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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第6章 ダンジョン探索!
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第百八話 クリュセダンジョン(9)

 迫り来るのは、全身各所に装甲板を貼り付けた……リザードマンとオークの集団。そして2体のガードアーマーだ。対象物解析をしたところ、ガードアーマーは先に遭遇したモノと、同じタイプであることが判明する。リザードマンとオークに関しては、あからさまに増加装甲があるのに、名称は通常のものと変わりがない。


(対象物解析の表示が変だな? もっとこう詳しくてもいいはずなんだが。アレか? 解析レベルが低いからか?)


 考えても答えは出なかったので、取りあえず解析結果を皆に説明する。このとき、弘はガードアーマーについても説明をしていた。理由はインスンや騎士など、ガードアーマーを知らないか、あるいは見かけてもやり過ごしていた者が居るからだ。


「よくわからん仕掛けで動く鉄の巨像か。……ミノタウロスの俺と同じくらいデカいが、頑丈さでかなり負けてるな。それが2体も居るのに、やろうって言うのか?」


 特注品だという戦斧を持ちながらインスンが言う。弘はインスンに対して頷くと、次いで騎士を見た。


「ああ。もう2体倒してるからな。そっちの騎士さんは、ええと……」


「レイモンド・ケンパーだ。見てのとおり、王国の騎士をしている。よろしくな」


 シャッターを絞ったランタンの明かり。それに照らし出されたケンパーは、年の頃は20代半ば。弘よりは少し年上のようだが、口髭(メキシカン髭というスタイルに似ている)を生やしているため、年齢はもっと上のように見える。顔立ちは良くも悪くもなく……強いて言えば普通。ただし、物腰や態度がインテリ風で弘は気にくわなかった。


「インスンとケンパーはどうするんだ? ……なんなら帰ってくれても良いんだぜ?」


 そう言ってヒロシはニヤリと笑う。この笑みには2つの意味があった。

 1つは、ここは弘のパーティーに任せて、パーティー壊滅状態の2人は先に逃げろ……というもの。もう1つは、この先に重要施設があるようだし、俺のパーティー以外の奴は帰れ……というものだ。ちなみに弘としては、後者の意味合いを強く笑みに込めたつもりである。


(それぞれ1人きりになったからって、こっちのパーティーで面倒見る気はねーぞ?)


 ここで2人が「じゃあ、お言葉に甘えてしんがりを引き受けて貰おう」と、地上へ戻ってくれれば良かったのだが、案の定、2人して食い下がってきた。


「そうはいかねぇ。ここまで来て引き返したら、死んだ仲間達に申し訳ない」


「私とて同じだ。仲間を失って、何の手土産もなく戻れるものか」


「あんたら、自分たちで戦って人数減らしたんだろーが?」


 呆れ顔で言うも、モンスター達の足音が迫る状況に変わりはない。このままでは距離を詰められると判断した弘は、やむなく戦闘を開始する。


「俺がガードアーマーを2体とも倒す! リザードマンとかが近寄ってきたら、メルとグレースが魔法で牽制! ジュリアンも手伝ってくれ! 相手が怯んだら俺とカレンで斬り込む! ……インスン達も、無理しない範囲で手伝って欲しいんだが~?」 


 口早に指示を出し、最後にはインスンとケンパーに声をかけてみた。勿論、ここで断るようなら、戦闘終了後に2人とも追い返すつもりである。その意図を読み取ったのか、インスン達は鼻息荒く応じてきた。


「まかせな! 多少鎧を着込んでいようが、オークなんざ目じゃねぇさ!」


「騎士の剣技、存分に披露してやろうではないか」


 やる気満々である。どうあっても弘達に付いて来たいようだ。


(くそ~、帰れってんだよな。強引に追い返してもいいんだけど、変に恨まれても嫌だしなぁ……)


 若干態度を軟化させ、弘は迫り来る敵に注目した。オーク達は十数メートルまで近づいているが、ガードアーマーは歩行速度が遅く、後方で置き去りになっているようだ。


「じゃあ、ガードアーマーを潰すぞ! 危ないから、俺の後ろには絶対に立つなよ!」


 そう皆に警告した弘は、召喚品目に追加されたばかりの武器……RPG-7を召喚する。見慣れない道具を皆が珍しそうに見ていたが、中でもメルが後方に回り込もうとしたので弘はどやしつけた。


「大火傷するから、危ない! 後ろに回るな!」


 RPG-7……旧ソ連製の携帯式対戦車擲弾発射機は、発射時にバックブラストと呼ばれる後方噴射を発生させる。こうすることによって無反動砲のような効果を持たせているのだが、この後方噴射を浴びると弘が言ったように大火傷を負うわけだ。


(ま、同時に爆風で飛ばされるだろうけどな)


 弘は本来、RPG-7に関しては、漫画や映画で見知った程度の知識しか持たない。しかし、これら召喚武具に関しては使用時に、大まかな知識が得られるようになっていた。それはトカレフも同様である。では、機械系召喚具限定の知識習得なのかと言うとそうではなく、鉄メリケンサックなどの初期召喚具でも、詳細な知識が得られるようになっていた。弘は、これを自分がレベルアップしたためと解釈していたが……。


(そんなことより、まずは攻撃だ)


 弘は、一番手前のガードアーマーに対して照準を定めた。本体固定の簡易なアイアンサイトで狙いをつけるのだが、インスン達の残した松明類が残っているため、完全な暗闇を睨まないで済むのはありがたい。

 問題は、このMPで再現されたRPG-7が、命中率の悪さも再現しているであろうこと。熟練した兵士でも150mの命中を得られればいい方で、ゲリラ兵などは80m以内に近づいて命中精度を上げるらしいが……現時点、彼我の距離は数十メートル程度。距離的に大丈夫なのだとして、ここで弘の練度不足の問題が浮上する。何しろ、今までに使ったことがないのだ。レベルアップで上昇した『素早さ』が、『器用度』も兼ねているようなので、そこに期待したいところである。


「とにかく撃ってみるさ!」


 グリップの引き金を引くと、ズバン! という発射音と共に、RPG-7の後方から後方噴射炎が発生した。現在、弘達はランタン光を絞っているため、その周囲は暗い。しかし、この噴射炎により一瞬ではあったが全員が照らし出される。当然、モンスター側から発見され、オークやリザードマンが騒ぎ出した。

 だが、撃ち出された弾頭は高速で飛翔する。弾頭前後にある大小の安定翼を展開し、10m程飛んだところで弾頭基部のロケットブースターに点火。その後は、弾頭最後尾の曳光剤から光を発しながら目標目がけて飛んでいくのだ。


(つっても誘導はしないから、撃ちっぱなしなんだけどな)


 上手く当たってくれますように。そんな風に祈りながら、弘は第2射を準備する。本来は新たな弾頭を取り出し、装薬と安定翼をねじ込む等手順が必要なのだが、そこはそれ、弘が持っているのは召喚武具だ。彼が次発装填を選ぶと、新たな弾頭が発射機だけとなったRPG-7の先端に出現する。

 その間にも弾頭は飛翔し続け、弘が2射目の準備にかかるよりも先にガードアーマーへと到達。その胸部へと命中し爆発した。この爆発によって生じた熱と圧力で、装甲板が液体のように振る舞い、そこを弾頭から発するメタルジェットが突き進む。……と、こういった現象まで再現されているかは定かではないが、胸部を大きく破損したガードアーマーは仰向けに倒れた。もう1体のガードアーマーは何気にすることもなく歩み続けているが、オークやリザードマン達は大混乱に陥っている。


「私がよく使うファイアボールと似た効果だが……比べ物にならないくらい速い!」


「サワタリには驚かされるな!」


「おう、イイ感じじゃねーか。みんな! 魔法の攻撃も頼むぜ!」


 あまりの光景に固まっている魔法使い達に一声かけ、弘は第2射を放った。狙われた2体目のガードアーマーは、発見した弘達に向かって進むのみ。飛んでくる弾頭にも無関心な様子で、回避行動も取らなかった結果……1体目と同じ運命をたどるのだった。

 こうしてモンスター側の最大戦力が早々に排除され、残ったオークやリザードマン達には、ファイアーボールや眠りの精霊魔法などが飛ぶ。装甲化しているとは言え、生身の露出部がある以上、ファイアーボールの爆炎爆風からは逃れられないし、精神作用する魔法に対しては普通に抵抗しなければならないのだ。こうして2種合わせて数体を残すのみとなったモンスターらに、カレンを先頭とした戦士組が斬り込んでいく。

 数秒後。残ったモンスターも駆逐され、ガラス扉前の広場には静寂が訪れた。


「終わったか。相手の数は多かったが……まあ、こっちも多かったしな」


 魔法使いにメル。精霊使いはグレースとジュリアンがいる。前衛を戦える者としては、カレン以外にインスンやケンパーも居るのだ。なお、最後の斬り込みに関して、弘は加わっていない。自分も駆け出そうとしたとき、インスンが「残りは俺達に任せろ!」と叫んで飛び出していったので、自分はRPG-7の第3射目を用意して待機していたのだ。


(追加で何か出てきたら、皆を下がらせて撃つつもりだったんだけどな。今のところは、これで打ち止めか?)


 弘は残った者達をつれて広間へと入っていく。邪魔なモンスターは完全に排除したが、新たなモンスターが転送される可能性があるため、早くガラス扉の向こうへ進むべきだろう。


「サワタリさ~ん!」


広間中央へ進んだ弘は、駆け戻ってきたカレンを見た。


「サワタリさん! 私、頑張りました!」


 元気一杯に報告してくる姿は、深窓の令嬢風の見た目に反して……これが結構可愛い。

少しドキッとした弘は「お、おう。お疲れさん」とだけ述べると、少し不満そうなカレンからインスンとケンパーへ視線を転じた。双方、先程のカレンとは方向性の違う自慢げな様子であり、言い方を変えれば『手柄顔』である。


「……その様子だと、この先へ行くのに同行したがってる?」


 溜息混じりに聞いたところ、2人して頷き返してきた。目当ての管制室を発見したら、手柄は弘達のものにして良いので、とにかく同行させて欲しいとのことだ。


「要するに、俺を雇わないか……ということだ。さっきのガードアーマーを潰したアレにはビビったぜ! あんたとは仲良くやっていた方が良さそうだ!」


 長柄の戦斧をおろしたインスンが、カラカラ笑う。このとき弘は、牛の顔が歯を剥いて愛想笑いするのを初めて目にした。


「確かに凄かった。闘技場での強者と聞いていたが、まさか魔法戦士だったとはな」


 騎士のケンパーはと言うと、こちらは雇い賃は必要ないが手伝わせて欲しいとのこと。どうやら、依頼達成に一役買ったという事実が欲しいらしい。何やら事情があると弘は睨んだが、そういうのはカレンで経験済みなので、敢えて詳しくは聞かないことにする。

 その代わりと言っては何だが、2人に聞いてみた。


「すげー気になるんだが……あんたら、さっきまでパーティー同士で殺し合いしてたのと違うか? なんで、いがみ合いもなしで、揃って俺らのパーティーに入る気になれるんだ?」


 この問いかけに対し、インスンとケンパーは顔を見合わせる。彼らの表情は、シルビアがランタンのシャッターを開いていたので容易に観察できた。インスンもケンパーも、鋭い視線を飛ばしあっているが……それで口論が発生する様子はない。


「俺のパーティーは、クリュセ宿場で仲間集めして作ったんだ。だから、利害の一致でつるんではいたが……仲間意識ってのは強くないな」


「私のパーティー。所属していた騎士は……事情があって、すべてライバルでね。自分のパーティーが駄目になったのは残念だが、むしろ願ったりかな……ではなく、特に今蒸し返して険悪になるほどではないな。あと、騎士以外のメンバーに関しては、そこの牛と同じで宿場にて集めた者達だ。故に、私にも仲間意識というものはない」


 一理あるような無いような。弘は首を傾げた。

 インスンに関しては札付きのワルと言うことなので、まあ言い分はわかる。


(って、んなわけねーだろ? さっきはさっきで『死んだ仲間に申し訳ない』とか言ってたくせしやがって)


 パーティーメンバーを都合の良い道具扱いしているので、信用のおける相手でないことは確かだ。ケンパーについては、元から仲間意識が無い点でインスンと同じ。とはいえ、騎士職ともあろう御立派な方が、インスンと同じことしてるのは印象がよろしくなかった。


(結論。こいつら似たもの同士の悪党だ……)


 パーティーに加えるなんてとんでもない。だが、先ほども考えた『ここで突っぱねて根に持たれても困る』という問題がある。置き去りにしたはいいが、帰る道すがら襲撃してくる可能性だってあった。


(そんなことになったり、されたりするぐらいなら。近くに置いて見張ってた方がいい……のか?)


 似たようなことをジュリアンに対してやっているのだが、ここで監視対象が3人に増えるのも困りものだ。


(また、みんなで相談するか……)


 ただし、相談時間は限られているように弘は思う。何しろ、先ほどはモンスターが転送されてきたのである。それがダンジョン……この地下施設に対するモンスター補充目的だとしたら、この広間に留まっているのは危険だろう。


「ジュリアン? ちょっとケンパーと一緒に居てくれるか? 2人でインスンを見張っててくれ」


「おいおい。信用ねーな」


「いや、信用してねーから」


 軽口を叩くインスンに対し、弘はストレートに言い放つ。さすがにインスンは嫌そうな顔をしたが、それを無視してジュリアンを見ると彼女は静かに頷いた。そしてケンパーの隣まで歩いて行く。彼女の後ろ姿を見送ると、弘は少し離れた場所でパーティーメンバーを集め、小声会議を開いた。


(「そんなわけでな。2人とも連れて行こうと思うんだが。他に良い手はないかな?」)


(「無いわねぇ。弘の言うとおり、ここで突っぱねたら何をしでかすかわからないし」)


 ノーマが憮然とした様子で吐き捨てる。メルを見ると、彼にも妙案はないようだ。


(「いや、案ならあるが……ヒロシは、好みではないだろう」)


(「……一応、聞いておこうか?」)


 何か嫌な予感がする。だが、採用するかしないかは別にしても、年長者の意見は聞いておくべきだろう。弘が拝聴の構えを取ると、メルはこう言った。


(「今ここで2人とも殺してしまう」)


(「却下」)


 即座に却下する。そうしたいのは山々であったが、実行に移すほど自分は人でなしではないと弘は考えていた。


(「それが、手っ取り早いってのは理解できるんだけどなぁ……」)


(「サワタリさん~っ」)


 カレンが困ったような呆れたような声で弘を呼ぶが、ここは聞かないことにして他のメンバーの意見を聞く。その結果、ジュリアンを含め、インスンもケンパーも連れて行くこととなった。皆、『突っぱねたら恨みを買うし、帰りに襲撃されるかもしれない』という可能性を危惧したのである。勿論、返り討ちにするのは可能だろうが、モンスターや犯罪者が相手ならまだしも、同業者相手の戦闘は避けたかった。


「とまあ、そんなわけで一緒に来たいって言うなら別に構わん……ってことになった」


 皆と相談した内容の節々をぼかして、弘はインスン達に説明する。戦闘には積極的に参加して貰うが、基本的に弘達の指示で動いて貰うこと。ケンパーは別にして、インスンの雇い賃は後で相談。何なら、この先にある拾得物を分配することで賃金に変えても良い。

 そう言ったことを説明すると、インスン達は2人して頷いた。


「任せておけ。腕には自信があるからな」


「そちらには美しい御婦人が多い。私も働きがいがあるというものだ」


 インスンに続けて言ったケンパーが、女性陣に対してウインクを飛ばすが、これに好反応を示した者はいない。ノーマが鼻で笑い、シルビアは険しい表情となった。グレースに到っては気にもとめていないし、ジュリアンはボウッとしているだけ。唯一、カレンが笑みを返していたが、それが社交辞令的なものであることは、誰に目にも明らかだった。


「あのなぁ……」


 肩をすくめるケンパーに弘がツッコミを入れる。


「よそのパーティーの女にちょっかい出すな。今はダンジョン探索中なんだぞ。そんなチャラい奴は今まで見たことが……いや、1人いたな」


  

◇◇◇◇



「ふえっくし!」


 クロニウス郊外の街道を歩いていた男性戦士……ラスがクシャミをした。周囲にはジュディスにウルスラ、ターニャも居て、彼に視線を向けている。ラスは1人1人に視線を返した後、人差し指で鼻の下を擦って見せた。


「どこかでイイ女が噂してるんだぜ? きっとな」


「おめでたいことばかり言ってると、パーティーから放り出すわよ?」


 ジュディスが腰に手を当てながら言う。その視線は、仲間の戦士ではなくチンピラを見るかのようだ。チンピラと言えば弘もそうなのだが、ジュディスに言わせると弘とラスでは『チンピラ』のタイプが違った。


(なんて言うのかしら? ヒロシは荒っぽい感じだけど、ラスは……軽薄なのよね)


「は~あ。早く依頼を遂行して、クロニウスに戻りたいな~」


 頭の後ろで腕を組んでぼやくジュディスを見て、ウルスラが苦笑する。


「まだ出発したばかりでしょ? だ~いじょうぶ。ヒロシは約束したとおりに戻ってくるからぁ。慌てなくていいのよ」


「ちょっ!? あたしは別にヒロシが……とか関係なくて!」


 必死になって言い訳するジュディスの言葉を、「はいはい」と皆が聞き流していた。そんな中、ターニャが誰に言うでもなく呟いている。


「サワタリさん、今頃どうしてるんでしょうか?」


 大人しく控えめな口調であったが、それが聞こえたジュディス達は顔を見合わせた。この頃、ディオスク闘技場で弘が10連勝したという噂はクロニウスにまで伝わっている。それを聞いたとき、ジュディス達は「さすがはヒロシだ!」と思う一方で「あいつ、もう充分に強いんじゃないか?」とも思っていた。そもそも、弘は単独修行をするため、話の流れと勢いでジュディス達と約束し……ディオスクに向かったのである。そう、今はまだ『修行前』なのだ。


「ディオスク闘技場のレッサードラゴンや、アーマーライノスの話は聞いたことがあるけど。そいつらを束にして相手して勝っちゃうとか……なんなの、あいつ?」


「おとぎ話の英雄相手だって、何人かまとめて倒せそうよねぇ」


 この短期間でどれだけ強くなっているのか? 例えば今の強さの弘が、レクト村事件の時にいたらどうなっていたか? 恐らくは、あっさりと村人集団や巨大蜘蛛を倒せていただろう。

 知人がどんどんデタラメな存在になっていくのを感じ、女性陣は何とも言えない雰囲気になったが、そこへ空気を読まないラスが割り込んでくる。


「まあ、なんだな。多少強くなったところで俺には敵わないな」


「あんた……レクト村に行く途中で、ヒロシに捻られかけてたでしょーが」


 呆れ顔でツッコミを入れたジュディスは、晴れ渡った空を見上げた。


(ヒロシ、今頃は何してるのかしら? 変な女に引っかかってなければいいんだけど……)



◇◇◇◇



「よそのパーティーの女にちょっかい出すな。今はダンジョン探索中なんだぞ。そんなチャラい奴は今まで見たことが……いや、1人いたな」


 確かそいつは……とヒロシは続けようとしたが、その場に居たジュリアン以外の女性が一斉にクシャミをしたので言葉を切る。


「……風邪?」


「い、いえ、そういうわけでは……」


 カレンが代表して言うので、次いでグレースやシルビア達を見るも、3人とも不思議そうな顔をして視線を交わしている。ともかく、このクシャミで場の空気が変わったような気がした弘は、モンスターの追加が出現する前に中に入ることとした。


「まあいいか。で、ガラス扉なわけだが……。また魔法で結界とか張られてるのか?」


 一見したところ、コンビニの自動扉のように見える。上部にはセンサーのようなモノもあるし、本来は人が立ったのを感知すると勝手に扉が開くのだろう。だが今は開く気配がないため、やむなく手をかけようとするも、見えている隙間に指が入らない。寸前で滑ってしまうのだ。こうなると魔法物品資料倉庫と同じで、バールも駄目だろう。


「RPG-7を使うと、余計なところまで壊してしまいそうだし。やっぱモールに魔法をかけて、扉を壊すのがいいか。メル? 扉の上に表札があるけど、今度は何て書いてあるんだ?」


「ふむ……」


 呼ばれたメルが前に進み出ると、ノーマが持つ松明の明かりを利用して表札文字を読んだ。


「ほう。これは……『警備兵配置室』と書いてあるな」


「警備兵ですか? ですが、このダンジョン……いえ、施設は随分昔から無人のはずで……」


 自身もランタンを掲げて表札を見ていたシルビアは、言いながら何かに思い当たったのか言葉を切る。

 警備兵配置室。このダンジョンが軍事施設として稼働していた頃の警備兵が、どういう存在だったのかは不明だ。しかし、現時点で警備兵に相当するモノと言えば装甲板貼りの大サソリやリザードマンなどであろう。


「そういう者達を、ダンジョン各所に配置するための部屋がある……ということなのか?」


 グレースが、にわかには信じがたいといった顔をしている。何が信じられないのか聞いてみたところ、モンスターなどを意図的に配置できる『部屋』というのが理解の外らしい。


「魔獣使いやモンスター使いといった者は確かに存在する。しかし、この字面では部屋自体に、モンスターを意のままに操る機能があるようではないか。だとすれば、特に修行をつんだり……いや、使い手としての才能すらなくとも、誰にでもモンスターを配置できる。そういうことではないのか?」


 そう言われて、皆は事の重大さを認識した。つまり、その警備兵配置室をどうにかすれば、新たなモンスターが補充されなくなるのではないか? そう考えたのである。

 一方で、弘は別のことを考えていた。


(あまり遊んだことはないけど、これって……タワーディフェンスゲームみたいだな)


 画面上に設定されたルートを敵キャラが進行し、プレイヤーは攻撃設備などを各所に配置して迎撃する。そういった類のゲームがあるのだ。ともあれ、皆が考えたように配置室を操作することでモンスターが出なくなるなら、これは凄い発見である。インスンやケンパーは「これだけで報酬モンの大情報だぜ!」とか「うむ。我が家の名誉となる輝かしき成果だ!」などと大変な喜んびようだ。


「実際見てみないことには、わかんねーぞ?」


 盛り上がるパーティーの面々を見回しつつ、弘は言った。そういう重要施設の操作を、自分達のような部外者が易々とできるものだろうか? 答えは否だ。


「わけがわからない物が並んでて、何処をどう触ればいいかわからない……なんて事もあり得るんだからな」


 我ながら「えらそうだな」とは思うが、これから施設の重要部に迫ると言うときに、皆に浮き足立たれたのでは困る。カレン達が頷くのを見た弘は、モールをアイテム欄取り出しした。インスンやケンパーが、突如出現した巨大な柄付き星鉄球に驚いているが、いちいち相手にはしていられない。メルに頼んで魔力付与して貰うと、弘は早速ガラス扉に叩きつけて、これを破壊した。なお、魔法物品資料倉庫の扉とは違い、こちらは変形することなく粉々に砕けている。


「魔法結界で頑丈になってるって言っても、やっぱガラスはガラスだな」


 松明持ちのノーマを先頭に、パーティーは内部へと入って行く。警備兵配置室へと続く通路は、これまでの建設車輌が往来できそうな通路と比べ、かなり狭くなっていた。とはいえ、人間サイズの者であれば普通に戦闘が可能だろう。唯一、インスンだけが窮屈そうに身をかがめていた。

 現在、パーティーメンバーは、先頭を行くノーマの後ろに弘。弘の左右にケンパーとカレン。次列は左からメル、グレース、ジュリアン、シルビア。最後尾にインスンという配置で通路を進んでいる。ケンパーとジュリアンの位置に関しては、2人が何かしでかしたとき、即座に取り押さえられるよう考慮したものだ。インスンについては……彼を前方に配置すると、パーティーの移動速度が落ちるため、やむなく最後尾にしたのである。


(ケツまくって逃げるときに、邪魔にならなきゃいいんだけどな……)


「くそ~。狭っ苦しいったらないぜ」


 中腰とまではいかないが、インスンは背を伸ばして立つことができないようだ。見ていて辛そうなのは理解できるが、だからと言って何とかしてやることもできない。敢えて無視していると、ケンパーが後方のインスンを振り返ってせせら笑う。


「今ここで戦闘になったら、身動きできないのはマズいだろうなぁ。大は小を兼ねると言うが、場合によりけりだ」


「うるせー、騎士野郎。ブン殴られたいか!」


「喧嘩すんな、お前ら!」


 弘は振り向きもせずに怒鳴りつけたが、数年前なら身内で喧嘩が始まると煽る側でいたのだ。それが今では、喧嘩を止める立場。苦笑を禁じ得ないが……今は命がけのダンジョン探索中である。大抵のモンスターが出てきても、物理攻撃が通用するなら何とかなるだろうが油断は禁物だ。


(物理無効化の敵が出てきたら、結界扉を破るのと同じでメルに魔法をかけて貰う……で大丈夫なんだろうが。けどよ、この先やるつもりの単独修行では難儀しそうだぜ)


 物理攻撃を無効化するモンスターなど、そうそう出現するものではない。だが、もしも遭遇したとして、その時にメルのような魔法使いが居ないとなると、どう対処するべきか?

 単に物理無効なだけの相手なら、普通の召喚武具でも充分に通用するだろう。なにしろ召喚武具はMP……つまり魔力の塊なのだから。問題は、物理無効かつ強装甲の敵と戦う場合である。今は、重量武器のモールに魔力付与することで対応しているが……。


(ん~……距離に余裕があれば、物理無効の装甲目標だろうがRPG-7で吹っ飛ばせる……よな? ……結局のところ、ロケット弾を再現した魔法攻撃なんだからな)


 難点は発射後、暫く飛ばないと安全装置が解除されない事だが、そもそも距離さえ確保できていれば問題はない。閉所に閉じ込められている状態でも、自分の腕力なら壁でも何でも破壊して外に出ればいいわけだし……。

 などと考えていると、またもやインスンとケンパーの会話が聞こえてきた。


「そういえば牛よ。貴様のパーティーには、女が1人居たのではなかったか? 私のパーティーとの戦闘では見かけなかったが?」 


「せめて名前で呼べや。女って、ダークエルフのあいつか? あいつは、今回の探索の前に逃げちまったよ」


「逃げた?」


 弘の左隣で、ケンパーが後方のインスンを振り返っている。通路の先には、新たな扉が見えていたがモンスターが出てくる様子もないので、皆、足を止めて2人の会話を聞いていた。


「ああ。俺達がダンジョンに潜ったのは、夜明けの前だ。集合時間を過ぎても姿を見せなかったから、集まったメンバーだけで出発したってわけよ。まあ俺以外は、み~んな……おめぇ達に殺されちまったわけだがな」


「……それは、お互い様だ」 


 双方、冷静に話をしているが内容は重い。と言うよりも、殺し合いをした2人が揃って別パーティーに転がり込み、行動を共にしているのが信じられないくらいだ。ともあえ、今の話を続けさせても良いことはないと判断した弘は、強引に割り込んでいく。


「それぐらいにしとけ。あの扉の向こうに、警備兵配置室ってのがあるかもしれないんだからな」


 そういって会話を中断させると、弘はノーマを見て頷いた。先へ進もうという意思表示であったが、それを読み取ったらしいノーマは、弘に頷き返すと前方の扉へ向けて歩き出す。


(直前まで、パーティー単位で殺し合いしてたミノタウロスに騎士。死んだ女魔法使いの名を騙る、正体不明の女精霊使いか……)


 ダンジョン探索は、確かに危険だ。今まで出会ったことがないタイプのモンスターも多く見かける。だが、モンスターだけが相手なら、その対応は単純なのだ。戦って倒すか、それが無理なら逃げればいい。しかし、パーティー内に不安要素を多く抱えることとなり、弘は喉の奥から込み上げる酸っぱさを感じていた。


(これが管理職の気苦労ってやつか? ううう、加入組が何かしでかしたら、カレン達が危なくなるかも……。やべぇな、吐き気がしてきたぜ)


 大サソリに襲われた女冒険者達が、全滅するまで放置しておけば。あるいは、戦うインスンとケンパーを発見したとき、横から襲いかかって2人とも倒していれば。こんな気苦労はしないで済んだかもしれない。

 だが、それは弘の性に合わないことだ。だから、そうしなかったのだし、故に今の状況がある。


(一応、皆に注意するように言ったし、加入組が何かしでかしても対処できるようにはする。けど、それでも危ないときは……)

 

 身体を張ってカレン達を守ろう。

 そう決めて腹をくくった弘は、すぐ目の前に迫った扉を睨み据えるのだった。



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