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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第6章 ダンジョン探索!
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第百一話 クリュセダンジョン(3)

「出やがった! 対象物解析するぞ!」


 第6層入口。

 その闇の向こうから現れた者を見て、弘は叫んだ。

 先の休息前には、開放能力に関しても説明をしていたので、これを聞いた皆が頷いている。

 さて、出現したモノは身長2メートル半ほどの騎士像のように見えた。ただし、その顔にあるのは緑色に光る単眼……いやカメラであり、腕は2対4本もあって異様に長い。腕関節は人間のものより一つ多く、最大の注目点は、やはり各腕の先に備わった巨大な鎌刃だろう。


「なんつーか……ロボな感じだな。先に攻撃されたけど、間に合うか?」


 対象物解析は初見戦闘の場合、戦闘中に使用できない。かなり不安だったが、運良く『戦闘開始前』判定だったのか情報が表示された。


<ガードアーマーS型>

・非生物。

・武装:ロケットシックル、ヒートシックル


「って、マジでロボかよ!? こいつ中まで鉄っぽいぞ! 鎌が熱くなるのと……あと腕とか飛ばしそうだから注意しろ! じゃあ、行くぜ!」


 言い終わりざま、弘は駆けだした。手に持っているのは白木柄の日本刀だ。あんな見た目にも硬そうなロボ相手に通用するだろうか?


(なに、かまやしねぇ! 斬れなかったらポン刀を鈍器代わりにしてタコ殴りだ!)


「うぉああああ……あっ!?」


 突如、ガードアーマーが、左右上部の鎌を手首(?)位置で射出してきた。どうやら、これがロケットシックルという武装らしい。各鎌は鎖によって腕と連結しているようで、これを巻き戻して連発してくるのだろう。

 そんなことよりも、弘は鎌が自分を狙って飛ばず、両脇をすり抜けたことを危険視した。ガードアーマーは接近する弘を迎撃するのではなく、まず他の仲間達を攻撃したのである。


「ざっけんな! 俺は無視かぁ!」


 弘は右側の鎖に向けて刀を投げつけ、横っ飛びに飛んで左側の鎖を掴み取った。回転しながら飛んだ刀は右側の鎖に命中。切断することは出来なかったが、この一撃によって鎌の軌道は大きくずれた。


 ……ゥン……ドカァ!


「きゃっ!?」


 続けて駆け出そうとしていたカレンが悲鳴をあげている。大鎌が右脇数メートルのところで着弾したため驚いたのだ。一方、左側の鎌はグレースへの直撃コースであったものの、飛翔中に鎖を掴まれたので届いていない。  


「へっ! どうだ見……うわだぁ!?」


 ガキャア!

 頭上から振り下ろされた2丁の大鎌を、弘は掴んだ鎖で受け止めた。

 いつの間にか接近していたガードアーマーが斬りつけてきたのだ。見れば、両側ではジャラララと音を立てて鎖が巻き上げられている。


(やべぇ! 巻き戻ったら近接用の鎌が増える! 今のうちに押し切らねぇと!)


「腕力は俺の方が……って、熱っ!?」 


 気がつくと、鎖で止めた大鎌が赤熱し始めていた。このまま鎖を溶かし切るつもりだろうか。そうなった場合、弘も真っ二つにされてしまうだろう。

 追加されたばかりの召喚ボディアーマーを試そうかと思ったが、こんな物騒な攻撃を受けるくらいなら、逃げた方がマシだ。


(鎖から手を離しながら後ろへ跳ぶぞ! せえ~の……)


「でぇい!」


「やあああああああ!」


 後方へ小さく跳ぶや、ヒートシックルが床に突き刺さり、同時にカレンが斬りかかっていく。


「カレン!?」


 驚きつつ叫ぶ弘は、ガードアーマーの手前で跳ねるカレンの姿を見た。


 ドギィイイン!


 鼓膜を破りそうな大音響と共に、ガードアーマーの左鎖骨付近に剣が振り下ろされる。だが、カレンの力を持ってしてもガードアーマーの装甲は破れない。しかし、その斬撃というよりは打撃によって、ガードアーマーはバランスを崩し尻餅をついた。


「よっしゃあ! もらったぁ!」


 相手の頑強さに面食らったらしいカレンが、大鎌の攻撃を躱しながら後退してくる。それと擦れ違った弘はガードアーマーの懐へ飛び込んでいった。このとき、ガードアーマーは巻き戻した2本の鎌を赤熱化中であり、ギリギリのタイミングで弘に対するヒートシックル……4本の同時赤熱が完了しそうである。


(かまうこたねぇ! 4本ぐらい、躱しきってやらぁ!)


 ガードアーマーの攻撃は予想できていたが、弘はそのまま突進した。


「ギ、ギガガ……」


 何を言ってるのか判別できない機会音声と共に、ガードアーマーが座したまま4本の大鎌を振り上げる。このままだと、刀の間合いへ入る前に攻撃されそうだが……。


 ……ひょっ……ガギャ!


 何かが弘の頭上を通過したかと思うや、ガードアーマーのカメラに命中して弾き返される。カメラであっても防御力は高いらしく、ガードアーマーは損傷しなかったが……メインと思われるカメラに攻撃を受けたことで一瞬、その動きが止まった。


(矢かっ!? グレース!?)


 後方では、複合弓を構えたグレースが第2射を用意していたが、彼女に背を向けて走る弘には見えていない。矢が命中した直後、攻撃可能な間合いへ踏み込んだ弘は、ガードアーマーの胴体右……の間接部に斬りつけた。

 カレンの一撃をも耐えた装甲だ。弘が斬りつけた場合、どうなるか?


 バキイイイン!


 一閃! 振るわれた日本刀は、見事にガードアーマーの腹部を斬り裂いた。その一撃は人間で言う背骨に達し、ガードアーマーの行動に大きな障害をもたらしている。だが、その代償として、日本刀は鍔から数センチを残してへし折れてしまった。


「ちっ! 次、長巻!」


 使い物にならなくなった日本刀を放り出し、長巻を召喚する。6層への入口前は広いので、長巻を振り回すのに支障はないはずだ。


 ドシュ! ドシュシュシュ!


「またかよ!」


 空気が吹き出すような音がしたかと思うと、またも大鎌が射出された。今度はすべての鎌が弘に向かってくる。鎌の峰側には刃がないので、どうやら打撃によって弘を後方へ押しのけるつもりのようだ。それに、まだ全鎌が赤熱化したままなので、熱によるダメージもあることだろう。


(ここで距離を開けられたら、また何か変なことしてくるんじゃねーか?)


 そう考えた弘は、前進しながらすべての鎌に対処する。とにかく、ガードアーマーとの距離を詰めて攻撃し、トドメをさすのだ。

 最初に間合いに入った下段の2丁鎌を、ジャンプして回避。続けざまに飛んできた上段の2丁鎌は、着地する前に両方とも打ち落とした。


 ジャララララララ!


 鎖が高速で巻き戻される音がする。

 背後から複数の鎌が迫っていることになるが、弘はかまわず駆けて長巻を振り上げた。


「粘ってんじゃねぇええ!」


 ガ、シュア!


 全身金属の塊。そうであったはずのガードアーマーが、縦に斬り裂かれる。内部からは部品類がこぼれ落ち、機体は左右に分かれつつ大きな金属音を立てて倒れた。


「やっつけたみたいだな……」


 弘は顎下の汗を拭うと、ガードアーマーが再び動き出さないか眼を配る。何しろ相手はメカでありロボなのだ。真っ二つにしたからと言って、完全停止したとは限らない。そのうち、カレン達が周囲に集まってきた。 


「これ……ゴーレムなのかしら?」


 カレンが興味津々な様子で残骸を見ている。

 弘の知るゲーム知識で言えば、巨大な人型や怪物を石や木や鉄……あるときは死肉等を使用して作成し、それらを魔法等で動かして使役することをゴーレム術と言う。

 弘は「この世界にもゴーレムとかあるんだな」と感心していたが、しゃがんで部品等をいじっているメルに声をかけた。


「ゴーレムなんてモノまで居るとか、さすがは難易度高いダンジョンだけあるっすね」


「いいや、変だぞ。ヒロシ」


 立ち上がったメルは振り返ると、まずは弘、続いて他のメンバーらを見ながら話し出す。


「私が知るゴーレムとは、これほど中にカラクリが詰まっているものではない。これは別の何かだ」


「別の何か……」


 やっぱりロボなのだろうか?

 そうだとしたら不謹慎だとは思うものの、弘としてはワクワクしてしまうのだ。しかし、そういった弘の気分など知るよしもないメルは、更に話を続けている。


「もう一つ、これは悪い情報かも知れないが。ギルド販売のパンフレットには、このモンスターの情報が記されていない」


「メル殿。それは、このモンスターについて未記載なだけではないのか?」


 質問したのはグレースだったが、メルは難しくした表情を崩さなかった。


「そうかもしれん。だが、これを見てくれ。第7層までに出没する幾つかのモンスターがパンフレットに掲載されている」


 メルがパンフレットを開いて指し示すので、覗き込んでみると、確かに第5層まででは見かけなかったモンスターが何種類も掲載されていた。


「そして、このモンスターに関しては掲載記事がない。だから、先ほどの出現時に、私は何も言えなかったんだ」


 メルはパンフレットを綴じながら、皆に力説する。


「冒険者達が探索をした結果、新たに得た地図情報を握り込み、自パーティー有利の状況を作り出す……というのなら、まだわかる。しかし、強力なモンスターを減らすためなら、その情報を流して他パーティーに倒して貰うという手もあるはずだぞ? なのに、そういった強力なモンスターの情報が外に伝わっていないのは……これは妙だとは思わないか?」


 確かにメルの言うとおりだ。ダンジョンを一歩出れば、酒場で宿で大通りで、そこかしこで「危なかった。死ぬかと思った」、「あのモンスターは、やばいな」、「なんだよそれ? ちょっと聞かせろ」といった会話は聞こえていた。なにしろ、見あたる人間のほとんどが冒険者なのだ。宿場町は常にダンジョンの噂話であふれているのである。


「つまり……メルはどう思ってるんだ?」


「ヒロシ。この未知のモンスターは……最近になって、このあたりを徘徊しだしたのではないか。私は、そう思うんだよ」 


 このメルの推測が正しいとしよう。

 これまでに知られていなかったモンスターが、ギルド販売のパンフ地図、その最下層で出現した。だとしたら、それは何を意味するのだろうか?


「このダンジョンの下の方で……何かがあった?」


「そう考えるのが妥当だと思う」


 弘の言葉にメルが頷くと、第6層への入口前で不気味な静寂が生まれた。

 どうも雲行きが怪しい。この先には、今出現したようなモンスターが他にも居るのだろうか?

 ここで、弘はパーティーリーダーとして選択を迫られた。

 このまま先へ進むか、一度引き返すか?

 探索時間に余裕はあるが、パーティーの安全を優先するべきかもしれない。とはいえ、冒険者稼業で食べていくなら、ある程度の危険は覚悟することも必要だ。


「このゴーレムみたいな奴。解析したところじゃ、名前をガードアーマーって言うらしい」


 弘は誰に言うでもなく呟きだした。


「奇妙な攻撃には戸惑ったが、なんとか怪我人も出さずに倒せてる。もう少しだけ……先の様子を確認しておきたいんだが。どうかな?」


 そう言って皆を見たが、反対意見は出てこない。カレンとグレース、それにノーマまでもが弘に頷いてくれていた。


「シルビアとメルはどう思う?」


「私は……本音を言えば、カレン様にはダンジョンから出ていただきたいぐらいなのですが……」


 シルビアはいつもどおり『カレン様優先』の考えのようだ。

 メルはと言うと肩をすくめ、弘に苦笑して見せる。


「勘違いして欲しくないのだが。私は、起こった事実に対して推論を述べているだけだ。ヒロシが行くと言うのなら、ぜひ下層へ降りてみたい」


 ほぼ全員一致で、第6層に降りることが決まった。

 弘は、大きく開かれた入口の向こうを見る。やはり暗闇の世界であり、松明等の照明器具がなければ歩くことすら難しいだろう。


(やれやれ……すげぇ、ドキドキするな)


 本音を言えば地上まで駆け戻り、ギルド宿の堅い木製寝台の上で、マントか何かにくるまって寝てしまいたい。けれど、先の見えないダンジョンに挑戦するというのは、何とも胸をドキつかせてくれるのだ。

 

(度し難いってやつか? でも、冒険者って、こういうもんじゃねーのかな?)


 ともすればニヤけそうになる口元を引き締めつつ、弘は先頭を行くノーマの後をついて歩き出すのだった。



◇◇◇◇



 クリュセダンジョン、第6層。

 パンフレット記載の地図にはないエリアである。とはいえ、第5層までと変わらず、似たような通路風景が続いていた。


「なんか、変わり映えしねーのな。相変わらず迷路みたいな感じじゃねーし」


「ダンジョンと言っても色々あるから。それにここ、迷宮施設じゃなくて元軍事施設でしょ? 迷路構造だと、使ってた人達は普段から面倒じゃない」


 隊形の先頭を行くノーマが、弘の呟きに答えてくれる。

 なるほど……と納得していると、ノーマが右腕を上げて『停止』のサインを出した。


「何かあったのか?」


「ヒロシ、あれ……」


 松明を振ってノーマが示した先には、何かの影が見えている。それは倒れた人のようで、数は3体ほどだ。


「全滅した冒険者パーティーか?」


「そう見えるけど。何かの罠かも」


 警戒するノーマに頷くと、弘はどうするべきか思案する。

 まだ息があるなら助けたいし、罠だとしたら近寄りたくはない。


(遠間から弓やトカレフで攻撃……いや、それだと相手が生きてたら死ぬほど恨まれるし)


 暫し考えた後、弘が出した行動案とは……。


「まずは声をかける。反応がないなら、ちょっと近づいてから水樽を出し……手桶で水をかけて反応を見るんだ」


 随分と及び腰な案だが、安全と言えば安全だろう。少なくとも生きてる人間を攻撃しなくて済む分、弓等を使うよりはいい。

 特に反論も異論もなかったので、弘は自分が言ったとおりの行動をした。


「まずは、声かけか……モンスターとか集まってきそうだけどな~。……お~い。あんたら生きてるのか~?」


 耳を澄ます。何も聞こえない……いや、微かに女の声が聞こえた。


「た、助けて……誰か……」


 弘はカレン達を振り返る。皆の反応を見るに、今の声は聞こえていたらしい。

 水樽と手桶を出すまでもなかったので、そのまま後退して弘はパーティー会議を開いた。

 一刻も早く助けるべきと発言したのがカレンであり、彼女に追従したのがシルビアである。そしてメルも救助を選んでいた。彼の場合は「助ければ、第6層以降の情報が手に入るかもしれない」という目論見あってのことだ。

 一方、救助反対に回ったのがノーマ。そして、グレースは弘に任せると言う。


「あ~……一応、救助派が多いみたいだし。助けるとするか。じゃあ、俺が前に立つから、シルビアとカレン、ついて来てくれるか? ノーマは周囲を警戒。グレースは弓で攻撃準備しててくれ。メルは、状況に応じて魔法で援護ね。そっちで何かあったら、俺達のところまで来てくれよ?」


 こんなものかな? こんな感じだろうか?

 そう悩みつつ、弘はパーティーメンバーに指示を出した。


(喧嘩で下っ端をけしかけるとかなら慣れっこだし。パトカーや白バイが出たら、集合場所を決めて逃げ散らせたりとか。そういうのはいいんだけど。……命がけの冒険で人を動かすのって、胃にキリキリ来るな……)


 もう少し無責任な性格だったら、こんな思いをしなくて済んだかもしれない。革鎧の下から手を差し込んで腹部を擦っていると、右脇の方からカレンが覗き込んできた。


「怪我人を治療するのに、私も行くんですか?」


 行くのが嫌……と言うのではなく、戦士の自分では治療の手伝いなどほとんど出来ないと言いたいらしい。


「ああ、あそこに転がってる連中が襲いかかってきたり、他に罠でもあったりするとな。俺1人じゃシルビアを守りきれないかもしれんと、そう思ったんだ。要はシルビアの援護とか護衛だな」


 まだ消えていない長巻を下げた弘は、肩越しにグレース達を振り返った。


「けど考えてみりゃ、戦士2人がこっちに来たら、グレース達の戦力が低下するか……。やっぱカレンには、向こうにいて貰った方が良かったかな……」


 自分の判断が間違っていたのかもしれない。そう考えた弘が唸っていると、カレンとシルビアが顔を見合わせて苦笑した。


「……なんだよ?」


「サワタリさんの判断は正しいと思いますよ?」


「私も、そう思います。治療中に、残ったメンバーがモンスターの襲撃を受けるかどうかなんて、状況や運にもよりますから」


 カレンが嬉しそうに言い、シルビアも心なしか笑顔が優しく感じられる。


「状況や運次第か。いい方向に転んで欲しいもんだけどな」


 そんなことを話している間に、倒れている者達の間近にまで来た。

 グレースが持つものとは別に、アイテム取出ししたランタンで照らしてみたところ、倒れているのは3人。戦士が1人、魔法使いと僧侶が1人ずつ。そのうち、魔法使いのみが女性だった。


「助けを呼んだのは彼女か。シルビア、頼めるかな?」


「任せてください。見たところ、彼女が一番深手のようです。他の方は出血もしていないようですから、彼女を先に治癒しましょう」


 凛とした声で言い放ち、シルビアは女性魔法使いの傍らで膝をつく。そして、左手で首から下げた聖印を握り、右手を相手の胸に載せた。


「至高なる光の神よ。信徒たるシルビア・フラウスの名において、この傷つきし者に癒しの力与えたまえ。大いなる光の教え、神の威光、正しき光により、この者に光あらんことを……」


 祈りの言葉が続いていく。

 その祈りの始まりから、シルビアの右手に淡い光が出現していた。そして、見る間に傷が塞がり、魔法使いの荒い呼吸が静かなものに変わっていくのだ。


「治療法術かぁ。以前、棒叩きされた時にも治して貰ったが、凄いんだよな」


 日本にいた頃、手かざしで怪我を治したりといった奇跡の話をチラッと聞いたことがある。たいがいは眉唾物だったり、そういうことが過去にあったという伝説だったものだが、シルビアの治癒法術は本物なのだ。


「シルビア? なんだか嬉しそう?」


 法術行使の間、シルビアの傍らで立って見守っていたカレンが、前屈みにシルビアの顔を覗き込んでいる。話しかけられたシルビアはピクリと眉を動かしたが、そのまま祈りを終え、カレンに向き直った。


「……嬉しそうになんかしてません。それよりサワタリ殿? 治療が終わりました」


 ランタンを持っているのは弘だが、シルビアの表情はともかく顔色までは判別できない。


「う、あ……ありがとうございます」


 女魔法使いが身体を起こした。傷は塞がったものの体力までは回復していないので、その動きは鈍い。

 相手が女性ということもあり、まずシルビアが話しかけた。


「モンスターに襲われたのですか?」


「え? ええ……巨大な……ほ、他のみんなは!?」


 意識がハッキリしてきたらしく、仲間のことを思い出したようだ。先ほどまでより素早い動きで周囲を見回している。


「そういや他に2人倒れてるんだったな。カレン? 様子を見てくれる?」


「はい」


 弘に言われたカレンが、テテテッと小走りに倒れている男達へと向かう。暫くして戻ってきた彼女の話では、やはり気を失っているだけらしい。


「ってことだ。仲間の2人は心配ない」


「2人? 私達は6人パーティーで……」


 弘達は顔を見合わせたが、各々の眼や表情は「ひょっとして……」と語っている。そうではありませんように……と思いつつ、弘が女魔法使いに確認したところ、彼女のパーティーが6人編成であったことに間違いはなく、今いる3人の他に戦士が2人、偵察士が一人いたらしい。


「考えたくねーが、それが今いないって事は……」


 戦闘で倒された後、連れ去られたのだろう。相手がモンスターだとしたら、今頃は……。

 嫌な沈黙が場を支配する。しかし、こうして別な冒険者達と出会えたのだから、そのモンスターの情報だけでも入手したい。


「なあ? ショックを受けてるとこ悪いんだが。あんたらを襲ったのはモンスターだよな? いったい、どんな……」


 そう弘が話しかけたとき、後方……グレース達のいる方向で大きな破壊音が聞こえた。振り返ると、弘達から見て右方の床が破壊されて、巨大な影が蠢いているのが見える。


「言ってるそばから出やがった! カレンとシルビアは、ここで怪我人達を見ててくれ!」


 言い放ちざま弘は駆け出した。

 現時点、残してきたメンバーで近接戦闘を行える者は、良くて偵察士のノーマのみ。そして偵察士は、弘が知るファンタジーRPGの多くで知られる盗賊職と同様、戦闘力が高くないとされている。

 


◇◇◇◇


 少し前。

 遠目に……と言っても十数メートルほどだが……何か話している弘達を、グレース達は見守っていた。

 どうやら何かの罠ということはないようで、シルビアが治癒法術のために祈りだしたのが見えている。


「どうやら、単なる全滅組だったらしいな。シルビアが今……」


 そう言ったのはメルだが、言い終わる前に地面……いや、床が揺れた。地震などではなく、大きな力で床下から殴打されているようだ。


「こ、これは!?」


 グレースが複合弓を構える。メルも杖を握り直したが、それらを制するようにノーマが手を振って叫んだ。


「何か出てくるわ! 二人ともヒロシ達の方へ行って!」


 この指示により、メルとグレースは弘が居る方へと移動を開始する。ノーマも後を追って駆け出そうとしたが、その前に床が吹き飛んだ。

 いや、吹き飛んだという描写は正しくない。

 床が不自然に盛り上がったと思うと、その盛り上がりの頂点で構造材が裂け、中から黒い物体が飛び出したのである。それは、そびえ立つ巨大な肉塊のように見えた。

 相手が何者なのかは不明だが、少なくとも偵察士1人で接近戦をするべきでないのは理解できている。ノーマは偵察士の持ち味の一つである瞬足を活かし、謎の生物から距離を取ろうとしたが……。


 ぶしゅああああ!


 巨大な肉塊の頭頂部から、何か液体のようなものが振りまかれた。すでに距離を取っていたメルとグレースは無事だったものの、ノーマはその腰や足に浴びてしまう。


「なに!? 酸とかじゃないわよね!?」


 酸であるなら、今頃はズボンやブーツが煙をあげて溶かされているはずだ。その下の柔肌などひとたまりもないだろう。しかし、溶かされる様子はなかった。

 そのかわり、強い粘着力によりノーマは身動きが取れなくなってしまう。


「くっ! こんな粘液ぐらいで……えっ!?」


 見上げた先は肉塊の上部。そこでは数え切れないほどの蛇が蠢いていた。それが蛇などではなく、肉塊より突出した触手であることに気づいたとき。ノーマは幾本もの触手によって絡め取られていたのである。


「は、放せ! この!」


 短剣を振るって何本かの触手を切断するが、いかんせん数が多い。次から次へと巻きつかれ、数秒後には身動きが取れなくなってしまう。


「ぐっ……」


 ……ぐじゅる……。


 粘性を感じさせる水音が、ノーマの頭上から聞こえた。


「な、なに?」


 左手に持ったままの松明を向けると、いつの間にか肉塊が湾曲しており、その先端をノーマに向けている。先端部には、ノーマを絡め取っている触手が無数に蠢いているが、ノーマはその中心部を凝視した。  

 それは円形の穴。内周には鋭い牙がノコギリのように生えており、何重にも連なって奥まで続いていた。


「口……なの? 嘘……」


 ズビュム……ドスドスドス!


 ヒュッ……ズカァ!


 メルの魔法の矢が、次々と肉塊の胴体(?)に突き刺さり、それに混じってグレースの矢も突き立っている。だが、肉塊が怯んだ様子はなかった。


 びちゃ、ぼたたた……。


 肉塊の口より液体がしたたり落ちる。落ちるなり床に広がっていくので、ノーマの動きを止めた粘液とは違う物のようだ。


「これって唾液? ちょ、ちょっと待って! 私を食べ……」


 問いかけるノーマの言葉に、肉塊は返事をしない。野生動物のように人語を解さないであろう事は、見た目でわかるが、返事の代わりに肉塊は行動に出た。

 その牙が幾重にも並んだ口で、ノーマに覆い被さったのである。


「い、嫌あああああああっ!」


「やっと到着したぞ、こらぁあ!」


 突如、弘の声が聞こえたので、ノーマは悲鳴をあげた表情のまま、目だけで声がした方を見た。

 それは自分と肉塊の間。いつの間にか割り込んできた弘が、長巻と彼が呼んでいる長刀を振るい肉塊に斬りかかっていたのである。


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