


 説明したところ、シルビアがその大きめの胸を撫で下ろした。


「安心しました。試しに指輪をはめてみろ……と言われるのかと」


「言わね~よ。俺は鬼か? だいたいだな、俺が女に言って指輪はめさせるとか……左手の薬指にはめて婚約指輪~ってわけじゃあるまいし」


 憮然としつつ、言い終わりには砕けた調子で言った弘であったが、シルビアが頬を紅潮させて俯くのを見て小首を傾げた。そして左右から、カレンとグレースの視線が向けられていることに気づく。


「え? なに、この状況?」


 見ればメルやノーマが渋い顔をしており、その表情から「いらんこと言いやがって」的なニュアンスが感じ取れた。


(俺、なんかマズいこと言ったか? 薬指に指輪をはめて婚約……まさか……)


「ひょっとして、こっちの世界でも婚約指輪とかあるのか!?」


 念のため確認してみると、メルが頷いてみせる。彼が言うには、何百年か前に突然流行りだした風習らしい。


「皆が皆しているわけではないし。そもそも、指輪などしていると盗難に遭いやすいから、一般的には指輪を装着すること自体が珍しい。身分の高い者か、よほど愛し合っている者同士が行っているようだが……ね」


(……もしかして、俺より前に召喚された奴が広めたりしたのか?)


 その可能性はあるが、定かではない……と言うのがメルの見解だ。いずれにせよ、ちょっとした冗談なのに、どうしてカレン達に睨まれなくてはならないのか。

ともかく非常に気まずい。この雰囲気を打破すべく、弘はテーブル上に身を乗り出してシルビアに指輪を差し出した。


「いいから、見てくれよ! 呪いとかあるの? ないの?」


「は、はい!」 


 シルビアは両手の平で頬を擦ると、大きく深呼吸して指輪を取り上げた。皆の視線が集まる中、彼女はジイッと指輪を注視していたが、やがて肩の力を抜いて弘を見る。


「神の教えに背くような力は感じられませんね。つまり、呪われてはいないようです」


「ああ、そう」


 これで心配事の1つは解消されたが、電撃剣の事例があるので安心はできない。だから……最後は装着して確認しなくてはならないだろう。


「誰が装着するかって言うと……やっぱ俺だよな?」


 弘は誰に言うでもなく呟き、ごく自然な動作で小指を指輪に通した。周囲から「ああ!」とか「やりやがった」といった声が聞こえるが気にしない。指輪1つのためにウダウダと頭を悩ませるのは、もうウンザリだったからだ。


「むっ?」


 少しの間、指輪を注視していると、小指ゆえにスカスカなはずが急に収縮してピッタリサイズとなった。


(小指なら抜けなくなることも無いだろうとか思ってたが……。やられたな。これ、抜けるのか?)


 やはり呪いの指輪だったのだろうか? 

 一瞬焦った弘であるが、すぐに気を取り直している。


(抜けなかったら最悪は指ごとブッた切って、あとでシルビアにつなげて貰えばいいや。いや~、ここがファンタジー世界で良かった)


 治療法術の存在。それが、この無謀な思考を生み出したようだ。

 さて、指輪が収縮した後。暫くは何も起こらなかった。弘自身、拍子抜けしたが、いったん指輪を抜こうとしたところ……そこで異変が生じたのである。


 シュバッ!


 白い閃光が指輪よりほとばしり、気がつくとテーブル上に1人の女性が浮遊していた。

 右手にハルバードを持ち、左手には円盾。ゆったりとした衣装を着込んでいるが、上半身には肩当て付きの胸甲を装着している。そして頭部には羽根飾り付きの兜。


(でもって半透明か。服装とか装具は、北欧神話系のRPGに出てくる戦乙女……って雰囲気だな)


 長い黒髪を編み込んだ女性は、元々柔和な顔立ちなのだろうが眠そうにトロンとしており、どことなく頼りなさそうに感じる。


(美人なんだけど、しまりのねぇツラしてんなぁ。……この指輪、ハズレなのかも)


弘は、割と冷静に目の前の現実を受け入れていたが、パーティーメンバーや他の客達はそうはいかない。しかも、今は昼飯時だ。テーブル上の半透明な戦乙女は、多くの客から注目を浴びていた。


「ぬ、主よ? 取りあえず、引っ込んで貰ってはどうかな?」


「そ、そうだな……」


 グレースに言われて頷くも、戦乙女を引っ込める方法がわからない。特に良い方法が思いつかないので指輪を引き抜いてみる。収縮したはずの指輪は、意外にアッサリと引き抜けたが、それでも戦乙女は消えてくれなかった。


「どうすりゃいいんだ……。なあ、おい? 俺の言葉とかわかるか?」


 周囲の視線を感じ、弘の声には焦りが混じっている。こんな事になるなら、2階の宿部屋で指輪をはめれば良かった。そう思ったものの、それだとインスンが立ち会えない。


(いや、インスンは元々部外者なんだから。ジーンと一緒に奴とも別れて、その後でやれば良かったんじゃねぇか。馬鹿か俺は……)


 加えて、幾つかの問題が解決したものだから浮かれていたらしい。

 小さく舌打ちしながら戦乙女を見ていると、彼女は眠たげな目で弘を見た。


「言葉……わかりますよ? 目立たなくすればいいんですか?」


「そ、そう! なんとか、なんね~かな? いったん消えて貰うだけでもいいんだ!」


 訴えに身振り手振りが混じる。それほどに焦っているのだが、対する戦乙女はイラッと来るほどノンビリした仕草で頷いた。


「消える必要はないでしょう。こうします」


 言い終わると同時に、戦乙女の姿が消える。いや、瞬時に身長10センチほどまで縮小されたので、消えたように見えただけだ。これによって周囲の冒険者達がどよめいたが、その後は変わったことが起こらないので、それぞれのテーブルへと戻っていった。ノーマが小声で教えてくれたのだが、魔法道具などを作動させて騒ぎが発生するのは、ギルド酒場ではよく見られる光景らしい。


「それなら安心だな」


「でも、酒場主は元冒険者の強者ってことが多いから、あまり騒ぎを起こすと……」


 ノーマは、握った拳を自分の頬に当てて舌を出した。どうやら酒場主による鉄拳制裁……ゲンコツとは限らないが、とにかく痛い目にあわされるらしい。今の弘は、ミノタウロスと組み討ちができるくらいだから、多少強い元冒険者に殴られたところでビクともしないはずだが……。


(そういう問題じゃないんだよな。そもそも、こういうギルド支部の酒場ってな、勤め先の系列社屋で『一般開放されてる社員食堂』みたいなもんだから。無闇に騒ぎを起こしちゃマズいか……)


 元居た世界では人相を主な要因として、コンビニ等を次々クビになっていた。そのことを思い出した弘は、内心、気を引き締めている。せっかく長続きしている仕事なんだから、自重するべきは自重するべきだ……と。


(……なぁ~んてな。初めて来たときに喧嘩をやらかしておいて、今更な話だぜ。ま、今後は気をつけるとするさ。さてと……)


 周囲のテーブルからの視線が減ったと見た弘は、手に持った指輪を見た。戦乙女は指輪のすぐ上数センチのところで浮遊している。弘が有するSFや漫画知識で言うなら、立体映像のようにも見えていた。


「出てくるなり小さくなって貰ったが、アンタはいったい何だ? 差し支えなけりゃ説明して欲しいな。いや、尋問してるみたいで悪いんだけどな」


 相手が初対面の女性なので、さすがの弘もそれなりに気を遣った物言いになっている。対する戦乙女は、頷くと口を開いた。


「私は、指輪に宿りし夜の戦乙女。指輪を装着した方を守護するのが役目です」


「……ということは、今は俺を守護するってこと? 指輪……外してるけど?」


「別の誰かが指輪を装着するまでは、あなたが守護対象です」


 この戦乙女の言葉を聞き、弘は視線を彼女から逸らして考えてみる。


(なんか、わかってきたぞ。ひょっとして子供の頃に読んだ、おとぎ話のアレじゃね~の? アラジンの魔法のランプとかに出てくる、ランプの魔人とか……)


 いわゆるアラビアンナイトであるが、弘が連想した話には指輪の魔人も登場していた。夜の戦乙女とやらが同種の存在であるなら、この指輪は相当な拾い物ということになる。少しばかり興奮気味に質問を重ねたところ、さらに次のようなことが判明した。

 まず、この夜の戦乙女……その名をブリジットという彼女は、過去に犯した罪を償うべく、指輪に封印されているらしい。彼女曰く、1000人の装着者を守護すれば、指輪から解放されるとのこと。


「あん? じゃあ、俺も守護対象としてカウントされたってのか?」 


「はい。次の誰かが指輪を装着するときまで、あなたを守護することになります」


「とにかく装着者が守護対象ってわけか。ますます、おとぎ話のアレっぽいな。……いや、そうなると……」


 あることを思いつき、弘はブリジットに聞いてみた。


「……例えば、ここにいる8人……いや、インスンは指が太すぎて無理か? じゃあ、7人で指輪を付けたり外したりしたらどうなんだ? それでノルマ達成が早くなるんじゃないか?」


「それは許されていない行為です。そもそも一度守護対象となった方は、指輪を外した後は対象外となりますので……。あともう一つ、私自身は正直に役目を果たしたくありますので。せっかくの提案ですが……」


「ああ、そう。ちょっと思いついたことを言っただけだから、あんたが気にすることね~よ」


 更に話を聞いてみたところ、このブリジットの能力は、非常に限定的な物であることがわかった。

 まず、日中は立体映像を出現させて会話ができるだけらしい。


「私は本来、夜の神の従者ですから。それに指輪に封印されている以上、能力は大きく制限されているのです」


「その眠そうにしてるのも、能力制限のせいか?」


「これは夜の戦乙女に共通することですが。なにか?」


「……いいや、なんでもねぇ」


 一瞬、数十人いる夜の戦乙女達が揃って眠たそうにしている光景を想像し、弘はゲンナリした。

 では、日が沈むとどうなるか。彼女の話では、ここからが本領発揮らしい。まず、性格が勝ち気で攻撃的なものとなり、立体映像ではなく実体化ができるようになる。実体化するとサイズ変更はできないそうだが、今度は手にしたハルバードによる物理攻撃が可能となるのだ。


「私の攻撃には神力が宿っていますから、魔法攻撃でしかダメージを与えられない相手にも効果があります。また、闇系の魔法も幾つか扱えます」


 闇系の魔法と聞いてシルビアが嫌そうな顔をしたが、そこは敢えて無視し、弘は聞き取りを続ける。


「へえ、なるほど。時間経過で指輪に魔力が蓄積されて、それをエネルギーにして活動するのか」


「ええ。指輪自体の容量には限度がありますので、それを使い切るたびに行動不能となり、再チャージ状態となります」


 どの程度で魔力を使い切るかは、戦闘における消費によって変動するため、正確にはわからないらしい。


「戦闘行為や、大きく魔力消費することがなければ、一晩くらいは実体化したままでいられますが……」


 なお、指輪自体の損傷でダメージを受ける上、指輪が破壊されると消滅する運命にあるらしい。実体化した場合は、限度を超えて実態にダメージを受けると、実体化を維持できなくなるとのこと。


「魔力それ自体が生命力のようなものと考えてください。ですから、攻撃を受けすぎて魔力が枯渇すると再チャージ状態になります」


「なるほどな。ちなみに今、俺の質問に答えてくれてるのって、俺が守護対象だからか?」


「そのとおりです」


 その返事を聞き、弘は頷いた。


(いいじゃね~か。こいつはジュディスにピッタリのお守りだぜ)


 ジュディスは戦士であるから、魔法的な補助ができるアイテムは重宝するだろう。この指輪なら、ジュディスに対する贈呈品として申し分ない。時間帯的な制限はあるが、戦力が増えるとなればパーティーの力にもなることだろう。


「よし決めた! そうそう、念のために聞いておくが……」


 弘はテーブル上、数センチのところで浮いているブリジットに顔を寄せた。


「その指輪を手に入れたのは、とある冒険者パーティーの力になる品が欲しかったからだ。で、俺はこれから指輪を、そのパーティーのリーダーに渡そうと思う。そいつの力になって欲しいんだが……かまわね~かな?」


「指輪の装着者が変わるということでしたら、私には何の問題もありません。その場合は、あなたは私の守護対象から外れますが? よろしいのですか?」


 ブリジットが確認してくるので、弘は顔横で手をヒラヒラさせる。


「よろしいともさ。じゃあ、そいつに指輪が渡るまでの間、暫くの付き合いになるがよろしくな?」


「承知しました」


 そうブリジットが答えたので、弘は一息ついて皆を見回した。


「とまあ、こんな感じだ。いい品が見つかって良かったぜ」


「サワタリ殿? 指輪の装着者、ジュディスさ……じゃなくて、ジュディス殿しか守らないということは、パーティー全体の戦力として扱うのは難しくありませんか?」


 シルビアが挙手しながら言う。彼女の指摘はもっともだ。例えば、ジュディスのパーティーが戦闘状態になったとして……ジュディスのフォローはするが、ウルスラやターニャに関しては感知しないことになるのだ。夜間のみしか実体化できないのに、そういう使い勝手の悪さがあると色々問題だが……。


「そこら辺は、やり方に寄るんじゃないか? 別に防戦しかしないってわけじゃないんだろ? 襲ってきた奴ら、全員が攻撃対象ってことでいいんじゃね? なあ?」


 シルビアに言いつつ、視線を下げてブリジットに確認したところ、ブリジットは頷いて見せた。


「はい。ある程度は、装着者の指示に従いますので」


「ほら、けっこう融通が利くじゃん?」


 そう言ってシルビアの反応を待つと、彼女は素直に引き下がる。特に文句を付けたいわけではなく、単に気になっただけらしい。その後は指輪について意見が出なかったので、弘は他の拾得物について話し合っている。

 拾得物とは電撃剣、姿隠しの短刀、円盾に設置された重量低減取っ手の3点。これらは剣を弘が、短刀をノーマが、そして重量低減取っ手をカレンが所有することとなった。本来はパーティーの共有物であるが、サワタリパーティーはここで解散するため、皆で話し合って所有者を決めたのである。

 なお、割当がなかった者達は、特に不満そうにはしていない。あのインスンですら、分配に関しては文句を言わなかった。一応、本人に確認してみたところ「どれも俺が使うには小さすぎるじゃねーか。それに、珍しい物だから売るよりは持ってた方がいいだろ?」とのこと。

 他に思惑があるのではと弘は考えたが、女性陣に良いところを見せて、後日に関係を持とうとしている……とか、そんなところだろうと思い深く考えるのを止めている。

 こうして昼頃には正式にパーティー解散となり、まずはジーンが皆に別れを告げて去っていった。


「この御恩は忘れません。また会うことがありましたら、協力は惜しみませんので」


 お昼過ぎの陽光の下。ギルド支部前に立つジーンは、そう言って微笑んだ。こっちの世界では嫌われているダークエルフだが、弘が見たところでは、しつけの良いお嬢さんと言った印象である。


(ふうん。最初は、感情とか表に出ないタイプかと思ったが……やっぱ境遇が境遇だから、気が病んでたんかねぇ)


 ジーンに対する認識を新たにし、去っていく彼女の背を見送ると、弘はパンと手を叩いた。


「よし、これで諸々片付いたな。じゃあ、俺は早速、クロニウスにまで戻って……」


 クリッと皆を振り返ったところ、カレンとグレースの姿が見えない。怪訝に思っていると、皆の視線が自分の両脇付近に集まっているので、そこで初めて2人が間近まで来ていることに気がついた。


 ぎぎゅううう!


「いっ!? あだだだだだ!」


 両側から手の甲や革鎧のない部分をつねられ、弘は悲鳴をあげる。


「サ・ワ・タ・リさん? 全部解決したわけじゃあないですよ?」


「我ら2人のこと、どうするかを決めてくれるのであろう? 返事を聞かせて欲しいものだが~?」


 カレン達が左右から迫ってくる。特にカレンのつねりは、弘はまだ詳細を知らなかったが『鎧の力』を使っているため、格段に痛い。


「わかった! する! 返事をするから! つねるのヤメ~ッ!」


 情けない悲鳴が、ギルド前の通りにこだまする。通りを行く冒険者達の視線が痛かったが、弘にしてみれば2人から解放される方が先決だ。


「と、とにかく宿部屋で話そうじゃね~か! さすがに人目につくところじゃ……な。いいだろ?」


 この提案に2人が頷いたので、弘は肩を落とし……もとい肩の力を抜いて溜息をつく。


(そういや、2人一辺に付き合うかどうかとか。そういう話が残ってたんだっけ……)


 美貌のエルフに、貴族の美少女。どちらも交際相手とするには最高の異性だが、それだけに片方を振るのは躊躇われる。そして嬉しくも困ることに、2人は2人同時に交際しても良いと言っているのだ。


(あとは俺の決断次第か……)


 正直言って、すでに内心では2人同時交際が決定事項としてある。この国あたりでは重婚が問題とならないようだし、あとは弘自身に甲斐性さえあれば……。


(俺に、甲斐性……ねえ)


 甲斐性。それは働きによって経済力があり、頼もしい気質といったものだ。日本にいた頃のアルバイトでさえ、自分は長続きしない。そんな自分に、果たして甲斐性などがあるだろうか。

 いよいよ弘の口から答えを聞けるとなり、カレンとグレースは興奮気味に何やら話し合っているが、それを見る弘は対照的に気が重くなっていくのだった。


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