表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第五章 花火大会の夜に
95/210

第九十三話 八月九日(木)夜 1

 堤さんが、お手洗いからもどると、立花さんはすぐに席をたった。呼び止めて、電話番号とメールアドレスの交換をもちかけると、彼女は快く応じてくれた。

 相手が笑顔だったこともあり、態度の豹変ぶりを不審に感じたのだろう。堤さんは、立花さんがいなくなると、さっそくという感じで尋ねてきた。

「えっと、ネコちんがすっごく機嫌よさそうだったけど、こころがいないあいだになにかあったの?」

「ああ、なんていったらいいのかな。彼女、堤さんのことが大好きなんだね」

 そういって、笑ってみせると、堤さんは狐につままれたような顔で小首をかしげた。

 体よくごまかした形ではあったが、それでもかまわないと思った。背中の火傷のことは、たやすく聞いていい話ではない気がするのだ。すくなくとも、いまはその段階ではない。

 僕が、彼女の過去の傷に触れていいときが来るとしたら、それはきちんと気持ちを打ち明けて、受け入れてもらったあとのことである。

 まだ午後になったばかりで、花火大会の開催には間があったので、こんどは堤さんの母校のあたりにも足をのばすことになった。ひとつひとつ、彼女の思い出の景色にふれていく。

 時間をもてあますことはなかった。話すことはいくらでもあったし、気がむけば、そこらの店にはいって売り物を見たりすることもできる。路傍の草の匂いや風のわたる音も、堤さんとふたりであれば、それだけでかぎりなく愛おしい。

 やがて、日が沈むころになると、街にもひとが増えはじめた。若者の数も、多くなってきた。

 穴場だというその場所に着いたのは、ファミレスで夕食をすませたあと、午後七時ちかくだった。

 砂浜である。それも、浜の岩で一区画を切り取ったような感じの場所だった。そこにそういう空間があるとしらなければ、周囲からは一塊の大岩にしか見えない。

 なかには、中高生から老人まで、地元民とおぼしき数十人がいた。広さは充分なので、くつろぐことができそうである。

 ひとまず、僕たちは適当に場所をえらんで、腰をおろすことにした。ビニールシートなどは用意していなかったので、タオルで代用することにした。

 もしかしたら、立花さんがいるかもしれない。そう思ったが、どこにも見当たらなかった。花火見物には行くといっていたはずだが、この場には来ていないらしい。こちらに、気をつかってくれたのだろうか。

 ほどなく、花火大会の開催をつげる放送がはじまった。スポンサーの名前などが読み上げられ、そしていよいよ最初の一発めが打ち上げられた。

 頭のうえで、光の花が咲いた。

 つづいて、轟音である。打ち上げ場所が近いため、振動が腹の底まで響いてくる。

 夜の天蓋から、色とりどりの雫が落ちてきていた。手を伸ばせば取れそうな気がするほどだった。

 すごいね。隣にいる堤さんに、そう話しかけてみた。だが、自分で口にしたはずなのに、声がほとんど聞えなかった。花火のせいである。ロック・コンサートのそれをもしのぐ爆音に、耳が麻痺しているのだ。

 相手に聞こえたとは思えなかったが、堤さんは返事をしてくれたようだった。なにごとか、口を動かしてから、ふにゃりとした笑みをうかべたのである。うれしそうな顔だと思った。

 大輪にひらいたもの、小ぶりに乱れ咲いたようなもの、滝のように流れ落ちるもの。さらに、土星だの串団子だの似せたユーモラスな形のものまで、色とりどりの花火が夜空を染めあげていく。

 立て続けに、花火が打ち上げられはじめた。

 十発どころではない。数十、いや百。すさまじいまでの音と光の雨が、僕たちに降りそそいでくる。

 しらず、頭の芯までしびれてしまい、僕は地面の砂に手をついてしまっていた。

 なにかが、指先にふれている気がする。

 天上の光の雨を見つめながら、僕は腕をのばして、そのなにかに自分の手を重ねてみた。

 やわらかくて、あたたかい。すべすべとしていて、気持ちのいいなにか。いったい、なんだろう……。

 ああ、わかった。これは堤さんの手だ。

 気づいたあとも、手をはずそうとは思わなかった。むしろ、もっと、ずっと触れあっていたかった。

 またしても、立て続けに花火が上がりはじめた。光が、音が、夜空からあふれて、僕たちのうえにこぼれ落ちてくる。

 指が、堤さんの細いそれが、僕に絡まってきた。しっかりと掌があわさり、互いの体温が混ざりあっていく。

 肩に、重みを感じた。堤さんがこちらに体をあずけてきていた。半袖の腕に、彼女の長い髪が触れていて、すこしくすぐったいと思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ