第百十二話 クリュセダンジョン(13)
たった1人となった騎士を、インスン達は取り囲む。とはいえ5人全員で取り囲んだのではなく、インスンとエンコウ、そしてリュークの3人だ。偵察士と僧侶は、少し後方で待機している。これがインスン達のやり方だった。正面切って戦うのは3人でやり、偵察士等は補助に徹するのである。
「降参するってんなら逃がしてやるぜ? あ、今のなし。……他の冒険者を襲撃したなんて報告をされても困るんでな。やっぱ死んで貰おうか」
長柄の戦斧を両手で構え、インスンがにじり寄る。それに応じてエンコウも距離を詰めたが、リュークに関しては槍を構えたまま動かない。長柄武器を持っているため、距離を取った方が戦いやすいのだ。
一方、インスンが物騒なことを言っている間も、騎士は無言だった。左腕に構えた盾を何やらゴソゴソ動かしているが……。
……ドスッ。
何かが突き刺さる音がした。インスン等が視線を集めた先は、騎士の足下。そこでブロードソードが通路に突き立っている。
(意外だな。降参する気か? 殺すって言ったんだが……)
そうインスンが思ったのと、騎士の右側に回っていたリュークが悲鳴をあげたのは、ほぼ同時だった。
「ぐあっ!?」
慌ててインスンが視線を転じたところ、リュークの左腕に1本の短刀が突き立っている。
騎士が短刀を投げつけた……とインスンの思考が追いついたとき。騎士はすで通路から剣を抜いていて、次の行動に移っていた。
次の行動。それは、負傷したリュークに対して斬りつけることである。
ここまでの騎士の行動は、インスンが目を見張るほどに速かった。しかし、リュークとはまだ間合いが遠かったし、リュークが持っているのは剣よりもリーチがある槍だ。通常ならば、容易に接近できないはず。だが、右腕を負傷しているリュークには、その『通常』の行動が取れなかった。
「ぬぐっ……」
健常な左腕、そこに短刀が刺さったままの右腕も動員して槍を振るう。しかし、インスンの影から騎士に突き込んだ際の鋭さが、このときは損なわれていた。そして無理をして振るった槍も、騎士の剣によって打ち払われてしまう。
ガキィ! どかぁ!
金属音のあと、穀物袋を棍棒で叩いたような音がした。
槍を打ち払った剣が、そのまま振り下ろされてリュークを斜めに切り裂いたのだ。
「……かはっ! 腕さえ……」
吐血しながら何か言おうとしたものの、リュークは仰向けに倒れて動かなくなる。腕さえ無事なら簡単には斬られはしない。そう言いたかったのだろうか? だが、当人が事切れてしまったので確かめる術はない。次なる標的はインスンか、それともエンコウか? いや、騎士が攻撃目標を選定するよりも早く、エンコウが躍りかかった。
「リュークを殺りやがったな!」
エンコウは、先に騎士達を屠ったときと同じく、上中段の腕に計4本のフレイルを持ち、下段腕には2本のシミターを持っている。これらの武装から繰り出されるのは四方からのフレイルによる打ち込みと、甲冑の隙間を狙ったシミターの攻撃だ。先ほどと違う点は、事の始まりから1人を相手に攻撃を行ったこと。そしてフレイルの分銅鎖を、騎士が持つ盾に集中したことだった。
「ぬう!?」
騎士は、フレイルの分銅鎖を盾で受けようとする。同僚達の最後を目撃しただろうから、盾越しの攻撃も当然警戒したことだろう。が、エンコウの狙いは端から盾であったため、4つの分銅鎖すべてを、まともに受け止めることとなった。
ごががががん!
立て続けに金属音が発生し、騎士は大きく体勢を崩す。彼の身体能力が優れており、盾ですべて防ごうとも、獣人系亜人が振るうフレイルの打撃は受けきれなかったのだ。
「それで終いだぁ!」
踏ん張り損ねて左足が浮いたところへ、エンコウは更に踏み込んでの追撃を行う。最下段の右シミターで顔面目がけて斬り上げ、左シミターは剣を持つ手首を狙った。エンコウとしては、手首を狙った攻撃こそが本命である。首元等の急所狙いでないのは、リュークを倒した手並みから騎士を強敵だと判断したためで、狙ったところで防がれる可能性が高いからだ。
この攻撃が上手くいけば、顔面を狙った攻撃に驚いた騎士が仰け反って後退したかもしれない。また、本命である手首狙いの攻撃が成功したとしたら、鎖帷子で守られていようとも打撃によって手首を痛めつけただろうし、騎士が剣を取り落としていた可能性も高い。
だが、そうはならなかった。
半歩退きつつ体勢も崩した騎士が、右手を揺らめかせたかと思うと、エンコウの両下段腕は肘より先の部分で切り飛ばされてしまったのだ。
「ゲキャアア!?」
思わぬ反撃に絶叫するエンコウ。しかし、その激痛の中、残った4本腕での反撃を試みる。盾を打ち据えたフレイルを振り上げ、騎士を攻撃しようとしたのだ。
◇◇◇◇
「俺が感心したのは、勢いを付けて振り回す……とかをしないで、とにかく分銅鎖を当てに行ったところだな。とっさの攻撃としちゃイイ線いってるし、ダメージにならない当たり方になっても、その隙に後退して距離が取れるからな」
インスンが、エンコウの反撃シーンを説明する際に個人的な評価を述べている。それを「なるほど」と頷きつつ聞いていた弘は、ここまでの解説においてインスンが戦っている様子がないことを指摘した。味方2人が死闘を繰り広げている間、インスンは何をしていたのか?
「見てただけに決まってんだろ? エンコウも素早いけど、ケンパーも張り合えるぐらいに速いんだぞ? そんなのが2人でガチャガチャやってるところに、手出しなんかできるかい」
下手に戦斧で斬り込んだりしたら、エンコウを攻撃してしまう恐れがある。そう言ってインスンは鼻を鳴らしたが、続けて溜息をついて見せた。
「まあ、そういう気遣いも無駄に終わったんだがな……」
◇◇◇◇
苦し紛れに振るわれたフレイルの分銅鎖を、騎士は先の殴打で変形した盾でもって押しのけた。そして更に踏み込むと、盾を振るってエンコウの残椀すべてを打ち上げたのである。結果、生じたのは……健在な4本腕を万歳するがごとく挙げた姿勢だった。この瞬間、顔面だろうが胴体だろうが完全な無防備となる。
「ギヒッ!」
急ぎ腕をおろしてガードを固めようとするも、時すでに遅く、騎士の剣はエンコウに向けて突き出された後だった。
がしゅ!
硬い物を擦るような音がしたかと思うと、インスンが見ている前でエンコウの後頭部から剣が生えた。騎士の剣がエンコウの口腔に突き込まれ、頭部を貫通して後方へと抜けたのである。エンコウは暫し硬直していたが、やがて高く上げていた腕4本を降ろし……。
「ぶるあはあああ!」
エンコウが死によって脱力する中、インスンが戦斧により斬り込んでいく。騎士の剣がエンコウの頭部を貫通している今こそ、好機だと判断したのだ。強烈な風切り音とともに長柄の戦斧が振るわれ、エンコウもろとも騎士を両断する。
いや、騎士がエンコウの死体を引きずったまま後退したので、そうはならなかった。
ガギュイイイン!
エンコウの身体が大きく切り裂かれ、頭部を貫通していた剣が大きく弾かれる。さらには、騎士の盾を大きく切り裂いていた。
「ふん。本当は今ので殺してやりたかったが、まあいい」
今の一撃で、それなりに盾を壊せたし、剣にもダメージがいったことだろう。リュークやエンコウと連戦したことで騎士も疲弊しているだろうから、状況はインスンにとって有利に進んでいるはずだ。
「さあ、次は俺様と殺し合おうじゃねぇか! 騎士の旦那よぉ!」
叫びつつインスンは攻撃を開始した。暴風のごとく荒れ狂う戦斧の斬撃。これを騎士は巧みに回避するが、さすがに攻撃へ転じることはできない様子だ。このまま戦い続けて騎士が疲れを見せるようであれば、戦いはインスンの勝利で終わっていたかもしれない。しかし、そこへモンスター集団が出現し、2人の戦いは中断したのである。
◇◇◇◇
「しかたね~から、ケンパーと共闘してモンスターを倒してたんだ。俺んとこの偵察士と僧侶は、そんときの乱戦で死んじまってな。いつもは前に立つエンコウ達が居なくなったから、勝手が違ったんだろうな……」
その後、インスン達は最初に出現したモンスター集団を倒し、対戦相手を互いに戻して再び戦い出したのである。
「で、ケンパーが俺達に気がついたってわけか……なるほどな。それにしても……」
インスンの解説が終わったので、弘は反対側の壁に座るケンパーを見た。騎士だから強いだろうと思っていたが、インスンの話から伝わる強さは尋常ではない。かなりの修行を積んで得た強さかと思うが、それだけではないような気がする。
(最初に、短刀で怪我させたリュークは別にしても……だ。亜人のエンコウと互角か、それを上回る身体能力って……ヤバいだろ?)
カレンも戦闘時の身体能力が凄いタイプだが、ケンパーの戦いぶりはもう一段上の『何か』を感じさせた。
(対処能力が高いとか……相手が何かしだしてから行動に出るまでが速いとか、そんな感じか。なんか冷静沈着って感じだぜ。こう言っちゃなんだが、カレンは必死で戦ってる雰囲気があるからな)
騎士志願者のカレンと、正規騎士であるケンパーの差なのだろうか? 判断しかねた弘は、軽く息を吐いて壁に寄りかかりなおした。反対側の壁付近で居るケンパーとジュリアンを見ると、相も変わらず何か話しているようだが……。
(……ん?)
いつの間にか、ジュリアンが焚き火をしている。いや、弘の感覚で言えば、固形燃料を用いた簡易コンロのようだ。コンロと言っても理科実験で使うような簡単なもので、その上には拳大ぐらいの壺のようなものが置かれている。
「イギリス人よろしくティータイム……なんて習慣が、こっちにもあるのか?」
お茶でも湧かしてるんだろうと考えたわけだが、この呟きについてインスンが反応しない。彼と反対側で居るカレンやグレースも無反応だ。まるっきり独り言を呟いた風になったため、ばつの悪さを感じながら弘はインスンを見た。
「おい? 何か言ってくれないと寂しいだろ~が?」
しかし、インスンは返事をしない。顔は下方……つまり弘を見下ろす形で向けられているのだが、その口がワナワナ震えていることに弘は気づいた。
「……インスン?」
口元に浮かんだ笑みを引きつらせながら身をよじると、その弾みで隣のカレンに肩が当たる。
「うお、すまん! って、カレン? それにグレースも!?」
金髪の少女と、美貌のエルフは座った状態で硬直していた。慌てて立ち上がろうとしたところ、弘はガクンと膝を突きそうになる。
「ちょっ!? 手とか、足とか痺れて……」
ゲーム知識で『麻痺状態』というのがあり、それが脳裏をよぎった。だが、不可解なのはどの時点で麻痺を受けたかである。心当たりがあるとすれば、ジュリアンが設置した簡易コンロだ。これが怪しいと睨んだ弘が再度視線を向けると、いつの間にかケンパーが立ち上がっておりブロードソードを抜いていた。
「あの髭野郎、やる気か! てゆ~か、ジュリアンと手を組みやがったんか!」
◇◇◇◇
数分ほど時間を遡る。
ケンパーはジュリアンを呼び寄せて隣に座らせると、小声で話し出した。
「ここで仕掛けるぞ。用意しろ」
「はい……」
言われたジュリアンは、背負い袋から携帯式コンロを取り出すと、燃材を取り出した。燃材というのは、早い話が松明の先端部……燃料を染みこませた布のようなもので、弘が連想した固形燃料のように使用される。もっとも、揮発性が高くて長持ちしにくいから事前に用意するのが面倒という欠点があった。よって屋外行動時では大いに不便であり、普通に枯れ木を拾ってきた方が手っ取り早いことから、冒険者で使用する者は少なかった。
一般的な使用法はどうなっているかと言うと、化学実験のアルコールランプのように用いられる。ただし、燃料が揮発しきる前に火口箱を併用すれば、音もなく着火可能という利点があった。更に言えば、煙も目立たない。対側の壁で集まって話している弘達にも、暫くは気づかれないだろう。
(部屋が魔法の照明で明るいのも助かった。なにしろ炎が目立たないからな)
このとき弘や他数名が気づいていたが、お茶の準備等と勘違いしており見過ごしていた。もちろん、ケンパーがジュリアンに命じて用意させたのは、お茶のセットなどではない。燃して発生した煙を吸うと、麻痺の症状を引き起こす毒草なのだ。
「主様。これを……解毒薬です。精霊魔法により処理済みです」
精霊魔法による処理とは、薬剤それ自体に精霊魔法を付与したことを言っている。使役された精霊は雷の精霊。この精霊は通常、ダンジョン内では精霊の力が弱まるが、今回使用する薬剤と併せれば、麻痺効果を高めることができるのだ。
ジュリアンが差し出した薬草の塊を受け取り、ケンパーは素早く口に放り込む。強い渋みを感じて眉をひそめたが、これを口に含んでいれば毒草の効果を打ち消すことができるのだ。毒草の効果さえ無ければ、弱体化した雷の精霊単体では大した麻痺効果は生じない。どのみち、ジュリアンの指示によってケンパーには精霊魔法の影響はなかった。
「この部屋に、麻痺の煙が充満するまでどれくらいかかる?」
「もう少しです……。ですが、その……本当にサワタリ達に仕掛けるんですか?」
小声で言うジュリアンを、ケンパーは軽く睨みつけた。その視線を受けたジュリアンは怯えたように肩をすくめる。ケンパーはと言うと視線だけを動かし、弘を見ながら呟いた。
「彼の強さは圧倒的だ。噂で聞いた以上だ。だが、だからと言って依頼達成の功を譲るわけにはいかんのだよ。……この先、地上までは大したモンスターが出没しない。ならば、このタイミングで仕掛けるのが最良だろう。サワタリ達も油断しているようだしな。戻る途中、他の冒険者パーティーと出くわすかもしれんが……なぁに、他のパーティーなど物の数ではない。そう、サワタリ達を始末できれば……依頼達成は私達のものなのだ。だから……やるしかない」
インスンとは違い、ケンパーは冒険依頼を諦めていなかったのである。
「問題は、この策でサワタリ達を……特にサワタリを封じられるかだな。……もっと時間をかけて準備ができれば良かったのだが……。ジュリアン……いや、もう本名で呼ぼうか? ジーンよ。お前には他に仕事があったしな。後から『アレもコレも』と言うのは、多くを望みすぎというものだろう」
今回の依頼に遂行にあたり、パーティーを組んでるとはいえ仲間の騎士は皆ライバルだった。戦闘力では圧倒的に引き離していたものの、首尾良く依頼達成をした場合。どう手柄を分配するか……誰が功一番となるかで、間違いなく揉めただろう。
この心配はインスン達の『おかげ』で、つい先頃に解消されたが、そのインスンらと盗賊ギルド出身の女性パーティーの存在が、ケンパーにとっては以前より頭痛の種だったのである。戦って勝つ自信はあったが、冒険者としての経験では二組に及ばない。そこで考案したのが、ジーンを使ってインスン達から情報を得ることだ。
(まずジーンをインスンの所へ潜り込ませ、別ルートや連中の戦力情報等を調べさせたんだ。本当は、女性パーティーもじっくり調べたかったが……サワタリが来てしまったからな)
強力な新参者……沢渡弘の出現により、ケンパーは依頼達成を急ぐべきだと感じた。インスン達は弘とかち合うことを楽しみにしていたが、ケンパーは重大な脅威と認識したのである。とはいえ、積極的に弘達を排除するのも難しかったので、インスンパーティーで活動中だったジーンに連絡を取り、まずは女性パーティーの始末を命じた。
管制室発見を先んじそうな有力パーティーを、たとえ一組でも減らしておきたかったのである。
では、具体的にどう始末したかと言うと、ジーンが亜人系モンスターのフリをして女性パーティーを誘導し、大型モンスターに襲わせたのだ。これに関しては見事に成功した。彼女らはベテラン冒険者達ではあったが、巨大サソリ等モンスターの群をさばききれず壊滅したのである。しかし悪いことに、最後の2人が死亡するタイミングで弘達が駆けつけてしまった。
「相手方にエルフが居ましたし、偵察士も居ました。気配を察知されそうになったので、さらに変異の護符を使ったのですが……」
変異の護符とは、蓄えられた魔力を使用して、姿を変えられるというアイテムである。ひとたび変身すると、魔法解除系の呪文でも使用されない限りは、数日間変身したままで居られる。ジーンは変異の護符の力によって、とっさに魔法使いジュリアンの姿を写し取ったのだ。
「その結果、女性パーティー唯一の生き残りとして、今度はサワタリのパーティーに編入か。ややこしいことになったものだ」
「気取られた結果、追い回される可能性がありました。そうなった場合、相手方に偵察士やエルフが居る以上、逃げ切るのは難しかったかと。……不手際だったでしょうか?」
「いや、慎重なのは良いことだ。脱走した形になったが、インスン達から魔法戦力を減らせたし……こうして合流もできたのだからな」
インスンのパーティーに居る以上、ジーンが女性パーティーに手出しするには脱走……パーティー離脱するしか手はなかった。いや、他に手段はあったかも知れないが、それ以外に思いつかなかったのだ。
ちなみに、弘達がインスンと対決するケンパーを目撃した際、ケンパーの方で弘達に気づけたのは理由がある。ジーンがこっそりと、風の精霊魔法で声を送って報告したのである。
「なんにせよ……だ。事が上手くいき、私が依頼達成者となれば万事めでたし。私の家は安泰で、お前にも約束どおり自由をくれてやれるな」
「……はい。……そろそろ、薬が効き出す頃合いです」
返事をしつつジーンが言うので、ケンパーは弘達に視線を向けた。弘はインスンを相手に何やら話していたようだが、今はこちらを見ている。その彼が周囲の者を見回して狼狽えだしたので、まさしく頃合いだとケンパーは判断した。
「さて……。先に誰を始末するべきか……やはりサワタリかな?」
そう呟き立ち上がると、ケンパーは腰のブロードソードを抜き放つのだった。
◇◇◇◇
近づくケンパーを前に、弘はパーティーメンバーの状態を確認する。ミノタウロスのインスンが痺れているくらいだから、皆危ないだろうとは思ったが案の定、全員が身動き取れなくなっていた。本来なら回復役である僧侶のシルビアの出番だろうが、その彼女自身が麻痺状態なのでは、もうどうしようもない。
では、弘自身はどうか?
「ぐ……ぬ……」
歯を食いしばって力を込めると、震えながらではあったが何とか立ち上がることに成功した。しかし、この状態では武器を振るうことができない。
(くそ~。力が入らねぇったら……。闘技場でサーペンターの毒をくらったときでも、ここまで体調悪くはならなかったぞ!? ……ま、麻痺した状態で、武具召喚とかできるんだっけ?)
試しにトカレフを召喚してみると、普段と変わらず瞬時に出現してくれた。問題は、撃って当たるかどうかだ。
ガンガン! バウン!
ケンパーを狙い、3発撃ってみたものの銃弾は見当違いの場所へ飛んでいく。
(駄目か! RPG-7を使うには近すぎるし、そもそも手榴弾とか爆弾を部屋の中で使うわけには……か~っ、なんかねぇのかよ!)
召喚品が駄目なら、アイテム欄に収納した物品で使えるもの……と考え、先だって拾得した『使用者も電撃をくらう魔法剣』を思い出した。そして電撃つながりで、召喚武具の中にスタン警棒があることも思い出す。
(暫く使ってなくて忘れてたが、こいつなら俺自身が電撃くらうこたねぇ~や!)
トカレフを消し、スタン警棒を召喚する。これなら電撃付与の効果で、ケンパーを麻痺させられるかもしれない。もっとも、ブロードソードよりも短い警棒で受けに回るには、相当な勇気と度胸が必要だった。
ちなみに、スタン警棒装備状態で前述の電撃剣を使用すれば、自身への電撃を無効化できるのだが……このときの弘は完全に失念している。
「こいつは驚いた。まだ動けるとはな」
弘が武器を持ち替えたのを見たケンパーは、足を止めて笑った。
「使った薬は一工夫ある代物なんだが……君は本当に人間か?」
「失敬だぜ。俺が、人間以外の何に見えるってんだ」
文句を言うが、舌も痺れているので滑舌はよろしくなかった。ケンパーの言うとおりだとすれば、部屋に充満した薬の煙だかは特殊な品らしい。だが、弘だけが立てているのはステータスの『耐久力』が高いからだろうか。
(本格的な修行前だけど、それなりにレベルアップしてるから……って、待てよ!)
弘の顔色が変わる。レベルアップして耐久力が上昇している弘でさえ、この有様なのだ。例えば体力的に劣る魔法使い、メルなどが危ないのではないか。そこに考えが至った弘は、唇を噛みしめた。早急に何とかしなければならない。
返事をしない弘を見て鼻を鳴らしたケンパーは、弘まで一歩か二歩の距離まで近づくと、時計回りに移動した。
「当たらないと見て先の魔法具を消した……ように見えたが。新たに出した棍棒は何だ? 何の仕掛けがある? ……当たらないように気をつけた方がいいのかもな。んん?」
(やべぇ。バレてる……)
スタン効果に気がついているかはともかく、スタン警棒自体を警戒されたのでは、受けに回って痺れさせることが難しくなる。このままケンパーに斬られるしかないのだろうか?
「興味深い人材ではあったが、ここで……」
どすっ。
なにかが突き刺さる音がした。弘が何かしたわけではない。ケンパーも不思議そうな顔をしている。が、そのケンパーの顔が苦痛に歪んだ。
「ぐあ……」
剣から離した左手が行く先は、左の脇腹付近。そこに1本の矢が刺さっていた。短弓の矢だが、この場で短弓を使う者と言えば……。
「ノーマかっ!」
叫びつつ弘はスタン警棒を持つ手を突き出した。全身が痺れた状態なので、身体を傾けつつの不格好な攻撃だったが、それでもケンパーに先端が届く。これをケンパーが剣で払いのけようとした瞬間。
バヂヂヂヂ!
青白い閃光がほとばしり、騎士の身体が跳ね上がったのである。
「ごああはあああ!?」
驚きを含んだ叫びと共にケンパーが倒れ込む。一方、弘も立っていられずに倒れ込んだ。元々痺れていた足が、無理な姿勢によって限界を迎えたのだ。そして、苦労して立ち上がろうとする中でケンパーも立とうとしているのを目撃し、弘は目を剥く。
「なんつ~タフな奴だ! 騎士ってゲームじゃ上級職だが、それと同じで侮れね~ってか!」
呆れつつ再度スタン警棒を突き込んだところ、ケンパーはエビのように跳ねてから動かなくなる。ようやくスタンしてくれたらしい。
「いや、麻痺って言うより気絶したのか? とにかく、これで……」
眼前の騎士が沈黙したことで弘は気を抜いた。だが、そこへ唸りを上げて何かが飛んでくる。
「……へっ? だはぁっ!?」
ぼうん! という炸裂音と共に弘は弾かれ、後方の壁に激突した。
直撃前に察知はできたものの、回避することはできなかった。麻痺薬の効果が残っていたせいであるが、例え体調万全であったとして回避できたかは怪しいところだ。なぜなら、弘を吹き飛ばしたのは空気の塊だったのだから。
「ぐぎぎぎ……」
痛めた背を気にしながら身を起こすと、部屋の反対側で立つ女性……ダークエルフが何やら手を組んで唱えているのを発見した。
(なんだ、あいつ? ダークエルフの女? ……ひょっとして!)
インスンの所から逃げた奴か! と思うよりも先に、第二撃が射出される。身体の痺れはまだ取れておらず、避けることもままならない。弘は、ボディーアーマーを召喚して瞬着すると衝撃に備えた。
どふぉ!
今度は壁際で直撃されたので、空気塊により激しく押し込まれていく。
「ご、ごべ……潰れちま……」
壁に貼り付け状態の弘は、胃の中のモノを吐き出しそうになった。だが、その視界の端で動くものを発見する。倒れたインスンの影で、短弓を構える人物。それは先ほど、ケンパーを射たと思われるノーマであり、今度は壁際で立つダークエルフを狙っているようだった。
ばしゅ!
矢が放たれたが、ダークエルフの少し手前で吹き飛ばされるように弾かれる。どうやら風の精霊による防御をしているらしい。ファンタジーRPGや小説でエルフがよく使う手だ。
「……くっ!」
ノーマが次なる矢をつがえるが、彼女に注意を向けたダークエルフが、次なる精霊魔法を……。
バンバンバンバンバン! ドカ! ガウ! バキン!
立て続けに銃声が発生する。
ようやく空気塊の圧力から逃れた弘が、再度トカレフを召喚して連射したのだ。もちろん麻痺により震える手であるから、一発必中とはいかない。しかし、撃てる限り撃ち込んだ結果、一発がダークエルフの胸に命中したのである。
◇◇◇◇
「ヒロシ? 大丈夫?」
「なんとかな……」
駆け寄ってきたノーマが手を貸してくれたので、ありがたく手を取りながら弘は立ち上がる。気になる麻痺薬の痺れは、ようやく消え始めたところだ。
(普段どおりとはいかないが、ある程度は何とか……)
腕や足など、アーマーの無い部分を揉みながら弘はノーマを見た。彼女も同じように麻痺毒を吸ったはずだが、弘や皆ほどに痺れている様子がない。
「ノーマは何で痺れてないんだ? あと、よくケンパーに気づかれないで短弓を用意できたな」
あのケンパーに察知されずに矢を放てたのは、ダンジョンで取得した姿消しの短刀を使ったからだとノーマは言う。身体の痺れを感じるなり、近くにいたメルの影に倒れ込んで姿を消したのだ。
「ほとんど麻痺しなかったのは、いわゆる常備薬のおかげよ。ちょっとした毒消しなんだけど……上手く効いてくれて良かったわ」
そんな便利なモノがあるなら、普段から皆に持たせておけよ……と言いたい。しかし、個人的な持ち薬であるなら、彼女を批判するのはどうかと弘は思う。
「それ、まだあるならシルビアに飲ませてやってくれ。あとは僧侶の法術とかで皆を治してもらおう」
「そうね。そうするわ。って、ヒロシは大丈夫なの?」
「俺に関しちゃ平気みたいだ。ノーマと喋ってる間で、ほとんど痺れが消えてるし」
これを聞き、ノーマが呆れ顔で弘を見た。
「大型モンスターでも身動きできなくなるような薬っぽいのに? ケンパーも言ってたけど……あなた、本当に人間なの?」
「しっ……いや、人間のはずなんだけどなぁ」
失敬な! と文句を付けようとしたところで自信をなくす。現時点のレベルは29。ゲームで言うレベルカンストには程遠い……と弘は考えていた。なのに、身体能力は超人的な域に達しており、今また強力な麻痺毒に対して高い耐久性を示した。この後に修行をしたら、いったいどうなってしまうのか? 我ながら恐ろしく感じてしまう。ノーマから化け物扱いされてたとしても、むべなるかな。
などと考えていると、例によって自分がレベルアップしていることに気がついた。
名前:沢渡 弘
レベル:29→30
職業 :不良冒険者
力:97→103
知力:38→42
賢明度:77→80
素早さ:100→104
耐久力:105→115
魅力:67→69
MP:210→250
開放能力
『自弾無効』(任意でオンオフ可。MP消費なし)
・射撃系及び、爆破系の召喚能力による自身への被害を無効とする。
・爆破による土石等の破片は、対応不可。
『射撃姿勢堅持』(任意でオンオフ可。MP消費なし)
・射撃時の反動に影響されなくなる。
・ただし、適用されるのは携行可能な兵器のみ。
切りの良いレベルだからか、職業から『チャラい』の文字が無くなっている。そして召喚具の追加こそ無いものの、開放能力が一気に2つも増えていた。
(自弾無効ってことはアレか? 目の前で手榴弾を爆発させても平気ってことか? 射撃姿勢堅持ってのはよくわからんけど、鉄砲を撃っても反動が無くなるってことだよな?)
自弾無効はともかく、射撃姿勢堅持の方がよくわからない。今召喚できるトカレフやRPG-7は、特に反動で困るようなことがないからだ。
(いや……この先、反動が物凄い武器が召喚できるようになるってことなのか?)
それも手で持って運用できる物で……である。
背筋に冷たさを感じるが、ミリタリーに詳しくない弘には、どういった物が追加召喚できるようになるかが想像できない。なので、そういった問題は一先ず脇に置き、ノーマにはシルビアを回復させるよう重ねて指示を出した。今は皆を回復させるのが優先事項である。ノーマがシルビアに向けて駆けだすのを確認した弘は、ケンパーにもう一度スタン警棒を押し当てた。
バチバチバチ!
横たわる騎士、ケンパーがビクンビクンとはねる。これで、もう暫くは起きてこないだろう。口から泡を吹いているケンパーを放置し、弘は歩き出す。目指すのは先ほど撃ったダークエルフの女だ。胸に命中したように見えたが、まだ生きているかもしれない。