CAKE
午前零時。
雅な琴の音色が携帯から聞こえてくる。
あいつからの電話を心待ちにしている自分に気付き、軽く動揺する。
「……もしもし?」
『お誕生日おめでとう』
耳元で掠れた声がする。直接聞くよりもセクシーだ、と思ってしまうのはこんな時間のせい、だろう。
「……ども、毎年毎年。言葉だけは」
『今年は、リクエストの品、あるんだけど、要る?』
「……え?」
リクエストの品?
『と・く・べ・つ・に頼んで用意してもらったの』
『特別』。確かに、他の時期ならたやすく手に入るのに、この時期は入手困難なあれも、あいつのバイト先でなら入手は可能だ。自作も可能だが、あれを自作するほど虚しい事はない。
『要るの? 要らないの? 要らないんだったら』
「要る要る!」
『んじゃ、今から配達するから。待ってて』
「……は? こんな時間に?』
『だって午後からまたバイトだし』
「じゃなくて。この辺、人気のない道もあるから。一応、女の子なんだから、一人で出歩かない!」
時々自覚がないんじゃないかと思う。こんな時間までバイトしてる事とか。
『帰るとこだから。ちょっと遠回りになるけど。早番の社員さんは三時入りだって言うし』
「社員の事はこの際いいから」
『それに、原付だからもう着くよ』
「運転しながら電話すな!」
道路交通法違反だから、それ。
携帯を切ってジャケットのポケットに入れる。どのあたりまで来てるんだ、いったい。
部屋を出ると原付の軽快なエンジン音が近づいてくる。他の部屋の奴かもしれないがタイミング的にもあいつだろう。
駐輪場の入り口近くで原付を停める音がする。あの辺は壁際で明かりが届かなくて夜中に近所の悪ガキにいたずらされやすいので誰も停めないのだ。
注意するために腕を掴んだら、体を捩って反撃の体勢に入る。そういえばこいつ、空手だか合気道だかの有段者だっけ。
「ちょ…っ…待った!」
辛うじて肘が鳩尾に決まる寸前で止められる。
「お前が強いのはわかってるけど…っ。……そんな暗いとこに停めると、原付、いたずらされても知らんぞ?」
「んじゃ、すぐ帰る。これ配達品ね」
原付の後ろから、でかいケーキの箱を取り出す。これを載せるためにか、自転車用のカゴが危なっかしく括りつけられている。
「心して、よーく味わって食べるように」
「ちょっと。これ、一人で食えって?」
どう考えても一人用のサイズではない。五・六人でもどうかと思う。
「食べきれそうになかったら、誰か呼べば? 知り合いに片っ端から声かければ、五人や十人は捕まるんじゃない? 暇なのが」
暇なの、って。端から諦めてる奴はバイトが入ってるし、そうじゃないのは最後の足掻きに忙しいだろう。
「十人は無理だろ。それに夜になるまで判らないし」
「んじゃね。明日……今日のバイトはハードだから、帰って休むわ。ばいばい」
俺の抗議を無視し、そう言い残してあっさりと行ってしまう。
じゃあいっしょに食べよ、とか可愛い事も言わない。まあ、夜中だし。
部屋に戻って箱を開けてみる。白いケーキの上がみっしりと茶色い。
出してみるとケーキの上のデコレーションは楕円形のクッキーのプレートだけだ。ただ、数が尋常ではない。
数えてみると、二十三枚あった。俺の歳の数だ。そりゃこのサイズじゃないと載らない。
ご丁寧に奥の方は『おたんじょうびおめでとう』、手前の方は『お誕生日おめでとう』に変わっているし、名前もひらがなから漢字に移行している。
一枚一枚見ていくと、奥から四列目あたりでひらがなから漢字に変わっている。真ん中に一枚だけ、『HAPPY BIRTHDAY』がある。たぶん、13枚目あたり。
二十三枚を整然と並べるのは難しかったのか、手前の方は少し列が乱れている。
何ていうか……心の底から何かが湧きあがってくる。
ちょっとした思いつきかもしれないが、かなり手間が掛かっているはず。何しろプレートは手書きだ。用意してもらった、と言っていたが、この字はあいつの字だ。
……ああ、そういえば、うろたえていてまだお礼も言ってないや。




