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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第6章 ダンジョン探索!
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第百七話 クリュセダンジョン(8)

「わかってくれてありがたいんだが、プレッシャーかかっちまうなぁ」


 グレースに期待するようなことを言われて、軽口で返した弘であったが……その彼の視界を、何かが塞いできた。次の瞬間。物凄い力で頭部がカレンの方へ引き寄せられ、柔らかいモノが唇に押し当てられる。


(き、キスされてる!? カレンかよっ!?)


 あまりのことに思考停止するが、それでも身体は動いてくれた。カレンの両腕を掴み何とか引き剥がすことに成功したのである。このときのカレンは鎧の効果で倍力していたが、それを弘の腕力は上回ったらしい。


「はあはあ。か、カレン? いったい何を……」 


「うっ……」


 隣で座るカレンの瞳に、大粒の涙が浮かんだ。


(やばい、何か知らんが泣かれる!)


 そう弘が思った直後、それはカレンの頬を伝って流れ落ちていく。


「うう、うう~う……」


 手の甲で目元を拭っているのだが、涙は一向に止まらない。そして……。


「うぐっ、ふえ……ふええええ……」


 カレンは本格的に泣き出してしまった。

 こうなると弘には、もうどうして良いかわからなくなる。理由を聞くにしても、理由は……何となくわかる気がするので、聞けないでいた。そうして手をこまねいているうちに、背後の段上からノーマの声が飛んでくる。


「いいから。抱きしめて、頭でも撫でてやりなさいよ」


「お、おう……」


 いつになく投げやりなノーマの口調。何やら気にかかるが、ともかく今はアドバイスに従うべきだ。弘は恐る恐る手を伸ばすと、一度は引き離したカレンを抱き寄せる。カレンは一瞬嫌がるような素振りを見せたが、怖ず怖ずと弘に身を寄せてきた。二人とも甲冑や革鎧を着用しているため、柔らかい抱き心地とはいかない。しかし、カレンから甘い汗の匂いが漂ってくるため、弘は大いに胸をドキつかせていた。


(なんなんだ、この状況……)


 グレースから不意打ち気味に愛してる宣言をされ、直後には、カレンにキスをされて泣かれてしまったのだ。そして弘は、こういう状況を上手く裁けるほど女性経験が豊富ではない。ただただ、抱きしめたカレンの頭を撫でつけるしかできなかった。

 暫くして落ち着いてきたカレンが、ボソボソと呟く。


「ごめん……なさい。私……サワタリさんのこと、好き……なんです……。グレースさんとのお話を聞いてたら、もう何が何だかわからなくなって……。ごめんなさい」


「あ、ああ……。いや、謝る必要はねーんだ。本当にな」


 カレンが自分のことを好いている。

 それを聞いた弘の脳裏では、グレースを娼館火災から助けた際、カレンが取調べの場へついて来たこと。そして、いつもなら試練優先で行動するはずのカレンが、このダンジョン探索について来たことなどが思い起こされていた。さらにはディオスクで再会した際の、嬉しそうなカレンの表情。クロニウスまで同行した際の楽しそうな表情。最後には山賊団壊滅時、弘を諭してきた表情までもが思い浮かんでいる。

 このカレン・マクドガルは……良い娘だ。そして弘自身、魅力的に感じてもいる。

 そういう感情がありながら、弘側から行動に出なかったのは、シルビアによる監視の目が大きな理由だ。そして……。


(やっぱ、ゴメスさんの一件がなぁ……)


 この世界に異世界転移した弘を、最初に拾って面倒見てくれたのがゴメス山賊団である。犯罪者集団ではあったが、彼らによって弘が教わったことは多い。この世界の一般常識や、文字の読み書きなどがそれだ。そんな弘の日々を、地元自警団や駐留兵による山賊討伐がブチ壊してくれた。中でも、恩人の代表たる山賊頭領……ゴメスを倒したのが、このカレン・マクドガルだったのである。 

 これらの経緯に関しては、以前に彼女に言ったとおり「忘れはしないが気にしないことにする」としたつもりだった。だが、やはり完全には割り切れていなかったらしい。 


(また、夢でゴメスさんに叱られちまうな……)


 弘は内心反省したが……こうして告白された今。正直言って、嬉しいと感じている。グレースには申し訳ないと思うので、努めて無視したい感情ではあるのだが、カレンの匂いがそれを不可能にしていた。

 なお、この告白をされた弘は他の者を遠ざけようとしたが、カレンが構わないと言ったので、各自の位置は休憩を始めたときと変わっていない。ただ1人、メルだけは階下を見つめたまま我関せずの構えであるが、彼にも聞こえていることは確実だった。

 さて、こうなると弘の言動にすべてがかかってくる。

 カレン側では告白したとおり『弘のことが好き』とのことだ。したがって弘の返事次第で、彼女の恋が成就するかどうかが決まる。しかし、つい先程にはグレースが弘に対する告白をしており、弘は『彼女に釣り合う男になりたい』とまで言っていた。普通に考えれば、もはやカレンの出る幕はない。


(と言うより、俺の口から『君とは付き合えない』みてーなこと言うべきだよな)


 実のところ、沢渡弘は女性から告白されるのはグレースが初めてであった。当然ながら、告白を受け入れたのもグレースで初めてである。そして、相手の告白を振るのも初めてとなるが……。


(す、すげー言いづらい!)


 何が言いづらいかと言えば、つい先ほど『先に』告白してきたグレースが隣で座っていること。周囲に第三者が数人いること。そして、その第三者らがダンジョン内で行動を共にするパーティーメンバーであることだ。これが例えば、学校の体育館裏でカレンとの一対一だったなら、弘はグレースの告白を受け入れた手前、心苦しいがカレンを振っていたことだろう。だが、こうも耳目を集めていたのでは……。


「サワタリよ……」


 口が開けないでいる弘に、隣からグレースが声をかけてきた。さっさとカレンを振らないことに対する抗議だろうか? その可能性はあるが、もしも「何をしている? 主には我が居るではないか。早くそう言ってやれ」などと言われたら、弘としては言われるがまま行動せざるを得ない。いや、むしろ言われる前にそうするべきなのだ。

 ともかく彼女が何を言い出すのかと、弘は上ずった声でグレースの方を向いた。勿論、カレンは抱きしめたままである。


「な、なな、なにかな?」


「カレンの告白に対する返事が、すぐに出てこないようだな?」


 腕の中で、カレンの肩がビクリと揺れた。その動きは目に見えるほどだったので、グレースにも、それとわかったことだろう。何より、彼女の視線が下がってカレンに向けられている。

 グレースは視線を上げて再び弘を見ると、話を続けた。


「主が気にしていることは、我もわかるつもりだ。我の告白を受けたばかりであるし、周囲には人もいる。しかも、ここはダンジョンの中だ。うかつな返事をすれば、ダンジョン深部でパーティー崩壊につながる。そんなところだろう?」


 おおむねグレースに言い当てられたが、パーティー崩壊に関しては考えていなかった。だが、言われてみれば、なるほど……と思える。依頼を請け、業務活動をしているとはいえ、男女混成の集団なのだ。その中で惚れた腫れたの問題が発生し、ましてや三角関係などが出来ようものなら、モンスターとの戦闘時に上手く連携が取れるとは思えない。


(ああ、確かに。ちょっとの戦闘でも死人が出そう)


 1つ勉強になったわけだが、今はグレースとカレンのことに注意するべきだろう。そして、グレースはカレンの告白を前にして何を言うつもりなのか?


「サワタリよ。そういった問題を回避する妙案が、我にはあるぞ?」


「みょ、妙案?」


 この状況をどうにかできる、都合の良い案があるのだろうか? 想像もつかないが、弘は多少なりとも救われた気になった。なので、続くグレースの言葉を心待ちにする。グレースはと言うと、鷹揚に頷きながら先を続けた。 


「カレンのことも受け入れてしまえばよいのだ」


「はあっ!?」


「はいっ!?」


 最初に驚いたのは弘であったが、ほぼ同時にカレンも声をあげている。先ほどまで胸に顔を埋めていたカレンが顔をあげているので、その顔を覗き込んだところ、驚きのあまり涙が引っ込んでいるのが確認できた。と、見上げてきた彼女と目があってしまい、瞬時に頬を紅潮させてカレンが俯いた。その仕草がやたら可愛いので、弘も頬が熱くなるのを感じている。


(ヤベ……俺、絶対に顔が赤くなってる、周りの連中にバレてるかな?)


 ここは暗い施設階段であり、ランタン数個で照明としているだけだ。そんな中で、顔色の変化など見てわかるものでは……と言いたいが、間近にいるカレンの頬が赤いのは判別できている。ならば、弘の頬が赤いのだって、少なくとも夜目が利くグレースには見えていることだろう。

 このように、グレースの発言で混乱する弘は自身の顔色を気にしていたが、その間にカレンがいち早く我に返り口を開いた。


「グレースさん……それは、どういうおつもりで」


「なに、優れた男には複数の女が居ても、おかしい事ではないということだ」


 どうやらグレースは『英雄色を好む』的な理屈を言いたいらしい。


「今は滅んでしまったが……我が氏族では、族長に複数の妻が居るのは当たり前だったぞ? まあ、滅亡時の族長は我だったので、ゆくゆくは複数の夫を……」


「お、おま、お待ちてください!」


 訳知り顔で説明するグレースを遮ったのは、カレンではなくシルビアだった。


「そそ、それはエルフ族の話であって、カレン様やサワタリ殿は人間なんですよ!?」 


「何を言う? 人間でも、国王が複数の妃を持つ場合があるではないか?」


「それは王族の話ですから!」


 何やら焦り気味にシルビアが言うのだが、それを無視してグレースは弘を見た。


「サワタリ。我は主を……英雄たりえる人物だと見込んでいる」


「そりゃあ……買いかぶりじゃね?」


 お調子者の気がある弘であったが、このような状況で持ち上げられても素直には喜べない。なので、否定するようなことを言うのだが、グレースは首を横に振った。


「主は、ディオスク闘技場で10連勝できる強者であり、娼婦にまで身を落としたエルフを、命がけで救うことができる男だ。ましてや異世……いや、特別な存在でもある」


 どうやら部外者のジュリアンが居ることで、異世界事情には触れないようにしてくれたらしい。ジュリアンは……と見ると、さほど興味なさそうにしているが、視線だけはこちらを向いていた。


(やっぱ聞いてるよな……)


「で、あるならばだ。サワタリ?」


 グレースの話は続き、彼女は言った。その内容を要約すると、こうだ。

 英雄たる者……いや弘ならば、複数人を幸せにできるはず。それぐらいの器量はあるはずなのだ……と。   


「その話を真に受けて、俺がカレンを受け入れるとでも?」


「さてな。今のは我の思うところを語っただけだ。わかりにくかったか? では簡潔に言おう。我はサワタリが、我と同時にカレン嬢を愛しても一向に構わぬよ……と。そう言いたかったのだ」


「ぐっ……」


 心の広すぎる発言だ。だが、その言葉を聞いてすぐにカレンを受け入れるには、弘は女性に関して普通な感覚の持ち主だった。 


(なんかの漫画かゲームの主人公なら。『がはははは! 俺様に抱かれることはイイ女の義務なんだ! だから抱かれて幸せになれ。無論、反論は聞かないがな! さあベッドが俺達を待ってるぜ~っ!』とか言うんだろうけど……俺にはレベルが高すぎる)


 ゲーム主人公と比べるような問題ではないが、弘は自分でもわかるほどに気後れしている。決断すべきだが、言葉が出ないのだ。


「俺は……」


「私は……それでも構いません」


 弘の言葉を遮る形でカレンが言う。

 それでも構わない。この一言で、場の空気が凍りついた。中でも最も凍っていたであろう人物……シルビアが慌ててカレンに詰め寄る。


「か、カレン様! お気を確かに! 国王でもない男性の第二夫人であるとか、そういうことになるのですよ!?」


「そこが気になるなら。我は別に、自分が第二夫人とやらでもかまわぬよ」


 口を挟むグレースをシルビアはギッと睨んだが、すぐにカレンへと視線を戻す。


「カレン様。マクドガル家は、どうなさいます? そちらのグレース殿の口振りでは『実家の切り盛りも、同時にこなせば良いではないか』などと言い出しそうですが……それでは周囲が納得しません。ましてや……」


 シルビアは言葉を切ったが、弘には何となくわかるような気がした。

 カレンは貴族の御令嬢である。例えば、彼女の身分で平民男性と結婚しようとしたら、周囲の反発は大きなものとなるだろう。なのに、今問題になっている相手男性……沢渡弘が、平民どころか国籍不詳の不法入国者であること。加えて、エルフ女性とほぼ交際関係でもあるのだ。この国で亜人は蔑視対象であることも考えると、周囲の反発は更に大きなものとなるだろう。

 こんな時、自分が国に選ばれて召喚された『勇者』か何かであれば良かったのに……と、弘は思ったりする。そうであったなら、カレンと交際するにしても周囲の反発は小さくなったはずだ。少なくとも、カレンにかかる迷惑はマシになっていたと考えてよい。


(いっそ、エロゲーの主人公みたいに色々ガン無視して、割り切った方が良いのかもしれんけどなぁ)


 今はまだ、割り切れるような気分ではない。何より、こんな混乱した気分のまま、大事なことを……それも、女性と交際するようなことを決断して上手くいくはずがなかった。


「あ~……ちょっといいかな?」


 女性3人で話が進んでいく中、弘は口を開いている。


「グレースの申し出に関してだけどな。今はまだ動転してて決断ができないし、その言葉に甘えるようで悪いとは思うんだが……カレンへの返答も少し待って欲しい」


「サワタリ殿!」


 叱責するようなシルビアの声が飛んだ。彼女としては、カレンに対してキッパリ断って欲しかったのだろう。弘も最初は、そうすべきだと思っていたが、グレースの一夫多妻を許容する発言により今は心が揺れてしまっているのだ。

 元の世界……日本でならば、恋愛などある程度は先着順である。先に告白を受け入れておいて、後から出てきた異性の方が好きだから乗り換える……というのは、弘の感覚では許容しがたい行為だった。


(それも『恋愛』って奴かもしれんけどよ。まあ男がやるにしても女がやるにしても、クズがやることだよな。あと、よくあるじゃねーか。『彼女より先に私が会ってたら、私のこと好きになってた?』『たぶんな……』みたいな感じのアレだ)


 先に交際していた異性も、後から登場した異性も。どちらも同じくらい好きであるなら、やっぱり先着順。それが、弘の考え方なのである。

 だが、しかし……ここは異世界だ。

 シルビアが先ほど、『一夫多妻ができるのは王族ぐらい』とか言っていたが、グレースの話では、民間ないしは部族単位では許容されることらしい。


「メル?」


「ふむ、なにかな?」


 それまで我関せずと、会話に加わらないでいたメルに弘は問いかけた。

 この世界における婚姻。民間レベルで一夫多妻というのは、どういう扱いなのだろうか?


「なるほど。二股をかけるではなく、両者とも本気で面倒見るつもりか。男前な決断で大いに結構。ならば答えよう。複数異性と婚姻が可能か? という質問については、婚姻時の宗派による。また、その婚姻が受け入れられるかについては、周囲の者達が何宗の信者であるかによるんだ」


 要するに一夫多妻や一妻多夫。その宗派が認めていれば、婚姻が可能なのである。また、婚姻に対して許容範囲の広い者が地元に多ければ、例え妻を複数娶ったとしても住みにくい環境にはならないだろう。


「当然、その逆もあるがね。まあ単に複数異性と結婚したいだけなら、そこを許容してくれる宗派を選んで入信し、好きなように結婚すればいい。君に宗派への拘りがあるなら、また別な問題が出てくるだろうがな」


「宗教に関しては特に偏見とかねーし。信仰自由の国育ちだからな。おっとそうだ。法律的には大丈夫なんすか?」


「この国では、婚姻時における夫ないし妻の人数制限はなかったはずだ。ただし、国教は光の神を指定している。教義的に重婚を認めていないから、この先どうなるかはわからんし……現状、重婚を良く思わない人間の方が多いだろうな」


「お国柄って奴っすか。それと、ゆくゆくは宗派の干渉で、法律が変わっちまうかもしれねーのか。やっぱ政教分離ってのは大事だよな」


 学校で教わったことであったが、政教分離なんて言葉を、自分の人生において実際に口にすることになるとは思わなかった。そのことに苦笑しながら、弘は腹をくくる。


(よし、決めた。これだけ条件が揃ってるんだったら、何も遠慮することもねーや! 2人でも3人でもドンと来やがれってんだ! 日本でコレをやったら重婚罪……いや、内縁関係なら、別に良いんだっけ? どのみち複数の女を食わしていくのはキツいが……)


 こちらの世界だと自分は能力者だ。若い内にガンガン稼いで、貯えておけば何とかなるはず。ここまで考えを決めて覚悟も決めると、もはや答えは出たも同然なのだが、弘は敢えて時間をおくことにした。


「取りあえず、幾つかの問題はクリアーできそうだ。あとは……そうだな。一先ず、今回の依頼を解決してから返事させてくれ。カレンも、それでいいか?」


「……はい」


 静かに……それでいて強い意志を込めた声が、腕の中から聞こえてくる。それを聞き、弘はカレンを解放した。カレンは腰を浮かせて距離を取る。が、その離れ際に「すみません。でも、大好きです」と言い残していったので、弘は束の間固まってしまった。彼女の声は囁き声であったから、他の者には聞こえていない。いや、エルフのグレースは持ち前の聴力で聞き取っていたらしく、微笑ましそうにカレンを見ていた。


 

◇◇◇◇



 さて、暫くして休息を終えた弘達は、再び螺旋階段を上りだしている。

 ノーマの見立てでは、もう少しで第2階層へ到達し、地図の上では怪しい未踏破区域がある場所にぶつかるらしい。

 そして、そのうち……戦闘音や怒号が聞こえるようになってきた。

 ガキャン! ズ……ズン!

 聞き慣れた金属音に、魔法の炸裂音だ。


「こいつはアレかな? ジュリアンが大サソリに襲われてたときに、その戦闘音を聞きつけたパターンと一緒だ」


「そうですね。どうしましょうか?」


 先ほどまでの取り乱しようが、今では嘘のように落ち着いているカレン。その彼女が冷静に問いかけてくるので、弘は唸った。


「そう……だな。取りあえずは、なるべく静かに駆けつけるか。ジュリアンの時は間に合わなかったがな。モンスターと戦闘中とかで、手助けが必要なら手伝ってやるさ」


「冒険者同士で手柄争いしてたら?」


 前方からノーマの声が飛んでくる。


「その時は、決着がつくのを待ってから……残った奴らと勝負だ。どうせ俺達とも手柄争いをしようとするだろうしな。相手の方が、一戦終えた後で疲れてるだろうが。ま、仕方ないよな?」


 この弘の案に反対する者はいなかった。シルビアは渋い顔をしていたが、綺麗事ばかりで世の中渡っていけないことぐらいは、わきまえているらしい。ちなみに、これがモンスター同士の争いだとしても、弘は同じ方針で行くつもりであった。

 そうしてヒタヒタカチャカチャと、なるべく無音で階段を上がる弘達は、数分後には螺旋階段の終点に辿り着いている。そして壁際から覗いてみると……そこで戦っていたのは、冒険者パーティーが2組。ミノタウロスのインスンが率いるパーティーと、酒場でメルから注意するべきと教わっていた騎士パーティーだった。


「けっこう広い部屋だな? あのインスンが……馬鹿でかい戦斧を振り回してるぜ」


「我が気になるのは、奥の扉だな。あれはガラスの引き戸か? 今までに見た扉とは違うようだが……」


 弘の感想にあわせて、グレースが意見を述べる。2人して扉や広間の話しかしていないが、もっと他に気にするべき事があるのではないか? 例えば、広間で戦闘中の冒険者パーティー2組のこととか……。


「いや、気にはしてるんだけどよ。でも……あいつら、もう2人しかいないじゃん?」


 弘の言うとおり、自分達がこの壁際に到達した時点で、立っているのはインスンと騎士だけだったのだ。2人の周囲には死体が幾つも転がっており、その中にはインスンパーティーのエンコウやリュークが倒れている。エンコウは六本の腕に幾つかのフレイルやシミターを持っていたようだ。リザードマンのリュークは、倒れ伏した傍らに槍があるので、それを振り回していたに違いない。他に人間の偵察士と僧侶がいたようだが、その2人もエンコウ達の近くに倒れていた。

 一方、騎士パーティーの方は遠目で見たところでは、リーダーを含めて騎士が4人、僧侶2人のパーティーだったらしい。魔法使いは居ないようで、随分と戦士戦力が強いパーティーのようである。

 手柄争いか、どちらかが一方的に喧嘩を売ったのか。ともかく2パーティーで衝突した結果、残るはインスンと騎士だけになったらしい。ちなみに、離れていて彼らの様子を観察できるのは、両パーティーが用意した松明やランタンが周囲に落ちているからだ。


「サワタリ……広間の左の方を見てみろ」


「あん?」


 グレースに言われて広間の左奥……暗い部分を見てみると、そこに巨大な物体が横たわっている。大きさで言えば、アーマーライノスに匹敵する巨体だ。雰囲気からするとトカゲか何かのように見えるが……。


「オオトッケイヤモリよりは随分とデカいぜ」


「ドラゴンではないようだが、こう暗くてはな」


 メルも観察しているが、やはり距離や暗さのせいもあってか巨大生物の正体はわからないままだ。しかし、それが死んでいるであろう事は何となくわかる。胴の右側を下にし、妙な姿勢で転がっているからだ。


「どちらかのパーティーが倒した……と思っていいみたいね。で? これからどうする?」


 ノーマが弘を見ると、残りのメンバーも弘を見た。

 こういう時に判断しなければいけないのが、パーティーリーダーの辛いところだ。何しろ、皆の安全がかかっているのだから責任重大である。


(やだねぇ。責任背負わされるなんてのはなぁ。……でも、どうする?)


 どちらかに加勢した方が良いのだろうか?

 正直なところ弘は両パーティーについて、ほとんど知らない。強いて言えば、インスンとは少し話したことがあるくらいだ。インスン側では、ダンジョン内で弘パーティーと衝突した場合。女性陣を手籠めにして、その後に食そうなどと考えていた。このことを知らない弘は、インスン達に対して特に悪印象を抱いていなかったのである。どちらかと言えば騎士パーティーにこそ、イイ気がしていなかったと言っていい。理由は……。


(なんか、エリートっぽくってムカつくから)


 というものであった。

 優等生とは言い難い少年期を過ごしてきた弘にとって、育ちが良さそうな男は気に障るし、少し苦手なのだ。などと、壁際から様子をうかがっていたところ、背を向けていた騎士が肩越しに振り返ってきた。


「なんだと! もう、ここまで来たのか!」


「え? 俺達、何か見つかるようなことしてたっけ?」


 それなりに距離はあるし、ランタンや松明も消しているので、暗視能力でもない限り騎士からこちらは見えないはず。不可解ではあったが、所在がバレた以上、隠れていても意味はないだろう。弘は、まずは自分だけで壁際から出た。念のために日本刀を召喚しているのだが、仮にインスンが向かってきたら、長巻も召喚して応戦するつもりであった。


「それにしても何してんだ、おたくら? 冒険者同士で殺し合いか? 難儀だな」


 軽口を叩きながら歩を進めたところ、呆気にとられていたインスンが騎士を指さす。


「あのなぁ! ここを見つけたのは俺達が先なんだ! なのに、この騎士野郎どもが襲ってきて!」


「ああ~、これだからモンスターモドキは嘆かわしい」


 騎士が左手で顔を押さえ、芝居がかった口調で嘆いて見せた。


「そこの君、サワタリ……だったか? 騙されないように。襲ってきたのは、このミノタウロスの方だ」


「はあっ!?」


 弘の下顎がカクンと落ちる。インスンと騎士は、両者とも相手が襲ってきたと言っているのだ。いったい、どちらの言い分を信じれば良いのか? 救いを求めて後方のメルを見るも「私に聞かんでくれ」と言わんばかりに、首を横振りしている。

 再びインスン達を見ると、双方、武器を降ろして弘を見ていた。


(なに? この気まずい雰囲気……)


 自分が何か選択しなければならないのだろうか? そう思った弘は、あることに思い当たっている。


(まさか、こいつら……俺達を味方に引き込んで、自分を有利にしようってんじゃ……)


 現状、インスンと騎士は互いに1人ずつとなっていた。ここでどちらかに加勢すれば、数の少ない方は敗北するだろう。


(いっそ、「お前らだけで戦っとけ」……とか言って、俺達だけで扉の向こうに行ったら駄目かな?)


 それをしたら、インスン達が2人がかりで邪魔をしてきそうだ。このように弘は考えあぐねていたが、彼が結論を出すよりも先に警報のようなブザーが鳴り出す。ビービーという耳障りな音が広間一杯に鳴りひびき、その場に居た者達は「何が起こるのか?」と周囲を見回していた。


「これ、警報ってやつじゃねーの? って、おい!」


 じりっと後退した弘は、インスンと騎士が仲良く駆けてくるのを見て目を剥く。そして、すぐ隣まで来て広間中央に向き直った2人に対し、口を尖らせた。


「お前ら、何でこっちに来るんだよ!? あっちで居ればいいだろ!」


「まあ、そう固いことを言うな」


 インスンがブルルと鼻を鳴らしながら言い、騎士が頷く。


「同意するのは気に入らぬが、ここは牛の言うとおりだ。アレを見たまえ」


 騎士が広間を指さすので、皆で注視していると……広間中央に、音も無くガードアーマーが2体出現した。おまけにオークやリザードマンなども出現している。


「く、空間転移って感じか? どっかから送られてきたのか?」


「そうかもしれんが。それより、ヒロシ。あのオーク達の躰を見ろ」


 メルが本来弱敵であるはずのオーク、それにリザードマンを気にしているので、あらためて見たところ……弘はオーク達が、身体を金属板で覆っているのを目撃した。


「鎧……じゃねーよな? 直接身体に貼り付いてる感じだぞ? ……さっきのサソリと同じか!」


「恐らくはな。そして次に考えるべき事は、連中が何の目的であそこに運ばれたか。そして、これから何をするのか……だ」


 どうやらメルは自分なりの推測をしているようだが、弘にも意見を述べろと言っているらしい。なんで俺が……と思う弘であったが、ともかく思いつくところを述べてみた。


「あ~……事前に警報が鳴ってたけど、警備兵を呼ぶ類のもんじゃねーと思う。それだったら、インスン達が戦ってるときに送り込まれてるだろうしな」


 弘の見解を聞いて皆が頷いている。インスンと騎士までもが頷いてるので、弘は脱力しかけたが、構わずに先を続けた。


「何かに反応して転送されたんじゃないってことは、定期的に送り込まれてるってことかもなぁ。この迷宮にモンスターを補充するって感じでさ。……てことは、ここに居たら俺達マズいんじゃないか?」


 その場に居た全員が「あっ!」と言いたげな表情になる。広間はガラス扉を別とすれば、弘達が上ってきた螺旋階段しか進む場所がないのだ。


「オークはともかく、ガードアーマーの図体じゃガラス扉は通れないだろうから……あ、やっぱし、こっちに来た」


 別に弘達に気づいたわけではないだろうが、足の速いオークが先行する形で、モンスター達が移動を開始する。進む先は言うまでもなく、螺旋階段だ。このまま壁際に留まっていると、モンスター集団を鉢合わせになるのだが……。


「仕方ねぇ、やるか……」


 弘はモンスター集団を排除することにした。せっかく時間を掛けて螺旋階段を上り、その先で怪しげなガラス扉を発見したのである。アレを調べないで、どーするのか? それを邪魔する奴は、叩いて退かせるのみだ。

 弘が方針を決めると、パーティー各員は、それぞれが戦闘態勢を取った。一方、インスンと騎士は戸惑ったように顔を見合わせている。


「お、おい。お前ら、アレとやる気か?」


「いくら何でも無謀ではないかね?」


 何を気弱になっているのか、再考を促してくるが弘は気にもとめない。


「あのデカブツなら、もう2体ほど倒してるし……周りの連中だって、要するに甲冑着込んだオークとリザードマンだろ? 倒してみせるさ」


 慢心しているわけではないし、侮っているわけでもなく……弘は迫ってくるモンスター集団の戦闘力を冷静に見積もっていた。幾つかの冒険依頼を遂行し、時には他パーティーに混じって戦い、闘技場においては10連勝。弘は、自分でも気がつかないうちに、経験と実力を兼ね備えた冒険者となっていたのである。


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