BROKEN HEATER
急かされるようにして部屋に入ると、今朝まで玄関にあった『生チョコケーキ・大』の箱ふたつがない。冷蔵庫の上にあったもういっこも。
どうしたのか、と訊くと、後輩に押し付けた、とこともなげにのたまう。
彼女いない歴=年齢のその一期下の後輩は、誕生日のパーティに大きく『義理』と書かれたチョコレートケーキを奉られて、みんなから不憫がられていたっけ。ケーキを作った店長も、そのデザインを見て『酷いな』って苦笑してたし。
「……気の毒に」
チョコなんか嫌いだぁ! バレンタインデーなんか呪われてしまえぇ、と叫んでいたその後輩の事を思い出す。むろん、二次会には普通のケーキを用意したのだが。
21センチのホールケーキ3個、食べきれるだろうか。
「ヤツの事は、どうでもいいから」
ちょっとムッとしたように抱き締められる。もしかして、妬かれているのか?
「まあ、形としては、あんたがケーキを奢ってやったことになるんだから、いっか」
手を伸ばして抱き締め返す。
「よくない」
不機嫌そうな顔が下りてくる。そんな心の狭い男だったのかな、と思いながら唇を重ねる。
性急に、むさぼるように口の中を探りまわる舌が、たやすくあたしの思考を奪う。
戸惑いながら、されるがままに身を委ねていると、ひんやりとしたものが胸元に差し込まれた。
「手、冷たい。……っていうか、部屋も寒い」
「それは、早くベッドに行きたい、っていうお誘いかな?」
「な訳ないでしょ。早くエアコン点けて」
つめたい、ノリが悪い、とこぼしながら、テーブルの上に放り出されたリモコンを手に取る。
「……あれ?」
「何? 電池切れ?」
「いや……表示は出てるから、電池切れ、ではない……と思う」
えい、えい、と呟きながら繰り返しリモコンのボタンを押す。時々たたいたり振ったりしながら。
「……だめだ。壊れたかな?」
「念のために新しい電池入れてみたら?」
「んなもん、買いに行かないとないわ。……どうする?」
そんなこと訊かれても。
じゃあ帰る、とか言ったらついてきそうだし、待ってるから電池買いに行ってきて、と言うのもなんだかアレな気がする。
「とりあえず、あったかいとこ行こか」
口籠っていると、なぜか持ってまわった言い方で、一緒に外に出ようと提案される。
電池を買うなら、まだ安く買える店が開いてる時刻だ。
「……あったかいとこ、って?」
「どこでもいい。メシもまだだし。……二人きりになれるならもっといいけど」
食事ができて、二人きりになれる、あったかい所、って……
「……それは、手料理を振舞え、と?」
「振舞ってくれるならうれしいけど、そこまで無理は言わない。クリスマスプレゼントの件もうやむやになったままだし」
うちに来たい、という訳じゃなかったのか。特に意味なんてなくて、ほんとに暖房が利いてる所ならどこでもよかったのか。
……やだ、なんかあたし、期待してる?
「……別に、欲しいものとかないし。だいたい『あったかいとこ』へ行くためのアシってアレでしょ? 余計に凍えちゃうよ」
「じゃ、歩いてく? それでもいいけど」
彼が後ろからふわりと抱きついてくる。
「うん、歩きの方がたくさんくっつけるかな」
あたしの髪の中に鼻先を突っ込んで満足げに呟く。なんだか背中がざわざわする。
こんなふうに抱き締められるのは、慣れてないからだ。……たぶん。
どこへ行く、というのはあいまいにしたまま、暮れも押し迫った夜の街へ出る。
「あー、もうお正月のディスプレイになってる」
商店街のディスプレイから、クリスマス色が欠けてきている。
サンタやトナカイやツリーは撤去され、代わりに松飾りや鏡餅が前面に出されている。
「そういや、お前、年末年始はどうすんだ?」
「んー、年内には帰るよ。卒論の結果が出るまで、ちょっとゆっくりしようかと思ってる」
1月末に最後のゼミ――卒業検定ゼミ――がある。それが済めば、あとは卒業まで特にやる事はない。……こんな時期に、内定先が倒産なんかしさえしなければ。
「ゆっくりうちで英気を養って、就職課に顔出しとかないとね。さすがにこんな時期に新卒の募集してるとこはないって話だけど。ハローワークにも行かないとだめかなー」
卒業後の事を考えると、気が重くなってくる。
内定先企業の倒産はメール1本で知らされたりするし。
そことの連絡は一切つかないし。
「就職のことは、ひとまずおいといて。どのみち、どこの企業も今はそういう時期じゃないし」
12月も末。たしかにどこの企業も『年末年始休暇』に向けて忙しいだろう。
「それにしても、会社が潰れそうに厳しいんだったら、採用計画なんか立てるなっての」
吐き捨てるように言うセリフは、この話を聞いた何人かの友人からも聞いたのと同じだった。
「こんな状況で実家に帰ったら、『戻って来い』とか言われるんじゃね?」
それは、大いにありうる。今のところ知らせずにいる、内定取り消し(というか、内定先の倒産)の件がバレてしまったら。
あっちは物価が高いだろうとかどうとか。去年帰った時にも言われてるし。
「……言われるね、きっと」
「だったら、俺んち来ねぇ?」
「は?」
思わず足を止めた。
「何で?」
春休みとか夏休みならともかく。
「っていうか、あんたんちって、どこ?」
今更だけど、あたしは彼の出身地を知らなかった。
北海道とか沖縄とかなら、『冬休み』にお邪魔するのはアリかもしれない。卒業目前でなければ、だけど。
だが、彼の答えた地名は、隣の県だった。通学には少々難があるが、日帰りできない場所ではない。
「何で、『週末にちょっと遊びにおじゃまする』じゃなくって、年末年始?」
家族集まってるよね? 下手すると親戚とかも。
「んー……覚悟のほどを示す、みたいな?」
「イミわかんない!」
というか、解りたくない。
何でいきなりこの男がこんなことを言い出したのか。
「解んなくてもいいよ。むしろその方が好都合」
後ろから抱きしめられて、耳元で甘く囁かれる。温かい体温と囁き声に蕩かされてしまいそうになるが、言ってることが不穏だ。
「とりあえず、飯食って電池買おう」




