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ある太ったお姫さまの話

 それは、とある時代のこと。

 とある大陸に、とある国があったそうです。

 他所にありますいくつもの国と比べましても、飛びぬけて大きいわけでも、豊なわけでもない。

 しかし都だけは群を抜いて美しい。そんな国でありました。


 さて、その国を治めていらっしゃいますのは、極めて有能というわけではありませんが、きちんと国のことを考えられる王さまとお后さまでございました。

 そんな彼らには欠点が一つだけありまして、それは王さまもお后さまもたいへん見栄っ張りだったということです。


 王さまとお后さまは、何よりもの自慢の種であるお城や街並みを、臣下や城下の人にお触れを出してより美しく整えさせました。

 同じように見栄っ張りな国の人たちも、そんな都の美しさを自慢に思っておりましたので、喜んでその命令に従いました。

 やがてお后さまは、一人の子供を身ごもります。

 このお話は、ここから始まりまるのです。



 お后さまのお腹がまるで満月のように豊かになったころ、王さまのお城に年老いた旅の賢女が訪ねてまいりました。

 姿こそみすぼらしいものの、実は彼女は大変徳の高い賢女で、見栄っ張りな王さまは喜んで賢女を迎え入れました。

 彼女はお后さまのお腹の子に、祝福と予言を授けにまいりました。

 賢女は、王さまとお后さまに言います。


「お腹の御子には望むだけの食べ物を与えなさい」


 賢女はそれっきり口を閉ざしてしまいました。なんともおかしな予言です。

 王さまとお后さまはそろって首を傾げましたが、高名な賢女の言うことですから、その通りにすると約束いたしました。

 賢女はその言葉をしかと聞き届けると、城を去っていきました。

 やがて時は満ち、ついに待望の赤ん坊が生まれました。

 誕生したのは、まるで玉のようにふくよかな可愛らしいお姫さまでした。




 美しい都で名の知れたその国に生まれたお姫さまは、見栄っ張りではありますが思慮深い王さまと、優しいお后さまの元で、すくすくと健康に育ちました。

 しかし、このお姫さまにはよその国のお姫さまと違うところがたった一つあります。

 それは、お姫さまは美味しいものが大好きで、食べることも非常に大好きだったということでした。


 不思議なことにお姫さまの周りには、いつだってたくさんの食べ物が用意されておりました。それを好きなだけ食べても良いと言われていたお姫さまは、喜んで周りの食べ物を日がな一日食べておりました。

 毎日美味しいものを好きなだけ食べて、おかげで丸々と、大変ふくよかになられたお姫さまは、ご自身の六歳のお誕生日にふと疑問を抱かれました。


(どうしてわたくしは、毎日食べたいだけの食べ物を食べさせてもらっているのでしょう?)


 お姫さまは王さまに、お后さまに、大臣に、将軍に、召使に、兵士に、その理由を尋ねましたが、誰も答えてくれません。


「思慮深く、優しく、そして賢明な姫さまよ。あなたの疑問にお答えしよう」


 そんなお姫さまの疑問に答えてくれたのは、お城の塀の下に座っている痩せた物乞いの老婆だけでした。


「あなたがそれほどまでに食べ物を与えられているのは、お生まれになる前に旅の賢女が予言なされたからです」

「賢女はなんとおっしゃたのでしょうか?」


 老婆は答えます。


「生まれてくる子供には、望むだけの食べ物を与えなさい」


 お姫さまは、首をかしげて尋ねました。


「それだけですか?」

「それだけですよ」


 老女は答えました。お姫さまはうなずいて、おやつの黒糖麺包(パン)を老女を渡し、城に戻りました。



 しかしお姫さまの疑問は、それだけでは晴れませんでした。

 賢女が予言したのは、食べたいものを食べさせることだけ。では、なぜそれを皆はかなえてくれるのでしょうか。

 お姫さまは甘いものを食べながら考えました。辛いものを食べながら考えました。しょっぱいものを食べながら考えました。

 そして苦いものをごくんと飲み込んだとき、ようやく一つの答えに思い当たりました。

 彼らは賢女の予言に従うことで、自分にも幸せが訪れることを期待しているのです。


 しかしお姫さまは困ってしまいました。

 お姫さまは毎日美味しいものをたらふく食べております。しかし、ただそれだけ。自分ばかりが幸せで、みんなの幸せにはなっておりません。

 人々が期待を抱いてくれているのにもかかわらず、お姫さまはそれに応えることは一切できていないのです。


 これではいけないと、お姫さまは思いました。

 どうにかして、みんなが幸せになってくれないと、せっかくの美味しいご飯も砂を噛むように味気なくなってしまいます。そんな勿体無いことは、食べることが大好きなお姫さまには我慢できないことでした。


 その日三度目のおやつを食べながら一生懸命考えていたお姫さまは、スミレの砂糖漬けを口に含んだとき、はたとひらめきました。

 自分だけではなく、誰しもがみんな美味しいものを好きなだけ食べられるようになればいい。そうすればみんなが幸せになれるはずだと。

 お姫さまは、いい考えだとうなずきました。



 それからお姫さまは部屋にこもってたくさんの本を読むことにしました。どうすればたくさんの作物を収穫できるようになるか、調べたのです。

 書物はたいへん難しく、まだ六つのお姫さまには理解できないことだらけでしたが、お姫さまは頑張りました。

 癇癪を起こしそうになることもありましたが、固い干し果物を齧るように、長い時間をかけて少しずつ、少しずつ、理解できることを増やしていきました。

 傍らにいつも美味しい食べ物を欠かさなかったから、お姫さまはなんとかそれに堪えられたのかも知れません。


 また、お姫さまは国中のそれぞれの場所から、ありとあらゆる種類の食べ物を持ってこさせました。

 王さまとお后さまは、お姫さまのお願いに不思議な顔をしましたが、お姫さまの望む食べものはすべて用意するようにという予言がありましたので、お姫さまの願うとおりにいたしました。

 お姫さまは貯蔵庫にいっぱいになった食べ物を、ひとつひとつ丁寧に味わい、どの地方のどの食べ物が美味しいのかを調べました。場合によっては、その土地まで足を運び、それがどうやって作られているのかを尋ねたりもいたしました。


 お姫さまが、どうすれば作物が美味しく実り、またどうすれば前年よりも多く収穫できるようになるのかを、なんとか理解できるようになるまで7年もの歳月がかかりました。

 また、お姫さまが考えた、美味しい作物が豊かに実るための方法を、実際に畑のお百姓さんたちに試してもらえるようになるまでにさらに3年かかりました。

 それでもまだ、国のわずかな地域にも広まってはおりません。



 お姫さまは気が付けば、16歳の娘盛りになっておりました。そして毎日毎日たくさんの食べ物を味見していたお姫さまは、気付けばたいへんふくよかになり、それはそれは目を覆う様になっておりました。

 それどころか、数え切れないほどの美食を味わい、まるまると肥え太ったお姫さまを百貫姫と呼び、国中の者が陰で笑い蔑んでおりました。

 お姫さまが、国中からありとあらゆる食べ物を集めて食べていることに、顔をしかめるものも多くおりました。


 しかしお姫さまは、そうしたまわりの声は聞こえない振りをしておりました。

 いつかすべての人の周囲が美味しい食べ物で満ちたなら、そのときにはきっと人々は自分を理解してくれるだろうと、お姫さまは楽観的にそう思っていたのです。



 ある日、お姫さまは王さまとお后さまに呼ばれました。

 お姫さまは嬉しく思いました。

 きっと王さまもお后さまも、お姫さまがこれまでしてきたことを知って、誉めてくれるのだろうと思ったからです。

 お姫さまはずっしりと実った黄金色の麦の穂と、ごろごろ大きいほくほくの芋と、お姫さまの足のようにでっぷり太ったみずみずしいてん菜を持って、二人のところへ行きました。

 お姫さまが作ったそれらの作物を、見てもらおうと思ったからです。


 しかし、たくさんの作物を抱えてあらわれたお姫さまの姿を見て、王さまとお后さまは嘆かわしそうに首を振りました。

 王さまは言います。


「姫よ、残念ながら我々はもうお前のために食べ物を用意することはできない」


 お后さまは言います。


「あなたはこれから、遠くの国へお嫁に行くのです」


 王さまとお后さまのその言葉を聞いて、そして周りの大臣や貴族たちの清々したと言わんばかりの表情を見て、お姫さまはようやく気付きました。

 まるまると太り、見栄えの悪いお姫さまを、人々はずっとうとましく思っていたのだということに。

 みっともないお姫さまを遠くに追いやることが出来る機会を、彼らはずっと待ち望んでいたのでした。

 だから、遠くの小国からお姫さまを娶りたいという申し出があったとき、彼らは大喜びでそれを了承しました。

 お姫さまの努力は誰からも理解してもらえなかったのです。

 お姫さまはひどく落胆いたしました。お姫さまはとても悲しくなりました。


 しかし、これまで美味しいものを好きなだけ食べさせてくれて、わがままも叶えてくれた両親の言うことです。聞き入れないわけにはいきません。

 お姫さまは小さな小さな声で、「わかりました」とうなずきました。


 御輿入れの日はあっという間にやってきました。

 お姫さまがお嫁に行くとてもとても遠い国から、お迎えがきました。

 お姫さまは、嫁入り道具の代わりにたくさんの食べ物と、そして作物の種や苗を馬車に詰め込みました。

 たとえそれが原因でうとまれてしまったのだとしても、お姫さまはやっぱり食べることが大好きなのです。



 長い長い道のりの先で、お姫さまを待っていたのは、痩せて顔色の悪い王子さまでした。

 王子さまは言います。


「百貫姫よ、私はあなたが満足するだけの食べ物を用意することはできない。その理由は分かるだろう」


 お姫さまはうなずきました。

 お姫さまが嫁いだ国は、お姫さまが生まれた平原の国とは違い険しい山間にあり、そのうえ田畑は貧弱で、どういうわけかたいへん活気に欠けておりました。


(この国では、美味しい食べ物を食べられない人が大勢いるのだわ)


 お姫さまはそれに気付き、そしてひとつの決意をいだきました。

 お姫さまは王子さまに言いました。


「王子さまにお願いがございます。それでもどうかわたくしに、望むだけの食べ物を与えてくださいませ。わたくしが望むのは、最初の年は食物倉庫の十六分の一の食べ物を、その次の年は八分の一の食べ物を、そして次は六分の一、さらに次の年は四分の一の食べ物を。そしてそのあとの年からは半分の食べ物です」


 王子さまはつまらなそうに鼻で笑って答えました。


「いいだろう。我々は百貫姫の望むだけの食べ物を与えよう」


 お姫さまはどうして王子さまがあっさり了承してくれたのか不思議に思いましたが、食糧倉庫に向かいその理由を知りました。

 食糧倉庫の中には、ちょうど十六個の小さな芋が転がっているだけでした。

 この国では芋が主食として食べられており、多くの畑では芋が育てられています。しかしここ何年も、その芋の育ちが非常に悪いのでした。


 お姫さまは転がっていた芋をひとつだけ持って行き、その芋を調べました。また畑に向かい、畑の土も調べました。お百姓さんから話も聞きました。

 そうしてどうしてここまで作物の出来が悪いのかということに、お姫さまは気付いたのでした。



 お姫さまは王子さまのところに向かいますと、こう言いました。


「わたくしはあまり芋が好きではありません。どうか来年は小麦で作った麺包(パン)を食べられるようにしてください」


 そして生国から持ってきた種籾を差し出します。王子さまはお姫さまのわがままに呆れた顔をしましたが、いくつかの畑で小麦を育てることを許してくれました。


 翌年、山間の小国で取れた芋は相変わらずほんの僅かに過ぎませんでしたが、どういうわけかお姫さまの小麦は金色の穂をずっしりと実らせておりました。

 来たときの半分ほどに痩せていたお姫さまでしたが、小麦をすべて食糧倉庫に運び入れると八等分したうちのひとかたまりだけを貰い、残りをすべて種籾としてお百姓さんたちに配りました。

 お姫さまはまた王子さまに言いました。


麺包(パン)は食べ飽きましたので、次は甘いお菓子を食べたいと思います」


 お姫さまは王子さまの許しを貰い、今度はてん菜の種をまたいくつかの畑で巻きました。


 次の年、お姫さまの足のようにでっぷりと太ったてん菜がたくさんできました。まだまだ痩せていたお姫さまでしたが、そのすべてを食糧倉庫に運び入れると、六等分したうち一塊だけ残して、あとのすべてを種と一緒にお百姓さんたちに配りました。

 お姫さまは王子さまに言いました。


「甘いお菓子はもう充分です。今度は豆を蒔こうと思います」


 この頃には、王子さまもお姫さまが考えがあってそうしているのだと気付いておりました。

 お姫さまの作った麺包(パン)と菓子で少し体重の増えた王子さまは、お姫さまに好きなだけ豆を蒔くことを許しました。

 お姫さまは生国から持ってきた豆をいくつかの畑で蒔きました。


 次の年、ぷくぷくとしたお姫さまの指先のような豆がたくさん生りました。

 少しだけ体重の戻ってきたお姫さまはそのすべてを食糧倉庫に運び入れると、四等分したひとつだけを貰い、残りをすべてお百姓さんたちに配りました。

 お姫さまは、頬のこけが見えなくなった王子さまに言いました。


「さぁ、それでは芋を植えましょう」


 王子さまはうなずいて、お姫さまが小麦を植え、てん菜を育て、豆を蒔いた畑に、芋の苗を植えました。



 翌年、その畑にはお姫さまがお嫁に来た年とは比べ物にならないくらいにごろごろと大きいほくほくの芋が、たくさんできあがりました。

 食糧倉庫に満杯になったその芋の半分を、すっかり人並みの目方になった王子さまは元の目方に戻ったお姫さまに差し出しました。

 そして言います。


「百貫姫よ、あなたはいったいどんな魔法を使ったのだい?」


 もちろんお姫さまは魔法なんて使ってはおりません。お姫さまは知っていただけでした。

 同じ作物をずっと作り続けていることで、畑には悪い虫が増えてしまうことがある。それを防ぐには違う作物を順番に作っていけばいいのだと。

 それはお姫さまが生まれ、そして追い出されてしまったお城で、美味しいものをたらふく食べさせてもらいながら学んだ本の知識に従ったまでのことでした。

 だけどお姫さまは、ぷくぷくとふくらんだ頬に埋もれた目を細めて笑います。


「いいえ、わたくしは何の魔法も使ってはおりません。ただ食べたいものを食べたいと望んだだけです」

「食べたいもの?」


 王子さまの不思議そうな声に、お姫さまはたぷたぷのあごを震わせてうなずきました。

 お姫さまの願いは、今も昔もたった一つだけ。


「わたくしは、みんなと一緒に、たくさんの美味しいものをお腹いっぱい食べたいと望んだのです」


 王子さまはお姫さまに微笑んで言いました。


「では、私も願おう。私もあなたと、そして大勢の城下の者たちと、たくさんの美味しいものをお腹いっぱい食べたいと」



 百貫姫は、いつしか山間の小さな国で豊穣の姫と呼ばれるようになり、国中の人たちから深く愛されるようになりました。

 百貫姫はそれからも国の人たちのため美味しい食べ物を作る努力を続け、その山間の小さな国で、いつまでもふくよかに福与かに暮らしたといわれています。

 



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