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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第六章 動きだした未来
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ガールズ・サイド 安倍耀子

 部屋でひとり、手紙を読んでいた。

 長い文面のものではない。返事もすでに出してある。いま読み返しているのは、ただの時間つぶしでしかないと、わたしは思った。

 もう、廣井くんとココちゃんは、家に帰ったころだろうか。あとで、うさっちが彼からデートの顛末を聞きだして、わたしに詳細を教えてくれることになっている。

 しらず、ため息がもれていた。

 正直なところ、おもしろくはなかった。廣井くんと知りあって、かれこれ一年半ほど。そのあいだに、彼を男の子として意識するようになっていたのだから。

 趣味があうのがおおきかった。好きな本の内容について、議論につきあってくれるのもうれしかった。なにより、自作の小説を読んでもらえることで、自分の存在を受けとめてもらえているように感じられた。

 彼のように、気持ちのあうひとが相手だったら。いつしか、漠然とそんなふうに考えるようになっていた。

 四月になって、うさっちと出会った。そのときはじめて、自分が廣井くんのことが好きなのだと、はっきり意識するようになった。ライバルは彼女で、同時にけっして勝てない相手ではないとも思っていた。

 たしかに、廣井くんはうさっちをとても大切にあつかっている。だけど、大事にしすぎて、彼女が生身の女の子であることを忘れているふしがあった。そこがつけ目。そんなふうに考えて、チャンスを待っていたのに。

 たぶん、その考え自体はまちがっていなかったのだと思う。ただ、つけ目にはいりこんだのが、わたしではなくココちゃんだったというだけで。

 とんびに油揚げをさらわれたというのが、率直な感想だった。もちろん、彼はわたしの所有物というわけではないのだから、そんなことを言うのは比喩として正しくないというのもわかる。それでも、心のなかまでは縛れない。

 ――ようやく、携帯が鳴った。うさっちからだった。

「もしもし。寝てたぁ?」

「ううん、だいじょうぶだよ。そっちこそ、眠くない?」

 日付がかわるような時間帯だからだろうか。うさっちの声は、どこか気だるげだった。

「いやぁ、ちょっと眠いかな。でも、耀子ちゃんも早く知りたいだろうと思って」

 心のなかで、思わず、わたしは苦笑していた。ほんとうは知りたくなどない。どうせ、ふたりの距離は大幅にちぢまり、ますます惹かれあう関係になったというような話に決まっている。それでも、自分のなかで、聞かずにはいられないという部分があるのは否めなかった。

「で?」

「つきあうことになったんだってさ」

 あっさりと、うさっちは結論を伝えてくれた。

「そう……」

 自分の声が、ひどく沈んでいて、他人のそれのように感じられる。

「なんか、花火みてるときに勢いで手つないで、それからずっと握りっぱだったみたい。帰りの電車に乗ってるあいだも。んで、ココのマンションまで送っていって、そこで告白したらしいんだけど、OKの返事もらったつぎの瞬間には、もう抱きあってたそうだよ」

「うわ、大胆……。でも、廣井くんとココちゃんだったら、そのぐらいはやりそうだよね」

 あのふたりが、きゅうに仲よくなりはじめたのは、七夕のすこしあとぐらいからだった。

 いきなり、毎日いっしょに帰るようになったのである。どうしたのだろうと思って様子を見ていたら、そのうちお昼もふたりで食べるようになり、気がつくと、いつもならんで笑いあっているというような感じになっていた。

 そして、補習中の手作り弁当である。もはや、愛妻弁当などとからかう気にもならない。事実上、ふたりはすでにクラスの公認カップルになってしまっていた。

 だけど、そういう状態だったにもかかわらず、ココちゃんから、廣井くんとデートをしたことがないと打ち明けられたときには、わたしは唖然としてしまった。

 週に三度、食料品の買出しをともにするのはまだいい。しかし、時間のある土曜に、もののついでとして商店街で服や小物を見てまわるのを手伝ってもらい、そのときたまたま上映していた映画を見て、さらに偶然、カラオケ屋でタイムサービスをしていたのでいっしょに歌ってみたりすることがあっても、そういう約束で出かけたわけではないからデートではないというのは、いささか無理があるのではないか。

 廣井くんにも、おなじようなところはあった。いつだったか、かなり以前になるが、彼はうさっちとデートをしたことがないと言っていたのである。

 デートとは恋人とするものであり、うさっちは幼なじみだから、ふたりきりで遊んだとしても、それはデートにはならないのだそうだ。

 似たもの同士。なんとなく、そんな感想をいだいてしまったものである。

 ともあれ、聞いてしまったからには、そのままにしておくことはできなかった。わたしとうさっちとで一芝居うち、廣井くんをデートに誘い出すことになったのだ。

 もっとも、ふつうにデートにさそったとして、彼が断るとはまったく思わなかった。ココちゃんがひどく不安がっていたので、そのための芝居だったというところがおおきい。

 なぜ、わたしは、自分の好きな男の子がほかの女の子とデートするための手助けをしているのだろう。そういうふうに、思わないでもなかった。でも、しかたないのだ。はじめに、ココちゃんが廣井くんに近づくようしむけたのは、こちらのほうだったのだから。

 ココちゃんは、男の子をはっきりと苦手としている。自分で確認しただけでも、いっしょに街を歩いていて、ナンパにあったときの反応がそうだったし、五月の錦織くんの例もある。

 子供のころからずっとそんな感じだったようで、まえの学校では、女の子の友だちが、クラスの男子をココちゃんに近寄らせないようにしていたそうだ。

 その話を聞いて、わたしは違和感をおぼえた。やり方がちがうのではという気がした。

 というのも、ココちゃんは、男の子が怖いといっても嫌っているわけではなく、逆に、仲よくしたいのにうまくできないところに悩んでいると思えたからだ。そして、そうだからこそ、わたしは廣井くんを紹介してみたのである。

 彼のように、おだやかな性格の男の子だったら、ココちゃんも安心して友だちになれるのではと思った。わたしにとっても、ふたりであの子をクラスの男子になじませることに成功すれば、廣井くんと強い信頼関係を築くことができるし、気配りや性格についてのアピールをすることもできる。

 計算といえば聞こえはわるいけど、だれも損をせず、むしろしあわせになれるのだから、充分に冴えたやり方のはずだ。すくなくとも、わたしはそう信じていたのに。

 まさか、こんなにあっというまに、ふたりが恋におちてしまうなど、想像もしていなかった。ことが廣井くんがどうとかいうより、ココちゃんのほうから熱心に言い寄った結果と考えれば、薬が効きすぎたとしかいいようがない。

 こんなまわりくどい計画をたてずに、もっと早くに自分から明確なアプローチをしていたら、どうなっていただろう。こういうのを、後悔さきに立たずというのかと、しみじみと思ってしまった。

「公平ってばあわてちゃって、抱きついたまんま挨拶しちゃったんだってさ。ケッサクだよね~」

 さきほどからずっと、うさっちが廣井くんとココちゃんのデートの顛末を話してくれている。楽しそうな声で、幼なじみのしあわせを、心の底からよろこんでいるかのような態度である。だけど、それがわたしには、どうにも不自然に感じられた。

 進級してから、すでに四ヶ月たつ。気のあう友達として、恋のライバルとして、彼女とは接してきた。知りあってからの期間は長くないけど、それでも親友だと思えるし、考えていることもあるていどはわかる。

 うさっちも、廣井くんのことが好きなはずなのだ。弟のような幼なじみとしてではなく、異性として。

「ところで、さ。耀子ちゃん」

 ふいに、うさっちの口調があらたまったものになった。話題を変えるつもりなのだろうと思った。

「手紙の返事は書いた?」

「……いちおう」

 彼女がいっているのは、さきほどまで繰り返し読んでいた手紙についてのことだった。ひとことでいえば、ラブレターのたぐいである。おなじクラスの、黒田くんという男の子からからもらったもの。

 一年のころから、ずっと好きだった。いままで廣井と仲がいいと思って遠慮していたけど、むこうは堤さんを彼女にするつもりみたいだし、よかったら俺とつきあってください。

 おおまかにいえば、そんな内容だ。

「おつきあいは、ちょっとできないかな。いまは、そんな気にならないし」

「ふうん……。でも、いいやつだと思うけどな。けっこう面白いよ、あいつ」

 黒田くんは軽音部所属で、目立つことが好きらしく、クラスのムードメイカーというところがあった。ふまじめで、いいかげんだといっている子もいるが、わたしは嫌いではない。

 ただ、彼にはわるいけど、それだけの印象しかなかった。

「だってわたし、廣井くんのことが好きなんだもの。すぐに気持ちを切り替えるなんてできないよ」

 受話器のむこうで、一瞬、うさっちが息をのんだ気配があった。

 この気持ちを、彼女に話して聞かせたことはない。ここで伝えることにはなにがしかの意味があると、わたしは思った。

「けっこう、本気だったんだよ? いまさらだけど、ココちゃんにとられたのは、ショックだったな……」

「お、おい、耀子ちゃん? まさか、公平とココにちょっかいだすつもりじゃ……。へ、変なことしたら、承知しないぞ!」

 承知しなかったら、どうするっていうの?

 ほとんど反射的に、そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。

「わかってるよ。どうせ、わたしが入りこむ余地なんてなさそうだし、見苦しいこともしたくないから。……それより、うさっちは平気なの? 好きなんでしょ、廣井くんのことが」

「えっ? あ、アタシは」

 声に、はっきりとした動揺があった。

 なのに、ほんの数秒の沈黙をへて、返ってきた言葉には、もう迷いは感じられなかった。

「アタシは、このままでいいんだ。いまのままで……」

 それ以上は、なにも聞けなかった。

 電話をおえたあと、眠れないままにノートパソコンを立ち上げてみた。創作と名づけたフォルダのなかからファイルをえらび、テキストエディタで開いた。

 執筆中の恋愛小説である。一貫制の学園を舞台に、ひねくれた文学少女と、まじめでやさしい少年の織り成すしあわせな恋の物語。

 実際にそうするかどうかはべつにして、それでもいつか、廣井くんに読んでもらうことを想像しながら書き進めてきたものだ。

 金輪際、これを廣井くんに読んでもらうことはありえない。だけど、削除することもできそうになかった。

 いっそ、あたらしく書き直してしまおうか?

 プロットはそのままに、娯楽要素をふやして、キャラクターももっとわかりやすくして、どこかの小説の賞に応募してみるのだ。

 たまには、自分の実力を試してみるのもわるくない。なんとなく、わたしはそんなことを考えていた。

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