第百三話 クリュセダンジョン(4)
モールを購入した後。弘達はギルドに戻り、宿へ入っている。
今回はパーティー編成なので6人部屋……ではなく、女性のみ6人部屋を使用し、弘とメルは単独部屋を使用していた。
カレンからは「冒険中は野宿とかで一緒なんですから、宿でも同じ部屋でいいのに」といった意見があったが、今日のところは部屋も余っているようだし、男女別れよう……と弘が決めたのである。
(本心は、久しぶりに1人で寝たい……ってのがあるんだけどな)
木製寝台の上で寝返りを打ちながら、弘は天井を見上げた。ギルド宿というのは、何処の町でも内装に大きな変化がない。クロニウスやディオスクのギルド宿で、見上げた単独部屋の天井も似たようなものだった。
それに、ある意味で贅沢な話かもしれないが、1人でゴロゴロしていると結構な至福である。誰に気を遣うこともないというのが実によろしい。居心地が良すぎて寝付けないくらいであり、そうしている内に弘は小腹が空いてきた。
「やれやれ、なにか酒場で食ってくるか。夜食とか太りそうなんだけどな」
(しかし、ここまで独り寝がイイ感じになるとか。よほど気疲れしてたのかねぇ?)
ボリボリと頭や肩の背中側を掻き、弘は革鎧を脱ぐ等の身支度をして部屋を出る。部屋を出たところで、そう離れていないカレン達の部屋を見たが……もう皆寝ているであろうと思ったのみで、階下の酒場へ降りていった。
時間は鐘一つぐらい。つまりは深夜帯であったが、酒場には数組のパーティーが居て、酒を飲んだり、夜食をとったりしている。騒ぐ者が居ないのは『深夜帯では就寝中の者に迷惑なので騒がない!』という暗黙の了解があるらしい。この辺を無視してドンチャン騒ぎをすると、その者達の名前が知れ渡って、他パーティーから睨まれることになるのだとか……。
「静かにメシを食うには、良い時間帯ってことでもあるな」
誰に言うでもなく呟いた弘は、テーブルではなくカウンターに座った。誰も座っていなかったのと、気が向いたからというのがカウンターを選んだ理由だ。
「今、何ができる?」
カウンターで立つ男に聞いたところ、「夕方に焼いたパンと、干し肉のスライス。すぐできるとなると、このあたりだね」といった返事。弘は、この品目にエール酒を加えて注文すると、届けられたそれらをパクつき始めた。
パンは少々堅くなっていたが、乾パンを囓ることを思えば充分柔らかいし、干し肉と併せて噛めば美味しくいただける。飲み慣れてきたエール酒も、軽い寝酒としては丁度良かった。
「隣……座っても良いかな?」
「ああ?」
不意に声をかけられたので座ったまま見上げたところ、右斜め後ろにグレースが居る。彼女も革鎧などは脱いでおり、カレン達に見立てて貰った緑基調の衣服姿だった。
「どうした? 眠れないのか?」
「いや、まあ……サワタリが部屋を出た音が聞こえたので……な」
言いつつ、グレースは特徴的な長い耳を指さす。その耳がヒクヒク動くのを見て、弘はエルフの聴覚の鋭さを再認識した。
(そういや、こっちの世界のエルフ耳はアンテナみたいに長いのな)
中学生時代のテーブルトークRPGにはまっていた頃、ちょっと耳が尖ってるくらいなのが元々のエルフ耳……みたいな話を聞いたことがある。
(飛ばされた異世界で、エルフとかが普通にいるだけでも驚きなんだし? 細々したところが、違ってても当然。……いや、何で当然なんだっけ?)
少し酔いが回っていたらしい。弘は頭を振ると、返事を待っているグレースに「いいから、座れよ」とだけ言った。
許可を得て右隣に座ったグレースは、暫く黙っていたが、やがて弘に向き直る。
「サワタリ? 我は、こうしてパーティー加入して、ダンジョン探索に同行しているが。どうだろうか? 役に立っているだろうか?」
「むっ……」
そんなことを気にしてたのか、と思いつつ弘は考えてみる。
グレースはエルフの精霊使いで、弓も得意だ。現状、娼館を脱して間もないので、本人は「身体がなまっている」と言うが、弘が見た限りでは良く動けていると思う。ダンジョンの中ということで精霊魔法の出番がなかなか来ないものの、複合弓の腕前は大したものだ。また、その聴力はノーマ以上であるから、索敵の大きな助けになっているし、エルフは暗闇で熱を見ることができるので、暗いダンジョンでは大いに役立っている。
「ああ。すげー助かってる。ホントだぞ?」
「そ、そうか……」
短く言って俯くグレースは、普段の彼女からは想像できないが照れているようだ。その横顔を見て、弘は美しいと感じている。娼館のあの部屋で、初めて対面したときも絶世の美女だと思ったものだが、娼婦ではなく、冒険者として隣に座るグレースを本当に美しいと思ったのだ。
「サワタリ。我は……まだ、サワタリについて行っては駄目だろうか?」
「俺に、ついて来る……ねぇ」
「けっして邪魔にはならないつもりだ」
グレースの表情は真剣そのもの。うかつな返事はできないが、先ほどの独り寝の余韻がある弘は、自分の独り修行について考えている。そもそも、今ここに居るのだってジュディスのパーティーを離れようとしたのが発端だ。何より、この件に関してはグレースとは協議済みのはずなのだが……。
「前にも言ったろ? 俺は暫く独りでやりたい……と言うか、そうしたい予定があるんだよ」
「くっ……やはり駄目か……」
あっさり駄目かと言うあたり、グレース自身も自分が無理を言ってることは承知していたのだろう。その様子があまりにも残念そうなので、弘はジョッキをカウンター上に置いて問いかけた。
「グレースは、何かしたいこととかないのか?」
「我のしたいこと? サワタリについて行くこと以外でか?」
「そうだ」
慣れない女性相手の会話であったが、酒が入ってる弘は、いつもよりも饒舌になっている。
「例えば、そうだな。あんたの氏族を滅ぼした連中に復讐する……とかは?」
「その気持ちはあるが、我1人ではな……手伝ってくれる者が居ればよいのだが……」
そう言ってグレースは、すがるような視線を向けてくる。
(やぶ蛇だったか?)
そう弘は思ったが、「手伝ってやってもいいけど。そのためには、まず修行だな。俺は召喚術を鍛えたいんだ。強くなりたいんだよ」と言ってスルーした。しかし、グレースは弘の言葉に希望を抱いたらしい。
「手伝ってくれるというのは、本気の言葉か?」
「ん? ああ。けど、可哀想とか気の毒だ……で人を殺す気はないからな。手伝ってほしけりゃ、俺を雇うんだな。ギルドに依頼を出すとか、その時に俺を指名するとか。そういう感じだ」
「なるほど。サワタリの言うことは、もっともだな。是非、そうさせて貰おう」
グレースは本気で依頼する気でいるようだが、そうなったらそうなったで弘はかまわないと思っている。以前、グレース本人から氏族滅亡の経緯等を聞かされたとき、弘は気の毒だ……程度にしか思っていなかった。だが、燃える娼館の中から彼女を救い出し、共にダンジョン探索を行っている今では違う。
グレースは大事な仲間であり、異性としても少なからず意識しているのだ。
そんな彼女の氏族が滅亡した時の状況や、その後のグレースの境遇話を思い出すに、弘は「そんな屑エルフども、俺がブチのめしてやりたいわ!」と思ってしまうのである。
ただし、自分が気に入らないからと言うだけで、相手氏族に乗り込んでいくのは筋が通らない。なので、行動に出るためには『依頼』が必要であった。
(なんか時代劇の殺し屋みたいな理屈だな……)
そう思いながらジョッキを持ち上げると、中が空になっている。いつの間にか飲み干したらしい。
「おっちゃん。エール酒おかわり!」
「程々にしておかないと、朝の出発に響くわよ?」
それはグレースではない、別の女性の声だった。左側から聞こえたので、そちらを向くとノーマが立っている。彼女も革鎧を脱いでおり、薄手の黒い服のみ。薄手ゆえに身体のラインがわかるようになっていて、何とも色っぽかった。
「隣……いいわよね? グレースも居るんだから」
「お、おう」
ギシリと音を立てて、ノーマがカウンターの左隣に腰掛ける。こうして、エルフと人間の美女2人に挟まれる形となった弘だが……ここで周囲から視線が集まっていることに気づいた。
「なんだ、あの野郎? 美形のエルフ女と話してるかと思いきや、今度は人間の女か?」
「しかも、また美人だし。何なんだ、ふざけやがって! 1人ぐらい、こっちに回せってんだよな」
「手ぇ出すってんなら、やめとけよ? 先日の騒ぎを知らないのか? あいつ、闘技場で10連勝したっていうサワタリだぞ?」
「げっ!? レッサードラゴンとかアーマーライノスを倒したっていうアレか!?」
先日、チンピラを追い散らしたときに囁かれたような会話が、今また背後で繰り返されている。
闘技場での戦績を語られるだけなら鼻も高くなるが、女をゾロゾロ連れ歩くとか、女ったらしの方面で噂されるのは、あまり良い気がしない。
(堂々とカレン達を連れ歩いてやる! とは息巻いてみたものの、こればっかりはなぁ)
聞き流したり無視すれば良いだけのことである。なのに気に障ってしまうのは、やはり自分が若いからだろうか?
「つまらない噂話なんか気にしないの。それより……2人の話、聞こえちゃった」
「盗み聞きしてた……の間違いではないのか?」
話に割り込まれたせいか、グレースの声にはトゲがある。それに気づいているはずのノーマは、素知らぬ顔でエール酒を注文した。
「その仇討ちとか、本気でやるなら私も一口乗せて貰おうか……ってね」
「義憤に駆られって感じじゃなさそうだし。エルフの氏族に、お宝とかありそうなのか?」
弘の思うところでは、凄い霊木で作った弓とか矢。強い精霊が宿った護符とか、そういったモノがありそうなのだが、グレースに聞いたところでは「どこの氏族にも、そういうモノはあるはずだ」とのこと。
「そういうこと。今探索してるダンジョンは勝手が違うから、そんなに活躍できてないけれど。野外なら力になれるわよ? 場所が森ならグレースには負けるでしょうけど、人手は多い方が良いわよね?」
確かに、氏族を丸ごと向こうに回す可能性がある以上、人手は多い方がいいだろう。しかし、危険な仕事になるのは間違いない。その辺は、かまわないのだろうか?
気になった弘が質問すると、ノーマはジョッキのエール酒を一口煽ってから薄く笑う。
「大丈夫よ。いつもどおり、危なくなったら逃げるつもりだし。それに……」
ノーマはジョッキを持ったまま、弘に顔を寄せてきた。
「凄い怪物とかが出てきても、弘なら倒してくれるんでしょ?」
「ん~……相手にも寄るけどな。てゆうか、エルフ絡みで凄い怪物とか言ったら、超強い精霊とかじゃねーの? ……無理かも」
今の弘には精霊や死霊といった、実態のない相手に攻撃をする手段が少ないのだ。レベルの低い相手なら、スタン警棒が威力を発揮するだろう。だが、ファンタジーRPGで見かける、炎の精霊の大物……イフリートなんかが相手だと、スタン警棒では心許ない。
グレースの娼館部屋。あそこに張られていた結界を破ったときのように、MP消費が大きい召喚具で殴りつける手もあるが、相手によっては近づくことすら難しい場合もあるのだ。
「さっきグレースにも言ったけど、やっぱ修行の成果ありきだな。魔法系の攻撃でないと対処できない相手にも、対処できるようになっておきたいし」
いい召喚具が追加されると良いんだけどな……と、願わずにはいられない。
それにしても、仇討ちする理由があるグレースならまだわかるが、ノーマにはもっと割の良い儲け話があるのではないだろうか?
そういった疑問を口にすると、ノーマは鼻で笑った。
「ハッ、馬鹿ね。私は弘と一緒に居たいのよ。そこのグレースと同様にね」
「……」
弘が顔ごと視線を向けると、グレースは頬を赤く染めて俯いてしまう。
(俺の自惚れかもしれねーけど。2人とも、俺に気があるってことなのかな?)
少なくともグレースは、そうなのだろう。彼女とは何度か話したが、義理や使命感だけではない好意のようなものを感じる。少なくとも嫌われてはいないだろう。
「と、とりあえず仇討ちとかは、ちょい先の話だな。ちゃんとギルドを通して依頼してこいよ? んで、ダンジョン探索を終えたら、俺はクロニウスに戻って……その後は、1人で山籠もりでもすっかな? まあ、そんなところだ」
2人に対して言うが、これは自分自身に対しても言い聞かせるように言ったことだ。今後の身の振り方について、再度確認したかったのである。
「さて、飯も食ったし。俺はもう少し寝るわ。そっちも少しでも休んでおけよ?」
グレース達の今飲んでいる分も支払うと、弘は2階の宿部屋へと戻っていった。
◇◇◇◇
「逃げたか……」
「逃げたわね……」
弘の後ろ姿を見送った後で、グレースとノーマは呟きあっている。弘が席を立った時点で言っていれば、弘の性格上、もう少し居残って話ができたかもしれない。しかし、夜が明けたらダンジョンへ再出発するのだから、パーティーの最強戦力たる弘には休んで貰わなければ困るのだ。
「それで、先程だが……気になることを言っていたな?」
「あら、何のことかしら?」
女2人の飲み会となってしまったが、グレースがノーマに問いかけたことで解散することなく続行されている。
とぼけるノーマを、グレースは軽く睨んで見せた。
「私と同じで、弘の側に居たい……と言っていたではないか?」
「ええ、言ったわね。それが?」
エール酒のお代わりを注文するノーマは、いたって冷静。対するグレースは、拗ねたような顔でゴニョゴニョ言っている。
「つまりだな。貴女もサワタリを、その……好いている。そういう事だろうか?」
「なるほどね。そこが気になるとは……あなた、硬い喋り方するけど。けっこう……いえ、やっぱり『女』よね」
グレースは火照り気味だった顔を更に赤くしたが、その様子を面白そうに観察したノーマは、ジョッキを口元に運んで考えるそぶりを見せた。
「ヒロシを男として見た場合。ルックスは悪くないし、性格も可愛い感じで好みだわ。何より強いのが最高ね。彼となら大儲けできそう」
「ふむ……要するに好きだと」
……ぐびっ。
ノーマがジョッキを煽る。
「そういう風にストレートに言われると、調子狂うんだけど。まあ、そうね。そう思って貰っていいわ。前のパーティーに居たムーンも結構いい男だったけど。好みで言えば、ヒロシの方がイイ感じ……」
「そうか……」
その後暫く2人で飲んでいたが、やがてノーマが愚痴るように口を開いた。
「でも、あのヒロシって……けっこう難物よ? 私達みたいなイイ女を振り切って山籠もりする気なんだから」
「うむ。奥手や鈍感とも違う気がするが。ああいうのを、どう表現したものか」
グレースの言葉を聞き、ジョッキに口をつけていたノーマは、それをカウンターに置いた。そして、隣で座るエルフ美女に向かって言う。
「良くも悪くも真っ直ぐな感じ?」
「それだな。やりたいことを決めたら、それに向かってまっしぐら。多少は遠回りしようとも、目的や目標はブレない。……我らがついて行くと言っても、あの調子だ」
「しかし山籠もりねぇ。そんなに時間がかかる感じではないみたいだし、私は彼が戻るまで待つつもりだけど。グレースはどうするの?」
「我か?」
形の良い下顎を指で摘まむようにし、グレースは考えた。
自分は森に生きるエルフ。山籠もりだろうと、同行できる自信はある。しかし、1人で色々試したいと弘が言うのであれば、無理についていくのはどうかと思う。
(あまり、しつこくして嫌われるのは考えものだな)
「我もサワタリの帰りを待つことにしよう。我が氏族の仇討ち自体は、それほど拘ってはおらんかったのだがな」
娼館に居た頃は、自らに贖罪を課していたつもりであったし、よしんば娼館を出ることがあっても、相手氏族の規模を考えれば1人で手出しできるわけがないからだ。だが、ヒロシ・サワタリという強力な召喚術士が味方につくなら話は別である。
(彼が居れば、敵氏族を滅ぼすことも可能。最低限、族長を倒すだけでも成し遂げられるはず)
一度諦めた復讐に、成就する見込みができた。そのためなら、多少待つことになってもかまわない。もちろん、弘を待つのは復讐を手伝って貰うだけが目的ではないが……。
「ダンジョン攻略後は、2人してサワタリの戻りを待つことになるか。それは良いとして……ノーマよ。あのカレンという少女のこと、どう思う? 一緒に居るシルビアもだが……」
「あの2人? 確かに気になるわね。私が見たところ、ヒロシに対して気があるのは間違いないんだけど」
ノーマがカレンとシルビアに会ったのは、ディオスクのギルド酒場が初めてということになる。グレースの場合は娼館の火災時であるが、大した時間差ではない。彼女らが気になったのは、弘とカレン達の付き合いの長さについてだった。
「ここまでの様子からすると、少なくとも私よりは長い付き合いみたいね。ヒロシの身の上話では、どこで出会ったかまでは説明がなかったけど……」
弘が異世界転移してから、さほど月日が経っていない頃に出会ったのではないか……とノーマは睨んでいる。
「ともかく、ライバルってことよ。そういう意味では、ジュディス達も要注意なのかしら?」
「ジュディス? 確か、サワタリがダンジョンでの発見物を渡そうとしている相手だったな。丁度いい、この機会だから聞かせて貰おうか?」
その後、ジュディス達に関して話し合った2人は、就寝するべく2階の宿部屋に戻って行った。
◇◇◇◇
翌朝。弘達は、鐘六つ目の時間に出発している。
先日のダンジョン探索と違うのは、他パーティーからの情報によって、第7層途中までの地図が出来ていること。そして、重装甲モンスターへの対策として、弘が超重量武器モールを装備していることだ。
その弘は、ノーマの後について足取り軽く歩いている。
「普段はアイテム欄に収納してるから、全然身軽なんだよな~」
「相変わらず、反則っぽい能力ですねぇ」
シルビアがツッコミを入れるが、弘は聞き流した。使える能力を使ってるだけなのだから、反則呼ばわりされる筋合いはないからだ。もっとも、シルビアとて本気で指摘したわけではなく、その口調は明るい。そして、そのことを皆が解っているので、パーティーの雰囲気は終始和やかなものだった。
さて、このような調子で第5層まで移動したわけだが、ここまで戦闘らしい戦闘を行っていない。時折モンスターに遭遇しかけたものの、すべて先頭を行く偵察士……ノーマが事前に察知して、やりすごしたり迂回していたのだ。
「やっぱ偵察士は凄いな。前の日の探索でもそうだったけど、あんな距離からモンスターを見つけるとか」
「ん~……これが仕事だものね」
クールに答えるノーマであったが、その背を見て隣を歩くカレンが耳打ちしてきた。
(「サワタリさん。ノーマさん、けっこう嬉しそうですよ?」)
(「え、なに? そんなの、わかるの?」)
カレンは真剣な表情で頷く。曰く、足取りが軽いとか、肩の動きがウキウキしてるとか。弘が見てもよくわからないのだが……。
(「そんなことが、後ろ姿だけで?」)
(「ええ! 間違いないです! サワタリさんに褒められて喜んでるんですよ!」)
「2人とも~、ちゃんと聞こえてるんだから。せめて私の居ないところで話してくれない?」
突然、前方のノーマが振り向きもせずに言った。おかげで弘達はビクリと肩を上下に揺らすこととなったが、ノーマはそれ以上何も言わなかったので、2人して肩をすくめている。
そうこうしているうちに、第6層へとパーティーは進入していた。先日は、ガードアーマーが出没して激戦となったのだが、暫く進んだところで聞き覚えの足音が聞こえてくる。
「昨日聞いたばかりだから、俺にも聞き分けられるぜ。出やがったな」
呟きつつ、弘が前に出た。
少し前を歩いていたノーマも、早々に戻ってきており、パーティーは3列2段の戦闘隊形へと移行する。
「さっそく試してみるか」
アイテム欄からモールを取り出すと、そのズッシリくる重さが頼もしく感じられた。重さだけで言うならモールの50㎏は、原付……スーパーカブの80㎏近くと比べて下回っている。とはいえ、あくまで乗り物であるカブと、柄を握って叩きつけるためにデザインされたモールでは、取り回しの良さで大きな差があった。
(考えてみりゃ、娼館が火事になったとき。こいつがあったら……あ、魔法武器じゃないから役には立たないのか……)
娼館の火災時、一番苦労したのが魔法結界であることを考えると、やはりカブを振り回して叩きつけるしかなかったのだ。
そういったことを考えていると、通路の向こう……暗闇の中からガードアーマーが現れる。弘を上回る体格は脅威だが、何と言っても左右に2つずつある巨大な鎌が問題だ。その鎌を赤熱化させ、鎖を引きながら撃ち出してくるのである。
(前回なんか、いきなり後衛を狙って攻撃してきたしな。今回はどうだ?)
様子を窺っていると、やはりガードアーマーは鎌を撃ち出してきた。今回は、左右下段の鎌であったが、これが弘狙いであったため、弘はモールを巧みに動かして2発とも弾き返している。
「モールの重心の問題か? 身体が振られる感じだが……いけるぜ! みんな! これから俺が突っ込む! 援護してくれ! カレンは、奴が後衛を狙って鎌を飛ばしてきたら、迎撃を頼む!」
「はい!」
元気よく叫ぶカレンの声を聞き、弘は駆け出した。今回遭遇したガードアーマーは、まず弘を排除するつもりのようだが、後衛の側でカレンを待機させておけば、飛んでくる鎌の対処はできるだろう。
(そうなったら、俺が相手にする鎌は2丁だけで済むしな!)
仮に鎌4丁で全力攻撃してきたとしても、弘ならば同時対処可能だった。
(前だって弾き返せたし……いや、あの時は長巻だったか)
モールで同じ事ができるかは自信がない。モールの重さと弘の体重差により、攻撃をすると身体が振られるのだ。少なくとも、長巻でやったように高速で振るうことはできないだろう。
(腕力に不足ね^のに、俺の体重がなぁ……。最小限の動きで弾くしかねぇか! ……ん?)
ごとん……と、重いモノが落ちる音がした。
見ればガードアーマーが、左右上部の鎌を床に落としている。鎖が伸びているところを見ると、射出しようとして失敗したのだろうか?
(いや、落ちた鎌が赤熱化しだしてるぜ。何かするつもりか?)
牽制のため手榴弾を投げようかと思ったが、今投げたら、爆風の中に飛び込むことになるので断念した。漫画や映画のように、投げた手榴弾の間際まで駆け寄り、爆風を浴びないギリギリのところで伏せる。そういう行動が脳裏をよぎるも、練習や訓練なしでやるのは危険なので、やはり断念した。
結局、そのまま突撃を続けることとなったが、ガードアーマーが次なる行動に出たので、弘は目を剥く。
ブオン……ブオン、ブオ、ブンブン、ブンブンブンブン!
強烈な風切り音。そう、ガードアーマーは左右上段の鎌2丁を、少し鎖を伸ばした状態で振り回しだしたのである。
「かあああっ。ゴーレムだかロボだかのくせしやがって、よくやるぜ!」
そう吐き捨てるも、弘の表情からは余裕がなくなりつつあった。走る自分の両側で、ジャララララ! と鎖の巻戻る音が聞こえているのだ。このままでは先程考えたように、モールで4丁同時の攻撃を相手にしなければならない。
だが、ここで背後から魔法の矢が飛んできた。
ずびゅ……ドカカカ!
3本の青白い矢が、ガードアーマーの頭部に命中する。それらは貫通することこそなかったものの、衝撃により頭部を大きく揺らすことに成功していた。また、ガードアーマーの混乱を誘う成果もあげている。さらには、巻き戻されるはずだった2丁の鎌が途中で動きを止めていた。
「メルの魔法か!」
それだけではない。続けて炎の矢も飛んでくる。それは、ノーマが持つ松明の火から精霊を呼び、グレースが放ったものだ。これもガードアーマーの頭部を直撃し、やはり破壊することは無理だったがカメラ周りを炎で包み、相手を混乱させていた。
「みんな、やってくれるぜ!」
感謝の気持ちを込めて叫ぶ弘は、ガードアーマへと到達する。ガードアーマはカメラにまとわりつく炎を振りほどくべく暴れていたが、その隙を見て弘はモールを振り上げた。
「長巻んときは真っ二つだったが、こいつはどうだぁ!」
ヴォン!
大上段に振り上げたモールを、その重さも載せて振り下ろす。直後、ごしゃああああ! という破砕音と共に、ガードアーマーは高さを大きく減じていた。まず、頭部が胴体にメリ込み、胴体自体もモールを受けて下へ下へと潰れていったのだ。
結果、出来上がった物は、凹形の奇妙な鉄塊。
「うん。長巻と同じく一発だったが、これはこれで気持ちいいもんだぜ!」