PRESENT
慣れないミニのワンピースの足元が寒い。ワンピースと揃いのブーツにはカイロも入ってるし、肌色のタイツも穿いてるんだけど、何しろ風が強い。
ちらりと店内の時計に目をやる。まだ閉店まで一時間以上ある。目の前の箱は、一時間前に残り三個になってから、ちっとも減らない。やっぱり不況のせいだろうか?
「今年はミニスカサンタかぁ。長生きはするもんだなぁ。お前のナマ脚が拝める日が来るとは」
テーブルの向こうからのんびりした声がする。顔を上げると、毎年この日には家の中で呪詛の言葉を繰り返してる、と嘯く男が着膨れて立っている。
「それ、セクハラ発言だから。就職したら口にしないように」
「え? どの辺が?」
「全部。言っとくけど、タイツ穿いてるからナマじゃないよ」
えーっ、わっかんないなー、などと首をひねる男を軽く睨みつける。
「ところで、何の用よ?」
「あ……えーっと……お前、バイト上がり何時?」
「閉店まで。もしくは売るもんがなくなるまで」
テーブルの上の『生クリームケーキ・大』『生チョコケーキ・大』を指さす。ちなみに『小』のケーキは一時間前に売り切れている。
「じゃあ、さ。……残ったそれ、買うから」
「……は?」
そんな金、どこから出るのだ?
金の問題はともかく、クリスマスケーキは食わないって主張してなかったっけ?
「あのケーキじゃ足りないくらい、人が集まっちゃった? だったら小さくカットすればいいでしょうに」
「売る気はあるの? ないの?」
苛立ったように声を荒げる。この男には珍しい事に。
「……『ありがとうございます。手提げ袋はお付けしますか?』」
差し出した札を受け取り、機械的に釣り銭を手渡しながらマニュアル化された挨拶を返す。三つのデコレーションケーキは両手では持ちきれない。
「……配達してくれよ。これで上がりなんだろ?」
言う事が矛盾してる。勤務時間外なら配達する義務はないはずだ。
「……じゃ、店長に訊いてみます」
残ったケーキを知り合いが一括買い上げしてくれた、というと店長が顔をほころばせた。
「……それで、持って帰れないんで、配達してくれ、っていうんですが……」
「ああ、いーよ、いーよ、もう上がって。なんならそれ着て配達して直帰でも構わないけど」
さすがにそれは恥ずかしい。
大勢で何度か押しかけた事のある部屋も、今日はしんとして人気がなかった。
どうしたのか、と問い質そうとしたら後ろから抱きしめられた。振り払おうにも、手はケーキの箱で塞がっている。そういえばこいつも二個ケーキの箱を持って上がってきたはずだが、どうしたのだろう?
そのままの姿勢で居室に連れ込まれる。
灯りを点けるのももどかしげに顔が近付いてきて、キスが落とされる。
ああ、なんかいつもと雰囲気が違うな、と思ったら、無精ひげがきれいに剃られてる。
「……目くらい瞑れよ」
ようやく離れた唇が、不機嫌そうに呟く。
「……あ。……なんか、びっくりして」
ったく、と小さく毒づいてあたしの手からケーキの箱を取り上げ、キッチンの冷蔵庫の上に置く。よく見るとその下には見覚えのあるケーキの箱が。
「ええと……いったい何がどうなってるの、かな?」
ワンルームの床に敷かれたラグに座らされて、ようやく口を挟む隙ができた。
「ケーキのほかに、プレゼントも欲しくなった」
熱を帯びた目がこちらに注がれる。
「ほかに、って。リクエスト聞いてないけど」
「……お前」
そう言ってまた唇が重ねられる。柔らかな舌がそっとあたしの唇をなぞる。慣れない感覚に頭の芯が痺れる。
「…ん……ふ…ぅ…っ」
自分の唇が甘い吐息を吐くのが聞こえる。抱きしめられる腕に力が籠る。
「ん……だ、め…っ」
その腕に身を委ねたくなるのを堪えて、逃れようともがく。
「……厭か?」
耳元でささやく声が快い。
「……いや、じゃない……から、困るの」
「どうして?」
心外だ、という響きがその声に籠る。
「だって……そういう関係じゃなかったでしょ? あたしたち」
「じゃあ、どういう関係?」
っていうか、この男はどう思っているんだろう? あたしの事。
「……少なくとも、恋人とか、そういう関係じゃなかったはず。でしょ?」
「恋人じゃなきゃ、ダメ?」
「あたし、面倒な奴だもん。ノリや勢いだけじゃできないもん」
「……うん、知ってる。……と思う」
言いながらまたキスしてくる。なだめるような軽いキス。
「だから、そういう事、考えないようにしてた」
抱きしめる手が、ゆっくりとあたしの体を撫でまわす。
「なら、どうして?」
「あのケーキ。『お誕生日おめでとう』が二十三枚乗ったやつ。あれにやられた」
「……は?」
まさかそんなとこにツボがあったとは。あのプレートはネタのつもりだったのに。
「毎年零時きっかりに『おめでとうコール』よこす律義なとこも。……そういうのはラヴな相手にするもんだぞ、って最初の時に言ったのにな」
「……そう、だった?」
そういえばそんな気もする。その時、心の中で「間違ってないもん」って言い返したと思う。
「だから、二年目にまた掛かってきた時は、軽くパニクったんだぞ? ……なのに会った時も全然態度変わんねーし」
だって告白したとして、……そのあとは? 万一、拒否られたら、と思うと、怖い。
……こいつが来るもの拒まずだっていう事は知ってるけど。そのあとが長続きしないのも、よく知ってる。
…………だから、余計に。あっさりOKされるのも怖いし、ありえねー、って反応されるのも、怖い。
だから、トモダチ距離を保ってた。
「あー、これはお前んとこに来る『あけおめメール』と同じような感覚なんだな、って思った」
「あたし、それ嫌だから電源切っとくもん。……知ってる人はそんなもの寄越さないし」
「……就活のせいだか何だか知らねーけど、この一年、どんどん綺麗になってくし。気が気じゃなかった」
髪を撫でながら耳元で囁いて軽く耳朶を咬む。くすぐったくて思わず声が洩れる。
「知ってるか? 俺が自分から手を出したくなったのって、お前が初めてなんだぞ?」
知ってる。割と頻繁に連れてる女が変わってたのも。
止めた手が目の前に差し出される。
「だから、……大事にするから。……頂戴?」




