第百四話 クリュセダンジョン(5)
「ふむ。見事に潰れているな」
メルがガードアーマーの残骸を、手に持った杖の先で掻き分けている。
モールの一撃により叩き潰されたガードアーマーを調べていたのだが、あちこちをいじった結果……何も解らないことが判明した。
「こういったカラクリ系のモンスターは、以前より何体も確認されていてね。その都度倒されたりているわけだが……部品や残骸を調べても、これと言った情報を得られた試しがないらしい」
これら残骸のうち持ち帰られた物は、宿場町に流れて土産物屋で売られたりしているとのこと。このガードアーマーの部品類も、それらと似たような部位があると言うだけで、他のことは全くの不明だった。
「やっぱ古代文明は難しいってことっすか?」
「ま、そういうことだな」
弘が聞くとメルは頷く。
今ここで出来ることは、宿場町で売るために部品を拾っていくぐらいだ。訳がわからない金属の塊という点では、これまで拾得された物と変わりがないので、メルが言うには高値は期待できないらしい。
「かさばるし重いから、大した量は持ち歩け……むっ?」
すでに興味なさげにしていたメルは、途中で言葉を切ると弘を見た。そして、ここまでの会話の流れで思い当たることがあったのか、カレン達も弘を見る。
「ああ、なるほど。俺のアイテム欄収納なら、こいつを持ち運べるかも……ってんだろ?」
言いつつ弘は、目の前の残骸を見た。
現状、弘は小型の馬車一杯分ぐらいの物資を、アイテム欄に収納している。通常のコンピュータRPG等では、持ち運びできるアイテム数に上限があるものだ。さて、この収納状態から、ガードアーマーを丸ごと追加収納できるものだろうか?
「……試してみるか」
弘はガードアーマーの残骸前に立つと、ステータス画面を開き、アイテム欄を展開してから収納コマンドを選択した。
「……ん~と、おう。収納選択は出来るのか。画面に表示が出てるぜ。……ガードアーマーの残骸? そのまんまかよ。あとは……上手く収納できるかだなぁ」
ランタンと松明の明かりで照らし出された残骸を見ながら、弘は呟く。これまでに試した中では、獣でも虫でも、とにかく生物はアイテム欄に収納できなかった。この残骸は、こうなる前も、そして今も生きてはいないのだから問題はないはず。
特に気負うでもなく、軽い気分で試してみたところ……音もなくガードアーマーの残骸が消えた。
「あんな大きな、鉄の塊が消えた!?」
グレースの声が聞こえる。アイテム収納を見慣れているはずのカレン達も、今の収納には驚いているようだ。そして、弘自身も驚いている。
(ちゃんとアイテム欄に『ガードアーマーの残骸×1』って表示されてるし。いったい、何処まで収納できるんだ?)
これほどの物量を持ち歩けるというのに、MP消費などの代償がない。ゲーム等では何も消費しない代わり、収納量に上限が存在したり、重量オーバー時は動けなくなったりするするのだが……弘には、それがないのだ。
(これは『そういうものだ』で済めばいいけど。俺の知らんところで、何か減ってるモノがあったら嫌だよな)
後日に行うレベル上げでは、こういったことも一応調べるようにしよう。そう考えをまとめた弘は、皆を見回した。
「じゃあ、先に進もうか? 教えて貰った地図で、第7層の途中まで行くんだ」
◇◇◇◇
第6層を足早に通過し、第7層へと到達する。と言っても、通路の光景は今までとは変わり映えがしない。どこかの研究施設か、弘に言わせれば大きな作業用通路のようだ。
「この辺も、あらかた探索済みか?」
ノーマについて歩く弘は、周囲を見回す。
通路の左右で時折出てくる扉は、すべて解放されており、部屋の内部には特に気を引く物がなかった。強いて言えば、日本で見かけられるオフィス椅子であろう。いくつかまだ使えそうな物があったので、弘はアイテム欄に収納していた。
(割に綺麗だからな。汚れを落として、油とか差したら普通に使える。ってことは、高性能椅子ってことで売り物になるかも!)
これらが残置されていたのは、第7層から大荷物を持って帰るのが難しいからだ。どうせなら、金目の物を持って帰りたいというのは、冒険者に共通する人情であろう。
そういった実りの少ない探索行を続けていた弘達であるが、先日助けた冒険者等から教わった最後の地点に到達すると、これからどちらに進むかを協議した。
「こういうことは偵察士のノーマに任せればいいんじゃねーの? マッピングとかの都合もあるだろうし」
この弘の提案が皆に受け入れられ、この先の進行についてはノーマが仕切ることとなる。と言っても、特に変わった方法でマッピングするのではなく、基本的な右手法によるものだ。
「基本は大事よ? こうして右側の壁伝いに動いていれば、戻る場合に迷うことがないもの」
そう言いながらノーマは、パーティーを先導して歩き続けている。そうして10分ほどが経過した頃。弘達の視界に、開いていない扉が見えてきた。ノーマが右手を挙げて止まるよう指示を出し、自らは先行して扉前に立つ。その後、彼女は扉周辺を調べていたが……。
「駄目ね。私じゃ、どうにもならない。みんな、来ていいわよ? 罠はないみたいだから」
呼ばれて扉前まで行くと、その扉は今までとはサイズが違うようだ。両開きのスライド式なのだが、人が出入りするには大きめだし、大型モンスターが出入りするには小さい。
「メル? 古代文字みたいだけど、これ……読める?」
ノーマが指さしたのは入口上部の金属プレートで、何か横文字が彫り込まれているようだ。メルが見上げるのにつられて弘もプレートを見上げたが、訳のわからない文字が並んでおり読めたものではない。
(実は日本語でした……とかいうオチを期待したんだけど。そう上手くはいかないか)
メルの解説によれば、魔法術式の紋様を組み合わせた表示であり、このダンジョンが運用されていた時期においても、通常は使用されない文法だとか。
「ある程度の魔法を学んだ者なら読めんこともないだろう。私は読めるがね」
では、何と書いてあったのか?
「『魔法付与した品を資料として扱うにあたり、当該区画を専用倉庫とする』か。文字数が少ないのに長文だな。……現在の魔法文字の文法に直すと、魔法物品資料倉庫と言ったところか」
これを聞いてパーティーは大いにどよめいた。古代人にしてみれば単なる資料品倉庫であろうが、弘達からすれば紛れもなくお宝部屋である。ただ、気になるのは、さほど奥まってもいない地点にある倉庫が、何故今まで開放されなかったのかだ。
「はい! 凄く頑丈な扉で、開けられなかった!」
挙手したカレンが、元気よく言った。
確かに、頑丈と言えば頑丈だろう。閉じたままの扉はまったくの無傷だが、周囲の壁や床には無数の刃物傷や打撃痕があり、中には魔法攻撃によるものか焼痕まであったのだ。これは戦士達が武器を叩きつけ、魔法使いが魔法攻撃をしたことを意味する。
「……扉を狙ったけど弾かれて、周りの壁や床にダメージが行った……というところかしら?」
扉表面を撫でるように触っていたノーマが、忌々しそうに呟いた。
この扉、偵察士であるノーマが「鍵穴とか無いし。周囲にも、蓋が開いて仕掛けが出てくる……とか、そういった物がないのよ。本当に手の出しようがないわ」と述べるぐらい、扉の合わせ目ぐらいしか目立つものがない。
まさに、色んな意味で『頑丈』と評して良い扉であった。
「俺が力ずくでやって、何とかなるかな?」
弘が召喚したバールを引っかけようとしたが、合わせ目に先端が入らない。確かに隙間はあるのに、その少し前でバールが滑ってしまうのだ。
「あ~……これ、前に見たことあるわ。グレー……じゃなくて、闘技場の結界と同じ類だな」
グレースが居た娼館の部屋。そう言いかけた弘は、途中で比較対象を変えている。グレースがどう思っているかは不明だが、娼館の話を持ち出すのは良くないと思ったからだ。グレースからは好ましそうな視線が向けられるも取りあえずスルーし、弘はメルを呼んだ。
「頑丈な扉と多重結界の組合せ……っすよね?」
「そのようだな。こんなもの、普通ならば簡単に破ることはできないだろう。君なら、どうするかね?」
娼館での結界破壊を事例として持ち出すなら、MP使用量の大きな原付を鈍器にして、結界をほころばせる。そして、その隙にバールでこじ開けるのだ。娼館のことをぼかしながら説明したところ、メルはフムと唸った。
「なるほど、それで破る方法があるか」
「でも、さっきバールで触った感じじゃ、闘技場の結界より強烈っぽいしなぁ」
そう。バールは引っかかりもせずに扉の表面を滑った。その際の手応えが、グレースが居た娼館部屋の結界よりも、弘に『強固さ』を感じさせていたのだ。おそらく、原付を叩きつけても、さほど効果はないだろう。
(効果あるかもしんねーけど。バールが通用するようになるまで時間かかりそうだな……)
弘が考え込んだところ、その肩をメルに叩かれる。
「ヒロシ。こういう扉を開く方法は、三つある」
「三つ?」
ヒロシのみならず、皆の視線が集まる中でメルは語った。
「一つは、扉近辺に隠された仕掛けを解除して、扉を開ける方法」
基本だな。と、弘は思う。そもそも、屋内に自動扉を設置する場合。近くにメンテナンス用のハッチ等があるはずなのだ。しかし、今回はそれがない。
(そもそも自動扉ってんじゃなくて、ただの引き戸を魔法で封鎖してるだけなのかもな)
「二つ目は、どこか別の場所に扉を開放する仕掛けがあって、そこで操作することで扉が開くというもの。この場合は、私達が目指す『管制室』に仕掛けがありそうだ」
これも弘は肯定する。確かに、このダンジョン……元は古代の軍事施設の管制室なら、施設内各所の扉を操作することぐらい、できるかもしれない。ただ、その管制室が何処にあるかが不明だし、発見したところで上手く操作できる保証はなかった。
「三つ目は、この場で扉を破壊すること」
「しかしな、メル殿。サワタリでも難しいとなると、破壊は至難の業ではないか? 管制室を探した方が、まだ可能性はあると思うが?」
グレースが言うと、メルは頷いた。
「確かに。しかし、先ほど聞いたヒロシの話に、重大なヒントがあった。魔力付与された重量物で打撃を加えれば、結界はほころぶということだ」
魔力付与。重量物。ここまで聞いた弘は、あることに思い当たる。
ファンタジーRPGにおいては、物理攻撃が通用しない相手と戦う際、魔法使いが戦士の武器に魔力付与して攻撃可能とする場合があった。もしかすると、メルはその手を使う気ではないだろうか。
「私が使える魔法の中に、武器に魔力付与をして魔法武器となすものがある。それをヒロシのモールに対して行えば、扉の結界を破壊できるやもしれん」
やはり、そうだった。確かにメルが言う方法ならば、この扉を破れるかもしれない。
そう思うと同時に弘は、何で自分が思いつかなかったか……と内心舌打ちをした。何でもかんでもゲーム基準で考えるのはどうかと思うが、今回はゲーム事例を持ち出せば対処できたはずなのだ。
(もっと色々考えねーとな)
せっかく……と言えば語弊はあるが、こうしてファンタジーRPG風の異世界に来ているのだし、自分が有するゲーム知識はもっと活用するべきであろう。
反省しながらモールをアイテム取り出しすると、メルが手に持ったまま先端を下げるように言い、弘は指示に従った。
「言葉に織り込まれし我が魔力。我が盟友の武器に刻みつけ。数多の知識、魔法の奇跡。メル・ギブスンの名において、敵を打ち破る力宿らんことを」
いつも思うのだが、呪文詠唱している際のメルには、魔法使いとは思えない力強さを感じる。
(映画で魔法使いが呪文詠唱してるのを見たことあるけど。メルほどの迫力はなかったな)
そんなことを考えていると呪文詠唱が終わり、モールに青白い光が宿った。対魔法用の攻撃効果が備わったかは、手に持っているだけだとわからない。
「さっそく試してみるか。メル? この魔法効果って、どれぐらい持つんだっけ?」
「100数えるぐらいかな。そう長くは持たんということだ」
弘は頷くやモールの先端を持ち上げた。そして叩きつける前に、コンコンと叩いて感触を確かめる。
「いきなり全力で叩いて、扉が中へ吹っ飛んだりしたら馬鹿だからな。じゃあ、そこそこの力で1発目いってみるか! みんな、少し離れてた方がいいぞ!」
警告するとカレン達は数歩後退した。円盾を持つカレンが前に立ち、その背後に他の女性達が隠れている。更に慌てて駆け出したメルが、カレン達の後ろへ移動していた。その様子がおかしかったので、弘は吹き出しかけたが、気を引き締めてモールを肩に担ぐ。
「せぇ……のっ!」
ヴン! ごしゃあ!
右斜め上から振り下ろされたモールは、耳を覆いたくなるような圧壊音と共に扉へめり込んだ。
ぎぎ、ごぎぎ……がご!
こじるようにしてモールを引き剥がすと、扉の合わせ目中央にはクレーターが出来上がっている。
「全力で叩かないでこれか。じゃあ、今の調子で何回かやってみるから! みんなは、引き続き注意してくれよな!」
振り返りつつ言うと、松明やランタンの明かりで照らされたカレン達の顔が、一斉に頷くのが見えた。
その後、4回目の打撃で扉が半壊し、人が立ったまま歩けるほどの隙間が開く。
「よっしゃ! これで……」
「サワタリさん!」
不意にカレンの声がした。
モールの先端部を床に下ろしていた弘が振り返ったところ、パーティーメンバーの全員が、彼の元へ駆け寄ってくるのが見える。
強固な魔法封印を半ば力技で打ち破ったのが、そんなに感動的だったのか?
いや、そうではなかった。資料倉庫の扉に向かって左右の通路から、大量のモンスターが湧き出ていたのだ。
「扉を叩く音で集まってきたのよ! 完全に囲まれたわ!」
いつになく焦った様子でノーマが叫んでいる。パーティーは、破壊した扉に対して左側でカレン、右側で弘が先頭に立ち、2人の間に他のメンバーが居る状態だ。
「凄い数だ! 両方で50は居るぞ!」
メルの上ずった声が、皆の鼓膜を揺さぶる。さすがの彼も、この状況では落ち着いていられないらしい。しかし、弘は皆の慌てぶりを見た後で、冷静にモンスター達を観察した。
出てきたのは肉食系の獣や、爬虫類系の人型モンスター。頭の高さぐらいで滞空している、蜂っぽい羽虫も見受けられる。
確かに、これほどの数のモンスターに襲われたら、ひとたまりもないだろう。
(……普通の冒険者パーティーならな)
「機械系のモンスターは居ない……か」
小さく呟いた弘は、モールをアイテム欄収納すると皆に声をかけた。
「俺が合図したら、みんなその場に伏せるんだ! なるべく低くな! あとデカい音がするから、耳も塞いでおけ! ある程度片付けたら、残ってる奴を全員で叩く!」
そう指示を出し終えた弘は、召喚武器の中から手榴弾を召喚すると、落ち着き払って安全ピンを抜いたのである。
◇◇◇◇
数分後。
魔法物品資料倉庫の周辺は、多数のモンスターの死骸が散乱する場となっていた。
先ほど、弘は手榴弾を次々に召喚し、モンスター集団の後方へ投じたのだ。今召喚できる手榴弾は破片型だから、ガードアーマーのような重装甲モンスターなら耐えたかもしれない。だが、獣や爬虫類、良くて軽装甲の羽虫では、荒れ狂う鉄片の嵐に耐えきれなかった。
そうして、後続が爆風や破片で負傷し浮き足だったところへ、長巻を召喚した弘が斬り込みをかけたのである。反対側では、カレンが残ったモンスターをなぎ払い、遅れてメルの魔法や、グレースとノーマによる複合弓と短弓の攻撃が始まった。
こうしたパーティー側の猛攻を受け、モンスター集団は戦闘開始後、早々に壊滅してしまったのである。
さて、この戦闘により弘はレベルアップを果たしていた。
名前:沢渡 弘
レベル:28→29
職業 :チャラい不良冒険者
力:94→97
知力:37→38
賢明度:75→77
素早さ:97→100
耐久力:100→105
魅力:65→67
MP:180→210
・RPG-7
攻撃力+150 消費MP20(1射につき+5P)
※レベルアップにより別種開放あり
・携帯式対戦車擲弾発射器
・発射時に後方噴射があるので注意
・成形炸薬弾頭(他、レベルアップにより追加)
このようなレベルアップ模様であり、弘の目を引いたのは何と言ってもRPG-7である。元の世界では旧式の兵器だが、当たり所によっては一昔前の戦車を正面から撃破可能だ。こっちの世界における大物相手の武器としては、期待の新兵器と言えるだろう。
問題は、こういった軍隊の武器を弘が扱えるか……であるが。この点について、弘は心配していない。なぜなら、トカレフを初めて撃った時、その使用方法が訓練でもしたかのように理解できた(ただし使用法だけで、分解法等、詳細な専門知識は無い)からだ。このRPG-7も同じように、使用時には扱い方が理解できるのだろう。
(アイテムの説明画面以外のところで理解……ってのが謎仕様だな。この辺、他人にやらせても『理解』が出来るか、今度試してみるか)
そうやって考えを一段落させ、弘はニンマリと笑った。
思わぬ大火力武器が追加。これが何よりも嬉しい。
(レベルだって28から29に上がったもんな! 次はもう30だぜ? レベル30台かぁ……。うへ、へへへ。28から29!)
レベル30が特別というわけではない。
これは節目と言うか、1つの区切りを目前にした喜び。いわゆるリーチがかかったとでも言うべき感覚であった。
しかし、レベル29へ上昇した喜びを噛みしめていた弘は、ふと首を傾げる。
(なんか、おかしくね? 第6階層の入口でレベルアップしたときも、28から29に上がったんじゃなかったか?)
気になってステータス画面を開き直すと、表示されている能力値を確認してみた。
それは先程見たばかりの数値。それをジッと睨むわけだが、残念なことに、弘は6階層入口での能力値の上昇が、各能力につき幾つ上昇したかを覚えていなかった。
ただ……1つだけ覚えていたことがある。
(あの時、確かボディーアーマーが召喚品目に追加されたんだっけ)
そう、召喚品目のリストを閲覧すると、追加されたばかりのボディーアーマーが目についた。そして今追加されたばかりのRPG-7も、その存在を確認できる。
(やっぱし第6階層の入口あたりで一度レベル29になってるってことか。あん時は、今みたいにはしゃぎたい気分にならなかったが……。それは、まあイイとして)
つまり、能力値の変動については定かではないが、今回のレベルアップによるレベル28からレベル29の上昇は、沢渡弘にとって2度目の体験ということになるのだ。
弘はスウと鼻から息を吸うと、もう一度ステータス画面を見た。
そこにはレベル29と表示されている。
(こいつ……どうなってんだ? 同じレベルアップを2回やらせるとか。デバッグ足らずの不良品ゲームかよ?)
レベルアップと召喚品目追加の喜びが、何となく萎えたような気がした。
だが、ここで癇癪を起こしたり、気落ちするわけには行かない。今はダンジョン攻略の真っ最中なのだ。
パーティーリーダーとしては、ドンと大きく構えていなければならない。
(うん。族で特隊の隊長やってるときも、そうしてたからな! なんか経験値とか損したような、無駄な努力みたいなのさせられた気がしてムカつくが……まあ、ともかく能力値は上がったし召喚武器も増えた。それで良しとするか……)
細かいことは後で考えよう。
と、強引に気を取り直した弘は、周囲を警戒する。他のメンバー達も同様に警戒していたが、逃げた何体かが戻ってくる気配はないので皆一息ついた。
「サワタリの爆破魔法は、ラングレンとの試合でも見たが凄い威力だな」
「魔法じゃなくて召喚武器だよ。それにある程度離れてたら伏せるだけで被害を防げるし。殺傷能力も、それほど高いわけじゃない。……メルのファイアーボールの方が高威力だよな~」
グレースの感想に対して返事をした弘は、メルに話を振ったが、当のメルは肩をすくめてみせる。
「かもしれんがね。だが、私では弘の召喚具ほどに速射はできない。また、あれほどの回数のファイアーボールを放ったら、魔力切れを通り越して精神疲労で倒れてしまうよ」
この辺はレッサードラゴンのクロムが、魔力限界を超えてファイアーボールを吐いた結果、精神疲労により情緒不安定、あるいは錯乱したのと似ている。
メルのような魔法のプロが言うのだから、そのとおりなのだろう。メルの言葉を聞いてカレンやシルビアが、感心したように弘を見てくる。悪い気はしないが、いつまでもモンスターの死骸に囲まれて立ち話をすることもないな……と、弘は判断した。
「取りあえず中に入ろうぜ? 通路が血なまぐさくなって、たまんねーわ」
誰も反対することなく、まずはノーマが魔法物品資料倉庫へと入っていく。内部は真っ暗闇であり、ノーマは松明で内部を照らした。
「部屋の両側に陳列棚みたいなのがあるわ。透明なガラス戸があって、鍵がかかっているみたいね。罠は……無いようだから、入っても大丈夫だと思う」
その報告を受けて弘達は中へと入って行く。室内はノーマが言ったとおりの配置であり、左右に陳列棚があった。
(アレだな。玩具店で、壁に現品を掛けてあるけど、ショーケースで触れないようにしてあるとか……そんな感じ?)
見たことある光景を例として持ち出す弘であったが、入室時、壁にスイッチらしき物が並んでいるのを発見する。天井を見上げると、壁に反射したランタン光によって照明器具のようなモノが見えていた。
(電灯のスイッチ……か?)
恐らくはそうなのだろうが、罠ということも考えられる。いや、関係者が入るような部屋に、簡単に触れるような罠の起動スイッチを設置するものだろうか?
「ノーマ? この壁のスイッチとか調べた?」
「ああ、それ? 入る時にいくつか押してみたけど、何の反応もなかったわよ?」
どうやら、すでに試した後だったらしい。罠ではないとすると、やはり電灯のスイッチで、この部屋には電力が供給されていないということになる。
(それならそれで構わないんだが。このダンジョン、やっぱ科学的に進歩した文明……とかの遺跡っぽいよなぁ。……って、電力が止まってるんだったら、換気システムとかも止まってるんじゃねーの?)
そうだとしても、冒険者から窒息者が出たという話を聞かない。この資料倉庫が魔法結界で封鎖されていたことを考えれば、機械的な換気装置もあるだろうが、魔法技術でも換気を行っていると考えても良いだろう。
(な~んてな。俺もチンピラなりに頭働かせるようになったじゃん? ……ゲームの知識や経験を当てはめてるだけだけどな)
とはいえ、ステータス上では『知力』と『賢明度』の数値が上昇しているのだ。何かしら影響は出ているだろう。例えば、『力』の影響は、筋力上昇として現れているし、『素早さ』だと、文字どおり素早さが上昇している。それに恐らく、『素早さ』と連動して『器用さ』も上昇していると見て良い。
(短弓の扱いが、やたら早く上達したし。トカレフなんか、あっという間に命中率が上がったもんなぁ……)
我ながら人間離れしてきたとは思うが、これぐらいでないと生き残っていくのは難しいだろう。
(なにせ、闘技場でドラゴンが出てくる世界だし……)
さて、鍵のかかったショーケース型陳列棚だが、これらのガラスは簡単に破壊できている。皆を下がらせた弘が木刀で殴りつけたところ、アッサリと砕けたのだ。
内部に収められていたのは、長剣が1本、短剣が1本。方形盾が1つ。そして指輪が1つだった。他の棚や台座は空になっていたり、幾つかあった兜やマントは錆びたりして朽ち果てている。
「で? これら全部魔法の道具なわけ?」
弘が床に並べられた拾得物を指さすと、メルが短く呪文を唱えた。すると武器や道具類が淡く白い光を放ち出す。
「どういった品かはわからんが、何かしら魔法がかかっているのは間違いないな」
念のため、シルビアにも見て貰ったが呪いがかかっている気配は無いとのことだった。
「ふうん。じゃあ、使って試してみるしかないかな?」
弘が呟いたところ、ノーマとメルが一歩後退する。カレンは魔法の品々を前にニコニコしていたが、その腕をシルビアに引っ張られてやはり後退していた。元の立ち位置に残っているのはグレースだけである。
「……え? なに? 逃げてんの?」
幾分傷ついた弘が咎めるように言うと、ノーマとメルが目を逸らす。
「いやあ、シルビアの見立てでは呪われていないとのことだが、初めて見る魔法の品は、何があるかわからないしな」
「こういうのは男性の仕事よ。できれば、頑丈な人がいいわね」
要するに弘に「使ってみろ」と言っているのだ。
シルビアに視線を向けると「カレン様は大事なお身体ですから。危険はなるべく避けたいのです」とのこと。これまで散々危ないことしたり、オーガーを追いかけてるような連中が何を言ってんだか……と思う弘であったが、確かにノーマが言ったとおりメンバー中で、一番頑丈なのは自分である。
「さ、サワタリさん? 私なら大丈夫です。どれか試してみますから!」
「そうだぞ、サワタリ。我も付き合おう。1人で危ないことをするものではない」
カレンとグレースの申し出に目頭が熱くなるも、弘は謝絶した。本当に危険な品だった場合。耐久値に物を言わせて踏ん張れるのは、自分しか居ないからだ。
長剣1本、短剣1本。方形盾1つに指輪が1つ。
それらを見て、弘は手指の関節をボキボキ鳴らした。
「それじゃ、長剣からいってみるか?」
平成31年4月19日
レベル28から29への上昇が、実は第100話でもあったことでして、いわゆる重複ミスでした。
多少苦しい気がしますが、レベルアップ関連のシステムバグみたいなものとして、話を進めることにします。