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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第6章 ダンジョン探索!
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第百六話 クリュセダンジョン(7)

 大サソリが動かなくなったのを確認した弘は、モールをアイテム欄収納してから、壁際で居る女魔法使いのところへ移動する。

 彼女らの物と思われる松明を拾い上げると、弘は相手を確認した。そこでへたり込んでいるのは、ウェーブがかった栗色の髪を肩まで伸ばした女性。年の頃は二十代前半だろうか? メルのような魔法使いがよく着用するローブ姿で、杖は……。


「あれか……」


 少し離れた場所で、中程から折れ飛んだ杖らしきモノが見える。メルに聞いた話では、杖がなくとも魔法は使えるが、自力で魔力制御を行うため、発動までの時間が長くなるのだそうだ。


「おい、あんた大丈夫……なわけないか」


 自分以外の仲間を大サソリに喰われ、それを目の当たりにしたのである。精神的なショックは弘の想像を超えていた。


(仲間が目の前で次々死ぬってのは、ゴメス山賊団の時に経験してるけど……喰われるってのはなぁ……)


「サワタリさん!」


 女魔法使いが何か反応を示すのを待っていると、駆けつけたカレン達が弘の周囲に集まってくる。


「ふむ。私の魔法では、尾の改造部分を破壊できなかったか。しかし、想定していた以上に上手くいったな」


「メルのファイアーボールのおかげっすよ。俺、危うく熱線でジュッ! って、やられるところだったし」


 メルに大して言った言葉は謙遜ではない。本心から出たものだ。

 あのとき、メルのファイアーボールが間に合わず、大サソリの熱線照射をくらっていたら……弘は無事では済まなかっただろう。


(もっと上手い手を考えないとな……)


 大物に対して弘が単独で突撃し、他メンバーは後方より支援攻撃。カレンは後方のメンバーとして残り、不測の事態に備える。ガードアーマーや大サソリとの戦いで確立しつつある、弘パーティーの必勝パターンだ。しかし、この戦法だと弘が敵の攻撃をほぼ一身で引き受けることとなる。先ほどの大サソリだって、メルの助けがなければ危ないところだった。


(その危ないのを防ぐために、後方支援がある……と言えば、それまでなんだが。俺が1人で矢面に立つって事に変わりないしなぁ)


 欲を言えば、弘自身の防御力に余裕があればいい。最近になって追加されたボディーアーマーに期待したいところだが、考えてみれば怪獣まがいのモンスター達を相手に、現実の軍隊で使われる防具が役立つだろうか?


(厳しいなぁ。けど、無いよりマシなんだから、ガンガン使っていくしかないな)


 レベルアップにより防御力が向上するそうだし、現物を超える性能が見込めるはずだ。


(やっぱ防御に関しちゃレベルアップしないと話にならねーのか……)


 物思いにふけっていると、ノーマが女魔法使いの顔を覗き込んでいる。


「……どうかしたか?」


「……ヒロシ。クリュセのギルド酒場でメルが話してたこと、覚えてる?」


 確か王都でも噂になっている、有名な冒険者パーティーが3組も居る……という話だった。騎士をリーダーとしたパーティー、盗賊ギルド筋の女性パーティー。そして、ミノタウロスのインスン率いる、亜人やモンスターの混成パーティーだ。

 それらの中で該当しそうなのは、盗賊ギルドの女性パーティーだろう。


(騎士パーティーに女は居なかったし、インスンのところにいた女はダークエルフだものな)


「ん……まあアレだ。こんなときに、噂で聞いた話とか言ってる場合じゃねーし? そこは気にしないでいこーぜ?」


「そうね。それがいいと思うけど……」


「けど……なんだよ?」


 ノーマが腑に落ちない表情をしている。女魔法使いの前では言いにくいことなのだろうか? 弘は女魔法使いをカレン達に任せると、ノーマと共に少し場を離れた。


(「何か気になることでもあんのか?」)


(「ん~……クリュセのギルド酒場で彼女を見た時とね。今の彼女では、雰囲気が違うような気がして……」)


 それは違って当たり前だろう……と、弘は思う。前述したとおり、彼女は目の前で仲間を喰われているのだ。ショック状態になったとしても、おかしくないではないか。


(「そうなんだけど。それにしても、ヒロシ? 今度はどうするの? また探索を中断して、地上まで送り届けるつもり?」)


(「その問題があったか……」)


 もちろん、女魔法使いを見捨てるのは性に合わないが、かと言って探索を中断するつもりもない。いちいち、遭難者を送り届けていては冒険者稼業は成り立たないのだ。


(「探索は続ける。だから……彼女には、俺達についてくるかどうか決めて貰う」)


(「……彼女が、どうしても引き返すって言ったら?」)


 意地の悪い、しかし現実的な質問をノーマが投げかけるので、弘は暫し沈黙した後でこう答えた。


(「その時は……彼女の好きにして貰う。引きずって歩くわけにはいかないし、俺のアイテム欄は生き物を収納できないからな」)


 基本的に見捨てる気はない。だが、本人がどうしても嫌だと言うなら、この場に残ろうが、1人で地上へ戻ろうが彼女の勝手である。そういったことをノーマと話し、皆のところへ戻ってみると……女魔法使いが立ち上がっていた。


「おう、あんた。もう大丈夫なのか?」


「ええ……気を遣わせてごめんなさい」


 多少声に力がないものの、受け答えは普通にできている。背丈はシルビアと同じくらいだろうか。ノーマよりは低いが、長身の部類ではある。


「それでな? あんたには悪いが、俺達はこのまま先に行こうと思う。ついて来たいなら、ついて来てくれて構わないが……」


 そうでないなら置いていく。

 その意味を込めて言ったところ、弘のパーティーメンバーは特にコメントしなかった。どうやら、今言った方針に異存はないらしい。

 暫く返事を待つと、女魔法使いはジッと弘を見て言った。


「……あなた達について行くわ……。私、精霊使いなの。きっと役に立てると思うから……。それで、その……お願いがあるんだけど……」


 言いにくそうにしながら、彼女は周辺に転がる女性達の死体を見る。弘には彼女の言いたいことが解るような気がした。


「仲間の遺体の回収を手伝えってか?」


「みんな善人じゃなかったけど、仲間だったの。お宝目当ての冒険者に、余計な荷物を運ばせることになるのは……その、申し訳ないのだけれど。私なら、何でもするから……」


 口調は静かだが、そこにこもる気持ちは重い。仲間を思う気持ちに関して、ましてや死んだ仲間を思う気持ちについて、弘はよく理解できるのだ。なので、震える声で言う女魔法使い……もとい女精霊使いに対し、弘は言った。


「ああ、いいぜ? 任せとけ」


「はっ?」


 それまで暗く重い雰囲気だった女精霊使いが、顔を上げて弘を見る。その彼女に弘は、努めて明るく答えた。


「とある秘訣があってな。俺は、大荷物を持ち運ぶプロなんだぜ?」


 もちろん、アイテム欄収納の能力をあてにしてのことだ。容量にどれ程の余裕があるのか、それとも限界がないのか。今のところ不明であったが、女性数人分の遺体を収納するなど造作もないはずだ。


(今のところ、アイテム欄には食料とかも放り込んであるけど。収納表示ごとの個別保管になってるみたいだからな。死体と一緒でも問題ないだろうぜ)


 チラッと衛生的な問題について考えた弘は、素早く問題なしの脳内決裁をし、皆を見回した。


「そんなわけで彼女の仲間の遺体を回収しておくぜ。食料とかとは、別保管になってるから気にしないでいい」


 皆が頷く。どの顔も肯定的な表情なので、決断を下した弘も気が楽だ。さっそく通路に点在する『かつて女性だったモノ』に近づいていく。が、その背後では女精霊使いが何やら騒いでいるようだ。


「死体は数人分なのよ? それを回収したまま探索を続けるだなんて……」


「大丈夫だ。さっき自分で言っていたが『大荷物を運ぶプロ』か? 大仰な言い方だが、彼に任せておけば問題ない」


 グレースが説明してくれている。その口調が誇らしげなので、弘は『大荷物運びのプロ』などという言い方をしたことを後悔した。


(その場のノリで言っただけなんだが……。真面目に肩を持たれると、恥ずかしくなってくるぜ)


 そんなことを考えているうちに、第一の死体前へ到着する。黒毛の短髪で、生きていればボーイッシュ……いや、男装の麗人的な女性だったのだろう。しかし、今や胴体だけが転がっており、胸甲も噛みちぎられたのか大きく破損していた。


「もったいないねぇ……美人さんなのに」


 生前の彼女に関しては、ギルド酒場でチラッと見かけただけであり、メルからは悪い噂話を聞かされただけである。だが、一度も話すことがなかったせいか、弘はこれと言って悪印象を持っていなかった。

 彼女の肩に手を触れ、開いたアイテム欄で収納選択をしたところ、遺体は音もなく消える。


「な、なに? 死体が消えた?」


 女精霊使いの驚く声が聞こえる。弘は、「アイテム欄収納に関しちゃ話さなくていいか」などと考えつつ、アイテム欄の表示を確認した。表示名はカサンドラ。どうやら、今収納した女性の名前らしい。


(なるほど。今までは正体の知れてる物ばかり放り込んでいたから、名前が表示されるに関しちゃ気にしてなかったが。こうして収納すると、それについて知らなくても名前が……いやこれ、鑑定とかに使えるんじゃね?)


 思わぬ能力の使い道を発見! と思ったものの、考えてみれば名称がわかるだけなのだ。やはり対象物解析の能力レベルを上昇させた方が、鑑定の役に立つだろう。ちなみに、先ほど収納した雷剣は、『いかづちの剣』という名称だった。さっきは単に収納しただけだったので、表示名を確認していなかったのである。


「……次にいってみるか」 


 弘は女性パーティーの遺体を回収していった。回収できた遺体は、全部で4体分。


(彼女らのパーティーは確か、戦士・戦士・僧侶・偵察士・魔法使いの5人編成だったっけな?)


 メルが説明したくれた時。素行が悪い女性パーティーだと聞かされており、それが印象に残っていたので弘はパーティー編成まで覚えていた。このうち、魔法使いに関しては精霊使いの間違いである。

 弘はアイテム欄を展開すると、回収した冒険者達の名前を確認した。


(最初に回収したのが戦士のカサンドラ。次に偵察士のアリシャ……小柄で可愛い系だったろうに、見る影もなかったなぁ……。次は二人目の戦士、ドミニク。……酒場で見たが、黒ロングで片目を隠した感じのお姉さんだったか。……右足しか残ってないってのがなぁ……)


 大型モンスターに捕食されたらこうなるのだろうが、人体がこうも損壊されているのを見ると、さすがに気分が悪い。


(刀で斬ったり、拳銃で撃ったりしてる時は平気なのに……。さて最後だ。4人目は、右腕だけ回収できた人か……)


 名前はジュリアン。職業は……魔法使い。


「はぁ? え、ええ?」


 思わず声に出してしまった。弘は、最後の1人を僧侶だと思っていたのだ。先ほど述べたとおり、この女性パーティーの編成は戦士2人、僧侶1人、偵察士1人、魔法使い1人の計5名。

 助けた女性は、自分は魔法使いではなく精霊使いだと言った。メルによって有名パーティーらの説明を受けたとき、彼女は席を外していたのだろうか?


(実は6人パーティーでした……ときても不思議はないか。同姓同名の別人だって可能性もあるし) 


 そこまで考えた弘は、先ほど助けた女精霊使いの名前を、まだ聞いていないことに気がついた。


「一応、確認しておくか……」


 すべての遺体を回収し終えてから通路を戻り、皆の居る場所へ移動する。女精霊使いは驚きの表情で弘を見ていたが、弘は逆に彼女の顔を覗き込んだ。


「え!? あの……」


 いきなりの行動に女精霊使いが身を引く。カレン達も驚いている様子だ。


「サワタリ殿? 彼女が、どうかしたのですか?」


「うん。実はな、彼女の名前を聞いてなかったのを思い出したんだ」 


 シルビアに答えると、皆の間に「ああ」といった空気が生まれた。確かに、女精霊使いを助けてから誰も彼女の名前を聞いていない。


「女精霊使いって呼ぶのもいいが、いちいち長ったらしいだろ? で、まあ名前を聞いておきたいってわけよ。そんなわけで、俺の名前はヒロシ・サワタリだ。そっちは?」


 適当に理由を述べて、自分から名乗る。女精霊使いは、弘や他のメンバーををチラチラ見ながら答えた。


「ジュリアンよ。よろしく……」


「へえ……」


 思わず『怪訝そう』な声色が出そうになり、弘は必死の思いで自制しながら考えている。


(4番目に回収した遺体と同じ名前か……)


 考えられる可能性としては、ジュリアンは弘達が知らなかった6人目のメンバーであり、亡くなった魔法使いジュリアンとは同名の別人。そうでないとしたら、まったくの無関係者がジュリアンを騙っていることになる。


(サスペンスだねぇ……。なんて言ってる場合じゃないか。どうしたもんかな、これ)


 弘は、自他共に認める『お馬鹿さん』だ。こっちの世界に来てレベルアップを繰り返し、『知力』『賢明度』の数値は上昇しているものの……気質的には、アレコレ細かく考えるのが性に合わない。

 このまま泳がせて様子を見る手もあったが、弘としては『まどろっこしい』気がして気に入らなかったのである。


「それにしても驚いたわ。人間数人を跡形もなく消すだなんて。アレって、消したんじゃなくて、どこかで確保しているの?」


「うん、そんな感じだ。言ったろ? 大荷物を運ぶプロだって。それでな、死体をギルドか寺院まで運ぶのは良いとして、彼女らの名前を聞いておきたいんだ。ほら、俺達だっていろいろ聞かれるかも知れないだろ?」 


 ジュリアンの質問を適当に受け流しながら、弘は女性パーティーのメンバーについて聞いてみた。


「確か、あんたのパーティーは5人編成だよな? 王都でも有名だって聞くぜ?」


「え、ええ。そうよ。5人いたわ。ずっと5人でやってきたの……今日まではね」


 そしてジュリアンは、パーティーメンバーの名を列挙する。戦士は、カサンドラとドミニク。偵察士のアリシャ。僧侶のフローリィ。

 これで、彼女が嘘をついていることがほぼ確定した。

 弘が回収した4人の中に僧侶は居ない。フローリィという僧侶が実在したとしたら、目の前のジュリアンを加えて6人編成ということになる。なのに、ジュリアンは5人編成だと言っているのだ。

 さらには回収した4人の中に、ジュリアンという名の魔法使いが居ること。


(もはや疑いようもないな。まったく関係のない誰かが、盗賊ギルドの女性パーティーに潜り込んで、名前と身分を騙ってるんだ)


 消えた女僧侶のフローリィに関しては、大サソリに喰われるか、それとも一人で逃げるかしたのだろう。

 では……このジュリアンを名乗る女性をどうするか?

 この場で嘘を突き崩し、彼女の身柄を拘束するか?

 情報を漏らすぐらいなら舌を噛んで死ぬ……というのは考え過ぎかもしれないが、性急に事を運ぶと失敗しかねない。考えあぐねた弘は、とにかく先へ進むこととし、先頭をいつものようにノーマ、中列(戦闘時には最前列)には弘とカレン。3列目を左からメルとシルビア。最後列を左からジュリアンとグレースという配列にした。

 そして出発間際、少し離れたところでグレースを呼び、まず彼女に事情説明をする。もちろん、ジュリアンには聞こえないよう配慮したのは言うまでもない。


「そういうわけでな。あのジュリアンは怪しい。何を企んでるのかはわからんが、注意しなくちゃな」


「うむ。サワタリが、我を彼女の隣に配置した理由も理解できるぞ?」


 モンスターとの遭遇戦が予想される以上、弘は勿論のことカレンだって後列に下げるわけにはいかない。残ったメンバーでジュリアンを監視することになるが、そつなくこなせそうなノーマが先頭から動かせないのだ。だから、不意にジュリアンが何かしでかた時、素早く対処できそうなのはグレースしかいなかったのである。 


「我は複合弓以外に、短刀も持っている。妙な真似をしでかしたら、牽制ないし邪魔くらいはできるはずだ」


 その後、弘はダンジョン通路の移動中に、何のかのと理由をつけては他のメンバーをカレンと交代させ、ジュリアンに関する懸念を語っていった。皆、真剣な表情で聞いており、しかし元の配置に戻ったときは、素知らぬ顔をしている。

 これならば、ジュリアンが何かよからぬ行動に出ても、完全な不意打ちにはならないだろう。


(でもって、みんな『暫く様子を見る』派か……)


 シルビアやノーマは問い詰める方に傾くかと思ったが、彼女らが様子を見ると言ったので、弘は少なからず驚いていた。理由を聞いてみたところ、ノーマの場合は「これほどのダンジョン深部で、そういった偽装をする以上。何らかの目的があるはずよ。様子を見た方がいいわ」とのことで、シルビアは「私達を裏切る気がある……と仮定して、どのタイミングで行動に出るかに興味があります。私達は、彼女を全員で警戒しているわけですから、行動に出た彼女を即座に封じることで……何らかの効果が生まれるかもしれません」といった具合。2人とも、おおむね同じ事を考えており、そのことは弘にしてみれば面白く感じられた。

 こうして一通りの根回しを終えた弘であるが、気晴らしもかねてメルとダンジョンのモンスターについて話している。最初、このダンジョンでは生物系モンスターの他に、ゴーレムが出ると聞いていた。しかし、ガードアーマーは出没したが、ゴーレムはまだ見かけていない。


「私が思うに……ダンジョン内の出現モンスターが、ここ数日の間で大きく様変わりしているのではないか? 例えば、話に聞いたゴーレムは見かけないが、これまで噂にも聞いたことがないガードアーマーなるモンスターが出没している。そして、あの装甲大サソリだ」


「大サソリか……ここまで潜ってこられる冒険者パーティーを殲滅するような奴だったんすよね。最初に後ろを取って攻撃できて、マジで良かった」


 距離があるうちに正面切って戦うことになっていたらと思うと、ゾッとする。軽く身震いをした弘は、表情を引き締めてノーマについて歩き続けるのだった。



◇◇◇◇



 その後暫く、ジュリアンを名乗る女精霊使いは行動をおこさなかった。

 幾度か出てきた生物系モンスターとの戦いでも、精霊魔法を駆使して戦ってくれている。

態度もそれほど悪くはなく、口数が少ないのが無愛想に思える以外は極普通の女性だった。


(俺がアイテム欄収納を見せたときには驚いてたようだけど。驚いたら素の性格が出たって感じなのか?)


 だとしたら、今の態度は三味線を弾いているのだろうか? 判断がつきかねるが『パーティーが自分以外全滅し、通りがかった別パーティーに仮参入した』以外の要素が見受けられないので、弘は内心首を捻ることしきりである。


(このジュリアンが、パーティーの人数を誤魔化してるってだけが確実な情報か。あと、回収した遺体の中に、ジュリアンって名前の女魔法使いが居るってのもあったな)


 やはり置いてくるべきだったかもしれない。そんな風に頭を悩ませながら、歩いていくと、前方に上り階段が見えてきた。


「上り階段って……何処に行くってんだよ?」


 弘は引きつったような笑いを浮かべて呟く。自分たちはここまで、まめに迷宮内を踏破し、下へ下へと下りてきたのである。上り階段なんかに用はないのだ。


「いや、待てよ? 待て待て。みんな止まってくれ!」


 階段を無視しようとした弘であったが、一瞬前までの考えを否定する。ダンジョン探索系のゲームを思い浮かべてみれば、こういったことは良くあることなのだ。


「例えば……。ノーマ? この辺の地図とかって書いてるんだよな?」


「もちろん。見てみる?」


 戻ってきたノーマが手書きの地図を見せてくれるので、皆が円陣を組む形で集まってきた。その中でカレンが、不思議そうにしながら聴いてくる。


「サワタリさん? 地図がどうかしたんですか?」


「いやな、俺の世か……じゃなかった国でだとな。こういう風にダンジョンの下まで潜ってから、突然現れる上り階段ってのは何か意味があるもんなんだ。例えば今居る地点の真上……どこかの階層で、探索できてない部分につながってたりな」


 弘の説明を皆がホウホウと聞き入っている。と、ここでノーマがパンフレットの地図をめくりだした。


「ちょっと待って! あるわよ! 第2層に探索されていない広い区域が!」


 正確には、それまでの各階層にも少しずつ未探索箇所があるのだが、ノーマに言わせると、何かの構造物が壁で囲まれている部分らしい。


「例えば、その部分を階段が通っている……とかね?」


「なるほど。そして、この階段はパンフレットにも載っていないし、先日助けた冒険者達も知らなかった。何かあるって思うよな、普通?」


 問いかけるように言いながら皆を見回すと、一人も余さず頷きが返ってきた。いや、1人だけ挙手している者がいる。

 ジュリアンだった。


「なにか意見でもあんのか?」 


「ええ。この7階層で、新たに出現したモンスターを2体も倒して、さらには地図が更新できたんでしょ? 今回は、この辺で地上まで戻ってみてはどうかしら?」


 このとき、パーティーの中で「なに言ってんだ、こいつ?」といった、呆れたような、あるいは信じられないモノを見たような雰囲気が充満する。それを代表して、弘はジュリアンに言った。 


「すまんが、そうはいかない。こんなあからさまに怪しい階段、その先を調べないでどーすんだ? 悪いがつきあって貰う。嫌なら、ここで待ってるか……今からでも1人で帰るんだな」


 我ながらキツイ物言いだったかと思うが、自分たちは別にジュリアンのために行動をしているのではない。あくまでも、依頼遂行のためにダンジョン探索をしているのである。

 弘は、ノーマに先行するように言うと、皆と共に歩き出した。チラリと後方を振り返ると、どうやら諦めたのかジュリアンが歩いているのが見える。


(恩着せがましいことを言う気はないが、もうちょっと自分の立場ってもんをわきまえて欲しいもんだぜ)



◇◇◇◇



 階段は最初こそ真っ直ぐの上り階段だったが、途中から螺旋階段に変貌した。そして、これがまたかなり厳しい。実際は約5階層分なのだろうが、延々と続くように感じられる階段の前に、魔法使いのメルはもちろんのこと僧侶のシルビアまでもが、何度も足を止めている。

 割合元気そうなのがグレースとジュリアンで、平気そうにしているのが弘とカレン、それにノーマだった。  


「ふむ。意外だな。躰が鈍っているとはいえ、我は体力にそこそこ自信があるのだが……人間の精霊使いが、ずいぶん余裕そうではないか?」


 グレースが隣を歩くようになったジュリアンに言っているが、ジュリアンは疲れが出てきているのか返事をしない。グレースは肩をすくめると、再び黙々と階段を歩き出した。

 その彼女らの様子を肩越しに観察していた弘は、さらに後方を歩くメルとシルビアを見て渋い顔をする。暫く前にも休憩したのだが、2人ともまたしても体力に限界が来ているようだ。


「よし、この辺で暫く休憩するか」


 小休止を告げると、弘は率先して階段に腰を下ろす。階段は一段一段の奥行きが広く、腰掛けるどころか寝そべることさえできた。さすがに一段に全員が……というわけにはいかないので、何段かに分かれて休憩することとなる。

 一番高いところにノーマが座り、すぐ下の段に弘が座った。そして弘の左右に、カレンとグレースが腰を下ろす。2段ほど下にはジュリアンが居たが、少し離れて左右にシルビアとメルが腰を下ろしていた。ジュリアンを警戒してのことかと思ったが、どうやら、そこまで上ってきたところで足に来たらしい。


(そういや、俺の召喚タバコでシルビア達の体力とか……あ、駄目か)


 確か召喚品説明で、弘の躰から離れた瞬間にタバコは消滅すると書いてあった。つまりは他人に吸わせて体力回復や、怪我の治療をすることができないのである。

 少々ガッカリしていると、カレンがお尻をずらして間隔を狭めてきた。


「どうかしたか?」


「いえ……あの、ですね。私、サワタリさんとダンジョン探索ができて凄く楽しいです!」


 突然何を言い出すのかと思っていると、カレンは、初めて見たガードアーマーや、大サソリに対して弘が臨機応変、かつ圧倒的に戦っていた様について褒めてくれた。カレンほどの美少女に褒められると悪い気はしないが、ここでグレースが絡んでくる。 


「うむ。さすが我が見込んだ男よ。サワタリ、やはり主とは一緒にいたいものだ」


 美少女の次は美女だ。鼻の下を伸ばさないよう気を引き締める弘であったが、一つ気になることがあった。グレースは今、弘のことを『主』と呼んだのだ。ぬし……という呼び方は、娼館で居たときにはよく言っていたように思うが、こうして冒険者として行動を共にするようになってからは言っていなかったように思う。今また、『主』と呼んだのには何か意味があるのだろうか?

 そのことについて弘が聞くと、グレースは頷いてから説明した。

 主という呼び方は娼館で居たときに仕込まれた、客を呼ぶときの呼称である。娼館の指導員らが言うには、グレースには武人肌の気品があったので、そういう物言いが似合うとのことだった。


「我としては、よろしくない過去の残滓であるからな。サワタリに身請けられてからは、その言葉を封印していたのだが……」


 冒険者としてパーティーを組み、弘の言動や戦いぶりを見るにつれ……弘こそが自分の全てを委ねてもかまわない、いや、すべてを投げ出して捧げたい男であると確信したのだ。


「それ故に、我はサワタリを主と呼ぶ。この世に存在する他の誰でもない主だけが、我のよりどころ……愛すべき男なのだからな」


「うっ……」


 愛すべき男。ここまではっきり言われると、弘としても言葉に詰まる。いや、赤くなる。そして気がつくと、いつの間にかパーティーメンバーの耳目が2人の会話に集中していた。中でも、すぐ隣に居るカレンからの視線が痛い。

 ここは、どういう反応をするべきか。

 チャラけた態度で流そうとするのは最低の愚行だ。それぐらいは弘にだってわかっている。


(元々、グレースはお試し的にパーティー参加してたんだよな。それが、冒険中にアタックしてくるとは……俺なんかが、そんなにいいのか?)


 我が身を振り返ってみると、腕っ節は立つのは自覚しているものの、グレースのような身持ちが堅そうな女性から好かれる要素はないように思える。

 だが、グレースは、そんな弘を愛していると言ってくれたのだ。


「グレース?」


「なんだ? 主よ?」


 緊張している弘とは対照的に、グレースは余裕の構えである。ひょっとしたら皆の前で告白に近いことをして、開き直っているのかもしれない。 

 その彼女に弘は言った。


「俺はグレースに初めて会ったとき……。……こういうのを面と向かって言うのは恥ずかしいんだが、つまり憧れてたんだ。まあアレだな、高嶺の花的な存在だと思っていた。だから、そんなあんたから『愛すべき男』なんて言われて、正直言って凄く嬉しい」


 この言葉を聞きグレースの表情が眩しく輝く。そして、カレンが愕然としている様が見えて、弘は胸が痛むのを感じていた。


(畜生、なんだってんだ)


 自分は考えに考え、本心を述べているつもりだ。なのに、胸が痛むのである。グレースに対して感じている感情を、カレンにも感じているのか? そう思うと、自分の節操の無さに呆れるが、今はグレースとの会話を優先すべきだった。


「だがな、あんたにそう慕われていてもだ。俺は……俺の方は自分自身にまだ自信が持てない。いや、闘技場で連勝してたぐらいだから腕っ節には自信があるんだけどな」


 自信がないのは、1人の男としての大きさなのだ。元の世界においては、何処にでもいる平凡なチンピラだった自分が、エルフの美女……それも、氏族を長として率いていたグレースに釣り合うのか?


「グレースの判断や決意とか気持ちとか。そういうのを軽く見てるわけじゃないんだ。上手く言えないが……俺は、もっとデカイ男になりたい。そうでなくちゃ……。だからよ、だからこそ俺は、暫く1人でやっていきたいんだ」


 日本で居たとき。自分は1人でジタバタしていたが、何も前には進まなかった。だが、この世界での沢渡弘は、勇者のような主役を張れる存在ではないにしても、召喚術士という変わり種だ。その能力は強力であり、この先死にものぐるいで頑張れば、更に向上することだろう。


(もっと……もっとだ)


 1人で暫く修行すること。それは以前から予定していたことであったが、今このとき、単に強くなりたいだけではなくグレースに釣り合う男になりたい。そういう動機が弘の中で生まれたのだった。

 この弘の言葉に感じるモノがあったのか、グレースは微笑みながら頷く。


「ふふふ、我は今の主で充分なのだがな。だが、男子の決意を妨げるのは私の女が廃る。どうぞ主の思うようにしてくれ。我は待っているからな。それに、仇討ちを手伝ってくれるという約束もある。諸々期待させて貰うぞ? 我が主、ヒロシ・サワタリよ?」


「わかってくれてありがたいんだが、プレッシャーかかっちまうなぁ」


 そう言って弘が頭を掻くとグレースが笑い、つられるようにメルが笑って、パーティー内の空気が軽くなった。そうした空気の中、面白くなさそうにしていたのがノーマであり、幾分表情を暗くしていたのがシルビアである。

 そして……俯きながら唇を噛みしめていたのが、カレンであった。


(サワタリさんが……グレースさんに取られちゃう。2人は……お似合いに見えてるけど、そう思っている時点で、私、失恋したってことなの?)


 グレースが告白し、弘は彼女の気持ちを受け入れつつ自分を磨くと言った。ならば、2人は相思相愛であって、もはやカレンが口出しできる隙は無いように思える。だが、ここで諦める気にはなれなかった。

 今居るメンバーの中で、最初に弘と会ったのは自分とシルビアであり、弘と最初に旅をしたのも自分達なのだ。さらに言えば、弘に聞いたことがあるのだが、異世界からの転移事情を話した女性は、カレン達が最初であるとのこと。


(そうよ。私……私、ずうっと前からサワタリさんのことが好きなんだもの!)


 そこまで考えたとき。カレンは頭の中が真っ白になった。そして気がつくと……隣に居た弘を抱き寄せ、口づけていたのである。


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