転生ヒロインは逆ハーを目指していた
幼馴染の篠塚蘇芳は、大層性格の捻くれた美形である。
自分に言い寄る女をものすごく莫迦にしている割に、表面上は優しく振る舞う腹黒系だ。
おまけに頭もよく、スポーツも幼少時から武道を嗜んでいるお陰か万能、世間一般の認識として、奴は優等生であるらしい。
だが、私を含む近所の幼馴染達は、子供の頃からの付き合いで奴の本性を知っている。
中学時代にOLさんと初体験を済ませたことも、それ以後年上の女性を適当に食い散らかして遊んでいることも、私達は知っている。
何故ならこいつは、わざわざ私の家を溜まり場にして、自慢気に成果の報告をしやがるからだ。
頼むからそういうエロ系の会話は他の奴等の家でやってくれと頼み込んでも、何故かこいつらは私の家に集まる。
多分私の家が剣道の道場で、昔ながらの日本家屋で、私の部屋が広いせいだろう。ちなみにこの幼馴染どもは全員うちの門下生で、女は私一人だ。
こいつらは私を女と思っていない。だから平気で下ネタを話す。但し、あまりに酷いと私が家族に助けを求めるので、そうなると一時的に自粛するが、すぐまた復活する。なんでだ。
だからといって、こいつらの会話中にわからないことを聞いてはいけない。確実にろくでもない内容だからだ。そして迂闊に聞いてしまったが最後、にやにやしながら事細かく説明をしやがる。お前ら最低だ。
中学までは事ある毎にこいつらと一緒なせいで、女子に遠巻きにされがちな私だったが、流石に高校までそれはゴメンだったので、勉強を頑張って有名私立の女子高に無事合格した。女子校では、流石の奴等も入ることが出来まい。これで私も普通に女子トークができる。トイレだって友達と行っちゃうんだ、きゃっほいと素直に喜んだ。ええ、女子トークに飢えてましたが何か。私とて今どきのファッションのこととかお化粧のこととか、女同士でキャッキャウフフで会話したかったんですよ。邪魔な奴等のせいで無理だったけど!
ちなみに、私の部屋に屯する幼馴染は蘇芳を入れて約三人。残る二人は蘇芳程ではないがそこそこにモテている。一見爽やかサッカー少年が九重大輝、見るからに寡黙で重厚な雰囲気を醸し出してる武道一直線男が仁神堂龍一である。ちなみに龍一はムッツリスケベだ。
私以外の三人は成績優秀だったので、揃って有名私立高校に通っていた。そこでも上級生のお姉さま方をさりげなく食い散らかしているらしい。外道どもめ。
それでも、私の通っている高校の生徒にだけは決して手を出すな、外で私に話しかけるなと言い含めておいたので、私の高校生活は非常に平穏だった。もっとも、夜は相変わらず私の部屋に入り浸る。お前らいい加減にしろ。
そんな生活も転機が訪れた。高校二年生の初夏のことだ。
「気になる女生徒がいる」
言い出したのは蘇芳だった。女性に偏見を持つこの男にしては珍しく、その女生徒の些細なことを褒めていた。比較対象に私を出すのが実に忌々しいが。というか女生徒を褒めていたのは本当に最初だけで、後は全力で私を貶していた。
それでもまあ、今までに比べたらましな反応だろう、これを機に健全な男女交際に目覚めてくれれば尚良し、と何故か保護者的な感想を抱いていたが、程なく大輝や龍一まで口を揃えて蘇芳に同意した。それはいいが、私を貶すのはマジでやめろ。
まあそれはともかく、あの捻くれ三人組に気に入られる女性というのは珍しい。このまま、あの三人組を彼女が矯正してくれることを切に願う。
夏休みは道場の合宿がある。私はひたすら汗だくで下働きになるので好きではないが、家業の手伝いなので仕方なく受け入れる。希望者だけなのに参加メンバーは中学生から社会人(独身)まで幅広く、結構人数があるので、とにかく食事と洗濯が大変だ。掃除は彼ら自身に任せるが、食事はそうもいかない。放置しておくと得体のしれないものを創りだすからだ。
合宿場は親戚の道場で、ちゃんと宿泊設備もある。向こうの門下生と合同で修行するのだ。泊まるのはこちらの面子だけだが、当然昼夜は向こうの人と食事は同じだ。特に夜は社会人組が凄いことになる。
大概大食らい揃いなので、車をもってる社会人と荷物持ちを拉致って買い出しに行き、大量の食材を買い込む。「あらあら、またそんな時期なのねぇ」とスーパーのおばちゃんに和まれる。毎年恒例ですみません。新鮮な食材を大量に仕入れておいてください。
私のお手伝いは各年代の門下生から交代で人出が出されるのだが、即戦力はあまりいない。特に中学生組は包丁持つ手つきが非常に恐ろしい。しかしこれも修行、頑張れ少年たち。
戦場のような裏方は夜まで続く。皆がご飯食べてても私は一人、台所で洗い物だ。奴等に後片付けという言葉はないのか。料理後の台所の惨状といったらもう筆舌尽くしがたいことになっている。
その内に誰かが一升瓶を持ち出し、宴会に発展する。いつものことだ。買い出しの時に買い込んだおつまみが恐ろしい勢いで消費されていく。
大方の片付けが終わると、私は宴会の只中へいき、不要な食器を回収しては台所に戻る。たまに親切な門下生が手伝ってくれるが、運ぶだけで洗い物は手伝わない。まあ別にいいんだけど。
ちなみに洗濯機はこの時もフル稼働している。昼間だけじゃ間に合わないのだ。夜間の洗濯物干しがおわり、洗い物が一段落してからやっと、私の晩御飯になる。油断すると避けておいた私の晩御飯まで食べられてしまうことがあるので注意が必要だが、今日は無事だったらしい。一人でひっそりと食事をとる。
「あれぇ、翠ちゃんこんなとこでご飯食べてるの?」
軽く酔っ払った大学生門下生の木下さんが現れた。おつまみを探しにきたようだ。
「はい。木下さんはどうしてここに?」
「一人でさびしくない? 皆のところにいこう?」
私の質問は無視か、木下さん。まあ酔っ払いだから仕方ないか。
「ええと、いつもこんな感じですよ? あそこだとおかず盗られちゃうから危険なんです」
主にあの三人組がやらかすんだけどな!
「えー? うん、そっかー?」
木下さんは、首を傾げながら、何故か私の横に座った。
「まあ、ご飯は一人より二人で食べるほうがおいしいよ?」
そう言いながら、カップ酒の蓋をポンっと開ける。ここで飲む気か木下さん。
「はあ」
私は曖昧に頷いてご飯を食べつつ、木下さんと適度に雑談して盛り上がった。そろそろあの三人組が食い足りないと騒いでやってくる頃なのだが、その日は珍しくやってこなかった。
翌日は遅れて母がやってきたので多少は楽になったものの、やることは変わらない。半泣きで包丁を握る少年たちに「料理男子はモテるんだから頑張れ」と激励する。本当かどうか知らないが、それで何故社会人組がやる気を出したのか謎だ。
三泊四日の修練合宿はひたすらおさんどんで終わりを告げ、帰りのバス(レンタル)ではあっさり寝落ちした。だから寝てる間に「翠ちゃんの唐揚げファンクラブ」なる謎の団体ができていたなんてことは全く知らない。知りたくもない。お前ら唐揚げ食べたいだけだろう。
秋と言えば文化祭のシーズンである。
あの三人組には絶対近寄るなと釘を刺しておいたので、実に平穏に終わった。彼奴等の学校も同時期に文化祭だったので助かったともいう。
最近奴等が私の家に集まることも減ったので、やっと大人になったんだねと思いつつ、平和を噛み締めていた過去の私。残念だったな、それは嵐の前の静けさというんだ。
文化祭が終わった頃、奴等は人の家に上がり込んだ。お母さん、お願いだからこいつらを私がいないときに通さないでほしい。帰宅したら暗い顔した三人が揃って待ちかまえていたとか心臓に悪い。
何があったのか話を聞くと、なんと恐ろしいことに、三人は本格的に例の女生徒に惚れたらしい。凄いなその娘さん。ただ問題は、ライバルはこの三人だけではないらしい。
元生徒会長とか風紀委員長とかちょっと不良系とか、こいつらが把握してる限り三人は確実にライバルであるらしい。六人の男に取り合いされる女子高生凄いな。
「はあ、モテモテなんだねぇ」
それ以外何を云えと。
「ああ、お前とは正反対な女性だ」
そして何故どさくさにまぎれて私を貶すんだお前らは。
「しかし、皆揃いも揃って同じ女性に惚れるとか。どんな娘さんなのマジで」
龍一が口を開く。
「だから清楚でお淑やかで内気で」
続いて大輝が。
「からかいがいのあるツンデレでちょっとお馬鹿な」
最後に蘇芳が。
「優秀で明るく、無駄に元気な女だ」
「いやちょっと待て」
何だろう、今ものすごい矛盾を聞いた気がします。
「え、あれ。清楚でお淑やかで内気でツンデレでお馬鹿で優秀で明るく元気? まとめるとそうなるよね?」
これ本当に同一人物だろうか。なんか三人共印象が違うってどういうこと。
三人共顔を見合わせている。どうも互いに印象が異なっていることに今気づいたらしい。お前らね……
「いやいやいや、何言っちゃってんのお前ら。あの子めっちゃツンデレじゃん。優秀っていうけど結構うっかり者でお馬鹿だよね?」
「何を言っているんだ。あれは俺と張り合えるくらい優秀だぞ。ツンデレとか何の話だ。元気が良すぎてもう少し落ち着けと言いたくなるが」
「いや、内気で恥ずかしがり屋だったと思うが」
何やらわいわい言い争ってるが、お前らここ私の部屋だからね。
「とりあえず、一人がその娘さんと会ってるところを残った二人が隠れて覗いて、言ってることが本当かどうか確認すればいいでしょ。それより、他に彼女を好きだという人たちの前ではどうなのか、ちょっと気になるよね」
正直に言おう、決して深い意味のない発言だった。全く考えなしだったともいう。
しかし奴等は顔を見合わせ、何やらぼそぼそと打ち合わせを始めた。どうでもいいけど余所でやってくれないかな。
私はそんな奴等を放置して、一人勉強を始めた。来年は受験である。塾に通ってない身なので頑張らねば。
「お前が余計なことをいうからだ!」
いきなり理不尽に責められたのだが、私は一体どうすればいいのだろう。
なんでも蘇芳の言うことには、彼女は本当に人によって態度を変えていたらしい。凄いなそれ、女優になれそうだ。いや多重人格?
「もう俺は女なんて信じられない、どうしてくれる」
「そんなことを言われても、私がその娘さんをオススメしたわけでもなければ、騙せと唆したわけでもないしね、そもそも顔も名前も知らないし」
私はただ、ちょっと矛盾してると指摘しただけである。それだけで責任とれと言われても困る。
とりあえず落ち着け、と私は蘇芳にクッキーを差し出した。ちなみに私の手作りだ。母の方針で、基本的に我が家のおやつは手作りだ。食べたいものは自分で作れ、とのことです。ちなみに男性陣には適用されないという実に差別的な話だが、最近弟がお菓子作りに目覚めたので、差別も撤廃されそうな雰囲気だ。
蘇芳は不貞腐れながらも、しっかりクッキーには手を伸ばす。最近判明したが、こいつらが私の家に屯する一番の理由はこのお菓子だったらしい。盲点だった。
「一応聞くけど、結局その後どうなったのさ。そもそもあんたたちの誰も、彼女と付き合ってたわけじゃないんでしょ?」
本人たち曰く、付き合うのも時間の問題レベルの親しさだったらしいが、彼女にとってはどうだったのか、正直謎だ。
「どうって、何もない」
「何も?」
「お前の言った通り、別に付き合っていたわけでもない。親しかっただけだ。だから、こちらから距離を置いた。それだけだ」
ある意味、とても蘇芳らしい判断だった。彼女を責めるわけでもなく、突然距離を置いたら彼女は戸惑うだろうに。
「なんで避けるのかって、聞きに来たらどうするのさ」
「幻滅した、と答えるだけだ」
吐き捨てるように告げる蘇芳の口に、手持ちのクッキーを強引に押し込んだ。
文句を言いたそうにこちらを睨み付ける蘇芳をスルーしていると、やはり不機嫌な大樹と龍一が揃ってやってきた。全く、お前らはいつまで私をお母さん扱いするんだか。
無言で定位置に座る二人にクッキーをすすめると、黙って手を伸ばして咀嚼し始める。嗚呼私のおやつがどんどん減っていく。明日学校に持っていく分はよけておいたが。
ぽつり、ぽつりと愚痴がこぼれはじめ、いつしか盛大な愚痴大会となった。どうでもいいが私その娘さん知らないんだけど。話入れないんだけど。そして勉強したいんだけど。
「もう俺たち四人は未来永劫独身を貫くことになりそうだなあ」
「いやいや、そこ、勝手に私を巻き込むな?」
大輝の失礼な発言に思わずツッコむと、蘇芳が鼻で笑った。
「何言ってんだ、彼氏いない歴=年齢なお前が」
「え、彼氏いるよ」
さらりと宣言したところ、三人の動きが見事に固まった。そんなに不思議かコラ。
「は? え、だってお前女子高だろ、出会いなんかないだろ」
「はっはっ、残念だったね。実は夏頃から仲よくなった人と現在進行形でお付き合い中さ」
高らかに勝利宣言をする私に、三人は呪われろとか邪魔してやるとか引き裂いてやるとか不穏なことを言い始めた。
このままだと本気で独身仲間に引きずり込まれそうなので、誰と付き合っているのかはこいつらには内緒にしておく。とりあえず携帯の名前を木下さんから変えておこう。このみちゃんとでもしておくか?
後日。
学校帰りに、見知らぬ美少女に出会いがしら平手で頬を引っ叩かれるという、実に珍しい経験をした。
「あんたが余計なことを言ったせいで! どうせあんたも転生者なんでしょう!」
という訳のわからないことを叫んでいたので、電波系かこの人、と真剣に悩んでしまったことを追記しておく。
ちなみに、私のことを美少女に漏らした莫迦は大輝だった。あいつ後で覚えとけ。
転生ネタも傍観ネタも多い中、完全傍観者な主人公の話はないものか、と考えたらこうなりました。主人公は転生者でもなんでもない普通の娘さんです。