第百二話 新たなる武器
弘は、駆け寄りながら対象物解析を行っている。
ノーマに襲いかかる肉塊のごとき怪物は、まだ弘に対して戦闘状態となっていないのだ。
<ギガントワーム>
・触手攻撃
・粘液噴射
(触手ってのは見りゃわかるが、粘液ってのは蜘蛛の糸みたいな……ぬっ!)
走っていたのがガクンと停止したので、弘は足下を凝視した。
……にじゃ……ぐじゅる……。
薄暗くてよくわからないが、ブーツの底に粘液のようなものが付着している。どうやら、これが噴射された粘液らしい。
「ちっ、めんどくせぇ!」
ブーツを脱ごうかと思ったが、裸足の状態で粘液を踏んだら同じことだ。ならば……。
(強引に進む!)
ベリベリベリベリ! ぐちゃ! べりべりべり! ぐちゃ!
靴底に粘着テープを貼ってる程度の抵抗感。これならばいけると踏んだ弘は、その筋力に物を言わせて走り出した。前方では口を広げたギガントワームが、ノーマに覆い被さろうとしている。もはや一刻の猶予もない。
べべべべべべべべべっ!
いちいち床に貼り付こうとするブーツを高速で引き剥がしつつ、弘は何とかノーマとギガントワームの間に割り込むことに成功した。
「やっと到着したぞ、こらぁああ!」
怒鳴りつけるなり長巻を振り上げ、ギガントワームの頭部とおぼしき部位に斬りつけた。アクションゲーム風に言うならば、大ジャンプ斬りである。この真下から上への斬撃により、太さ1メートルの程もあるギガントワームの胴は先端付近で切断された。
当然、重力によって先端部が落下するが、その時すでに弘はノーマに駆け寄っており、腕を引いて落下から救ったのである。
「うへ。ぐちゃぐちゃだ。間に合って良かったぜ……」
「あの……ヒロシ?」
床で転がるギガントワームの先端部を見ていた弘に、ノーマが何か言ってきた。
「おう! 怪我とかないか?」
「えっ? ええ、怪我はないわ。それでね? そろそろ放してくれると助かるかな……って」
「へっ?」
ずっとギガントワームに向けていた視線を下げる。すると、かなり近い位置にノーマの顔があった。
弘は、いつの間にかノーマを抱きしめていたのである。お互いに革鎧を装備していなければ、彼女の豊満な胸の感触を味わえたことだろう。しかし、そういった不謹慎なことを考えたのも一瞬のことで、弘は慌てて彼女から離れた。その際、粘液により若干離れがたかったが、持ち前の筋力で引きはがしている。
「すまん! 他意があったわけじゃなくて……」
言い訳する弘を、ノーマは取り落としていた松明と短剣を回収しながら睨む。
「困るわ。私のことを抱きたいなら、もう少しムードがある場所じゃないと」
「いや、そういうつもりじゃ……って、わかっててからかうの、やめて欲しいんだけどなぁ」
「あら? もう少し慌てると思ったんだけど。冷静になるのが早いわね?」
沢渡弘は成人男子。中高生の少年ではないのだ。ともかく、ノーマに怪我がないのは幸いだった。
「まあ被害がなくて何よりだぜ」
「……これだけ粘液まみれにされちゃ、被害なしってわけにはいかないけどね。……メル達が来るみたいね」
粘液まみれにされた自分の姿を嘆いていたノーマが、駆けてくるメルとグレースに視線を向ける。戦闘が終わったと見て、集まってきたのだ。
言われた弘は、同じようにメル達を見たが……。
ちゅっ。
右頬に熱いような、それでいて濡れたような感覚が生まれる。
「えっ?」
「助けてくれた、お礼よ」
それだけ言い残し、ノーマはメル達の方へと歩いて行った。粘液に関しては、少し乾いてきたせいもあってか、それほど歩く妨げにはなっていない。
その彼女を見送る弘は……右頬に手の平を当てていた。
「キス……ねぇ」
先程述べたように弘は中高生の少年ではない。だが、ノーマほどの美人にキスされて悪い気はしないのだ。幾分にやけ顔になりつつ、弘はノーマの後を追うのだった。
◇◇◇◇
メル達と合流したヒロシは、連れだってカレン達の元へと向かう。
そして暫くたってから眼をさました男性の戦士と僧侶、そしてシルビアの治癒法術で持ち直した女魔法使いを交えて、今後の方針を語りあっていた。
救助した冒険者達とは別れ、このまま下層を目指すか? それとも、今日のところは宿場町まで引き返すか?
ノーマ、メルなどは下層を目指す気でいたが、弘は救助した冒険者達のことが気になっていた。彼らに関しては別に仲間でもないし、見知った間柄でもない。あとは勝手に宿場町まで戻って貰っても良いのだが……問題は、パーティーメンバーが半減しているらしいこと。戦士・僧侶・魔法使いだけの編成で、第6層から地上まで戻れるのだろうか?
(難しいだろうな……)
これまで遭遇した生物系のモンスターでも、集団で襲ってくるモノが多かった。戦士が1人だけ、僧侶も前衛で戦えるだろうが、3人編成では魔法使いも前衛に出ることになる。地上に戻るのが難しいどころか、弘達と別れてすぐに全滅しかねないのだ。
3人とも、冒険者としてのプライドがあるのか「地上まで送って欲しい」とは言わないものの、その表情は暗い。
「む~……しかたねぇな。一度、地上まで戻るか」
「そうするのかね?」
メルが聞いてくる。といっても弘の意図を察しているのか、粘ったりする気はないようだ。
「ええ。取りあえずは、ギルドパンフに載ってる地図の外まで来ましたし。妙なモンスターとも戦いました。一度戻って、体勢を立て直したいっすね」
「私は賛成。ヒロシには借りがあるし、反対する気はないわ。それに少し宿で休みたい気分だしね」
ノーマも撤収に賛成してくれている。その口振りに何やら含むモノを感じるが、弘は頷いて見せた。他のメンバーだと、グレースは弘に従うと言っているし、カレンとシルビアは元から撤収組である。
こうして撤収の方向で意見をまとめた弘は、救助した冒険者達に話しかけた。
「そういうわけで、俺達も地上へ戻ることにした。せっかくだし、上まで御一緒しねぇ?」
冒険者達は呆気にとられていたが、互いの顔を見合わせると弘に対して何度も頷いてみせる。
(おうおう、嬉しそうにしちゃって)
我ながらお人好しな判断だとは思うが、こうも喜んでくれるのなら同行を申し出た甲斐があるというものだ。
そう言えば、粘液を浴びたノーマは……と見ると、濡らした手ぬぐいで付着した粘液を拭き取っており、もう出発が可能な状態である。それを確認した弘は、その場に居る全員に指示を出した。
「よし、じゃあ……帰るか」
◇◇◇◇
地上までの道のりであるが、正直言って大した苦労をしていない。
元々各階層のモンスターは、多くの冒険者らの『探索』によって数を減らしていた。しかも、戦士・僧侶・魔法使いが1人ずつ増員された形だったので、戦力的に大きな余裕がある。
移動隊列も元々の三角隊形を変更し、前衛を戦士3人で固め、中列に魔法使い2人。後列は僧侶が2人となっていた。ちなみに偵察士であるノーマは、相変わらず先頭を歩いている。
そして、戻る道すがら、冒険者達からは第6層以降の情報を得ることができた。
例えば、第6層入口の付近で転がったままのガードアーマー。これに関しては、彼らも初めて見たモンスターであり、その存在に関しては噂すら聞いたことがないという。
「おたくら、このクリュセに来て、もうどれくらいなんだ?」
ダンジョン探索歴を聞いたところ、通算で2ヶ月ほどとのこと。ギルドパンフの地図外で探索をしていたところを見ると、それなりに実力のあるパーティーだったのだろう。
弘は第1階層の広い通路を歩きながら、彼らを倒したのはギガントワームだろうか? と考えていた。だとしたら、ノーマがやられたように奇襲攻撃を受けたのかもしれない。そこを現状のリーダー格らしき戦士に聞いたところ、パーティーが壊滅した直接の原因は、ギガントワームではないらしい。
「俺達は、第7層を探索中だったんだが。ある程度進んだところで、凄い音が鳴ったんだ。ファンファンだとか、ビービーだとか、そんな感じの音が」
「へえ、警報みたいな感じかな?」
男性戦士が頷く。
「雲行きが怪しいってんで、リーダーの戦士……ホイルって奴だったが、彼が帰ろうって言ったんだ」
そのホイルという戦士の判断を聞いて、弘はレクト村事件を思い出している。あのとき、抜け駆け組の偵察士だったナクラから聞いた話では、ナクラ達のリーダー……ハンクは危険を顧みずに獲物を追いかけ、パーティーはナクラを残して壊滅したという。実際は、ナクラ自身も小蜘蛛に乗っ取られていたので、すでに全滅していたわけだ。
その事例と比較した場合、ホイルの判断は正しいように思える。少なくとも、警報が鳴るなり後退しようとした判断を弘は支持した。気になるのは、それなりに実力があるのだから、今の弘達がそうであるように、戻ることはそう難しくなかったはずだ。なのにパーティーは大打撃を受けたのである。
「警報が鳴った後で、何か出たのか?」
「……出た。とんでもなくデカいサソリだ。そいつにリーダーや、今ここにいない奴らが大怪我させられたんだ」
どれくらい大きいかというと、横幅はアーマーライノス以上らしい。サソリだけあって胴体部の全高はそれほどでもないが、尾の高さはアーマーライノスの背を大きく超えるという。
とはいえ、そう言ったサイズの亜人やモンスターを、弘は闘技場で単独撃破しているのだ。しかも、クロムやヴィッシュなどは口が利ける相手であり、単なる怪物ではない。それらと比較した場合、大きさがアーマーライノスと似たり寄ったりのサソリと言われても、弘には凄さが伝わってこないのだが……。
「そのサソリ、なんか変わったところとかあった?」
「ああ、あったとも。身体の上面とかに鉄板を貼り付けてたんだぜ? 信じられるか?」
「マジかよ……」
アーマーライノスは、外皮が鎧のように硬いことからついた名称だ。レッサードラゴンのウロコの硬度は、アーマーライノス以上であったが、それとて結局はウロコであるにすぎない。
ところが、今聞いた巨大サソリが装備しているのは、本物の鉄板なのだ。
「何処の物好きがデカいサソリつかまえて、鉄板なんか貼るんだよ? 冗談もたいがいに……と言いたいけど、メルはどう思う? 俺、6層の入口で出くわしたガードアーマーって奴が気になるんだけど」
「同感だ。奴と関連づけない方が不自然に思えるくらいだ。その鉄板を貼ったサソリも、実際にいるのだろう」
続けて聞いた話では、巨大サソリからは何とか逃げ切ったものの、第6層の出入り口付近でギガントワームに遭遇、リーダーを含めた3人が捕食されたらしい。
「……何て言うか、かける言葉もないぜ」
「気を遣ってくれてありがとうよ。それに、地上まで送ってもらって恩に着る」
「なぁに、こっちは帰りの人手が増えて楽だったし、こうして話も聞かせて貰えたしな」
何より、ありがたいことに第7層の地図情報を教えて貰えた。この手の地図作成はノーマが得意だったので、彼女に頼んで書き写して貰っている。
「おっと、そうだ。根掘り葉掘り聞いて悪いんだが、他に変わった奴とか見なかったか? そのサソリは変わった攻撃とかしてきた?」
問われた戦士の男性は、唸りつつ知っていることを語ってくれた。
まず、例の巨大サソリのように、身体の一部を金属化している……あるいは、直に金属貼り付けしているモンスターが幾つか出現した。そして、話しながら思いだしたそうなのだが、あのサソリは特徴的な尾に毒針を備えていない。
「サソリなのに、尻尾に毒針がないのか? じゃあ、他に何があったんだ?」
「なんだか細長い筒が付いていて、そこから真っ赤な光の線を出してきた。それを盾で受けたホイルが、盾ごと左腕を吹き飛ばされちまって……」
(……何それ、熱線砲とかレーザーとかか? さっき戦ったガードアーマーが、やたらメカメカしかったし、変だと思ってたが。このダンジョン……ひょっとして古代の機械文明がどうとかって、その類か?)
だとしたら、下層部にメカの整備施設なんかが残っていて、それが自動で動きっぱなし……そういったことを考え、弘は酢を飲んだような表情となった。
この先、ガードアーマーのような敵が何体も出てきたら、今一緒にいる仲間達の『剣と魔法』が何処まで通用するだろうか?
(それ以前に、俺が目当てにしてる『魔法の品』とか、あるのか?)
あっても機械製の珍しい器具とか道具、あるいは武器だったりするのではないだろうか?
弘は、このまま探索するべきか迷ったが、依頼は既に受けている。またジュディス達との約束にかかる残り日数も厳しい。となれば、このダンジョン探索に賭けるしかないだろう。
(女に渡す品としちゃ風情に欠けるかもだが、この際、珍しけりゃ何だっていいか……最悪、有り金はたいて換金用の宝飾品でも……。なんか、どんどん志が低くなっていくのが我ながら情けないぜ)
そんなことを弘が考えていると、男性戦士が申し訳なさそうに頭を掻いた。
「後は、よくわからないな。すまん」
「いいって気にすんな。あともう一つ、第6層より深く潜ってるパーティーって居るのか?」
ライバルの数を把握したかったのだが、多くて他に3パーティーとのこと。そのうち2つは、ギルド酒場でメルに教えて貰ったインスンのパーティーと、騎士パーティー。あと一つは、古参冒険者のパーティーが居て、数日前からダンジョンに潜ったままらしい。
その後、ダンジョン入場口まで戻った弘達は、救助した冒険者達と別れてギルド酒場へ移動した。時間的には鐘二十過ぎといったところであり、解散就寝する前にダンジョン探索について相談をしている。
明日は鐘六つに早朝出発し、一気に第6層まで移動。助けた冒険者達から教えて貰った地図を頼りに、第7層を目指すものとした。
「教わった地図に嘘がなければ、スムーズに動けそうよね?」
「ノーマさんは、地図情報がデタラメだと思うんですか?」
カレンが興味津々といった様子で聞くので、ノーマは肩をすくめた。なお、彼女は先に宿部屋に入って着替えた後である。
「助けて貰ったことと、ライバルの足を引っ張るのは別だもの。見た目に凄く感謝してはいてもねぇ」
「へ~え……」
感心しているカレンを弘は見ていたが、正面のメルに向き直ると、クリュセダンジョンのモンスターについて相談を始めた。
やはりガードアーマーや、冒険者達から聞かされた鉄板サソリが気になる。
「ガードアーマーは長巻でブッた斬れたが、鉄板サソリは難しいかもしれねぇ。何しろ鉄板を貼り付けてるって話だからな。……どうせ、ただの鉄製じゃないだろうし?」
「いや、あのガードアーマーを斬れるとか、その時点で凄すぎるんだが……。しかし、鉄板サソリと戦うのが難しいとは……君の召喚具でも駄目なのかね?」
弘は改めて、現状の召喚具のことを思い出してみた。
刃物系で戦力になりそうなのは長巻と日本刀。警棒やメリケンサックのスタン攻撃は、多少は効果がありそうだが心許ないように思う。手榴弾も破片型なので効果は薄いはずだ。
(爆風型とか焼夷弾みたいなのでも駄目そーだけどな)
もちろん、トカレフの拳銃弾では弾かれるだけだろう。
「駄目だな。将来的にはともかく、今召喚できるのじゃあ……長巻より攻撃力があるのがないんだわ」
今日まで召喚武具を幾つか使ってきたが、当たったときの威力で言えば、日本刀や長巻がトップクラスである。普通に考えれば、トカレフ弾を再現している拳銃の方が強いはず。
このことについて弘は考えてみたが、あることに思い当たっていた。
拳銃弾や手榴弾は、撃ったり投げたりしたら数値どおりのダメージが発揮できるとしよう。ところが、日本刀や長巻の場合。基本的なダメージに、弘の腕力が上乗せされるのだ。
(銃器や爆弾の威力はレベルアップで上がるんだろうが、そりゃ長巻とかも同じだからな。そこに俺自身の力が乗るって言うなら、そりゃあ手持ち武器の方が強いんだろうぜ)
威力は一定だが、遠くまで攻撃できる銃や爆弾。
威力に使用者の力を上乗せできるが、近距離でしか使えない手持ち武器。
つまりは、そういう構図なのだ。先ほど、弘が自分で言っていたが、将来的にはもっと強力な銃器が召喚項目に追加されるかも知れない。しかし、それは今ではないし、召喚品があてにならないのであれば、他の手を考えるべきだ。
「ちょっと武器防具店でウォーハンマーとか買ってくる。戦槌って奴だっけ? シルビアが持ってるメイスよりもデカいのがあればいいな」
そういうモノがあるかをカレンに聞いたところ、対騎兵用に長柄のウォーハンマーというのは存在するらしい。ただし、ダンジョン探索の場にある店舗で、そういう重量武器の在庫があるかどうか……。
「何言ってんだよ? ミノタウロスとかが冒険者稼業やってんだぜ? その手の大型武器とかは、あるに決まってんじゃん?」
「それはそうだが、サワタリ。例えばミノタウロス用の武器があったとして、重さはともかく扱いにくくはないのか? 握ることすら出来ないとか、そういう問題があるのでは?」
指摘したのはグレースだったが、それを聞いて弘は黙り込む。
「言われて見りゃ、そうか……でもまあ、何か手頃な打撃武器があるか見に行くことにはしよう」
その後、暫く歓談しパーティーは解散となった。
「じゃあ、俺は武器でも見に行くかな」
「あ、私も行きます!」
カレンが挙手! 弘はカレンを見た後で、シルビアを見たが申し訳なさそうにしているのを見て溜息をつく。
「参考意見とか聞けるかもしれねーし? ついて来たいなら好きにしてくれ」
「では、我も行くとしよう」
案の定、グレースが同行を申し出た。身請けてからこっち、彼女は弘の従者のように振る舞っており、弘としては嬉しいやら困るやら。
(何が困るって、ダンジョン内で用足すときにもついて来ようとしたんだよな)
さすがにお断りしたが、何やら盲目的に従ってる節があるので、弘としては少々不安になるのだ。
さて、これで同行者は目一杯だし、そろそろ出発しようか……と、口を開きかけたところ、意外なところから手が挙がる。
「じゃあ、私もついて行こうかしら?」
「ノーマもか……。何でまた?」
「えっ? 私にだけ理由を聞くの? なんだか不公平だわ」
「不公平って……」
結局、ノーマもついて来ることになった。
自分は単に武器防具店で、武器探しをしたいだけなのだ。なのに、女4人をゾロゾロつれて歩くのかと思うと、頭が痛くなってくる。
(俺は何様なんだ? いや、カレン達を連れ歩いてるのは冒険中も同じだよな? 今みたいに困った気分になったはことないんだが……)
そう思いながら、弘の視線がメルを向いた。
なるほど、彼の存在だ。メルが居るから、弘1人に周りが女ばかりという状況になっていなかったのである。
「なあ、メル? あんたも一緒に……」
「いいや、遠慮しておく。私は武器に関して詳しくないし、なにより……」
即答で断ったメルは、カレン達を見た後で弘に向き直った。
「ここでついて行ったら女性陣から恨みを買いそうだからな。まあ、モテる男はつらいと言うことだ。せいぜい苦労したまえ」
「モテる男って……」
自分は、漫画の少年主人公のように鈍感でもないし、奥手というわけでもない。むしろ、自分に好意を持ってくれる女性が居て、それが好みの範疇なら来る者拒まずだ。
(と言っても、何事にも限度はあるけどな。いや、正直どうなんだろうな?)
例えば、このパーティーで居る女性達は皆美人揃いだ。それぞれを抱いたとしても、相手方さえ気にしないのであれば弘としては問題ない気がする。その一方で、複数女性を連れ歩くについては抵抗感があるのだ。
つまり……。
(俺が人目を気にしてるだけってことなのか? ……それもまた、だせぇ話だ)
弘は苦笑すると席を立った。
(上等だ。女何人だろうと、連れ歩いてやらぁ)
我ながら妙な方向へ吹っ切れたと思うが、うじうじ悩んだりするよりはマシなはずである。ともあれメルをギルド酒場に残し、弘は女性陣を引き連れて武器防具店へ向かうのだった。
◇◇◇◇
やけくそ気味に吹っ切った弘であったが、やはり女性を4人も連れて歩くと目立つ。
行き交う通行人……ほとんど冒険者である……から、彼らの視線も実に痛い。視線どころか、ヒソヒソ話までされてしまう始末である。
それらを強引に無視した弘は、武器防具店に入っていった。
「おっちゃん。鎧の上からブッ叩く武器を探してるんだけど。いいの、ある?」
「メイスやウォーハンマーを名指ししないところを見ると、相手は普通の鎧じゃなさそうだな」
いい体格の店主は、腕組みするのをやめると弘を手招きした。奥へ来いと言ってくれているようなので、弘は歩き出すが、カレン達も一斉に歩き出したのを見て、店主が顔をしかめる。
「女の冒険者ってのは少なくないから五月蠅いことは言わんが……数が多すぎやしないか?」
「狙って集めたわけじゃないんで、そこは言わないことにしてくれ」
言い訳がましいが嘘はついていない。
それとなく察したのか、店主は一つ頷くと何も言わなくなった。そして倉庫らしき部屋へ入ると、ランプに火を灯して明るくしてくれる。
内部は両脇に棚が並んでおり、木箱や布でくるまれた何かが置かれていた。
「ええと、どれだったかな? む、これだ」
幾つかの棚を見ていた店主が、胸の高さぐらいの棚を見て言う。そこには長さ2メートルほどの木箱があった。
「それがブッ叩き用の武器なんすか?」
「ああ。ただし、重くて俺には下ろせない。これが欲しければ自分で下ろしてみるんだな」
「へえ……」
弘は笑う。どうやら店主は試しに掛かっているらしい。
「おもしれぇ。どれ……やってみるか」
進み出ると、店主は脇に退き、棚へ背を預ける形で寄りかかった。弘の腕力を見物しようというのだろう。
「見ててくれよ~?」
まず、木箱の側面に掌を当て、斜めに傾かせる。こうして出来た底面の隙間に指を差し込むと……弘は音もなく木箱を持ち上げた。店主が「なっ!? そんな軽々とっ!」と驚きの声をあげるが、周囲に居るカレン達は、「当然!」と言わんばかりの笑みを浮かべている。
弘が気になったのは、カレンやグレースやノーマならまだしも、シルビアまでがドヤ顔をしていること。
(え? え~っ?)
戸惑いながらも木箱を床に降ろすと、呆気にとられていた店主が近寄ってきて箱を開けてくれた。中にあったのは、木製の台座で固定された長柄の武器。先端には巨大なトゲ付き鉄球が備わっている。
「これってモーニングスターって奴じゃね?」
「その一種でモールって奴だな。こいつは特注品でな。重さは50㎏もあるんだぜ?」
(そういや……こっちの重さと寸法とか、キロやメートルだっけな)
そうだと知ったときは驚いたものだが、メルに聞いたところ、ずうっと昔に突然広まりだした単位だという。過去の異世界転移者が広めたものだと弘は推測するが、何にせよ把握しやすい単位で大助かりだ。
「50㎏。じょ……ええと、大人で1人分ぐらいの重さか?」
女子の体重を比較に持ち出そうとしたが、現状、周り中が女性だらけなので弘は言葉を選んだ。
「そんな普通の人間じゃ使えないようなもの、よく作ったもんだぜ」
「いやこれは、この宿場で店を構えてるドワーフの鍛冶屋がな、『儂の店の看板じゃああ!』とか言って、作ったしろもんだ。つまり看板用の飾り物なんだよ。ただし、適当な仕事を嫌がって、本気で作ったモノらしいから実用には耐えるはずだ」
(看板用の武器か。小学校の頃……図書室で読んだ漫画に、これと似たエピソードがあったっけな。すげえ多作な漫画家さんの歴史物で、三国志だったっけ? 水滸伝だったっけ?)
その漫画では、やはり武具を求めたキャラクターが、店の看板となっていた62斤(約37㎏)の錫杖を買い求めて武器として使っていた。そして今目の前にあるモールは、その錫杖を上回る重量を有している。
「この重さで振り回したら、柄が折れるんじゃね?」
「ああ、そのことなんだが。柄の上の方にリングがはまってるだろ? 元は耐久力増加の魔法がかかった腕輪でな。それを付けてるから大丈夫だ。……ある程度はな」
最後に一言付け加えたせいで、安心できない。
弘が渋い顔をしたので、店主は肩を叩きながらモールをフォローした。
「そんな顔をするな。普通なら折れるが、魔法が掛かってるって言ったろ? 今まで折れなかったんだから大丈夫さ」
「今まで誰も使えなかったくせに。てゆうか、何でここにあるんだ? 今の話に出てきたドワーフの物なんだろ?」
店主が言うには、店の入口に飾ろうとしたところ、通行人や周辺の店舗主らから苦情が来たらしい。曰く、落ちてきたら危ない……と。
「ドワーフ本人は、取り付けは万全だから大丈夫って粘ったんだ。知り合いの魔法使いに貰ったって言う『耐久魔法の腕輪』までつけたが、結局言い負かされちまってな。で、頭にきて捨てようとしたのを……」
「アンタが引き取ったわけだ。大型の亜人やモンスターにでも売りつける気だったのか?」
「正解。もっとも、買い手がつかなくて倉庫に放り込んであったんだけどな。いやあ、棚に上げるのは苦労したぜ。数人がかりだったぞ」
それはそうだろうと弘は思う。
ちなみに、ミノタウロスのインスンに売ろうとしたそうで、柄の長さや全体寸法がギリギリ人間サイズであるため、敬遠されたらしい。
さて、このモール。買うべきか否か……。
「幾らなんだっけ?」
木箱のモールを指さしつつ聞いてみたところ、提示額は金貨1枚。そこから弘が何か言う前に、店主は銀貨5枚に値下げした。
「その値下げ幅の意味は?」
「元値は普通に売ろうとしてたときの値段だ。今じゃあ倉庫の棚を、重さで傷めるだけのものになっちまったからな。ま、引き取り賃とでも思ってくれ」
「俺は廃品回収業者じゃねーっての。でも、まあいいや。銀貨5枚だな?」
弘は、ポケット内でアイテム取り出しした銀貨5枚を、店主に手渡した。
「まいどあり。じゃあ、そいつは今からアンタのモノだ」
言われた弘は腰を落として手を伸ばすと、その巨大なモールを掴み上げる。木箱を抱えたときよりも重く感じるが、この重量を叩きつければ、相当な威力の打撃となるだろう。
いつものこととは言え、怪力ぶりに目を見張っているカレン達に対し、弘は片手でモールを振るって見せた。本気で振るったわけではないが、それだけでカレン達は圧力を感じているようだ。弘は、良い買い物をしたと実感しつつ頷く。
「よぉし。明日の朝は、こいつを持ってダンジョンに出発だ。巨大サソリだろうが、ブッ叩いてやるぜ!」
平成31年4月19日
鉄サソリを倒せるかどうか話してるあたりのセリフを手直ししました。